訴状


2001年(平成13年)7月24日

東京地方裁判所民事部 御中

原告訴訟代理人弁護士 飯田正剛
同 大沼和子
同 中村秀一
同 日隈一雄
同 緑川由香

〔住所略〕
       原告 「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク
       上記代表者代表 松井 やより
〔住所略〕
       原告 松井 やより

(送達場所)
〔住所・電話番号略〕
          原告ら訴訟代理人   
             弁護士 飯田 正剛
〔住所・電話番号略〕
          原告ら訴訟代理人   
             弁護士 大沼 和子
〔住所・電話番号略〕
           原告ら訴訟代理人   
             弁護士 中村 秀一
〔住所・電話番号略〕
          原告ら訴訟代理人   
             弁護士 日隅 一雄
〔住所・電話番号略〕
             原告ら訴訟代理人   
               弁護士 緑川 由香

〔住所略〕
              被告   日本放送協会
            上記代表者会長 海老沢 勝二
〔住所略〕
被告  株式会社エヌエチケイエンタープライズ二十一
上記代表者代表取締役 酒井 治盛
〔住所略〕
被告  株式会社ドキュメンタリー・ジャパン
         上記代表者代表取締役 牧 哲雄

訴訟物の価格    金2000万円
貼用印紙額   金9万7600円
予納郵券額   金1万0560円


請求の趣旨

1 被告らは、原告らに対し、連帯して、各金1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

請求の原因

(はじめに)

 本件訴訟は、原告らが中心となって開催された「女性国際戦犯法廷」をめぐるテレビ番組の製作・編集・放送に関する事件である。

 日本国憲法の制定の背景となったアジア・太平洋戦争において、日本軍は数々の人道に対する罪を犯し、その傷痕は、今も、アジア・太平洋諸国を中心として、世界各地の人々の心と体に深く刻まれている。
 「女性国際戦犯法廷」は、そのような人道に対する罪のうち、国連などによって「20世紀最大の戦時性暴力」と言われる日本軍性奴隷制(いわゆる「慰安婦制度」)を取り上げて、日本国家と昭和天皇の各責任を追及する国際市民社会による活動である。このような国際市民社会による「女性国際戦犯法廷」の活動は、国連によっても、高い評価を受けている。
 ところで、本件において、被告らは、かかる原告らの活動目的・意図・趣旨を全面的に認識・理解したうえで、本件テレビ番組の製作を企画して、原告らに対して、そのテレビ番組製作の全面的協力を申し込んだ。
 原告らは、世界各国のテレビ局の申込みを考慮しつつ、被告らのテレビ番組製作の目的・意図・趣旨が、原告らの目的・意図・趣旨を十分に認識・理解するものであることから、本件テレビ番組製作に、全面的に協力することとした。
 こうして、被告らは、本件テレビ番組の製作を行った。
 ところが、被告らは、原告らとの間で確認した本件テレビ番組の目的・意図・趣旨に反して、本件テレビ番組を編集し、放送した。

 このような被告らの行為は、道義的・倫理的にはもちろんのこと、法的にも、許されるべきではない。
 すなわち、自由で自立した市民社会の建設のためには、表現の自由が確保されなければならない。
 しかし、その表現の自由は、決して、無制限ではない。
 いな、むしろ、自由で自立した市民社会においては、他の尊重すべき自由・権利がある以上、表現の自由は、他の尊重すべき自由・権利との調和の観点から、内在的制約を有する、と言うべきである。
 本件訴訟は、豊かで自由で活力のある市民社会の実現のために、一方において、表現の自由が、その限界まで保障されるとともに、他方において、テレビ番組の製作に協力した市民の自由もまた、法的保障を受けるべきであることを求めて、司法的解決の実現を目指すものである。
 叡知を集めた裁判所の訴訟指揮・司法判断を、切望するものである。

1 当事者

(1)原告ら

 原告「戦争と女性への暴力」日本ットワーク(以下「バウネット」という)は、1998年6月6日、戦時、武力紛争下の女性への暴力をなくすために女性の人権の視点に立って、平和を創る役割を担い、世界の非軍事化をめざすことを目的として設立された社団である。
 原告松井やよりは、原告バウネットの代表者である。
 原告バウネットは、総会、運営委員会、役員の選出等、団体の運営に関する規約を取り決め、かかる規約に基づいて運営されている権利能力なき社団である。
 原告バウネットは、後記のとおり、2000年12月8日から同月12日までの間、九段会館(東京都千代田区)等において開催された「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」(以下「女性国際戦犯法廷」という)を主催した団体のうちの一つである。

(2)被告ら

 被告日本放送協会(以下「被告NHK」という)は、日本全国において放送事業を営んでいる特殊法人である。
 被告NHKは、2001年1月29日から同年2月1日まで4夜連続で放送されたETV2001シリーズ「戦争をどう裁くか」(以下「本件シリーズ」という)の第2回「問われる戦時性暴力」(以下「本件番組」という)の中で、女性国際戦犯法廷を後記のような形で取り上げたものである。
 被告株式会社エヌエイチケイエンタープライズ二十一(以下「被告エンタープライズ」という)及び被告株式会社ドキュメンタリー・ジャパン(以下「被告ドキュメンタリージャパン」という)は、いずれもテレビ番組の制作を目的とする株式会社であるところ、本件シリーズの製作に携わったものである。

2 本件取材に至る経緯について

(1)本件番組の企画内容

@被告NHKは、2000年(平成12年)9月頃、被告NHKエンタープライズ及び被告ドキュメンタリージャパンに対して、本件番組を含む特集番組に関し、制作依頼をした。
A同年10月中旬、被告ドキュメンタリージャパンは、原告バウネットに対し、本件番組を被告NHKの特別企画番組として放送したい旨申し入れたことから、原告バウネットの担当者は、同月24日に原告バウネットの事務所において被告ドキュメンタリージャパンの担当者と会うことを約束した。
B同月20日、原告バウネットは、同会の運営委員会を開催し、上記の被告ドキュメンタリージャパンの申入れを同委員に伝えるとともに、被告NHK及び同NHKエンタープライズ及び同ドキュメンタリージャパンの取材要請に応じることを決定した。
C同月24日、原告らは、原告バウネットの事務所において、被告ドキュメンタリージャパンの担当者と会い、本件番組を含む特別企画番組として放送したい旨相談され、その際、被告ドキュメンタリージャパンから、被告らが作成した企画書(番組提案書)を交付された。
D同企画書には、2夜連続の企画内容が記載され、番組名(仮名)として、「女性たちの国際法廷」、副題として「戦時性暴力が裁かれる時」を掲げ、第1夜は「何が裁かれたのか?」というテーマで、第2夜は「戦時性暴力を問う」というテーマが考えられていたが、口頭の説明では、4夜連続の企画であった。
E被告ドキュメンタリージャパンは、上記説明の中で、原告らに対し、同年12月8日から12日までの間に開催が予定されでいる「女性国際戦犯法廷」をつぶさに追い、スタジオでの対談をはさみながら、半世紀後に戦時性暴力を問うことの意味を考えたいと説明した。
 とりわけ、本件番組(第2夜分)については、原告バウネットが女性国際戦犯法廷を提案した主催団体の一つであり、この法廷の趣旨は、第2次大戦中の日本軍によるいわゆる「慰安婦」制度を裁くため、女性の手によって開かれた法廷であることや、昭和天皇と日本国家の責任が問われた国際民間法廷であること、この法廷において取り上げられた被害者や加害兵士の具体的な証言内容及び専門家証言を紹介すること、天皇と日本国家に対し下された結論を紹介することを予定していると説明した。

(2)女性国際戦犯法廷について

 「女性国際戦犯法廷」は、@加害国である日本を代表して原告バウネットのほか、A被害国6ヵ国(韓国、朝鮮、中国、台湾、フィリピン、インドネシア)を代表して韓国挺身隊問題対策協議会(韓国)、「従軍慰安婦」太平洋戦争被害者補償対策委員会(朝鮮)、上海慰安婦研究センター(中国)、台北市婦女救援社会福利事業基金会(台湾)、女性の人権アジアセンター(フィリピン)、正義と民主主義のためのインドネシア女性連合(インドネシア)、及びB国際諮問委員会の三者で構成された国際実行委員会が主催者となって2000年12月8日から同月12日にかけて行われたものである。
 他に、国際刑事裁判所にジェンダー正義を求める女性コーカスという世界的なネットワークの代表であるロンダ・カブロン教授(コロンビア大学教授)や、国連人権小委員会の特別報告者・元国連人権センター所長のテオ・ファン・ボーベン教授(マーストリヒト大学教授)を法律顧問に迎え、犯罪類型や訴訟手続きを定めた15条の憲章に基づいて、被害・加害国から法律・歴史等の専門家からなる各国検察団が、日本政府と軍隊の元高官らを訴追する起訴状を書き、2人の主任検事が共通起訴状を書いて、裁判官には南北アメリカ、欧州、アジア、アフリカを代表する5人の法律専門家が抜擢され、法廷には、中国、韓国、北朝鮮、台湾、フィリピン、インドネシア、東ティモール及びオランダの8か国から被害者(元「慰安婦」)64名が参加し、その内の20余名の被害者及び加害兵士が証言して(マレーシアの被害者はビデオ証言)、最終日には判決言渡しが確定されるという民間による国際法廷という性格を持つものであった。

(3) 原告バウネットは、女性国際戦犯法廷の主催団体の一つとして、同年10月24日、被告ドキュメンタリージャパンから、女性国際戦犯法廷の内容をつぶさに追い、広く社会に対して戦時性暴力を問いかけたいとの趣旨で取材の申し込みを受けたものである。この申込を受けた原告バウネットとしては、この取材に応じることは、女性国際戦犯法廷が開催される事実を知らない一般国民に対しても、広くその存在と意義を知らしめることができ、もって国民の知る権利にも資することができると考え、またそのこと自体が原告らの設立目的に適うことでもあったので、以後、本件番組の制作に全面的に協力することを決め、実際に被告らの取材に快く協力してきたものである。

3 被告らによる本件番組のための取材行為の概要について

(1) 2000年11月6日、原告バウネットは、上述のような被告ドキュメンタリージャパンの説明を信頼して、その取材要請に応じ、同日開催された原告バウネットの運営委員会に被告ドキュメンタリージャパンの担当者が同席することを許し、原告バウネットの上記法廷での準備状況についての取材に応じた。

(2)また、同月21日に行なわれた原告バウネットの運営委員会においても、被告ドキュメンタリージャパンの担当者の同席を許したほか、テレビカメラによる撮影も許可した。さらに、原告松井は、カメラクルーの前で、同日午後4時から午後5時半まで約1時間半にわたり、被告ドキュメンタリージャパンの担当者のインタビューに応じ、上記法廷を開催するに至った経緯や理由、主催団体等の組織やこれまでの経過及び準備状況など同法廷の全体像について、懇切丁寧に説明を行なった。

(3)女性国際戦犯法廷は、2000年12月8日から12日まで開催されたが、それに先立ち、日本及び海外の1 0 0社を優に超えるメディアから取材の申込みを受けていたので、国際実行委員会は、その対応について協議した。とりわけ2000年3月から4月1日まで上海で行われた中国「慰安婦」問題国際シンボジウムにおいて、メディアが主催者側の統制に従わず、被害女性の前に殺到するなどしたため、会場内に混乱を来たすという事件があったことから、メディア対策について極めて慎重に協議・検討され、結論として、メディアによる撮影は一定の場所に制限することが決められた。
 ところが、被告NHKだけは、女性国際戦犯法廷が開催された1日、同法廷の会場となった1階席中央にテレビカメラを設置し、同法廷をくまなく撮影することができるとされた(ちなみに法廷開催日に取材に訪れたメディアは海外メディアが95社200名、日本国内のメディアが48社105名となり、合計143社、305名であった)。
 このように被告NHKだけが最も良い撮影位置を獲得できたのは、原告バウネットが被告らからの度重なる取材に応じたこと等から、両者の間に強固な信頼関係が築かれたことに基づき、原告バウネットが被告NHKに対して格別の配慮をした結果に他ならない。被告NHKは、それ以外にも、同法廷が開催された当日、他のメディアには認められなかった種々の便宜(例えば原告バウネットの腕章さえすれば自由に会場内を動き回ることができる等の便宜)を享受しており、これも原告バウネットと被告らとの信頼関係が機軸となって認められたものであることは明らかである。

(4)その後、被告らは、平成12年12月27日、本件番組(第2夜分)について、大要、次のような内容で、番組構成と台本を作成した、すなわち、

@ 原告らが上記「女性国際戦犯法廷」を提案した主催者であること
A 上記「女性国際戦犯法廷」の趣旨が第2次世界大戦中の日本軍によるいわゆる「慰安婦制度」の問題を裁くため、女性の手によって開かれた法廷であること
B 昭和天皇と日本国家の責任が間われた国際民間法廷であること
C 上記「女性国際戦犯法廷」において取り上げられた被害者や加害兵士の具体的な証言内容及び専門家証言を紹介すること
D 天皇の有罪判決と日本国家の責任を認める判決が下されたこと
E 原告松井のインタビュー結果を紹介すること

4 本件番組に対する外部的・内部的圧力について

(1) 被告NHKは、2000年12月8日、「おはよう日本」のニュース番組の中で、上記「女性国際戦犯法廷」の一部を報道し、また同月12日こも、午前7時のニュースで、上記「女性国際戦犯法廷」の一部を報道した。

(2)しかし、本件番組は、取材対象となった前記「女性国際戦犯法廷」が、天皇の戦争責任などを扱うものであることから、外部的・内部的圧力を受けることとなった。
 すなわち、前記「女性国際戦犯法廷」の実施そのものに強く反対したいわゆる「右翼団体」は、同年12月18日以降、本件番組を製作する被告らに反発し、被告NHKに対して、放送中止を求め、抗議行動を行なった。
 とりわけ、2001年(平成13年)1月25日、右翼の国民新聞の掲示板に、「NHK 反日番組に抗議デモ」という見出しで、番組放映に「抗議するため27日(土)と28日(日)の午前10時、JR原宿駅・渋谷寄り出口に集合」という動員呼びかけの記事が掲載されたことを受けて、同月27日午前10時過ぎには、右翼団体が被告NHKの放送センターの正面玄関に押しかけ、放送中止を求めたり、担当者を出せと詰め寄ったりするなどの抗議行動が激化したことがあるほか、同日午後1時にも、右翼の街宣車数台が被告NHKの放送センターの玄関前に現れ、同センター内に乱入するという事態にまで発展し、翌28日も、右翼団体が被告NHKに対して抗議に押しかけるなどした。

(3) このような右翼団体の抗議等の外圧を受けた結果、被告NHKの首脳は、第2夜の本件番組を試聴し、番組内容について度々変更を加えた。
 その結果、本件シリーズ全4回のうち、ほかの回はすべて44分で編集されていたにもかかわらず、本件番組だけは40分と4分短縮されて編集されることとなった。

5 放送された本件番組の内容について

(1)本件放送の当日である平成13年1月30日に全国放送された本件番組は、被告らが原告らに対して説明していた企画内容を大きく逸脱する内容であった。
 上記番組内容の改編は、被告らが事前に原告らに説明していたのと異なる内容のものに変更するものであって、かつ、原告らに何ら説明・相談することなく、一方的に改編するものであった。

(2) 具体的には、本件番組では、@上記「女性国際戦犯法廷」が如何なる者を被告としてその責任を問うものであったのかにつき全く明らかにされなかったことはもとより、A天皇有罪と日本国家に責任があると判断した同法廷の結論も全く紹介されない番組内容となったほか、B女性国際戦犯法廷の主催団体の一つである原告らを全く紹介することなく、さらに、C加害兵士の証言部分なども全く紹介せず、D女性国際戦犯法廷内の具体的な状況についても全く放映することもなく、加えてE原告バウネットの代表者として1時間半もの長時間のインタビューに応じた原告松井の取材内容も一切カットし、その上で、F女性国際戦犯法廷の主催者さえ明らかにせず、更に結論や意義等を正確に伝えないままに、これに反対する者の批判的意見だけを一方的に取り上げたことから、これが何を批判するものであるのかすら、視聴者には不明となった。
 このように、番組内容が極めて中途半端なものとなったため、本件番組は当初の趣旨・目的とは完全に異なるものとなってしまった。

6 原告らの「信頼(期待)利益」の侵害について

(1)原告らは、当初、被告らから「企画書」の提示を受け、その説明を前提として、女性国際戦犯法廷の具体的内容や意義などを広く社会に知らしめる目的で、被告らの取材に応じてきたものであり、被告らに対し、他に代替性のない、極めて貴重な生資料の提供をするなど、本件番組の製作過程においても並々ならぬ協力をしてきたものである。
 ところが、被告NHKは、前記のとおり、原告らに説明した企画内容とは趣旨・目的を完全に異にする本件番組を放送し、以って本件番組が当初の企画内容に沿って製作・放送されるという原告らの「信頼(期待)利益」を裏切った。

(2)思うに、取材する報道機関が、取材を受ける被取材者に対して、ある放送番組の企画を立案して、その企画の内容(趣旨)に基づく取材を行ない、放送番組の製作に協力を得て番組を完成させた場合、報道機関は、被取材者に対して、その企画の内容(趣旨)と異なる放送番組を製作し、放送する自由を有すると考えることはできないというべきである。
 すなわち、報道機関は、ある放送番組の企画を立案し、ある者に対し、取材を受けることを申し込み、その結果、被取材者が番組製作に協力して番組を製作したような場合には、その企画の内容(趣旨)に基づく放送番組を製作して、放送する法的義務を負うぺきである。
 なぜなら、その被取材者は、報道機関の企画した内容(趣旨)に基づく放送番組が製作され、放送されるという「信頼(期待)」に基づいて、時間を割き手間をかけて取材に応じているものであり、とりわけ被取材者が報道機関に対し、他に代替性を持たない貴重な生資料を番組製作のために提供したような場合には、被取材者は、それを番組内容の趣旨に沿って活用されることを信頼し、期待するのが社会通念上相当と言える。それにもかかわらず、報道機関が勝手気ままに、内容(趣旨)に反した放送番組を製作・放送できるとすれば、取材行為・放送行為における信義誠実の原則にもとることは明らかである。そうである以上、こうした被取材者の「信頼(期待)」は法的に保護されるべき権利ないし利益であり、報道機関にはそれに対応した法的義務、当該報道機関が被取材者に示した企画の内容(趣旨)に基づく放送番組を製作して、放送する法的義務を負うと解すべきである。

(3)この点、被告らは、原告らに対し、当初、本件番組の「企画書」を示し、女性国際戦犯法廷の内容をつぶさに紹介するという説明を行なった上で、取材を申し込んでいるものであるから、原告らとしては、その企画書の趣旨に基づいた番組が放送されるという信頼に基づき、取材に応じてきたものであることは明らかである。
 ところが、被告らは、前記のとおり、女性国際戦犯法廷の全容を明らかにすることを意図的に回避するような本件番組を製作し、原告らに説明した企画内容とは趣旨を異にする本件番組を放送したものであるから、かかる被告らの取材・放送行為は、原告らの上記信頼(期待)利益を侵害するものであって、違法である。

7 被告らの説明義務違反について

(1)また、本件のように長期間にわたって、取材・被取材関係が継続されたような場合、取材する側である報道機関と取材を受ける側である被取材側には、契約関係類似の信頼関係に基づき、取材側は被取材側に対し、番組内容の改編があるときは、それを被取材側に告知・説明する義務があると解すべきである。
 なぜなら、もし取材側が被取材側に対し、取材の趣旨・目的が変更された場合に、かかる説明義務を尽くさなくとも取材側の一存で番組内容を改編できるとすれば、被取材側はそのような変更後の取材の趣旨・目的を当初から聞いておれば、取材を断ることができたかもしれず、かかる意味で、取材の趣旨・目的が変更されたならば、被取材側の取材に応じるか否かを決定する自由(自己決定権の一種)を事後的に保障する意味で、取材の趣旨・目的が変更された場合には、一定の場合には、説明・告知義務を認めなければ極めて不都合な結果となるからである。
 もし、かかる説明・告知義務は一切不要であるとすると、取材側は、当初の取材目的・趣旨を後に容易に変更することができ、被取材側は取材に応じるか否かを決定する自由(自己決定権の一種)が侵害されることを甘受すべきこととなるが、そのような結論が極めて正義に反する結果であることは多言を要しない。

(2)被告らは、原告らに対し、本件番組の内容のうち根幹部分において改編が行われた時点で、直ちに上記変更の事実を伝える義務があったところ、被告は実際には原告らに対し何ら説明をしなかった。
 かかる被告らの不作為は、上述した原告らに対する説明義務の不履行であるから、被告は、かかる債務不履行によって原告らに生じた一切の損害について賠償すべき義務がある。

8 原告らの損害について

 以上のような被告らの違法な行為(原告らの期待利益を侵害する不法行為ないし説明義務に違反した債務不履行)により、原告らは、著しい損害を蒙った。
 すなわち、原告バウネットは、団体としての信用を向上させる機会を失ったという意味で損害を蒙ったものであり、また本件番組の内容のうち、根幹を占める女性国際戦犯法廷の主催団体の一つとして、被告から説明を受けた本件番組の趣旨に賛同したからこそ、平成12年10月20日から同年12月12日までの女性国際戦犯法廷の開催日まで、約2か月もの長い期間、快く取材に応じて番組制作のために多大の時間をかけて取材協力してきたのであるから、それが裏切られたことによる被害もまた甚大といわざるを得ず、かかる損害を金銭的に評価すれば、金1000万円をくだらない。
 また、原告松井は、原告バウネットの代表者として、長時間の収材に応じたが、それは上記法廷開催の意義、即ち戦時下における日本軍による性暴力=「慰安婦」問題についての日本国家の責任を広く国内外において認識してもらいたいとの心情に基づくものであったにもかかわらず、本件番組においては原告松井に対するインタビューの内容(上記法廷を開催するに至った経緯や目的ないし理由、主催団体等の組織やこれまでの経過及び準備状況など同法廷の全体像)や上記法廷の結論などが示されなかったことから、被害女性や国内外の協力者に対して事前に説明していたのと全く異なる内容が放送されてしまったこととなり、これら関係者に対して多大な迷惑をかけたことにより、甚大な精神的苦痛を被る結果となった。
 かかる原告松井の精神的苦痛を金銭的に評価すれば金1000万円をくだらない。

9 結語

  よって、原告らは、被告らに対し、不法行為及び債務不履行に基づく損害賠償として、各金1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

 証拠方法

追って口頭弁論期日までに提出する。

 添付書類

1 商業登記簿謄本 3通
2 訴訟委任状 2通
3 規約 1通