美浜の会ニュース No.70
  12/20保安院と交渉
  …保安院は東電のメッセンジャー…


 1978年の第6回定検当時、福島第一原発1号機の定検作業に従事した数百・数千人の労働者達は、確実にプルトニウム等を吸い込んでいる。建屋がアルファ核種で汚染していることも知らされぬまま労働を強いられてきた。新たなデータに基づき、このことをはっきりさせるために保安院との交渉を行った。
 12月20日、東京・新潟・大阪から12人が参加して保安院との交渉を行った。私達を含む福島・新潟・東京・京都の14団体で提出していた「福島第一原発1号機の定検作業でアルファ核種を吸入し内部被ばくした可能性に関する調査要請書」[別紙参照]への回答を得るためである。保安院からは、安全審査課の水元氏、安全管理課の柳生氏・吉田氏の3名が出席した。参議院議員会館第4会議室で、午後2時半から約2時間の交渉となった。交渉は社民党福島瑞穂議員の仲介で実現し、秘書の竹村英明氏が同席された。
 交渉の第一の焦点は、第6回定検時(1978年当時)原子炉建屋内がアルファ放射能でひどく汚染されていたことを確認させることであった。保安院は、このひどい汚染状態については基本的に認めた。しかし同時に、「全てマスクをしていたから問題なし」等と、自ら資料を確認することもなく、東電の言い分をそのまま繰り返す無責任ぶりであった。交渉の内容を暴露・宣伝し、ねばり強い運動を作り上げていこう。

新しい資料が示す 原子炉建屋内のすさまじいアルファ汚染の実態
 前回の「美浜の会ニュース」で紹介したように、9月27日、当会に「福島第一原発の排気筒から毒性の強いアルファ放射能が放出されていた」という内部告発が届いた。これと同じものが、数日前の9月24日、保安院にも寄せられていた。そして保安院は12月4日に、この「申告」(内部告発のこと)に対する見解を発表した(以下、12/4報告書という)。申告内容は事実であるが、法令違反でもなく安全上も問題なしというものである。
 他方私達は、1978年9月1日から始まった第6回定検時の放射能測定値が記載された、新たな内部告発資料を受け取った。そこには、原子炉建屋などの空気中アルファ核種濃度とガンマ核種濃度、同じく壁や機器に付着した放射能の程度を示すアルファ核種表面密度やガンマ核種表面密度が詳細に記録されている。これらの測定値は、原子炉建屋全体がすさまじい放射能汚染状態にあったことを示している。例えば、格納容器内では、作業中は常時全域で許容濃度の5〜50倍程度。特に高い場合は、許容濃度の5万倍にも達している。作業者の待機場所でもあった原子炉建屋1階の機器搬入口前では、アルファ核種濃度は許容濃度の約350倍にも達していた。
 同時に私達は、第6回定検当時、福島T−1原発で働いたことのある人から話を聞いた。上記建屋1階の機器搬入口前ではマスクなどつけていなかったし、建屋がアルファ核種で汚染されていたことなど聞かされてもいなかったという。
 また福島・新潟・東京の市民団体と共同で、東電に対し2回の資料公開要求書を出し、1978当時の排気筒からのアルファ核種放出実績のグラフを入手した[別紙参照]。
 私達はこれらを12月1日の学習会で公表し、翌日、新聞がこの問題をとりあげた。そのため保安院は、12月2日から、3回にわたって東電から事情を聞いたという。こうして20日の交渉となった。

12/4保安院報告書 −アルファ放射能放出の重要性を覆い隠す−
 交渉ではまず、保安院の12/4報告書の問題点を追及した。なぜアルファ核種が放出されたのか、その原因等について一切ふれてないのはなぜか。これに対しては、「申告」内容は排気筒から出ていたということだけであり、その原因などにはふれていない。「申告外」だから「調査対象外」を連発する官僚答弁に終始した。とにかく問題を細切れにし、東電と自らに不利な問題は取り上げないという姿勢である。参加者からは怒りの声が飛んだ。「内部告発者が巨悪の全体を知りうるはずがない。知り得たその一部を告発してきたのに、その核心に迫ろうとしないとはどういうことだ」。しかし水元氏は相も変わらず「申告外ですから」を繰り返す。これでは、内部告発者の危険をおかしてまでのせっかくの意思を踏みにじることになる。
 12/4報告書では、調査対象範囲を79〜83年としながら、「当時、東京電力から資源エネ庁に対しなされた報告には、アルファ核種についての放出実績は含まれていない」と書かれている。しかし東電は、私達に対し82年から国に報告していると述べていた。さらに交渉でも、保安院は「東電の文書には82年から報告と書いてあった」などと小声で話し始めた。そうなると83年まで放出実績なしとの12/4報告書は虚偽報告となる。福島瑞穂議員事務所を通して、保安院が持っている「東電文書」の資料提出を要求することとなった。

「許容濃度の1万倍のアルファ核種を放出してもいい」保安院
 12月4日報告書の結論である、「法令上も安全上も問題なし」の根拠はこうだ。法令で定められている敷地境界での許容アルファ濃度は、原発管理区域での許容濃度の1/10(2×10−14μCi/?)である。保安院に「申告」があった79年当時の排気筒からのアルファ放出濃度は、最大値で3×10−13μCi/?(これは管理区域許容濃度の1.5倍)。この数値を使って敷地境界での濃度を計算すると法令で定められた許容濃度(2×10−14μCi/?)の「1万分の1」になる。だから問題なしというものだ。
 排気筒からは管理区域の許容濃度の1.5倍のアルファ核種が放出されても、敷地境界ではなんと法令の「1万分の1」。ここにはいくつかの問題点・矛盾がある。
 まず、「1万分の1」は、敷地境界の地表面での濃度を採用したという。しかし、地表面での濃度を採用することが告示などに明記されているのかと問うと、「明記はされていない」「通常そうしている」と言うだけ。
 それならば、「1万倍のアルファ核種が放出されなければ法律違反にもならないということか。出してもかまわないということか」と追及すると、水元氏は平然と「そういうことです」と認めた。
 このことは、敷地境界で、すなわち一般住民がマスクもつけずに行き来する場所でも、管理区域の許容濃度の1/10という高濃度の汚染にならない限り、法令上も安全上も問題なしとする見解である。原発内部ではマスクをつけて作業をするほどの汚染が敷地境界で確認されない限り、問題なしという。住民のプルトニウム等による被ばくを公認していることになる。このようなことが福島県民に知らされているのだろうか。
 同時にこれは、建屋内でも1万倍の汚染を許すということになる。これは建屋に1歩も近づけないほどの汚染だ。こんな論理がまかり通っているとは!

建屋内のアルファ汚染が許容濃度を超えているのは、「法令違反」ではないのか
 建屋内で高濃度のアルファ汚染があったことは、保安院も認めた。当初は、「東電に聞いたところ、当時の汚染測定記録は、あるものとないものがあり、ほとんど存在していない」と言って逃げようとしていた。しかし、78年当時の排気筒からのアルファ放出のグラフは東電からもらっていると認めた。このグラフでは、管理区域許容濃度の5倍ものアルファ核種が放出されている。排気筒は1・2号機供用である。排気筒濃度は、アルファ核種に汚染されていない2号機の空気とも混ざっているため、1号機の建屋内が許容濃度をはるかに超える汚染状態にあったことを示している。この点については、保安院もはっきり認めた。
 保安院は、上記に述べたように、敷地境界では法令で定められている濃度を超えない限り法令違反にならないと言っていた。それでは、建屋内で法令で定められている許容濃度以上の汚染が存在していたのだから、法令違反であり安全上も問題があるではないかと追及した。すると、今度は黙ってしまい、しばらく小声でなにやら相談しながら、「今日のところははっきり分かりません」と答えるのみ。東電からしきりに「違反はない」とレクチャーされていたのだろう。東電を弁護するためには「法令違反」とも言えず、自ら論理破綻をきたして何も答えることができなくなった。後日正式回答を得ることになった。

「マスクをしていたから安全」の根拠は、自ら確認もしていない「放射線作業許可書」
 保安院は、東電から得た回答として以下のように述べた。「測定記録はないが、当時の『放射線作業許可書』が存在するので、東電がそれを全て調べたが、建屋1階エリアでの作業時は全てマスクをしていた。そのため内部被ばくはなく、作業員の被ばく量は全て法令で定められている50mSv以下であることを確認している。78年から最大線量の報告を受けている」。
 これは全くのごまかしである。まず、建屋内の測定記録について、「ほとんどない」というのはウソである。東電は、私たちの質問に対し、「資料が膨大なので出すのは勘弁してほしい」と回答している。「資料がない」とは言っていない。このことを追及すると、保安院は否定もせずに「そういう話は初めて聞いたので確認してみる」と述べた。
 さらに、「マスクをしていたので内部被ばくなし」の根拠としている「放射線作業許可書」に関しては、保安院は自らその資料すら見ていなかった。「見てないので、何が書いてあるのかも知りません。ただ、作業毎に、エリアとマスク着用が書かれていると言うことなので、1階エリアでの作業ではマスクをしていたと東電が言っている」と言うだけだ。「放射線作業許可書」は、ある場所での作業でマスク着用などが書かれているだけで、実際マスクをしていたか、1階全てでマスクをしていたのかの確認にはならない。保安院も「どのエリアかなど具体的なことは分からないかもしれませんが」と自信なげに答えている。要するに、「東電がそう言っているから」問題なしと言うだけだ。

マスクをはずす時には、「短時間だがアルファ核種を吸い込んだ可能性はある」
 保安院は、「作業中はマスクをしていたから大丈夫」と言いながら、同時に「一部エリアでは、アルファ核種を吸い込んだ可能性はある」と認めた。少なくとも、マスクをはずす時、通過する時である。
 マスクは建屋1階にある「更衣スペース」ではずす。長方形の木のバリアが置いてありビニールシートが敷いてあるだけの場所だ。作業員はここでマスクや赤服などを脱ぎそれぞれ専用の箱に入れる。上下の下着と靴下だけになり、長靴を履き替え、建屋1階のエアロックから出ていく。このマスクをはずす時にアルファ核種を吸い込むのだ。
 当時のルポや写真集などでの証言では、例えば、建屋4階のC区域で作業した労働者は、4階建屋にある「更衣スペース」で赤服やマスクをはずし、エレベータで1階まで降り、建屋のエアロックから出ていく。エレベータは「機器搬入口」の近くにあり、そのあたりをマスクなしで通過するのである。この時にも労働者はアルファ核種を吸い込む。
 しかし保安院は「短時間ですから」を強調する。原発内の労働は汚染が激しい場所では、3分・5分の短時間作業だ。時間が短いからと言って免罪されるものではない。
 さらに、当時福島原発で働いていた人の話では、建屋1階の「機器搬入口」では、入ってきたトラックにドラム缶等を積み込み作業などを行うが、マスクなどしていなかったという。そして、私達に届いた2度目の内部告発では、労働者が待機しているこの「機器搬入口」前で、アルファ濃度は、許容濃度の約350倍にも達していることが記されている。

マスク適用基準はガンマ核種の濃度
 さらに保安院は、「通常、建屋内でマスクをすることはないようですが、福島T−1原発では建屋1階はB区域(管理区域:黄服・マスク着用なし)とC区域(汚染管理区域:赤服・マスク着用)ばかりで」と言い出した。格納容器内がC区域であるのは当然だが、原子炉建屋がC区域とは、いかに汚染がひどい状況であったかを自ら吐露している。
 そもそも当時のマスク適用基準は、ガンマ核種による汚染濃度によって決められていた。原発の通常運転で建屋内がアルファ核種で汚染されることなど想定されていなかったからだ。保安院も自信なげに認めた。
 新たな内部告発資料の測定データによれば、建屋1階では、ガンマ核種の濃度はマスク着用基準を下回っていても、アルファ濃度は許容濃度を超える場合が、高い頻度で存在している。当然マスクなしで作業し、知らないうちにプルトニウムなどを吸い込んだに違いない。これらは全く考慮されていない。

国に報告されている被ばく線量にはアルファ線による内部被ばくは含まれていない
 保安院の最後のよりどころは、「国に報告されている被ばく線量が50mSvを超えていないから大丈夫」というものだ。保安院は「ホールボディ・カウンターで内部被ばく線量も含まれている」「ガンマ線の被ばく量からアルファ核種による被ばくを換算している」と述べた。しかし追及されると、ホールボディ・カウンターではアルファ核種による内部被ばくは測定できないことを認めた。

アルファ放射能による汚染の原因は、第6回定検で見つかった燃料棒ひび割れ
 そもそも、建屋全体に及ぶアルファ放射能による汚染の原因は何なのか。これに対して保安院は、78年の第6回定検で見つかった燃料棒6本のひび割れ事故であることを認めた。「燃料棒のひび割れからウランやプルトニウムが冷却水中に溶けだし、定検で原子炉容器・格納容器のふたを開けるため汚染が広がった。ひび割れは、ペレットが鼓状になり角が被覆管と接触したためで、当時は海外でもこのような事例が起きている」という。この燃料破損事故は、法令に基づく事故として、国に報告されている。にもかかわらず、肝心のひび割れの程度などを示す資料等は何も確認していない。この資料は、後日提出することになった。
 被覆管のピンホールやひび割れだけではアルファ核種が放出されることはない。セラミック状に焼き固められたペレットが壊れ、放射能が放出されるには、とりわけ不揮発性のプルトニウム等のアルファ核種が放出されるには、燃料が高温で融け出すほどの事故でなければあり得ない。保安院は、ここでも、真実を隠している。

ねばり強い運動で、東電・政府の責任を追及していこう
 結局、保安院の結論は、「50mSv以上の被ばくは確認できないので、東電に責任はない」。アルファ汚染が記されている「第6回定期検査報告書」は、「保存期間が5年なので国にはない」とし、自らの責任も回避した。自らに都合の悪い資料は存在せず、で居直っている。東電から話を聞いただけで資料を確認することもなく、「問題なし」。これが保安院の「調査」である。交渉の最後に、参加者から「保安院は誰を守っているのか、東電を守っているだけだ」と厳しい批判がなされた。保安院は、まさに東電代理人さながらである。
 しかし、資料が存在しないからと言って、内部被ばくが消えるわけではない。苦しみがなくなるわけではない。少なくとも第6回定検当時福島第一原発1号機の定検作業に従事した数百・数千人の労働者達は、確実にプルトニウム等を吸い込んでいる。建屋がアルファ核種で汚染していることも知らされぬまま労働を強いられてきた。まさに犯罪そのものである。プルトニウムは肺や骨に沈着し、20年以上を経た現在でもアルファ線を放出し、人体をむしばんでいるに違いない。
 労働者被ばくの問題は、電力と政府にとって最大の恥部である。だからこそ、あらゆる手段を使って被ばくの実態をもみ消し、闇から闇へと葬ってきた。
 しかし、新たな内部告発は、この被ばく労働の実態を、建屋内のアルファ汚染の実態を初めてデータで裏付けるものである。12月20日の交渉で保安院は、当時原子炉建屋内がアルファ核種でひどく汚染されていたことは認めた。これまで被ばく労働問題に取り組んでこられた方々から学びながら、ねばり強い運動で、被ばくの実態を明らかにしていこう。
 東京の市民団体は、12月25日にこの問題も含めた東電交渉を行う。福島現地でも、破損した燃料の写真等を公開するよう要求し、追及が始まっている。この破損燃料棒は、今も福島T−1燃料プールに保管されている。それぞれの運動を連携させ、労働者被ばくに関する、東電と政府の責任をねばり強く追及していこう。


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