教科書に書かれなかった戦争40

アメリカの教科書に書かれた
 日本の戦争

越田 稜●著

一九三七年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。学習院大学講師。日本平和学会会員

●主な共・著書
『アジアの教科書に書かれた日本の戦争』東アジア編・東南アジア編』『ヨーロッパの教科書に書かれた日本の戦争』(以上梨の木舎) 『世界の歴史教科書 カ国の比較研究』(明石書店)
ISBN4-8166-0602-5
定価 3,500円+税

A5判・394頁
●7カ国13種類の教科書をよむ。
「パールハーバー」、太平洋戦争、日系アメリカ人強制収容、「広島」「長崎」、ベトナム戦争および9・11についての記述を翻訳。「自由・民主・平等」を掲げるアメリカ、市民社会の多文化共生へのおもいがよみとれる。

【目次】 

まえがき
●アメリカ
中学校用『アメリカの物語』一九九五年
高等学校用『アメリカの物語』一九九四年
高等学校用『自由国家の歴史』一九九八年
高等学校用『世界歴史――今日までのつながり』一九九九年版
高等学校用『アメリカン・ページェント――共和国の歴史』二〇〇二年版
短期大学用『自由 平等 力――アメリカ国民の歴史』 一九九九年版
解説――アメリカの教科書
一 アメリカの教育
 1 自由と平等と
 2 教育行政と学校制度
 3 教育に関わる課題と改革
 4 教科書に関わる諸問題
 5 
二 日本・アメリカ関係略史
 1 ペリー来日からの半世紀――日米「子弟関係」
 2 日露戦争期――警戒と均衡
 3 第一次世界大戦からワシントン会議へ――暫定的妥協と一時的緊張緩和
 4 日本の中国侵犯とアメリカの対応――対日硬化と孤立・中立のはざまで
 5 「パールハーバー」前夜――緊張一層高まる日米関係
 6 日米戦争三年八カ月――激戦下での日米関係
 7 日本の敗戦とアメリカによる占領・戦犯裁判
三 アメリカの教科書に書かれた日本の戦争
 1 アメリカ側からみたアジア太平洋戦争
 2 「パールハーバー」
 3 日系アメリカ人の強制収容
 4 日米戦の展開
 5 原子爆弾投下
 6 降伏後の日米関係

●カナダ
小学校用『カナダ史のなかの普通の人びと』  一九九〇年版
解説―― カナダの教科書
一 カナダの教育
二 日本・カナダ関係略史
三 カナダの教科書に書かれた日本の戦争
●オーストラリア
中・高等学校用『昨日だけのこと?――二〇世紀の世界におけるオーストラリア』一九九二年版
中・高等学校用『オーストラリアの歴史への理解』一九九四年版
解説――オーストラリアの教科書
一 オーストラリアの教育
二 日本・オーストラリア関係略史
三 オーストラリアの教科書に書かれた日本の戦争

●パプアニューギニア
中学校用『私たちの国の歴史』 一九九六年版
解説――パプアニューギニアの教科書
一 パプアニューギニアの教育
二 日本・パプアニューギニア関係略史
三 パプアニューギニアの教科書に書かれた日本の戦争
●ブラジル
中学校用『近現代史』 ジョゼ・ジョブソン・ヂ・アンドラーデ・アフーダ アチカ出版 
一九九一年版
解説――ブラジルの教科書
一 ブラジルの教育
二 日本・ブラジル関係略史
三 ブラジルの教科書に書かれた日本の戦争
付・ペルー/コロンビア
年表 
参考文献
あとがき
【はじめに】より

本書ではアメリカに続いて、カナダ・オーストラリア・パプアニューギニアそして中南米の三カ国(ブラジル・ペルー・パナマ)の歴史教科書を紹介し、それぞれの教科書に書かれた「日本の戦争」について訳出して載せた。ペルーとパナマを除いて、アメリカの場合と同じように、解説の部分で各国の教育事情、対日関係史そして教科書記述に関する評価を記した。
 アメリカに加え、右記の六カ国の教科書を含ませたのは、次のような理由からである。カナダ・オーストラリアはイギリス連邦の一員として連合国軍に密に参画し、パプアニューギニアは自国が激戦地とされ、また中南米三カ国は日系アメリカ人を多く擁しつつ、それぞれの国がいかに「日本の戦争」に関わり、またそのことが歴史教科書にどう反映されているかを知りたかったからである。特にオーストラリアはさまざまな局面で「日本の戦争」との関わりが深かったので興味があった。各国の教育事情も多岐にわたっていて、なかには日本の教育行政や教科書問題に示唆を与えてくれるものもあった。併せて参照されたい。

【あとがき】より
 一九九〇年に『アジア〈東アジア・東南アジア〉の教科書に書かれた日本の戦争』を刊行して十数年経った。この間、教育分野でいえば、「アジア太平洋戦争」終結50周年に当たる一九九五年前後に「日本の戦争」の矮小化・歪曲化を図ろうとする「新しい歴史教科書をつくる会」が、政財界等の右派グループに支えられながら登場した。なりもの入りで同会が実質的に編んだ中学校用歴史・公民教科書(扶桑社版)は、全国的にはほんの僅かな冊数とはいえ採択されてしまった。そして加虐にいそしんだ「日本の戦争」のシンボルだった「日の丸」「君が代」の掲揚・斉唱が教育の場では強いられてきた。また、教育行政は、個人の尊厳重視を前面にし、真理と平和を究めることを促し、さらに行政の教育への不当介入を戒めた「教育基本法」の改悪を企んできた。
 これらの潮流に呼応ないしは主導して、右傾化議会では平和憲法の改悪が喧伝され、その序奏として臨戦態勢を整える数種の軍事立法を成立させてきた。また日本の司法は、「日本の戦争」で多大な被害を蒙ったアジアや欧米等の人びとからの九〇件余に及ぶ謝罪と戦後補償要求の提訴をほとんど棄却した。辛うじて補償立法の促しを議会に呈しても国会議員の大多数はすこぶる冷淡な姿勢をとっている。そして右派政権の首長は戦争犠牲騙し装置ヤスクニに、思想・良心の自由保障にもかなう政教分離原則を堂々と犯し、そのうえ「日本の戦争」で辛酸を嘗めさせられたアジアの民の怨嗟を逆なでし、公式サンパイを執拗に繰り返してきた。
 冷戦後唯一の超大国となったアメリカは「自由・民主・人権」の守護をスローガンに、ペルシャ湾で、コソボで、アフガニスタンで、そしてイラクで、先制攻撃を交えながら「正戦」を展開させている。今日、反テロリズムを軸にアメリカは世界的軍事体制の再編を構想しているが、日本政府もこれに熱い反応を示している。
 他方同じアメリカにあっては、アジア太平洋戦争中に日本によって強制労働に服させられた元戦争捕虜たちが、アメリカで日本企業六〇社を相手に損害賠償を求めて集団訴訟を起こし(二〇〇〇年)、そして「日本帝国政府情報公開法」が連邦議会上下両院で可決され(二〇〇三年)。また太平洋戦争当時の「日本の蛮行糾弾決議案」が同じく上下両院で通過し(二〇〇五年五月)、さらに小泉ヤスクニ詣では「日本の戦争犯罪の犠牲者や遺族に対する計算された侮辱である」と『ニューヨーク・タイムズ』社説(二〇〇五年一〇月一八日付)が指摘した。
 ここ十数年の日米両国それぞれの、あるいは日本の対米・対アジア関係の政治・経済・社会的推移を瞥見しつつ、『アメリカの教科書に書かれた日本の戦争』を編んでいて、なお活きている過去の、その未清算を切に感じた。かつ過去の出来ごとを教訓とし得ない今日の状況を観た。わけ知り顔に「先の戦争の評価は、歴史の審判に待つしかない」と宣う日本の某閣僚の無責任ぶりには憤りさえ覚えた。