ハンブルグでの国際劣化ウラン/ウラン兵器会議に参加して
ECRR2003勧告の視点から



 去る10月16日から19日にかけてハンブルグ大学において開催された、ウラン兵器に関する国際会議に参加した。この会議の詳しい具体的内容は、数ヶ月の後に報告書が出されることになっている。それよりも上手くこの会議のことを伝えるのは到底不可能なので、ここでは私が感じた全般的な印象を書かせて頂きたい。尚、本会議から発表されたプレスリリースと決議3件については文末に訳したものを添付している(元の英文は:http://www.uraniumweaponsconference.de/にある)。

会場近くの改装中の建物に掲げられた大きなポスター

 メールの記録を見ると「アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名運動」事務局の吉田さんがこの会議のことを知らせてくれたのは6月のことだった。その頃の私はといえば、この会議の決議にもたびたび出てくる「欧州放射線リスク委員会(ECRR)」が今年の1月末に発表した、ECRR2003勧告を訳すことに夢中になっていた。さすがに10月には訳も終わっているだろうからと、簡単に「参加します」と返事をした。この会議の重要な報告者にクリス・バスビー博士がいることに気づいたのはかなり後になってのことであった。そして、そのバスビー博士とは、夢中になって訳していたECRR2003勧告をまとめ上げた中心人物に他ならないことに気がついたのも同じように後になってのことだった。会議の主題とは離れるが、実際に彼に出会って話をし、ECRR2003勧告についての幾つかの疑問点を解消できたことや、日本語版へのメッセージを書いてもらえるようになったことは、その当時からすれば嬉しい「誤算」であった。
 このECRR2003勧告は今回の会議の決議を理解する上でも関連するので、少しだけ簡単に紹介させていただきたい。そのECRR2003の中に、初めて知ることになった「2相的線量応答」という考え方が紹介されている。この2相というのは細胞にある2つの相、すなわち、複製をしていない通常の状態(相)と複製をしている状態(相)とに対応するが、両者の放射線に対する感受性にはチャイニーズハムスターの細胞を使った実験からは600倍の違いがあることが見出されている。直感的にも理解しやすいと思うが、遺伝子を一旦ほぐしてしまう複製期間にある細胞は、放射線に対して極めて脆弱である。このような細胞周期を念頭において、突然変異や発ガンといった放射線被曝の結果を見る場合には、低線量の方がそれより高い線量よりもより高いリスクを持ち得ることが指摘されている。我々の体内にある細胞の一部は、常にその複製期間にある。そのような相にある細胞は、低線量であれば容易に突然変異を引き起こすが、少し高い線量になるとそれらの感受性の高い細胞は死んでしまい、変異を起こすことができなくなるのであろう(図1参照)。

図1 2相的線量応答
低線量域に山ができている。これは放射線に対する感受性が、相対的に
高くなっている細胞の一群、あるいは細胞周期上の相にある細胞の応答
に対応する。(ECRR2003勧告、第9章図9.3より)

 生体あるいはその組織へのダメージは、そこに吸収される平均的エネルギーに応じて大きくなるという、いわゆるICRPの言う「線形閾値無し」のモデルに馴染んでしまっていた私にとっては、直ちにこの「2相的線量応答」を理解することが困難であった。しかし、そのICRPモデルは生命の無い何かの材料であればそれでよいかも知れないが、生きている細胞の応答と言うものをまったく無視した、極めて大雑把なモデルであるのは明らかである。バスビー博士は、1995年に「セカンド・ヒット・モデル」という新しい放射線影響に関するモデルを提唱している。それは、一つ目の放射線のヒットによって細胞に修復複製が誘導されるが、その複製期間である10?15時間くらいの間に2つめのヒットがあると、そのヒットは細胞が放射線に対して極めて脆弱になっている期間のヒットになるので、深刻な結果がもたらされるというものである。このような巧妙な2回のヒットが同じ細胞に起こることは、外部被曝においては極めて稀なことである。しかし、内部被曝になると話は劇的に変わってくる。ひとつの可能性としてあげられているのが、染色体に結合したストロンチウムSr-90である。この原子はおよそ30年の半減期でベータ線を出して崩壊するが、崩壊の後にできるイットリウムY-90は、64時間の半減期で別のベータ線を出して崩壊する。同一の細胞に対する10時間内での2回のヒットが可能になるのである。そして、もうひとつの例が「ホット・パーティクル」である。劣化ウラン弾が戦車等に命中した後に生成するウランの微粉末はこれに相当する。この微粒子が生体組織に取り込まれると、それは近隣の細胞に何度も何度も放射線照射を続けるからである。
 ICRPモデルにしたがうとすると、帰還兵やイラク市民の間に実際に起こっている被害を劣化ウランによるものであると説明することはどうしても不可能である。そのモデルで計算された被曝線量はそれほど高くならないからである。同様の説明はチェルノブイリ原発事故後の被害にも、そしてセラフィールド再処理工場の小児白血病に対しても繰り返し何度もなされてきた。しかし間違っているのは深刻な病気になってしまった人々であるはずがない。間違っているのは、人々の死と疾患とを説明することのできないICRPモデルであり、今やこのことが強権をもってしても隠しきれなくなってきている。ECRR2003勧告はそのような今の時期に発表され、ウラン兵器に関するハンブルグ会議もそのような背景で開催されたのであった。

帰還兵とその家族のパネルのようす

 会議は最初の2日間が全体会議であり、ダイ・ウィリアム氏による全体的報告に続いて、科学者パネル、帰還兵とその家族のパネル、軍事産業で働き劣化ウランに被曝した人も含む市民被害パネル、イラク医師パネル、国際法のパネル等があった。
 イラク人医師であるDr. Souad Al-AzzawiさんとDr. Jawad Al Aliさんによって発表されたイラクの健康状況は極めて衝撃的なものであった。最も印象に残ったのが、奇妙なガンを発症している複数の患者がいること。それらは同時に2カ所、あるいは3カ所のガンを発症した例であった。湾岸戦争以前のイラクにはそのような記録がないとのことである。ドラコビッチ氏に夫の遺体を提供したというカナダ人女性の話も直に聞くことができた。また当時22歳であった恋人をバルカンでの戦闘の結果、白血病で失ったスペイン人女性による、スペイン政府と軍が嘘をついてきていることの訴えも印象に残っている。ドイツ人女性科学者は、英国帰還兵の染色体検査を行い、過剰な異常発生を検出している。イタリア人女性科学者は、腫瘍細胞の中の微細な金属微粒子を数多く発見していることを報告した。ほぼ同時期に専門誌に掲載されているような、こうした最新の研究結果を、現地での被害と同時に聞くことができたことは、まさにこの国際会議ならではのことであっただろうか。また日本では見ることのできなかった、写真家の森住氏のスライドを使った発表も間近に観ることができた。いまのイラクの現実を鋭く伝えるものであった。
 会議の後半はワークショップであり、登壇者と会場参加者とが3つのグループに分かれて、共通の認識をつくるために、また、今後の運動の進め方に関してかなりの時間をかけて討議した。そのような結果は、会議からの3つの決議にまとめられている(添付の「翻訳資料2−4」参照)。
 会議の中であるいは会話においてたびたび登場したのが、世界保健機構(WHO)と世界原子力機関(IAEA)との取り決めである。放射線影響に関して、WHOは、IAEAに何かにつけて相談をしなければならなくなっているとのことであった。ECRR2003勧告でも少し言及されているが、チェルノブイリ原発事故に関する報告書がまとめられないままになっているのも、このようなIAEAからの圧力があるからではないかと言われている。この意味からしても、本会議の言う「自由大学」の設立はどうしても必要なことだと言えるかも知れない。
本会議は「欧州放射線リスク委員会(ECRR)」に対して、ICRPモデルではなく、内部被曝を被曝のタイプにおうじて荷重するECRRモデルを用いて劣化ウランに対する評価を求めることとなった。こうしてECRR2003勧告の翻訳も、劣化ウランに反対する運動と強い関連を持つようになった。

 バスビー博士からは「君はチェスをするか?これはその第一手なのだよ」とECRR2003勧告について言われた。そうなると、劣化ウランについての次の報告書は、それに続くものになるということであろう(おそらく彼の念頭にはICRPが2005年に出すとされている新勧告もあるだろう)。もうひとつ、バスビー博士の発表に次のような注目すべき主張があった、「光電効果の断面積は原子番号の4乗に比例することが知られている。したがってウランのような原子番号の大きな原子が存在するとその周辺にはその効果の結果として放出される光電子による高い密度の線量が実現されることになる。すなわち、ウランが核崩壊によって放出する放射線を無視するとしても、自然界に存在する外部ガンマー線(1 mSv)によってウラン微粒子近傍の生体組織には局所的に1000 mSvの線量が付与されることになる。これはいままで誰によっても考察されてきたことのない問題である。」と。私の知る範囲でもこの問題を意識し、とり組んだ人は、ICRPも含め誰もいない。この一点だけを見ても、劣化ウランがもたらす健康影響に関して、何かの予断をもって望むのは間違いのもとであると言えるだろう。
 この会議に参加して驚き関心したことのひとつは、運動に協力するあるいはリードする科学者がかなり存在しているということであった。そして彼らは科学の分野でも素晴らしい成果を上げているのである。最新鋭とも言える分析機器を使った研究結果を持ってこの会議に科学者たちが参加し、活動家や被害をこうむっている帰還兵やその家族の方々と広く議論をするのである。最も信頼のできる科学的分析にしたがって、運動の方針や戦略を議論することができるのである。日本ではなかなか得難いことであるが、米国や英国に、あるいは日本政府に、この劣化ウラン/ウラン兵器の有害性を認めさせ、禁止させ、米国や英国にイラクを除染させるためには、どうしても必要な連携に実際になっている。このような意味からするとUMRCのドラコビッチ博士が参加されなかったのは非常に残念なことであった。

 この会議には日本からも20名ちかくの方々が参加されていた。多くの方々と知り合うことができ、またお世話にもなりました。ここにお礼を申し上げます。

山内知也 11月1日

                                    
<会議資料の翻訳>
<翻訳「ECRR2003」 発行:美浜の会 頒価1000円>