いつもお天道さまが守ってくれた
       
             ―在日ハルモニ・ハラボジの物語
  
  朴日粉 (パク・イルブン)


四六判並製 212頁
定価:1500円+税(税込1,575円)
C0036 978-4-8166-1101-8

2011年2月12日発売
「女の新聞」に紹介されました。    
全国の地方紙にも紹介されました
「時の顔」「きょうの人」などとして各紙に登場!
【内容紹介】

●ハルモニたちの口調には、時には恨も悔しさも 涙も混じるが、微塵の暗さもない。生きて、愛して、闘ったーー在日朝鮮人たちの物語

【著者プロフィール】

朴日粉(パク・イルブン)

1954年、島根県生まれ。 現在、朝鮮新報文化部記者。
著書に『明日に向かって』(彩流社)、『美しい虹を架けて』第1集、第2集、『日本と朝鮮を考える 明日へのメッセージ』(以上朝鮮新報社)、『生きて、愛して、闘ってー在日朝鮮人一世の物語』(朝鮮青年社)、『生涯現役 在日朝鮮人ー愛と闘いの物語」(同時代社)など。

【ハラモニ・ハラボジたち】
【目次】
祖国の緑化に貢献して 安秉玉さん 
祖国愛と社会貢献果たす経営者 金應錫さん 
自叙伝「がむしゃら人生」を上梓 黄道姫さん 
元ハンセン病患者、盲目の歌人 金夏日さん 
枝川の歴史の生き証人 金敬蘭さん 
50年前、朝大校舎建築に携わって 金鼎宣さん 
東京・東上野コリアタウンの生き字引 金徳順さん 
在日高齢者無年金京都訴訟団の元原告団長 玄順任さん 
「ウリ植物名の由来」を刊行 玄正善さん 
女性同盟結成に参加して63年 康鳳日さん 
ウリハッキョ支えて半世紀 呉秉玉さん 
済州島から渡日70年 高五生さん 
朝鮮民謡口ずさんで70余年 高蓬来さん 
11時間の心臓手術に耐え抜いた 高蘭姫さん 
ウリナラにまっすぐな心で 車福順さん 
「祖国こそ命」次世代に伝えて 申粉南さん 
裸一貫から事業を切り開いた 宋斗満さん 
女性同盟一筋に歩いた60年 孫永姫さん 
親子2代で民族教育に尽力 朴在運さん 
広くて深い詩の世界 李錦玉さん 
夫亡き後、事業を守りぬく 李伸子さん 
在日1世を力強く支える「杖(ヘルパー)」 李仁順さん 
済州島4・3事件を生き延びた 李性好さん 
同胞女性コーラス40年 李貞年さん 
地域同胞に尽して 李命順さん 
絵画に込めた民族の証 尹光子さん 
「江戸川の顔」、ネットワークの要 尹貞淑さん 
「老いても心はいつも祖国へ」 崔秀任さん 
夫の祖国は私の祖国 崔道順さん 
真心で掴んだ朝・日友好の絆 「鐘順さん 
冷麺の普及と振興に功績 卞順漢さん 
鄭大世選手の活躍喜ぶ祖母 金弘善さん 
解放直後、朝鮮学校に学んだ 権英淑さん 
4世代54人で米寿を祝った 尹念昊さん 
あとがき 朴日粉 
【あとがき】

 
 在日朝鮮人1世の女性たちの半生記を、朝鮮新報の女性欄に連載して今年で10年。掲載回数は130回を超えた。
 本書は、2000年1月から現在までに、「生涯現役」(前身は「語り継ごう20世紀の物語」)とのタイトルで連載された企画をまとめたもの。「生きて愛して闘って」(朝鮮青年社刊)「生涯現役 在日朝鮮人ー愛と闘いの物語」(同時代社)に続く第3弾である。今年は奇しくも、朝鮮が日本の植民地に転落した「韓国併合」100年の年である。植民地、家父長制という2重の差別構造の中を生き抜いた1世女性たちは、それぞれの苦難のみちのりを時には涙を見せながら、渾身の力を振り絞って語ってくれた。そこには、受難の記憶を不屈の力に変えて、次世代に向けて、積極的に現在と未来へのメッセージを発信しようとする強い思いがあった。

 在日の1世の女性たちを取材して思い出すのは、水俣病患者と長らく寄り添い、名著「苦海浄土」を著した作家・石牟礼道子さんの次のような言葉である。

 「学歴社会で学んだ知識だけでは、ただ一人の魂でさえ読み取ることができない」「私の触れた限り、人様を思いやる倫理の高さというか深さは、純然たる方言の世界にありましたから」

 「人様を思いやる心根のやさしさ」を石牟礼さんは、「人間の一番初めにあるべき知性」だと語っている。

 「生涯現役」で取り上げた人たちは、まさしくそんな「知性」を身につけた女性たちだった。植民地統治下の朝鮮で生まれ、幼いときから子守り、女中奉公や製糸工場の女工に、嫁いでは厳しい姑の下で野良作業や家事に明け暮れ、渡日後も厳しい民族差別に直面した。しかし、過酷な運命を自分の力で変えて、自分の幸せよりも他者の幸せのために尽くした女性たち。

 函館の洪鐘純さんは、2000年の4月、60年ぶりに、次男、3男が暮らす朝鮮へと帰国した。  
 1939年、夫が慶尚北道軍威から徴用第1船で、北海道美唄炭坑に連行された。翌年、生まれたばかりの乳飲み子を胸に抱き、釜山、下関、小樽へのすさまじい船旅を経て、夫の下へ。艱難辛苦の末、家事や商売に長けた才覚で解放後は自分の店を持った。38年間も在日朝鮮人女性たちの組織である在日本朝鮮民主女性同盟(女性同盟)の分会長として同胞たちの暮らしを助けた。しかし、強盗に襲われたり、長男に先立たれたりその人生は波乱に満ちていた。そのことはおくびにも出さず、帰国のその日まで女性同盟の支部顧問の役割を果たし、その年1年分の自分の会費を収めた。韓国から日本へ。日本からまた朝鮮へ。そして、帰国の半年後、安心したかのように平壌で永久の眠りについた。20世紀の受難の旅はこうして閉じられたのである。享年87歳。

 人間的な魅力と品性に満ちたハルモニたちの思い出はつきない。
 女性同盟京都南支部の元委員長高五生さん(89)もそんな一人。米寿を過ぎても、街を元気よく自転車で駈けずり回る。
 支部の事務所に出かけ、掃除をして、留守番をする。一昨年前までは活動家たちの昼御飯まで用意し、その合間にチャンゴで踊って、汗を流した。人に頼らず、人のためには献身する。夫とは死別し、一人息子は平壌に暮らす。2年に1回、息子の家族のもとを訪ねるのが楽しみだと語る。「金日成総合大学を卒業した孫が、アニメーションの制作のため外国によく出張している。日本にも数年前に仕事で来て、東京まで会いに行ったことがある」と破顔一笑した。
 高さんの願いは、いま途絶えている船便での祖国訪問である。「朝・日関係、朝米関係が改善し、家族が自由に会える日が待ち遠しい」と。1934年、13歳のとき、済州島から日本に来て75年。祖国と自らの運命を片時も切り離して考えたことがない世代の一人だ。「死ぬときは祖国の土に還りたい」とサラリと口にした。
 京都市の織物で名高い西陣の北西の一角、通称「百軒長屋」。人がすれ違うのがやっとの狭い路地を歩くと、機を織るリズミカルな音が聞こえてくる。ここに西陣織60年の名手として名を轟かせた玄順任さん(83)の家がある。
 05年3月、玄さんは在日高齢者無年金京都訴訟団の原告団長として京都地裁で意見陳述を行った。「朝鮮人が何を悪いことをしたのか、根本を裁判長に教えてほしい。国を盗られて100年。『悪い』とレッテル張られて100年。すでに在日の6代目が生まれている。なぜ、被害者の朝鮮人が『悪い奴』で、加害者の日本は『清く正しい神の国』なのか。私は無学なのでその理由がわからない。最高学府で学んだ裁判長、ぜひ、教えてほしい」と。真っ正直に生きてきた人の肉声が法廷内に響き渡ると、傍聴していた支援者たちは力強く頷いていた。
 一日中、機織に明け暮れ、そのかたわら、西陣の分会長を何期も引き受け、地域の同胞の暮らしを支えた歳月。そんな日常に異変が起きたのが一年前。脳梗塞に見舞われ、入院治療を経て、今はリハビリ中だ。不自由な身体で一日一時間の散歩を欠かさない。「話をもっとしたいが、耳が遠くて」と嘆いた。しかし、受け答えもしっかりしていて、持ち前の根気強さ、不屈の精神力はそのままだ。

 1世の女性たちの口調には、時には恨も悔しさも涙も混じるが、微塵の暗さもない。どんな逆境にあっても、決して弱音を吐かなかった人のたくましさがあった。その力の源は何かと思う。それは「痛みをエネルギーに代えて」、歯を食いしばって生き抜く朝鮮人としての自負心だった。
 日常のつましい生活ぶり。暮らしの隅々に行き渡る知恵や賢さ、倹約術、健康的な過ごし方などに感嘆した。学校の周りを清掃したり、余り切れで雑巾を作って寄付したりして、地域社会からも尊敬されるハルモニたち。誰もがみな優れた社会性を身につけ、齢を重ねてさらに、地域や学校、社会に尽くすことを生きがいにしていた。
 本書を通じて、毅然と歴史に立ち向かった朝鮮女性たちの生き方を是非、たくさんの人たちに知ってほしいと思います。
 また、このシリーズの取材のため惜しみない支援を寄せてくれた朝鮮新報の同僚たち、また、ほとんど家庭を省みなかった筆者をあきらめの境地で見守ってくれた家族に、そして、本書の刊行に心を寄せ、長らく待ってくださった梨の木社の羽田ゆみこさんに心から感謝の意を捧げます。
 朴日粉
                                              

【女の新聞4月25日紹介記事】
【「信濃毎日新聞」ほか掲載記事】