(創刊:2001年8月18日)
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★メディアの危機を訴える市民ネットワーク┃メ┃キ┃キ┃・┃ネ┃ッ┃ト┃
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                          メール・ニュース vol.15(2)発行:2003年 8月18日
                                                         登録者数:383人
                                http://www.jca.apc.org/mekiki/index.html


          ◎監視社会とメディア 特集号◎

 ジョージ・オーウェルの『1984』では「ビッグ・ブラザー」の眼差しが市
民生活を監視するディストピアが描かれ、最近はスティーヴン・スピルバーグ監
督の『マイノリティ・リポート』が、さらに精緻になった監視社会の未来像を描
きました。しかし、そんなフィクションの世界は、はるかに陰惨な形で現実とな
りつつあります。街頭監視カメラ、住基ネット、Nシステム、そしていわゆる
「メディア規制法」・・・わたしたちの生活が、常に何らかの監視の眼差しのも
とにあるという事実に想像力を働かせる時、息の詰まるような感覚におそわれます。

 メキキ・ネットはメディアの問題と日本社会の右傾化の問題を軸に運動を続け
ていますが、それらの問題と監視社会化は通底する、おなじ根をもった現象であ
ることは間違いありません。そこで、今回のメールマガジンは「監視社会とメ
ディア」と題して特集号をお送りしたいと思います。ご紹介するのはマレーシア
のインターネット新聞『マレーシアキニ』編集長・スティーヴン・ガンさんによ
るマレーシアの状況の報告です。報告から見えてくるのは、監視社会化の流れが
世界の各所で同じように起こっていること、それゆえにそれに対する抵抗は世界
的な規模での連帯が可能であり、かつ必要であることです。

 今回のメルマガでご紹介できるのはそのような流れのごく一部ではあります
が、これが監視社会とメディアの問題を考え、行動するひとつの端緒となればと
思います。

<もくじ>

【1】バーチャル民主主義──マレーシアより 
              『マレーシアキニ』編集長 スティーヴン・ガン
  【付記】監視のトライアングルを断ち切るために 
               メキキ・ネット事務局 板垣竜太
【2】反監視社会イベント情報・書籍情報

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【1】バーチャル民主主義――マレーシアより

  スティーヴン・ガン(インターネットメディア『マレーシアキニ』編集長)
                 翻訳:米山リサ(メキキ・ネット事務局)

 その昔、鉱夫たちはカナリアを連れて入山した。
 もしカナリアが死んだら、
 坑道の空気が毒気を帯びはじめ、脱出したほうがよいと知ったのだ。
 マスコミ報道というのは、鉱山のカナリアのようなもの。
 報道の自由が圧殺されるときというのは、
 なにか悪いことが起こりつつあるという警告だ。

                ***

 マレーシアは民主国家。
 発言の自由は保障されている。 だが発言した後の自由はない。
 政治運動の自由はある。 しかし、結社の自由は約束されていない。
 出版物も多すぎるほどたくさんある。
 十数紙をこえる新聞が、四つのことなる言語で出版されている。
 しかし、報道の自由はない。

 インターネットが現われるまで、
 政府が真実を独占していたことはあきらかだ。
 インターネットも完全に自由ではない。
 従来のメディアにくらべてそれが有利なのは、
 唯一、出版許可をもらわなくてよいということくらいだ。

 私たちインターネット報道も、
 従来のメディアを縛り監視下におく
 そのほか多くの法律のもとで操業しなくてはならない。
 じっさい、マレーシアで間接直接に報道の自由に触れる法律の数は、
 両手におさまる数をはるかにこえて三十五にものぼる。
 ほんの数例をあげるなら、
  国内安全保障法、
  国家機密法、
  そして煽動罪、
  文書誹毀罪、
  法廷侮辱罪などを取り締まる法律など。

 自由を制限するこういった法律がすべて廃止されるまでは、
 真の報道の自由はない。
 しかしそれでもインターネットは比較的自由でいられることから、
 『マレーシアキニ』は従来のメディアにくらべて決定的に有利だ。

                ***

 『マレーシアキニ』は、四年前に誕生し、
 いまでは指折りのニュース組織とみなされている。
 毎日十万人をこえる人びとがサイトを訪れており、
 その数は百年以上も前から操業しているものさえふくむ
 国内有数の主要新聞と肩をならべている。

 『マレーシアキニ』の成功の理由は、三つある。

 第一に、政府の政策。
 マレーシア版シリコンバレーとしての
 マルティメディア・スーパー・コリドー[1]の振興策として、
 政府はインターネットを検閲しないと約束した。
 政府の名誉のためにいっておくなら、
 この約束はおおむね守られてきたといえる。

 第二に、政治意識の向上。
 この数年のあいだ、とりわけ
  民主主義、
  人権、
  よりよい政治、
  司法の独立
 といった問題にふかい関心をよせるマレーシア人が増えてきた。

 第三に、従来のメディアの信用失墜。
 報道の自粛によって、
 読者はニュースの得られるべつの場所を求めて
 ますますインターネットへと駆り立てられてきた。

 四つめの理由になにが挙げられるだろう?
 砂の一線をひき、
 「ここまででもう限界」と、
 政府に立ちむかう意志のあるジャーナリストたちがいることだ。

                ***

 私たちにも問題がないわけではない。
 ハッカーがいったい何度『マレーシアキニ』に侵入したのか、
 もう数えられない。
 ハッカーによる攻撃がどこからくるのか、
 詮索するのはよそう。
 ただ、政府は昨年、
 異端のウェブサイトに「ミサイル」攻撃をしかけると宣言していた。

 また、『マレーシアキニ』のジャーナリストたちは、
 政府がジャーナリストとして働く人びと全員に発行している
 公式のプレス・バッヂをもっていない。
 そしてもちろん政府からも攻撃されている。
 資金源を問われたり、
 広告主に圧力をかけられたり、
 マハティール首相から「国賊」とも呼ばれたりした。

 今年はじめ、
 掲載した「治安妨害」の記事の取り調べのために、
 『マレーシアキニ』は警察の強制捜査を受け、
 十九台のコンピューターを押収されてしまった。
 だが人びとの抗議のおかげで、
 押収されたもののおおくは戻ってきた。

                ***

 報道の自由とは、チューブ歯磨きのようなものだ。
 いったん表明されてしまったら、容易にもとにはもどらない。
 ジャーナリストとしての私たちの仕事は、
 チューブのなかから報道の自由を絞り出すことなのだ。
 貴方たち読者の仕事は、
 それに援助の手をさしのべることだ。


訳注
[1] Multimedia Super Corridor (MSC) クアラルンプールとクアラルンプール国
際空港のあいだの縦50km、幅15kmの丘陵地帯を、先端テクノロジーを結集
したインテリジェント・シティーに改造する計画。中核都市サイバ・ジャヤ、新
行政都市プトラ・ジャヤ、映画村(E・ビレッジ)、マルチ・メディア大学など
がふくまれている。


【付記】 監視のトライアングルを断ち切るために  
                     メキキ・ネット事務局 板垣竜太

 6月29日、監視社会の構築に「貢献」した人・制度・システム等にビッグ・
ブラザー賞を贈る「Big Brother Japan 2003」が東京で開かれた。大賞には、下
馬評どおり住基ネットが選ばれ、その他、歌舞伎町監視カメラや防衛庁などが受
賞対象となった。その前日の6月28日には、監視社会を考える国際シンポ「世
界のプライバシー権運動」が開かれた。そこで、マレーシアの「MyKad(マイ・
カード)」という多目的の国民ICカード導入について批判的なプレゼンテー
ションをおこなったのが、インターネット新聞『Malaysiakini(マレーシアの
今)』編集長のSteven Ganさんだった。

 彼の発表は極めて印象的なものだった。ICチップを埋め込んだカードを全国
民を対象に発行するのは、実のところマレーシアが世界で始めてである。韓国や
台湾では、97−98年前後にそうした構想が浮上したが、市民運動の盛り上が
りのなか、廃案となった。マレーシアではこれといった抵抗もなく、極めて多様
な情報を盛り込んだICカードが導入されてしまった。なぜ、批判の「声」すら
あがらないのか、というところから、彼の話は自らが編集長をつとめる『マレー
シアキニ』の話へと向かった。今回スティーブンに寄せていただいた文章は、そ
のときの発表の後半部の内容に近い。本文にもあるように、『マレーシアキニ』
のコンピュータは今年のはじめ警察に一時押収されてしまった。そのときの映像
もスティーブンは見せてくれたが、とりわけ、誰がそのコンピュータを使ってい
たのかを把握するために、19台それぞれに主たる使用者の住民登録番号が貼り
付けられた映像がとても強烈だった。

 彼の発表は、監視社会の問題が、単純に個人のプライバシーの問題にとどまら
ないことを改めて認識させてくれた。今日の監視は、プライバシーにとって脅威
となるだけでなく、思想・信条の自由、表現の自由、身体の自由等、人間として
の基本権を直接おびやかすほどに、急速に拡大している。このことは、米国から
来ていたChris Chiuも述べていたことだし、また参加はできなかったが韓国から
文章を寄せた李殷雨(イ・ウヌ)さんが、「反監視権」の定立という提言のなかで
指摘していたことでもある。

 また、監視とメディアという問題についても改めて考えさせられた。同じ国際
シンポにおいて、イギリスのPrivacy Internationalで活動しているSimon
Daviesは、「監視のトライアングル」という興味深い図式を提示していた。監視
社会が強化されるときに、<政府−企業−メディア>の相乗効果が極めて重要な
役割を果たしてきたという議論である。イギリスは今日まさに監視カメラ設置の
「最先端」を行っているが、その契機の一つが、少年の殺害事件を監視カメラが
撮っていたことを、メディアが盛んに報じたことだったという。その話を聞いて
すぐ後に、長崎で全く同じようなことが起きたのには、さすがに驚いた。「セ
キュリティ」を強めようとする政府、危機を煽り立てるメディア、そして「監視
ビジネス」に賭ける企業のコンビネーション・プレイが、今日急速に進行している。

 だからこそ、このようなトライアングルを断ち切るメディアが必要とされてい
るのだといえよう。
 こうしたことを考えさせてくれたスティーブン・ガンさんに感謝したい。

 最後に彼の略歴を掲げておく。
 オーストラリア大学経済学部卒業後、香港を拠点としたフリーのジャーナリス
トとして4年間活躍した。アジアを広範囲に駆け回り、90年の湾岸戦争ではバ
グダッドで取材した。94年にマレーシアに戻ると、大手新聞社の『The Sun』
で特集記事の編集者となり、毎週コラムを執筆した。コラムは「木曜日をス
ティーブン・ガンとともに」というタイトルだった。
 その翌年に、スティーブンは不法移民の収容所で59人の死者が出たことをス
クープした。しかし、クアラルンプールで開かれた東チモール問題に関するアジ
ア太平洋会議(Apcet II)の取材中に逮捕され、そのため96年には、国際アムネ
スティから良心犯として指名された。その後、彼は釈放された。
 97年からは、バンコックの『The Nation』紙の社説を2年間担当した。99
年には、インターネット誌であり、マレーシアで最初にして唯一の独立メディア
でもある『Malaysiakini』を共同で設立した。2000年には、国際自由新聞賞
をジャーナリスト保護委員会(ニューヨーク)から受けた。また、『Asiaweek』の
最有力コミュニケ―ター50人の1人にも選ばれている。さらにその翌年、『マ
レイシアキニ』はブリュッセルの国際新聞編集者協会の先駆者賞を受け、ス
ティーブン自身も『Business Week』誌の「アジアのスター」に選ばれている。

関連ウェブサイト
マレーシアキニ  http://www.malaysiakini.com/
ビッグ・ブラザー・ジャパン2003  http://bigbrotherjapan.info/
プライバシー・インターナショナル  http://www.privacyinternational.org/

                                                 (2003年7月25日)

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【2】反監視社会イベント情報・書籍情報

▲▲▲イベント情報その1▲▲▲

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┣  ウシに耳票、ヒトに住基カード  ┫
┣住基ネット8月25日本格稼働を許さない┫
┣      市民集会&デモ     ┫
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■とき
 8月23日 13:30〜16:30(デモ出発17:00)
■ところ
 渋谷区勤労福祉会館
 (JR渋谷駅10分 渋谷パルコ斜向かい)
■内容
 ○特別報告
  「マレーシアのICカードによる国民管理」
   シー・スン・ヤップ(人権NGO・スワラム国際担当スタッフ)
 ○報告
  江原昇(練馬区住民基本台帳研究会・予定)
  小倉利丸(富山大学教員)
 各地の運動から
 ○ビデオ上映『(仮)住基ネットと監視社会』
■参加費 900円
■主催
 反住基ネット連絡会
 〒162-0042東京都新宿区早稲田町75日研ビル2F日本消費者連盟気付
 電話:03-5155-4765/携帯 :090-2302-4908/Fax:048-833-8305/

----参考 マレーシアの国民ICカード----
●インターネット新聞「マレーシアキニ」編集長
スティーブン・ガンさん
「マレーシアでは、2005年までに国民全員が生涯不変のIDナンバーが印刷
されたIDカード(ICカード)を持たさることになる。このカードには氏名・
住所・性別などのほか、血液型や病歴などの医療情報、または指紋、遺伝子など
の情報も記録されている。同時に、運転免許証やパスポートでもあり、銀行や交
通機関でも使え、買い物の支払いも可能。パソコンやマンションのセキュリティ
解除、駐車場の利用などの際のカードキーとしても使われている。これによって
自分がいつ・どこで・何をしたか、完全に把握される。マレーシアには、そもそ
も言論・活動の自由がないのだが、このカードの登場によって、より管理が強化
されている」(03.6.28国際シンポジウム「世界のプライバシー権運動」より)


▲▲▲イベント情報その2▲▲▲

【8・25横浜集会】
加速する監視社会を考える
持っては行けない!住基カード
住基ネット本格稼働に反対の声を!

8月25日(月)18:30
かながわ県民センター301号室
参加費:800円

ゲスト:
シー・スン・ヤップさん(マレーシア 人権NGOスワラムの国際担当スタッフ
 国家の反テロリズムに対抗するアジアのネットワークづくりやマレーシア国家
による抑圧管理システムに反対して活動)
板垣竜太さん(反監視ネットワーク・朝鮮研究)

主催:住基ネットに「不参加」を!横浜市民の会
         (連絡先:080-5052-0270)


▲▲▲書籍情報▲▲▲

白石孝・小倉利丸・板垣竜太編
 『世界のプライバシー権運動と監視社会
 ──住基ネット、IDカード、監視カメラ、指紋押捺に対抗するために』
                 (明石書店、2003年、定価2,200円)


■みなさんからのご意見・ご感想、なにより投稿をお待ちしています!

                     (メキキ・ネット事務局一同)

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│発行= 2003年 8月18日                                             │
│ 発行所=メキキ・ネット事務局                                    │
│ ホームページ: http://www.jca.apc.org/mekiki/index.html         │
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│ FAX: 020-4666-7325                                          │
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