保安院宛の抗議文


1月12日、2005年

原子力安全・保安院 院長
松永 和夫様

抗 議 文

◆ 貴職が去年11月16日に福島県原子力災害対策センターで行なった東電福島第一原発5号機の余寿命0.8年の配管減肉問題に関する下記の発言に強く抗議するとともに、その撤回を求めます。
◆ また、原子力安全・保安院が10月7日のNews Release「福島第一原子力発電所5号機の配管減肉管理について」で挙げた判断・見解の理由のどこがいったい「科学的、合理的」なのか、どうして東電の運転継続が「法令上も、また、安全面でも問題はない」のか、下記の「質問」に答え、列島各地住民に対して「説明責任を果たす」ことを求めます。

 東電は、保安院から運転継続の了承を得ていたにもかかわらず、福島県の「申し入れ」を受けて、10月中旬、福島第一原発5号機の運転を停止し、減肉配管を交換しました。
 11月中旬別の用件で福島第二原発を訪れた貴職は、16日、大熊町の福島県原子力災害対策センターで記者会見に応じました。この時、当該減肉問題についても問われ、次のように答えたといいます。

 「松永院長は、保安院の判断に問題がなかったと強調。今後も安全性評価の考え方は変えないとの認識を示した」、「『科学的、合理的判断をいかに説明し(福島県に)理解してもらうかが大事だ』と指摘した」(『河北新報』2004年11月17日号)。
「『科学的合理性があり、基本的な考え方は変わらない』と強調した。その上で松永院長は、『いくら合理的な判断でも、地元に理解されなければ意味がない。説明責任を果たすよう努力したい』と述べ、今後同様のケースが生じた場合、より丁寧な説明に努め、県などの理解を求めていきたい考えを示した」(『読売新聞』同日号福島県版)。

 貴職のこの発言は、下記の「事実経過と保安院の判断・見解の主な理由」と「質問」から明らかなように、当該減肉問題での保安院の支離滅裂で無謀な判断を糊塗する発言であり、黒(非科学的、非合理的判断)を白(科学的、合理的判断)と言いくるめる悪質な発言だと言わざるをえません。
 そもそも、9月中旬の時点で当該減肉部位が技術基準に基づく必要最小肉厚を下回っている恐れがあるにも関わらず、保安院が福島第一原発5号機の運転継続を了承していたこと自体が問題です。列島各地の原子力施設がいつ大地震に襲われても不思議のない中、日本の原子力安全行政の中枢を担う機関が住民の安全を守る立場に立って現行法令を厳正に運用しようとする姿勢を欠くとき、道府県や市町村が住民の安全を守るために法令等に照らして事業者に原子力施設の安全の維持や運転の停止を求めるのは、ごく当然のことです。事業者に身を擦り寄せて経済産業省の告示501号に基づく技術基準の厳格な適用を棚上げしたばかりか、平然と非科学的、非合理的な判断さえも行なった側が、「科学的、合理的判断をいかに説明し(福島県に)理解してもらうかが大事だ」とは、よくも言えたものです。
 保安院を「科学的、合理的」な判断が行なえるような組織にしようとするときもっとも大切なことは、犯した誤りを自らがいさぎよく認めること。原子力発電検査課の担当職員は、11月9日の交渉の場で同席した国会議員や私たちに、まだ不徹底なものではありましたが反省の姿勢を示してもいました。今回もっとも「大事」なことは、改めて貴職以下がこれまでの自らの言動を検証しなおし、それがいかに「科学的、合理的」なものからはほど遠いものであったかをしっかりと自覚することだと、私たちは考えます。
 また、去年12月、福島第一原発4号機において、局部減肉により配管にあいた穴から水漏れが発生した事実や島根原発2号機でも低合金鋼(対策材)の配管で穴あきが見つかった事実は、ごく少数の代表部位の検査だけで済ませているBWRの減肉管理には大いに問題があり、これを根本から見直す必要があることを示しています。このような事実を直視し、まずは減肉の実態を把握するための徹底した調査を行なうことこそが、「科学的、合理的」な判断を行なうための第一歩ではないでしょうか。

事実経過と保安院の判断・見解の主な理由

 東京電力は、福島第一原発5号機の前回定期検査(2003年2月〜9月)後、この定検時に、第4給水加熱器A系オリフィス下流エルボ部の測定最小肉厚4.3mm(技術基準に基づく必要最小肉厚3.8mm)の減肉を余寿命0.8年、減肉率0.6mm/年と評価しながら、配管を取り替えないまま運転をつづけていた。後で明らかになったことだが、去年9月14日、美浜3号機の事故後実施した保安検査の中で、保安院はこの事実をつかんでいた。しかし、「次回の定期検査時に取り替えることをあらかじめ計画しており、それまでの間の運転について安全上の問題はない」との東電の言い分を受け入れ、内々に運転継続を認めていたのだった。
 10月5日、独自にこの事実をつかんだ福島県当局は、「余寿命評価からすれば、当該部位については、現時点において配管の必要最小肉厚を下回っている可能性があることから」、直ちに東電に対して、「万一の場合に備えて、万全の対策を要請」。翌6日、保安院に対してもこの問題で問い合わせを行なった。
 このとき、いったん東電は福島県の要請を蹴った。以下がその際の東電の言い分の骨子である。

(1) 局部減肉である当該減肉の肉厚が、現時点で技術基準に基づく必要最小肉厚を下回っている可能性はある。
(2) しかしながら、技術基準は腐れしろを含んでいることから、肉厚が局部的に技術基準を少々(0.1mm)割っていたとしても、直ちに安全上の問題に結びつくものではない。

 7日、保安院も、「現時点においても当院としては本件判断は妥当であると考える」との見解を発表し、「運転を継続することは、法令上も、また安全面でも問題はない」と結んで、東電と自己を弁護した。しかし、保安院が挙げた判断・見解の理由は、最も肝心な点で東電の論拠とは食い違うものだった。以下がそれである。

「(1)…美浜発電所の事故で当院が解析した結果によれば、水質の違いからBWRよりも減肉率が大きいPWRでも0.2〜0.3ミリ/年と計算され、(東電が算定した0.6ミリ/年という)減肉率が過大に評価されている可能性があると考える。したがって、当院としては、次回定期検査が行われる11月時点で技術基準を下回るとは評価していない。」

 保安院も当該減肉が局部減肉であると認めながら、驚くことに、東電が算出した測定値に基づく減肉率を「過大評価」と退け、その上で、翌月の次回定検時点でも技術基準を下回ることはないと独自の「評価」をしてみせたのだ。これは、「科学的、合理的判断」からはほど遠い、「お告げ」の類いとしか言いようのない「評価」だった。
 10月8日、福島県当局は、県原子力行政連絡調整会議専門委員及び学識経験者からも意見を聞くなどして考えを整理した上で、東電に対して決然と、「県民の安全・安心の一体的確保の観点から、当該配管の速やかな取換え」を「申し入れ」た。保安院の御墨付きを「いただいて」いたにもかかわらず、東電が折れ、10月中旬、同機の運転を停止して当該減肉配管の取り替えを行なったのは、この結果だった。

質   問

A.「東電が福島1−5の運転を継続することは法令上も、また、安全面でも問題はない」としたことをめぐって

1.保安院は、原子力施設の配管の減肉が技術基準を割っている可能性がある場合には、事業者に運転を停止し配管を取り替えることを求めるべきではないか。

2.東電は、福島1−5の前回定検時に余寿命が1年未満となった減肉配管について「運転圧力による再評価を実施」し、当該配管を取り替えずに運転をつづけてきた。保安院は、東電に、9月14日の時点で福島第一原発5号機の運転の停止と配管の取替えを求めるべきだったのではないか。

3.保安院は、美浜原発3号機事故後の保安検査において、関西電力のみならず、北海道電力、日本原電及び九州電力のPWR保有各社が、余寿命1年未満の減肉配管について、再評価をした上で運転を続けていた事実を確認し、これを「不適切な判定基準の適用事例」としている。これと同じことを行なっている東電に対しては、咎めることなく運転を容認したのはなぜか。

4.第13回の新原子力長期計画策定会議の中で保安院の企画調整課長は、「もうじき定期検査が行われる時点で、果たして直前に止めてまで配管の取り替えをやる必要があるのか」、「科学的、合理的判断としてその必要はない」と発言している。
  これは、定検の1日前の1989年1月6日に再循環ポンプの大破損事故を引き起こした福島第二原発3号機事故の教訓を無にするばかりか、定検の5日前に5名もの方が亡くなり6名の方が重軽傷を負う結果となった今回の美浜原発3号機配管破裂事故の教訓さえも無にする発言である。
  ほかならぬ保安院の課長がこのような発言を行なったことに対して、これまで何らかの処分を行なったのか。それとも、貴職もこの課長と同じ考えなのか。

5.保安院は、10月7日の「東電が福島1−5の運転を継続することは法令上も、また、安全面でも問題はない」との見解を撤回し、その旨を福島県や地元市町村に通知するとともに、公表すべきではないか。

6.現行の減肉管理は、全面的な減肉であれ、局部的な減肉であれ、「一番薄いところをとにかく探して、そこが必要最小肉厚を割り込まないように」(第3回美浜3号機事故調査委員会での山下首席統括安全審査官の発言)という方法で行なわれているのではないのか。また、「『配管全周が、測定された最小肉厚まで減肉していると想定』して行われている」(美浜3号機事故調査委員会「中間報告」)のではないのか。

B.「次回定期検査が行なわれる11月時点で技術基準を下回るとは評価していない」という「判断」をめぐって

1.第3回の美浜3号機事故調査委員会で小林英男委員が、「(減肉が)局在化して速くなるという現象が現実にある」、「多分、今回の事故も含めて一番クリティカルな問題は、局部減肉という問題で、局部化したら速度の予測ができないという問題だろうと思う」と重ねて述べている。
 貴職並びに保安院は、減肉が局部化しても「減肉進展速度が速くなることはない」と考えているのか。

2.保安院は、東電等とは違って、現段階で局部減肉の進展速度を科学的に予測できるのか。保安院は、局部減肉の進展速度を科学的に予測する手法をすでに確立済みなのか。保安院が事務局をつとめる美浜3号機事故調査委員会は、9月27日の「中間報告」で、新しい民間指針が検討される際に局部減肉の測定方法や健全性評価方法等について「検討することが望まれる」とした。局部減肉の判定基準すらないのが現在の実情ではないのか。

3.東電が算出した余寿命が0.8年の当該減肉部位の減肉率は0.6mm/年である。これは当該部位の前回第19回定検時と第14回定検時の測定値から求めた値だった。また、当該減肉が局部減肉であることは保安院も認めていた。局部減肉の進展速度の正確な予測が難しい現状では、前回の定検終了後に減肉が加速し、減肉率がより高まった可能性があることも考慮に入れて当然だった。
  したがって、9月中旬から10月上旬の時点では、まずは、この東電の算出した0.6mm/年という減肉率を受け入れることこそ、「科学的、合理的」な考え方だったのではないか。

4.そして、保安院自身も、この時点で当該減肉が技術基準を割っている可能性があると推測することこそ、「科学的、合理的判断」だったのではないか。

5.「水質の違いからBWRよりも減肉率が大きいPWRでも0.2〜0.3ミリ/年と計算され、東電が算定した0.6ミリ/年という減肉率が過大に評価されている可能性があると考える」という部分は、「水質の違いからBWRよりも減肉率が大きいPWRでも0.2〜0.3ミリ/年と計算され(るのだから、BWRの当該部位の減肉率がそう大きいはずはないだろう。だから)、東電が算定した0.6ミリ/年という減肉率が過大に評価されている可能性があると考える」とかっこ部を補うと、保安院の考え方の筋道がたどりやすくなる。

(1) だが、そもそも、現段階ではまだ、総じてPWRの配管の方がBWRの配管よりも減肉率が大きい、と実証はされていない。そのような現状で「BWRよりも減肉率が大きいPWR」(つまり「PWRがBWRよりも減肉率が大きい」)と断言するのは、「科学的、合理的判断」とは言えないのではないか。

(2) 「BWRよりも減肉率が大きいPWRでも0.2〜0.3ミリ/年と計算され、東電が算定した0.6ミリ/年という減肉率が過大に評価されている可能性がある」という部分の前半も、「PWRでも(減肉率はせいぜい)0.2〜0.3ミリ/年程度」としか読めない。だが、11月9日の交渉の席でも原子力発電検査課は認めたが、この「0.2〜0.3ミリ/年」は、実は、このPWRの「減肉率平均値」0.23mm/年をおおまかにこう述べたものである。
  保安院は、美浜3号機の事故後、PWRとBWR保有各社に、選択は各社に委ねながら、「各プラント一つずつ、実際の減肉の事例も出してほしい」と口頭で求めた。保安院は、報告されたそれらの事例の減肉率(PWRはわずか21例、BWRもわずか27例)を「単純平均」して求めた仮の平均値を求めた。BWRの「減肉率平均値」は0.11mm/年だった。
  つまり保安院は、BWRの特定部位の実測に基づく「個々の減肉率」を、PWRの「減肉率平均値」に照らし合わせて「評価」したのだ。
  しかし、仮に、全般的にPWRの方がBWRより減肉傾向が高いとしても、BWRの特定部位の実測に基づく減肉率が、PWRの「減肉率平均値」「0.2〜0.3ミリ/年」を上回ることは十分にありうることである(例えば、東北電力が10月宮城県や地元市町に報告したBWRの女川原発1〜3号機の「肉厚測定事例」の減肉率を高いものから順に挙げると、0.87mm/年、0.51mm/年、0.48mm/年…である)。それを単純に否定した保安院の考えのいったいどこが「科学的、合理的」なのか。

6.PWR保有各社が保安院に報告した減肉事例(21例)は、2例を除けばどれも内部流体が単相流(水)の部位のものである。一方、福島県当局によると、当該減肉部位は内部流体が蒸気と水の「二相流の状態になっていると考えられる」という。

(1) 仮に、全般的にBWRの方がPWRよりも減肉傾向が低いとして、それが主に水質に起因すると考えられたとしても、水質が影響を及ぼしうる単相流の部位についての知見である。それを二相流の当該部位にも当てはまると安直に仮定するのは、「科学的、合理的判断」とは言えないのではないか。

(2) 貴職並びに保安院は、BWRの内部流体が二相流の当該部位のしかも局部減肉を、PWRのほとんどが単相流の部位の減肉率の平均値と照らし合わせて「評価」したことが、「科学的、合理的」なことだったと、いまでも考えているのか。

7. 保安院が再発防止対策のためにBWR保有各社の配管減肉管理の実態の把握に関して行なうべきだったことは、各発電所の各プラントごと、各部位ごとの減肉配管の高位の減肉率の把握であり、短い余寿命の把握だった。

(1) 保安院がこれを怠りながら、各社に選択を委ね「各プラント一つずつ、実際の減肉事例も出してほしい」と求めた意図は何か。そこから減肉率の平均値を算出し、BWRとPWRを比較した意図は何か。結局保安院は、BWR保有各社に都合のいい減肉事例を報告させ、BWRの現行の減肉管理のありかたの見直しを回避しようとしたのではないか。

(2) 美浜原発3号機の事故後の保安院の調査に対し、東電は「すべての原発で適切に管理している」と自ら評価した。BWR各社も同様である。
このうち福島第一原発4号機については、対象1858箇所中、実際に点検したのは183箇所だったが、残りは点検した代表部位の結果を基に、安全だと評価していた。しかし、その福島第一原発4号機で去年12月「8日、タービン建屋内の配管から、放射能を含む原子炉水が霧状に吹き出した問題で、水が通る配管の曲がった部分に、小さな穴が開いていたことが、関係者の話で27日、分か」り、「東電は腐食や浸食による局所減肉の可能性があるとみて、調査している。」(『河北新報』2004年12月28日号)という。
  また、中国電力は、去年12月10日、島根原発2号機のタービン系配管(直径76ミリ、厚さ5.2ミリ)の3箇所で直径10ミリ、直径2ミリの穴及び長さ10ミリの線状の穴を確認した。中国電力は原因を「蒸気に含まれる凝縮液滴等の粒子による浸食であると推定」している(中国電力HP)。配管は、減肉が起こりにくい「対策材」とされる「低合金鋼」であり、点検対象から外れていた。
  こうした事実は、代表部位の測定結果によって評価を済ませてしまい、点検対象であっても点検を省略してしまうという、BWRでは日常的に行なわれている減肉管理のありかたや、低合金鋼の減肉管理のありかたに問題があることを端的に示しているのではないか。