(創刊:2001年8月18日)
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★メディアの危機を訴える市民ネットワーク┃メ┃キ┃キ┃・┃ネ┃ッ┃ト┃
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                        メール・ニュース vol.9(1) 発行:2002年8月28日
                            登録者数:312人
                            http://www.jca.apc.org/mekiki/index.html


〈今回送信分〉

▲▲▲▲▲『2002年夏――愛媛教科書闘争』(大内裕和)▲▲▲▲▲
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▼▼▼2001年ETVシリーズ「戦争をどう裁くか」に関する▼▼▼
          番組出演者によるBRO申立ての意義(山下幸夫)
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▲▲『マス・メディアへの異議申し立ての道はいばらの道』(大庭絵理)▲▲
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■もくじ■

1.     『2002年夏――愛媛教科書闘争』(大内裕和)

2   2001年ETVシリーズ「戦争をどう裁くか」BRO申し立てのその後

    2-1.    『2001年ETVシリーズ「戦争をどう裁くか」に関する
            番組出演者によるBRO申立ての意義』(山下幸夫)

    2-2.    『マス・メディアへの異議申し立ての道はいばらの道』(大庭絵理)


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◆『2002年夏――愛媛教科書闘争』◆

8月15日午後、予想されていたものとはいえ、とても悔しい結果となってしまった。
来年4月から開校する六年一貫中学3校(今治東、松山西、宇和島南)において「つく
る会」歴史教科書の採択が決定された。昨年の8月8日に養護・ろう学校での採択を発
表し、8月15日まで一週間に渡って市民運動との「大闘争」を強いられるという苦い
経験から学んだ愛媛県は、8月15日という文科省への最終通知日に採択決定の教育委
員会を行なった。

教育委員会は「公開」という形をとったが傍聴席は6席、抽選で市民運動側が4席を
得たものの、教育委員会が始まり、いよいよ採択する場面になると公開・非公開につ
いて委員会の賛否を確認し、5対0で非公開と決定された。傍聴者は部屋からでて行
くように命じられ、肝心なところは秘密に行なわれてしまうという「公開」とは名ば
かりの信じがたい県側の対応…・・。県庁は厳戒体制を敷き、反対する県民を締め出
すことに全力を傾けた。彼らの「強い意志」をそこに見ることができる。

昨年の採択以来、反対する市民は運動を積み重ねてきた。学習会、反対集会、県教
育委員会への採択撤回を求める署名の提出などである。今年の六年一貫校採択がある
ことも視野におさめながら運動を展開した。

それにしても今年6月に入ってからの「つくる会」の金と力にものをいわせた「全国
動員」はすさまじかった。藤岡信勝と呉善花の来県と講演会に始まり、6月27日には
愛媛新聞に「最良の歴史教科書を愛媛に!」というタイトルの全面意見広告が掲載さ
れた。「つくる会」教科書に対しては一貫して批判的な姿勢であった愛媛新聞である
が、6月の藤岡来県以降、教科書採択に関わる記事が「つくる会」と「反対派」の意
見の「両論併記」形式になったのには、何らかの「圧力」の存在を予測させた。また
7月に入ると「教科書を守れ!過激派が採択に介入」というタイトルで反対運動を行
なっている者は過激派であるというレッテルを貼る「謀略ビラ」が大量に愛媛県内の
各家庭に投函された。また県内の多くの場所に「つくる会」歴史教科書の採択を支持
するポスターが貼られ、日曜日になると100名を超える「つくる会」関係者が全国か
ら大量動員され、加戸愛媛県知事と愛媛県教育委員会に「つくる会」歴史教科書採択
を求める署名活動が展開されることとなった。これによって30万人以上の署名(反対
運動が集めた署名の10倍)が集まり、県教育委員会に提出された。

こうした動きに対して県内の愛媛大学・松山大学の大学人を中心に「つくる会」歴
史教科書採択に対して反対の動きを起こそうということになり、「愛媛の教科書採択
に関する大学人のアピール」署名を開始した。約10日間で全国から335名の賛同者を
集めることができた。電子メールの偉力を痛感するとともに、「つくる会」に見られ
るネオナショナリズムの動きに対する危機感が広がっていることが理解できた。私も
この運動に積極的に関わったが、署名活動によってこれまでつながりをもつことので
きなかった人々と新たに出会うことができた。これは今回の運動を通して得た私の最
大の収穫である。「愛媛の教科書採択に関する大学人のアピール」は7月18日に記者
会見で発表され、かなり広い範囲で報道された。このアピールによって得られた成果
は「過激派」というレッテルを貼られている市民運動の人々に対して、様々な意味で
エールとなったことである。草の根の保守主義の強い地域で運動を行なう際には、こ
うした「過激派」キャンペーンはしばしば効果を上げ、運動側がダメージを受けるこ
とが多い。これに対して大学人が声をあげて運動を支援することは、その運動が「過
激派」というレッテルを貼られる状況に対する「防波堤」としての役割を果たすこと
があることを今回学ぶことができた。

マスコミの報道については、愛媛新聞を除く全国紙の扱いは「つくる会」を明確に
応援している産経新聞を除いて、8月の採択決定1週間前くらいまでほとんど報道が行
なわれなかったように見える。地方のニュースという事情もあるのであろうが、それ
よりも採択前に特定の教科書を批判することは採択への「介入」あるいは「偏向」報
道であるという「つくる会」側のキャンペーンがかなり成功をおさめているように見
える。産経新聞はその点、とても「のびのび」しているのであるが。全国紙である4
新聞が、従来の左翼対右翼、あるいは保守対革新という構図から、元気はつらつの極
右2紙と不安におびえ、さまよっている中道リベラル2紙となり、全体の議論の軸が
「右」へ急速に転換してきている状況が深刻なことを今回の採択に関する報道でも痛
感した。良心的で意欲ある記者はいても、それが紙面になかなかあらわれない。彼ら
の取材が反映するジャーナリズムをつくりだすためのサポートが必要だと思う。

8月15日運動を展開してきた市民の多くは、採択の結果を知って泣いていた。なぐさ
める言葉を見つけるのが難しかった。「愛媛の教科書採択に関する大学人のアピー
ル」に賛同していただいた皆さんには、それを不採択へと有効に生かすことができず
申し訳ない気持ちでいっぱいである。「つくる会」は勢いを盛り返し、次回の採択で
はさらに厳しい戦いを強いられる可能性が高い。今回の愛媛県における「つくる会」
歴史教科書の採択決定は、極右が教育の公的空間に足場を築いたことを明確に示して
いる。それは有事法制の成立や教育基本法改悪へと向かっている現在の政治状況と密
接に関わっている。「極右」のプレゼンスの増大に対して、対抗軸の構築が急務の課
題であると思う。

                              (大内裕和/松山大学助教授)


**************************2-3****************************************

 8月1日発行の号外でお知らせした、NHK ETV2001「シリーズ 戦争をどう裁く
か」(2001年1月29日−2月1日放映)にくわえられた改変に関して、番組出演者が
「BRO(放送と人権等権利に関する委員会機構)」に行った申立てをめぐるその後
の情報です。

 申立ては、代理人の山下幸夫弁護士によって、8月2日午後1時、千代田放送会館
7階にて無事行われました。メキキ・ネット事務局からは、岩崎稔氏、駒込武氏、河
野真太郎氏が立ち会いました。「BROでは、8月20日の委員会で、この件につい
て審理入りするどうかを検討しました。しかし意見がいろいろと出たために結論が出
ず、次回の委員会(9月17日)に持ち越すことになった、ということでした。

 結論がでなかった理由のひとつには、同番組に関する「女性国際戦犯法廷」国際実
行委員会による権利侵害の申立てを受理しないという旨の決定を先に出していたこと
から、このケースについて慎重に判断すべきだという意見が一部委員から出た
ということがあったようです。

 ご存知のように、同番組については、「女性国際戦犯法廷」の主催団体の一つで
あったバウネット・ジャパンが、NHKに対して裁判を提起しています。BROは、
(1)同じ番組に対してBROに申立てを行っている当事者(国際実行委員会)と、
裁判を行っている当事者(バウネット・ジャパン)は実質的に同一であり、(2)放
送内容に対するほとんど同一の不服について、後者によって既に裁判手続きが取られ
ていること、を理由として、国際実行委員会が行った権利侵害申立てについて審理し
ないという判断をしました(運営規則第5条1項(4)などを参照)。しかしながら、
今回の申立てのケースは、対象となる番組は同じであっても、「女性国際戦犯法廷」
国際実行委員会のメンバーでもなく、形式的にも実質的にも当事者は異なっていま
す。また、国際実行委員会の申し立ては、取材を受けた立場からの不服申立てであっ
たのに対して、今回のケースは、番組に出演した立場から、その発言の無断改変に関
して申し立てであって、番組への関わり方も、申立ての内容も全く異なっています。

 ひとつの番組は、多くの関係者から成り立っており、その人たちの番組への関与は
さまざまに異なります。申し立ての対象が同じ番組だからといって、BROが審理入
りを拒否するようなことになると、今後、番組の関係者のうちの誰か一人が訴訟を提
起したら、その他の全ての関与者が一切BROに対して申し立てできないという悪い
先例を設けてしまうことにもなってしまいます。国際実行委員会の件と、今回の件と
は全く無関係であり、BROは、今回のケースに関して、国際実行委員会に対し
て下した決定と同じ結論は出せないはずです。

 9月17日の委員会では、ぜひとも速やかに申立てが受理され、いよいよ審理入り
することを祈りたいものです。メキキ・ネット次号でも、この件についてフォローし
ます。

 さて、今回のBRO申立ての実質的な立役者である山下弁護士は、これまで
も、カリフォルニア大学教授殺害事件報道による人権侵害をはじめ、さまざまなメ
ディアと人権の問題を手がけてこられた気鋭の若手法律家です。BROに関しても、
多くの論考を出されておられます。今回、ETVの番組放送によって出演者が受けた
権利侵害について、BROに申立てを行った意義と期待すべき成果について、ご意見
を伺いました。


◆2001年ETVシリーズ「戦争をどう裁くか」に関する
        番組出演者によるBRO申立ての意義◆

 BRO(放送と人権等権利に関する委員会機構)は、日本放送協会と日本民間
放送連盟に加盟するテレビ局の放送番組に関して、主として権利侵害にかかわる
苦情を受け付けて審理して、自主的に解決するための機関として、1997年5月1日
に設立された。

 これまでに、BROは8人からの申立てを受け、合計17件の決定を出してい
るが、うち2件については勧告が出されている。BROの運営規則には「見解」
と「勧告」の基準が明文化されていないが、従来の運用からすれば、権利侵害が
あったと判断される場合に「勧告」、権利侵害はないが放送倫理上問題があった
と判断される場合に「見解」を出している。

 米山さんのケースでは、名誉毀損及び編集著作権の侵害を根拠に、本年8月2
日、BROに対して申立てを行ったが、米山さんの権利侵害を認めさせ、BRO
から「勧告」を出させることを目指したいと考えている。

 ところで、米山さんのケースで特筆すべきは、テレビ番組への出演者自身が申
し立てたものであり、BROにとっては初めてのケースである。

 もっとも、米山さんが申立てた同じ番組について、既に「女性国際戦犯法廷」
国際実行委員会がBROに申立てを行い、本年4月に、審理に入られないとの決
定をしている。その理由としては、バウネットが既にNHKに対して民事訴訟を
提起しており、放送内容に対するほとんど同一の不服について、既に裁判手続き
が取られていることが理由とされている。

 米山さんは、テレビに出演したコメンテーターであり、バウネットとは全く異
なる立場であることから、直ちに審理が開始されるべきであると考えられるが、
8月20日に開かれた委員会では結論を持ち越し、次回9月17日に結論を出す
ことになった。現在の情勢では、どういう結論が出るのか、全く予断を許さない。
是非とも、多くの皆さんが、この番組について関心を持っていただくことを願っ
ている。
                                        (山下幸夫/弁護士)



◆『マス・メディアへの異議申し立ての道はいばらの道』◆

 私は、「ER」というアメリカの連続ドラマ(NHK総合)をしばしば見る。救急救命
に携わる医師や看護婦たちの物語である。その7月19日、26日放送予定の話が突然、
中止されてしまった。前の週に予告編を私はみていたが、19日は見ていなかったた
め、この中止については後で新聞で知った。朝日新聞によると2話分は、精神障害の
ある患者に医学生が刺されて死亡し、医師も重症を負うという内容だったらしい。私
が26日に見たときには、その医師は痛みをこらえながらも職場復帰するところだっ
た。

 何の注意も説明もなく、予告編までやっておきながらの、突然の中止である。番組
の何がどうして問題となるのか、少なくとも、NHKとしての見解を提示すべきであっ
た。土壇場になって、「ヤバイ」と思った局の上層部が権力を使って放映中止をした
のではないだろうか。ものごとを覆い隠して、「なかったことにする」という子ども
じみた行為の中に、視聴者を愚弄しつつ、自らへの批判に直面することができない
NHKの体質がにじみあふれている。事態を見抜く、視聴者の技量が求められている。

 さて、輸入ドラマのフィクションでさえ、こんな状態である。かたや、現実に生き
ている人々を扱う番組の場合だと事態はどうなるのだろう。マス・メディアへの異議
申し立ての道はいばらの道である。

 報道されている内容が事実と異なる。これは、いわゆる「報道被害者」と呼ばれる
人々がいつも口にする言葉である。さらに、マス・メディアに訂正、謝罪を申し入
れ、それを実現させようとすると、いかにエネルギーを要するかの悲鳴が次に続く。

 巨額の金額を使って、不特定多数の市民に放送をするという仕事に従事する人々
は、その影響力をあまりによくわかっているからなのか、あるいは、まったくわかっ
てないからなのか、傲慢である。自らを正しいと信じて疑わない。さらには、言論、
表現、編集の自由をふりかざして、異議申し立てする者や批判する者の口をふさごう
とする。しかし、その矛先は、本来、一般の市民に対するものであってはならず、自
由を奪おうとする権力に対してむけるべきものである。

 彼らは、自らへの批判を、即、自由への挑戦として捉えてしまうようだ。放送され
た映像と音声は、何についてどのように語ったのかを、素朴に考えることも可能なは
ずである。明らかな過ちでさえ、認めたがらない傾向が、マスコミ業界にはある。

 こうした自由のはきちがえは、報道に携わるギョーカイに限らない。それを審査す
るべき立場の機関も同じである。報道への異議申し立てを受け付けて審理する機関
も、広義にはこのギョーカイの人をメンバーにしている。このギョーカイの人たち
は、一般市民の素朴な疑問よりも、「専門家」や「権力」をもつ者たちの気持ちをく
んであげることの方が得意のようである。それを彼らは「バランス」と呼ぶらしい。

 私には、この「バンラス」を理解するのが難しい。私は構造的な視点にたつことが
得意ではないのだが、日本のどこにもこうしたパターンが見受けられるようである。
過激な表現をすれば、一国同時革命でも起こらない限り、妙な「バランス」感覚をも
つ人々が「正義」の御旗のもとで横行し続けるのではないか、とさえ、時に思ってし
まう。

 とはいえ、結局、裁判に勝つこと、BROに審理させること、といった手段以外に
市民が「民主的」に闘っていく方法はない。こうした事態が実に今の日本をものが
たっているのではないだろうか。

(大庭絵理/神奈川大学助教授/人権と報道・連絡会会員/社会学)


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[編集後記]

 『メキキ・ネット通信』が創刊されて、一年が過ぎました。8月18日が創刊記念
日です。創刊間もなく、9.11事件が起こりました。通信はいよいよ9巻号を迎え
ますが、メディアと極右・排他的ナショナリズムの距離はますます縮まってきてい
るようです。

 『メキキ・ネット通信』Vol.7(3)(2002年5月29日 )では、「奥村悦夫さんによる愛
媛新聞『意見広告』のその後と支援のお願い」をお伝えしました。愛媛はたいへん残
念な結果に終わってしまいました。今回は、その渦中におられた松山の大内裕和さん
から、現地での闘いと、運動とメディアとの関わりについて、熱い声をお伝えしまし
た。

 「良心的で意欲ある記者はいても、それが紙面になかなかあらわれない。彼らの取
材が反映するジャーナリズムをつくりだすためのサポートが必要だと思う。」大内さ
んのこの言葉がとりわけ胸に沁みます。メディアに一方的に頼るのでもなく、外か
ら一方的に批判だけするのでもない、情報を受け取る側もまた、責任あるメディアを
主体的につくってゆこう、という、とても大切な訴えだと思います。ぜひ、多くの人
に読んでもらいたい一節です。

 また、2001年ETVシリーズ「戦争をどう裁くか」に関する、番組出演者によるBRO申
立てについて、審理入り延期の報告にあわせて、メディアと人権の問題に長く関わっ
てこられた二人の方のご意見を掲載しました。

 BROは、報道による被害を検討する「第三者」機関といわれています。NHK会長も、
メディア規正法にかわって、BROが積極的に利用されることを呼びかけています。今
後、BROがどのような姿勢をとってゆくのか、大勢の市民がウォッチしてゆきましょ
う。BROのサイトは、  http://www.bro.gr.jp/ です。みなさん、ふるってログイン
し
ましょう!

                                 9号編集担当 メキキ・ネット事務局

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■みなさんからの御意見・御感想、なにより投稿をお待ちしています!

                     (メキキ・ネット事務局一同)