美浜の会ニュース No.81(3/22)


 3月14日、原子力安全・保安院は国の第9回事故調査委員会に「最終報告書(案)」を出した。3月1日には関電と三菱重工業がそれぞれ事故報告書を国に提出していた。3日の第8回事故調では、関電の報告書に対し委員から批判が出て、関電は再発防止策の書き直しを要求されていた。10日には保安院が、再発防止策のひな形を関電に示し、関電は14日の事故調に再提出したが、それも認められず再度の書き直しとなった。
 関電に再発防止策を書き直させ、「プラントオーナーとしての関電に一義的責任がある」等と、保安院は関電を厳しく批判しているようなポーズをとって、自らの存在意義を誇示しようとしている。しかしその実、「最終報告書(案)」は、関電トップの責任を免責し、事故の直接的原因であるリスト漏れの経緯についてさえ具体的解明を放棄している。また、被災者を早期に救出すべきという視点もなく、蒸気流出を早期に止める必要性について否定している。もちろん、国の責任などどこ吹く風である。こんな姿勢の保安院が主導して、30日の事故調に「最終報告書」を出し、事故を幕引きしようとしている。
 私たちはグリーン・アクションと共に16日に関電交渉を行い、18日には、原子力資料情報室等と共同して保安院交渉を行った。事故の真の原因と責任は、経済性を最優先にして安全性を軽視してきた関電トップにある。同時に、関電トップを免責し、配管管理を電力まかせしてきた国・保安院にある。「最終報告書(案)」に対する批判の声をあげ、事故の責任を追及しよう。保安院・電力会社・機械学会による、2次系配管検査の抜本的改悪・簡略化に反対しよう。

被災者を早期に救出する姿勢なし
「一気に吹き出してしまった後ですから」を繰り返す保安院

 保安院は、被災者を早期に救出するという観点をまったく放棄し、被災者がいることを知っていながら、885トンもの高温蒸気を流出し続けた関電の運転操作について問題なしとしている。「最終報告書(案)」では、「今回の事故においては、被災者は事故発生直後に被災していると推測できることからすると、運転員が流出量を低減させる操作を行ったとしても、必ずしも事故被害の低減に直ちに結びつくものではなかったと考える」(p6)としている。保安院交渉では、「(蒸気が)出てしまった後ですから」と何度も繰り返し、被災者は既に死んでいるからしかたがないと言わんばかりであった。
 「最終報告書(案)」では「事故時マニュアル」などと書いているが、交渉では、今回のような復水系配管破断時の「マニュアルは存在しない」と語った。今回の場合、主蒸気隔離弁を閉じるかどうかは当直長の判断に委ねられていたという。そうであれば当直長は、15時28分に原子炉がトリップした後(この時点で約半分の400トンが流出)、なぜ、16時5分まで主蒸気隔離弁を開けたまま蒸気の流出を続けたのか明らかにしなければならない。また、主蒸気隔離弁開閉用の電磁弁は、事故後に片側接地が生じていた。関電発表資料では、電磁弁が水浸しになっている写真が公開されている。事故初期に、この弁が使えなかったのではないのかとの疑念がある。関電交渉では、16時5分まで、主蒸気隔離弁が作動しなかった可能性について、関電は否定しなかった。事実を明らかにすべきだ。

制御室への蒸気流入を保安院が知ったのが10月とは? 事故直後に知っていた可能性大
 「最終報告書(案)」では、制御室への蒸気流入に関し、「中央制御室は、事故時にも運転員がとどまり事故対策のための操作を行う必要があり、不要な外気が浸入しないよう換気設計がなされる必要がある」としてこの問題を重要視している。しかし、この事実を保安院が知った経緯は、実に奇妙である。
 近藤正道参議院議員の問い合わせに対して、保安院は2日後になってやっと「10月初めに知った」と回答した。交渉でも当初、「10月初めに、美浜発電所から保安検査官に報告があり、その後、保安院が調査を要求し、関電本店から報告を受けた」と語った。関電も16日の交渉で同様なことを話していた。
 しかし保安院交渉では「検査官は制御室には事故後行ってますよ」、「タービン建屋には夕方まで入れなかったので、制御室に入ってデータなど見ています」と、保安検査官が事故当日に制御室に入っていることを認めた。もちろん10月までの間にも、何度も制御室を訪れたことは容易に推測できる。関電の事故報告書(3/1付)では「中央制御室制御盤内で火災報知器が作動し」(16頁)、換気空調盤や当直課長の机等に水滴痕があると写真入りで記載している(添付資料5−8)。少なくとも現地の保安検査官は事故直後に事実を知っていた可能性が高い。10月初めまで検査官も保安院も知らなかったというのは奇妙な話だ。よほど不都合なことがあったのか。
 関電が蒸気流入を初めて公表したのは、12月21日の第13回福井県原子力安全専門委員会の場。関電交渉では、早期に公表しなかったことに反省の姿勢さえなかった。
 3月14日の参議院予算委員会では、近藤議員の質問に対し、松永保安院長も「10月初めに、現地の保安検査官が関西電力から報告を受けた」と答弁している。検査官が事故直後に知っていたとすれば、保安院長の国会での虚偽答弁につながる問題だ。保安院は、いつこの事実を知ったのか、なぜ早期に公表しなかったのかを明らかにすべきである。

リスト漏れの経緯を具体的に解明することを放棄した保安院
 保安院の「最終報告書(案)」では、なぜ28年間も破断箇所が点検リストから漏れ続けていたのかについて、具体的解明がなされていない。3月1日に関電と三菱重工業が出した報告書では、リスト漏れの経緯について、管理指針作成時(1990年)から両者の意見が食い違う点が多々ある。少なくとも、高浜4号で同部位にリスト漏れがあったことを知った時点で、関電はなぜ他の原発をチェックしなかったのか等、多くの不明な点についても解明されていない。そして、「このような管理不十分なままのアウトソースの結果によって発生した責任が、一義的には、事業者の責任であることの自覚が不足していたことを示している」(p33)と、一般的に関電を批判しているだけだ。
 そもそも「最終報告書(案)」には、関電がリスト漏れに気づいた時期について、保安院がどう判断しているのかさえ書かれていない。保安院交渉では、「関電が気づいたのは事故後です」などと回答した。しかし、1日の関電報告書では、事故が起きる約1ヶ月前に、大飯1号での大幅減肉が発見され、若狭支社が指示文書を出し、水平展開の過程で美浜3号の当該箇所が今まで一度も検査されてなかったことを把握していたという「新事実」が書かれている。これについて保安院交渉では、そんな話は初めて聞いたという様子で「査察チームが知っているのかも知れない」などと言うだけで、「指示文書を見たのか」と問うと、何も答えず、確認することとなった。
 事故直後から報道されていた、日本アームが事故前年の第20回定検(2003年5〜7月)前の4月に、関電にリスト漏れを報告していたという経緯についても闇のままだ。これは、保安院が日本アームを本格的な調査の対象から外したことにもよる。安全委員会が日本アームへの調査等を要求したが、保安院はこれを必要なしとした。
 リスト漏れの経緯は、関電がいつの時点でそのことを知ったのか、すなわち事故の予見可能性の問題に直結する。福井県警の業務上過失致死傷の立件においても最大のポイントとされている。それだけ重要な問題であるからこそ、保安院は具体的解明を放棄したというのだろうか。

現場に責任を押しつけ、社長を免責
「社長は安全第一だった」と、どこで確認したのか→「関電のホームページに書いてある」

 事故以降、関電が国の技術基準に違反して、減肉配管の取り替えを先延ばしにしていた等、ずさんな配管管理の実態が明らかになった。保安院の調査でも、管理指針の不適切な運用が78件、そのうち46件が必要最小肉厚を割り込んでいたと指摘している。さらにリスト漏れは、主要点検部位で15箇所、その他部位等で約50箇所もあった。
 このようなずさんな管理の常態化に対する保安院の評価はこうだ。「これは、安全第一という関西電力(株)の方針とは裏腹に、現場の第一線では、定期検査工程を優先するという意識が強かったことを示すものであった。この経営層と現場第一線における認識の乖離について、監査機能などが十分に働かず、その結果、こうした状態が長年にわたり是正されずにいたことは重大な問題である」(p34)。経営層は安全第一だったが、現場の「意識」が短縮された定検に間に合わすため、ずさんな管理をやっていたという。
 保安院は、事故の責任が社長・会長におよばないようトップを免責し、現場の責任にすり替えている。県警の捜査をにらんだ上でのことだ。いったい経営層が安全第一だったとどこで確認し、何を根拠にそう判断したというのか。「最終報告書(案)」には一言も書かれていない。保安院交渉では、「関電のホームページにも書いてあります」などとふざけた返事が返ってきた。しかし追及されると、定検短縮も会社の方針だと認めた。
 定検短縮は、明らかに関電トップの経営方針である。「経営概況」にも、徹底した効率化による設備利用率の向上がうたわれている。「意識」の問題ではなく、電力自由化という新たな経済的基礎の上で、定検短縮を社の方針とし、下請け会社には報償まで出していた。「最終報告書(案)」のトップ免責論などもってのほかだ。関電は16日の交渉で、「最終報告書(案)」に口裏を合わせて、「トップは安全第一だった」と言うのが精一杯だった。

電力まかせの「自律的保守管理能力の向上の必要性」を自画自賛し、国の責任を放棄
 事故とずさんな配管管理の責任を現場に押しつける保安院は、自らの責任についても一切ほおかむりしている。責任を放棄しただけでなく、電力会社まかせの安全規制を自画自賛するほどだ。キーワードは「自律的保守管理能力の向上」である。
 「最終報告書(案)」では「新しい検査制度の特徴は、事業者によるプラント全体を対象とした自律的保守管理能力の向上を目指す点にある。この新しい検査制度の検討過程で発生した東京電力株式会社の自主点検作業記録に関する意図的な不正や、今回の美浜発電所事故は、新しい検査制度の必要性を裏付けるものであった」(p38)と述べている。すなわち、検査は電力まかせでやっていくことの重要性を、今回の事故が証明したというのだ。本末転倒も甚だしい。配管管理を電力にまかせっきりにし、厳しい規制を放棄してきたことそのものが生み出した事故ではないのか。
 さらに、「安全は・・・経営者層の関与が不可欠である。これこそが、平成15年10月の検査制度改正にあわせて保安院が導入した品質保証制度において、原子炉設置者(社長)を当該事業者の品質マネジメントシステムの責任者(トップマネジメント)に指定した理由である」(p39)として、品質保証におけるトップマネジメントを強調している。しかし、関電のプルサーマル再開時の昨年2月に明らかになったのは、保安院のトップマネジメントとは、「藤社長のサイン」を書かせることだった。今回は、「社長の約束の言葉」を公表させることが、トップマネジメントだという。
 今回の美浜事故、それに先立つ火力発電所での大規模なデータねつ造・偽造、MOXデータねつ造事件等々から、関電に「自律的保守管理能力」がないことは明らかだ。原発を運転して30年以上も経つのに、「プラントオーナーとしての自覚が欠如している」と言うのであれば、関電の運転免許剥奪以外にない。
 しかし保安院は、「今回の美浜事故を新たな教訓として・・・全原子力事業者に対し、その自律的保守管理能力を向上させるよう、厳しく監視していく所存である」(p39)という。その先には、電力まかせの配管検査の抜本的改悪・簡略化、一層の定検短縮等が待ち受けている。安全規制の緩和である。

配管検査の抜本的改悪・簡略化を狙う保安院・電力・機械学会
 保安院は2月18日に「配管管理に関する暫定指針」を通達として全電力会社に出した。機械学会で進めている新たな規格ができるまでの暫定的措置である。この「暫定指針」も、機械学会の規格案も、配管管理を電力会社にまかせ、現在の「管理指針」より大幅に検査を簡略化する抜本的改悪である。交渉でそのことが一層はっきりとした。
 保安院交渉で、暫定指針を「私が書いた」という検査課班長は、「これまでの概念で見てはダメです。『その他部位』とか『主要系統』とかいう概念は引きずってません」とはっきり述べた。
 現在の管理指針は、「偏流発生部位を点検箇所」とし、その中で減肉が起きやすい箇所を「主要点検部位」とし、減肉傾向のない箇所を「その他部位」と区分し、「その他部位」は10年間で25%を検査することになっている。保安院の「暫定指針」は、「減肉が著しく起きる箇所を点検部位」とし、現行の「その他部位」等は「10年間の中期計画」をたてるよう電力会社に指示を出しているだけ。追及すると20年間で10%だけを検査するやり方でもよいと認めた。
 現在、機械学会で作成中の「規格」もこの考え方を踏襲しているが、「中期計画」をたてることすら要求していない。規格策定の原子力サブタスクの幹事は関電である。10名中9名が、東電を初め電力会社と三菱などの原子力メーカである。自らに都合のいい規格作りを進めている。
 しかし現実には、「その他部位」と位置づけられた箇所で、大幅な減肉が次々に見つかっている。全部位を点検中の美浜3号機で見つかっている減肉は、ほとんどが「その他部位」である。福井県の専門委員会でも、「その他部位の点検の重要性」が議論になっている。
 関電や保安院は、PWR管理指針には基本的に問題はなく、運用さえしっかりやっておれば事故が起きるようなことはないと言ってきた。しかし、今回三菱重工業が明らかにした資料で、管理指針策定時に、2次系配管の点検個所が大幅に削減されているという実態が明らかになった。管理指針が策定される前には、関電の原発1基で年間の点検個所数は平均900箇所ほどだった。しかし策定後には、300箇所以下にまで削減されている(三菱報告書概要(4))。さらに、指針策定後の点検実績では、他の電力会社は一回の定検で約300箇所を点検していたが、関電の場合はわずか100〜200箇所だったという。つまり、とりわけ関電が検査を大幅に手抜きしたことになる。

三菱報告書概要(4) 保安院HPより

 機器のひび割れ隠しが発覚した東電事件では、保安院・電力は「維持基準」を導入してひび割れがあっても運転継続を可能とした。今度は、美浜事故を契機に、配管管理の厳格化ではなく、検査の抜本的改悪と省略化を狙っている。まるで火事場泥棒だ。

事故の原因と責任は、経済性最優先・安全軽視の関電トップにある
 保安院の「最終報告書(案)」は、関電トップを免責し、今後推し進めようとしている定検短縮などを容認するものである。保安院は、関電に対し「再発防止策」の書き直しを命じている。しかし、事故原因の解明を放棄した中では、口先だけの「再発防止策」でしかない。保安院は、事故の資料を公開し、原因と責任を明らかにすべきだ。
 保安院交渉で、関電がずさんな配管管理を行っていた78件の資料提出を要求したが、「プラントメーカから取得してほしい」等として公表を拒んでいる。他方関電は、「国や県に詳細報告はしている」として情報を公開しようとしない。また関電は、蒸気による設備影響についても、電気ケーブルの絶縁抵抗の測定結果を公表していない。保安院はそのデータさえ入手していないという。美浜事故の幕引きなどできる状態ではない。事故に関する重要な資料を公開することだ。
 今回の事故の原因と責任は、経済性を最優先にし、安全性を軽視している関電トップにある。電力自由化の中で、一層の経費削減と定検短縮が至上命題となっている。とりわけ原子力では、安全性と経済性は両立しない。それも原発の老朽化が進む中ではなおさらだ。
 電力の経済性最優先と保安院の安全規制の緩和は車の両輪である。配管検査の簡略化もその一環だ。さらに電事連は、二酸化炭素放出削減に絡めて、2010年度の原発の設備稼働率を現行計画の85%から3%アップすることを狙っている。その柱は、(1)現在の13ヶ月を18ヶ月に引き延ばす長期連続運転、(2)出力増強、(3)定検中に行っている検査の一部を運転中に行うなどの定検の柔軟化である。そのために国は、13ヶ月運転を義務づけている電気事業法を改訂しようとしている。これに関連して、電事連会長でもある関電の藤社長は、3月16日の第21回長計策定会議の場で、「定期検査の柔軟化あるいは出力増強の導入がぜひとも必要・・・国においては法規制・基準の見直しを積極的に進めていただきたい」と発言している。関電トップが定検短縮を方針としていることの証左でもある。
 美浜3号機事故は、老朽化が進む日本の原発で、経済性最優先の運転がいかに危険であるかを、5名もの尊い命を犠牲にして警告している。福井県は3月22日、「高経年化プラントに対する対応」などを最終報告書に盛り込むよう国に要請した。
 保安院・関電の事故の幕引きを許してはならない。私たちは3月27日、「最終報告書(案)」を批判する学習・討論会をグリーン・アクションとともに開催する。関電トップを免責する「最終報告書(案)」に対し批判の声を強めよう。配管検査の抜本的改悪・簡略化に反対していこう。