2004年の大飯1号の減肉、美浜3号機事故の教訓をないがしろにした関電
関電の配管管理のずさんさを告発する
大飯2号機の2次系配管減肉


 大飯2号機の第21回定期検査中に、2次系配管で必要最小肉厚を大幅に下回る減肉が確認された(関電プレス発表11月7日付)。4ループあるうちのCループ−主給水配管曲がり部で、厚さ21oの配管が10.9oに、約半分の薄さにまで減肉しており、国の技術基準である必要最小肉厚15.7oをも大幅に下回っていた。
 これは、2004年7月に今回と同様箇所で起きた大飯1号機での大幅減肉の教訓をまったく無視した結果である。さらに、2004年8月9日に5名もの死者を出した美浜3号機事故の教訓をないがしろにしている関電の安全性軽視の姿勢を端的に示すものだ。大飯1号機の減肉は、美浜3号機事故の警告でもあった。大飯1号の減肉結果を素早く水平展開しておれば、美浜3号機事故は防げた可能性こそあったのだ。
 今回の大飯2号の減肉は、次のことを改めて人々の前に明らかにした。(1)大飯1号機の減肉結果を受けて関電が何もしなかったこと、それによって美浜3号機事故を引き起こしたこと。(2)美浜3号機事故後の総点検が実にずさんであったこと。(3)新たに作成した配管管理指針を中心とする2次系配管管理が全くデタラメであったこと。C美浜3号機事故後の「コンプライアンスの重視」や「社長の安全の誓い」、「安全の碑」等々が単なる見せかけのパフォーマンスだったこと。
今回の減肉は、美浜3号機事故から3年を経過した今、これらを改めて強く告発し、警告している。関電の責任を厳しく追及していこう。

■大飯2号の配管減肉
 新聞報道等によれば、大飯2号機の今回の減肉は、
 ・2004年7月に大飯1号機で見つかった大幅減肉箇所と同じ部位。主給水管曲がり部。
 ・減肉が最も激しかったのは4ループ(A、B、C、D)のうちC−主給水管曲がり部。
  厚さ21oの配管が10.9oに、約半分の薄さにまで減肉しており、国の技術基準である必要最小肉厚15.7oをも大幅に下回っていた。
 ・1990年に肉厚測定して「余寿命27年」と評価し、それ以降17年間、一度も肉厚を測定していなかった。
 ・Bループだけを「代表部位」として監視し、他ループの測定は行っていなかった。
 これらは、以下に見るように、2004年7月の大飯1号機での大幅減肉の教訓を全く無視したことによるものだ。

■2004年の大飯1号機の減肉と美浜3号機事故
 2004年7月に確認された大飯1号の大幅減肉は、今回と同様の2次系の主給水配管曲がり部で起きた。当時、国の技術基準である必要最小肉厚を割り込む程の減肉は大きな驚きであった。4ループの内、1ループではほとんど減肉が起きておらず、各ループによってばらつきが生じていた。このばらつきについて関電は「原因は分からない」と交渉で答えていた。関電は、大飯1号の減肉について「玉型弁という特殊な弁」による乱流により減肉が生じたとして、減肉の原因を「玉型弁」に限定し、他の配管部位に波及させることを極力嫌がっていた。
 他方、関電のいう美浜3号機事故原因では、この大飯1号機の減肉の「水平展開」として美浜3号機でも2次系配管のチェックを行っていたという。その過程で美浜3号の破断した配管が28年間一度も検査されていなかったことを把握した。しかし8月14日から始まる定期検査で検査すればよしとして放置し、事故は8月9日に起きた。
このように、大飯1号の減肉の水平展開を直ちに行っておれば、美浜3号機事故は防げた可能性があった。しかし、経済性を最優先させ原発を停止することを極力避けるという関電の安全軽視の姿勢が事故を引き起こした。そして、現場の社員に責任を押しつけ、国も一体となって関電トップの責任を不問とした。

■大飯1号機の減肉の教訓を全く無視
◇同様箇所の点検すら行わず

 ところが今回、同じ玉型弁を持つ大飯2号の同様箇所の点検も行っていなかったことが明らかになった。関電の配管管理がいかにずさん極まりないかを如実に表している。ループによって減肉にばらつきがあるにもかかわらず、代表部位を設定して、全てを点検していなかった。関電が2004年7月の第53回原子力安全委員会に出した資料では、今後の「対策」として、大飯2号の今回の減肉部位について「配管厚さの経年監視を強化する」としているが、結局一度も肉厚測定を行っていなかった。
 なぜ同じ玉型弁を持つ大飯2号の同様箇所を点検しなかったのか、関電は明らかにしなければならない。

◇関電の減肉率の予測と余寿命評価は既に破綻していた
 さらに、大飯1号の減肉は、関電が予測していた減肉率を超えたばかりか、減肉は加速する傾向にあった。既に関電の減肉率の推定は破綻しており、それを基に評価する余寿命評価も破綻していた。それにもかかわらず、今回の大飯2号では、1990年の測定で「余寿命27年」と評価したまま、これまで測定を行わなかったという。当時の破綻した減肉率に基づいた余寿命評価を続けていたのであればとんでもないことだ。
 私たちの予測では、少なくとも2001年度には必要最小肉厚を割り込んでいた可能性が高い[文章の最後に掲載しているグラフ参照]。そうであれば、6年間も違法な運転を続けていたことになる。
 関電は、「余寿命27年」と評価した根拠を明らかにすべきだ。

◇代表部位概念の導入
 今回の大飯2号では、Bループを代表的部位として監視しており、他のループの部位は点検をしていなかった。このことも、先に述べたように大飯1号の減肉の教訓を全く無視したものだ。
 さらに美浜3号機事故後の保安院の暫定的配管管理指針でも機会学会の配管管理規格でも、玉型弁下流部位は、減肉が起きやすい部位として「主要点検部位」となった。当時10年間で25%を測定すればよいとされていた「その他部位」からの格上げだった。この時大きな問題となったのが、BWR原発で主流だった「代表部位」による配管管理の問題であった。私たちは、この「代表部位」による検査の簡略化を厳しく批判して、各地の反原発団体とともに保安院交渉などを行った。美浜3号機事故を引き起こした当の関電が、「代表部位」による検査の簡略化を導入していたのだ。

■17年間点検していなくても−「未点検箇所なし」
 関電は、美浜3号機事故以降、2次系配管の「総点検」を行い、「配管管理に万全を期す」と繰り返してきた。大飯2号機でも2005年6月の第19回定検終了時に、2次系配管の主要点検部位について「未点検箇所なし」と発表していた。ところが、この「未点検箇所なし」には、17年前に測定しただけで、その後一度も点検していないものまで含まれていたことが、今回の大飯2号の減肉で発覚したのだ。「未点検箇所なし」と言いながら、世間の目を欺いていたのだ。驚くばかりの悪知恵だ。
 関電は、美浜3号機事故以降、点検していない部位がどれだけあるのか、旧管理指針を策定した1990年以降点検していない部位がどれだけあるのか、明らかにすべきである。

■関電の新指針では減肉を確認できない
 関電は、美浜3号機事故後に2次系配管管理の新指針を策定した。これまで「余寿命2年になったら点検する」から「余寿命5年以下となる時期に点検を行う」を中心としたものであった。これによって、より安全な管理が行えるとしていた。
 しかし、今回の大飯2号の減肉が示しているように、「余寿命27年」という関電の余寿命評価が破綻していることからすれば、新指針は全く役に立たないことが明らかだ。関電の余寿命評価では「999年」など奇妙なものも多く含まれている。全ての配管の部位の余寿命評価をやり直すべきである。そのためにも、美浜3号機事故後に配管の肉厚を測定していない部位については、全て測定すべきである。まずは、実測によって、正確な配管減肉の実態を確認しなければ管理などできない。

 5名もの死者を出した美浜3号機事故後の関電の配管管理がいかにデタラメなものであったかを、今回の大飯2号の配管減肉は告発している。次の美浜3号機事故をくい止めよとの警告でもある。
 電事連と国は、来年度から定期検査制度を改悪し、現行の定検間隔13ヶ月を18ヶ月、24ヶ月へと延長し、長期連続運転によって原発の利用率をあげようとしている。関電のずさんな配管管理の実態からすれば、長期連続運転によって配管はますます薄くなるばかりであり、事故の危険性は一層高まる。
 大飯2号の減肉問題について、関電の責任を徹底して追求していこう。
 私たちはグリーン・アクションと共同で、昨日(11月13日)、関電に質問書を出した。関電には早急に回答するよう要求している。



[注:グラフは当会作成。大飯1号の減肉推定曲線は3つの測定点を通るように引いた2次曲線。大飯2号の推定曲線は、1つだけある測定点を通るように大飯1号曲線を移動させたもの。横軸は実稼動時間で年暦時間×年利用率の和を意味する。
もし初期肉厚が公称どおり21mmの場合は、時刻0の点が下がるので、曲線がより早く「計算上必要肉厚」の線を横切ることになる。]




◆大飯2号の減肉(2007年11月)


◆大飯1号の減肉(2004年7月)


◆大飯2号の減肉(2007年11月)


◆大飯1号の減肉(2007年11月)


系統図等は関電hpより
 大飯2号関係[関電プレス2007年11月7日付]
 大飯1号関係[関電プレス2004年7月16日付]

(07/11/14UP)