ぼくの村、カメルーン・フルベ族の人びと
   「ひとつよろしく。」

江口一久 著(えぐち・かずひさ)

定価:1700円+税
A5判並製 156頁 
ISBN 978-4-8166-0906-0
C0307
2009年6月刊

カメルーン・マルアに家をもち、フルベ族とともに暮らし、フルフルデ語の口承文芸を学び日本と世界に紹介した人類学者・江口一久の遺書

【プロフィール】

1942年、京都市生まれ。京都大学文学部卒業。1968年から毎年数カ月、北部カメルーンのマルアに住み込み、フルベ族の口承文芸を研究。国立民族学博物館教授。2002年から毎週土曜日、国立民族学博物館においてワークショップ「西アフリカ おはなし村」を開催、村長をつとめる。退官後、2008年急逝。

主な著書
『北部カメルーン・フルベ族の民間説話集 巻T〜X』(京都・松香堂)、『フルベ族とわたし』(NHKジュニア・ブック)、『きのどくなハイエナ』(小峰書店)、『西アフリカ おはなし村』(梨の木舎)など

【目次】

はじめに
アフリカ大陸地図
1 カメルーンはどこにあるか? フルベ族はどこにいるか?
2 無文字社会のフルベ族
3 一夫多妻制とフルベ族
4 父系制拡大家族のフルベ族
5 マームドゥくんの話
6 フルベ族の夢
7 おとぎの国レイ・ブーバ
あとがき   江口一久
ニャンブーム・ソン・ベラケ?   日野舜也
本書出版にあたって   江口信清

【まえがき】から

 はじめに
 本書は、わたしがフルベ族のところで、まえもうしろもわからず無我夢中でフィールド・ワークをしはじめてから、十年くらいのあいだに書いたものである。フィールドは時とともに変化する。フィールド・ワークをするほうも、時とともに変化していく。
 わたしはもう三十年以上、フルべ族とつきあってきた。フィールド・ワークをしはじめたころから、わずかの間、北部トーゴのフルべ族のところにいたのを除くと、北部カメルーンのマルアでは、ここ三十年ほどおなじ泥の家に住んでいる。
 ところが、世の中はどんどん変わっていく。たとえば、舗装道路がふえたとか、テレビの放映があるとか、マルアの一般住民に混ざって、カメルーン南部出身者が住みだし、フランス語が聞けるようになったとか、フルベ族の若者たちがきれいなフルフルデ語を話せなくなってきたこと、また、急進的なイスラム教の動きが出てきたことなどがあげられよう。
 わたしのほうも、調査をはじめた当初は独身だった。そのうちに、妻帯者となり、子持ちとなって、泥の家に住んだ。わたしの子どももフルべ族とおなじものを食べ、フルフルデ語も話した。その子どもも、学校に行くようになってから、わたし一人のフィールド生活がつづいた。長女に子どもが生まれ、わたしは祖父となってしまった。頭にもたくさんの髪の毛があったが、いまでは、ずいぶん抜け落ちてしまった。フィールド・ワークをはじめたころ、わたしは大学院の学生だったが、いまは、もう少しで定年前の研究者になっている。
 最初はフルベ族のことも、フルフルデ語もさっぱりわからなかったわたしも、いまでも、そう自負するほどではないけれど、少しはいろいろのことがわかってきたつもりだ。あげくのはて、わたしはフィールドのマルアやフルベ族を、しばしば、「ぼくの町では」とか、「ぼくのフルべ族は」などと、マルアやフルベ族をまるで自分の出身地や出身民族のように言ってしまうほどにのめりこんでしまった。
 わたしも、人が人生で経験することを一通りやってきたつもりである。フィールドの見方というのは、こちらの経験が深いほど、より深くわかるのではないだろうか。と同時に、経験や知識が増えれば増えるほど、ういういしい感激が少なくなっていく。
 本書は、けっして満足のいく内容ではない。けれども、わたしがフィールド・ワークの初めに、何に興味を持ち、何に関心をはらっていたかを、よく表しているものだと思う。もともと、一冊の書物にしようなどと思っていなかったものを、一冊にしたから、多少の重複や、筋の通らないこともあるかもしれない。けれども、フィールド・ワークの後半部分での展開理由が、わかってもらえることと思う。
 いまでこそ、「目に見えない文化遺産を研究している」などと、みんなに言っているが、そのような言葉で言い表せるようになるまで、本書に書かれているようなことを、ずっと考えていたからこそ、そこまで言えるようになったのだ。
 民族学で他の文化を研究するということは、結局は、自分たちの文化をよく知るためなのだと言われる。本書がわたしたちの文化を理解する一助になることを願ってやまない。

江口一久
   2001年5月

【関連書の紹介】 江口一久関連書
西アフリカ おはなし村
 江口一久文 アキノイサム画
国立民族学博物館編
 本体1700円