(創刊:2001年8月18日) ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓ ★メディアの危機を訴える市民ネットワーク┃メ┃キ┃キ┃・┃ネ┃ッ┃ト┃ ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛ メール・ニュース vol.19(3) 発行:2005年8月9日 登録者数:374人 http://www.jca.apc.org/mekiki/index.html 板垣さんによる一連の陳述書やスクープ記事の解説は、好評をいただいてい ます。今回の第三回目で完結です。 ここまで状況証拠が固まりながら、なおも『朝日新聞』側に取材拒否をして すりかえようとする政治家のあつかましさにもあきれますが、この松尾、伊東、 吉岡という重要な役割ははたしたひとたちの内的世界がどうなっているのか、 ということにも不思議な気持ちがします。ファシズムは外からくるのではあり ません。それは内面世界の荒廃が作り上げるものです。板垣さんの結論を読み あらためてそう思います。 ■もくじ■ 1.「通常」のなし崩し、すなわちファシズム (3) 板垣竜太(メキキ・ネット事務局) ********************************************************************** 1. 「通常」のなし崩し、すなわちファシズム (3) 板垣竜太(メキキ・ネット事務局) ----- 本稿で参照する資料は下記のとおり。 *1 松尾 武(放映当時、放送総局長)陳述書 *2 野島直樹(同、総合企画室国会担当局長)陳述書 *3 伊東律子(同、番組制作局長)陳述書 *4 吉岡民夫(同、教養番組部長)陳述書 *5 永田浩三(同、チーフプロデューサー=CP)陳述書 *6 「編集過程を含む事実関係の詳細」(NHKホームページで2005年7月20日に公開) *7 『朝日新聞』2005年7月25日付検証記事 *8 『月刊現代』(05年9月号)所収の魚住昭「「政治介入」の決定的証拠」 ----- 【3.1月30日の会長の関与】 1月30日の放映直前、ほぼできあがっていた番組からさらに3箇所、3分間がカッ トされ、規定の44分より4分短い40分の番組ができあがるという、きわめて「異 常」なことが起きた。通常、これは放送事故という。なぜこんなことが起きたの かについては、松尾総局長の「全責任」による指令があった、ということまでは 分かっていた。 今回新たに判明したことは、松尾指令の前に伊東局長が海老沢勝二会長に呼ば れて、番組について釈明をしていたという事実である。 1月30日の午後4時頃、伊東局長は海老沢勝二会長の部屋を訪れた。伊東陳述書 (*3)によれば、会長の秘書主幹から「なかなかご苦労されているようですね。今 ちょうど会長の予定があいていますので、いらっしゃいませんか」と言われたた めだという。 海老沢会長は、「なんだか騒々しいようだね。右翼団体が問題にしている女性 法廷というのは一体どんなものなのか」と切り出した。伊東局長は「法廷」と番 組について説明すると、会長は「この問題は意見がいろいろあるからな。なにし ろ慎重にお願いしますよ」と言ったという。 陳述書に記されている会長との話はこれだけである。なお、NHKが公開した文 書(*6)では、「これらのやりとりについて、三浦〔秘書主幹〕および会長は記憶 していない」と、わざわざ付け加えている。彼らの記憶装置には多くのアクセス 禁止領域があるようだ。 会長室を出た伊東局長は、会長とこの件について話したことを松尾総局長にも 報告しておこうと、その足で総局長室へ向かった。伊東局長は、「総局長と話し ているうちに、本当にこのまま放送していいのか、もう一度考えなくていいのか という気持ち」になってきたのだという。 本田記者取材による松尾総局長証言(*8)によれば、会長に会った伊東局長は 「不安」になって「どうしても」といって「仲間」に聞いて回った。松尾総局長 が「いいやん、もう。ダメか?」と聞くと、伊東局長は「私は心配だ。ここまで やったなら、もうちょっと公平性ということを考えようよ」と言い出したのだと いう。 そこで総局長と伊東局長は、台本の読み合わせをおこない、さらに証言シーン を三カ所カットすることを決めた。すなわち、(1)加害兵士の証言、(2)中国人被 害者の証言、(32)東ティモールの慰安所の紹介と被害者証言、の三カ所である。 (1)を削除するのは、「他の集会などでも同様の発言をしている人物で、運動と してやっている可能性もある」という理由、(2)(3)については「証言者が泣いた り、失神したりする部分については印象が強すぎる」という理由が挙げられてい る。 いずれも荒唐無稽の理由である。「運動」としてやっているという点であれば、 例えば新たにインタビューを挿入した秦郁彦氏も、立派に「運動」をやっていて、 放映した発言においても「NHKとして独自取材で証言の信憑性について裏を取っ ている」(*3)わけではない。日本の責任を問う「運動」はダメで、その責任を否 定しようとする「運動」は良いのか。まさに「運動」のダブルスタンダードであ る。また、証言者が「泣いたり」する「印象が強すぎる」番組を今までNHKは放 映したことがなかっただろうか。また東ティモールの証言者は、「泣いたり、失 神したり」などしておらず、理由として成立していない。要するに、日本軍の責 任に直接触れる部分を消し去ったのであって、それをああだこうだと別の理由を つけて説明しようとしているに過ぎない。 午後4時過ぎ、現場ではナレーション入れが終了した。その直後、ダビングルー ムに電話があり、吉岡部長が総局長室に呼び出された。松尾総局長は吉岡部長に 対し、「証言内容について独自取材をしていない」とか、「心情的に訴えるシー ンは削る」などの理由から、三点カットを命令した。「最終の判断」「責任は私 がとる」とも付言されていた(*4)。 現場に戻ってきた吉岡部長は、総局長指示を伝えた。永田CPは総局長に抗議し、 長井デスクは組合にかけあったが、いずれも功を奏しなかった。午後8時半頃、 規準時間に4分も足りない40分の番組が「完成」した。 これが経緯であるが、会長の関与については、まだ語られていないことがある と考えられる。ちょっと「心配」になった程度で、もうできあがった番組を短く してまで変えさせるのだろうか。会長の関与は、もう少し突っ込んだものだった のではなかったと考えられるのである。仮に会長関与が伊東陳述書で記されてい る程度のものだったとしても、そのことは逆に伊東局長の「心配」の大きさが並 はずれたものだったことを物語ることになる。いずれにしても「異常」な力が作 用していたのである。 【おわりに】 以上、大きく3点にわたって、「政治介入」をめぐる疑惑を整理してきた。 次年度予算に直接関係のない翌日放送される教養番組(視聴率0.5%)について、 国会議員が事前説明を求め、NHK幹部があせって政治家に説明して歩くとともに、 局長が現場に直接指示を出して番組の内容を変えていったこと、これを「政治介 入」とよばないとすれば何というのだろうか。こんなことを「通常」などといっ てはならない(*)。 (*) 番組放映当時ドキュメンタリー・ジャパンのディレクターで、現在 映像ジャーナリストの坂上香さんも、05年5月29日に開かれたマスコミ 学会でのパネルで、「通常」の範囲が拡大してしまっていること、しか も現場の人もそれを諦め、さらには慣れてしまうことへの危機感から、 番組制作プロセスがどれだけ「異常状態」だったかについて発表してい た。本稿は、その指摘に示唆を受けて記したものである。 実はNHK幹部も、やや異なる側面から、こうした出来事の異例性について語っ たことはある。05年2月3日、会長記者会見に同席した諸星衛理事(当時)は、次年 度予算とは関係のない番組について事前に事前説明したことについて、「レアケー スだった」と発言していた(『朝日新聞』05年2月4日)。いつも番組の内容を説明 しているわけではないと言いたかったのだろうが、諸星理事の発言は、はからず もこの番組をめぐる対応の事件性を物語ってしまっているのである。 政治家とNHK幹部との密接な関係という戦後NHKの基本構造の上に、今回の「レ アケース」はある。「レア」で「異常」なことが「通常」化したとき、それはファ シズムそのものとなる。だからこそ、私たちは「これはおかしい」といい続けな ければならないのだ。 (完) ********************************************************************** ★ご意見、ご感想、ご投稿をお待ちしております。 800字にまとめて、タイトルを添えてお送りください。 匿名希望、字数については、ご相談ください。 宛先 mekikinet-owner@egroups.co.jp (19号編集担当・岩崎稔) ◇─────────────────────────────────◇ │発行= 2005年8月9日 │ │発行所=メキキ・ネット事務局 │ │ ホームページ: http://www.jca.apc.org/mekiki/index.html │ │ 電子メール: mekikinet-owner@egroups.co.jp │ │ FAX: 020-4666-7325 │ ◇─────────────────────────────────◇ |