耐震設計審査指針(案)批判
震源の真上に原発を造ってはならないと指針に明記せよ
指針案は地震動などの具体的な策定を事業者の裁量に委ねている
指針策定にあたって 各原発の耐震性能の資料を公開し、公の場で討論を行え


 5月23日原子力安全委員会事務局は、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針(案)」(以下、指針案)を公示し、6月21日まで意見募集している。1981年に決めた現行審査指針(以下、旧指針)の25年ぶりの「抜本的」改定である。
 指針案の特徴と変更内容は、「耐震指針検討分科会の見解」(以下、分科会見解)でまとめられている。要約すれば、(1)旧指針策定以降の地震学・地震工学での最新の知見を極力反映させた。(2)知見の蓄積等を踏まえ基準地震動Ssを策定すること。(3)工学的見地から基準地震動Ssを係数倍(0.5以上)した弾性設計用地震動Sdを策定することが合理的。(4)旧指針での「剛構造」規定を免震構造等の有効性から削除。(5)旧指針の「岩盤に支持」を「十分な支持能力を持つ地盤に設置」に変更。(6)策定された基準地震動Ssを上回る強さの地震動が生起する可能性が否定できないこと、その場合に地震動の影響が施設に及ぶことにより放射線被ばくによる災害を及ぼすリスクがあることを「残余のリスク」として認めた。などである。そのほか、地震動評価に「断層モデル」を追加している。
 しかし、最も基本的な大地震の震源の真上に原発を造ってはならないという大原則が排除されている。耐震安全性は、本来この点の確認から始めるべきである。

地震動などの具体的な策定を事業者の裁量に委ねるのは危険
 指針案の問題点は、地震動などの具体的な策定の仕方を事業者の判断と安全委員会の審査に委ねている点にある。例えば、分科会見解で指針案の最も特徴的な変更としている基準地震動Ssの策定については、「その策定に当たっては、・・・その妥当性が十分確認されなければならない」としているものの、そのための検討用地震の選定では「既往の研究成果等を総合的に検討」、「地震発生様式等に着目した分類により選定」、「断層モデルを用いた手法を重視」などと規定が曖昧になっている。そのため、具体的な策定については事実上事業者の自主的判断に委ねられている。その他、弾性設計用地震動Sdのための係数、「震源を特定せずに策定する地震動」の策定、「残余のリスク」の考慮、断層長さの推定、地震動評価など主要な点での策定も事業者の裁量に委ねられている。
 事業者に一任すれば地震動が過小評価される傾向になる。このことは、志賀原発2号機の運転差し止めを命じた金沢地裁判決が断層長さを過小評価していると指摘したこと、ごく最近では島根県宍道断層を中国電力が無視・過小評価していたことに対する指摘が示している。
また、「残余のリスク」の定量的評価、評価方法が今後の課題となっていることが端的に示しているように、指針案は残されている課題も多く、「暫定的」な性格が強い。
 従って、指針の改定にあたっては、わずか1ヶ月程度の意見募集だけに終わるのではなく、各原発サイトの具体的な耐震安全性の資料をすべて公開し、策定に参画された分科会の委員、各分野の専門家、地元住民などが参加した公開の広範な討論を行った後に、策定することが不可欠である。
 
弾性設計用地震動Sd≧0.5×基準地震動Ssの設定は問題
旧指針よりも後退した弾性範囲内設計となる場合すら生じる

 指針案について、「基準地震動Ssの策定及び弾性設計用地震動Sdの策定の事項」が「旧指針からの最も特徴的な変更点」と分科会見解で記載している。指針案では、旧指針での2種類の地震設定−S1(予期することが適切な地震)とS2(発生の可能性を否定できない地震)−を基準地震動Ss(供用期間中に極めてまれであるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与える恐れがあると想定することが適切な地震)に一本化した。それは、内陸地殻内地震・プレート間地震・海洋プレート内地震などの地震発生様式に着目して選定するなど、地震学・地震工学の進展を踏まえたものであろう。しかし、Ssを具体的にどのように策定するかは、事業者に委ねられた。また、Ssに対する耐震性能は、「安全機能が損なわれることがないように設計」すると記述しているものの、「安全機能が損なわれない」とは何を指し示すのかの規定はなく、曖昧である。
 他方、弾性設計用地震動SdはSsを係数倍(0.5が下限、Sd≧0.5×Ss)したものと定義し、係数の決定を事業者に委ねている。このSdでは、Ssと異なり「地震力に耐える」設計を要求し、「施設全体として概ね弾性範囲の設計」と解説している。旧指針でのS1も弾性範囲の設計用地震である。ちなみにS1とS2による加速度と速度のサイトごとの比率が第25回分科会の資料に記載されているが、それによると平均でそれぞれ0.68と0.7である。 従って、事業者がSsをS2と同規模に設定すれば、SdがS1を下回るケースが生じ、係数倍の下限0.5の設定では、旧指針より後退した弾性設計となる。

「震源を特定せず策定する地震動」では、鳥取県西部地震のM7.3以上を考慮すべき
 旧指針での「M=6.5の直下地震」想定を廃止し、すべての申請で「共通的に考慮すべき地震動」として「震源を特定せずに策定する地震動」の策定をあげている。この地震動もSs地震動としているが、規模は明示されていない。ところが、業界団体「日本電気協会」の「M6.8を考慮すれば足りる」の指摘を、国も目安にしていると報じられている。
 「震源が特定せず策定する地震動」で目安となる地震規模は、地表面に地震断層が確認されていなかったところで現実に発生した地震(2000年10月の鳥取西部地震・M7.3)を最低限として考慮すべきである。

地震随伴事象である地盤変形、余震は考慮することが不可欠
「岩盤への支持」から「十分な支持能力を持つ地盤に設置」への変更は耐震性能を後退させる

 地震によって地面が隆起したり沈み込んだりすることは、よく知られている。ところが、地震学者が指摘した「基盤の隆起・沈降による敷地地盤の変形、傾斜」に対する検討は新指針案からはずされた。施設が建つ地盤に、変形や傾斜が起こり、原発の圧力容器が少しでも傾けば制御棒の挿入ができなくなる恐れが生じる。また、本震でのわずかな損傷が、余震によって拡大することは十分考えられることである。地盤変形や余震による影響は考慮されるべきである。
 「十分な支持能力を持つ地盤」は、通常の建築物と同様、ボーリングなどによる地層確認で支持地盤を決め、場合によっては杭基礎などを使用するのであろうが、直接岩盤に設置する方が耐震性能の保証は確実である。岩盤支持の対象を「全ての」建築・構築物とすべきである。

「残余のリスク」を認めるのであれば、少なくとも原発を震源の真上に造らないことを明記せよ
 指針案は、Ssを上回る強さの地震動が生起する可能性を認めた。同時に、その地震動が起こった場合には、放射線被ばくによる災害を及ぼすリスクがあることを「残余のリスク」とした。絶対に安全な耐震設計はありえないことを初めて認めた。
 ところが、指針案は、「『残余のリスク』の存在を十分認識しつつ合理的に実行可能な限り小さくする努力」を求めている。「合理的に実行可能な限り」は、経済性を最優先させたものである。「残余のリスク」を認めるのであれば、少なくとも原発を大地震の震源の真上には造らないことを明示するべきである。