美浜3号機事故の背景にあるもの ──────────────────────
経済性最優先のための危険な定検短縮・設備利用率アップの現状



【グラフ1】福井県内原発の定検日数(平均)−福井県公表資料より作成

 原発の老朽化が進行しているにもかかわらず、経済性追求のためには定期検査を短縮し、設備利用率を上げなければならない。この経済性最優先の構図が今回の美浜3号機事故の背景にある。
 福井県にある全原発の定検日数の平均は、1980年代の後半〜1990年代の前半にかけて、おおよそ150日間前後で推移していたが、1990年代半ば以降、傾向的に低下し、2003年の定検日数の平均は82日間にまで減少している。ここ十数年間で約4割の短縮である(グラフ1)。
 次に、関西電力のプレスリリース等を元に、関西電力の全原発の定検日数の平均と最短日数を計算し、グラフ2に示した。このグラフを見ると、定検日数の平均は、1995年から2003年までの間に、166日間から67日間へと半分に減少している。また、調整運転を含まない定検日数(正味原子炉を止めていた日数)の最短は、1995年には82日間だったが、1998年以降は40日前後となり、2002年には31日間にまで短縮されている。
  このような定検日数の短縮に照

【グラフ2】関電原発の定検日数(平均)−関電プレスリリース等より作成
応して、関電の原発の設備利用率は大幅に上昇している。1975年には約40%に過ぎなかった設備利用率は、80年代、90年代を通じて右肩上がりに上昇し、1990年代後半には80%を超え、2002年にはほぼ90%にも達している(次頁グラフ3)。
 定検の短縮は、手抜き検査とズサンな品質管理を招き、安全性を損なう。しかし、電力自由化の流れの中で原子力が生き残っていくためには、経済性を最優先させ、定検短縮を図ることが死活の条件となっている。電力会社は、一ヶ月を切るような定検の超短縮と90%以上の設備利用率の達成、18ヶ月〜24ヶ月連続長期運転という米国並みの経済性追求を渇望し、競うように定検短縮に血道をあげている。
 『平成11年度経営効率化計画』の中で関電は、「昨年、大飯3号機では、・・・加圧水型としては最短となる38日間で定期検査を完了した」と「優秀な成績」を自慢。「今後も・・・定期検査期間の40日台定着を図る」とした。実際、2000年代に入って、最短の定検日数(調整運転を含まない)は30日〜40日台を続けている。また、『平成16年度 経営計画』は、「85%以上の原子力利用率を維持すること」を経営目標に掲げている。関電は、定検日数を短縮するため、まだ原子炉が動いている段階で定検の準備作業をやらせていた。原子炉が止まってから定検作業に入っていれば4名の作業員は死なずに済んだ。無謀な定検短縮が、大きな犠牲を引き起こしたのである。
 東電事件以降、国は維持基準導入のための電気事業法の改正を行い、検査の抜本的省略化に道を付けようとしている。電事連は、現在の13ヶ月運転を引き延ばし、18ヶ月連続運転を認めるよう国に働きかけ、さらなる稼働率アップをめざす動きを強めている。

【グラフ3】関西電力原発の設備利用率(平均)−原子力発電所運転管理年報データから作成

 しかしその一方で、原発の老朽化は確実に進んでいる。しかも、新規立地が進まない下、老朽炉にむち打つ過酷な運転が要求されている。
 設備利用率から、全出力運転に換算した事実上の運転年数を計算すると、美浜3号機の場合、21年余りとなる(グラフ4)。美浜1・2号、高浜1・2号の方が運転開始は早いが、美浜3号の方が設備利用率が高かったため、実際の運転時間は長く、関電の全原発の中で事実上、運転時間が最も長い老朽炉ということになる。それにもかかわらず関電は、運転開始以来、破断箇所を一度も検査していなかった。美浜3号機の事故は、老朽化の進展と、経済性の追求=検査の手抜きという状況の下、起こるべくして起きたものである。
 電力自由化の下、より一層の経済性を追求するためには、定検短縮を進め、手抜き検査による運転を続ける以外にない。しかし、老朽化が進む下、安全無視の強行運転をこれ以上続ければ、更なる大事故の発生は避けられない。今回の美浜3号機事故は、このことを明らかにした。80年代後半に明らかになった蒸気発生器細管のボロボロの実態は、本格的な原発老朽化時代の先駆けであった。今回の事故は、老朽化の更なる進行と、その一方での経済性の追求による安全の切り縮めが、重大事故を頻発させるような新たな時代に入ったことを示している。老朽炉の運転を止めていかなければならない。

【グラフ4】全出力運転に換算した事実上の運転年数