「小さな人間でも大きな力を持つことができる」「グローバリゼーション・オブ・ヒバクシャ」
7/5 ルーレン・モレさん講演会の報告


 7月5日、グリーン・アクション、アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局との共催で、アメリカの独立系科学者ルーレン・モレさんをお招きし、劣化ウラン弾と低線量被曝の危険性についての講演会を開催した。講演会前日の衆院本会議では「イラク特措法」が市民の反対を押し切り可決され、審議の過程で川口外相は「米国は(劣化ウラン弾を)使ったといっていない」という、許し難い発言を繰り返した。このような状況の下、講演会は開催された。「劣化ウランの危険性とアメリカでの反対運動」「アメリカの劣化ウラン反対運動と連帯しよう」という垂れ幕が掲げられた会場は、約100名の参加者で一杯になった。モレさんの力強く、そしてユーモアたっぷりの講演に参加者一同力づけられた。講演後、川口発言に対し「特別アピール」を採択、抗議の声をあげた。最後には、貴重なお話を聞かせてくださったモレさんに、参加者は再び盛大な拍手を送り、連帯の気持ちを表した。
 
 「小さな人間でも大きな力を持つことができる」そして「グローバリゼーション・オブ・ヒバクシャ」これがモレさんの一貫した主張だった。「先住民族のための科学者」会長でもあるモレさんは、劣化ウラン弾の講演に入る前に、たった二人のホピ族とショショーニ族の方が、自分達の暮らす土地で実施される核実験に抗議するため、世界中を回り、多くの人々の賛同を集め運動を大きなものへと成長させた過程について述べられた。そして最後に「小さな人間でも大きな力を持つことができる」と言われた。この言葉こそ、ヒロシマを訪れた時の衝撃以来、運動に邁進するモレさんを突き動かしてきた信念であり、これからはじまる講演の基調をなすものであった。

 講演の前半は劣化ウラン弾問題だった。アメリカがすでに1943年のマンハッタン計画から「放射能兵器」の開発を考えていたことの暴露から話は始まった。マンハッタン計画に従事するコンプトンら3人の科学者は、同計画の指揮官であったグローブス少将に、核爆弾ではなく放射能兵器の開発を進言したという。放射能兵器とは、0.1ミクロンというサイズに超微粒子化した放射性物質を散布するというものである。放射能の微粒子は、その小ささゆえガスマスクなどすべてのものを通過し、人間の全身に浸透し被害を与えるとモレさんは強調し、これが現実の兵器となったものが劣化ウラン弾なのだと述べた。
 劣化ウラン弾は標的に当たった後、激しく燃焼し、微粒子となりガスのようにふるまう。これらの微粒子はすべてのフィルターを通過し、肺に入り、さらに肺から血流に乗って全身の組織にまわってしまう。しかも、劣化ウランは燃焼によって水に溶けないウラン酸化物となるため、いったん吸い込んでしまうとほとんど排出されずに体内に蓄積される。この劣化ウランの微粒子は環境中に広がり、空気、土壌、水、そして食物を汚染するのだと、環境汚染と人体への被害のメカニズムについての説明が続く。具体的な数字や事例を挙げながらの説明なので、非常に明快で分かりやすい。
 次にモレさんの話は、湾岸帰還兵の間での劣化ウラン弾被害の深刻な実態に移った。戦場の兵士はマスクも防護服も何も付けずに動き回っているため、何十億もの劣化ウランの微粒子を吸い込むことになる。米軍の劣化ウラン弾汚染の除染活動の責任者だったダグ・ロッキ氏とそのチームのメンバーは戦後、深刻な被害を被ることになった。20人いたメンバーの半数はすでに死亡し、ロッキ氏自身重篤な病気に罹っているという。モレさんは、劣化ウラン弾の非人道性の中でも、特に遺伝的影響を及ぼす点を強調した。X線を一度だけ親に照射した動物実験でも遺伝的影響は認められている。次世代も含めて放射能を浴び続けているイラクやアフガン、コソボの人々、子ども達に今後どれだけの影響が現れるか非常に心配だと、モレさんは沈痛な面持ちで述べた。
 講演は、いよいよ被害の実態にさしかかった。米退役軍人省の調査結果として、ミシシッピー州の帰還兵のコロニーで、湾岸戦争後に生まれた子供達の67%に深刻な出産異常が認められた。無脳症や四肢欠損、臓器の欠損、深刻な血液の病気等々。このような被害を受けながらも、帰還兵達がその被害を社会に広く訴えることができないのは、彼らが軍から離れられないからだ。もし軍から離れれば保険も年金も一切が打ち切られてしまうからだと、モレさんは言う。カナダ在住の帰還兵であるテリーさんは、戦争後重い病気にかかったため、パートナーのスーザンさんと一緒に、死後、身体を湾岸戦争症候群の調査のために献体することを決意したという。そして実際に亡くなった後、軍が遺体を取りにやってくるのに先んじるため、待機していたUMRCのドラコビッチ医師に死亡直後に遺体を渡したという。政府・軍による巨大な圧力と妨害の中、帰還兵とその支援者の運動が、ぎりぎりの所で進められている現状を実感させる驚くべき話であった。ドラコビッチ医師による検査の結果、テリーさんの身体の至る所、脳、骨、あらゆる臓器に癌が見つかった。米軍当局は、テリーさんだけを唯一の湾岸戦争に起因する死亡と認めているという。
 劣化ウラン弾は、米国内での被曝者を生み出し、さらにイラク、アフガン、コソボ等海外へも被害を広げている。地球規模で劣化ウランの微粒子が広がっている。これこそがまさに「グローバリゼーション・オブ・ヒバクシャ」だと講演の前半は締めくくられた。

 講演の後半、モレさんの話は米国の原発・核兵器関連施設周辺での低線量被曝の話に移った。モレさんを含め、8人の良心的な科学者・研究者が中心となって、アメリカ国内での調査・研究を進めているという。被曝被害を明らかにする研究に係わると、職を奪われたり、論文の雑誌掲載を断られ発表の場を失うなど、様々な妨害と困難に直面することになる。その中でも、ねばり強く調査・研究を続けてきた結果、原発周辺で集めた乳歯中のストロンチウム90の量が経年的に増大していることが分かったという。恐るべき話である。フロリダ州での調査によれば、原発に近い程乳歯中のストロンチウム90の量は増え、同時に牛乳や飲料水中のストロンチウム90の量も増えているという。牛乳や水が摂取経路ではないかとモレさんは考えている。さらに、原発周辺地域で小児癌に罹った子ども達の乳歯だけを集めて調べてみると、その他の子ども達よりもストロンチウム90の量が格段に高かったという。小児癌と原発との間にある因果関係を証拠づけるものである。実際、CDC(米国疾病管理・予防センター)が公表している癌統計を調べると、米全土で発生している乳癌の2/3は、原発あるいは核関連施設の100マイル以内の地域で発生しているという。また、北カリフォルニアの調査では、原発閉鎖後、小児癌の発生率は18%下がり、南カリフォルニアでは、原発稼働後、出産時死亡率が15%上昇、小児癌は75%も増加したという。原発と癌発生の因果関係は明らかである。
 最後にモレさんは非常に重要な話をされた。人種別の癌発生率を調べた結果、アジア人の発生率が一番低く、次に白人の順となり、黒人が顕著に高かったという。さらに、白人の癌発生率は先に述べたとおりの変動を示した一方、原発の閉鎖にもかかわらず、黒人の発生率は変動せず高いままだったという。アジア人の発生率の低さは、乳製品を摂取しないという食生活習慣から説明できるが、黒人の発生率の高さは何故なのだろうか。それは、原発周辺の牛乳が送り込まれてきており、黒人階層はこれを飲まされているからではないかとモレさんは述べた。これこそまさに「環境レイシズム」である。

 その後、モレさんは質疑に答えられた。被曝や放射能汚染の議論がタブーとなっている米議会で、「劣化ウラン反対」のために果敢に闘っている議員の活動が紹介された。また、ユタ州の先住民居留地に建設されようとしている「中間貯蔵」施設を巡る状況と、建設計画に対する闘いが語られた。モレさんは、市民が抵抗の声をあげ、闘うことが最も重要なことだと何度も強調された。そして「小さな人間でも大きな力を持つことができる」と冒頭の言葉に立ち返ってモレさんは講演を締めくくった。ヒバクシャ、先住民、弱者と被害者の側に徹底的に立つ戦闘的・良心的科学者の揺るぎない姿勢と言葉に勇気づけられた講演会であった。