翻訳の発行にあたって


 この冊子「核の綱わたり:教訓とされなかった原発の一年を越える操業停止」は昨年(2006年)9月に米国の憂慮する科学者同盟(UCS)が公表した報告書 " WALKING A NUCLEAR TIGHTROPE Unlearned Lessons of Year‐plus Reactor Outages " の翻訳である。
 この報告書の意義は、高い稼働率という数値に隠されていた米国の原発の危険な状況を暴き出したことにある。このことは少なくとも日本ではほとんど知られていなかった。我々にとっても驚きであった。日本の電力会社や政府・安全規制当局は、原発の稼働率を向上させるために、米国での高い稼働率をしばしば引き合いに出し、規制緩和を推し進めることを正当化している。政府の「原子力立国計画」がその端的な現れだ。しかし、高い稼働率の陰に多くの危険が隠されてきた事実は、彼らの正当化の根拠をはぎとってしまう重みをもつ。

 米国の原発推進派は、1979年のスリーマイル島(TMI)原発事故以来、炉心溶融を経験していないことを根拠に、現在では十分安全だと宣伝している。これに対し報告書は「答えははっきりノー」だとして「炉心溶融はNRCの安全管理実績を測る敷居としてはあまりにも高すぎる。個人の健康状態を評価するのに脈があるかどうかをみるようなものだ」と痛烈に反論している。米国の原発が危険な状況にあると判断する指標として、この報告書では原発の「一年を越える操業停止」の発生回数を採用している。これを基準に、全米130基(現在は104基)の原発の40年間の実績を分析した初の調査である。原発毎の膨大な事例研究が基になっている。
 過去40年間に「一年を越える操業停止」が51回も発生したことを分析して、米国の原発は危険な状況にあると警告し、多くの教訓を導き出している。特に、近年では原発の安全余裕が炉全体にわたる劣化によって著しく蝕まれ、原発の最低限の安全余裕を回復させるために「一年を越える操業停止」が必要になっている事態(「安全性の回復のための操業停止」)に注意を喚起している。当初は、安全余裕がかなり取られていたことによって事故に至ることがこれまで回避されてきたが、その安全余裕が著しく減退してきている現状は大事故を招きかねない状況であると強調している。
 これら原発の危険な状況の原因として、「原発所有者にあまりに多くの自由裁量の余地が与えられ」ており、運転業務に欠陥があり安全余裕がひどく蝕まれていることを指摘している。この状況は、電力自由化のもとで、経済性最優先で運転を強行する電力会社のずさんな安全管理によるものと推測される。そして同時に、NRCの「度を越した寛大さ」によって、1年以上も運転を停止しなければ回復できない程に原発の安全余裕が蝕まれていると指摘している。NRCの安全規制の緩和によって、「下にある安全ネットに大きな穴が開いている」。それなのに、「原発が核の綱わたりをする頻度が多ければ、ついには大惨事に陥ることがそれだけ一層現実的になる」と警告している。

 この冊子の発行直前になって、東京電力によるデータ改ざん事件が明るみに出た。2002年の東電事件に次いで、またも原発における大規模な不正事件である。今回は、緊急炉心冷却系(ECCS)のポンプが故障しているにもかかわらず偽装工作をして国の検査を合格させ、故障したまま原発を起動していた(柏崎刈羽1号機)という悪質なものまで含まれている。データ改ざんだけにとどまらず、明らかに運転上必要な基準を無視した許し難い行為である。さらに環境への放出放射能量のデータも改ざんしていた。また、2006年11月に明るみに出た温排水温度データねつ造は東電以外に関西電力、東北電力、日本原電でも起きている。水力発電や火力発電でのデータ改ざんも次々と明らかになっている。これらは、安全性軽視と隠ぺいという深く染みついた電力会社の体質そのものである。この体質は、安全性よりも経済性を優先する姿勢、国のいいかげんな安全規制、規制当局との癒着、国策としての原子力の特異性、地域独占の下で基本的に競争他社がいない電力の特異性、そこから生まれるおごり等によって醸成されている。だからこそ、何度わびても、不正事件は繰り返される。

 繰り返されるデータ改ざんや隠ぺい工作は、UCSの報告書で指摘されている、電力会社の「欠陥のある運転業務」そのものだ。そして、国の検査は、長年に渡ってこれらを見逃していた。不正が起こるたびに「極めて遺憾」と語り、形だけの厳重注意を繰り返してきた。このことは、原子力安全・保安院の「度を越した寛大さ」を示し、「安全ネットに大きな穴が開いている」ことを誰の目にも明らかにしている。5名もの死者を出した美浜3号機事故は、老朽原発で経済性を最優先させる関電の運転姿勢と、運転開始以来28年間、一度も配管検査を行っていなかったというずさんな管理によって引き起こされた。関電も国も、事故の原因と責任をあいまいにしたまま、温排水温度データ改ざんの事実も明らかにしないまま、美浜3号機の営業運転を再開しようとしている。このような状況で、さらに定期検査の短縮、連続運転の延長、検査制度の改悪等々が進めば、待ち受けているのは「核のカトリーナ」である。
 日本での一年を越える操業停止は約30年間に30回を越えていた。原発の数は米国の約半分であるから、日本の原発は米国よりも危険な状況にあるのかもしれない。
 「核のカトリーナ」をくい止めるために、UCSの報告書から学び、日米の比較を通じて日本の原発の実態分析を行っていく必要がある。そのために、各地の運動の中で、この冊子が一助になれば幸いである。

 この報告書は、UCSの了解を得て翻訳した。UCSの了解を得るにあたってはグリーン・アクションのアイリーン・美緒子・スミスさんにお世話になった。

2007年2月
              美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会
                       福島老朽原発を考える会

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