外の生活にあったもので、一番なくて気がかりなものは何ですか?
テクノロジーの発展に取り残されていくことですね。コンピュータとか携帯電話
とかね。牢屋に入ると、テクノロジーの産物といえば、テレビくらいのものです。こ
れは1940年代からあった代物です。ここにいる限り、どんどん遅れていってしまいま
す。10年、15年、20年もいて、外に出たら、まるで石器人です。
お話を伺ってると、事件の前は、何か人生設計を持っていたようですね。
そうです。ありました。でも、自信をなくしてしまいました。なにか広告関係の
会社でイラストの仕事をしたかったんです。で、15歳のときに、社会に出たんですが
、自信がなくなってしまったんです。世間は、どいつもこいつも根性の曲がった連中
ばかり、正直な奴なんて一人もいないって、そう思うようになったんです。正直にや
ってて何になるんだってね。そんなことから私は、いわば挫折してしまい、薬物に手
を出したり、犯罪にかかわったりすることになったんです。
今でもその考えは変わりませんか?
ある程度まではね。誰しも欠点はあると思いますよ。でも、当時の私は世界は完
璧でなければいけないと思っていたんです。今は、完璧な世界なんてないことが分か
っています。今なら世間に合わせ生きられます。でも10代では、それを理解すること
はできませんでした。
高校時代は、ずいぶんスポーツで鳴らしたそうですね。何がいちばん得意だった
んですか?
フットボールです。フットボールと陸上です。私はスプリットエンドとランニン
グバックをやりました。陸上では100ヤード競走とハードルの選手でした。100ヤード
(91メートル強)を9.8秒で走ることができました。ハードル競技では、全米第5位に
なったこともあるんです。いくつもの大学から、スポーツ奨学生の話が来ましたが、
全部断りました。断るんじゃなかった、と思います。そうしたら、今ここにいること
もなかったでしょう。
あなたのスポーツ・ヒーローは誰かいますか?
(笑う)ああ、O.J.シンプソンが私のヒーローでしたよ。彼はヘイズマン・トロ
フィーに輝きましたし、すごいランニングバックでした。当時は彼にあこがれたもの
ですよ。で、まあいまの私の行き着いたところは、O.J.シンプソンと似たようなもの
と言えなくもありません。
彼は有罪だと思いますか? それとも無罪と?
その場にいたわけじゃないんですから、何とも言えないと言っておきましょう。
でも、彼にはやれるなという気はします。
それはどういうことですか?
つまり、私は人を観察するのが好きなんですが、私が見た感じ、彼には殺人者の
資質があるように思えるんです。たいていのスポーツ選手は、ことにフットボール選
手は、暴力的になるように仕込まれているんです。暴力的になることは、彼らの日常
生活の一部なんです。
自分自身の死については、よく考えますか?
だいたい5分ごとにね。(笑う)っていうのは冗談だけど、毎日考えますよ。先
週、私の最後の上訴が棄却されました。だから、先の見通しはあまり明るくありませ
ん。州政府は、すでに処刑期日の決定を申請しました。弁護士が再審問を要求してい
ますが、でも、私が殺したのはハイウェイ・パトロールの警官ですから、この要求は
はねられるでしょう。処刑されるだろうなという気が、すごくしています。
それは10年前から覚悟を決めたことです。
覚悟を決めた、というと?
生まれた者は、誰でもいつかは死にます。あなたには自分がいつ死ぬか知らない
が、私は確実に死ぬ。残念だけど、死刑で死ぬことになるでしょう。そのことが怖い
のではありません。もちろん、もっと年をとるまで生きていたいです。ずっと年寄り
になるまで、ね。でも死が早くやってくるものなら、受け入れるしかない。
最後の食事には何を望みますか?
そうだな。シンディ・クロフォードなんか悪くないな。(笑う)まあ、小海老と
チーズケーキってところでしょうか。
あなたは、一般区画にいるわけですから、ほかの囚人たちもあなたの今おかれて
いる状況は知っているはずですね? そのことを話しかけられることはありますか?
そういうのってイライラするんですよね。調子はどうだいとか、大丈夫かとか、
調子悪いのかとか。あ、元気だ元気だ、と答える。すると、5分もすりゃ、また別の
奴が現れて、しっかりやってるかいと来る。ああ、大丈夫だよ、大丈夫。これじゃ、
独房からも出たくなくなりますよ。心配してくれてるのは分かるけど。身体が麻痺し
てしまった人でも、赤ん坊みたいな扱いは受けたくないでしょう。それと同じことで
す。
自分を運が悪かったと思いますか?
まあね。かなりいろんな目にあってきたしね。撃たれたこともあるし、刺された
ことも殴り倒されたこともあります。身に覚えのないことで逮捕されたことも2回あ
るし。そんなわけで、自分は何かでへまをするんじゃないかといつも思っていました
。フォートワースで友人の家に泊まっていたときなんか、家の中にダイナマイトを投
げこんだ奴がいて、家が吹っ飛んで、私もひどい火傷をしました。ナイトクラブにい
たら、銃を発射されて、睾丸を片方撃ち抜かれたこともあります。フットボールをや
っていて、口論になり、刺されたこともあります。心臓すれすれでした。交通事故に
も何回も遭ったし。でも、こういうことをすべてなんとかすり抜けてきました。だか
ら、運がいいんだ、とも言えるかも知れません。
自分のやってきたことで、何が間違っていたのか、つきつめて考えることはあり
ますか?
基本的には考えない。考えてない、考えてない。刺されたときは、空き地でフッ
トボールをやっていたんです。で、私はそいつを相当ひどく殴りました。そいつは、
もう一回やったらただじゃおかない、と言いました。私は、ほんとにやる気かと思っ
て、また殴ったんです。するとそいつはナイフを取り出して、私を刺しました。私が
失敗するときは、いつもこんな調子です。いつも、売られた喧嘩は買ってやると構え
ていました。ほんとは、引っ込んでるか、やりすごしたほうがいいときのほうが多か
ったのにね。何かあると放っておくってことのできないタイプだったんですね。今は
むろん少しは大人になりました。誰かが何か言っても、ああ、あんたの言うとおりだ
、とか、なんでも相手の喜びそうなことを言って済ませますよ。
16歳とか18歳の頃の自分自身にむかって言いたいことはありますか? また、そ
れを当時の自分が聞いたと思いますか?
16歳の頃の私は、おそろしく荒れていました。だから、聞いたかどうかは分かり
ません。でも、それは、誰から言われるのかによると思います。私のうちの近所で金
をもっている連中と言えば、麻薬密売人でした。犯罪者です。まじめに働いている連
中は苦労していました。もしも、かりに誰か、医者とか弁護士とかいうような人がや
って来て、ほら、私は弁護士だ、かっこいいクルマを乗り回してる、いい家に住んで
る、旅行にも行くんだ、お前もそうなりたかったら、ちゃんと学校に行きさえすれば
いいんだ、と言ってくれたら違っていたかも知れない。でもそんな奴は一人もいなか
ったですよ。学校を続けろとか、正しい行いをするように説得してくれた人もいなか
ったです。
ジェローム、お話どうもありがとう。とてもいい話だった。
あなたたちと連絡をとるには、どうしたらいいですか? この本を手に入れるに
は、どうしたらいいんですか? いまの様子では、私はそんなに長くないと思うんだ
。私の恋人にこの本をあげてほしいんだけど?
いいですよ。そうしましょう。