(創刊:2001年8月18日)
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                       メール・ニュース vo.23(1) 発行:2006年10月8日      
                     登録者数:336人
                             http://www.jca.apc.org/mekiki/index.html

 気弱な秋の日差しに包まれるようになりました。
 みなさん、お元気ですか。
 編集者であり、また映画評論家でもある青土社の宮田仁さんから書簡体の『太陽』論が
届きました。
 宮田さんと靖国神社に向ったのはもう一ヶ月以上前になりました。
 小泉首相の靖国参拝、加えて「あんにょん・サヨナラ」「蟻の兵隊」「太陽」
が公開され、60年以上前の戦争と現在が「靖国」を介してこれほど人々の意識に上った
夏はなかったかもしれません。
 そういえば、米下院外交委員会の委員長(共和党)が公聴会で、靖国神社の歴史施設
「遊就館」における戦争説明は事実ではないと批判し、訂正を求めたという記事が新聞に
ありました。
 アメリカでこうした靖国批判が興るのはいかがでしょうか。
 宮田さんの手紙が指摘しているように、天皇免責、原爆投下の問題こそアメリカが問わ
れるべきなのに、どんどん問題がずれていくようです・・・

■もくじ■

 1. 8月15日の『太陽』  宮田仁

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      8月15日の『太陽』  
                          宮田仁

T・N様
 宮田です。どうも。
 東京で、李静和さんと映画を見に行く会「タンパ」というのをやってまして、最近、ロ
シアの映画監督ソクーロフが敗戦前後の昭和天皇を描いた『太陽』を、それぞれ観にいき、
感想を述べ合おう、という「宿題」を出しました。
 そのサブ企画(李さんは帰国中なので不参加)として、8月15日昼に靖国にいって、
夜は「天皇映画」を見よう、という、聞きようによってはグロテスクな企画を呼びかけて
決行。その後、メンバーへ向けて、こんなのを書きました。


タンパのみなさま
 8月15日昼どき、靖国神社へ「参拝」しました。
 参加したのはYさん、Hさんとわたしの三人でしたが、わたしは職場が近いのに、花見以
外で行くのは初めて。おのぼりさん気分で、行ってまいりました。小泉は朝、参拝をすま
せてしまったので、何の盛り上がりもなく、ほとんど初詣きぶん。お参りするつもりはな
かったので、並ばずに本殿そばに侵入、テレビや映画を撮影しているらしき一団(日の丸
が見えると、「ようやく絵になる」とばかりに 一斉にキャメラを回すのが、ご苦労様で
した)にまじって、参拝の列をのんびり見物させていただきました。例のコスプレふうの
かたがたもおられましたが、当然ながら、老若男女ふつうの人たちが続々と参拝、献花。
なかにはエロ本をかかえたおじさんも。当然ながら、参拝する人がぜんぶ戦争賛美者であ
るわけもなく……
 例の遊就館のそばにも行きましたが、アングロサクソン系と思しい青年たちが右翼コス
プレで来ていて、微笑んでしまいました。そのそばに、外人の顔写真を飾った新しい記念
碑が……パル判事のものでした。昨今の靖国問題のキモは、東京裁判問題であることを確
認。靖国に参拝するということは、東京裁判を認めない、つまり、1930年代に戻れば
おんなじことをするよ、と宣言していると思われてもしかたがない、ということ。これの
どこが国内問題なのか。知らないふりをしているだけであることはわかってますが。パル
判事が日本に戦争責任はない、などと言ったわけでないことも、知らないはずないですよ
ねえ。いっぽう、東京裁判に代表される「戦後」体制が天皇を裁かず、原爆投下も裁かな
かったことも、忘れるわけにはいきません。「分祀」でお茶をにごせばいい、というもの
でもない。
 小泉の参拝について。鵜飼哲さんいわく、これは安倍へのいやがらせ。なるほど。小泉
が15日に参拝して得する人はいませんが、損するのは、「来年も行けよ」という十字架
を背負った次期政権だけ。パトロンたる財界は反対しているのですから、自民党も相当な
危機を迎えるかもしれません。安倍の力量では改憲はちょっとむりで、むしろ財界の支持
も得た小沢のもとでゆっくりと改憲、というほうが、ありそうなシナリオで、それまでに
ネオリベ「改革」は後戻りできないところまで進んでいる、ということにならないよう、
「第三の道」の可能性を手探りしなければなりません。

 こうしたことを思うにつけ、遅ればせのご報告をしておきたいと思います。死者をいか
に追悼すべきか、をめぐって暑い夏を迎えたこの国の中心近く、銀座のニコン・サロンで、
8月3日、李静和さんが講演をされました。故郷・済州島の石が敷き詰められた銀座の道
をふみしめ、黒いチマチョゴリに身をつつんだ李さんは、「客死」という言葉を口にしま
す。死者を自分たちのものだ(お前たちのものではない)と宣言する「追悼」という行為そ
のものを考えなおすために。
 自分の属さない場所で死を迎えた人たちのことを、どう思い起こすのか。生きている者
が死んだ者を追悼する、という一方的関係を見直すことからしか、それをはじめることは
できない。いま、どんな追悼の仕方を支持するにせよ、自分の属する場所を自明視し、そ
こから人を締め出すことが追悼の目的となってしまっていいものだろうか。むしろ、すべ
ての死を客死だと想像しなおすことからはじめてはどうだろうか。日本とのはざまで生き
る韓国人女性アーティストたちの作品と、李さん作詞・高橋悠治氏作曲の歌を日本の男子
大学生たちが歌うその歌声を聴かせながら、見たことも聞いたこともない「思想」へ向け
た一歩をあゆみだすように、李さんは誘いかけてくれている、と、私はこの講演を聴きま
した。

 さて、8月15日の夜、ソクーロフの『太陽』を見ました。Yさんたちは所用につき、
私一人で。銀座の三原橋下の狭いシネコンですが、急遽、2館で上映することになり、そ
れでも一杯。都内でも拡大公開されることになったようです。靖国と同じく、ふつうの映
画観客が、アベックもふくめ、並んでまでこの映画を見に来ていました。ふだんは水野晴
郎の「シベリア超特急」シリーズ、杉本彩の「花と蛇」シリーズが人を呼ぶシネコンなの
ですが……。むろん、この観客がぜんぶ天皇賛美者であるはずもありません。
 『太陽』の感想、私がまず「宿題」を果たすことにします。
 どうも私は、主役のイッセー尾形という人を甘く見ていたようです。2回ほど生で見て
いたはずなのに。そうでした。この人の一人芝居は、ある種の典型的な人物を少しばかり
誇張し、抽象化したうえで、また具体的なものにかえして見せるのですが、そのさい、観
ている者に(特におそらく男には)、鏡を見せられているような気を起こさせる。笑いなが
ら、ぞっとするのは、そんなときです。そんな人物が天皇を演じるということは……
 そこに、日本人の男なら、だれもが自身の顔を見てしまうはずだ、ということに、観て
から気づいたのです。じじつ、だれもが居心地の悪い気持ちをいだき、ましてや、これを
外国人が撮ったと意識したら、これがお前の姿だぞ、と言われている気がするわけで、そ
りゃ当たってるところもあるかもしれないけど、やっぱり誤解してますよ、と言いたくな
るだろう。嘘だとお思いなら、太田出版から出た『太陽』フィシャルブックと称する本を
立ち読みしてみてください。日本人の男はみな、「せっかく美化してくれているのに、悪
いけど、これは自分の顔ではない」と主張しているとしか読めません。もっと言うなら、
『太陽』について語ること、それは自画像を描くに等しい。
 当然ながら、この文章も、自画像にならざるをえないわけで、恥ずかしいかぎりではあ
りますが、みずから宿題にした以上、逃げるわけにもいきません。
 とにかくイッセー尾形はすごい。この百五十年間、誰もやらなかったことを、さらりと
やってのけたのですから。敗戦前後だけでなく、ヒロヒトの全体像を、自画像として提出
し、身体によって批評すること。イッセー尾形の芸は、身体による批評の域に達している。
それは、日本の戦後への批評にもなっている。それが実像に似ているかどうか、という問
いは、間違っていると思います。それが実像をどのように新しく見せるか、と問うべきで
しょう。それを評価することは、観る者一人ひとりに委ねられています。
 ソクーロフは、このイッセー尾形による批評の実践をドキュメンタリーに収めたのだ、
と言いたいほどです。むろんそれは、何もしなかった、ということではありません。そこ
には取捨選択がある。そしてそれをドキュメントする方法は、この作家らしい超絶技巧に
あふれています。

 ソクーロフのキャメラが、イッセー以外の人物にほとんど興味をもっていないことは、
明らかだと思います。マッカーサーにも、皇后にも、何の思い入れも抱いていません。唯
一の例外は、「極光」の話をする学者です。この場面の、天皇と学者の視線と身振りの交
錯とすれ違いの劇を、ぜひお見逃しなきよう。これほど喜劇的な場面は、チャップリンさ
え実現しえなかったのではないでしょうか。
 もれ伝えられているところでは、ソクーロフは全編を、鏡をとおして写したそうです。
すべての視線が、どこを見たらいいかわからない、そんな自信のなさを湛えている。けっ
か、登場人物どうしの視線が、けっして交わっているようには見えない。その交わらない
視線が場面全体をむしろ統御せずに統御しているように絶妙に配されたのが、「極光」の
場面です。ソクーロフがあの学者の顔のすばらしさに反応した結果であることはたしかで
すが、明治天皇が神である証として極光を「見たか見なかったか」が問題とされる場面で、
この超絶技巧が成し遂げられていることに、注視したいと思います。
 そして、先のオフィシャルブックでも多くの人が感動している、廃墟の日本の映像。今
回、ようやく気づいたのですが、ソクーロフという映画作家は、じつはアニメーション作
家だった。これを見る寸前、アレクセイエフのピンスクリーン・アニメのDVDを発見して
初めて観たせいもあるのでしょうが、この画面のいじりかたを観ると、切絵アニメや粘土
アニメがあるように、「人物」アニメをやっているのだ、ということに気づいたのです。
その達成度は、尋常なものではない。……が、それは、アレクセイエフや、『話の話』の
ノルシュテインの達成の上に築かれたものに見える。ノルシュテインの未完の『外套』の
断片映像をいちど目にしてしまうと、どんな超絶技巧も色あせて見えてきてしまうのは、
否めないところです。ましてやハイヴィジョンというメディアは、作者の意図と達成のあ
いだをやすやすととびこえてしまい、いっさいのリアルを消し去ってしまいかねない。そ
れに気づいているからこそ、ソクーロフは鏡をつかったり、くもらせたり、さかんにする
わけですが、そうして最終的に目指しているところが、どうやらボッシュやデューラー、
ブリューゲルの絵画らしいと知ってしまうと、何もそんなにまでしてもらわなくたって、
絵画そのものを見てたほうがいいや、と思いますよね、ふつう。

 10年前、これぞ新しい映画だ、と信じて『ユリイカ』でソクーロフ特集を編集した身
としては、ソクーロフの可能性は、こんなところに尽きるものではない、と信じたいとこ
ろです。げんに、少なくとも初期の『マリア』、そして『日陽は静かに発酵し』には、メ
ディアにも絵画にも還元しきれないものが映っていた、という記憶があります。
 先のオフィシャルブックは、まさに日本人の自画像を見るには格好の材料となってくれ
ています。なかでもさすがに宮台真司さんは、この映画に関して考えられる限り最悪の読
みの見本を提示してくれています。いっぽう島田雅彦さんが、ソクーロフの日本人を見る
目は、原始人を見る目に近い、と(中沢新一さんのレヴィストロース評を引きながら)述べ
ているのは、鋭い。『太陽』は、まぎれもないオリエンタリズムです。『オリエンタル・
エレジー』を観ていれば、それは予想できたことですが。もっとも、だからといって、こ
の映画に価値がない、とか、言っていることがすべて間違っている、ということにはなら
ないことは、当然ですが。
 また大月隆寛さんの昭和天皇おたく説には目を開かされましたが、アメリカ嫌いのソク
ーロフがマッカーサーの立場に立って天皇を見るはずがなく、ソクーロフそのものがじつ
はおたくに他ならないことを知っていれば、この映画はロシアのおたくが日本のおたくを
撮った映画だ、という結論が導けると思います。
 佐藤忠男さんの「自分が天皇ならあのときこのような決断を下したのに、というふうに
考えてみることが歴史を理解するうえで重要」、なぜなら「軍人と対決できるのは天皇だ
けだった」から、という意見は拝聴に値します。また門間貴志さんの「映画における天皇
の表象」という文章は、昭和天皇を演じた俳優の名前を10人以上も挙げていて、映像を
めぐるタブーの過剰視を戒めてくれます。
(また、これはこの映画とは関係ありませんが、ソクーロフの『ドルチェ、優しく』を観
たことがある方は、ぜひ、しまおまほさんの文章を最初から最後まで読んでください。)

 さて私自身の自画像はちゃんと描けたでしょうか。ソクーロフは、オリエンタリズムを
まじえながらも敗戦前後のヒロヒトを彼なりにちゃんと描いているのですから、そこには
ちゃんと戦争責任が映っています。イッセー尾形の批評も、この責任をめぐる批評でもあ
ることは言うまでもありません。そして、ここに描かれたヒロヒトが現実のヒロヒトに似
ているかどうかを問う以前に、これは私(たち)の自画像なのです。これを見た上で、ど
んな新たな自画像を構想できるのか。私(たち)なりの映画(批評、作品、実践)を撮ろう
と試みること。それこそ私(たち)の責任に他ならないはずです。それは世に言う「自己
責任」のように、果たせるとか果たせないとか簡単に言ってしまえる「責任」ではないこ
とも、おわかりいただけますよね。
 と、いうことで、とりあえず私の「宿題」を果たした、ということにさせてください。
無論それは、責任を果たした、という意味ではまったくありません。


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 境内に初めて入った靖国の15日の風景は、本殿に近づくほどフツウの参拝風景と変わ
らなくなっていきました。
 喪服姿や手にした菊の花のせいでしょうか、ご老人たちの表情はお墓参りの人々のよう
に静謐です。
 ときに「過去」が耐え難い痛みをもたらすとしても、その痛みのなかにしか確認できな
いことがあるように思います。
 加害の痛み、被害の痛みに重なる「喪失の痛み」・・・その痛みのなかで喪った者たち
の存在と彼らとの関係を確認し、問い直す。
 その痛みのなかで加害を加えた者たちと被害を被った者たちとの関係が問い直される。
 しかし、私たちは「過去」にいつでも想いを運べるわけではなく、日々の生活から私た
ちを遊離させるがゆえに「痛み」が邪魔なことさえあります。
 日常的に現在を生きなければならない私たちにとって、「過去」に戻ることを自らに許
す、そのような「場」の必要な理由がここにもあるように思います。
 靖国を参拝する人たちのなかにあるはずの、そのような想いをどこが受け取るべきなの
でしょうか。
 「自分の属する場所を自明視し、そこから人を締め出すことが追悼の目的となってしま
っていいものだろうか」、この静和さんの問いを重く受け止めながら、痛みを想起する
「場」について考えなければならないでしょう。

                           (23号編集担当・吉田俊実)

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│発行= 2006年10月8日                       │
│発行所=メキキ・ネット事務局                   │
│ ホームページ: http://www.jca.apc.org/mekiki/index.html │
│ 電子メール: mekikinet-owner@egroups.co.jp │
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