軍事法廷と議会

2002年1月8日   今井恭平/訳


 2001年9月11日の余波がつづく中、ブッシュ政権は、誰であれ合衆国が「テロリスト」と見なした者を裁くために、軍事法廷を設置する計画であることを公表した。この法廷は、上訴審も含めて、軍の将校が裁判官をつとめ、最終的審判権は国防長官か、大統領に属する。
 この軍事法廷で裁かれる者は、一般の連邦裁判所のいかなる判事にも、一言も訴える機会を与えられない。
 アメリカの空気は、かくも逆上し、リベラル派のエリートたちはかくも怠惰であり、法律家たちも、権力の前にかくも無力であり、政府が手にしたむき出しの力の政治に対して、かろうじてか細い抗議の声が上がっているだけである。
 こうした法廷の設置は、アメリカが厳粛に求める「デュープロセス」【法の適正な執行】に真っ向から反するものである、というだけでは足りない。さらに、こうした戦時規範は、正式の議会による宣戦布告がなされていない故に不適切であると指摘するだけでも不十分である(このための議会の招集には、実際のところ何の支障もない)。議会はすでに、何カ所かで発生した炭疽菌汚染を機に、記録的な早さで(ほとんど議論もなしに、公聴会も開かず、委員会調査や総会もなしに)前代未聞で、複雑で、そして根本から抑圧的な愛国法案を通過させた。
 大統領令による軍事法廷の命令は、一見して憲法違反である。ほかならぬ、大統領に軍の統帥権を認めている条項そのものが、その司法に対する権限に制約をもうけているのである。その憲法条文とは以下のものである。

合衆国憲法第2条第2節
「大統領は、合衆国の陸海軍および合衆国の軍務に実際に就くため召集された各州の民兵の最高司令官である。・・・
大統領はまた、大使その他の外交使節ならびに領事、最高裁判所判事、および本憲法にその任命に関する特別の規定がなく、また法律によって設置される他のすべての合衆国公務員を指名し、上院の助言と同意を得て、これを任命する。」

 そして、第3条第1節によれば、
「合衆国の司法権は、一つの最高裁判所および連邦議会が随時制定、設置する下級裁判所に帰属する。」とある。
【憲法条文の訳文は、在日米大使館のウエッブ・サイトに掲載されているものを使用した。http://usembassy.state.gov/tokyo/wwwhj071.htmlまた、引用の都合上、ムミアが一部省略している部分も、略さずにそのまま記載した部分が含まれる/今井】

 かくの如く、大統領は、上院の同意を得て行動しながら、最高裁判事の候補をあげ、指名し、議会が任命し、新たな【最高裁】の構成を確立するのである。議会はこれを執行する義務を放棄する権利をもたない。
 大統領が法廷の設立を命令し、すべての法廷要員を、その直接指揮のもとにおく。これこそ、古くさいカンガルー・コート【私設法廷】であり、ほかならぬアメリカ自身が指弾した、フジモリ政権下のペルーの裁判所と同様のものである。(興味深いことには、このペルーの法廷も、対「テロリズム」を名目としたものだった)
 このことは、合衆国の一般法廷に対して偽りの賞賛を積み上げるということでもない。それは、本質的に政治的存在である。われわれは、ティム・マクベイの国内テロリスト裁判をもう忘れてしまったのだろうか?【95年のオクラホマシティ、連邦政府ビル爆破事件のこと】この事件では、マクベイの処刑の直前までFBIが数千ページもの書類を隠していたことが問題になったではないか。だが、法廷は、その法律違反を、大したことではない、と見て見ぬ振りをしたではないか。
 そして、政府はマクベイを処刑することでその意志を通したにもかかわらず、事件を操作したという報道は、彼らを困惑させた。同様のことが今度は起こらないと言えるだろうか?
 ブッシュ政権の下では、軍事法廷は政権の意のままの道具として機能する。軍隊の命令系統の下で、すべての裁判官、陪審員、検察官、そしてすべての法廷要員は、軍に忠誠を誓った将校であり、統帥権者に忠誠を誓っているのである。軍人としてのキャリアをさらに積み上げていこうと思ったら、昇進のことを考えたら、彼らは政府の指示に唯々諾々と従うだろう。そういう連中が、外国人に対して何をするだろう?しかも、その人々はもう「敵」というレッテルを貼られているのである。
ブッシュか、国防長官、あるいは、たとえ他の軍幹部会議であっても、それが最終審判を下すのだとしたら、結果はどのようなものになるだろう?
 だが、被告人達は、所詮(大衆受けする表現をすれば)「サンドニガー」【アラブ系の人々への蔑称】にすぎない(イギリス人なら「ワグ」と呼ぶだろう)【ワグも、英国流の蔑称】アラブ人、パキスタン人、いくらかのアフガン人、こんな連中のことを誰が気に病むだろう?
 1920年代に「パーマーの手入れ」【当時の米司法長官、ミッチェル・パーマーの自宅付近で爆弾事件が起きたことに端を発した共産主義者狩り】にひきつづいたロシア系ユダヤ人の合衆国からの国外追放の時や、40年代に日本人が収容所に放り込まれた時にも同じようなことが言われた。奴らは「アカのユダヤ人にすぎない」とか、「スランツ」【東洋系に対する蔑称】にすぎない、などとだ。違うか?
 そのような事件は、我々一般国民とは別のこと、「他の連中」に関することだと言われた。しかし、それらは米国の司法手続きを腐らせ、フェアプレイの国だという主張を、今の世代にいたるまで損なったのである。この狂気とたたかおう。さもなければ、それは我々全員につきまとって離れないだろう。

文中、【 】で囲んだ部分は、訳者による注記もしくは補足。( )で囲んだ部分は、原文でもパーレンでくくられている部分のまま。

Copyright 2001 maj


原文を読む