1981年の警察官殺害事件で、死刑判決が覆る

ニューヨークタイムズ 12月9日
SARA RIMER記者


フィラデルフィア 12月8日
 20年近くにわたって法廷で争われてきた事件で、当地の連邦判事が本日、ムミア・アブ=ジャマールに対する死刑判決を取り消した。ムミアはもとジャーナリストでブラックパンサー党員、おそらく世界でももっともよく知られた死刑囚である。しかし、有罪判決そのものは維持された。
 (量刑決定段階における/訳註)陪審員への説示内容に憲法違反があった、として連邦地裁判事のウィリアム・ヤーンはペンシルベニア州当局は180日以内に量刑決定のための新たな公判を開くか、もしくは終身刑を言い渡すようにという決定を行った。  アフリカ系アメリカ人のアブ=ジャマールは1981年に起きた白人警官、ダニエル・フォークナーを射殺したとして1982年に有罪判決を受けた。これは、ムミアの弟が一方通行を逆に走ったとして警官から呼び止められた後に起こった事件とされている。  アブ=ジャマール氏(47歳)は他の死刑囚と異なり、雄弁で、ある人々に言わせれば自分自身の主義に対してカリスマ的とも言える弁舌の才をもっている。彼は世界中からの支援を受けており、支援者達は彼をアメリカの死刑制度における人種的不平等やそのほかの不公正の象徴であると見なしている。
 フォークナー巡査は殺害されたとき25歳だった(ムミアがとらわれたとき、26歳だった!/訳註)。未亡人のモーリンは、本日こう語った。判事の決定は「私たちの家族にとって、とてつもない心理的な痛手です」
 彼女はジャマール氏を「冷酷で憎悪で心が満ちた殺人者」と呼んだ。彼女は、この判事の決定は「彼がダニー(ダニエル・フォークナー巡査/訳註)から20年前に奪ったもの、つまり生きるということのもつ単純な喜びを彼がこれから享受することを許すことになる」と考えている。
 フィラデルフィアの地方検事で死刑制度支持者のリン・アブラハムは、連邦第三巡回裁判所(連邦段階に於ける第二段階の控訴審裁判所/訳註)に控訴することになるだろうと語った。
 カリフォルニア大学法学部死刑問題教室の主任教官であるエリザベス・シーメルによれば、死刑事案における誤審は、有罪無罪決定段階よりもむしろ、量刑段階で起きることが多いという。法が要請している長期にわたる審査過程のせいで、10数年以上も経ってからの刑の破棄というのも珍しいことではない、とシーメルは言う。もし、判事の決定どおり死刑判決が無効になれば、州は量刑決定のために新たに陪審員を選定し直し、ジャマール氏の有罪証拠を提示しなければならなくなる。
「これは、検察・弁護双方にとって、面倒な手続きになることは目に見えています。あまりに時間が経ちすぎているからです」とシーメルは語る「どの証人がどこに行ってしまったか、どの証拠はどこにあるのか、最初の裁判のときの証拠がどうなっているのか、というようなことが双方にとって分からなくなっているからです」
 ジャマール氏の無罪を勝ち取るために支援してきた人たちは、この判決を、たんなる部分的な前進だと受け取っている。
「ジャマール氏の裁判の中で起きた誤審は、有罪か無罪か、そのものについて新たに審理を行うことを要求している」と全米死刑廃止連盟のエグゼクティブ・ディレクターのスティーブン・ホーキンスは語る。彼は90年代の早い時期に、ジャマール氏の弁護人だったことがある。
 本日の判決は、ジャマール氏が行った5回目の大きな申し立てに対するものである。ホーキンスによれば、ジャマール氏はこれまでにペンシルベニア州最高裁に2度、連邦最高裁に2度の再審請求をしている。
 今秋、知事を辞めて国家保安委員会の長官になったトム・リッジ氏は、95年8月と99年12月の2度にわたって、ジャマール氏に対する死刑執行命令を出した。
 シーメルや他の専門家達によれば、この事件は、死刑事件としては通常の手続きを経ながら進行しているという。ヤーン判事は彼の判決の中でこう書いている。多くの人たちが「この事件やほかの多くの死刑事件が、裁判と有罪判決から20年近くもたって、まだ最終決定に至っていないということを理解しがたいと思うだろう」彼はさらに、最近の法的、立法的諸措置によって、今後は事件の処理がよりすみやかに行われるだろう、と書いている。(1996年、クリントン政権下で制定された悪名高い「反テロおよび効率的死刑法」が、死刑事件の裁判の迅速化をねらって、上訴にさまざまの制約をつけたことを指している/訳註)
 法律専門家達は、ヤーン判事の272ページにのぼる判決文は、公平で細部にわたるものであると評価する。州の裁判所における審理を繰り返し確認しつつ、判事はジャマール氏側の、有罪無罪決定段階での憲法違反の主張をことごとく退け、再審請求を却下した。
 判事が弁護側に有利に判断をした唯一の箇所は、陪審が受けた説示(陪審が、ある決定をする場合に、裁判長から法的な留意点などについて受ける説明/訳註)のうちの減刑事由にあたる箇所と、陪審評決のやり方に関する部分が、「憲法上、考慮すべきはずの証拠を考慮に入れることを妨げたと信ずるにたる」というもの。(要するに、死刑を決定する際に、刑を軽くする可能性がある要素を十分考慮に入れるように、という説明が一審裁判官から陪審員にきちんとされなかった、ということ/訳註)
 ジャマール氏の弁護団からのコメントを求めようとしたが、きょうの段階では連絡がとれなかった。だが、ホーキンスによれば、おそらく弁護側は上訴裁判所に対して、事件を再度取り上げ、有罪判決そのものを取り消すように求めるだろうという。
 NAACP(全米有色人種地位向上協会)の顧問弁護士、ジョージ・ケンドルによれば、ジャマール氏の一審担当弁護人は経験不足で事件を手に余らせており、また一審担当裁判官(アルバート・セイボ/訳註)は、警察びいき、検察びいきという噂があったと述べている。
 「ちゃんとやられなかったことがたくさんあるのです」とケンドルは語る。そのせいで、国中やはてはヨーロッパにまでこの事件が知られるようになったのです。
 ジャマール氏の名声と、延々と続く法廷闘争は、フィラデルフィアの警察官や住人達に苦い思いをさせている。(警官はさておき、住人達、というのは何を根拠にして書いているのか、ニューヨークタイムズは/訳註)
 陪審員の判断によれば、ジャマール氏は1981年12月9日にフォークナー巡査を背後から撃った。フォークナー巡査はジャマールしの胸を撃ったが、フォークナーの息がまだある間にジャマール氏はさらに4発撃った。ジャマール氏は現場にいたことは認めているが、無実を主張してきた。彼によれば、誰か分からない人物が犯人だという。(それはそうだ、ムミアに犯人が誰かなど分かるわけがない/訳註)
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