高嶋教科書訴訟 控訴審(第二審) 判決要旨


 2002年5月29日(水) 東京高等裁判所 第101号邸法廷 裁判官 北山元章 午後1:30開廷

平成10年(ネ)第2469号損害賠償請求控訴事件
                                    控訴人・被控訴人(一審原告) 高嶋伸欣
                                    被控訴人・控訴人(一審被告) 国   

  判決要旨

1.事案の概要と一審判決

 教科書出版会杜である一橋出版株式会杜は、従前発行していた高等学校公民科現代杜会の教科書「高校現代杜会」を平成5年度から使用に供すべく、全面改訂した「新高校現代杜会」の原稿本を申請図書として、文部大臣に対して教科書検定審査の申請をしたところ、文部大臣は平成4年10月1日に行った検定意 見の通知において、共同執筆者の一人であった一審原告の執筆した「現在のマス−コミと私たち」及び「アジアの中の日本」と題するテーマ学習用の各記述について複数の検定意見を通知する本件検定処分を行った。本件は、一審原告が、@教科書検定制度自体ないしその運用が違憲であり、そうでないとしても、本件の教科書検定手続には重大な瑕疵があるから、本件検定処分は違法である、A上記検定意見の告知は、検定意見の告知の際の注意義務に違反しているから、本件検定処分は違法である、B上記複数の検定意見は内容的に違法であり、したがって、本件検定処分は違法であると主張して、一審被告国に対して慰謝料100万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた国家賠償請求事件である。
 原判決は、@教科書検定制度には違憲・違法性は認められない、A文部大臣による教科書検定制度の運 用が憲法上の要請ないし憲法規範に明らかに違反している状態にあるとは到底いえず、また、個別の検定意見の違憲性を判断するまでもなく当然に違憲であるともいえない、B上記複数の検定意見の通知の「アジアの中の日本」と題するテーマ学習用の記述に関する部分のうち、「勝海舟の「氷川清話」の引用文も含めて、前後を端折って、都合の良いところだけを抜き出した感があるので、再検討していただきたい。」という検定意見の通知は、「氷川清話」の引用文との関係では、検定基準に対する当てはめ判断に看過しがたい過誤があって違法であり、また、同記述に関する部分のうち、「注Dの後段の記述は、掃海艇派遺に関して東南アジア諸国の意見を聞くべきかは疑間であり、原文記述はやや低姿勢であるから、記述を修正する必要がある。」という検定の意見は、それが当てはめた検定基準が不明であり、検定意見の趣旨と理由が明確性を欠くものであることが明らかであって、同通知には看過しがたい過誤がある、C上記複数の検定意見の通知のうち、その余の検定意見の通知には違法はないと判断し、一審原告の請求を一部(20万円とこれに対する遅延損害金)認容し、その余の請求を棄却した。そこで、一審原告と一審被告の双方が本件控訴を提起した。

2.当裁判所の判断

(1) 教科書検定制度は、@教育の自由を保障する憲法13条、26条、23条、教育基本法10条、A表現の 自由を保障する憲法21条1項、B検閲及び出版の事前抑制の禁止を定める憲法21条2項、C学問の自由を定める憲法23条、D適正手続の保障を定める憲法31条には違反しない。
(2) 教科書検定の手続が、検定審議会を設置した目的、趣旨を没却するような形で運用されている場合、憲法上の適正手続の要請に反する運用として、その手続が違憲と評価される場合があり得るとしても、本件検定処分の手続が、検定審議会を設置した目的、趣旨を没却するような形で運用されたものとは認められない。
(3) 本件検定処分の手続が、検定審議会を設置した目的、趣旨を没却するような形で運用されたものとは認められないから、検定意見の通知の内容の当否を問わず本件検定処分は手続上違法とされるべきであるとする一審原告の主張は理由がない。
(4) 本件検定処分における検定意見の告知等に同告知の際の教科書調査官の注意義務に違反する点があったということはできず、同注意義務違反の存在を理由に本件検定処分の違法をいう一審原告の主張は理由がない。
(5) 高等学校教科用図書検定基準(平成元年4月4日文部省告示第44号)の「第二章 各教科共通の条件」の「2 選択・扱い及び組織・分量」の「(1)図書の内容の選択及び扱いには、学習指導要領に示す目標、学習指導要領に示す内容及び学習指導要領に示す内容の取扱いに照らして不適切なところ、その他生徒が学習する上に支障を生ずるおそれのあるとこはないこと。」等に該当するものとして、本件申請図書の一審原告執筆部分について告知された、@「「現在のマス−コミと私たち」というテーマとの関連で、取り上げようとしている内容が必ずしも明確でなく、題材の選択や扱いも適切とは言いがたい、また、不正確な記述なども見られるので、全体として見直していただきたい。」との検定意見、A「「アジアの中の日本」については、冒頭本文後段の記述には「戦後、日本は平和主義を基本としているが、」とあるが、この「が」は逆接であるので、次に続く教科書間題、昭和天皇の大喪の礼の代表派遣、掃海艇派遺問題が平和主義に反する問題であるように読めるから、この点を再検討してもらう必要があるなど7つの観点から修正が必要であり、しかも、相互の関連に留意し全体の構成を考慮して修正を行う必要がある。」との検定意見は、いずれも、その理由部分も含め文部大臣の裁量権を逸脱したものとはいえず、違法とはいえない。
(6) 本件検定処分の違法を理由とする一審原告の請求はいずれも理由がなく、したがって一審原告の請求を一部認容した原判決はこれを取消し、同部分につき一審原告の請求を棄却すべきである。

 


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