JCO臨界被曝事故で周辺住民や作業員に染色体異常が見つかっていた
染色体異常分析結果は
被ばく線量と中性子線線質係数の過小評価を示す


JCOの作業者や住民に染色体異常が見つかっていた
 一昨年(1999年)9月30日に発生したJCO臨界被曝事故で、被曝を強要されたJCO作業員や周辺の住民、救急作業に当たった消防士ら43名から採血が行われ、血液中リンパ球の染色体異常が分析されていた。全体的傾向として、染色体異常から求められた被曝線量は、旧科技庁が算出した被曝線量よりも高くなっている。染色体分析は「生物学的線量評価法としては最も感度が高く、いろいろな事故被曝に適用されてきた」という。具体例を上げると、旧科技庁が9.7mSvとしたあるケースでは、31.7mGy-Eq(下限値0、上限値117.1 mGy-Eq)、同様に、16.0mSvとされていたものが、同分析からは80.9mGy-Eq(下限値26.3、上限値155.2 mGy-Eq)となっている(被曝線量の単位としてmSvとmGy-Eqとが使われているが、線量体系が妥当であれば同じになるはずのもの、と理解しておいてよい)。
 この研究は京大・放射線生物研究センター・佐々木正夫・元教授らによって行われた。氏はJCO事故の健康管理検討委員会の主査代理をつとめた人物であった。「50mSvだったら...たばこを10日間に1本吸うぐらいだ」、(放射線影響が現れる線量について)「5mSvは私は要らない。50から以下と。どうせ100mSvだってもう同じなんです。」といった同委員会での氏の発言に怒りを感じた人は多いだろう。
 しかしこれと同時期に、(染色体分析の)「検出感度としては30〜100ミリシーベルトとされている。今回の事故による事業所職員や近隣住民の推定被曝線量を考えると検出は厳しいものであることが予想される。しかし、中性子の生物効果という未知要因があることを考えると検証の必要があると考え、染色体調査を実施した」と氏は記している。そして「中性子の生物学的効果に関する基準は見直すべき段階にきているといえる。」と断定している。ひとりの人間の中にまるで正反対の2つの人格を見る思いであるが、ここでは、氏の分析結果に注意を払うこととした。

染色体分析は旧科技庁の被曝線量の過小評価を暴いている
図1の横軸は、ある染色体分析を受けた人に対して、旧科技庁が示した被曝線量(実効線量当量でICRP1985年パリ声明を無視している)であり、縦軸は佐々木氏らによる染色体分析から求めた線量である。後で詳しく述べるが、両者の値が等しい場合にはデータ点は実線(RBE=10)上に存在することになるが、実際、実線より上側にも多く存在している。このことは染色体異常が確認された多くのケースで、生物学的線量評価方法が相対的に大きな値を与えていること、すなわち、それを基準とすれば旧科技庁が決めた被曝線量が過小評価になっていることを意味する。
 実効線量当量は、ICRP(国際放射線防護委員会)がその1977年勧告で提唱した放射線被曝による晩発性障害のリスクの大きさを表すために導入した量であり、その単位はシーベルト(Sv)である。放射線が、ある人に単位質量当たり(1kg当たり)1ジュール(J:ジュールはエネルギーの単位)のエネルギーを付与したとき、それは1グレイ(Gy)の被曝とよばれる。その千分の1を1ミリグレイ(mGy)としている。ガンマー線の場合にはこのグレイをそのままシーベルト(Sv)に読み替える。しかし、中性子線やアルファ線ではグレイの値が同じでも生体に与える効果がずいぶん大きい(すこぶる危険である)ことが知られていた。そこで中性子線の場合には線質係数Qという定数をグレイに掛けてシーベルトを算出するとICRPは定義した。1977年勧告当時は、速中性子に対してQ=10であるとされた。すなわち1Gyの中性子被曝は10Svになる。旧科技庁の線量評価は、この1977年勧告に完全に従ったものである。
 この先は佐々木氏に語っていただく。「中性子の人体影響については、従来は広島における原爆中性子が唯一の拠り所であったが、これも1986年の原爆放射線の見直しによって、広島原爆放射線における中性子の寄与は無視できるほどの量であるという結論になり、中性子の人体影響評価の基準は消滅した」。氏は「基準は消滅した」と言い切っている。彼に従えば1977年勧告には、すなわち、旧科技庁の線量評価には根拠が無いと言うことになる。もちろんICRPも黙っていたわけではなくて、1985年に線質係数を2倍せよ(すなわちQ=20にせよ)というパリ声明を出した。ところが旧科技庁はこれを無視したのである。ICRPは1990年に新しい勧告を出し、実効線量当量に代わって実効線量が、線質係数に代わって放射線荷重係数が採用された。しかし氏よれば、「(ICRPは)中性子の実効放射線荷重係数を推定している。これには最近になり、実験データの面から疑問も投げかけられている」。1990年勧告では実際上Q=20となっているのであるが、これでも不十分であると氏は繰り返し強調している。

中性子の生物効果比はRBE=10ではなくてRBE=40〜50

 線質係数とか放射線荷重係数といった値は放射線防護上の管理に係わる値であり、直接に生物学的効果を見る値ではないとされている。同じ生物効果をもたらすガンマー線によるグレイ値と問題とする放射線とのグレイ値との比はRBE(生物効果比:Relative Biological Effectiveness)と呼ばれる。しかし、人体への放射線影響を議論する場合には、過去の勧告が示す線質係数QよりもRBEにこそ注意を払うべきである。
 先ほどの図に戻ろう。縦軸の線量はガンマー線による被曝線量に換算した場合のグレイ値である。旧科技庁は1977年勧告に従ったのでQ=10であり、これは事実上RBE=10のことである。中性子線の1mGyはガンマー線の10mGyに相当すると見なされ、10mSvの被ばくとされる。それが妥当であれば、データはRBE=10と記した直線上(実線)に並ぶ。しかし、そのようにはなっていない。特に25mSvよりも低い低線量域では、RBE=20(破線)あるいはRBE=40(点線)かそれ以上の場合に対応する結果になっているのである。
 佐々木氏は「現行の防護基準としてはRBE=10、また国際放射線防護委員会の1985年パリ声明ではRBE=20がある。国際放射線防護委員会1990勧告では、最大値をRBE=20として中性子のエネルギー低下とともにそれより低い値が採用されている。しかし、低線量被曝の影響評価には極限RBE(線量が限りなく小さくなった場合のRBE)が重要となってくる。我々は核分裂中性子の実験から、この極限RBEは50〜60という値を得ている。今回の被曝住民における高い染色体異常の調査結果はこのような高いRBEとして理解できる。最近Schmidらは565keV中性子の極限RBEとして76という値を報告している。放射線防護の基本となる基準が低線量被曝であることを考えれば、中性子の生物学的効果に関する基準は見直すべき段階に来ている。」としている。

線量評価のやり直しと健康管理の保証実現のために
 線質係数がQ=10ではなくてQ=40になるとすれば、それまで1mSvと考えられていた被曝は4mSvということになる。また、Q=76とすれば、1mSvは7.6mSvになる。JCO臨界被曝事故に即して言えば、推定被曝線量はこの比率で跳ね上がり、1mSvの被曝圏もそれに応じて拡大するのである。このようなことを日本政府が、ICRPが、原子力産業の側が、容易に認めるとは考えられない。しかし、2人の労働者が死に追いやられ、住民が、作業者が、救急隊員が中性子に被曝させられた結果として浮かび上がったのはこのような事実なのである。
 放射線あるいは放射線生物学の専門家が、JCO事故以前に考えていたよりも中性子は格段に危険な放射線であることがここに明らかになった。我々としてはこのような新しい知見も取り込んで、政府に被曝線量評価のやり直しを求め、事故被害者の長期的な健康管理とその保証を求めるために役立てたいと考えている。


<参考文献>
(1) 佐々木正夫ら(2000)「被曝住民の健康管理のあり方と国際基準 -放射線生物学の立場から-」長崎医学会雑誌75巻, 118-120. (2) 佐々木正夫ら(2000-3)「臨界事故の環境影響に関する学術調査研究 II. 人体影響評価」科研報告書, 98-115. (3) 「バイオドシメトリ -人体の放射線被曝線量推定法-」日本アイソトープ協会(1996).



トップ