「うちの理事さん」

香川県 NPO法人どんぐりネットワーク

 松下芳樹さん

2001年8月号掲載・紹介者:足本裕子

 

 さて、今回は、森づくりフォーラムのシンクタンク的存在!松下芳樹さんの御紹介です。森のなかで木々の精気に触れるとあんなになるのだろうかというように森づくりフォーラムには頭の中を覗いてみたくなる論客が何人もおられますが、松下さんもそのひとり。
 香川県林務課時代にNPO法人どんぐりネットワークの設立に関わり、その理事もしています。というより、子供達が夢中になってどんぐりを拾いに行く、あの有名な「どんぐり銀行」の産みの親と言ったほうが分かりやすいかもしれません。

◆どんぐり銀行を作ろうと思いついたきっかけは? 
 林務課で(平成3年頃)、クイズ形式の森林の普及啓発活動をしていた時のこと、イベントも終わりに近くなり、5歳くらいの女の子が母親が景品のコースターを勧めるのにもかかわらず、黙ってどんぐりひとつを選んでいったことから、このどんぐり銀行の仕組みを思いついたというエピソードは有名らしい。
 松下さん曰く、「その時の光景がずっと脳裏に焼きついて離れなかった。よく考えると自分も子供の頃にはどんぐりを拾うのは何故か楽しかったし、今でもそれは変わらない。改めてどんぐりの持つ魅力に気がついた思いでした。それで、この魅力を森林への関心を引くのに利用できないだろうかと考えたわけです。そのとき、ふと浮かんだのが、どんぐりにはいろいろな形や大きさがあって、それはお金の硬貨に似ているということです。それでは、これを森のお金にしよう。お金だと何か買えなくては意味がない。どんぐりだから買えるのは苗木にしよう。しかし、いつも商品を用意しておくのは難しい。それでは、一度預かることにしよう。すると銀行になる。日頃、子供は本物の預金通帳を持たせてもらえないから、本物そっくりの通帳をつくろう。銀行なら利子もつけなくてはシャレにならない・・・。というふうに発想が膨らんでいった。
 子供達が自ら進んでやってくるようにするには、とにかく面白いもの、楽しいもの、すなわち遊びの要素が大切だと考えたわけです。子供の頃は遊びでいいのではないか。子供達は遊びから多くのものを学ぶ。とにか森林に足を運んでもらうことが先決。どんぐりを拾いに行って、どんぐりにもいろいろな種類があることに気づいたり、色とりどりの落ち葉を見つけたり、そこから森林への興味が広がるかも知れない。その結果は今すぐに出るものではなく、子供達自身が未来に答えをだすことになるもので、今我々にできるのはそのきっかけを提供することです。大人にではなく、子供達を相手にした普及啓発は、時間がかかるかも知れないが、未来における森林保全のためには、避けては通れないものであり、回り道のように見えて実は一番近道かも知れないと思っています。とにかく、未来の心の森を夢見て、子供達の心の中にどんぐりを撒き続けていこうという趣旨なのですよ。」
◆発想の豊かさ
 そんな発想が浮かぶのはきっと子ども時代に豊かな自然との触れ合いがあったのではないか、と伺ったら、やっぱりありました。「昭和30年代から昭和40年代前半。(昭和31年生まれという)近くの川には河畔林があり、そこでの川遊びも魚取りも虫取りも自由に好きなだけできた時代。近くに丘みたいな山があって、ここでも遊び放題。個人的に、スギ・ヒノキの人工林よりも雑木林に惹かれるのは、この頃の里山での原体験のせいだと自分では思っています。いわゆる山と町という相対的な構図の中ではなく、自然と暮らしがまだ一体としてあった時代を経験しているからと思います。」とのこと。
◆昔神童(?)、今は
 松下さんは子どもの頃は、5月生まれと言うこともあって、学年の中では身体も大きく、何かと目立つ存在だったとか。小さいころはいわゆる優等生だったらしい。そのせいもあって、いつも先頭にというような意識が染み付いていたようです。小学校は児童会長、中学校は生徒会長。そんな松下さんが高校では、それまでの重圧や人間関係に疲れたという感じで、ほとんど帰宅部というのも興味深い(ごめんなさい)。
 弁護士になって社会の悪と戦うぞ、という方針が、このままでは自分が疲れてだめになると、一転、自然を相手にした生き方がしたいと生物方面に進路変更したというから人生わからない。大学は、林学科。
◆学生時代は京都ですよね。どこか好きな場所は?
 京都市内はいつでも行けると思っていたのであまり見ていないと答える松下さん。ただ「卒論で通った芦生演習林は好きでした。山深い森の中で連れの院生が別の調査地から帰りに拾ってくれるまで、一人でいるときは熊に出会ったらどうしようと不安になったりしましたが、いろんな草木を発見できていいところでした。」とのお答え。
香川県への就職を決意した場所。環境庁を受けたけれど二次で落ち、造園コースの大学院に行く予定だったらしい。しかし、卒業間近の卒論調査で芦生演習林の山の中にいるときに、山小屋の有線電話に教授から電話があり、再度就職を勧められたとき、急に心が動いて承諾してしまったとのこと。人生の岐路に芦生演習林が何かを演出したのかも。
 その頃の気持ちを思いだして見ると、「地方に帰っても何か全国レベルでできるはずという、漠然とした思いはもっていたように思う。今は、もし宝くじが当たったら、県庁辞めてNPO活動に専念したい気持ちは強くなっている。」という松下さんは、私から見ると、フェアな人、という印象がある。弁護士になっていてもきっと庶民側で悪と戦ってくれる公正な弁護士になったに違いない。
◆奥さまとは
 ボランティア活動中に恋が芽生えて?と期待して質問しましたが、違うようです。出会いその他は秘密ということで、でも家族を大切にしたい、という思いは近ごろとても大きいとのこと。というのも最盛期は年間50回ぐらい行事に出ていたという仕事人間だったようで、「両親が同居していたからこそとも思うし、妻には感謝してます。」と殊勝なことばも。「現在、コミュニティ政策にまで関心は移っていますが、なにより家族が重要なユニットです。」・・早くに気がついて良かったですね!

 先に森づくりフォーラム「森づくり政策市民研究会」から「第三次提言」を林野庁に提出しました。以下は松下さんのことばです。
◆第三次提言に関わった思い、言い残したこと
 「地方にいてて、国の政策に文句をいっていても少しも現状が変わらない。世の中を変えるには別のルートが必要と実感しています。現在の状況に楔を打ち込むにはフォーラムが一番近道と思ったからです。行政が動くには時間がかかるが市民活動は動きが速い。とにかく現実をもっと知らしめなければならないし、市民の考えも提案していいのではないか。これは行政のシステムからはなかなかできないことです。他のジャンルにはリベラルな議論があるのに森林系ではそれがなかった。その手法はフォーラムしかなかったように思います。
 市民からの提言だとしても理想的な実現できなさそうなものではなく、現状分析を含めてつきつけるようなものでないと駄目だと思ってました。言い逃れできないようなものを提示していくことが必要だと今でも思っています。それでも行政は大きくは変わらないでしょうが。提言ではいいたいことを言っていいと思います。しかし、行政は動きが鈍いもの。行政を待たずとも動けます。できる範囲で市民が実現して見せることです。
 フォーラムの現在の位置付けをうまく成長させていけば、その可能性はあるはず。提言の中味を実証しよう。ただ、公務員として思うのは、常に市民系と行政側との間で中立に立っていても、行政側からは市民系と思われ、市民系からはやはり行政側と思われる損な役回りだと思う。しかし、このような公務員が増えないと世の中は変わらないとも思い、複雑な心境です。ここが私の存在価値かとも思う。
 しかし、行政側にいると情報量はダントツに多い。これを市民系に提供していくのが必要です。市民系は情報量が少なすぎる。ともあれ、自分の歩調でやれることを心がけています。それと、もう少し地元でのまちづくり活動に参加しようと思ってます。」

◆松下さんからのメッセージ
 私は県には林業職で入ったので、本来なら森林関係の職場から離れることはないのですが、現在は、この4月に新設されたボランティア推進室という部署に所属しています。これも森づくりフォーラムをはじめ、森林関係の市民活動に関係してきた路線上にあることと思ってます。そういう意味ではよくも悪くも「どんぐり銀行」は私にとってエポックメイキングな出来事だったようです。まさしくドングリコロコロとローリングストーンのごとくころがってきましたが、これからも転がる石は苔むさない、というがごとく心がけた活動をしていきたいと思います。
 私の名前「松下芳樹」は松の下にある芳しい樹という意味になりますが、親は違う意味でつけたようです。このような林況は西日本の林業ではマツ・ヒノキの二段林をイメージします。それで私は自分をヒノキだと思っていたのですが、かつての同僚に、香川県ではマツ林が松くい虫被害で枯れて、その下からアベマキやクヌギ、コナラ、アラカシといったドングリの木が天然更新していることから、ヒノキではなくドングリの木だと言われました。なるほど、どんぐり銀行は宿命的な出会いかと、思わず納得したことを覚えています。
 自分の中でも森林生態学を学んでいたのが今では社会学専門みたいになっているのが興味深い。まさしく現代の森は社会生態学そのものだと感じてます。そういう意味では生態学という興味の対象は変わってないのかも。
 NPO全般が見渡せるようになって改めて思うのは、森林系の活動はまだまだこれから。フロントランナーとしての森づくりフォーラムの役割は大きいと感じています。

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