ECRR2003年勧告:
1945-1989年の放射線被曝死は6160万人
被害の実態に基づいた画期的な放射線リスク評価の報告書
ICRPの線量体系とリスク評価を根底から批判
労働者の被曝限度を5mSv以下に、公衆の限度を0.1mSv以下に


 放射線リスク欧州委員会(ECRR)は、実際に生じている放射線被曝による被害に基づいて、国際放射線防護委員会(ICRP)と現行の法令を根底から批判する報告書を、1月末に公表した。ここではその要約版にしたがってこれを紹介したい。この報告書『ECRR2003年勧告 放射線防護のための低線量及び低線量率での電離放射線被曝による健康影響』は、まず、ICRPの方法論にある科学的欠陥を明確に指摘する。すなわち、原子力施設の周辺や事故後に問題となる長期間にわたる慢性的な内部被曝がもたらす影響の評価に、原爆のような短時間での急性の外部被曝の影響を、放射線作用の物理的モデルにしたがって、いわば機械的に単純外挿するICRPの方法論にある欠陥を指摘する。そして、放射線生物学における新しい発見とヒトの疫学調査からの最近の研究に基づいて、生きた細胞レベルにおける放射線作用と被曝集団に実際に現れている被害の両方に合致する放射線リスクの評価体系を創り出した。それによると1989年までの核実験や原子力利用と事故がもたらした放射能汚染は、6500万人もの人々の死亡原因になっているという。この報告書は、公衆の被曝限度を0.1mSv以下に引き下げ、労働者の限度も5mSvに引き下げることを勧告している。
 
ICRPを正面から批判する放射線リスク欧州委員会(ECRR)
 ECRRは、1997年に欧州議会のストラスブール会議での決議をうけて設立された。このストラスブール会議では、チェルノブイリの放射能により300万人の人々が汚染にさらされたという報告書がまとめられている。
 ECRRのメンバーには、議長であるクリス・バズビーやロザリー・バーテルなど、放射線の人体影響の分野で活躍してきた約30人の良心的で戦闘的な科学者たちが名を連ねている。低線量被曝の人体影響を最初に確証した故アリス・スチュワートもその1人であり、彼女は初代議長を務めていた。ECRRは1998年から、ICRPによる現行の放射線リスク評価モデルについての検討を開始し、その批判作業の中から対抗する新しいリスク評価モデルを創り出した。ECRRは、これを通じてICRPのリスク評価体系を正に根底から批判する。ICRPが内輪で選出され原子力産業に極めて近い団体であるとしてその基本姿勢を批判し、功利主義的な損益-便益計算に基づいて被曝を正当化し、環境への放射能放出を認めていることを、倫理と人権思想に立ち入って批判している。この批判はICRPの主張を長きにわたって無批判に受け入れてきた各国の放射線規制の当局や関連する法律制定に関与する人たちにも同時に向けられたものである。この報告書は、住民の側、被害者の側にあって、長きにわたる彼ら彼女らの活動の集大成、あるいはその第1章ともいえるだろう。

低線量・低線量率の内部被曝の危険性を明確にしたリスクモデル
チェルノブイル原発事故の被害やセラフィールドにおける小児白血病の群発を前にしてICRPと原子力推進側は、それを放射線被曝の結果であると認めようとしない、あるいは、しなかった。ICRPのモデル計算に合わないからである。しかし、セラフィールドにおける実際の症例とICRPの評価には実に100倍ものひらきがある。誤差だとしてすまされる違いではない。まずは事実から出発すべきであって、自身のモデルと食い違うことを理由に疫学調査の結果に疑問を呈し、被害者を切り捨てるなど本末転倒である。ICRPの姿勢は「逆立ち」している。ECRRは、生物学、遺伝学、ガン研究における最近の諸発見は、ICRPのDNA標的モデルが放射線リスク評価の信頼に足りる基礎ではあり得ないことを示しており、放射線の影響を単位質量当たりの付与エネルギーに還元する「吸収エネルギー」では細胞レベルでの危害の結果を正確に評価するのは困難である、このような物理モデルを疫学研究よりも優先的に取り扱ってはならない、と主張する。
 ECRRはICRPが排除してきた疫学データを放射線リスクを評価する基礎にすえ、最近の研究から内容の充実した多くのデータを引用している:チェルノブイリ原発事故の影響、セラフィールド近郊での慢性的な小児白血病の過剰、湾岸戦争とバルカン紛争において劣化ウラン弾の粉塵に被曝した退役軍人の悪性リンパ腫、1959年から1963年の大気圏内核実験がピークだった時期に青春期を過ごした婦人に見られる乳ガン等々。ECRRは、ICRPモデルの欠陥を大胆に修正し、原爆による外部被曝とは異なる、内部被曝に固有の生物及び生物物理学的な様相にしたがって危険性を荷重する、新しいリスク評価モデルを創り出した。

6500万人もの死をもたらした被曝
ECRRモデルでのリスク評価は、1959年から1963年にかけて世界中で行われた大気圏内核実験や、原発や再処理工場など核燃料サイクル施設の稼働により放出された大量の放射能により、癌やその他の健康被害など人々の健康被害が明らかに増加していると結論する。具体的には、1945年から1989年までで、6160万もの人々が被曝による癌で死亡しているという。ICRPのリスク評価モデルで計算すると、その数は117万人である。ECRRによれば、さらに160万の子ども達と胎児190万人が放射線被曝のために亡くなっている。
 ECRRで以上の検討を踏まえ、公衆の被曝限度を0.1mSv以下に、また原子力産業の労働者の被曝限度を5mSvに引き下げるよう勧告している。また、ECRRは、放射能の放出について、どれほど線量が小さくても、放射線被曝は致死的な危害を与える確率を持つため、決して倫理的に正当化できないと主張している。そして、住民全体に及ぶ危害の総和を評価するために「集団線量」を算出すべきだと主張している。

 ECRRはセラフィールド再処理工場から放出される放射能は、従来の評価よりも300倍危険だとしている。この報告書を基礎にして、アイルランド国内からは政府に対し、イギリスへのセラフィールド閉鎖圧力を強めるべきだという声が起こっている。
私達は、ECRRの貴重な仕事に敬意を表すと同時に、報告書の精神と内容を学んでいきたい。六ヶ所再処理工場の運転開始を止めさせるためにこの報告書を活用したい。