浅野健一氏が抗議

以下の抗議声明を同志社大学新聞学教授、もと共同通信記者で「犯罪報道の犯罪」などメディア改革のための多くの著書で知られる浅野健一氏が発表しました。ご本人の許可を得ましたので、ここに掲載します。


「越えてはならない一線を越えた」のは朝日新聞だ

「警視庁はオウムの麻原被告の主任弁護人、安田好弘弁護士を逮捕。住専の資産を隠し強制執行妨害を指南の疑い」。九八年一二月六日(日曜日)、京都から東京へ向かう新幹線車内に流れた中日新聞ニュースがこう伝えていた。死刑廃止や代用監獄廃止を求める市民運動の中心となって活動してきた弁護士への治安当局のあからさま報復だと直感すると同時に、「明日の新聞各紙がどう報道するかによって世論が決まるが、無罪推定で書いてくれるだろうか」と心配した。

 安田弁護士の逮捕は、通常の犯罪報道のパターンで報道された。案の定、私の不安が的中した。日本の犯罪報道はオウム事件以降、完全にブレーキが外れてしまっているから、今回も警察の言いなりになっている。「ペンを持ったおまわりさん」がなりふり構わず、警視庁捜査二課の広報役として活動している。警視庁幹部が公式には発表できないことを、警視庁の「七社会」などの記者クラブに所属する“少年探偵団”や元警視庁担当の各報道機関幹部たちに不確かな情報をリークしているのだ。これは明らかな「犯罪報道の犯罪」である。 旧住専の大口融資先の不動産会社「スンーズコーポレーション」が二億円のテナント料収入を隠していたとされる強制執行妨害事件で、同社の社長らに資産隠しの手口を発案・指示していたという容疑で逮捕されたと、決め付けた表現で書かれている。「疑い」とか「調べによると」という表現はあるが、新聞を読んだ市民は、安田氏を「悪い弁護士」と思ってしまうだろう。

 世間で評判のいい中坊公平住管社長が新聞に「欲に駆られて・・・」とコメントしているが、その根拠は示されていない。報道機関が警察から聞いた情報だけで、そういう談話を公表するのでは、ワイドショーに出ている「文化人」と同じではないか。安田氏の弁護人となった麻原被告弁護団長の渡辺脩弁護士の不当逮捕だという声明は出ているが、全体としては警視庁情報で有罪視している。逮捕後、夕刊、翌日の朝刊と連続して不正に顧問料が支払われていたと断定する「つなぎ記事」が出ている。保釈を認めさせないミエミエの世論づくりだ。メディア操作にまんまと成功した当局は安田氏を身柄拘束のまま送検した。

 とくに朝日新聞がひどい。一二月七日の社会面記事は、渡辺弁護団長の声明を伝えた後に、《さすがに苦渋の表情は隠せない》と書いた。「摘発した警視庁側は、別の強制執行妨害事件への関与も踏まえ、『越えてはならない一線を越えた』と手厳しく批判する」と伝えた。また、警視庁二課が九八年三月に別の不動産会社を摘発したときにも捜査線上に浮かんでいたとか、同社の社長に対する地裁判決で「社長に犯行の手口を示唆した」などと指摘されたとも書いている。時事通信配信の記事(八日の聖教新聞に掲載)によると、判決についてのこの情報は警視庁幹部が提供したという。

 こんな記述もあった。《一方、警視庁の見方は厳しい。「法と正義を守る弁護士として、決して越えてはならない一線を越えてしまった」。大物弁護士への強制捜査に踏み切った捜査幹部は六日、逮捕の報告を受けてそう語った。》 ここまでいう捜査幹部は匿名だ。なぜ幹部の役職、姓名を伏せるのか。

 七日夕刊は四段記事で「ダミー会社から1000万円余」と報じた。「捜査二課の調べで分かった」が繰り返される。八日朝刊では四段記事で「犯行すべて指示 共犯容疑の社長に」とエスカレートした。

 私は一二月八日、朝日新聞読者広報室に電話で抗議した。朝日の記事について・全体として警視庁の機関紙のようだ・「分かった」「分かっている」などという表現がいくつもあるが、朝日新聞記者がどういう根拠で分かったと書いているのかが不明であり、ニュース・ソースが非常に曖昧になっている・一二月七日の一面記事に「人権派の弁護士としても知られる」という表現があるが、「人権派ではない弁護士」(非人権派、反人権派)という弁護士はいるのかーーなどを指摘した。私は「犯罪報道一般に見られることだが、警察が非公式に匿名を条件に流した情報を、あたかも警察の発表のように書いている。読者のほとんどはそう受け取っている。外国の普通の新聞なら、ニュースソースを書かない記事は欠陥記事だ。ニュースソースを書けないときは、明示できない理由を記事の中で、読者に伝えなければならない」と述べた。

 これに対し、読者広報室の社会面担当者は《警視庁からだけでなく記者が様々な取材をしている。いちいちニュースソースを書いていると、読みづらい。日本語の性格もある。「調べによると」とあるのがニュースソースだ》と説明した。「人権派」については、全く釈明できなかった。


 賃借人の移転は普通の経済活動でよく行われる。もし違法性があるとしても、弁護士の指南が必要な専門的なことではないだろう。安田弁護士は任意の調べに応じ、一○月に事務所などへの家宅捜索で証拠類を押収されており、とにかく逃亡・証拠湮滅のおそれなど全くない。逮捕された側からの反論は展開されない。警察が逮捕したということを書くのはいいが、捜査が始まった段階で、「分かった」を連発するのはやめてほしい。違法かどうかは裁判で決められるのだから、そう急ぐことはない。

 市民の人権を守り、権力を監視するべきジャーナリストこそ「越えてはならない一線を越えた」と私は痛感している。とくに最近の朝日新聞の警察べったりの姿勢はまさに異常である。神戸連続児童殺傷事件でも精神鑑定書や少年が書いたとされる「犯行メモ」を“スクープ”した。これらの記事には多くの虚報、誤報があった。甲山事件でも検察の不当な控訴趣意書を抜いた。和歌山毒カレー事件でも八月二五日に「疑惑の民家の住人とその家族」を初めて報じて、夫妻の自宅包囲取材のきっかけをつくった。「アエラ」は逮捕された和歌山の女性の顔写真を表紙にして、悪ふざけのコピーを掲載した。「週刊朝日」の人権侵害記事は「アサヒ芸能」も真っ青だ。

 今週号の「週刊朝日」には精神医療ユーザーに対する差別と偏見を助長する記事がトップに載っている。ピョンヤン政府を攻撃する記事も多い。

 九八年七月一日にあったロス疑惑の三浦和義さんの逆転無罪判決や松本サリン事件の報道被害者である河野義行さんのことを完全に忘れてしまっている。「約二週間後に、カレー事件で女性を逮捕するという予告記事を載せた朝日には、全く幻滅した」と著名な刑事法学者が嘆いた。

 私は八四年に『犯罪報道の犯罪』(講談社文庫)を出版して以来、人権と報道の問題を解決する鍵は逮捕時点で実名有罪視報道(逮捕されたら実名を書くルール)する実名報道主義を撤廃して、北欧型の匿名報道主義を導入することだと訴えてきた。ところが、朝日は当時の柴田鉄治社会部長らが匿名報道主義を敵視し、犯罪報道改革運動に参加する記者を徹底的に弾圧した。朝日の無様な現状は自業自得と言えよう。

 新聞社や放送局を改革し、報道被害をなくしていくためには、^メディア界が守るべき統一報道倫理綱領を制定する_倫理綱領を守っているかどうかを監視する市民参加型の報道評議会制度をつくるーというメディア責任制度を日本にも設立すべきだ。

 また市民がメディアについて不満や苦情があったら、積極的にアピールすべきだ。NHKと民間放送連盟が九七年六月から「放送と人権等権利に関する委員会機構(BRO、03ー5212ー7333、ファクス03ー5212ー7330)」を発足させた。新聞労連は九八年三月に「報道被害相談窓口」(報道被害ホットラインファクス 03ー5275ー0359)を設置した。私が世話人を務める「人権と報道・連絡会」(郵便番号168ー8691 東京都杉並南郵便局私書箱23号、ファクスで3341−9515)は八五年から「日本に報道評議会を」という活動を展開している。日本に報道評議会ができるまで、こうした組織を活用してメディアに訴えていこう。

 安田弁護士に関する報道は、従来の警察べったりの刑事事件報道のパターンと一緒だ。安田弁護士の名誉・プライバシーを侵害し、逮捕で有罪・犯人視する取材・報道を記録し、反撃しよう。

 多くの人に放送ビデオの録画を呼び掛けたい。河野義行さんは「メディアの人たちには加害者意識が欠如している。報道被害は市民を社会的に抹殺する深刻なものだということを分からせなければならない」と訴えている。

 日弁連はこのほど九九年一○月一四、一五日に前橋市で「人権と報道」をテーマに人権大会を開くことを決めた。日弁連は河野さんや安田弁護士ら報道被害者を壇上に迎えるべきである。みんなで前橋に出掛けて、ジャーナリズム再生の道を探ろう。