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全てのデータが隠されたままの福島第一3号機の臨界事故
「制御棒引き抜け対策」(リターン運転)が炉心部でのひび割れを誘発する矛盾

福島老朽原発を考える会 

 1978年11月2日に起こった東電福島第一3号機の臨界事故の際だつ特徴は,志賀1号機に輪をかけて事故の実態が明らかになっていないこと,にもかかわらず東電にも保安院にも徹底して調査する姿勢は全くみられないこと,残っていた当時のデータについても一切公表を拒み,情報非開示を徹底していることである。「記録を捨てたから実態はわからない」,「実態がわからないから事故ではない」,「事故ではないから記録を捨てても違反ではない」…と無茶苦茶な論理で逃げ回る東電に対し,事故とは呼ばずに臨界事象と呼んで保安院がこれを助けるという構図。結局保安院はいくつかの保安規定違反を認めたが,設置許可の取消はおろか運転停止の処分さえ下すことはなかった。
 他方,福島第一原発では,この弁さえ開けておけば制御棒の引き抜けはないと東電や保安院が主張する弁の先にあるリターンラインと呼ばれる配管が,ひび割れをおそれて撤去されていたという問題が浮かび上がっている。福島第一原発4号機では,原子炉の急激な圧力低下を原因として34本もの制御棒が一度に引き抜けるといった事故も起きていた。こうした事実は,度重なる臨界事故や制御棒引き抜け事故でクローズアップされているBWR(沸騰水型原子炉)の「制御棒の制御」に係わる問題が,弁の操作上の問題ではなく構造的な欠陥であることを事実でもって裏付けている。

■ 事故の実態は藪の中
 臨界の状況について東電は報告書で,「定格出力の1万分の1程度」であったとの評価を示している。しかし評価の元となる肝心の中性子数のデータについては,元東芝の社員が持っていた手書きのメモがあるだけだ。そこには「起動初期の中性子の状態をみる「SRM」という計測器が7時間半も振り切れていたことを示すグラフが描かれていた」(3月23日付朝日新聞)という。振り切れた先がいくらだったかについては,中間領域や平均出力領域の中性子の状態をみる計測器の指示値が必要だが,これについては何も明らかにされていない。東電の報告書には,中性子数が「約5×105カウント」ともっともらしい数値があるが,単にSRMの計測器が振り切れる値を記したにすぎず,その値で推移したことにしただけではないだろうか。また,制御棒引き抜けの原因については,東電自身が報告書ではっきりと「原因の特定には至らなかった」と述べている。この程度の調査結果でなぜ保安院は「臨界事象」などと言えるのだろうか。

■ 福島県に寄せられていた内部告発
 事故発覚の経緯についても不明な点が多いが,少なくとも臨界事故については,保安院が主張する昨年11月以降の東電の自主的な調査により明らかになったというのは事実ではない。東電が事故と隠ぺいの事実を公表したのが3月22日午後,元東芝の社員の手書きのメモが残っていたことが分かったのが22日未明とされている。一方で,福島県には19日の段階で,「志賀が初めてでなく、第一でもすでに50年代に同様の自然に制御棒が引き抜けることは経験済み。2本抜けた状況を経験している。…このような件はいくらでもあり、膿を出し切るのは無理と思う」(福島県HPより)という内容の内部告発が寄せられていた。福島県はこれを20日に公表していた。この内部告発によりようやく事故が表に出てきたというのが事の真相ではないだろうか。東電は4月17日にこの件について福島県に文書を提出しているが,抜けた制御棒の本数が違う(2本ではなく5本)ことを理由に「事象は確認されなかった」で済ませている。

■ 検討した資料を一切公表せず
 東電は,元東芝の社員が持っていたとされる手書きのメモをはじめ,当時の資料の一切を公開していない。運転日誌,引継日誌といった東電所有のものも出さず,北陸電力と比べてもひどすぎる。元データの公開なしにどうやって調査の客観性を保証するのか。東電はしきりに外部の弁護士に見てもらったことを強調する。しかしその依頼者は東電であるし,聞くと原子炉の安全問題がわかる人は一人もおらず,弁護士に東電社員が付いて教えているという。これでどうやって客観性が保証できるというのか。手書きのメモについては,東芝の社員が臨界事故とどのような関係にあり,なぜメモを持っていたのかについても明らかにされていない。東芝の報告書には「隔離等の手順書・操作に当社が係わったという事実は確認されなかった」とあるだけである。

■リターンライン撤去問題…制御棒引き抜け防止がひび割れを誘発する矛盾
 東電,保安院はBWRの制御棒駆動機構に構造的欠陥があることを認めず,全てを操作手順の問題として済まそうとしている。中でもリターンラインと呼ばれる配管にある弁について,これを開けておきさえすれば制御棒の引き抜けは起こりえないというリターンライン万能論を振りかざしている。
 ところが,東電によると,そのリターンラインは,福島第一3号機の臨界事故当時,その配管の一部が撤去されており,今でも撤去されたままである(図参照:東電の3月30日付報告書より)。撤去の理由は,このラインが圧力容器に入るノズル部で,温度変動に基づく熱疲労によるひび割れが多発したことにある。東電の原発では福島第一1〜5号機で撤去が行われている。配管の撤去は,短管をはずし,両側に閉止フランジをつけてふたをするというやりかたで行われた。それまではこのラインを開くリターン運転が基本だったが,撤去以降は,このラインを使わないノンリターン運転が基本となった。
 現在の手順書では,制御棒の完全隔離とそこからの復旧の際には,リターン運転にすることになっている。ではどのようにしてリターンラインを確保するのか。東電によると,わざわざ撤去した部分に配管をはめ直し,フランジのボルトナットを締めてふたをはずしているという。
 リターン運転にするためにはめんどうな作業が強いられるだけでなく,それがひび割れを誘発する。圧力容器のノズル部は圧力バウンダリを構成しており,ひび割れは安全上大きな問題である。またこの部分のひび割れの修理が大量の労働者被曝を伴うことは,70年代に経験済みである。リターンラインの撤去は,リターンラインの確保よりもノズル部のひび割れ防止を優先すべきことを明らかにしている。

■ 臨界事故は明確な保安規定違反だ
 東電は臨界事故が直ちに当時の保安規定に違反することはないとしている。しかし東電の主張は,ただただ違反となって罪をかぶることのないようにというものであり,保安規定が本来もつ安全確保の意義については全く念頭にない。いくつか例を示そう。
 当時の保安規定40条(異常を発見したとき等の措置)に「原子炉施設の運転状態に異常を発見した者は,その旨ただちに当直長に報告するものとする。当直長は,前項の報告を受けた場合には必要な応急措置を講ずるとともに発電部長に報告(原子炉の運転におよぼす影響が軽微なものを除く。)するものとする」とある。
 ここには何をもって異常時とするのかが書かれておらず,東電はそれを利用して,臨界事故は異常時ではないと主張する。しかし上記の引用から,「原子炉の運転における影響が軽微なものを除く」ものは異常時とすべきであろう。さらに次の41条の「異常時における原子炉の手動スクラム」というタイトルと中身から,異常時とは「原子炉が自動的にスクラムすべき事実が発生した時」であると推察される。福島第一3号機はスクラムで事故を収束させており,臨界事故がスクラムすべき事実であることは明白であろう。
 保安規定はさらに42条(原子炉スクラム後の措置)において「当直長は、原子炉のスクラム後、その原因を調査のうえ、安全性の確認その他必要な措置を講じ、所長の承認を受けた後でなければ、原子炉を再起動してはならない」としている。事故を隠ぺいした当時,安全性の確認などの措置は行われていないのではないだろうか。となると,福島第一3号機は,今現在の原子炉の安全性についてもその保証の限りではないということになる。
 27条の制御棒の操作手順の条項には,「技術課長は,あらかじめ制御棒の操作手順を作成し当直長に通知するものとする。当直長は,前項の操作手順にもとづき制御棒操作を行うものとする」とある。臨界事故は明らかに,操作手順によらずに,意図せずに行われた制御棒の操作によって引き起こされたものであり,この条項に抵触することは明白であろう。東電は,現在の保安規定には「運転または起動において」との要求があり,当時の保安規定も同様な考え方であったとして,「停止時」における制御棒操作は本条項に抵触するものではないと主張する。しかし,当時の保安規定には,「運転または起動において」などという文言はない。制御棒の操作は慎重でなければならず,だからこそ操作手順を作成し,それを守らなければならない。この主旨は運転中でも停止中でも同じであろう。「保安」という保安規定の本来の意図からすれば,なおさら,停止中の意図しない制御棒操作という危険行為について,厳しく適応すべきであろう。

■ 臨界事故は運転停止処分・設置許可の取消処分に値する
 保安規定順守違反は,臨界事故当時の法令に照らしても,原子炉等規制法に違反し,大臣は,原子炉設置許可の取消処分や1年以内の運転停止処分を下すことができる。時効はない。
 保安院は,上記40条について,他に引継ぎに関する16条,記録の保存に関する148条について,保安規定に抵触したと結論している。27条や42条については,抵触を認めていない。制御棒が勝手に引き抜け臨界が継続するという異常な状態を7時間半も放置し,しかも事故を隠ぺいして書類の改ざんまで行いながら,これだけの保安規定違反を犯したのだから,保安院の基準にしたがったとしても,あるいは2002年の原発不祥事の際に,福島第一1号機に課した1年間の運転停止処分と比較しても,臨界事故と事故隠しは原子炉の設置許可の取消しまたは長期の運転停止処分に相当する。

 東電は福島第一3号機の7時間半に及ぶ臨界事故について全ての情報を公開せよ。事故の実態調査を一からやり直すべきである。保安院は,保安規定違反の事例について、法律に従い厳しい措置をとるべきである。BWRの制御棒の制御について,構造的欠陥が明らかになった以上,原子炉の運転を停止させなければならない。