長尾光明氏のアルファ核種内部被ばくに関する意見書



2003年8月5日
美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(略称:美浜の会) 代表
 小山 英之

概 説:著者の立場と意見書の趣旨


結論
 長尾光明氏は、γ線外部被ばくによる集積線量70mSvを受けた外に、福島第一原発2号機の原子炉建屋内での作業において、α線を出すプルトニウムを吸入したことにより、内部被ばくを蒙ったと推察されます。その内部被ばく線量は、原子炉建屋1階での1979年の作業だけで、約77mSvに達し、全作業を通しては100mSvを十分超えていると推定されます。労災認定にあたっては、この内部被ばくを考慮することが不可欠であると考えます。

著者の立場
 まず、大阪における1反原発団体の代表である私が、なぜこのような意見書を提出するのか、提出できるのかという私の立場について説明する必要があるでしょう。
 昨年9月に当会はある「原発で働いていた人」から、「福島第一原発で1980年頃に、毒性の強いα核種が放出されていた」という告発メールを受け取りました。その後当方の要請に応じて、東電の1981年12月作成資料「スタックからの放出放射能の低減に関する検討結果について(松葉作戦)」[資料1](以下、「松葉作戦」として引用)がその人から郵送されてきました。さらに当方の要請に応じて、1978年第6回定期検査(定検)時の1号機の内部汚染状況を詳細に示す資料が郵送されてきました。ただし、この後の資料は当人の事情を考慮してそのままでは公開せず、当人の了解を得た内容を当会の責任で公表しています[資料2]。
 奇しくも時をほぼ同じくして、大阪在住の長尾氏から当会に直接連絡が入り、彼が福島第一原発でちょうど1980年頃に働いており、多発性骨髄腫になったことを知りました。そのため、昨年秋に当会メンバーが彼と会い、当時の労働環境などについてくわしく聞きとりをしました。さらにその後、彼が労災認定を申請したことを知りました。
 下記のグラフが示すように、ちょうどこの1980年頃は、福島第一原発で労働者被ばくが急増した時期です。上記内部告発を受けて以来、当会は福島第一原発のα核種放出問題について、東京電力(東電)に資料請求をし、原子力安全・保安院とは昨年12月に13団体に呼びかけて交渉し、その後資料を入手するなどの活動を行ってきました。これら福島第一原発の実態を示す具体的な資料は、そのまま長尾氏の労働環境を明らかにすることにつながるものとなりました。
このように、内部告発と長尾氏の労災認定は、当会の活動において偶然に重なり合ったものですが、両者が一致して示すのは、1980年頃の福島第一原発の劣悪な放射能汚染の実態です。この実態が長尾氏に多発性骨髄腫をもたらした労働環境を形成していたわけです。当会はその具体的な内容を知り得た立場にあり、かつ長尾氏との一つの接点にもいることになっています。その当会の代表というのが、この意見書を提出する私の立場です。

福島第一原発1号機のひどいα核種汚染
 前記内部告発で明らかになった東電の資料「松葉作戦」[資料1]には、1981年当時の福島第一原発1号機・原子炉建屋内が、β・γ核種によってばかりでなく、α核種(主にプルトニウム)によってまでもひどく汚染されていたことが詳細に数値データで示されています。さらに、もう一つの内部資料[資料2]は、1978年第6回定検時のさらに一段とひどいα核種を含む放射能汚染状況を数値データで詳細に示しています。このα核種で汚染されていたということ自体が実に驚くべきことです。
 通常、冷却水中には、γ線を出す放射能(γ核種)が含まれています。その代表はCo60やMn54ですが、これらはウランの核分裂で生まれたものではなく、ステンレス配管などの材料に炉内から飛び出す中性子が当たって生ずるものです。これらはサビとなって配管などから冷却水中に溶け出します。これとは別に、燃料内にはウランの核分裂によって生まれたさまざまな放射能(核分裂生成物)があり、これらは主にβ線を出すβ核種です。例えば典型例はSr90でγ線は出しません。さらに燃料内のウランが中性子を吸収・変化して生じるのがプルトニウムなどのα核種です。これらは元々ウランとしてウランの結晶構造にしっかりと組み込まれていたものなので、容易に燃料外に出ることはありません。何か相当な事故で燃料温度が急激に高まり、同時に燃料被覆管(燃料棒の鞘)が大きく割れたような場合にようやく冷却水中に放出されるものです。それゆえに、冷却水中にα核種が含まれているなどとは、一般には予想もされていなかったのです。福島第一原発1号機がα核種で汚染されていたなどとは、今回の内部告発があるまで、20年以上にもわたって隠し通されてきたことです。1号機の場合、α核種は主に1978年12月の第6回定検で発見された6体の燃料破損で冷却水中に放出されたものと思われますが[資料9]、その詳細はいまだに公表されず、東電は頑なに公表を拒んでいます。

冷却水中の放射能は定検時に原子炉建屋を汚染する
 前記「松葉作戦」のグラフを見ると、α核種は明らかに定検時に排気筒から多く放出されるという傾向が見られます。定検時には燃料交換のため、炉内の燃料がすべて原子炉建屋5階の燃料プールに移されるのですが、そのとき、炉内から5階まで水が張られ、燃料はその中を移送されます。当然5階の壁面などには放射能を含む冷却水が付着し、やがて作業が終わると乾燥し、人や物の動きに応じて壁面などから空気中に舞い上がります。さらに、格納容器内の他の階でも、配管や弁などの補修作業時に中に貯まっていた冷却水が吹き出してきます。作業対象はビニールで厳重に覆って作業することにはなっていますが、やはり事実として漏れ、廃材を詰めたドラム缶や人の衣服や靴などについて格納容器から外に運ばれてきます。1階の放射能は地階へ通じる通路などから地階にまで降りていきます。こうして、「松葉作戦」で見ると、放射能表面密度(床などの面積1cm2当たりの放射能Bq)は、5階で高いのは当然としても、驚くべきことに、実はそれより地階で最も高い値を示しているのです。
 また、これとは別の傾向として、タービン建屋では定検停止が終了して原子炉が動き出すと排気筒からの放射能放出が高まる傾向が見られます[資料6]。これは運転中に配管内圧力が高まり、タービンのどこかから冷却水が漏れるためでしょう。タービン建屋でなくても、冷却水を回す各種のポンプ軸などからも冷却水が漏れると考えられます。

長尾氏が作業した福島第一原発2号機でもプルトニウム汚染
 長尾氏は、福島第一原発、浜岡原発及び"ふげん"での労働によって、集積線量70.00mSvを受けています。これはすべてフィルムバッジによって測定された、γ線による外部被ばく線量です[資料3]。これ以外に長尾氏は、福島第一原発2号機での労働の際に、α核種(主にプルトニウム)を吸入して内部被ばくを受けたと推察されます。なぜなら、その2号機の冷却水にα核種が含まれていたという証拠が存在するからです[資料5]。「松葉作戦」の2頁にも、「2号機は1号機に比べ炉水中のα濃度が約1桁低い」と書かれ、α核種の存在が確認されています。この炉水中濃度についてデータ公開を東電に要求しましたが、保管されていないとして公開を拒否されています。いずれにせよ、冷却水中にα核種がある以上、前記のような定検中のプロセスで原子炉建屋内が必然的にα核種で汚染されることになります。
 1号機の燃料破損は当時の燃料欠陥のせいだとされていますが、2号機の燃料も同様の欠陥をもっていました。1号機で起こることが2号機に起こらないはずがありません。公表資料で見る限り、恐らく1977年3月に明らかにされた6体の燃料破損の際にα核種が放出されたと思われますが[資料10]、東電はやはりその資料を公開するのを頑なに拒んでいます。

内部被ばくの評価のためには空気中α核種濃度データが必要
 長尾氏がどれだけのα核種内部被ばくを蒙ったかを評価するためには、長尾氏が吸入した空気のα核種濃度データが必要ですし、その濃度データさえあれば簡単に評価できます。呼吸量は成人でどれだけという標準があるため、長尾氏が吸入したα核種量が計算できるからです。ところが東電は、2号機原子炉建屋内のα核種空気中濃度について「当時測定はしていたが、そのデータは保存期間を過ぎたので存在していない」と言い張っています。
 他方、1号機については、ほぼ同じ時期の汚染データが内部告発によって明るみに出ました。そのとき東電は記者の問い合わせに対してすぐに、「松葉作戦」は東電作成の資料であると認めたのです。そして今度は、存在する資料は「松葉作戦」だけで、その他のデータは放棄してしまったと言い訳していますが、こんなことが通用するでしょうか。情報公開について、厚生労働省の厳しい指導が求められる点です。より正確な評価のためには、東電や関連企業によるデータ公開が不可欠です。
 また、α核種の放出を20年以上にもわたって隠し通してきた東電の責任はどうなるのでしょう。当時、同原発で働いていた人たちは、この恐ろしい実態をまったく知らされていませんでした。長尾氏もα核種などというものは、昨年の新聞報道で初めて知ったと証言しています。この隠蔽のために、どれだけ多くの人たちがα核種を吸入して内部被ばくを蒙ったか、非常に懸念されるところです。

それでも長尾氏の外部被ばく線量から、α核種内部被ばく線量が推定できる
 肝心の空気中α核種濃度データが公開されない下では、内部被ばくの評価はきわめて困難ですが、しかし既存の公表データをフル動員すれば、かろうじてα核種内部被ばく線量の評価を行うことが可能になります。
 まず、長尾氏の受けた外部被ばく線量そのものが、そこの汚染状況を如実に反映している貴重なデータなのだという性格に注目します。もし、2号機の冷却水などが放射能汚染していなければ、長尾氏の外部被ばくもなかったはずだからです。悲しいかな、長尾氏の外部被ばく線量を原発内汚染のバロメータとして最大限に活用せざるを得ません。
 そして、γ被ばくするγ線源には、容器や配管内冷却水中および配管材中のCo60などもありますが(下図参照)、長尾氏のγ線被ばく線量が主に床面に積もったγ核種からのγ線で決まるような作業場所を選びます。そこでは、γ被ばく線量から逆に床面のγ核種密度が推定できます。その床面汚染は冷却水の漏れによるものですから、そこにはα核種もほぼ一定の比率で存在するはずです。その比率を1号機のデータを参考にし、2号機では前記のように1号機よりα核種がほぼ1桁低くなるように想定すればよいわけです。こうしてα核種密度が求まると、再び1号機のデータを参考にして、空気中のα核種濃度を推定することができます。これは床面に付着したα核種がどの程度空気中に舞い上がるかという程度によって決まるもので、1号機と2号機では違いはないと考えられます。こうして、データ公開がないために、かなりの回り道をたどって空気中α核種濃度にまでたどり着くことができたわけです。そうすると、この項の最初に述べたように、長尾氏のα核種内部被ばく線量を計算することができます。

プルトニウム内部被ばくの危険性
 ここまでの説明では、プルトニウムの危険性を前提としてきました。プルトニウムは肺から骨に移行して沈着し、外部被ばくの場合の一時的照射と異なって、長年にわたってα線を放出します[資料12]。α線とはヘリウムの原子核でエネルギーが高いため、たとえ1個でもその飛跡に沿った多くの電子を突き飛ばしながら走ります。それによって多くの電子線(β線と同じ電子だがδ線という)やX線を2次的に産み出し、それらが骨髄細胞やその遺伝子を傷つけます。それゆえ、内部被ばくは長尾氏の多発性骨髄腫の有力な原因の一つになったと考えられます。

α核種内部被ばくの蓋然性が労災認定でぜひとも考慮されるべき
 この意見書の解析で用いる諸パラメータには不確かさがあるものの、それはデータ公開がなされないことに起因しています。それゆえ、その不確さを理由にして、内部被ばくはなかったと結論づけることは許されないのではないでしょうか。むしろ逆に、その不確かさゆえに、諸パラメータに保守的な(安全側の)値を与えることが認められるべきです。この意味で、ここでの解析結果が蓋然性として重視され、長尾氏の労災認定の際に、プルトニウムによる内部被ばくが、多発性骨髄腫の原因として必ず考慮されるべきであると考えます。