ウラン残土撤去要求訴訟原告の声明



提訴に当たって
2000年12月1日   
榎本 益美   
 今回の訴訟は、私の土地に不法に置いてあるフレコンバック詰めのウラン鉱石と、周辺にあるウラン残土計3000m3の撤去を求めたものです。
 此の土地は、私の住む方面の大先輩の清水滋雄さんが「俺は歳を取って働きも悪いし、お前に此の土地を譲るからウラン残土を撤去するように頑張ってくれ」との強い意思により、私が此の土地を譲り受けたのです。
 昨年12月1日、此の土地に有るフレコンバックに詰めた鉱石がどの様になっているのか、核燃に要請して点検作業の話し合い後、袋詰めウラン鉱石の状態確認作業を中途で中止したため折り合わず、核燃がウラン残土を撤去しないことへの積年の怒りも加わって、フレコンバック1袋を核燃に自主搬入する結果になりました。それは昨年の今日でした。
 私は其の後昨年12月、今年7月、8月の3回、ウラン残土の撤去要請と土地明け渡しの通告書を核燃に出しました。2回目の通告後忘れた頃に石黒秀治所長が私の家に来て「努力して居るので今しばらく」と、先送り弁解の話で、私は「話にならん。文書で解答してくれ」と要求し、3回目の撤去通告を出したが本日迄何ら回答も得られず、よって本日不本意ながら提訴せざるを得なかったのです。
 私は1958年から1962年にかけてウラン採掘現場で働き、鉱石をどの様に扱ったかは方面の村の中で一番よく知っております。そして、村の山にウランが出る、国の為になる、との思いで胸を張って原子力開発に協力し、働いて来た者としてその責任を感じております。また、採掘作業中頭髪が抜けたり鼻血が出たり、胃に潰瘍が八ヶ所でき緊急手術したり、貧血で入院するなど、放射能の恐ろしさを身をもって体験した者として、元の良好な環境にする為にどうしても残土を撤去させなくてはならないのです。
 私の今回の提訴によって、方面自治会の訴訟を、別の角度から補強し、車の両輪として前に進み、共にウラン残土撤去の早期解決になればと願って居ます。
 最後になりましたが、片山知事、山本町長、並びに県民の皆様、私は以上の様な趣旨により提訴しました。なにとぞ御理解の上、御支援の程をよろしくお願い致します。また方面自治会の訴訟に対し、物心両面の御支援を頂き、本席をおかりしてお礼申し上げます。
                                                以上



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