(NHK答弁書)

一 本件裁判を御審理頂くに当たり、被告NHKの立場や考えを予め申し上げたいと存じます。
 本件で対象とされた番組は、本年一月二九日から二月一日まで、四回で放送した「戦争をどう裁くか」という教育テレビの番組のシリーズのうちの第二回目分であります。本シリーズの企画意図は、「過去や現在の紛争の中で起きた被々な犯罪を人道に対する罪の観点から問い直し、和解を実現しようとする世界各地の動きを紹介し、二一世紀に同じ過ちを繰り返さないために二○世紀をどのように精算すればよいのか」を探ろうというものであります。そのなかで、第二回目の本件番組は、女性国際戦犯法廷を東京裁判以来の歴史の中に位置づけ、戦時性暴力を裁くことの難しさを明らかにするとともに、日本とアジア諸国の被害者がどのようなブロセスで和解を目指すべきなのかを考えるというものでありました。
 本件番組は、このような企画意図で制作、編集され、放送されたものでありますが、放送された本件番組は、当初の番組意図に沿って的確に放送されたものであります。

二 被告NHKは、放送番組の放送を行う放送であり、報道・放送機関として、表現の自由、報道の自由を生命線にしているものであります。被告NHKは、何人からも、報道・放送の自由の制限をうけてはならないものと考えております。放送では、通常、企画・取材・制作・放送の作業過程があり、この作業過程はときに同時並行的に進められたり繰り返し行われたりしながら、最後の放送にいたるものであります。報道・放送の自由を確保するためには、これらどの作業過程に対しても外部勢カや権力からの規制や干渉をうけるべきではないものと考えております。この考えは、司法的紛争の場においても原則的には同様であると考えております。
 報道・放送機関に対する批判や評価は言論の場においてのみなされるべきものであると申し上げたいのであります。
 
三 本件では、取材申し込み時において原告らに対しどのような説明がなされたか、何らかの約束がなされたか、放送した内容が取材時に説明した内容と相違するか、相違するとされた場合、取材対象者において何らかの権利主張ができるか、等が争点であると判断しております。従って、本件紛争は事実審理の面では、取材時の説明等が中心であり、その他は法律判断であります。原告らは、訴状で本件放送番組の制作・編集過程に言及した主張をおこなっていますが(請求の原因策3項(4)および同第4)、これらの部分は、原告らの権利になんらの影響を与えず、審理する必要のない部分であります。被告NHKは、これらの部分は本件裁判の審理の対象にならないものと考えております。

四 原告らは、訴状一二頁末尾の箇所以降で、報道機関の放送する自由の範囲について触れております。即ち、報道機関が取材等で取材される者に企画の内容を示して放送番組の制作に協力を得て番粗を完成させた場合、報道機関は、その企画内容と異なる放送番組を制作し、放送することはできない旨の主張であります。しかし、この主張には全く賛成できかねるものであります。まず、事実面において主張内容が不明確でありますので、釈明を求めるものでありますが、法的解釈においても、報道・放送機関が放送する場合において被取材者から放送内容の制約をうけるべきものであるとの考え方は、放送事業者の編集の自由を侵害するものであり、到底、同意ができないものであります。

 以上、被告NHKとして、本件裁判についての意見陳述といたします。


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