(創刊:2001年8月18日)
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★メディアの危機を訴える市民ネットワーク┃メ┃キ┃キ┃・┃ネ┃ッ┃ト┃
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             メール・ニュース vol.19(1) 発行:2005年8月8日
                            登録者数:374人
               http://www.jca.apc.org/mekiki/index.html

メキキネット事務局では、先のメール・ニュースを通して、改ざんの事実につい
て、具体的な細部に踏み込んで検証を行ってきました。
その後、『月刊現代』8月号に魚住昭氏のレポートが出て、安倍晋三、中川昭一
両議員に対する取材記録が明らかになり、かれらが厳しい朝日新聞記者の取材の
前にいかにボロをだしていたのかが見えてきました。政治介入について、ほぼ想
定されていたことが裏付けられつつあります。他方、NHKは、VAWW-NET JAPANの
裁判のために、準備書面やいくつもの陳述書を提出し、それを組織の広報力を使
ってあたかも事実であるかのような悪質な宣伝を始めています。
本号では、これらの新しく出てきた一連の資料について、相互関係や、そこに
隠された意味をどうよむべきか、分析してみます。メキキ・ネット事務局の板垣
竜太氏の手によるものです。長いために、三回分の連載とします。ぜひ仔細に検
討してみてください。政治介入の行為はもはやまともな神経をしているかぎり、
否定しようのないものとして証明されているはずです。
また、九月公刊をめざして準備中の、メキキネット事務局が編集した本『番組
はなぜ改ざんされたか』についてのお知らせも添えてあります。
 
 ■もくじ■

 1.「通常」のなし崩し、すなわちファシズム
                   板垣竜太(メキキ・ネット事務局)

 2.『番組はなぜ改ざんされたか-「NHK・ETV事件」の深層』近刊予告 

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1.       「通常」のなし崩し、すなわちファシズム
                    板垣竜太(メキキ・ネット事務局)

7月20日におこなわれたVAWW-NETジャパンのNHK裁判には、NHK側から相当な分量
の準備書面と陳述書が提出された。ただ提出しただけではない。7月13日に、NHK
は記者会見まで開いて準備書面の中身を公開するとともに、控訴審の開かれた7
月20日にはNHKの公式ホームページに準備書面から抜粋・再編集した文書(「編
集過程を含む事実関係の詳細」)まで堂々と公開した。NHKは、これをもって「政
治介入はなかった」「これは通常の編集過程だ」という主張を裏付け、この問題
について一挙に幕引きをはかったつもりなのだろう。

しかし、私にとって、NHKが今回出してきた陳述書の中身は驚きそのものだった。
NHKが今回提出した陳述書は次のものである(以下、後で引用するために番号をふ
っておく。また肩書きは放映当時のものを使用する)。

*1 松尾 武(放映当時、放送総局長)
*2 野島直樹(同、総合企画室国会担当局長)
*3 伊東律子(同、番組制作局長)
*4 吉岡民夫(同、教養番組部長)
*5 永田浩三(同、チーフプロデューサー=CP)

NHK側の思惑とは正反対に、これら陳述書の内容たるや、むしろ「政治介入」の
存在をより強く裏付けるものでしかなかった。これを「通常」だとするならば、
NHKは「通常」の範囲をきわめて拡大したといわざるを得ない。「この程度は許
容の範囲内」「それはやむを得ない」という調子で「通常の範囲」がなし崩し的
に拡大していくこと、歴史はこれをまさしくファシズムとよんできたのではなか
ったか。

本当にこれを「通常」などといってしまってよいのか。ここでは、1.1月26日
総局長試写をめぐって、2.1月29日の政治家面談と番組改変との関係、3.1月
30日の会長の関与、という3点から、NHKが出してきた陳述書および「編集過程
を含む事実関係の詳細」(*6)について検討してみてみよう。陳述書における「疑
惑」を洗い出す作業が中心になっているので、どうしても話が細かくなってしま
うが、容赦いただきたい。

 なお、7月25日の『朝日新聞』朝刊の「検証」記事(*7)にも、いくつか「政治
介入」をめぐる新たな情報が含まれている。また、この文章を準備している頃、
魚住昭氏が『月刊現代』(05年9月号)に「決定的証拠」として、本田雅和記者
による松尾武・中川昭一・安倍晋三の取材記録を入手して掲載した。ここにもい
くつか新たな情報があるので、これも補足資料(*8)として、利用したい。

【1.1月26日総局長試写をめぐって】

 これまでNHK番組改ざん事件の真相究明における大きな謎の一つは、1月26日
(放映4日前)になぜ放送総局長らによる前代未聞の粗編(あらへん)試写がおこ
なわれたのか、ということだった。この局長試写におけるコメントを受けて、秦
郁彦氏のインタビュー起用が決まったのだから、ここは番組のコンセプトにおけ
る大きな転換点の一つだった。今回、NHKが提出した書面によって、この部分が
かなりみえてきた。

 1月24日にドキュメンタリー・ジャパンが第2夜の編集から事実上降板した。25
〜26日に番組に関わる素材が全てNHKに納品され、このあとはNHK教養番組部が中
心になって、大幅な番組の「つくりなおし」がおこなわれたということは、本メ
ール・ニュースで既報のとおりである。

 1月25日、吉岡部長が伊東局長に、この番組が「問題をかかえている」「NHKが
ひきとって編集しなおすことにした」という旨を報告した。伊東局長は「現時点
での編集段階のテープと番組の方向性を知りたい」と吉岡部長に伝えた。吉岡部
長は、素材の一部がまだDJにあったりなど、粗編を見せられる段階でないと答え
た。そこで伊東局長は、「なんとか26日に概略でも見せてほしい」と伝えたのだ
という(*3)。

 これだけみると、番組制作局長−教養番組部長のラインで内在的に試写が決ま
ったようにみえる。しかし、26日夕方におこなわれた試写には松尾総局長と野島
局長も同席するという、きわめて「異常」な状況になっていた。なぜそうなった
かについて陳述書を検討すると、かなり先後関係が曖昧になっていることに気づ
く。順にみてみよう。

1−(1) 松尾試写がおこなわれた経緯

 まず、なぜ総局長試写がおこなわれるようになったかについては、松尾陳述書
と伊東陳述書を照合すると、肝心の部分で先後関係が曖昧にされていることが分
かる。

 伊東陳述書によれば、「そのころ」、すなわち吉岡部長と試写のやりとりをし
ているころ、松尾総局長から「本件番組についてどうなっているか」と電話があ
った。松尾は「議論の対立する大変難しい番組のようだが、中止などではなく放
送はしたいので自分にも見せてほしい」と言った。そこで「26日の粗編集試写の
ことを伝えました」と説明している(*3)。

 一方、松尾は、1月25日に、伊東局長から同番組の「制作作業が大変なことに
なっているという旨の報告」を受けた、と述べている(*1)。

 松尾陳述書のラインでは、伊東局長から報告を受けたというだけの話になるが、
伊東陳述書のとおりであれば、まず松尾総局長の方から「どうなっているか」と
電話が来たことになる。であれば、松尾総局長は、どのような経緯で、このとき
に「どうなっているか」と問うほどこの番組に問題があると思うにいたったのか、
という点についての説明が当然必要となるのだが、その部分が隠蔽されている。
しかも「そのころ」が一体どの頃なのかも判然とせず、重要な部分で先後関係が
曖昧になっているのである。

1−(2) 野島試写がおこなわれた経緯

 この辺をあえて曖昧にしているのではないかという疑惑をさらに強めさせるの
は、野島局長が試写に参加するにいたった経緯についての陳述書の記述である。
国会担当の局長が、できてもいない番組を試写するというのは、それ自体番組に
対する強い圧力だといえるが、なぜそんな「異常」なことが起きたのか。

 野島陳述書(*2)は、まずNHKが毎年「視聴者・国民の代表」である与野党約450
人の議員に対し、個別に予算と事業計画の説明をおこなっているという驚くべき
事実を伝えている。そして、1月25日、総務大臣に次年度予算が提出され、この
頃から総合企画室職員が予算説明を本格的に開始したとする。この頃のこととし
て、以下のように記述している。

「本格的に予算説明を開始したころだったと思いますが、担当者が古屋圭司議員
など、自民党総務部会所属の複数の議員を訪れた際に、「『日本の前途と歴史教
育を考える若手議員の会』所属の議員らが昨年12月に行われた『女性国際戦犯法
廷』を話題にしている」「NHKがこの法廷を番組で特集するという話も聞いて
いるが、どうなっているのか」「予算説明に行った際には必ず話題にされるであ
ろうから、きちんと説明できるように用意しておいたほうが良い」といった趣旨
の示唆を与えられました。」

 これは、政治家がNHK職員に対し、まだ放映もされていない番組について「ど
うなっているのか」と事前に説明を求めたという証拠になっている。「示唆」な
どという柔らかな表現が使われているが、これは明らかに要求であり圧力である。
松尾武が「圧力」について述べた秀逸な表現を借りれば「力によるサジェスチョ
ン」(*8)である。実際、この後に総合企画室はこの件でバタバタするのである。

 なお、NHKがホームページに公開した文書(*6)では、これが「25日から26日こ
ろ」だとしている。どちらが正確なのか定かでなく、肝心の部分で日付がたいへ
ん曖昧にされている。

 野島局長はこの「報告を受けて」、番組を確認する必要があると考えたが、し
かし「制作している部署がどこかも分からなかったので、とりあえず松尾放送総
局長に対して、番組がどういったものなのか教えてもらえないかと相談」したと
いう。それに対し、松尾は「いまから行われる粗編試写の場」に「同席してはど
うか」と言ったため、同席したという。なお松尾陳述書(*1)によれば、この野島
局長の発言は1月26日午後のことだとしている。

 つまり、NHKの提出するストーリーでは、26日に伊東局長の試写を開くと決まっ
たころ、たいへん偶然にも松尾局長から電話があって試写に同席することにし、
そしてたいへん偶然にも野島局長が松尾総局長に問い合わせたためそこに同席す
ることになった、ということになる。実に奇妙な偶然である。私には、政治家か
ら説明を求められたために試写をおこなったのだ、という先後関係を周到に隠す
ために、このような曖昧な陳述をおこなったとしか考えられない。

1−(3) 周辺事情

 そうした疑念は、周辺事情からさらに強まる。

 NHK側はこの頃「若手議員の会」などの情報を集めていたということも、かな
り見えてきた。

 朝日新聞の検証記事は、「監督官庁の総務省関係者によると、自民党議員から
番組内容の問い合わせを受けたNHK側が同党内の情報を集めていたという」と
伝えている。

 実際、伊東陳述書(*3)には、以下のような驚くべき記述がある。

「確かこの25日ころだったと思いますが、番組制作局企画開発の職員が『歴史教
科書への疑問』という500ページくらいの厚い本を書店で購入しました、と届け
てくれました。〔…〕自分では読んでいなかったのですが、局長室を訪れた吉岡
部長らに対して、「こういった本もあるけど読んだことあるか」と尋ねたことは
あったように記憶しています。」

 同書籍は、「若手議員の会」が発刊した「慰安婦」問題を中心とした本であり、
発行年は1997年である。2000年時点でたまたま本屋に並んでいたというような代
物ではない。この時点で急いで購入したと考えるのが自然だろう。

 朝日記事(*7)は、「伊東局長が本を開き、中川、安倍両議員らが載っている同
会所属議員の名簿を指すなどして、「この人たちなの」「苦労している」と話し
た、と証言するスタッフもいる」とも伝えている。魚住ルポ(*8)は、この伊東局
長の言動が27日のことだと伝えている。

 他にも同じ頃に以下のようなできごとがあった。まず、「日本会議」という全
国団体が、「事前にこの件〔番組が放映されること〕を察知し」、1月26日に総
務省に申し入れ行動をおこなった。「小田村副会長以下の役員により、片山虎之
助大臣を訪ね、NHKが公共放送としてふさわしい公正な報道を行うように申し入
れを持った」(『日本の息吹』01年3月号)。また前日25日晩には、「NHKの『反
日・偏向』を是正する国民会議」という寄せ集めの団体(代表=西村修平)が、
「NHKはETV2001の放送を中止せよ」というメッセージをネット上の掲示板に載せ
ている(鐵扇會)。さらに、日本政策研究センター(所長・伊藤哲夫)なる団体も
同じ頃に、NHKが「法廷」をとりあげることを放送前に知り、「この事実を周知
するとともに、NHKに対し抗議し、放映中止を要求した」という(『神社新報』
第2590号)。

 これに関連して注目されるのは、本田記者取材による松尾総局長の証言(*8)で
ある。本田記者が、番組の内容を西村修平らのグループが「若手議員の会」に流
したのではないかと問うと、松尾氏は「彼らがご注進した」「それはその通りで
す」と述べている。また中川議員も、「同じような問題意識をもっているわれわ
れの仲間が知らせてくれた」と、本田記者のインタビューに答えて言っている。
松尾総局長のいう「彼ら」、中川議員のいう「仲間」が、正確に誰なのかは分か
らない。しかし上記諸団体のいずれかであることは間違いないだろう。

 さらに魚住ルポ(*8)によれば、26日に野島局長が伊東局長に電話をし、「永田
町で騒いでいる右翼を番組に取り込めないか」と打診していたという。「若手議
員の会」の議員を出すことで「両論併記」的な番組づくりにして事を収めようと
いう趣旨だと思われるが、この提案自体は却下され、代わりに起用されたのが秦
郁彦氏だった。

 これらの出来事が、同時多発的に1月25〜26日に起きていた。しかも、魚住ル
ポ(*8および『月刊現代』05年3月号)によれば、現場スタッフは26日に、自民党
議員からNHK幹部にクレームがあったとの情報が伝えられ、その晩には「番組内
容に対するクレームにどう答えるか」という対応メモを作成するよう指示されて
いることからも分かるように、そうした動きは現場にまで影響を及ぼしていたの
である。

 すなわちNHK側の陳述における疑惑と周辺情報を合わせると、

右翼団体→政治家→総合企画室局長→放送総局長を経由して番組制作局長→現場

という構図が浮かび上がってくる。本ニュースVol.18に詳述したように、この局
長試写を前後する時期に、番組は大幅に変更されている。とりわけ、この局長試
写は、秦郁彦氏のインタビュー起用など、明らかに「政治家対策」的な番組づく
りへの転換点として位置づけられる。これを「政治介入」と呼ばずして何とよべ
ばよいのか。
                              (続く)
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2. 近刊広告『番組はなぜ改ざんされたか--「NHK・ETV事件」の深層』

   メディアの危機を訴える市民ネットワーク事務局総力編集
   発行 一葉社、予価2600円+税

「…本書は、《メディアの危機》を前にしてたちあがった市民や現場のジャーナ
リスト、内外の研究者たちが、その総力をあげて事件の経緯はもちろん、真相/
深層まで解明すべく検証作業を試みた傑出のドキュメントです。この一冊で、
「政治介入」の事実がはっきりと分かります。メディア関係者に必携の一書であ
るだけでなく、報道の自由と自立を失った社会にはどのような暗澹たることが起
こりかねないのかを告げる、警世の書です。必然たる三年を要して、ついに今秋、
発刊!」(一葉社、予約受付ちらしから抜粋)

構成
 第一部 改ざんの事実  そのとき何が起こったのか
 第二部 改ざんの底流  歴史、ジェンダー、天皇制
 第三部 改ざんの構造  メディアの公共性を問う
 第四部 改ざんの廃墟から  状況に抗して

予約注文は、直接下記にお願いします。
 一葉社 〒114-0024 東京都西ヶ原1-46-19-101
TEL 03-3949-3492
FAX 03-3949-3497

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                       (19号編集担当・岩崎稔)

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