セラフィールド再処理工場による海洋汚染の実態
消えない放射能汚染−90年代半ば以降、
定常状態となっているセシウム137の濃度

セシウムの濃縮係数はセラフィールドでは最大180、
六ヶ所申請書は30=大幅な被曝の過小評価
アイルランド放射線防護研究所 報告書・データ 1982〜2001


 六ヶ所再処理工場の運転開始と、それがもたらす海洋汚染の危険が差し迫っている。六ヶ所再処理工場が動き出せば、どれほど海が汚染されるのか、その姿を実態に照らしてリアルに描き出すため、アイルランドから、20年分の報告書とデータを入手した。
 アイルランドの公的研究機関であるアイルランド放射線防護研究所(RPII:Radiological Protection Institute of Ireland)は、アイルランド周辺海域の魚介類・海草、海水、海底堆積物中の放射能濃度を、1982年以降現在まで、20年間に渡って継続的に測定している。私たちが入手したのは、このモニタリング・データをまとめた報告書『アイルランド海洋環境の放射能モニタリング※1』である。
 ニュースNo.63の記事では、放射能、特にプルトニウムがアイリッシュ海の海底堆積物中に蓄積されており、その蓄積したプルトニウムが新たな放出源となって、アイリッシュ海を汚染し続けていることを、イギリス側のデータを用いて示した。今回入手したアイルランドのデータも、イギリスのデータと同様、汚染の持続という事実を示している。そして今回はさらに、放出源から約200km離れたアイルランドでも、汚染のレベルは大幅には減少しないこと。海水から生物への濃縮係数が、六ヶ所申請書で想定されているものよりも大きいことが、新たに明らかとなった。六ヶ所再処理工場が、代表的な核種であるセシウム137を、セラフィールドと同程度放出するとすれば、魚類中のセシウム濃度は、六ヶ所近辺では現在の環境放射能レベルの100倍以上、釜石のさらに南でも、約20倍に上昇する。また、イギリスやアイルランドでの生物濃縮の実態に則せば、セシウム137の被曝線量は、六ヶ所申請書における評価の6倍となる。
※1:『アイルランド海洋環境の放射能モニタリング』として公表されているのは、1982年〜1999年までで、2000年と2001年分については、モニタリングのデータのみが公表されている。

(1)消えない放射能汚染−90年代半ば以降、定常状態となっているセシウム137の濃度
 アイルランドの人口集団全体に対する最大の被曝源となっている核種は、セラフィールド再処理工場から放出されたセシウム137である。人工放射線源からの被曝の約60%がこの放射能によるものである。RPIIはセシウム137を「支配的な核種」と位置づけ、「線量計測において、最も大きな重要性を持っている」としている。しかし、アイルランドの人々の最大の被曝源であるセシウム137の放出量は激減しているにもかかわらず、その減少度合いから期待される程には、環境中の濃度は下がっていない。依然として高い水準を維持し続けてている。
 アイルランドでの継続的なモニタリングが開始された1982年から現在(2000年)まで、セラフィールド再処理工場から海洋へと放出されるセシウム137の量は、2000兆ベクレル(Bq)から6.9兆ベクレル(Bq)へと約1/300に減少している※1。しかしその一方で、魚介類・海草中のセシウム137濃度の減少の度合いは、約1/30〜1/40程度にとどまっている。例えば、アイルランド東海岸(Clogherhead)で採取されたタラにおけるセシウム137濃度は、1982年の62.7Bq/kgから、1999年の1.78Bq/kgと、その減少度合いは、約1/35である。また、RPIIが報告書の中で「1990年代半ばから相対的に安定している」と述べているように、ここ数年間、セシウム137濃度の低下は鈍化、あるいは定常状態(平衡状態)に近づいている。放出量の減少割合に照応しない、生物中の汚染レベルの減少の鈍化、横ばい状態は、セラフィールド周辺海域で見られた現象とまったく同じである。
※1:スコットランド環境保護庁(SEPA)"Radioactivity in Food and the Environment, 2000 (RIFE-6)"




(2)堆積物中に蓄積したセシウムが新たな放出源となって海水を汚染し続けている
 魚介類・海草中のセシウム137濃度が下がらない原因は、堆積物中に蓄積したセシウムの海水への再移行が続いているからである。セラフィールドからの直接の放出ではなく、過去の放出によって堆積物中に蓄積したセシウム137が新たな放出源となり、アイリッシュ海の魚介類を汚染し続けているのである。このメカニズムも、セラフィールド周辺海域のプルトニウム汚染と同じ原理である。
 堆積物中の濃度の減少は、測定が開始された1985年以降、どの測定点でも減少幅は数分の1程度にとどまっており、同じ期間の放出量の減少度合いと比較して、その減少スピードは緩やかである。測定点によっては、濃度が上昇している場合もある。例えば、東海岸沖合(下図のN5)で採取された堆積物濃度の減少は、1985年の344Bq/kgから2000年の96.7Bq/kgと約1/4にとどまっている。東海岸のBalbrigganでは、1988年の9.9Bq/kgから2001年の11.7Bq/kgへと逆に上昇している。そして、それに照応して、海水中の濃度の減少も、数分の1〜1/10程度にとどまっている。堆積物中のセシウム137濃度が比較的不変、つまりセシウム溜まりとなり、これが海水へと移行していくことで、海水濃度を高止まりさせ、さらに、そのことによって生物中の濃度の減少を緩慢なものにしているのである。RPII報告書はこの事実を指摘し、「歴史的放出の堆積物からの再移行は、今や西アイリッシュ海からの海水中のセシウム137の重要な起源となっている」と述べている。




(3)セラフィールドから200km離れていても、バックグラウンドの約20倍の汚染レベル
 セラフィールド再処理工場から、魚介類のサンプリング地点となった、アイルランド・ダブリン近郊の沿岸地帯までの距離は約200kmである。距離による放射能の希釈と汚染の減少を見るため、同一生物種につ
いて、セラフィールドとアイルランド東海岸を比較してみると次の通りになる。



 (b)/(a)は、距離による放射能濃度の減少の割合を示すものである。つまり、放出源から200km離れていても、魚類あるいは海草中の濃度の減少度合いは1/10程度、海水で1/5程度ということになる。セシウム137の汚染はかなり遠方まで減少しないことが分かる。
 また、セシウム137の濃度を、環境放射能レベル(セシウム137は人工放射性核種であるが、核実験等によって「自然」状態でも、バックグラウンドとして検出される)と比較してみよう。日本におけるセシウム137の環境放射能レベルは、魚類・海草で0.1〜0.2Bq/kg。海水で0.002〜0.003Bq/kgである。従って、セラフィールド沿岸での魚類中のセシウム濃度は、日本における環境放射能レベルの140倍程度、アイルランド沿岸では、20倍となる。
 六ヶ所再処理工場を起点に考えた場合、200kmといえば、釜石のさらに南となる。海流等の条件を一切無視した、かなり大雑把な類推だが、六ヶ所再処理工場が、セラフィールドと同程度の放射能を放出するとすれば、六ヶ所近辺では現在の環境放射能レベルの100倍以上、釜石のさらに南の辺りまで離れても、20倍程度のセシウムが魚から検出されることになるのである。


(4)海水から魚類への濃縮係数は、セラフィールドで最大180、六ヶ所申請書は30
 濃縮係数とは、生物1g中の放射能量を、その生物が棲む海水1g中の放射能量で割ったものである。つまり、海水から生物へと、放射能が何倍濃縮されるかを示した数値である。
 アイルランドの代表的な魚類のサンプルであるタラで計算すると、濃縮係数は45〜155、平均で83である※1。また、セラフィールドの魚類サンプルの場合は、濃縮係数は44〜180、平均82となる※2
 ところが、六ヶ所申請書を見ると、海産物の摂取による被曝線量の評価で用いられている、セシウムの魚類における濃縮係数は30となっている。アイルランドやセラフィールドでの実際の数値よりもかなり低い。
 申請書では保守側に取ったとしているにもかかわらず、セラフィールドやアイルランドの実態の数分の1というのは明らかにおかしい。また、各機関等の採用している数値と比較しても、申請書の濃縮係数は低すぎる。古い研究では、Freke(1967)の30や、Thompsonら(1972)の30という申請書と同じ低い数値も見つかるが、現在、各機関が採用している海水魚に対する濃縮係数は、NRCが40、IAEAが100である。またその他、Poston(1988)も100を推奨値としている。
 再処理工場による被曝影響を考えるならば、少なくとも、セラフィールドでの実測値を用いるのが当然である。ところが、六ヶ所申請書は、IAEAやNRCよりも低い、最低の数値を採用しているのである。意図的な被曝影響の過小評価という他ない。もし、セラフィールドで観測された濃縮係数の最高値180で考えると、六ヶ所申請書のセシウム137の被曝評価は、単純に1/6の過小評価となるのである。
 もし六ヶ所再処理工場が動き出せば、申請書の想定する被曝どころではない。少なくとも6倍もの被曝がありうるということを、セラフィールドとアイルランドの実態は示している。セラフィールド、アイルランドでの汚染の実態に則して、セシウム137をはじめ、トリチウムやプルトニウム等、あらゆる核種について、被曝線量評価をやり直すべきであろう。
※1:RPII報告書の海水モニタリングデータ(1985〜2000)の平均と、タラ(Howth)のデータから計算。最大値は1985年の海水0.23Bq/kgに対してタラ35.6Bq/kg、35.6÷0.23=155。
※2:イギリスDEFRA(Department for Environment, Food & Rural Affairs)報告書「UK Strategy for radioactive discharges 2001 - 2020」中の、セラフィールド地区における濾過海水中の濃度データと、魚類中濃度のデータから計算。最大値は1986年の海水0.5Bq/kgに対して魚類90Bq/kg、90÷0.5=180。



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