ニュース第61号 00年10月号より

もり(森林)の声が聞こえますか 

明治大学農学部 倉本 宣

 

 コーディネーターをつとめてさせてもらっていた桜ヶ丘公園雑木林ボランティアの活動が10年目を迎えたので、今度はオブザーバーとしてできるだけ活動に参加させてもらっている。コーディネーターは3年間やらせてもらったが、オブザーバーは責任がないのでそのときとはちがった視点で活動をみつめることができておもしろい。そうはいっても、仕事として関わっていたときとは異なり、皆勤賞というわけにはいかない。そこで、研究室の4年生のNさんに卒業研究として参加してもらい、彼女は活動日に関しては皆勤賞を続けている(活動日の他に運営会議の日があり、これには必ずしも参加していないようだが)。オブザーバーとして参加していると、活動当初の自分の誤りがみえてくる。誤りは山ほどあるのだが、今日は植生管理に絞って書かせていただくことにしたい。

 まず、桜ヶ丘公園雑木林ボランティアについて簡単に説明させてほしい。桜ヶ丘公園は都立公園で、都立多摩丘陵自然公園の拠点的な丘陵地公園の一つである。多摩ニュータウンのはずれに位置し、ニュータウンの外にあるこならの丘を総勢80名ほどのボランティアが管理している。活動は月に2日、その他に運営会議が1日ある。活動の第一の目的は、生物多様性の回復である。

 当初の目標植生は、農家によって管理されていた薪炭林のような林だったと記憶している。そして、下刈り、落ち葉かき、そして雑木林の産物を使ったクラフトなどの利用に応じた樹木を伐採することを計画していた。

 ボランティアが共通の目標植生を持つためにはまずそれぞれに目標をイメージすることが必要だ。そこで、失敗しても取り返しがつきやすいと考えた下刈りをやりながら、目標植生をイメージしてくれるように、「将来の林を想像して、必要な樹木の実生を残して刈ってください」という条件をつけておいた。シラカシの実生を刈るか刈らないかで議論になった。こならの丘ではシラカシの実生を刈った方がいいだろう。

 最近の課題は、ボランティアの作業量を超えて生育するパイオニアツリーやアズマネザサに対して、どうしたら生物多様性豊かな林分を少しでも多く確保できるかということにある。皆伐更新を行うと、地表に強い光が当るので、ヌルデやアカメガシワなどのパイオニアツリーやアズマネザサの成長がよくなる。それをうまくコントロールできれば、ススキ草原との共通種などの草本が開花結実するのだが、皆伐更新の面積がボランティアの作業量に比べて大きすぎて作業が追い付かない。

 ボランティアのAさんが考え出した方法は、生育地特性で草本を分類して、それぞれのグループがどこに生育しているかをマッピングし、それに応じて目標植生と管理のレベルを変えようというものである。当初に考えていた大雑把なものと比べると、生きものの視点が入ったことと立地ごとに目標を変えるということで格段に進歩している。かつての自分は思い込みで雑木林に接していたと反省させられる。雑木林をよく見れば、必ず雑木林からのメッセージを聞くことができるからである。そのメッセージを聞く方法をモニタリングという。モニタリングができてはじめて活動が成り立つようになるように思われる。

 農家によって管理されていた時代の雑木林は広く連担していて、伐採からの時間の異なる林分がモザイク状に配置されていた。しかし、桜ヶ丘公園のこならの丘は狭くて、分断化・孤立化が進んでいるので、昔通りの管理をしたからといって昔通りの自然がよみがえるとは限らない。>Nさんの話によると、ボランティアの活動の中で「なつかしいね」という言葉がよく聞こえるそうだ。でも、なつかしい雑木林を蘇らせるだけでは、たぶん現代の生物多様性を維持するのに十分ではないだろう。現実に生きている生きものをよく見ながら、現代の環境の中で、雑木林からのメッセージを聞き分け、現状に応じた新しい植生管理のプランニングをしていくことが求められている。

 さて、メッセージを聞き分ける作業であるモニタリングは、どうやらそれほど簡単なことではない。植物は好きでも、モニタリングには参加したくない方もいらっしゃるようだ。それは、日本の理科教育の欠陥を反映しているのかも知れない。データを自分で取ってデータに基づいて考えることのおもしろさと大切さを身を持って体験した人が少ないのではないだろうか。一方、たくさんの植物を見分けるだけでも困難がある。私は保全生物学を研究しているが、主に対象種を決めての研究で、たくさんの種を扱った経験はあまりない。それで、対象種を多数にした時の手法を開発して行く必要を感じている。さきほど紹介した種の特性でグループ分けすることも有力な手法の一つである。

 10年前には、雑木林を対象としたボランティア活動は、自然からのメッセージを聞き分けることで、自己評価の機会が保証されていて、市民自治のさきがけになりうると主張していた。でも、聞き分けることはそれほど簡単ではなかった。しかし、聞き分けること、すなわちモニタリングは芸術ではなく技術なので、だれにでもできるようになる方法論をみつけていくつもりでいる。モニタリングの結果を基にして、植生管理計画を見直すことをおもしろいと思う人が増えてほしい。そのためには、情報を共有化できるジャーナルかネットワークがあるといい。簡単なものでいいと思うので、一緒につくってやろうと思う方はいらっしゃいませんか。E-mail:kura@isc.meiji.ac.jpまでご連絡下さい。

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