| 2005年7月号 新連載:移住者ネットワークのいま @デカセギ旅行社のいま 丹野 清人 (首都大学東京・都市教養学部) |
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ここで取り上げる旅行社は、筆者が2004年の10月にサンパウロで聞き取りをしてきた旅行社の一つである(以下A社とする)。筆者は、1998年に初めてA社を訪問して以来、1999年、2000年、2002年、そして今回と5回訪問している。横浜市鶴見区にあるA社の支店には、2ヶ月に1度は顔を出して最新のデカセギ事情を聞いてきた。A社は、デカセギ旅行社としては老舗で、サンパウロでは「デカセギのチャンピオン」とも呼ばれている。 デカセギ旅行社として四半世紀以上の歴史を持つA社は、現在、デカセギ関係のビジネスを手広く営んでいる。A社は、航空券販売業を営むA旅行社、航空チケットとは別に就労先の手配を行うAS社、不動産事業を主に営むI社、経営コンサルタント業であるC社、そして建築・建設業を営むD社の5社が有機的に関連することで、ひとつのグループ企業として経営活動している(以下、A社グループとする)。 A旅行社では、日本行きのチケットをおよそ1,400ドルで販売している。AS社で就労先を紹介してもらうと、航空券込みで2,600〜2,800ドルぐらいが標準的な料金になる。この価格設定は、決して安くはない。沖縄系の旅行社は一般にデカセギ料金(航空チケット+職業紹介料)が高い。非沖縄系の旅行社(本土出身者経営の旅行社)では、2004年10月時点で、最安値が1,400ドルで、2,200〜2,400ドルが標準的な価格設定である。A社のデカセギ料金の設定は、標準的な料金に比べて1〜2割以上割高の価格になっている。 デカセギも、1990年代後半以降は、3年の定住ビザが増加し、さらには永住者も増えて再入国ビザを取って往復する者が出てくると、日本とラテンアメリカを行き来する人数は増えても、デカセギ旅行社を必ずしも必要としない者が増えている。そのためデカセギ旅行社間の競争は激化しており、旅行社には価格を低める圧力がかかっている。 しかし、こうした一般的な傾向とは一切無縁に独自の経営を進めているのがA社グループである。なぜ、A社は高い料金設定でも顧客を集められるのだろうか。話を聞いて印象的なのは、A社の顧客の多くが常連であることだ。今回デカセギに行くときだけでなく、これまでもたびたびA社を利用している人々が多い。料金が高いにもかかわらず、常連客を確保している(これは沖縄系旅行社に共通する特徴だ)。それに対して、非沖縄系デカセギ旅行社は、ほとんどが常連客の獲得に失敗している。自分のところを利用してくれるのは今回だけで、以前は別の旅行社から渡っていたし、次は別のところに行くのが普通だ、というのだ。料金を安く設定しても、常連客をつかめないのである。 A社は、早くからデカセギをトータルとして考えていた。デカセギ旅行社というと、特殊な旅行社を想像してしまうかもしれないが、基本はパック旅行と思えばいい。海外旅行のパック旅行といえば、通常は、航空券に現地でのホテルや観光ツアーがセットになったものを指す。これが、航空券に日本での住居と就業先がセットになったものと想像すると分かりやすい。 しかしA社は、早い段階からデカセギを単なるパック旅行とは考えていなかった。パック旅行では、ツアーの手配を行うサービスの対価として料金をもらうが、戻ってくればビジネスは終わってしまう。A社の経営者は、ここにデカセギ旅行社とツアー旅行社との違いをみいだした。デカセギ旅行社の場合、ラテンアメリカから日本への就労までの段階でサービスがいったん終わるが、日本から戻る際にもう一度サービスを提供できると考えたのである。 デカセギ者は、日本で2年または3年といった期間就労し、日本で貯めた貯金を持ち帰る。持ち帰った貯金は、何らかの形で使われるものである。そこでA旅行社は、1980年代後半に不動産事業部を起ち上げて、貯金を投資する受け皿を作った。渡日するデカセギ者には、当初は冷たい視線が浴びせられたが、帰国した者が次々に家を建てることでデカセギはブームとなったといわれる。A社は、デカセギブームのきっかけとなった日本就労者の資産形成そのものにタッチしていたのである。 A旅行社は、その後、不動産事業部を独立させ別会社にする。不動産取引が増えて、旅行社の一部門を超えて大きくなったからである。しかし、デカセギ者による不動産投資も一巡すると、不動産だけでは商売にならなくなる。そこで1990年代に始めたのが、コンサルタント業だ。顧客も何度もデカセギに行っているから、すでに不動産(自宅)を持っている者が多くなる。家の次に貯金を使うのは起業である。 A社グループは、このようにデカセギの「前」と「後」を総合的に取り込んでいる。来日しか考えない者に取っては高い料金設定も、その後に続くサービスを考えれば、決して高いものではない。むしろ、他では期待できないサービスがA社を利用することにより可能になるのだ。 デカセギ帰国者の起業支援は、日本政府や現地の日系人協会が一体となって、公の側からもNPOとしても行われている。しかしながら、そうした支援がうまくいっているという話はなかなか聞こえてこない。一方で、A社グループによる企業家養成の結果、すでに何軒かのレストランが稼働し、ひとつのビジネスモデルを提示することによって、顧客の確保=リピーターの確保につながっている。その結果、デカセギに行く者はますますパッケージの中への組み込みを強化されているのである。 |
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