(創刊:2001年8月18日)
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★メディアの危機を訴える市民ネットワーク┃メ┃キ┃キ┃・┃ネ┃ッ┃ト┃
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             メール・ニュース vol.19(2) 発行:2005年8月9日
                            登録者数:374人
               http://www.jca.apc.org/mekiki/index.html
 
 解散、総選挙と、あわただしい展開になっていますが、政治介入行為をした
ことが顕著なふたりの政治家、安倍晋三と中川昭一について、かれらの行った
行為がすこしでも選挙民による審判の主題になることを期待しています。問わ
れてしかるべきことがけっして問われないようなメディアの金縛り状況は、ひ
たすら異論を唱えつづけ、おかしいことをおかしいと言いつづけることによっ
てしかこじあけられないのでしょう。
 引き続き板垣竜太さんの分析のその2をお届けします。

 ■もくじ■

 1.「通常」のなし崩し、すなわちファシズム (2)
                   板垣竜太(メキキ・ネット事務局)

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1.       「通常」のなし崩し、すなわちファシズム (2)
                    板垣竜太(メキキ・ネット事務局)

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 本稿で参照する資料は下記のとおり。
*1 松尾 武(放映当時、放送総局長)陳述書
*2 野島直樹(同、総合企画室国会担当局長)陳述書
*3 伊東律子(同、番組制作局長)陳述書
*4 吉岡民夫(同、教養番組部長)陳述書
*5 永田浩三(同、チーフプロデューサー=CP)陳述書
*6 「編集過程を含む事実関係の詳細」(NHKホームページで2005年7月20日に公開)
*7 『朝日新聞』2005年7月25日付検証記事
*8 『月刊現代』(05年9月号)所収の魚住昭「「政治介入」の決定的証拠」
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【2.1月29日の政治家面談と番組改変との関係】

 1月29日に、松尾総局長・野島局長らが政治家巡りをして、その晩に番組内容
をかなり変更させたことは、既に本メール・ニュースでも何度か報じたとおりで
ある。29日の謎はいくつもある。(1)29日にNHK幹部が会って番組について説明し
た政治家は誰なのか、(2)政治家とNHK幹部との面談において番組に対してどのよ
うな話があったのか、(3)永田町から帰ったNHK幹部がどのように番組を手直しさ
せたのか、などである。
 以下、順次検討してみよう。

2ー(1) NHK幹部は1月29日にどの政治家と会ったのか

 はっきりしているのは29日夕方に首相官邸で、野島局長と松尾総局長が安倍晋
三議員と10〜15分程度会っていることである。安倍議員とのアポについては、野
島陳述書(*2)で少し触れられている。

「1月28日ごろだったと思いますが、私の部下である総合企画室[経営計画]の松
岡統括担当部長が、安倍議員の秘書に電話をし、安倍議員に予算説明を行いたい
ので予定の空いている日時を指定して欲しい旨を述べたところ、29日の夜遅い時
間であれば安倍議員の予定が空いているので、そこで予算説明に来て欲しいとの
回答がありましたので、その時間に訪問することにしました。」

 1月28日は日曜日である。これが本当だとすれば、なぜ日曜に急いで翌日のア
ポをとり首相官邸に行ってまで「予算説明」をしようとしたのか、その辺が不明
である。そもそも「ごろ」と付いていて、この日付自体正確なのかどうかがあや
しい。

 次に松尾総局長を連れて行った経緯については、以下のように述べられている
(*2)。

「安倍氏は「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の事務局長を務めて
いたこともあり、予算説明の際に本件番組について話題にする可能性が高いと予
想されたことから、番組の責任者である松尾氏に同行してもらうのが良いであろ
うと考え、当日の午前中、松尾氏に予算説明への同行をお願いし、了承を得まし
た。」

 翌日放映される特定の番組を安倍晋三という特定の議員に説明するという目的
のために、わざわざ放送総局長を連れて行ったというわけである。ここではあく
までも「予算説明」が主であるようなストーリーを陳述しているが、番組説明の
ために放送総局長まで連れて行くという周到ぶりからして、そもそもの目的が番
組説明だったと考えるのが自然だろう。

 安倍議員以外に関しては、NHK側の陳述書に明確な記述はない。松尾陳述書(*1)
も野島陳述書(*2)も、安倍議員に会う前に、議員会館で別の複数の議員に面会し
たことは認めている。しかし不思議なことに、それが誰であったかは明らかにし
ていない。野島陳述書では、「この議員の具体的な名前は差し控えさせていただ
きますが、中川昭一議員ではなく、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の
会」とも無関係の方でした」と述べている。

 中川昭一議員については、今のところ本田記者の取材で松尾武・中川昭一が述
べた証言(後に翻した証言)以外に、事前説明を裏付ける証拠は出てきていないが、
まだ会っていないことが立証されているわけでもない(中川議員は、「客観的」
な証拠として、2月2日以前の議員会館の面会証記録がないことを挙げているが、
議員会館に出入りしたことのある人なら、それが会わなかった証拠にならないこ
とぐらい分かるだろう)。野島陳述書(*2)では、中川議員にアポをとったのは、
政治部時代に中川議員と交流のあった秘書室次長であるが、それがいつだったの
かは「1月30日、31日、2月1日のいずれかだったようです」と述べていて、肝心
なところで「記憶が曖昧」だとしている。

 ただし、05年1月23日のフジテレビ「報道2001」に出演した中川議員は、以下
のような奇妙なやりとりをしている。

中川: 「この件について実はいま内部でいろいろと番組をいま検討している最
中です」と、こういうご説明が伊東さん〔番制局長〕からありました。
黒岩キャスタ−: 「番組を検討している最中」というのは、放送前ということ
ですね。
中川: あ、違いますね。番組を、そのときの記憶としては、「番組についてい
ろいろ中身を変更しています」と、あるいは「変更しました」というような説明
がですね…。
黒岩: 放送したあとなら、そういう説明はされる必要はありませんね。
中川: いや、説明されました。そのとき多分…。

 以上のように、中川議員の述べることはかなり揺れている。まだまだ怪しい部
分が多いのである。

 下村博文議員(当時、「若手議員の会」事務次長)は、「私のところにも、放送
前に、呼び出したわけではなく、NHKの方から、『このまま放送するのは問題が
あると思っているので、もう一度、編集を含めて検討したい』と言ってきた」と
事前説明を受けた旨を記者団に明言しているが(『朝日新聞』05年1月17日など)、
NHK側陳述書では会ったのが2月4日だとしており、相矛盾している。

 また、片山虎之助(当時、総務大臣)にも、NHK幹部が訪ね「番組の内容が偏っ
ているので、放送内容を変えた」と趣旨説明をしたとの報道があるが(『毎日新
聞』05年1月14日)、この件については陳述書で言及されていない。なお、片山議
員は、当時「若手議員の会」には所属していなかった(当選回数が多く、既に
「若手」でなかったため)。しかし日本会議国会議員懇談会の有力メンバーの一
人であり、「差し控え」られた「具体的な名前」の一つに入っているのかもしれ
ない。

2−(2) 政治家面談で番組についてどんな話があったのか

 事前の政治家面談の中身まで分かるのは安倍議員に対するものだけである。野
島陳述書(*2)と松尾陳述書(*1)を合わせると、次のようになる。

 まず野島局長が事業計画・予算計画に関する資料を安倍議員に手渡し、「少し
雑談」したあと、野島局長の方から「女性法廷を扱うETV2001について話題になっ
ているようなのでこの場を借りて説明をしておきたい」と切り出した。番組の説
明をしたのは松尾総局長で、4夜シリーズの第2夜で女性法廷を扱うこと、「女性
法廷はあくまで第2夜の素材の一部であって女性法廷の様子を描き出すような番
組ではないこと」などを説明した。すると安倍議員は、「慰安婦問題の難しさや
歴史認識問題と外交の関係などについて持論を語った上で、こうした問題を公共
放送であるNHKが扱うのであれば、当然公平公正な番組になるべきだといった趣
旨の意見」を述べたという。これに対し、松尾総局長は「実際の番組を見て欲し
い、多角的な視点に立った番組となっている」と述べたという。

 資料を渡して「少し雑談」してから番組の内容についての話になったというの
だから、これだけでも、明らかに「予算説明」が形式的なものでしかなく、訪問
の目的はむしろ番組説明にあったと理解することができる。松尾総局長が「女性
法廷の様子を描き出すような番組ではない」「多角的な視点に立った番組」など
と、現場の意向を無視して、政治家を前に番組の性格について勝手な位置づけを
断定的に述べてしまっている点も、きわめて問題が多い。さらに、安倍議員は
「公正公平に」というだけにとどまらず、「慰安婦」問題をめぐる「持論」を
NHK幹部に対して述べていたことも分かる。まさに「力によるサジェスチョン」
である。

 こんなことが番組放映前にあること自体、まさに「異常」である。

2−(3) 1月29日晩にNHK幹部がどのように番組を手直しさせたのか

 夕方6時頃、番組制作局長室で第2夜の試写がおこなわれた。同席したのは永田
町から帰った松尾総局長と野島局長のほか、伊東局長、吉岡部長、永田CP、長井
デスクらであった。番組を見終わった後、松尾総局長は「ここからは直接吉岡部
長と話がしたい」と言ったため(*1)、永田CPと長井デスクは退席させられた。

 試写後、番組の内容について具体的な指示を出したのは、松尾総局長、伊東局
長、そして野島局長である。このプロセスについては、松尾陳述書(*1)と伊東陳
述書(*3)に比較的詳しく載っている。

 まず大きく問題とされたのは、天皇や日本国の有罪を含む判決シーンである。
この段階では、判決はナレーションとして残っていた。吉岡部長は十分配慮した
ナレーションになっていると弁明したが、松尾総局長と伊東局長は、「天皇に触
れている限り扱っていることは変わりはない、天皇の戦争責任をやるのであれば、
NHKの独自の取材でしっかり時間をかけてやるべきだ」などと意見を述べた。そ
の結果、判決シーンはカットされ、そもそも判決が下されたかどうかさえも伝え
られない番組になったのである。

 また、松尾陳述書によれば、高橋哲哉氏や米山リサ氏が「法廷」を「総じて絶
賛しているという印象」をもち、またNHKのアナウンサーである町永氏の発言に
ついても「女性法廷を非常に評価する部分が多いという印象」を受け、それにつ
いての「意見」を述べたという。

 そうした方針にもとづき、現場をさしおいて、局長と部長で「具体的にナレー
ションやコメントのどの部分を削除するかを決めて」いったという。

 ここで気になるのは野島局長がどう関与したかという点である。国会担当局長
が、永田町帰りに具体的に番組改変の指示をしたとすれば、それこそ「政治介入」
そのものである。だからNHK側陳述書は、この点を最大限薄めようと構成されて
いる。野島陳述書(*2)は、「感想を述べた」だけだとか、「こことここをつなげ
ば日本語として成り立つといったワーディングを提案することはあった」とか、
その程度の関与だったとしている。

 しかし、この点については大変あやしい部分が多い。

 まず、野島陳述書(*2)によれば、局長と部長が具体的な変更の方針を決め、そ
れを「局長室の外で待機していた永田CPに伝えるという役割は、私が行ったよう
でした」と述べている。またもや肝心なところで当事者の記憶が薄れるという珍
妙な現象が起きている(便利な記憶装置だ)。何よりも奇妙なのは、そもそも現
場の責任者である吉岡部長に伝えればそれで良かったはずなのに、総局長でも番
制局長でもない国会担当局長がわざわざ部長の頭越しに現場に対して直接具体的
な指示を与える役割を果たした点である。これはたいへん「異常」なことである
のに、なぜそうなったかについての明確な記述はない。

 では、指示を受けた側の永田CPは、どのように「記憶」しているのか。永田陳
述書(*5)は、それなりに生々しく状況を伝えている。

「野島担当局長は自分の持っている台本への書き込みを指し示しながら、変更箇
所を私に伝えました。この日試写したものは、吉岡部長からはオーケーをもらっ
ていたものでしたので、多くのシーンについての修正は予想外でした。特に米山
さんのインタビューが一層短くなることについては違和感を覚えました。私はこ
の説明を聞いているうちに、削除する箇所が多かったため、何かシーンを追加し
ない限り番組が大幅に短くなってしまうと思いました。これについてはどうなっ
ているのかと野島担当局長に聞くと、追加できるシーンがあるのではないかと言
いましたので、加害兵士の証言シーンや吉見教授の証言シーン、そして秦教授の
インタビューなど、追加できるシーンをいくつか挙げました。野島担当局長は、
そうしたシーンを追加し、足りなければ秦教授のインタビューを足すなどすれば
よいと述べました。」

 まだ多くを隠しているに違いないが、「足りなければ秦教授のインタビューを
足すなどすればよい」などと、具体的な指示を出している点が注目される。実際、
この段階で秦郁彦インタビューがさらに追加されて、結果的に秦氏は2度番組に
登場することになり、番組放映時間全体の8.5%にあたる時間発言することになっ
た。その方針が野島局長から出ているのは、極めて重大である。また、米山氏の
スタジオ・コメントは、勝手に文章が切り刻まれ、その結果、2003年に放送と人
権等権利に関する委員会(BRC)によって放送倫理違反と判断されたのだが、よく
野島局長の証言をみれば、「ワーディングを提案」したとある。米山氏のコメン
トを継ぎ接ぎにした責任についても、野島局長に対する疑惑が生じてくるのであ
る。

 周辺情報は、野島局長の能動性をさらに裏付ける。長井デスクは、「終始野島
さんがリードするかたちで造り替えが行われました」と証言している(05年1月13
日記者会見)。朝日記事(*7)は、そもそも29日の試写が終わった後、野島局長の
「これでは全然だめだ」の一声から見直しが始まったと伝えている。また、「慰
安婦をビジネスだったことにできないか」との趣旨の発言をおこなったとも報じ
ている。

 以上のように、NHK側陳述書は、野島局長の関与が間接的・消極的なものだと
主張したいようだが、むしろ見えてくるのは彼の直接指示であり能動性である。
永田町帰りの国会担当局長が、部長のOKが出ていた番組に対して、部長の頭越し
に本来の職務を離れて現場に直接番組変更の指示を与えること、これをまさに
「政治介入」というのである。こんなことを決して「通常」の範囲に入れてしまっ
てはならない。

(続く)

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                       (19号編集担当・岩崎稔)

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│発行= 2005年8月9日 │
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