英国・ソープ再処理工場で配管破損事故
プルトニウムを含む大量の高放射能溶液が漏えい


 イギリス・セラフィールドのソープ再処理工場(THORP)で、配管破損によりプルトニウムを含む高レベルの放射能溶液が大量に工場内に流出する大事故が発生した。事故により工場は最低でも数ヶ月は閉鎖される。ソープ工場は所有会社である原子力廃止措置機関(NDA)が永久閉鎖を口にするほどの危機に追い込まれている。
 事故についての情報は、まだまだ十分に明らかにされていないが、現時点で伝えられている事実を中心に報告する。

事故の概要 少なくとも3ヶ月、最大で9ヶ月、漏えいは見逃されていた
 事故は、使用済み核燃料をせん断し、硝酸溶液に溶かす「前処理建屋」の「供給・清澄セル(長さ60m、幅20m、高さは部分的に20m)」と呼ばれるステンレスで内張りされたコンクリート壁の室で起きていた。溶液の重量を測るために吊り下げられた「計量タンク」に使用済み核燃料を溶解した硝酸溶液が流れ込まなかったことで、作業員が4月18日に初めて事故に気づいた。翌4月19日に遠隔操作のカメラが、「計量タンク」につながる配管が破損し、83立方メートルの硝酸溶液が床一面を覆っている姿を捉えた。そして、「前処理建屋」は操業を停止した。硝酸溶液は、「計量タンク」の横にあった鋼鉄製の設備をも溶かしていた。この硝酸溶液には、使用済み核燃料20トンが溶解し、約200kgのプルトニウムが含まれているという。5月初め、国際原子力機関(IAEA)は、今回の事故を国際原子力事象尺度(INES)のレベル3「重大な異常事象」に分類すると発表した。
 操業会社である英国原子力グループ社(BNG、以前のBNFL)は、5月27日に事故に関するプレスリリースを発表した。そこでは、配管は2004年8月に破損し始めていたことを示唆する証拠があり、2005年1月半ばには、相当量の溶液が漏えいし始めていたという。最低でも3ヶ月、最大で9ヶ月もの間、配管破損は見逃され、高放射能の溶液が漏えいし続けていたのだ。
 BNG社の調査では、なぜ9ヶ月もの間、破損と漏えいに気づかなかったのか現時点では明らかにされていない。そもそもこのような漏えいを知らせる警報装置がついていたのかさえ不明である。現在、BNG社の事故調査とは別に、政府の原子力施設検査局(NII)も独自の調査を実施しているが、ほぼ工場に常駐していたはずのNIIはいったい何をしていたのだろうか。規制当局としてNIIにも重大な責任がある。
 BNG社は漏えいした硝酸溶液の回収作業を進めているだけで、復旧のめどは全くたっていない。セル内は放射能レベルが非常に高いため、人が入れない区域であり、破損した配管の修理も含め、今回の事故対策のために、ソープ工場は数ヶ月間、再開できそうにない。事故は、再処理工場で配管が破損した場合、高い放射能レベルのために回収作業や修復作業が遠隔操作でしか行えないという再処理工場特有の危険性を示している。

ソープ工場の事故はNDAの財政基盤に打撃を与える
 今回の事故は、今年4月1日にソープ工場の所有権がBNFLから原子力廃止措置機関(NDA)に移管された直後に起きた。NDAは、2005年度予算で、約22億ポンド(約4,340億円)と見積もられている諸施設の廃炉・除染、廃棄物処理(クリーンナップ)費用に、ソープ工場からの収益約5億6,000万ポンド(約1,100億円)を充てることを期待していた。しかし、ソープ工場の停止は、NDAに収益の見通しを立たなくさせた。工場の停止により1日あたり約100万ポンド(約2億円)の収入が入らなくなる。NDAのスポークスマンは「もしソープ工場からの収入が間に合わなければ、クリーンナップ計画は明らかに遅れることになる」と発言している。
 ソープ工場は、1994年に操業開始してから12年目になる。10年間で7,000トンの使用済み核燃料を再処理するという当初の計画に対し、実際の処理量は5,729トンである。すでに当初の計画よりも2年遅れている。ドイツの電力会社は、再処理が契約どおりに実施されていないことを理由に、使用済み核燃料の保管料の支払いを拒否している。
 今回の事故時に処理されていた燃料は、ドイツの原発の使用済み核燃料だと伝えられている。再処理がますます遅れることで、海外の顧客たちが再処理契約の見直しを要求しだすことになれば、契約不履行による違約金や追加負担がソープ工場の収益に打撃を与え、ひいては、NDAの事業にも影響してくる。
 関電がBNFLと結んでいる再処理契約は約500トンで、そのうち498トンが処理済みという。関電は少なくとも、残っている契約分の再処理を断念するべきである。

※NDAは、BNFLとUKAEA(英国原子力公社)の約20の施設を引き継ぎ、約100年にわたり、それらの除染・廃炉措置、廃棄物処理等の原子力債務の法的・財政的責任を負うために今年4月1日設置された政府の特殊法人である。各施設の実際の運転は、数年ごとに管理会社に委託されることになっている。ソープ工場の操業は、当面3年間はBNG社(旧BNFL)に委託されている。セラフィールド・サイトではTHORPとSMP(セラフィールドMOX工場)の収益がクリーナップ費用に充てられることが見込まれている。

ソープ工場は閉鎖以外に道はない
 5月15日付け英・オブザーバー紙に、「ソープ工場は運転再開すべきではない」というNDA関係者の見解が掲載された。地元ホワイトヘブン紙は、5月19日に「NDAはなぜソープ工場が再開されるのは喜ばしいことだと表明しないのか」とNDAの姿勢を非難した。この主張に対し、NDA会長はホワイトヘブン紙への5月26日付けの手紙で、ソープ工場が閉鎖になってもクリーンナップ事業で雇用は確保されるとして、ソープ工場の再開を明言しなかった。また、5月27日付けのNDAの事故に関する声明でも、運転再開には触れず、非常に慎重な言い回しをしている。
 再処理による放射能放出の中止をこれまで訴えてきたアイルランド政府は、今回の事故を厳しく非難し、事故調査をEUに要求しようとしている。第3期目のトニー・ブレア政権の重要課題のひとつが新原発の建設であるが、ソープの事故により、思惑通りには進まなくなっている。

 地元の運動団体COREは、(1)ソープ工場の収益の悪化は、NDAに損失をもたらし、ひいてはこの損失が納税者に転嫁される。(2)ソープ工場の再処理事業は、海外顧客分はすでに大半が終了し、残る契約は英国内向けであり、経済的ではない上、発生するプルトニウムも使い道がない。という2点からNDAにソープ工場の閉鎖を要求し、5月15日付けオブザーバー紙のNDA関係者の見解を歓迎している。

 事故続きで、経済的にも危機に瀕したソープ工場の今の姿は、六ヶ所再処理工場の未来の姿である。英国内でソープ工場の閉鎖要求が強まれば、日本の六ヶ所再処理工場の操業開始を阻止する運動に大きな追い風となるにちがいない。また、今回の事故は日本・ドイツなどのMOX計画にも大きく影響する。再処理が止まれば、MOX製造すらできなくなるからだ。
 今後も、ソープ工場の事故に関する情報を追跡し、紹介していきたい。