いろんな人に聞いてみました。森との関係。  

森の列島に暮らす・8  

草木染と山村にとけ込む時間と物の命

 

木下昌子さん(染紡ぎ織り職人)

 

千葉県君津市の山深く、房総半島の脊梁部に、木下昌子さんの工房“万紗”はある。ここで草木染めの作品制作を 始めて6年目になる。また実家の横浜をベースに東京で教室を開いている。
「もともと草や木が好きで、草木染めをしています。 市販の染料だけではなく、暮らしの中で育てたり伐ったりと関わって色をもらいたかったし、織物の工房に弟子入りしていた頃は ちょうど食品添加物問題などで薬品の怖さが言われ始めたという時代背景もありましたし」
 羊毛は北海道やニュージーランド、 繭は出荷できない落ち繭を千葉県茂原市から手に入れ、綿花や染めに使う藍は休耕田を畑にして育てている。無農薬で野菜も育てて いるが、イノシシやサルに食べられてしまうのが悩みだ。
「とにかく素材と経過が好きだから、普通は捨ててしまう落ち繭や蛹、 油や糞尿で汚れた羊毛も使ってあげたい。これらは手作業ならば糸に紡ぐことも出来るし、どうしても使えないものは肥料になります。 そういう、自然の循環として当たり前に行っていたことを当たり前にしたかったんですね。それを本当にやろうとなると、都会では 出来なくて」
 自分で糸を紡ぎ、自分で育てたものや村の人々に尋ねて良いと言われた草木で染め、織り上げる。現在染めの 素材として気に入っているのが、君津市の市木であるキャラ(イチイ)。アカネのような鮮やかな朱色が出るという。

豊かな自然の中で、自分にとって心地よい暮らしが出来はじめたいう木下さんだが、山村にとけ込むのには相当時間がかかると 思うともいう。その原因には横浜との二重生活と、家族で移り住んでいないことによって、日常生活での関わりが少ないことが あるそうだ。
 「年2回行われる村総出の“ビン缶ひろいと草刈り”には必ず出席していますが、 工房に来ているときは集中して作業したいので、お茶会に誘われても3回に1回くらいしか行けなかったりして。それでも 今年くらいから、いらない木として伐られ焼かれていたキャラを『染めに必要なときは好きに伐っていいよ』と言ってもらえるように なりました」

この地域は、かつては養蚕が盛んで綿花も当たり前に栽培しており、織物が日常の暮らしにあったという。そのための道具が、 現在では死蔵されてしまっているようだ。また、竹細工やつる細工の名人もいるが、それを発揮する機会がほとんどなくなっている。
 「秋岡芳夫先生(工業デザイナー・故人)が、技術や道具が無くなりつつあるときこそ、その技を見て感じ、一緒に使って 体で分かることが必要だとおっしゃっていました。本当に今教わっておかなければ、これらは失われてしまいます。 部落のお母さん達がつるを採りに行くのに、みんなカマしか持たず、ひもも背負いかごも持ってない。採取したつるを使って背負って 運んでしまうんです。そして、そのつるでイモを洗うための笊をつくる。このように、山にあるものの良さを代々教わって当たり前に 知っていて、それで生活をしているわけです。そういうことが森とともに暮らすということでしょう。村の人々の暮らしと関わることで 大切に思ったことを伝えたいとも思っているのですが、そのような企画をするまでには、村の人々の心を開いてもらえる時の熟す流れが あると思います。その流れが訪れる時を祈っています」
 そのことをキチンと伝えるには、文章による記録だけでは不十分で、 それを伝えられる具体的な形としての生活や生き方が必要であり、それによって体得したものはより説得力のあるものになるという。 もちろん、一人ですべてのことを伝えられるわけではない。木下さんはそのひとつの形として、染織を通じた関わりを持っているので ある。
 これからも、自分の中の自然を大切にして暮らしていきたいですね。一期一会を大切に自然の生命、そして物のなかの 命も見ることが出来ている自分であることを願っています」

(編集部)


MASAKO KINOSITA

長野県生まれで、幼少の頃から自然に親しむ。「3歳までに刷り込まれたことは確実に残ると思います。 その大事な時期に、自然を肌で感じられる体験をすることがとても良いと思います」。好きな事で家で出来る仕事をと染織を 始める。渋谷東急ハンズで糸紡ぎ定期教室、草木染め一日教室を担当。横浜自然観察の森「雑木林ファンクラブ」に参加し 「森を活かす草木染め」を伝えた。

 

森の列島に暮らす・目次
 
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