ECRR
欧州放射線リスク委員会2003年勧告
放射線防護のための低線量電離放射線被曝の健康影響

第1章
欧州放射線リスク委員会設立の背景



 欧州放射線リスク委員会(ECRR)は、欧州議会(European Parliament)内の緑グループ(the Green Group)によって開催されたブリュッセルの会議での議決にのっとって、1997 年に設立された。その会議は、現在では基本的安全基準指針(Basic Safety Standards Directive)として知られている、欧州原子力共同体指針96/29(Directive Euratom 96/29)の詳細に関して討議するために特別に招集されたものであった。その指針は、欧州議会による目立った修正もないままに国務大臣協議会(the Council of Minister)をすでに通過している。それは細目に示された放射性核種濃度がある一定のレベルより低ければ、消費財中で放射性廃棄物をリサイクル利用するための法的枠組みを含んでいる。
 緑グループは、その指針案を修正しそれが限定的な効力しか持たないようにするために努力をしてきていたところであったが、かようにも重要な課題に民主的統制が働いていないことを懸念し、人造放射能(man-made radioactivity)のリサイクル利用がもたらし得る健康影響に関する科学的なアドバイスを求めた。その会議における全般的な印象は、低レベル放射線がもたらす健康影響については著しい意見対立があり、この課題については公式のレベルで調査されるべきである、ということであった。この会議は、彼らが欧州放射線リスク委員会と名付けた新しい主体を設置することを票決し、その決着点とした。この委員会の検討課題は、利用できる科学的証拠の全てを考慮に入れてその問題を精査し、そして最終的には報告することである。特に、その委員会の検討課題は、従来の科学に関するどのようなことについても仮定をもうけてはならず、国際放射線防護委員会(ICRP)や国連原子放射線の影響に関する科学委員会(UNSCEAR)、欧州委員会(European Commission)、そして、どこのEU 加盟国のリスク評価機関であったとしても、それらとの独立性を保たなければならない。
 ECRR の検討課題は:
1. 放射線被曝がもたらすリスクの全体について、独立に評価することである。その際には、最も適切な科学的枠組みにおいて、必要に応じて非常に詳細なものになる全ての科学的情報源に対する主体的な評価に基づき、先駆的なアプローチを採用しつつそれを行う。
2. 放射線被曝がもたらす損害(detriment)についての、最良の科学的予測モデルを開発することである。そのモデルを支持する、またはその正当性を問うことになる観察結果を示しつつ、その様相をより完全にするために必要となる研究領域も強調しつつそれを行う。
3. 政策的勧告の基礎を形成する倫理学的分析と哲学的枠組みを生み出すことである。科学的知識の現状や生きた経験、予防原理に基づいてそれを行う。
4. リスクと損害のモデルを示すことである。それは公衆とさらに広く環境に対する放射線防護に関する透明性のある政策決定を可能とし、さらに助けるような手法において行われる。
 ECRR が設立されて間もなく、欧州議会内の科学的選択肢評価(STOA: Scientific Option Assessment)機構が、公衆と労働者に対する電離放射線被曝の「基本的安全基準」への批判について議論するための会合をブリュッセルにおいて開催した(1998 年2 月5 日)。この会合において、カナダの著名な科学者であるバーテル博士(Dr. Bertell)は、冷戦期を通じて核兵器と原子力発電を開発してきたという歴史的な理由から、ICRP は原子力産業に組みするように偏向しており、低レベル放射線と健康の領域における彼らの結論や勧告はあてにはならないと主張した。
 残念なことにSTOA の報告者であるアシマコプロス教授(Prof. Assimakopoulos)は、ICRP とそのアドバイスについての、広い視野に立った、そして厳しい批判であったバーテル博士の発表を適切に報告しなかった。ICRP からの応答として、その科学事務局長であるバレンタイン博士(Dr. Valentin)は、ICRP は放射線安全についてのアドバイスをする独立した団体であるが、このアドバイスが安全でない、あるいは、疑問であると考える人が他のどのような団体や機関に相談することも全く自由である、とその会合に告げた。この会合に参加した欧州議会のメンバーはこの提案に着目し、そして、放射線被曝の健康影響の問題について述べるとともに、現行の法律に基礎を与えているものに取って代わることのできる分析を与え得るECRR による新しい報告書を準備することを支持することで合意した。
 人造放射性物質への低レベル被曝が、健康に悪影響をもたらしていることを示す証拠は十分にある。そして、ICRP による従来からの放射線リスクモデルやそれと同様のモデルを使っている他の機関は、低線量被曝がもたらす影響を予測することに完全に失敗している。これは、ECRR の最初の会合やSTOA の会合においても、広く支持されている見解であった。したがってこの問題については、新鮮なアプローチが必要とされていたのであり、2001 年には欧州議会の様々なメンバーが、2つの慈善団体とともに、この報告書の起草を支持したのである。
(訳注1:「欧州放射線リスク委員会」のホームページは、次のとおり:
http://www.euradcom.org/index.html
(訳注2:「欧州議会」内の「緑グループ」のホームページは、次のサイトにある:
http://www.greens-efa.org/en/
(訳注3:Basic Safety Standards Directive についての関連情報が、次のサイトにある:
http://www.llrc.org/regulation/subtopic/brifsept.htm
(訳注4:「人造放射能」とは聞き慣れない言葉であるが、「人工放射能(artificial radioactivity)」が何らかの人為的な核反応によってつくられた天然には存在しない放射能を意味するのに対し、本書では、例えば、ウラン鉱山によって濃度が増加したラドンについてもその増加分は人為的な放射能汚染であると考える。そこで「人工放射能」とは別に「人造放射能(man-made radioactivity)」という訳語を与えた。)