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最近の活動から


(2009年11月5日)

厚生労働省は
いじめ・いやがらせ対策全くやる気なし


10月15日に行われた厚生労働省本省との交渉では、メンタルヘルス、いじめ・嫌がらせ(ハラスメント)に関して、下記の通り要求をした。

要求


1 精神疾患の判断指針など補償に関して

@  たび重なる行政訴訟における原処分取り消しや、民事損害賠償裁判における裁判所の判断指針への批判を率直に認めて、公平な立場に立つ法律家による判例分析をふまえて、抜本的な改正作業を行うこと。(たとえば、名古屋高裁判決(H15. 7. 8 名古屋高等裁判所 平成13年(行コ)第28号遺族補償年金不支給処分取消請求控訴事件)では、「通常想定される範囲の同種労働者の中で最も脆弱な者を基準にするという考え方は,専門検討会や判断指針と共通するものであると認められる」と判示。また、厚生労働省が日本産業精神保健学会に個人情報まで与えて委託したと思われる平成213月の「精神障害に係るストレスと発症時期等に関する調査研究」報告書では、かつて電通過労自殺裁判の被告側代理人を務め、判決後の労働関係雑誌の対談で「過労自殺を労災認定することは制度を迷走させる」、「企業は労働者の全生活を管理しなければならなくなる」などと主張していた安西愈弁護士が行政の立場に偏向した判例分析をしている。)

A 「判断指針見直し検討会」(仮称)のメンバーを選任にあたっては、精神科医や企業の産業医ばかりに偏らないようにし、法律関係者はもとより、いわゆる非正規労働者や女性の相談を受ける労働団体等を参画させること。

B判断指針の見直しや妥当性を検証するために、既存の研究だけに頼らず、少なくとも対象は1万人規模の、いわゆる都市部ではない地域、中小事業場、女性や非正規労働者の比率の高い事業場を選ぶなどの工夫をした調査を実施して、分析・検証すること。

C平均的な「脆弱性」などあり得ないのだから、当該労働者にとって強い心理的負荷によって発症したと判断できる場合は、業務上とすること。

D 判断指針における「特別な出来事」に該当するかどうかの基準が、あいまいかつ非合理的な事例が少なくないので、その内容や心理的負荷評価表との関係の見直し等に関する「検討会」を開催すること。

E労災治療中にその疾病を苦にした精神疾患は、原則業務上とすること。

F発症時期以降の「出来事」も評価すること。とくに受診していないために発症時期が推定せざるを得ない場合などは、考えられる全ての期間の「出来事」を検討すること。

Gいくつかの「出来事」があった場合に、各々の強度をばらばらに評価するのではなく、足したり掛け合わせて、総合的に判断すること。

Hセクハラの心理的負荷は原則的に強度「V」と評価すること。

Iきっかけが明確ではない仕事の量や質の変化が「出来事」として評価されない恐れがあるので、仕事量や質の変化は、それ自体で「出来事」として評価すること。

J警察庁の08年の自殺の原因・動機別統計によると、勤務問題が2412人にものぼっており、この他に健康問題のうち、うつ病が6490人であり、その何割かは勤務によるものであると予想される。この数字と比較した場合に、労災請求件数が1000件にも満たないことは多くの遺族や患者が未請求であることは明白であり、医療機関や警察と連携するなどして、労災請求を促すようにすること。

Kこの数年で数百件にのぼっている、精神疾患の業務上事例集を作成すること。

L不服審査請求、再審査請求、行政訴訟において、事実関係の未把握ではなくて、その評価の違いを原因とする原処分取り消しが相次いでいる実態を踏まえて(仮にそういう認識ではないにせよ)、地方労災医員協議会(精神障害等専門部会)の医師らに対して、業務上事例集を使った全国規模の研修会を開催すること。

M脳心臓疾患や精神疾患の都道府県別の請求や支給決定件数とあわせて、全決定件数を公表すること。

 2 精神疾患の予防対策関連

@心の健康問題による休業した労働者の職場復帰支援の手引き」が、ほとんど周知されていないので、簡略版リーフレットを一定規模以上の全事業場および労働者が治療や相談に訪れる機関に配布すること。

A労働相談の中でも激増している「いじめ・いやがらせ」について、職場の安全衛生の課題として位置づけて、法的その他の対策を講じること。

B「職場のいじめ・嫌がらせ防止のための手引き」を作成すること。

(平成173月に中央労働災害防止協会がまとめた「パワー・ハラスメントの実態に関する調査研究報告書」でも、多くの企業が、パワハラの定義とガイドラインを行政に強く要望している。なお同報告書をまとめた委員会には、厚生労働省安全衛生部労働衛生課副主任中央労働衛生専門官の井上仁氏も参加している。)

C労働相談の一環として、すなわち医師やカウンセラーではなくて、労使関係や労働法規に詳しい職員を対象にした特別研修を実施したうえで、「メンタルヘルス相談窓口」「いじめ・いやがらせ相談窓口」を設置すること。

「いじめ・嫌がらせ」対策では全く前進なし

 昨年に続いて、いじめ・嫌がらせ対策に取り組むことを強く要望したが、本省の回答は、全く変わらない。つまり、「ガイドライン等の作成は考えておらず、職場のメンタルヘルス対策指針がある」「相談は総合労働相談窓口で対応している」というもの。こちらは、メンタルヘルスといじめ嫌がらせは、重なる部分もあるが、そうではない部分も大きいこと、厚生労働省の担当者も参加した中央災害防止協会の調査報告書でも、企業側が、ハラスメントの定義付けとガイドラインの作成を求めていること、なによりも労働基準監督署などの職員自身が対応に苦慮していることなどを訴えた。回答する役人は、「一貫して敵対的な姿勢を崩さず」(他の人はそんなことはないのだが)、話がなかなかかみ合わない。見かねた阿部知子議員や参加した労組役員から、「あなたの態度はひどすぎますよ」と、たしなめられるほどであった。

 なんとかかみ合った議論を紹介しよう。いじめいやがらせの相談は、労働相談の1割を超えているにもかかわらず、ガイドラインすら作らない理由は何かと尋ねると、「労務管理全体に関わるから」という。それは腰痛であろうが、労働時間であろうが、あらゆる安全衛生の課題は、労務管理全体に関わるはずで、本当の理由はさっぱりわからない。二年前の同様の要求に対して、答える担当部署がわからずで終わったことを鑑みると、「やっかいなので手をつけたくない」ことが本当の理由に思えてならない。

「判断指針は正しい」が不十分点もあることをほのめかす回答

 一方、精神疾患の労災認定をめぐる要求では、事実上の認定基準である「判断指針」についてのやりとりとなった。あくまでも判断指針は合理的であり正しいという立場をとり、慎重に言葉を選びながらも、不十分な点や運用上の問題については、改善していきたいという姿勢が見受けられる回答であった。さすがに労災保険審査会や裁判所で、原処分取り消しが相次いでいるという事実は否定できないのだろう。また、今年3月の判断指針改正の契機となった専門家の報告が、社会情勢や職場の変化などに応じて、ストレス評価を適切にしていく必要があるという立場であったことも影響しているようだ。

 

交渉スタイルなどの工夫を


 政権交代が、どの程度交渉スタイルや回答に影響を与えるのかも注目されたが、少なくとも現時点では、去年と全く変化はない。係長クラス以下の若手官僚が、用意したメモを読み上げ、あとは現場の声を聞くだけ聞くというスタイルだ。時間はかかるが、やはり与党への働きかけを強めて、大きな方針を決めさせて、専門性の高い細部は、責任をもって官僚が進めること、その過程に交渉をどのように位置づけるのかを工夫する必要性を痛感する。



(2009年10月14日)

羽根さんの中皮腫裁判に注目を

本田技研工業は責任をとれ

九月三〇日、羽根中皮腫裁判の第三回口頭弁論で、被告の本田技研工業(ホンダ)はとんでもない主張を展開してきた。とにかく主張できることはしておこうということなのかもしれないが、あまりにもひどい。

ホンダは、労災が認定されたにもかかわらず、羽根さんのホンダでの仕事と中皮腫の因果関係そのものを争っているのだが、その理由は以下の通り。@クリソタイル(白石綿)はクロシドライト(青石綿)に比べて中皮腫を発生させるリスクが極めて低いAクリソタイルは変質するので、自動車整備・修理作業に伴うクリソタイルの健康への影響は極めて小さいB当時の名古屋北工場は清潔であり、原告がクリソタイルに曝露することはなかったC原告の19ヶ月の曝露期間では中皮腫にはならないD原告は名古屋北工場以外でアスベストに曝露する機会があるし、そもそも中皮腫はアスベスト曝露が原因であるとは限らないE疫学上の報告例でブレーキライニング等の清掃・交換等の作業で中皮腫に罹患した事例はない。

 それぞれについては、法廷で今後反論をしていくが、Bの職場実態に関すること以外は、すでにアスベスト禁止運動の中で、「決着済み」の議論だ。最もひどいのは、中皮腫の原因がアスベスト曝露であるとは限らないという主張。その部分を批判したアスベストユニオンのビラを、法廷入口で被告側弁護士が読んでいたので、「何か間違ったことでも書いてありますか」とお聞きしたところ、「物は言いようですね」などと意味不明のことをおっしゃっていた。

 いずれにせよ、この裁判は絶対に勝つのだが、勝つだけではだめだ。羽根さんが「元気」なうちに、早く勝つことが課題だ。負けない理由ははっきりしている。羽根さんの元同僚3人の方々の強い支援があるから。彼らは、羽根さんとは、ほぼ40年ぶりの再会であったにもかかわらず、「なぜこんな単純な話を会社は認めようとしないのか」と、当時の職場の状況を詳しく説明してくださり、証人に立つことも快諾して下さった。会社側もあわてて対抗上?3人の証人を申請してきたが、どうも羽根さんの現場には詳しい方ではなかったり、ホンダの販売会社の現職社長のようだ。

 法廷では、今後の進行について以下の通り決まった。証人調べと本人尋問には、ぜひ多くのみなさんに傍聴をお願いしたい。(川本)

11月25日(水)午後2時 準備書面や陳述書のやりとり(締め切りのようなもの)。

12月16日(水)午前11時から夕方まで ほぼ一日かけて双方計6人の証人尋問。

来年1月27日(水)午後1時半から3時半 羽根さん本人尋問



(2009年9月7日)

死んでからの親孝行

旧日本鋼管に集団就職して中皮腫で亡くなったTさんに労災認定!


 「中皮腫で亡くなった弟が本土の大手造船所でアスベスト作業をしていたようだ。労災にならないだろうか?」と相談があったのは、昨年12月13日、沖縄でアスベスト労災職業病相談センターを開いてからはじめて実施したアスベストホットライン無料電話相談のときだった。来所して相談にみえた兄のTさんに弟さんの職歴を聞くと、高校卒業後神奈川県鶴見区にある旧日本鋼管鶴見造船所に1年半から2年程勤めていたということだった。

 しかし、石綿曝露の職歴を確認するために、Tさんに弟さんの社会保険の被保険者記録を取り寄せてもらうと、弟さんが旧日本鋼管(株)鶴見造船所で働いた期間は8ヶ月弱しかなかった。中皮腫の場合、石綿疾患の認定基準では、「石綿ばく露作業への従事期間が1年以上あること」(「石綿による疾病の認定基準について」2006年2月9日付け 基発0209001号)を要件としている。この要件に「該当しない中皮腫の事案については、本省に協議すること」となるので、労災認定はそう簡単ではないようだった。しかも、労災申請も、沖縄から遠く離れた鶴見にあるJFEエンジニアリング(旧日本鋼管が分社化)を管轄している鶴見労基署にしなければならない。そこで、労災申請に必要な事業主証明をとることなどJFEエンジニアリングとのやりとりは鶴見に事務所のある神奈川労災職業病センターに協力してもらうことになった。この間、沖縄の社会保険事務所が発行した被保険者記録に旧日本鋼管(株)鶴見造船所で働いた期間8ヶ月弱の職歴の記載漏れがあったり、事業主証明の取り寄せ期間中に5年の時効が過ぎてしまい、請求書を「石綿健康被害救済法 特別遺族年金支給請求書(様式4号)に差し替えたりで、労災申請したのは3月11日で相談を受けてから4ヶ月もかかってしまった。

 しかし、結果は本省協議にあまり長い期間を要することもなく8月5日付けで労災認定となった。JFEエンジニアリングが証明したTさんの弟さんの職歴欄には「(入社)1971年4月 (退社)1971年12月 (職務)外艤職 (所属)艤装工作部外艤課」と書き込まれている。旧日本鋼管鶴見造船所では、すでに中皮腫9件、肺がん5件の労災認定がされており(「石綿ばく露作業による労災認定等事業場一覧(第1表)」2008年度まで)、Tさんの弟の職場で石綿曝露作業が行われていたことが明らかなためであろう。

1970年頃と言えば、高度成長期で沖縄からも本土に向けて中卒、高卒の労働者が「金の卵」と言われて集団就職した頃だと聞く。因みに、Tさんの亡くなった弟は1951年生まれの団塊の世代。出稼ぎアスベスト被害と同様にこのような集団就職した団塊の世代のアスベスト被害はTさんの弟一人の問題にととまらないと思う。兄のTさんは、認定の報を受けて「沖縄県の保健所から特別遺族弔慰金*の通知があって知ったが、まさか認定されるとは思っていなかった。たいへん驚いている。遺族年金を受給できるようになった母と二人で弟を偲んで「死んでからの親孝行だね。」と話している。」と語ってくれた。

(西表、西田)

  独立行政法人環境再生保全機構が、石綿健康被害救済法による特別遺族弔慰金の請求が低迷状況にあることを受けて、昨年11月から今年3月まで全国の自治体と協力して、保健所に保管されている中皮腫の死亡小票を利用して、中皮腫死亡者遺族に対して周知事業を実施したもの。沖縄県の特別遺族弔慰金に係る周知事業の結果については、本誌2009年3月号P8〜9参照のこと。この周知事業を通じて、沖縄県環境政策課から、Tさんの弟の中皮腫の相談も含めて2件の相談が沖縄アスベスト労災職業病センターに寄せられている。



(2009年8月5日)
 今年も、7月2日〜17日、県内12の全労働基準監督署との交渉を行った。当日参加してくださったみなさんに、この場を借りてお礼申し上げたい。新型インフルエンザの影響で、職員の研修が7月に重なってしまった関係で、全体の日程が長くなったことは仕方がないとして、署の対応は、資料提供の内容や説明の仕方も、丁寧なものであった。

また、センターで研修していた沖縄・アスベスト労災職業病相談センターの西表さんと、佐世保の駐留軍離職者福祉センターの田中さんも参加された。(川本)


<課題別>

労働相談、申告対応激増の中で

 どこの監督署も口をそろえて、昨年度後半からの労働相談が増えたこと、相談総数は変わらないとしても、労働基準法違反の申告数が増えたと語る。合理化による解雇ももちろんあるが、いわゆる「休業」、「一時帰休」に関するものが非常に多い。

 ある監督署では「定期監督もしなければならないのですが、申告処理を優先するので、とても時間が取れない。主体的能力を完全に超えています」と語り、別の監督署でも「本省交渉では、ぜひ人を増やすことを言ってください」とまじめな顔で語る。

 すべての相談を監督官が受け付けるのではなく、相談員も対応する。法律的な知識はあっても、労働運動のことなどはわからないのではないかと聞いたところ、会社の労務経験者もいるので、「人員整理のときは、みんなでまとまることが大切ですよ」と答える人もいるそうだ。



資料について

どこの監督署も、ある程度あらかじめ資料を用意してくれているので、大変助かる。数字を口頭で言われるのは一番わかりにくいし、時間の無駄である。業種別の上肢障害の件数などで、統計を取っていないとする回答もあったが、それでも一応口頭で、ある程度説明をしてもらい、概要はわかった。

労働相談の資料については、法違反の監督件数や労災事故の類型別統計などと異なり、まとめ方が決まっていないようだ。各署で相談内容のまとめ方などが違うので、興味深い事実がわかることもあるが、局なり本省で、ある程度まとめ方を決める必要があるのではないかと思う。

全ての休業災害の統計処理と分析を

労働安全衛生法施行規則で、4日以上の休業災害は、死傷病報告書で遅滞なく報告することが義務付けられており、それを怠ったり、虚偽の報告をするなどして悪質なものは書類送検もされる。ところが、同じように規則で3ヶ月にまとめて報告することが求められている、休業四日未満の災害について、昨年は一一の監督署が、「統計を取っていない」と平然と回答。一署がまじめに数えたところ、4日以上の災害の約一割しか報告されていないことがわかった。今年も「統計をとっていない」などと言われて議論が進まないのは困るので、事前に情報公開法の開示請求をして、各署のデータを調べたところ、やはり1割程度。この請求が功を奏したのか、すべての監督署が別表のとおり数を明らかにした。

ただし、数を語るだけで、それ以上の分析を自ら語ることはなかった。問題は、実は4日以上の休業災害も、当然少しずつ少なくなるはずなのだが、そうではない。

例えば、相模原署は以下の通り述べる(「グラフでみる労働災害の現状」より)。「(6)休業日数別労働災害発生状況・・・被災した場合には、一般的に休業日数が少ない、すなわち被災程度が小さい災害が、より多く発生するものとされている(ハインリッヒの法則)。しかしながら休業4日以上の労働災害についてのデータ集計では、休業1ヶ月以上3ヶ月未満の災害が39.3%(243人)を占めており最も多く、次いで、休業2週間以上1ヶ月未満の災害が30.4%を占めている。このことから、災害全体は減少しても、被災の程度が大きな災害が発生する割合が大きくなっている傾向が認められる。リスクアセスメントを実施して、危険有害要因の洗い出しを行い、被災程度が大きくなる要因について『リスクの低減措置』を講じていくことが重要である。」

ちなみに1-3日の休業災害は69件だから、4日以上の全休業災害発生件数619件の11.1%に過ぎない。上記の分析は本当に正しいのか。こんなハインリッヒ法則を大幅に覆すような実態が日本の職場にあるとすれば、大問題だ。相模原署も言うとおり、リスクアセスメントの視点そのものにも影響する。断わっておくが、相模原署を責めているわけではない。どこの署も同じような傾向があることは間違いない。このデータの分析としては、むしろ「軽微な災害ほど報告されていない可能性が極めて高い」と考えるのが自然ではないか。この主張に、反論する署はなかった。

「とにかく届け出の必要性をもっと周知するしかない」という署の意見に賛成である。議論を重ねる中で、最も有効な方法の一つとしてあげられるのは、療養補償請求書(5号用紙)を取りにきた人に、規則を解説するパンフレットなどを渡すようにする、口頭でも説明することであろう。

いじめ・いやがらせについて

 いじめ・いやがらせの相談が相変わらず減らないこと、どこの監督署でも、苦慮しながらも、相談者に対応していることが伺われる。残念ながら署レベルでは、法律はもとより、ガイドラインや通達などがない中で、予防対策を事業所に対して行うことは無理のようだ。

一方で局が、4月〜5月にかけて、各署にいじめ・いやがらせの相談について、アンケート調査を行ったらしい。ぜひきちんとした形で分析をして方針を立ててもらいたい。また、こうした調査はなるべく詳細に公表してもらいたい。

アスベスト被害の予防対策

 アスベスト被害をこれ以上増やさないためには、既存アスベスト対策とアスベストにばく露した労働者の健康管理対策が大きな課題である。具体的には、アスベスト撤去や建築物の解体工事現場の安全衛生対策をきちんと行うことと、健康管理手帳制度の充実であろう。各署とともに、それなりに動いているようだが、健康管理手帳が局の交付となっているために、事業所や労働者についての情報が必ずしも署に届いていない。石綿労災で認定された事業所の情報も不十分であることを考えれば、ますます局と署の連携は重要のはずだ。

<署別>

 12署を回るとしても、署の方は全国斉一を建前とするわけだから、どうしても同じような話をするし、こちらもそれほど違う主張をするわけではない。しかしながら、やはり参加者、団体がそれぞれの立場から、とくに強調したい点などを力説することは、非常に交渉を有意義なものにする。監督署からも、さすがに「腹を割って」とまではいかなくとも、公式見解よりは、わかりやすく、丁寧な説明、考え方を聞くことができる。

相模原

参加:県央ユニオン

署から:労災発生件数(4日以上の死傷者数)は、2002年の537人を最少に、その後増加して、2008年は前年度とほぼ同じ619人。内訳をみると、建設業が過去最少となる一方で、運輸業が過去最多。運輸業というと交通事故が多いかというと、意外と転落や墜落災害が多い。

 心の病気については、労災請求は2件だが、相談は非常に多い。相模原市民の相談が多いが、管轄外の厚木や、東京の町田や八王子の事業所も多い。

 外国人労働者の通訳については、実は家族に頼っていたところ、若干のトラブルがあり、反省をしたこともある。きちんと用意していきたい。

質疑など:通訳については、相模原市の国際ラウンジの有償ボランティアの活用も検討してはどうか。県央ユニオンでは中国語などでお世話になっている。

運輸業の過労、長時間労働対策をもっと厳しくやってもらいたい、という要請に対しては、「粘り強く、少しずつでも」を原則にきちんと対応したいとのこと。

横須賀

参加:ユニオンヨコスカ、横須賀じん肺被災者の会、じん肺・アスベスト被災者救済基金

署から:造船と自動車関連産業が多いことが特徴。郵便局については、民営化でとまどいがあるようで、安全管理体制そのものを構築中と認識している。解雇相談が非常に多い。

質疑など:じん肺被災者の会からは、傷病補償年金移行問題、ネブライザーのこと、聴取時の立会などについて、改めて強い要請がなされた。

ユニオンヨコスカは、悪質な事業所に対しては、もっと厳しい指導を行うことを求める。このままでは他の会社にも悪い影響を与えかねない。派遣労働者についても、とりあえずの相談はしても、法違反の申告に至らない、闘う人はさらに少ない現状から、やはり監督署の姿勢が問われていると訴えた。

平塚

参加:県央ユニオン、全造船関東、ユニよこ

署から:労災発生件数が減少しているが、それは不況によるものであり、職場のリスクが減少したわけではないと考えている。一般の労働相談も1月から3月にかけては、前年度比で2倍になっている。

 4日未満の休業災害について、例えば熱中症は、4日以上休業は1件だが、4日未満は6件にのぼっている。こうしたことからも確かに分析は重要だと思う。たしかに件数は少ないのだが、それほど隠されているとは思えない。

質疑など:4日未満の休業についてそれほど隠されていないとする根拠を尋ねたところ、「労働者の意識が高まっているから」と言うのだが、全くわかっていない。つまり年次有給休暇を使わせるなり、会社が負担するなどして、補償をしているから、労働者から訴えることはあまりないのだ。

 県央ユニオンからは、運輸業の荷待ち時間について、もっと厳しく取り締まるように要望が出された。全造船関東からは、一部就労している労災休業中の労働者の解雇について質問しているのに、監督署の回答が遅いので、いつになるのかと質問が出された。局に相談しているわけではないようなので、早急に回答を求めた。

鶴見

参加:港湾被災者の会、ユニよこ、労働相談ネットワーク

署から:三つの特徴がある。まず、港湾関係で運輸、倉庫などの事業場が多い。次に中小も含めて、古くからの製造業も多い。そして住宅地もあるので介護産業も多くなってきた。

 いわゆる「派遣切り」の相談よりも、むしろ「休業」に関する相談が多い。

質疑など:メンタルヘルスやいじめ・いやがらせについて、いろいろ議論がなされた。メンタルヘルスは具体的な指導が重要であり、いじめ・いやがらせは背景に迫る分析が求められる。

 運輸労働者の荷待ち時間については、具体的なケースによるが、たしかに判断が難しい場合がある。そういうこともあるので、長時間労働を防ぐための「改善基準」では、労働時間ではなくて、「拘束時間」で規制している面もある。

横浜北

参加:港湾被災者の会、女のユニオン

署から:相談も申告も急増している。労働局の口頭助言二五六件のうち、横浜北管内のものが、一一八件にのぼる。そのうちの二〇件がいじめ・いやがらせ。相談に至らないような、いわゆる「情報提供」は一五〇件ぐらいあるのだが、そのおおむねの割合が、過労が四、残業代が五、その他が三ぐらい。つまりかなりの部分が労働時間関係になる。

 四日未満の休業労災件数の少なさには、率直言って驚いている。

質疑など:女のユニオンでも、女性のいろいろな相談が寄せられる中で、やはりいじめ・いやがらせの相談は増えている。職場の人権問題として、加害者対策も含めた対応が必要だ。相談者からの「きき方」の工夫も重要だ。

横浜南

参加:ユニよこ、港湾被災者の会、労働相談ネットワーク

署から:交通・運輸業の労災発生件数が、県内で「トップ」になってしまっている。港湾でも3件の死亡災害が発生した。リスクアセスメントの推進が必要だ。

昨年10月からは、やはり労働相談件数が激増している。申告も月に25件ぐらいだったのが、40件ぐらいになっている。

質疑など:たくさんの港湾被災者が参加した。とくに問題はないが、主治医の先生の意見を尊重して、突然打ち切られることのないようにやってもらいたいと要請。

 「軽度外傷性脳損傷」については、新しい医学的な知見が出始めたばかりであり、画像所見のみで決めつけてないでもらいたいと要請。

 解雇相談そのものが、それほど増えていないようだが、実際に解雇されても相談に行かないで泣き寝入りしている人がたくさんいる。ある参加者も、「2年前に派遣で雇い止めになったときに、かなり不当な内容だったが、監督署は「期間満了はだめ」の一点張りだった。結局、ユニオンに相談して、納得できる解決になった。まずはもっと敷居を低くする工夫をしてほしいと要請。

厚木

参加:県央ユニオン、労働相談ネットワーク

署から:労災については、製造業の多いことと外国人労働者の多いことが大きな特徴。事業所の絶対数から考えても、製造業が多過ぎる。製造業以外の労災は減少していることもあり、原因を分析しているが試行錯誤の状態。外国人労災については、神奈川全体の四分の一が厚木署管内である。やはり製造業が多いので、それもからめて対策を講じていきたい。4日未満の休業災害については、休業日数という結果にこだわらず、内容を見て対策を講じていきたい。

質疑など:いじめ・いやがらせについては、はたして安全衛生の課題なのか、どのように対応できるのかという議論になった。その中で労働相談ネットの方は、長年の教員生活をふまえて以下のように提言。つまり、学校でも、かつては、いじめは生徒個人間の問題として片付けられており、せいぜい仲良くしろというような個別対応に終わっていた。それでは解決にはつながらず、やはり学校全体として、いじめの背景まできちんと迫る対応を行うようになった。職場の問題も同じようにきちんと対応が必要だ。

 

川崎南

参加:港湾被災者の会、労働相談ネットワーク

署から:災害は減少したが、建設業については工事量の減少も原因と考えられる。運輸業が集中した地域への指導を考えている。

 プラントの配管のアスベスト除去作業なども多いので対応している。

 労働相談の件数が昨年から増えている。とくに「休業」に関する相談が多い。メンタルヘルスも請求以上に相談がかなり多い。

質疑など:労働相談の4928件中、労働基準法関係が3655件を占める。そのうち来署が1333件で電話が2287件。案外来署が多い。また、労働者からの相談が1730件の一方で、使用者は1635件。これも使用者がかなりを占めていることに驚く。

藤沢

参加:湘南ユニオン、ユニよこ

署から:労災補償について、脳・心疾患の請求が17件と非常に多い。一方で上肢障害も28件の請求があり、非常に多い。上肢障害は製造ラインが多い。なぜ多いのかはよくわからない。

 四日未満の休業災害の届は確かに少ない。軽症とはいえ一酸化炭素中毒事故などの重大なものもある。

質疑など:湘南ユニオンの相談で、運輸会社が、脱法的な賃金体系による低賃金労働を強いている。しかも労働基準監督署から是正勧告を受けなかったことを合法性の根拠にしている。例えば労働基準法上問題がなくても、好ましくない場合や労働契約法上問題が生じる場合もよくある。監督署は、それをなるべくきちんと伝えるようにしているらしいが、会社は自分の都合のよい部分だけを主張する。

小田原

参加:ユニよこ

署から:労災が急増し、一昨年の360件が406件と、12.8%も増加した。これは県下で最悪の増え方であり、10年前の水準である。労働相談も増えており、とりわけ4月以降多い。申告事案も多い。

質疑など:労災が増えた原因はよくわからないという。相談については昨年の秋から今年のはじめにかけて、マスコミは盛んに報道したが、むしろ4月以降の方が多い。


川崎北

参加:ユニよこ、労働相談ネットワーク

署から:脳・心疾患、精神疾患の労災請求が他署と比べても多い。36協定を受け付ける際の窓口指導や、長時間労働と思われる事業所の監督などを行うなどの対策を講じている。

質疑など:心の病気で休んでいる者の職場復帰の手引きについて、評判がいいと要求書にあるが、署によると、事業主の側にとっては、「ここまでやれない」ということで評判があまりよくないらしい。これを目指して取り組むことを勧めているが・・・とのこと。粘り強く監督をするという回答を他でもきくが、実際はどうなのかという質問に対して、もちろんケースごとに異なるが、組織として検討することもあり、一年ぐらいかかったこともあるとのこと。

横浜西

参加:労働相談ネットワーク

署から:労災発生件数が前年の六五九件から六〇一件となり、県内で減少率がNo1である。リスクアセスメント指導が定着したと考えている。社会福祉施設が増加しており、安全に限らず労務管理指導をしている。上肢障害は介護職の被災者が多い。

 メンタルヘルスは、独自のアンケート調査からも休職者の多いことを把握している。産業医も必ずしも理解していないということから、地域産業保健センターと協力して講演会を企画するなどの啓発活動をしている。

 労働相談総数自体は実は減少したが、高止まり状態であり、内容が申告事案だったり、倒産事案など複雑、困難であることが多い。一月〜五月でいえば二年前の六割増しの状態。

質疑など:労働基準監督署の指導に従わず、監督署からの書面を受け取らない、いくら催促しても賃金を払わない事業所も確かにある。怒鳴られることもあるが、粘り強く指導を繰り返している。それでも応じないような場合は、やはり労働センターやユニオンなどを紹介してもらいたい。



(2009年6月10日)毎月の更新(追加)を心がけていましたが、多忙のため6月になってしまいました。精神疾患の労災認定は厳しい状況がありますが、昨年度も260件以上が業務上になりました。請求の3割程度が認められているようですが、都道府県のばらつきもけっこう目立ちます。

 たこ焼きのチェーン店「銀だこ」の店長をしていたHさんの「うつ病」について、横浜南労働基準監督署が業務上決定した。経過と業務上決定の理由、会社とのやりとりなどについて報告する。(川本)

発症までの経過

 20034月に、Hさんは、銀だこを経営するホットランドに入社した。店によって若干異なるが、だいたい朝の10時に開店し、夜の21時に閉店する。はじめの半年間は見習いということだったが、その後副店長となり、20043月には店長として働くようになった。店長は当然開店前に出社するし、閉店後の片づけや事務作業などを終えてから帰宅することになる。事実上労働時間管理されており、労務管理上の権限は限られている。役職手当があるものの、残業代は全くつかない。典型的な「名ばかり管理職」だ。

「優れた」店長だったHさんは、次から次へとリニューアル・オープンする店や、新店舗など大変な店に配属される。休日もきちんと取れない状況で、朝起きあがるものつらい状態になったため、20051月に退社する。インターネットなどで調べるうちに、どうも「うつ病」の症状だと考えて、クリニックを受診。やはり「うつ状態」と診断され、しばらく通院する。このときは、まもなくよくなった。

 20057月に、ホットランドに再就職。試用期間中であるにもかかわらず、11月には店長になる。20066月には、横浜市内のL店の店長となった。ホットランドはタコ焼き専門店を展開するチェーン店であるが、たこ焼き以外の商品も同時に販売することを企画し、路面店で目立つなどの理由から、L店に白羽の矢が立った。Hさんは、人手不足を理由に反対したが、「名ばかり店長」の意見は尊重されなかった。改装中の20077月は他の店舗を手伝い、810日のリニューアル・オープン直前に2日間休みが取れたが、オープン後の1ヶ月間は1日しか休めない状態。しかも深夜までの長時間勤務が続いた。このころから、眠れないなどの症状が出ていた。春の健康診断で、消化器系の病気の精密検査を勧められており、9月のはじめに入院することになった。幸い消化器には問題はなかったが、退院後も眠れない、朝はどうしても起きられない、出勤できない状態になる。10月に「うつ病」の診断を受け、現在も休業を余儀なくされている。

残業代を支払わせる

 20081月に、マクドナルドの名ばかり店長に残業代支払いを命じる判決が言い渡された。それをみてHさんは、自分も同じであると確信を深め、2月に会社に残業代支払いと、労災申請の協力を求める文書を送付した。会社とは話し合いを2回行ったところ、残業代については全くのゼロ回答。あくまでも管理職であるので払わないとのことであった。個人の力量に限界があると考えたHさんは、インターネットなどで調べて、労災職業病センターに相談をした。あわせて、横浜南労働基準監督署に労働基準法違反で申告もした。Hさんが名ばかり管理職であることは間違いないのだが、実際の労働時間のことは労災の業務上外にも影響が大きいので、よこはまシティユニオンに加入して、会社に資料などを求めることにした。

 会社は、労災請求については全面的に協力するとしたものの、残業代については、労働基準監督署の是正勧告が出たにもかかわらず、あくまでも解決金として支払うのならよいという回答に固執した。確かに厳密な記録は存在しないのだが、少なくともHさんが就労時に作成した「出退勤明細レポート」で明らかな労働時間は労使で合意できたので、その分を賃金として、残りを解決金という形で支払うことで合意に達した。

うつ病の労災認定

 20092月に、「うつ病」について業務上と決定された。その理由については、個人情報保護法による開示請求で確認した。やはり新装開店による「仕事の量や質の変化」(心理的負荷の強度は「U」)に加えて、その後も深夜に及ぶ月100時間を超える長時間労働が続いたことが「とくに過重」と評価され、総合評価が「強」となった。ちなみに2005年の「うつ状態」については、まもなく復帰し、通常に就労しているので「寛解していた」と判断された。

 ユニオンは、団体交渉で、職業病についての損害賠償請求をしている。会社は、100%業務が原因とは考えられない、予見可能性がなかったなどの理由で謝罪も拒んでいる。Hさんの体調に配慮しながらも、きちんとした解決に向けて取り組みを強化したい。

 


2009422日)

ホンダは団交に応じて、アスベスト労災の責任を取れ!

「環境に優しい」ホンダがアスベスト労災を認めない?!


アスベストユニオン 書記長 川本浩之

突然の発症と労災認定

 岐阜県高山市でレストランを経営する羽根英成さん(60歳)は、2007年春に悪性胸膜中皮腫と診断された。実は約40年前に、ホンダ・エス・エフ中部(現在は本田技研工業に吸収合併)の工場で、約2年間、自動車整備の仕事をしたときに、アスベストにばく露。その後は全くアスベストばく露の可能性がなく、労働基準監督署も比較的スムーズに同年12月に労災認定した。

団体交渉に応じないホンダ

 羽根さんは、自分や家族の生活のために、そして共に働いていた同僚らのことも考えて、会社と話し合いをしたいと考えた。二〇〇八年五月に、アスベスト被災者や遺族で構成する、全造船アスベスト関連産業分会(アスベストユニオン)に加入し、ユニオンは、賠償と被害などの情報開示、退職者への検診呼びかけなどを求めて、団体交渉を要求した。ところがホンダは、羽根さんとは雇用関係がないとして拒否。アスベスト関連疾患は、長い潜伏期間を経て発症することは言うまでもない。そうしたことを全く無視する姿勢であった。ユニオンは、神奈川県労働委員会に不当労働行為の救済命令を求めて申し立てた。


事実から目を背けるホンダ

 中皮腫は非常に治療の難しい病気である。羽根さんが体調を崩したこともあり、弁護士さんをお願いして、補償に関する交渉を開始した。ところがホンダは、「居住歴を出してもらいたい」などと言う。クボタなどアスベスト関連工場の周りに住んでいないかどうかを確認したいとのこと。すでに労災認定されている被災者に対して、こんなことを言う会社は他に皆無である。さらに、羽根さんのレストランのお釜にアスベストがあるのではないか、農薬にもアスベストが含まれていることもあるなどとして、労災認定を率直に認めようとしない。

さらには、羽根さんがホンダ・エス・エフ中部にいたかどうか、アスベスト粉じんにばく露するような仕事をしていたかどうかを調べるのに、少なくとも三ヶ月かかると言う。

損害賠償裁判提訴へ


 325日、羽根さんはホンダに対して、9683万円余りの損害賠償を求める裁判を、東京地裁に提訴した。ホンダの責任を徹底的に追及してゆこう。

なお、第一回口頭弁論は

五月二〇日午後一時三〇分から

東京地裁六一五号法廷にて


2009318日)
 福祉業界の厳しい労働条件は報道されているとおりである。現業職のみならず、ケアマネージャーも長時間労働を余儀なくされている。下記のYさんは5月に訴訟を提起する予定である。

「名ばかり管理職」の過労労災問題への取り組み

横浜市福祉サービス協会総合労働組合
書記長 石井郁子

 横浜市福祉サービス協会は、市のホームヘルプ事業の受け皿として198412月に設立され、その後、老人ホーム、地域ケアプラザの運営など事業を拡大してきた。20004月、介護保険制度が開始し、措置から契約への流れの中で民間事業との競合を余儀なくされた。2007年には市の外郭団体から関係団体へと経営の自立を迫られ、「赤字体質の改善」として経営の効率化、人件費削減へ給与制度も大きく変更になった。評価制度の導入とともに、これまで一般職員であった「主任」を「課長補佐職」に変更、管理職として位置付け、管理職手当25,000円を支給する代わりに超勤手当は発生しないということになった。

労災発生の経緯

 給与制度改定から半年経った2007925日早朝、協会の老人ホーム事務室内で課長補佐のYさんが倒れているのを警備員が発見、救急搬送された。脳内出血との診断で開頭手術の結果、一命は取りとめたが、後遺症のため200811月までリハビリ入院となり、12月から自宅での療養になった。しかし、右半身に麻痺が残り、失語の症状も見られる。在宅で介護保険によるサービスを受けての生活である。

組合への相談

 10月初旬、Yさんが参加していた鶴見区の社会福祉士団体の人が組合事務所を訪ねてきた。「Yさんは息子と二人家族で、20代の息子さんがその後の手続きなど一人でやっている、今後のことについて相談にのってもらえないか」とのことだった。Yさんは組合員であり、すぐに息子さんと連絡を取り、入院中の矢島さんと面会した。組合としても初めてのことで、どのような応援が出来るか模索していく中、神奈川労災職業病センターに相談したことで、労災認定、協会への賠償要求と一気に事態は進展した。

 20086月に鶴見労基署が労災認定した。「課長補佐職」の位置づけについては、管理職という肩書きになっても、それまでの「主任」と業務実態は変わらず、「管理監督者」の定義には当てはまらないことが認められた。それを受けて、長時間労働を放置した協会に対して、Yさんへの謝罪、超過勤務手当の支払いと損害賠償などを求め、センターと組合の連名で要求書を提出することになった。

一切の責任を認めない協会

 85日、協会に対して、@長時間労働の実態調査と改善計画の報告 A課長補佐職に対する時間外労働賃金の遡り支払い BYさんへの謝罪と損害賠償の支払い などの要求書を提出した。その後、917日と1029日の2回に亘り、息子さん、センターの川本さん、組合代表で協会からの回答を受けたが、その回答は、「長時間の勤務実態があったとは確認できない」と一言で、すべての要求を「門前払い」した。パソコンの履歴や本人のメモなどから労災と認められたにもかかわらず、協会側からは「パソコンを開いていたからといって業務をしていたとは確認できない」と、矢島さんの業務を真っ向から否定する侮辱的な発言があった。労基署が認定したにもかかわらず、一切の管理責任を認めない協会の頑なな姿勢に対して、法的な手段に訴えるほか無いという結論に達した。

組合の支援体制と協会の動揺

 現在、上部団体である自治労横浜の紹介で神奈川総合法律事務所の弁護士と裁判に向けた準備を進めている。組合として今後、どのようにYさんの支援に当たっていくか、執行委員会で話し合う中で、「カンパ活動」「記者会見」「傍聴参加」など支援活動の提案が出された。また、当時、職場で一緒に働いていた職員からの情報収集、証言への協力要請などしてくことが確認された。

 こうした動きの中で、協会は組合に対して、09年4月から「課長補佐職」を管理職という位置づけはずし、超勤手当の対象であることに変更するという提案をしてきた。矢島さんへの賠償に対してはあくまで突っぱねるという姿勢に一方で、労基署の度重なる調査や言い逃れが出来ない実態を前に、ついに「課長補佐職」は管理監督者ではないということを認めざるを得なくなったのだった。

 多くの職場でサービス残業と言う名の「不払い労働」が日常化している。「幽霊出勤」という言葉が当たり前のように使われている職場が多いが、何か事故があっても協会はそうした職員を冷たく切り捨てることを、今回のYさんの件が明らかにした。これから、いよいよ法廷で争われることになる。



(2009
215日)
 コンピューターが壊れてしまい、更新がしばらく滞ってしまいました。復活です。

「銀だこ」名ばかり店長の残業代未払い

 たこ焼きチェーン店「銀だこ」を経営する株式会社ホットランドが、名ばかり店長の残業代をようやく支払った。

横浜市内にある直営店の店長だったHさんは、一昨年の夏に過労が原因で「うつ病」を発症し、現在も療養している。そうした中で自分も名ばかり店長ではないかと気付いて、会社に残業代や労災申請への協力を求めた。会社は、あくまでも管理監督者だと言うので、労働基準監督署に申告しながら、インターネットでみつけた神奈川県内の労働団体の紹介でセンターに相談に来られた。

よこはまシティユニオンに加入したHさんの要求に対して、会社はうつ病の労災請求への協力には応じたものの、やはり店長は管理監督者と主張。はるかに規模の大きなファミリーレストランの店長などと比べても、Hさんの業務形態は労働者としか言いようがない。当然のごとく労働基準監督署も是正勧告をした。

それでも会社は解決金なら支払うという立場に固執。一方で非合理な率の税金を徴収したいなどという、わけのわからない対応もあり、話し合いは長引いた。こちらも税務署に確認して間違いのないようにした。とにかく一円でも多く払いたくないということか。ようやく出退勤の記録として明確に残っていた残業時間分の三〇〇万円を賃金として、一五〇万円を解決金として支払うことに。

まもなく労災についても決定がなされる見込み。(川本)


20081225日)

 いのくら(県民のいのちとくらしを守る共同行動委員会)の対県交渉は、事前の文書回答を行なう一方で、実質的なやりとりを行なう交渉が一回になってしまった。雇用部会では、別記の通り安全衛生に関して要求をしたところ、回答があり、それに対する再要求を事前に伝えたうえで議論をする。読んで頂けばわかるとおり、わざと?質問の趣旨をずらしたような回答が少なくない。 アスベストについては、調査に限らず、国の出方待ちという姿勢を頑なに守ろうとしている。いろいろやりとりをしても、その姿勢は変わらない。
 いじめ・いやがらせについても、相談が激増しており、対応が必要であることは認めながらも、なぜか職員研修の話になってしまっている。誰も職員の対応が問題だなどと言っていないのに、とにかくきちんと対応しているからよいのではないかという発想のようだ。啓発資料としてはホームページにあるというが、下記のようなものがあるだけだ。

職場でいじめられたら 1

相談事例5 朝挨拶をしても返事をしてくれないのですが

Q:アルバイトとして働き始め2週間になります。1週間くらい前から、職場の人たちに朝あいさつをしても返事をしてくれなくなりました。どうしたらよいのでしょうか。

A:職場の責任者に相談してみたらどうでしょうか。会社としても、人間関係の悪化で仕事に支障がでることは望まないはずです。

職場でいじめられたら 2

相談事例6 退職勧奨を断ったら口を聞いてくれないのですが

Q:1か月前に退職勧奨を断ってから、職場で同僚や上司誰も口を聞いてくれません。今までの事も取り上げられ、何もすることがありません。どうしたらよいでしょうか。

A:勢いで退職届を出さず、労働組合や社内の相談窓口などに相談して解決を図りましょう。また、退職する場合でも退職条件が決定してから退職届を提出することが大切です。

 1回の交渉だけでは詰めきれないこともあるので、日常的に県の姿勢を問う必要がある。

商工労働部への要求

1.職場の安全衛生、移住労働者対策、県関連法人の労働問題など(一部)

要求1:厚生労働省が発表した県内のアスベスト労災認定事業場について、アスベストの使用実態を調査すると共に、退職者を含む労働者や周辺住民被害を究明する調査を事業場と協力して行なうこと。

県回答1:厚生労働省が公表した労災認定事業場の資料によりますと、各事業場における石綿ばく露作業状況、石綿取扱期間、現在の取扱状況などが記載されております。これらの事業場におけるアスベストの使用実態を調査することにつきましては、労働安全衛生法及び労災保険法を所管する国が、その権限に基づき、実施していくことが適切であると考えております。
 なお、県では、アスベストに関する労働安全衛生法上の基本的な知識や、アスベストにより被害を受けた労働者に対する救済内容について、労働安全衛生ガイドブックにより普及啓発を行っており、引き続き、普及啓発に努めてまいります。        また、保健福祉部では、アスベスト(石綿)に関し、一般県民の方の健康不安に対応するための一般的な健康相談窓口を各保健福祉事務所に設置しております。
 さらに、県ホームページ等を通じて、石綿を取扱う作業等の労働者のご家族などで、アスベスト(石綿)被害が心配な方について、神奈川県立循環器呼吸器センターに設置しておりますアスベスト専門外来やアスベストに係る呼吸器疾患等に関して診察、相談することができる県内の公的病院及び民間病院の日本呼吸器学会認定施設医療機関をご案内しております。

再要求1:国と連携して労働安全衛生法の射程ではない「退職者や周辺住民被害を究明する調査」を県が行なうこと。

要求2:県に寄せられた職場のいじめ・嫌がらせ相談の分析を行ない、その対策指針や啓発資料などを作成すること。

県回答2:県の労働相談窓口にも、職場の人間関係やいじめに関する相談が寄せられており、その数も増加傾向にありますので、今年度はパワハラ・セクハラ相談等への対応をテーマとして相談担当職員の研修を開催し、典型的な相談事例についての検討も行ったところですが、引き続き資質の向上に努め、適切な対応ができるよう努力してまいります。

再要求2:職員への研修は高く評価したいが、その内容を行政上にとどめることなく、県民向けの対策指針や啓発資料を作成すること。

20081127日)

沖縄で新たにアスベスト・労災職業病相談センターがスタート!

 沖縄は神奈川県と同じように、いや、より多くの米軍基地がある。基地の街、横須賀と言われるが、沖縄に何度か足を踏み入れた実感からすれば、沖縄は基地の中に街があるという印象を受ける。基地従業員の数も9、031人(2008年7月末)と多い。

私たち(社)神奈川労災職業病センターが沖縄でアスベスト問題と取り組むようになったのは、クボタ・ショック直後の2005年夏に、全駐労沖縄地区本部を通じて、元基地労働者のアスベスト肺がんの相談を受けたのがきっかけだった。横須賀での米海軍基地の基地労働者のアスベスト被害掘り起こしや、第1次〜3次の石綿じん肺裁判の取り組みのことが沖縄でも伝えられていたからだと思う。同裁判の第1次訴訟の全面勝利判決によって日米地位協定に基づく損害賠償請求という裁判によらない補償制度に道が開かれており、この制度を沖縄でも活かすことができると考えられたのだ。こうして、2007年10月には、沖縄で初の日米地位協定による元基地従業員のアスベスト肺がんの損害賠償を獲得し、沖縄でも同地位協定による補償の道が開かれた。

しかし、私たちがアスベスト訴訟弁護団の古川弁護士とともに、沖縄での日米地位協定の補償の対象となる基地労働者の聞き取り調査を進めていく中で、沖縄には横須賀と比べても重篤なアスベスト被害が多いということに気が付いた。肺がんだけでなく、じん肺管理区分4の重い石綿肺や蜂巣状の石綿肺の患者さん、亡くなる人が目立っていた。沖縄の基地では横須賀と違って、艦船修理廠はない。基地の陸上施設のボイラー等の修理作業をする労働者にこれらの重篤なアスベスト被害が発生した。さらに、沖縄では基地のアスベスト対策が遅れ、1990年までマスクの支給や石綿健診などの安全衛生対策がとられてなかったこともわかってきた。

沖縄では潜在的なアスベストの深刻な被害がかなり広がっているのではないか、このままでは被害は拡大するばかりでは?と考え、私たちは、沖縄で横須賀での経験を活かしてアスベスト被害の掘り起こしをしていくためには何としても専従体制を確立しなければならないと考えた。幸いにして、じん肺・アスベスト被災者救済基金の財政的援助も得られ、このたび、沖縄での相談窓口として「沖縄アスベスト・労災職業病相談センター」を立ち上げることができた。

このセンターは、沖縄でのアスベスト被害者の掘り起こしとその補償・救済を目指し、アスベスト問題の宣伝・教育や相談活動を、地元の全駐労沖縄地区本部や離職者対策センター、建設ユニオン、沖縄労働安全衛生センターなどと連携して展開していく。また、同センターの専従として若くて前途のある西表聖隆君を雇い入れることができた。24歳、沖縄県那覇市に住む生え抜きのウチナンチューだ。神奈川、横須賀での一ヶ月の研修を終えて、いよいよ11月からセンターの専従として仕事に携わる。温かい目でご指導、ご支援をお願いしたい。(西田)


(2008
1027日)

 センターは今年で設立30周年を迎えた。10/25には記念の集まりを開催し、130名を超える方々が参加くださった。30周年を記念して発行したニュースに何人かの方に原稿をお願いしたのだが、労働科学研究所所長の酒井さんのものを紹介させていただく。なお、評価の部分は過大なものであることはお断りしたい。

センターの実績と今後の期待

酒井 一博(労働科学研究所)

 30周年、おめでとうございます。ますます絶好調ですね。センターから送られてくるニュースを見ていてそう思います。怒るときは怒る、ダメなものはダメ。センターの皆さんの研ぎすまされた感性と、どこまでも突き進む実践力を見ていて、ともすると、ことが起こったときから「落としどころ」を考え、然り顔をする私たちの処世を、鋭くえぐっているように思います。

 神奈川労災職業病センターは1978年の発足です。地域における駆け込み寺として旗揚げされました。私事で恐縮ですが、私が労働科学研究所に入所したのが1973年ですので、センターの皆さんとは同世代人です。住んできた世界はやや異なっていますが、同じできごとを見、センターの活動に関心を寄せてきました。

 名は体をあらわすといいます。神奈川労災職業病センターは、「神奈川」と「労災職業病」と「センター」の3つの合成語だと解釈します。「神奈川」は活動拠点を示します。神奈川に活動拠点をおき、駆け込んでくる課題を優先的に解決するという意気込みがあったと思います。神奈川の駆け込み寺の取組みが具体的で、実体があったからこそ、30年の長きにわたって被災者の信頼を勝ち得てきました。この「駆け込み寺」の標榜はつづけてほしいと思います。

 2つ目の「労災職業病」は活動のターゲットです。労働者の安全と健康を守る、それは私たちにとって一番かけがいのない「命を守る」ことです。それをないがしろにするような状況、権力であれば、いつでも被害災者側に立つ。センターの人たちにとってこの取り組みの原理は単純ですが、誰もがそう簡単にできることではありません。

 センターは「港湾」の取り組みからはじまります。荷扱いの反復による筋骨格系障害、粉じんによるじん肺、炎天下作業による熱中症、化学物質等による中毒、アスベストによる中皮腫や肺がん、労災職業病のデパートといった有様でした。学会でも「港湾病」と報告されたように、劣悪な労働環境のもとで、過酷な港湾労働に従事することによって起こる複合障害。原因と疾病との関係を包括的にとらえ、解決に向けた努力は並大抵のことではなかったと思います。その後も、被災者の駆け込みと、センターによる掘り起こしの両面によって多様な労災職業病が浮き彫りになったことは、センターの大きな業績の一つにあげられます。

 センターの活動は、港町診療所と一体でした。両者の連携があってこそ、センターの活動が際立ったといえるでしょう。労災職業病の掘り起こし、患者の診療、原因究明、認定への取り組み、職場復帰、職場改善という多重で総合的な方法論を確立したところにすばらしい成果をみることができます。

そして、第3は「センター」です。これは労災職業病に取り組むネットワークの中核にいるという思いでしょう。いいかえれば、労災職業病の活動戦略をいっているように感じますが、人と情報の交流の広がりをもっと広く、具体的なものにしたいと思います。

 混迷を深める今日的な状況を見るときに、センターの30年の経験と実績をもとにした未来志向の活動がますます期待されます。私の提案は3つです。労働者の安全、健康は「予防」が一番大事です。世の中的は現場参加型で、改善型の取り組みが定着しましたが、この活動をさらに超える「予防」視点のセンターの活動は何か。ぜひ一緒に検討させてください。次に、産業構造変化に即した課題を取り上げることも大事です。医療・介護・教育などのヒューマンケアワークへ、活動のターゲットを広げることを望んでいます。そして、センターの存在、センターの活動と実績をもっとたくさんの人に知ってもらいたい。そうすることで、勇気づけられ、新しい活動が生まれる関係を重視したいと思います。それにはセンターのわかりやすい活動「戦略」の発信が望まれます。

(2008930日)

まだまだ埋もれている石綿被害
7年以上苦しんだ平山さん、ようやく労災認定(良性石綿胸水)

 福岡県大牟田市在住の平山益成さん(六六歳)が、「良性石綿胸水」で、ようやく労災認定された。労災請求したのは昨年の一二月なので、それほど調査に時間がかかったわけではない。それでも、あまりにも、あまりにも遅すぎる認定である。

川崎で断熱関係の仕事に従事

 昨年一二月、全国安全センターが実施したアスベスト一斉ホットラインで、九州地区を担当してもらっている鹿児島安全センターから、川崎で働いていた労働者からの相談と言うことで、神奈川に連絡が入った。

平山さんは、中学を卒業してからずっと断熱関係の仕事に従事し、川崎に出て来た二〇代の頃から三〇年以上にわたって、川崎にある断熱関係の会社で働いていた。いろいろな現場の下請け労働者として、アスベストにばく露してきた。二〇〇〇年に退職してからは、大牟田で暮らしていたが、風邪をひくとなかなか治らない、肺炎で倒れるようなこともあった。二〇〇二年五月には胸に水がたまっていることが確認されている。いろいろ検査をした結果、がんではないことは明らかだが、「呼吸困難」などと診断されるだけで、一体何の病気なのか、どうしてよくならないのかわからないままであった。

「良性石綿胸水疑」

 二〇〇六年五月、もっと詳しい検査をしてほしいと、元々結核の専門病院で呼吸器が詳しいとされる、独立行政法人国立病院機構大牟田病院にかかり、九月には「良性石綿胸水の疑い」という診断が下された。「疑い」とはいえ、カルテによると、この時に職場でのアスベストばく露も確認されており、すぐに労災請求の手続きをしてもおかしくなかった。労災認定基準でも二〇〇三年の改正において、本省へのりん伺が条件になっているとはいえ、石綿関連疾患の一つとして明示されている。

 残念ながら呼吸器が専門の大牟田病院にも、少なくとも労働者や家族にも、それが労災認定される可能性が極めて高いという情報が届くことはなかった(記録では、二〇〇七年に医師がさらに詳しい検査と労災申請を家族に勧めたこともあったとされているが、結果として請求には至らなかった)。

遅すぎた認定

 鹿児島安全センターから聞いた連絡先にお電話をしたところ、お連れ合いは非常にしっかりした方で、労働基準監督署に請求用紙をもらったり、病院の先生に依頼したり、所轄の川崎南労働基準監督署への連絡など、てきぱきと適切に手続きを進められた。労働基準監督署の調査も順調に進み、認定基準で求められている本省へのりん伺に至った。これ以上時間をかけられてはたまらないので、大牟田病院にカルテを開示してもらい(こうした手続きも、てきぱきとなさる)、それに基づいて天明医師の意見書も提出した。そして七月にようやく労災認定に至った。

 ただ、大変残念なことに、きっと認定を心待ちにしていたであろう益成さんは、現在はお話しすることもできないぐらいに症状が悪化している。

情報および補償の企業格差、地域格差の解消を

 平山さんのような下請け、孫請け労働者は、日本全国に多数おられるに違いない。病名が付いてもこれだけ時間がかかってしまったのだから、専門医に辿り着かずに「呼吸不全」で苦しむ方はおそらくもっといるに違いない。大企業では退職者への健康診断が呼びかけられ、被災者に一定の上積み補償が制度化されつつある。その一方で、四〇年以上もアスベストにばく露した下請け労働者には何の情報も届かず、補償も得られない。こうした現状を打破する取り組みを一層強化しなければならないと痛感させられる。(川本)

2008823日)

今年も全労働基準監督署交渉行なう

 7月8日〜18日、県内12の全労働基準監督署との交渉、728日には、神奈川労働局との交渉を行った。当日参加してくださったみなさんに、この場を借りてお礼申し上げたい。労働基準監督署の方の対応も、資料提供の内容や説明の仕方も、年を追うごとによくなっているが、一方で、何度要請しても改善されない項目もある。

労働局については、昨年説明に1時間40分かかるという、とんでもない状態だったので、今年は事前に、1時間程度に収まるように要請。それでも参加団体からも積極的な発言が相次ぎ、時間が不足してしまい、質疑を打ち切らざるを得ない項目もあった。そこで局については、再度要求と交渉を行なう事が決まっている。そこで今号では、署交渉についてのみ報告する。(川本)

対応全般―対応は丁寧、資料提供もおおむね協力的

 どこの監督署もあらかじめ資料を用意してくれているので、大変助かる。全てをニュースで紹介するわけにもいかないが、それなりに工夫も見られる。ただし、別記の通りいくつかの項目では、統計を取っていないとされるものもある。
 それらに基づく議論も、ごく一部に「きちんとやるべきことはやっているので批判を受ける筋合いはない」と身構える人もいたが、ほとんどは批判は批判としてお聞きするが、限界は理解してもらいたいという姿勢で、率直な議論が行なわれた。

四日未満の休業災害を隠すのを黙認?やる気なし?

 労働安全衛生法施行規則で、四日以上の休業災害は、死傷病報告書で遅滞なく報告することが義務付けられており、それを怠ったり、虚偽の報告をするなどして悪質なものは書類送検もされる。
 ところが、同じように規則で三ヶ月にまとめて報告することが求められている、休業四日未満の災害について、一一の監督署が、「統計を取っていない」と平然と回答。一体何のための法律・規則なのか。統計は取らないが、それに基づいた指導や調査もあり得るから何の役にも立てていないわけではないとする説明が多かった。
 が、そもそもきちんと報告されていない実態が、まじめに数を数えた唯一の横浜北署の統計から判明。なんと四日以上の休業災害の、一〇分の一しか届けられていない・・・。どう考えても、現実の事故の数は逆だろう。把握の必要性については、ほぼ全監督署が合意できたと思う。局や本省のきちんとした対応が求められる。

障害等級の決定件数も統計処理されず

 労働災害で、どのくらいの人が、どの程度の障害が残ったのか、それを正確に把握した統計は存在しない。前述の死傷病報告書が「遅滞なく」提出される関係で、「治療期間の見込み」が届けられるだけで、大けがでも障害が残らない場合や、その逆もあり得るが、それらを把握して分析、予防・対策に活かそうという発想が全くない。
 今回の要求に対して、やはり唯一の監督署(今度は川崎北だが)が、数えて回答した。が、決定の時点で統計を取るのは容易だが、後から集計するのは非常に時間がかかるとのこと。ある署では、労災の障害等級の決定について監督官が全て確認し、死傷病報告書を労災補償担当者が確認するというところもあったが、それが通達などで細かく指示があるわけではないようだ。それはそれとして、統計ぐらいはきちんと取るべきだろう。その必要性について異論を唱える職員はいなかった。これについても、局や本省の改善を求めたい。

聴取の立会いについて

 労災請求した際に行われる聴取時において、請求人以外の人の立会いをずっと求めている。原則的には請求人本人に聴取することを目的とするので、立会いを認めないとする回答が続く。しかしながら、毎年ではないが、「立ち会ってもらった方が、事実が把握できる場合は、立ち会ってもらう。あくまでもケースバイケース」と前向きな発言をする課長さんがいる。局からつまらない指導が入ると困るので、いちいちどこの署なのかは明らかにしてきていないが、そういう課長さんのいる監督署ほど、実は決定も適確であることは断言できる。

いじめいやがらせについて

 どこの監督署でも、対応に苦慮しながらも、相談者に対応していることが伺われる。だからこそ、要求に掲げたように、事業場への指導などの裏づけとなるガイドラインや法律の制定を求めているが、局、本省へ行くほど、後ろ向きである。残念ながら署レベルでも、相談対応に手一杯で、分析や方針化には至っていないようだ

 

2008725日)

 70歳港湾労働者の腰痛を労災認定

 横浜南労基署は6月13日付で港湾労働者Wさんの腰痛症(変形性脊椎症を伴う)を業務上と認定した。4月2日の申請以来、2ヵ月余のスピード認定だ。16歳の時から69歳まで港湾一筋で働いてきたWさん。70歳をこえてからの申請、認定は異例である。

 約52年間の港湾労働歴

 Wさんは昭和13年生まれ。福島県の中学校卒業後、S29年より横須賀のS運輸倉庫(日雇)を皮切りにS33年に横浜に来てS企業、K輸送で常用として就労してきた。定年後は嘱託で5年間、その後日雇いで、昨年12月まで就労。今年1月から港町診療所で腰痛の治療を受けている。

 港湾荷役作業に従事した期間は常用として約40年間、日雇い(顔付けとして特定の会社から継続して雇われていた)として約12年間、合わせて約52年間。雇用形態は違うが、作業内容は倉庫会社の荷役作業で、主として手かぎを使い麻袋物などの重量物を取り扱う作業だった。いずれも中腰姿勢で重量物を取り扱うため、腰などにたえず負担、衝撃を受けながら。

 主な作業内容は、バン出し、はしけ揚げ、山肩、バラ貨物袋詰めなど。バン出しは4人作業で、二人ペアになって一日 250t〜 300t(一人当たり 125t〜 150t)取り扱った。はしけ揚げは4人作業で、一日一人当たり60t〜70t。山肩は倉庫内で5〜6人作業で行い、一日一人当たり60t〜70t。取り扱った品物は小麦(93Kg)、大麦(80Kg)、米(60Kg)、小豆(80 100Kg)、ソバ(50Kg70Kg)などが多かった。

 腰痛に耐えて働き続ける

 昭和58年頃から腰を打ったり、ぎっくり腰を繰り返し、良くなったり、悪くなったりの繰り返しだった。平成5、6年頃から腰が徐々に慢性的に痛むようになったが、生活のために我慢して就労。毎日仕事が忙しく腰が痛いからといって休むことができず、市販の塗り薬をぬったりシップ薬を繰り返し貼る日々だった。腰にサラシを巻いて痛みをやわらげ、だましだまし働いた。自分では腰痛は慢性化していると思い医療機関にはかからなかった。仕事の帰りに近くの銭湯に通ってから帰宅していた。銭湯ではラジウム風呂、サウナなどで身体を温め、マッサージ器で痛みをやわらげていた。しかしマッサージ器の効果もだんだんなり、強い痛みのため夜も寝られなくなり、知人の紹介で受診にいたった。

 「私は我慢強さは半端でありません。その無理の積み重ねが今の症状になって現れていると思います。認定が下り、感謝しています」とMさん。今は毎日のように通院し、腰のけん引と内服薬、シップ薬をしている。針灸治療も始めている。                (小野)


(2008
618日)

 628日(土)午後3時から提起総会を開催します。その議案書の冒頭に、毎年理事長が「はじめに」として、課題に関する提起をしております。今年はアスベストについて、医師の立場から問題提起しましたので紹介します。

はじめに

「アスベスト肺の労災認定要件を改正させよう」

―レントゲン写真の診断基準の用い方はこのままでよいか  斎藤竜太

0 今年312日の両日、東京で開かれた、労働者住民医療機関連絡会議(労住医連)と全国労働安全衛生センター連絡会議(全国安全センター)の共催の、「じん肺・アスベストプロジェクト」会議に、私は参加しました。会議での発言の要点を説明して、討論を呼び起こしたいと思います。

1 まず私たちが普通よく見る、「胸のレントゲン写真」(医学用語では、「胸部単純X線背腹像」、以下「レ線像」と略す)が示す情報は、アスベストが原因となって引き起こす肺内の病的変化の全てを提供するものではない、ということです。というのは、アスベスト肺に限って言っても、実際にはアスベスト肺があるにもかかわらず、レ線像がそれを映し出さないことがあるのだ、ということです。これが被災者の病状を診る上でも、労災保険に関わる事柄でも重要なことは後で述べます。

2 私たち医師仲間は、かつて臨床病理学の大家から、教えを受けました。先生は無数のアスベスト肺を含むじん肺の大切片標本(マクロの標本=じん肺で亡くなった人の肺を薄くスライスして病巣が肉眼で観察・診断できるように処理した標本)をご自分で作成し、これとレ線像を比較して私たちに示しました。じん肺患者の診療にも長年にわたてたずさわれた臨床家でもありました。先生の読みは、時に「読み過ぎだ」と評する人もいましたが、自ら作成した大切片標本の所見を念頭に置きながらの深い読影だったにちがいないと、私は考えています。

 他方、アスベスト疾患の顕微鏡学的病理学の大家でもある、もう一人の先生から、私は次のようなことを直接うかがったことがあります。それは、ミクロの(顕微鏡による)病理学的診断の方が、レ線像による診断よりも、「敏感です」ということです。その根拠として、レ線像読影の専門家が、レ線像上アスベスト肺の所見なしと診断した肺の18%に、ミクロ的にはアスベスト肺があった、というものです。CT装置を手軽に使えることができるようになって、レ線像上にアスベスト肺の所見がない場合でも、CT像上で所見のある例に出会うようになりました。

 これらのことは、レ線像では実態を映し出せない部分がある、レ線像の方が、病理学的診断やCT像によるものよりも、「甘い」ことを説明しています。特にアスベスト肺があるかないかの分岐点での描出能の限界は大きな意味を持ってきます。

3 このようなわけで、じん肺として認定するかどうかの判定にあたって用いられているレ線像の、標準写真で0/1型(所見ありだが1/0型には至らない)を、じん肺法ないし労災保険法上はじん肺(アスベスト肺)なしとし、1/0型以上に限ってじん肺(アスベスト肺)ありとして、補償の対象にしてきた現状は、今や事実を正しく評価した要件ではないと言わざるを得ません。繰り返しになりますが、2で述べたように、レ線像では所見なし(0/0型)の中にさえ、病理学上、またはCT像でアスベスト肺の所見のあるものが、相当数含まれているのですから、0/1型であるならば、なおさらアスベスト肺の存在は確かであると想定できます。

4 このようにみるならば、レ線像上で0/1型があれば、つまり、じん肺(アスベスト肺)の所見がレ線像上にありさえすれば、特にアスベストの有害性が大きいこと念頭に置けば、法律上アスベスト肺があるものと認めて、抜本的な対策を講じるべきです。例えば、年12回のレ線による経過観察や、必要に応じたCT健診も労災保険を適用し補償すべきです。ちなみに、脳・心臓疾患予防という観点で、一定の所見のある労働者の二次健診費用に労災保険を適用しています。もちろん、肺がんなどのじん肺合併症を発症した場合は、速やかに補償の対象とすべきです。

5 1/0型以上のみをじん肺ありとする、現行の認定要件は、医学的知見をふまえ、労働者と住民の利益に沿って改正すべきです。

 石綿健康被害救済法の見直し・改正を求めることを、運動の緊急の課題とし、引き続いて、上記の課題を「アスベスト対策基本法」を勝ち取る闘いの中に位置づけて検討する必要があるというのが、私の考えです。(200858日)

2008514日)

アスベスト労災認定事業場公開を受けて緊急ホットライン開催

全国で400件以上、神奈川でも20件を超える相談寄せられる

 3月28日、04―05年度に、新たにアスベスト労災認定された事業場が公開された。事前に情報を得た全国労働安全衛生センターは、全造船機械労組と協力して、28日、29日の2日間にわたって、緊急の電話相談を実施。相談は二日間だけで400件以上、神奈川では20件、その後も相談が続いていたので、計500件ほどの相談が寄せられたと推測される。

企業名公表効果は非常に大きい

新聞各紙が一覧表にして紹介したため、そこで働いたことがあり、肺がんや中皮腫、呼吸器官系の病気になっている被災者、遺族から相談が非常に多かった。東京新聞や中日新聞が、鉄道車両工場の問題を大きく取り上げたため、その相談が多かったことも象徴的である。同業他社も含めると相当な数になる。所在地を尋ねる電話も少なくなかった。

そういう意味でも厚生労働省が、所在地住所を公表せず、労働基準監督署に問い合わせれば答えるという中途半端な対応であったこと、クボタショック直後に発表した事業場については、認定数が増えている事業場も含めて公表しなかった犯罪性は大きい。なお神奈川については、局に文書による提供を迫り、ファックスで全て送らせた。当初は「口頭なら・・・」とふざけたことをいうので、「じゃあこれから新聞を見て読み上げるので、二時間近くかけて書かせるのか」と迫った結果である。

肺がんの相談が非常に多い

公表された事業場で働いたことがあり、肺がんで亡くなった人、肺がんも認定されるのだと改めて知った人からの相談が非常に多かったように思う。労災認定される肺がんの数が少なすぎるという、読売新聞に載ったコメントも役立ったのかもしれない。10数年前に亡くなった肺がん患者のご遺族の問い合わせも相次いだ。いまだに石綿肺で労災認定すら受けていない遺族からの相談もあった。

厚生労働省の発表のタイミングは最悪

それにしても、年度末の土曜日の朝刊に載せるというのは最悪のタイミングだった。厚生労働省は東京に三本の電話を開設しただけ。翌週にしても労働基準監督署は人事異動があるので、非常にばたばたしており、フォローが通常の時期よりもうまくいかないのはわかっていたはず。事の重大性を全く認識していない。いかに我々の運動に押されて、「やむなく公表を余儀なくされた」とはいえ、あまりにもお粗末ではないか。

厚生労働省は全ての情報開示を

厚生労働省が、今回発表しなかった既発表分事業所名もまもなく発表されるようだ。全ての情報をわかりやすい形で、必要な人たちに届けることが、緊急かつ重大な課題だ。ホットラインの反響がそのことの証でもある。(川本)

 

2008416日)

Yさんの労災認定を勝ち取るまで

ユニオンヨコスカ 委員長 小嶋武志

2007年8月22日、長年ガソリンスタンドでアルバイト店員として働いていたユニオンヨコスカ(注:一人でも誰でも入れる労働組合)の組合員であるYさん(59歳)が仕事(残業時間)中に突然「クモ膜下出血」で倒れ病院に搬送されたと会社から連絡が入った。以降、本人の意識は戻らず、病院の集中治療室に入ったままの状態が約一月以上も続いた。

Yさんがユニオンヨコスカ(以下、単にユニオンと略す)に加入したきっかけは、勤務先の上司から過去約半年間にわたって執拗な退職強要が繰り返され、陰惨な虐め、嫌がらせ等が行われ本人は耐え続けて来たが、2004年1月20日付けで正式に会社から解雇通告がなされたのを契機にユニオンに相談に来た時から始まる。この解雇通告は当然ながらユニオンによる会社との団体交渉で完全に撤回させ、職場の人間関係を修復させるために本人の望む別の職場(スタンド)に配置換えを行い、以降Yさんはユニオンの組合員として別のガソリンスタンドの職場で人間関係も良好な中で働き続けて来た。新たな職場では長年培ってきた技量がようやく会社から認められ仕事も任され、他のアルバイト学生からも信頼される存在となる。

 Yさんの入院に際し、会社はYさんが独身だったのでYさんの実の弟Sさんと連絡をとり、以降SさんがYさんの代理人となる。早速ユニオンはSさんに会ってYさんの労働条件についてはユニオンが会社と交渉を行ってきた今までの経過を説明し、今後の会社が講じるべき対策に関してはユニオンが会社との交渉の窓口となることをSさんから了承を取り付ける。

会社はYさんが倒れた時間帯が就業時間内であったので、業務上疾病の手続きを行うべく東京本社のある管轄の中央労働基準監督署に問い合わせたが、「クモ膜下出血」症例での労災認定は大変困難だ!と“けんもほろろ”の対応を受けて困惑した会社がユニオンに相談に来た。ユニオンはYさんの働いていた職場の管轄が横浜南労働基準監督署であることを会社に伝え、今後の取り組みに関しては団体交渉の場で労使協議を行うよう提案した。

ユニオンは団交で今回の発症の原因が業務上によるものであると主張し、Yさんの日常の仕事が過重労働であったことを指摘した。これに対して、会社も残業時間が多かったことと今夏の猛暑の中でのYさんの職場環境が過酷な状況にあったことを素直に認めた。ユニオンはYさんの職場状況を把握しており、残業が非常に多いことを本人から報告を受けていたが、アルバイトでの低時間給だったために少しでも多くの収入を稼ぐために率先して残業することが本人の希望であったのでユニオンとしても手をこまねいて来たことも事実であった。結果論であるがユニオンとしてはもっと早くYさんの処遇アップと賃上げ要求を会社になすべきであったと反省している。

ユニオンは労災申請をする際にまず過重労働だった実際の裏付けとなる証拠と過酷な労働現場の実態を会社がまず調査し明らかにすることを求めた。会社はユニオンの要求に全面的に協力し、Yさんの過去1年間の就労時間の実績、就労内容の実態のまとめを提示して来た。また、発病直前1ヵ月間の仕事内容と労働環境(職場の気温)も調べて来た。

その結果明らかになったことは @発症前6ヶ月間の1ヶ月平均の残業時間が71.8時間にのぼること。A7時からの早番シフト、8時、9時、10時、12時からの出勤、午後3時からの遅番シフトといったように人手不足の関係から、全く不規則な勤務形態が行なわれてきたこと。B過去1年以内に1度も年休が取れていないこと。Cこの夏の連続した猛暑のため、日中の最高気温が33度であったとしてもガソリンスタンド職場でのコンクリート上の熱気が更に5~10度の温度上昇が考えられること、夜間においても28度以上の温度であったこと。D発症直前は7日間連続勤務であったこと(その前の週は8日間連続勤務で1日だけの休日)。この7日間の残業は2.5時間であったが、この時既に頭痛などを訴えており、発症直前であったと思われる。Eアルバイトという身分にもかかわらず、職場では責任ある位置にあり重責を担っていたこと。F本人の日常の健康状態は病気で休んだことが無く、自覚症状もないこと。

以上の会社報告からユニオンはYさんの労働実態が明らかに過重労働であり、クモ膜下出血の発症に重大な影響を及ぼしているという確信を得た。ユニオンはこれらの証拠をもとに関係書類と会社による「労災申請あたっての上申書」及びユニオンからの「労災申請に対しての要請書」を添えて10月4日に横浜南労働基準監督署に労災申請を行った。

Yさんは入院後1カ月半目にようやく意識を回復したが、歩行が困難であるのと脳の一部損傷によると思われる思考力(反応)低下が症状として表れた。Yさんは3か月経過後、リハビリのために別の病院に転院し、現在もリハビリ中である。この間、最初の病院では治療費を労災扱いとせずに健康保険で処理し、高額な本人負担金を親族に請求するということがSさんから聞かされ、ユニオンは急遽病院会計担当者に面談を行い、労災扱いで処理するよう強力に申し入れた。「クモ膜下出血」の労災認定にならなかった場合を想定しての病院側の対応であった。ユニオンは労働局による「脳・心臓疾患の業務認定基準の基本的な考え方」を示して、Yさんの発症が正に当てはまることを示して病院からの理解を何とか得た。

年が変って、1月末に横浜南労働基準監督署の担当課長よりYさんの労災認定が決定されたことの連絡が入った。早速その吉報をYさんに伝えたが、本人にはそのことが良く理解できない様子で、昔働いていた自動車工場で今も働いていると主張し続ける。主治医の所見ではYさん自身のリハビリへの意欲が全く見られないとのことで、このままでは完全に歩行が出来なくなる、と。このリハビリ病院からは3か月過ぎたら別の病院を探して退去するようにとも言われ始める。

Sさんと病院のソーシャルワーカー、ユニオンの3者で今後のYさん行く末で頭を抱えている最中、Sさんから会社がYさんの自主退職を勧めている情報を聞かされる。ユニオンは主治医の症状固定の診断が出る前の解雇(退職勧奨)は労基法違反であることを会社に厳しく警告する。

我々の心配がYさんに通じたのか、最近になってYさんが歩行訓練を熱心に始めるようになる。そして、3月末にソーシャルワーカーより吉報が伝えられた。次のリハビリ施設が伊豆の熱川温泉にある病院に決まり、そこでのリハビリが続けられることで労災の休業扱いが継続される見込みが出てきた。次の病院は、簡単に見舞いには行けない遠方であるが已む得ないであろう。これからの道のりはまだまだ長く続くと思われる。

(2008年3月12日)

労災保険審査官が原処分取り消しNさんの有機溶剤中毒労災認定される

 発症から五年半ぶり、労働基準監督署の不当決定を覆す

有機溶剤ばく露や肝機能異常などは明らかだった

 日系ブラジル人労働者のNさんは、二〇〇二年に平塚市にある三菱樹脂の構内で、ボンドの充填作業に従事するようになった。半年ぐらい経った頃から、頭痛やめまい、疲労感に悩まされ、睡眠もできなくなったため、平塚K病院にかかる。そこでは「緊張性頭痛」と診断され、投薬治療を受けたが、あまり症状は改善しなかった。事業場の健康診断では既に肝機能の異常値も指摘されている。〇五年に入ってからは会社を休みがちになり、四月には解雇されてしまった。
 Nさんは労働基準監督署に相談に行き、アドバイスを受けながら労災請求することになった。病命は「緊張性頭痛」である。労働基準監督署が調査したところ、かなりの有機溶剤のばく露も明らかになり、健康診断の結果も把握。ところが、労働基準監督署が業務外、不支給処分としたため、〇六年八月には不服審査請求をした。また、友人の紹介で港町診療所に通院することになった
 Nさんを診察した平野医師は、Nさんの話から有機溶剤ばく露状況を把握、さらに持参した健康診断結果や本人の症状などからも、自信をもって「有機溶剤中毒」と診断。治療を継続することになった。そして、改めて「有機溶剤中毒」として平塚労働基準監督署に労災請求した。ところが、平塚労働基準監督署は、再び業務外決定。直ちに審査請求をしたところ、二つの審査請求が併合されて審査されることになった。

不可解、ずさんな労働基準監督署調査や局医の意見

 二〇〇八年二月二九日付けの審査官の決定書によると、やはりNさんの有機溶剤のばく露や健康診断結果などの客観的事実については、全く争いがない。平野医師が特別な検査をしたわけでも、全く新たな事実が発覚したわけでもない。署段階で、Nさんはシクロヘキサノン、メチルエチルケトン、アセトン、テトラヒドロフランの有機溶剤を含有したボンドを取り扱っており、作業環境は法を遵守されていたとは言い難い状況であったと認めている。
 例えば、おそらく有機溶剤中毒の見識があまりないと思われる平塚K病院の医師が「就労が原因かは判定困難」とするのはまだわかる。しかしながら、労働基準監督署から意見を求められる労災協力医である横浜労災病院の医師が、「ボンドにより直接生じた頭痛であるのか、ボンド臭やボンドを取り扱う作業にストレスを感じて生じた頭痛であるか、あるいはボンドとはまったく関係がないのか医学的に判断することは難しいと考える」と言う。さらに地方労災医員のD医師は、「明らかな身体的あるいは検査上の異状は認められず、中毒とはいえない。あえていえば有機溶剤に対する過敏症になろう」としており、これらが業務外の決め手となったことは労働基準監督署の説明からも伺われた。
 Nさんの健康診断結果記録には、肝機能検査で「やや異常が見られますので再度検査を受けて下さい」といった記載が何度もあり、素人が考えても、認定基準どおりの有機溶剤中毒であり、全く不可解な局医の意見、そしてそれを鵜呑みにした杜撰な労働基準監督署の決定であった。平野医師も「こんなはっきりした有機溶剤中毒を認めないのは納得できない」と語っていた。
 そこで、数少ない有機溶剤中毒の専門医を探して、審査官に推薦することにした。「労働保険審査官及び労働保険審査会法第一五条」に基づいて、審理のための処分の申し立てを行い、審査官は、国立大学法人愛知教育大学保健環境センターの久永教授に意見を求めることになった。久永教授は、Nさんが慢性有機溶剤中毒であり、労災認定基準を満たしているとの意見を述べた。審査官から意見を求められた、おそらく上記と同じD医師は、前言をひるがえし?「有機溶剤中毒であると考えられる」としたのだ。なお、「主治医の診断名が『緊張性頭痛』となっていたために原因不明の疾病として不支給処分がなされた」と労働基準監督署に責任転嫁したり、「肝機能障害とまでは言えないが異常値である」などという、言い訳のような意見もついている。

現場を知らない、知識もない局医に頼るな

 神奈川のような医療機関、専門家と称する人たちが大量にいる地域でも、今回のような事態が生じるのだから、そうではない地域で、同じような有機溶剤中毒が認められるのか、本当に心もとない。労働基準監督署は猛省して、Nさんのケースについて、本省にもきちんと報告を上げてもらいたい。

 

(2008216日)

アスベストユニオン結成から1年

第2回定期大会、神戸で開かれる

全造船アスベスト関連産業分会(アスベストユニオン)書記長 川本浩之

結成前のこと

 ある会議の席上、「アスベスト被災者を組織した『アスベストユニオン』を作ってはどうか」と言い出したのは、私だったと思う。「言い出した者が責任を取る」のが当然であり、「自分ができないのに、人の批判をする」ようでは信用を失うことは言うまでもない。ましてや、自らもアスベストにばく露して働いてきた文さんに、「病気になったアスベスト被災者や、ご遺族と話をするのは、本当につらい」と語るにもかかわらず、委員長を引き受けてもらった。「書記長は川本くんでいいんじゃないか」と言われて、断ることなどできない。

たくさんの相談が寄せられる

 二〇〇六年一二月の結成以来、予想通り、いや予想以上にたくさんの相談が寄せられた。東レなどのように、ねばり強い団体交渉などを通じて解決した事例もあるし、日立化成工業のように、県労働委員会の立会の下で、解決に至ったものもある。いずれも、決して単なる補償金額のすりあわせではなく、労働者の働く環境やご家族の気持ちなども会社が充分に配慮した話し合いの成果である。

一方で、岡山県の山陽断熱のように、交渉そのものに応じないために、労働委員会で係争中のものもある。JFEスチールの子会社の下請け企業である森工業のように、大衆行動を準備している。住友重機の下請け労働者の遺族は裁判闘争を準備している。ある。これらの解決が困難であるのは、単に企業がお金がないとかケチであるということはなく、やはり被災者や遺族に正面から向き合おうとするかしないかの差ではないかと思う。

第二回定期大会が神戸で開かれる

 第二回大会は、一月一三日に神戸で開催された。前述の山陽断熱のみならず、西日本でも数多くの企業でアスベスト被害が明らかになっており、相談が寄せられている。すでに、ひょうごユニオンなどが取り組んでおり、さらに連携を深めていこうという趣旨で、労組協議会組織としての、「アスベストユニオン西日本」も結成された。

 大会当日は、地元のひょうごユニオンのみならず、尼崎労働者安全センター、大阪のコミュニティユニオンの関係者らも多数参加。アスベスト疾患患者と家族の会のメンバーもたくさん駆け付けてくださった。ちなみに茨城県の組合員も夫婦で参加し、「大変勉強になりました」と語る。

 前述の成果を確認しつつ、組合員同士の交流や教育宣伝活動が十分ではないことを反省。次年度は、さらに仲間を増やしていくこと、とりわけ、中小、下請け労働者の被害掘りおこし、組織化を重点的に取り組むことを確認した。


(2008
121日)
 少し前のことなのだが、沖縄以外のマスコミがとりあげていないので、紹介する。

沖縄県で初めて
米軍基地元従業員のアスベスト肺がんが
日米地位協定に基づいて損害賠償された

賠償されたのは、牧港補給廠等で働いて肺がんで亡くなった、故Aさんの妻のS子さん。2006年12月18日に請求し(「かわがわ労災職業病」2007年1・2月号)、那覇防衛施設局が米軍の調査に基いて協議した結果、2007年10月3日に、賠償金約2200万円の支払を決定した。約1年かかったとはいえ、代理人の古川武志弁護士が「裁判によらない解決で、2200万円という水準は適切な金額として評価できる。」とコメント。横須賀では、米海軍横須賀基地石綿じん肺裁判の第1審判決と第2次〜第3次の勝利的和解後、裁判を経ない日米地位協定に基づく損害賠償が、すでに10件行われている。これに続いて沖縄でも、日米地位協定による補償への道を開いたということになる。沖縄では、民間も含めてアスベスト被害の初めての法定外上積補償の獲得となったということでも画期的なもの。

しかし、ここまで孤軍奮闘してこざるを得なかったS子さんにとって、「何か消すことのできない重さ」を心の中に強いているアスベスト被害の補償の立ち遅れという現状は、依然として厳しいと言わなければならない。沖縄ではアスベスト被害の救済率が全国で一番低い。肺がんの時効労災に至っては、18件中16件も不支給(2006年度)で認定率は11、1%。比較的救済されやすい中皮腫についても、過去12年間までの統計からは15、3%程度の救済率。1995年〜2006年の沖縄での中皮腫の死亡者数72人に対して、労災補償、石綿救済法の合わせての認定は11件しかない。

こうしたアスベスト被害の補償・救済の立遅れを改善しない限り、沖縄でのアスベスト被害者運動の展望は見えてこないであろう。そのような状況の中で、今回の故Aさんの労災と日米地位協定に基づく上積補償は、一条の光をもたらしたと言える。記者会見の翌日の11月9日には、このニュースを伝え聞いて、やはり基地の元従業員の夫を肺がんで亡くし、労災補償を求めていた遺族Yさんの相談も飛び込んできた。Yさんの夫の肺がんは「石綿所見がない」として、昨年8月30日に那覇労基署が不支給決定(16件の不支給うちの1つに当たる)。不服審査請求したものの、同様の理由でこれも今年9月12日付けで棄却。あきらめかけていたところに、故Aさんの賠償決定の報を聞いて思い直し、急きょ相談に来られたのだ。再審査請求の期限は労働保険審査官が棄却決定した9月12日から60日以内の11月12日。寸前のところで間に合わせることができた。

もちろん、現行の石綿疾病の認定基準が変わらないことには、再審査請求しても原処分を取り消してYさんの肺がんを認定させることは極めて難しい。しかし、沖縄の基地で溶接工や板金工としてボイラーの修理等、石綿曝露作業に従事してきたことでは、故Aさんと同様に明らかなのだ。このような事例を積み重ねる中で、医学的な所見が十分でなくとも一定の石綿曝露作業の従事歴があることを要件として認めるように、認定基準を改正させていくことも不可能ではない。

あきらめかけていたアスベスト被害者遺族を翻意させるウチナンチューの不屈のマブイに触れたような気がした。同じ記者会見の翌日、S子さんは、続いて地位協定請求の手続きを準備している2人の遺族とも交流され、沖縄でも遺族の会をつくっていくことを誓い合っておられた。まだ、捨てたもんじゃない!沖縄でのこうした遺族らのアスベスト被害の掘り起こしの新たな動き。是非、沖縄の今後に注目してほしい。


20071228日)

 下記の件は、厚生労働省本省記者クラブで記者発表したのだが、毎日が小さくとりあげたぐらいで、ほとんど報道されなかった。極めて重大なことにもかかわらず、報道されない現状は承知しているが、あまりにも情けない。今後も会社との闘いは続くので、心ある方々の注目をお願いしたい。


報道資料:タンクローリー運転手のいじめ過労による「うつ病」労災認定

―月200時間を超える時間外労働!ほとんど睡眠がとれない 

―加害企業は責任感皆無

―国の監督責任はどこへ?国土交通省や厚生労働省をなにをしていたのか

 生麦運送有限会社(横浜市鶴見区東寺尾6丁目1320号 電話045-571-0507 代表取締役 井上庄二郎)の従業員で、タンクローリーの運転手の男性が、「うつ病」になったのは過労が原因だとして労災請求していた件で、鶴見労働基準監督署が20071213日付けで、業務上決定した。いくつかの特徴的な内容を含むので報告する。

1 発症までの経過
 川崎市在住のAさん(51歳)は、20003月にタンクローリーの運転手として生麦運輸に入社した。早朝に石油会社の製油所から、首都圏各地のガソリンスタンドに運搬するのが仕事である。当初から、月に150時間を超える時間外労働に従事させられた。20018月ごろから深夜勤務が増え始め、さらに200210月ごろから、同僚との些細なトラブルが原因で、その同僚を贔屓にしている上司からいじめを受けるようになる。20036月からは、毎月200時間を超える時間外勤務を命じられ、時には300時間を上回るようになった。Aさんは、何度も「公平に労働時間を軽減してください」と願い出たが、無視され、「嫌なら辞めればよい」と言われた。200311月には高血圧で倒れて、病院に救急車で搬送された。 

具体的な仕事の受注関係がどのようになされるのかは不明であるが、「何時頃どこそこのガソリンスタンドに運んでもらいたい」といった具体的なタンクローリーの配車・指示が、大手石油運送会社ニヤクコーポレーション(東京都港区芝大門2-9-16)から行なわれることもある。Aさんの異常な長時間労働に気が付いたニヤクの社員が、Aさんの上司に対して、過重労働をさせすぎているのではないかと、言ってくれたこともあった。ところが元々ニヤクのOBである上司は、「他社に対して意見をするな」と無視。過労によりめまいがひどくなったり、高血圧のために何度も倒れた。それでも生麦運輸は、復帰したAさんに同様の労働をさせた。

20056月には一過性の脳梗塞と診断され、病院に入院。医師からは過労が原因と言われた。ところが面会に来た上司は、「早く退院して復帰しないと退職してもらうことになる」などと言う。復帰後も過重労働が続き、何度も軽減を訴えたが無視され、ガソリンスタンドで接触事故を起こすこともあった。2006年になると、体調は悪化し、下痢もひどくなり、4月に病院に入院。医師からは休職を勧められた。休職中の7月に「うつ病」の可能性を指摘され、専門医の治療を勧められる。9月下旬に上司から「これ以上休むなら退職」と迫られて、やむなく10月に復帰した。ニヤクへの出向を命令され、「研修」を受けさせられた。既に働けるような状態ではなく、1118日に精神科にかかったところ「うつ病」で入院が必要との診断書が出た。

2、退職強要から労災申請

翌日に生麦運送に行き、診断書を見せると、「うつ病の人間は使えない」として退職を強要され、その場で退職願を書かされた。このままでは生活も治療もできないと途方に暮れていたが、神奈川県の労働センターにたどり着き、労働基準監督署やひとりでも入れる労働組合を紹介された。

労働基準監督署に相談に行ったが、自分で辞めたのであればしょうがないというような対応で、長時間労働や労災申請の話はしてもらえなかった。一人でも入れる労働組合「よこはまシティユニオン」に相談したところ、明らかに法違反の長時間労働であり、うつ病は労災になると言われて、改めて労働基準監督署に労災申請をした。

3、組合加入と交渉の経過

 20071月によこはまシティユニオンが、生麦運送とニヤクに団体交渉を要求した。生麦運送は、団体交渉に応じたものの、いじめの事実を否定し、過重労働については「本人が働きたいと言ったから働かせただけ」と開き直り、労災請求にも協力できないとした。さらにニヤクは直接の雇用主ではないとして交渉すら拒んだ。

4、本件の問題や課題

@会社の責任を追及する

月に200時間以上も時間外労働をしてきた労働者の「うつ病」が労災認定されるのは、当然と言えば当然である(月に150時間もの時間外労働で業務外となった例もあるが)。ようやく安心して治療に専念できる。しかしながら、会社がいじめや過労の責任を一切認めていないことは重大な問題である。ユニオンは再度団体交渉で会社の責任を問う要求を行なう。生麦運送はもちろん、ニヤクの責任も重大であると考える。

A国の責任も問う

 ほとんど睡眠を取れない運転手が、数年間にわたりガソリンを積んだタンクローリーを運転し、大きな事故が起きなかったことは、本当に不幸中の幸いである。国土交通省や厚生労働省がいろいろな指針などを出しているが、全く実効性が上がっていなかったことになる。

今年の2月、長野のスキーバス会社が、大阪で事故を起こし、不幸にも高校生の労働者が死亡した。それでようやく問題が焦点化したが、規制がかなり厳重なはずの石油運送業界においても、このようなめちゃくちゃな労務管理と開き直りがあるとすれば、本当に恐ろしいことだ。

しかもAさん本人とお連れ合いが、20065月にも労働基準監督署に相談に行ったが、あまりきちんと対応されなかったとのこと。いじめの相談は労働相談の1割を越える事態になっているが、深刻なものほど、門前払いになっている実態がある。

国土交通省や厚生労働省は大事故が発生する前に、ただちに実態調査を行い、実効性のある施策を講じるべきだ。



(2007
1119日)


 鑑定意見採用せず不当な審査決定−港湾労働者の肘関節症

 神奈川労働者災害補償保険審査官(香川小枝子)は1026日、港湾労働者の変形性肘関節症について請求棄却−業務外の決定を行った。審査請求人のSさん(61歳)は約33年間従事した港湾荷役作業で腰痛症(変形性脊椎症を伴う)と変形性肘関節症にかかり、横浜南労働基準監督署より腰痛は業務上認定されたが、肘は業務外とされ審査請求を行ってきた。今回の決定は審査官自ら依頼した鑑定意見の不採用、誤った認定基準の適用などの問題があり、労働保険審査会への再審査請求を準備している。(小野)

 鑑定医は業務上と判断

 本件について、主治医の港町診療所医師は「X線写真上、両肘関節に変形を著名に認める。発症原因は長年にわたる過重な港湾荷役作業であると考えられる」と判断したが、対診した局医は「X線写真上、年齢以上と思えるような明らかな変形ではない。運動制限は軽度である。以上により作業によって生じたものとする明確な証はない」と述べ、これを根拠に労基署は業務外とした。

 審査段階における鑑定医(北里大学東病院医師)の意見は次のとおり。

「臨床所見では左肘関節の疼痛と可動域制限を、単純X線所見では軽度の変形性変化を認める。これら両所見は健側(右肘関節)に比し明らかであり、変形性肘関節症を示唆する異常所見といえる。単なる加齢変化としては有症状の変形性肘関節症が発生することはないことから、本例は加齢的変化というよりはむしろ軽度の変形性肘関節症に相当するものと考える。左肘関節の症状及びX線変化を来した原因を検討すると、変形性肘関節症を生ずる明らかな既存の原因を認めないこと、左肘関節を使用するスポーツをある程度の期間行っていたということもないことから、これらの原因は除外される。残る原因としては永年にわたる重量物の移送などの労働作業が考えられ、左肘関節に繰り返しのストレスが加わったために軽度の変形性肘関節症に至ったと推察した」。
 素直に読めば、明らかに業務上とする意見である。

 認定基準適用の誤り

 ところが鑑定意見について、審査官は「消去法的考察によって業務と疾病との因果関係を肯定しているにすぎず、請求人の労働実態に則した、いわゆる相当因果関係論に立脚した考察には達していないと考えられ採用し難い」と述べ、以下のように結論づけている。「請求人に発症した変形性肘関節症は、長年の港湾荷役作業との関連を全く否定するものではないが、通常の加齢的変性に止まる程度と認められ、かつ、上肢障害認定基準の認定要件を満たさないため、業務上の事由によるものとは認められないものと判断する」。

 審査官は自ら依頼した鑑定医の意見を医学的根拠もなく不採用としており、これでは何のための鑑定かわからない。また本件を上肢障害認定基準で判断したことも不可解(労基署もそのような判断、解釈はしていない)である。港湾作業のような20年、30年という長年の重量物取り扱い作業による変形性肘関節症(注・審査官提出意見書参照)は、比較的短期間(基準では原則6か月程度以上としている)でも発症し器質的変化(骨変形など)を伴なわない頚肩腕障害(頚肩腕症候群)などの上肢障害とは異なる。通常の上肢作業とは明らかに異なるにもかかわらず、上肢障害の認定基準(認定要件)を持ち出してこれに当てはまらない(業務量の増加がない等)ことを業務外の理由としている。労働実態の把握と認定基準適用の誤り、先に述べた鑑定意見の根拠のない否定。これでは初めに結論ありきで、業務外とするために後から理由をつけたようなものである。

(審査官に提出した意見書より)

1.審査請求人の作業負担

 審査請求人は昭和48年頃より約33年間、港湾荷役作業に従事したものである。仕事の内容は毎日手かぎを使う仕事であり、手かぎを右手と左手に持って行う。取り扱う品物は麻袋に入った重量物がほとんどで、重さは小麦(90Kg)、大麦(80Kg)、トーモロコシ(80Kg)、ソバ(50Kg70Kg)、大豆(60Kg)などである。二人で行う場合もあるが、ほとんど一人で手かぎを使って麻袋を腰のベルト位まで持ち上げる。仕事の内容によっては胸の高さまで持ち上げることもある。

 主な作業内容は以下のとおり。

「山肩」は肩で麻袋をかついで倉庫にはい付をする。ベルトコンベアが回転して麻袋が流れてくる。両サイドで手かぎを使って麻袋を肩に持ち上げるためどうしても無理な態勢になり、両肘が内、外とねじられるように曲がり、とくに左肘がつるようになる。かついだ麻袋を落ちないようにして走ってはい付をする。そのとき麻袋をきれいにはい付をするため手かぎで麻袋を一度持ち上げて直すため、両肘が内側に曲るようになる。

「河岸肩」はホッパーに入っているバラ物を麻袋に積み替える作業。積み込まれた麻袋を回転しているミシンのベルトの上まで身体をひねりながら運ぶ。両手で手かぎを使い持ち上げるため、どうしても麻袋の重さで肘が引っ張られ、力負けのせいか左肘が下にぬけるような感じで負担となる。

はしけの中はバラバラに麻袋が積んである。「はしけ揚げ」はそれをモッコ又はスルギに乗せ、巻いて上げる。一人で手かぎを使い腰の高さまで上げて重ねていく。そのとき両肘を常に内側に曲げて持ち上げるため、右利きの人は左がどうしても力負けして左肘が手かぎを使っても麻袋の下をかかえて持ち上げるようになり、左肘が常に曲った状態で内から外へねじるように持ち上げることになる。

 いずれも肘に過度の負担のかかる作業である。

2.審査請求人の症状

 審査請求人は平成6年頃から左肘の痛みと変形に気付き、市販の塗り薬をぬり、サポーターで強くしめながら我慢し作業を行ってきた。肘の痛みは除々に強くなっていき、平成1810月より港町診療所で治療を受けている。右肘にも症状(重い物を持つと痛む)は出ているが、左肘がとくに曲っており、左肘の痛みと左手指二本(小指、薬指)のシビレが常時ある。そのため長く物を持つことができない。夜も寝返りを打つたびに右手で左腕を持ち上げる状態なのでよく眠れない。治療内容は痛み止めの内服薬と塗り薬をもらい、鍼灸治療を受けている。主治医は将来は手術も考えなければならないと話している。

3.業務起因性

 審査請求人の業務が重量物を取り扱い、身体に過度の負担のかかる業務であることは原処分庁も認めるところであり、同時に申請した変形性腰椎症が業務上認定されていることからも明らかである。

 原処分庁は審査請求人の肘の変形について「通常の加齢による骨変化の程度を超えない」「年齢相応」との理由で業務外としたが、その明確な基準はなく、根拠もない。また審査請求人の作業態様から考えて、腰は職業性だが肘は「加齢」という判断も理解しがたい(署の対診時には審査請求人の肘は実際には診てもらえなかったという)。

 審査請求人の場合、右肘と比較して左肘の変形及び症状が強いことは、利き腕と反対の左腕でかかえるようにする同人の作業態様からきていると思われ、左肘により負担がかかったと考えられる。審査請求人の左肘は誰が見てもはっきりした変形があり、常識的に考えてもこれが「加齢」では有り得ず、その原因は業務以外に考えられない。また同種作業による肘の業務上認定事例は過去にもある。

4.結論

 審査請求人の変形性肘関節症(とくに左肘)は長年の港湾荷役の重労働によるもので業務起因性は明らかであり、よって原処分は誤りであり、取り消されなければならない。

(2007
109日)

厚生労働省本省と交渉

 九月二〇日に、全国安全センターの厚生労働省本省との交渉が行われた。紹介議員は阿部知子衆議院議員。全国各地の関係者三〇名余りと、先日初当選した川田龍平参議院議員も参加した。詳細な要求と回答、やりとりは「安全センター情報」に掲載されるので、ここでは特に議論が紛糾した二つの問題について報告する。(川本)

アスベスト労災認定事業場を公開せよ 

 厚生労働省は、〇五年の八月に、一部ではあるが石綿労災で認定された被災者の事業場を公表した。その後、認定数は数倍になっているにもかかわらず、全く公表しようとしていない。アスベストセンターや患者・家族の会の交渉でも、再三問題となってきたが、「基本的に公表するものではないので検討中」との回答を続けてきた。

 ところが、今回の交渉で「公開しない」と明言。その理由は、〇五年の夏の段階では、アスベストに関する情報が圧倒的に不足していたが、現在はそうではなくなり、労災認定数も増えたので公表する必要がないと言う。根本的に認識が誤っている。そもそも仕事によるアスベストばく露がはっきりしない労働者、遺族はたくさんいる。さらに労災認定数が激増している事業場の周辺では、住民被害も予測される。そうした情報がなぜ公開できないのか。環境省共々、労災隠し、公害隠しに加担しているのだ。

 阿部議員もこの課題には注目し、「誰の責任で公開しないことを決定したのか」と追及。「補償部として労働基準局にあげた」と述べた。この問題は国会でも取りあげられる可能性が出て来た。

無用な放射線被ばくは避けて本来の健康管理対策を

 石綿ばく露作業従事者の特殊健診は半年に一回行うことになっている。しかし、潜伏期間などから、少なくとも初めてのばく露から一〇年までの間は、レントゲンで石綿関連疾患が見つかる可能性はない。むしろ被ばくによる悪影響の方が問題だ。実際に、東京安全センターの代表の平野医師は、「初めて作業に従事するからという、若い労働者が健診を受けに来る。健診を受けないとゼネコンなどが現場に入れてくれない。」と訴えた。実は昨年も全く同じ問題を指摘している。

 厚生労働省の回答は「検討中です」というもの。しかしながら、医学的に安全センター側の見解が正しいことは常識のレベル。厚生労働省側もそれは認めざるを得ないはずだ。「何もしてこなかったわけではありません」と言うので、では何をどのように検討したのか、具体的に検討経過を明らかにせよと迫った。わざわざ離席して確認をしてきたのだが、結論は「何もしていない」ことがわかった。

厚生労働省の怠慢姿勢を許さない

 いずれの問題でも明らかなのは、厚生労働省の人間は、我々の指摘する問題に対して、まじめに検討した姿勢が見られないこと。何か初めての新しいことを始めるのであればともかく、いずれも少しまじめに検討すれば、上記のような回答にはならないはずだ。怠慢は絶対に許してはならないと、改めて感じる交渉であった。


2007910日)

旧朝日石綿(エーアンドエー社)に対して、4000万円を要求

8月22日(水)、旧朝日石綿住民被害者の会とよこはまシティユニオン、そして私たちセンターは、(株)エーアンドエーマテリアル社(以下A&A社)に対して、別紙のような「周辺住民のアスベスト被害に関する補償についての要請」を行った。これは、29日の第4回交渉に向けて、要求金額を具体的に提示するもの。これに対し、A&A社は、「弊社の見解」という文書で、中皮腫で亡くなられた2人のうち故原田サワ子さんについては「因果関係を否定できない」として補償するとしたものの、故高橋忠誠さんについては「現時点では因果関係が明確であるとは判断いたしかねる」として補償に否定的な見解を示した。
 しかし、私たちはこの根拠も示さない中途半端な見解なるものには、納得ができない。A&A社は、故高橋忠誠さんを補償できない理由について、まったく説明できないからだ。
 高橋忠誠さんは、4年前に悪性胸膜中皮腫で死亡。鶴見区役所に1960年から1973年まで13年間勤務、鶴見区にも9年間居住。鶴見区役所が、工場から約500mしか離れておらず、石綿横浜工場から飛散したアスベストとの因果関係は明らかだ。9年間の居住歴のうち工場から約500mしか離れていない独身寮にいたのは2年間だけである。しかし、鶴見区役所に勤務中に、工場から飛来したアスベストによる近隣被害ということは十分に言える。このような石綿工場近隣の巻き添え被害は、尼崎のクボタ旧神崎工場の近隣でも何件かの事例がある。2006年3月10日付け毎日新聞に紹介された事例は、旧神崎工場から150mにあった大日金属工業の元社員らが飛来労災として労災申請したものだが、すでにクボタの救済金の支給を受けている。故高橋忠誠さんの遺族も、工場から飛来したアスベストを勤務中に曝露したとして公務災害の申請をしており、A&A社もクボタの旧神崎工場近隣の巻き添え被害同様に補償すべきだ。
 この日の要請では、さらに第1回の交渉で「補償しない」と回答した胸膜肥厚斑についても、改めてフランスなどの海外で補償されているという資料を出して再検討を求めた。

回答に前進見られずー第4回A&A社との交渉

 8月29日に行われた第4回交渉でA&A社は何ら新たな回答を示さなかった。要求1について、中皮腫で亡くなられた故原田サワ子さんについては、「因果関係は否定できない」という見解を出したにもかかわらず、具体的な補償金額を明らかにしなかった。私たちが4000万円という金額を提示して攻勢をかけたことに対して、一定躊躇し、用意しかけた回答を修正せざるをえなくなったためと考えられる。
 同じく中皮腫で亡くなった故高橋忠誠さんの遺族に対しては、今回も依然として、「現時点では石綿ばく露との因果関係が明確であるとは判断いたしかねておる」と回答。しかし、「引き続き資料のご提供を願い、調査、確認を進めて行きたい」としたことで、少しだけ前向きの姿勢を示したかな?と思われる。A&A社が希望する遺族の聞き取り調査などにも応じ、鶴見区役所での建物に使用されている吹き付けアスベストによる職業曝露ではないことを証明する新たな資料も提供する用意があることを伝えた。 第1回交渉以降懸案となっている胸膜肥厚斑の補償問題については、「補償には応じない」とする頑なな姿勢は依然として変わらなかった。しかし、これまで胸膜肥厚斑と診断されたものに支払われてきた迷惑料?3万円について、A&A社が「(健康診断の受診)のための費用、交通費等の実費のほか、その他の諸掛・ご負担等に充てて頂く主旨のもの」との解釈を示してきたため、そのような費用としてなら、「初回だけしか支払わないのはおかしいのではないか!」との被害住民の意見が噴出し、新たに健康診断1回ごとに受けるための諸費用として、3万円を支払うことを要求することになった。
 調査研究に必要な経費を助成することについては、「行政当局の調査研究との関連を見極めながら検討していきたい」と行政任せの回答。改めてA&A社としての加害責任に基づいて、しかるべき研究者や研究機関に調査研究費を助成するよう強く要請した。
 補償問題については、非公開・個別交渉で解決を図りたいA&A社側と、全面公開の補償基準を示せ!という私たちの側が真っ向から対峙した形となった。次回9月27日の第5回交渉までに、私たちも故高橋忠誠さんの遺族の補償を勝ち取ることに全力を注ぎ、局面の打開をはかっていきたいと考えている。(西田)

(200788日追加)

神奈川県内の労働基準監督署交渉の報告

今年も全労働基準監督署交渉が、710日〜20日にかけて行なわれた。昨年同様、ほとんど全ての監督署できちんとした資料提供、説明がなされた。

一方で、731日に行なわれた労働局交渉は、昨年同様、若干残念なものであった。まず、説明に1時間40分もかかっている。署への要請書と量的にも内容的にもほとんど変わりがないのに、2倍以上かかるのはなぜか。参加者はわかりきっている制度の説明や、配布資料を棒読みするような解説、どの資料を説明しているのかわかりにくいことなどが原因。必然的に時間が足りなくなり、2の労災補償の項目で議論を打ち切らざるを得なくなった。ここでは、全署共通の問題を報告する。

石綿関連疾患で誰かが業務上になったら、会社は同僚の健診をすべきである―監督署の対応はまちまち

 二年前、いわゆるクボタショックの直後、厚生労働大臣は記者会見で、石綿関連疾患で労災認定された事業場に対しては、現役労働者はもちろんのこと、退職者にも健診をよびかけるように、事業所に要請すると述べた。ところが、細かな通達などは出されなかったために、署の対応はまちまち。

 今回の交渉でも、「きちんとやっている」監督署と、やっていない監督署があることがわかった。三月のアスベストユニオンの局との交渉では、「石綿であれなんであれ、事業場に指導をすれば、報告を受けるのは当然」と言っていたが、そもそも指導がまちまちだったことが明らかに。もちろん既に閉鎖された事業場や、非協力的な事業主もいるかもしれない。だからこそ、全事業場に対して、一律の周知徹底が必要になる。企業規模を問わず、自社の従業員の死を真摯に受け止めて、退職者健診を呼びかける、案外まじめな経営者も少なくないのだ。

じん肺患者の傷病補償年金移行問題―署のばらつきが大きすぎる

 休業補償給付開始後一年半経過したところで、障害等級一〜三級に該当する被災者について、傷病補償年金に移行する。そのときは該当しなくても、一年ごとに症状の確認を行ない、該当すれば移行することになる。じん肺患者について言えば、よくなることはあり得ないので、一年半で当たり前のように移行する局もある。一方で一〇年以上休業補償を受給している被災者もいるのが、神奈川の実態である。それでも「短期」給付と言うのは皮肉なことだ。

 ちなみに、各署の数字を見よう。

相模原・・・年金七人、「短期」一八人

厚木・・・年金一〇人、「短期」一七人

平塚・・・年金五人、「短期」六人

横須賀・・・年金四人、「短期」七三人

横浜西・・・年金一一人、「短期」一五人

横浜南・・・年金五人、「短期」二〇人

小田原・・・年金二〇人、「短期」一五人

鶴見・・・年金一七人、「短期」一〇人

藤沢・・・年金五人、「短期」七人

川崎南・・・年金三人、「短期」七人

川崎北・・・年金四人、「短期」六人

横浜北・・・年金五人、「短期」二五人

 こうしてみれば一目瞭然。横須賀署は県内でも最もじん肺被災者が多いのに、年金に移行する人が、極めて少ないことがわかる。横須賀のじん肺患者の症状は軽いのか?そんなはずはない。横浜北と横浜南も、比較的年金受給者が少ないが、横須賀の数字はあまりにも「異常」だ。ほとんどの監督署が、一対一〜二の範囲内、小田原や鶴見では年金受給者のほうが多いぐらい。この差は一体何か。署長の判断で移行が決まるとはいえ、数年前まで「管理四しか年金に移行しないことになっている」と、交渉で堂々と述べていた労働局こそが、きちん説明してもらいたい。

上肢障害認定事例を作業態様や作業別に把握せよ―分析、公表で啓発・予防対策に活かせ

 どこの監督署も明らかにしなかったのが、上肢障害の作業態様や作業別の数字。いくつかの監督署では、口頭で説明があったが、ほとんどの監督署が「把握していない」と回答。「みなさんが考えているほど重症事例はない」などと言う、ふざけた監督署もあったが、そういう問題ではない。労働局衛生課の資料によると、「手指前腕の障害および頸肩腕症候群」はたった一三件。いや、だまされてはいけない。一方、同じ労働局の労災補償課のデータでは、上肢障害は八七件も業務上認定されている。

 確かに前者は会社が四日以上の休業が必要になった場合に報告するものであるが、数字の開きはあまりにも大きすぎる。対策を講じるためにも、ぜひ給付の際に明らかになった作業態様や実態を公表することは大きな意味を持つ。

石綿疾患の職種別データを明らかにせよ

 厚生労働省は、いわゆるクボタショックの後に、認定事業場の公表に踏み切った。しかしながら、それは認定事業場のごく一部であり、その後認定された事業場などは全く公開されていない。

そして、監督署は、事業場名はおろか、石綿疾患に倒れた労働者の職種すら明らかにしようとしないのだ。実は、労災給付処理の過程で、全国の全労働基準監督署が、いろいろな細かいデータをエクセルで管理していることが明らかになっている。そこには病名や事業場名はもちろんのこと、職種も記されている。「把握していない」はずがないのだ。どういう仕事をしていた人が、何人ぐらい石綿被害を受けているのか。一言で造船労働者と言っても、いろいろな作業がある。これを労働者に提供することは厚生労働省の義務である。徹底的に追及したい。

 

2007717日追加)

旧大平製紙におけるアスベスト問題

ダイニック大平カンパニー退職者労働組合 組合長 田村光弘

アスベストをどこで使用していたのか

 二〇〇五年クボタのアスベスト被害が新聞報道される中で、私は1964年の入社当時、アスベスト紙を製造していたことを思い出していたが、それほど深刻に考えていなかった。ところが、ある紙加工経営者が、ダイニック大平カンパニー(旧太平製紙)を訪れ、アスベスト製品を自分の会社に外注していないのか、尋ねてきたのだ。その経営者は中皮腫に罹患しており、取引先企業を調べて歩いていると言うのだ。

 大平製紙の製紙部門は、二〇〇〇年に合理化のために閉鎖され、クボタの問題が公表された二〇〇五年時点には過去のデータがなかった。会社と退職者によって聴取調査が始まり、どのようなアスベスト製品が製造されていたのか、記憶のデータを掘り起こすことになった。

まず、大平製紙富士工場では、一九六一年〜七三年まで一三年間はアスベスト紙(白石綿)を製造していた。二〇〇〇年一〇月までは、積層板用難燃紙の定着補助剤として、アスベスト(白石綿)二〇%を使用していた。さらに、電気製品の内部の電気回路に使用されている基盤を造る積層板原紙をメーカーに納入していた。基盤は紙に樹脂をしみ込ませ、何枚も重ねて熱と圧力を加えて板にしていく過程で、クッション材として耐熱性に優れたアスベスト紙を使う。クッション紙を抄造する際に、アスベストとパルプ、または綿布原料が使われ、製品で白石綿を三〇%含有していた。

一九六四年頃は、下着で作業したり、上半身裸、腹巻姿で、直接麻袋を開けて、白石綿を投入していたものだ。作業終了後、大半の人たちは風呂に入ってから着替えて帰宅していたが、中には作業服のまま通勤している人もいた。ちなみにその人たちの配偶者二名が肺がんで亡くなっており、原因を究明している。

退職者労働組合の結成

 大平製紙には、OB会という組織がある。二〇〇六年九月に、OB会交渉人一同が、会社と話し合いを持ち、富士宮市にある国立富士病院で、二三名がCTによる健診を受けた。そのうち一〇名が「胸膜肥厚斑」、その後二名が「じん肺」と診断された。現在、石綿の健康管理手帳を交付されたのは、一一名にのぼり、一名がじん肺の健康管理手帳を交付されている。

 交渉人と会社の話し合いは、比較的スムーズに進んでいたが、アスベスト被害の潜伏期間、被害者全員の年齢を考えると、将来的にも制度の確立が必要不可欠であると考えた。安倍川製紙(現王子特殊紙)労働組合がアスベスト被害に取り組んでいるとの情報を得て、同労組の交流学習会に参加した。そこで、神奈川労災職業病センター、鶴岡弁護士、安倍川製紙労組の取り組みや、ニチアス退職者労働組合、アスベストユニオン結成などを知った。退職者が企業に被害補償要求をし、それを獲得することの重要性と同時に困難性も鑑み、私たちは、多くの人たちの知恵と協力を得て、二〇〇七年二月四日に、「ダイニック大平カンパニー退職者労働組合」を二三名で結成した。

補償要求内容

 労働組合を結成したが、ゼロからの出発のため、安倍川労組の要求や王子特殊紙の補償制度などを参考に、以下のような要求をダイニック株式会社に申し入れた。

一 健康診断 アスベスト使用職歴を持つ者と、その配偶者の希望者に年一回の定期健診(レントゲン、CT)の実施と医療費・交通費の会社全額負担

二 医師選択の自由 健診・療養等の医師選択は、基本的に本人の自由とする

三 健康管理手帳交付者補償 アスベストによる肺の異常の確定者に見舞金一〇〇万円

四 アスベストによる疾病補償 アスベストによる健康被害(中皮腫、肺がんなど)の発病者に特別見舞金一〇〇〇万円

五 死亡補償 一律三〇〇〇万円、葬儀費用等は別途協議決定とする

六 療養補償 入院、自宅療養中の労災保険で支給されない諸必要経費を会社全額負担とする

七 その他の補償 家族や工場周辺住民への被害補償は、今後の協議決定事項とする

団体交渉と会社の回答

 団体交渉は以下の通り開催され、継続中である。

第一回団体交渉(二〇〇七年二月二〇日)・・・要求書提出
 第二回団交(三月二八日)・・・要求書説明
 第三回団交(四月二七日)・・・会社側回答
 第四回団交(五月三〇日)・・・回答に対しての再要求
 第五回団交(七月五日)・・・前回検討課題の回答

 会社側の回答は以下の通り。

一 健康診断 アスベスト使用の職歴を持つ者と配偶者の希望者に、二〇〇七年〜二〇〇九年まで、年一回の地元での健康診断を、医療費と交通費を全額会社が負担して行なう。継続については、三年後に退職者組合と再度話し合いを持って決める。

二 医師選択の自由 地元の医師による健康診断とする。健康管理手帳交付者については、次回回答とする。

三 健康管理手帳交付者への見舞金 今は考えていない。

四 アスベストによる疾病・死亡・療養補償 問題が現実に発生した時点で、事実に即して退職者組合と個別具体的に改めて話し合いを行なうこととする。

 回答は満足できるものではないが、今後も交流会や学習会を通じて、アスベスト被害対策等を学び、要求獲得に向けて頑張っていきたい。



200764日追加)
長年無視され続けた腰痛問題 

 会社が損害を賠償し4月16日協定書に調印!!

 全造船機械労組いすゞ自動車分会 委員長 風呂橋 修

二〇〇四年九月に、いすゞ分会に加入した車両製造部で働く中村孝雄さん(四八歳)の労働災害の問題が解決した。

すゞの労災隠し問題は今更の事ではない!

いすゞ自動車分会は結成二〇周年を迎えた。一九八七年、分会を結成したきっかけは「鶴見工場閉鎖合理化」。現在、分会の市川書記長が働いていた職場が無くなる!という事態を受けてのもの。ユニオンショップ解雇という、組合つぶしとの闘いから始まった。
 しかしながら、実はその前から、神奈川労災職業病センターにお世話になりながら、労災認定の取り組みをしてきた。一九七九年、川崎工場で筆者と同じ職場で、重量物を取り付けるとき被災した青木さんの「頚椎捻挫」を労災と認定させた取り組みでは、センターの小野さんに大いに助けられた。一九八一年には、芯無研磨盤で指先切断した市村さんの労災裁判。残念ながら本人は交通事故で亡くなったが、会社が、「合理化によって当然配慮すべき安全環境面での整備徹底にかけ、被災者家族への説明・事実確認ならびに謝罪について充分でなかったことを認め」和解となった。そして、一九九八年には、藤沢工場の野島さんが腰痛問題を含め分会加入したときの、労災損害賠償協定書調印までの取り組み。こうした労災隠しの問題は後を絶たない。

中村さんの腰痛労災隠し

中村さんは、300〜400キログラムのエンジンの番号確認、搬送作業を行っている中で腰を痛めた。職制に伝え、診療所で受診をした。しかし、産業医は「労災ではない」と言い、職制は腰を痛めたときの状況すら調べず、「労災ではない」と言い張った。こうした中で、診療所での治療を繰り返していた。
 中村さんは疑問を持ちつづける中で、外部の労働相談に電話で実態を説明したところ、「仕事中に痛めたのであれば労働災害になりますよ」との助言を受けた。この事を職制に告げたところ、「労災にはならない」と繰り返すばかり。挙句の果ては、「我慢して働くか、就業制限を引くか、辞めるかだ!」と言い放つ有様だった。結局、就業制限を引くことになった。この時には人事部も話に入っていたにもかかわらず、労災であるかどうかの検証すらしなかった。

すゞ分会に相談し分会に加入…団体交渉で事実が明らかになる。

 二〇〇四年八月、いすゞ分会が川崎工場閉鎖の中で藤沢工場に来たことで、中村さんは意を決して分会への相談をした。相談を受けた分会は、「労災隠し問題」などの法律違反があると判断し、分会に加入して団体交渉で事実を解明し、解決していくことにした。
 〇四年九月八日、中村さんは「いすゞ自動車労働組合」に脱退届を手渡し、同時に分会は会社に対して中村さんの分会加入を通知し、団体交渉の開催を申し入れた。翌九日には団体交渉が開かれ、「要求書」を提出、団交が始まったのです。事実をなかなか明らかにしない会社に、次々と調査と労災申請を迫った。労災であるか否かを決めるのは労働基準監督署である。〇五年一〇月には、会社が時効内の部分を労災申請し、調査が続けられ、〇六年二月、藤沢労働基準監督署が労働災害を認定した。

発症の九三年まで遡っての損害補償獲得

 いすゞ分会は、藤沢労働基準監督署の労災認定を受けて団体交渉を継続し、治療の時間内保証や継続した労災申請などを会社に実行させてきた。そして、〇六年三月に問題解決に向けた「要求書」を会社に提出する。要求の内容は、中村さんの腰痛問題が発生した一九九三年に遡って、労災を無視してきた事への謝罪と再発防止、労災であれば必要なかった治療費、休暇使用で対処してきた休暇の補償、時間外労働をさせなかった減収分の補償などの、損害賠償要求である。
 会社は、分会の要求趣旨を認め回答。協議を続ける中で労使での合意に至り、〇七年四月一六日に横浜の「国際ホテル」において協定書の調印式が執り行われた。協定書の主な内容は以下の通り。

  @、安全配慮の不備に対する会社の謝意の表明と、会社は再発防止につとめる。
  A、腰痛問題での損害を解決金として支払う
  B、一九九三年からの腰痛に関わる有給休暇損失分を〇七年度に付与する
  C、症状固定した段階で障害が残った場合は、会社規定の業務災害補償見舞金を支給する。

 中村さんは、現在も通院治療を続けながら働いている。また会社は分会の要求に従って、中村さんの労災について、改めて「業務上災害事例」として広報し、「職制は、災害が発生したら必ず状況を調べる」という事を改めて告げている。
 一九九三年から、腰痛のために会社の診療所で何度も治療を受けてきた中村さん。これに対し、会社や産業医は、「労働災害ではない」と勝手に判断し労災申請すら行わないという法律違反を続けてきたのです。このいすゞの実態を会社として事実認識し、損害賠償を認め再発防止を確約させた取り組みとして大きな成果であるといえる。この取り組みについて、大きな力添えをいただいた「神奈川労災職業病センター」と「全造船関東地協」のみなさんの要求の立て方、交渉の技術的な示唆無くしては、勝ち取れなかったと感謝している。


(2007
410日追加)

(株)エーアンドエーマテリアル(旧朝日石綿)に

住民がアスベスト被害の謝罪と補償を要請!

 3月16日、旧朝日石綿住民被害者の会(準)とよこはまシティユニオン、センターが(株)エーアンドエーマテリアルに対して、謝罪と補償を求める要請(別紙)を行った。当日は、旧朝日石綿住民被害者の会(準)のメンバー12名とユニオン3名、センター1名が参加。(株)エーアンドエーマテリアルからは児島総務部専門職、石井石綿対策室長が出席。旧朝日石綿住民被害者の会(準)代表の池田達哉さんから石井石綿対策室長に要請書を手渡した。

(株)エーアンドエーマテリアルは、既に自身のホームページで「ご関係の方々に対し誠意をもって対応する」と表明していることもあり、積極的な回答が期待されたが、この日は「本日正式要請があったので、これから検討したい。」と答えるにとどまった。この要請に対して「トップはどういう指示を出したのか?」に質問については「社内できちんと調査をしなさい。」との指示だったとのこと。これには、同社の従業員のアスベスト被害の上積み補償の問題で同様の要請をしてきたよこはまシティユニオンは、「要請にあるような情報公開と記者発表の問題については、今日初めて聞いた話ではないはず」と抗議。また、旧朝日石綿住民被害者の会(準)のメンバーからは、「以前に会社から紹介された病院の対応がひどかった。」という抗議もされた。

旧朝日石綿住民被害者らの初めての要請に対して、(株)エーアンドエーマテリアルの対応は、言う程に「誠意」が感じられるものではなかった。それは、何よりも企業の責任ある立場にある者が、そこに顔を見せてこないことにはっきり表れている。アスベストの住民被害をめぐる企業の対応には、すでに先行してクボタやニチアスの前例がある。クボタはトップが記者会見して謝罪。アスベスト被害のネガティブ情報についても全面的に情報公開している。一方のニチアスは、被害者を組織した退職者労組との交渉を拒み続けている。(株)エーアンドエーマテリアルが今後の対応でどのような「誠意」を見せてくるのか?

最後に私たちは、(1)正式回答は1ヶ月以内にすること(2)企業の責任ある立場のものが出席すること、の2つの条件をつけて、誠意ある回答を迫った。


(株)エーアンドエーマテリアル   取締役社長 山 下 茂 幸殿

旧朝日石綿住民被害者の会(準) 代 表  池 田 達 哉
よこはまシティユニオン 執行委員長  村 野 元 清
(社)神奈川労災職業病センター   理 事 長  斎 藤 竜 太

 周辺住民のアスベスト被害に関する要請

 すでにマスコミでも報道されているように貴社の旧横浜工場周辺で中皮腫や肺がん、胸膜肥厚斑などの住民のアスベスト被害が広がっていることが明らかになりつつあります。そのため、貴社においても、新聞への広告や地元自治会への回覧板による案内を通じて、会社の費用負担による周辺住民の健康診断を実施されているところです。 また、周辺住民で中皮腫で亡くなられた2名の遺族に対しても補償などの問題で「誠意をもって対応していく」という意志を表明されています。

 しかしながら、なお当該工場の周辺に居住していた多くの住民にアスベストの危険と健診などの必要が十分に周知されているとは言えません。特に区外に転居した当該周辺住民にとっては回覧板という周知方法はあまり有効とは言えません。

 貴社がわが国における建材メーカーの先駆けとして戦前から長期にわたって事業活動を続けてきた実績とその社会的役割はこの鶴見という地域では極めて大きいものがあります。そのような貴社の立場からするならば、広く記者発表をもって、真摯に反省の姿勢を示し、負の部分の情報公開を含めて事業活動の透明性を確保することこそふさわしいのではないでしょうか。そして、そのような企業としての社会的責任ある立場に立って周知を徹底させることが企業の信頼性回復につながると私たちは考えるものです。                                  補償問題の早期解決をはかっていくためにも、以上のような私たちの考え方を前提として、以下の要請を行うものです。

                   記

1.企業活動の透明性の確保という見地から、アスベスト被害に係わる以下の旧横浜工場を中心とした全面的な情報公開を行うこと。合わせて、すでに公開されている「弊社におけるアスベスト(石綿)関連情報について」(2005年8月2日付け)などを見直して、ホームページなどの情報公開の仕方を工夫すること。

(1)旧横浜工場において使用されたアスベストの種類と量、作業工程と安全対策、作業環境測定結果のデータ等

(2)旧横浜工場の従業員及びパート・アルバイトの実態、関連企業及び下請け業者の実態

(3)各工場別の従業員被害の実態(労災認定、じん肺の管理区分決定、健康管理手帳取得者の事業所ごとの最新の内訳、数)

(4)住民被害への対応(健康診断の最新の受診者数・受診結果の内訳、費用請求の手続き等)

2.当該の周辺住民に対しては、区外に転居していることを考え合わせて、新聞への広告や地元自治会への回覧板による案内ばかりでなく、クボタのように記者発表するなどして周知を徹底すること。

3.健康診断の対象者については、医療費や交通費の負担ばかりでなく、休業補償も行うこと。また、石綿関連所見有所見者について、将来にわたって健康リスクを負うものとして、迷惑料?3万円の支給を見直し、補償を含めた一律な対応を継続的に行うこと。

4.工場周辺に住居や職場があったために中皮腫、肺がんなどの重篤な石綿疾患を発症した患者、遺族に対しては誠意をもって話し合いに応じ、謝罪するとともに十分な補償を行うこと。




(2007
36日追加)

旧朝日石綿横浜工場周辺で住民2名が
      中皮腫で亡くなっていた

石綿救済法で特別遺族弔慰金

 2月12日(水)、私たちセンターは旧朝日石綿横浜工場周辺で住民2名がアスベストによる中皮腫で亡くなっていたという事実を公表した。いずれも同工場周辺に長期間居住歴のある方で、環境曝露が原因として石綿救済法で認定されたもの。同工場周辺の住民の中皮腫の被害としては初めてのものである。石綿工場周辺に広がる住民のアスベスト被害としては、これまで関西でクボタやニチアスの工場周辺で発生していることが明らかにされてきたが、関東では埼玉県羽生市の曙ブレーキ工業の工場周辺を除いては、いまだ十分な掘り起こしがなされていない。

3年前に中皮腫で亡くなった夫は、旧朝日石綿横浜工場周辺の環境曝露によるものだった!

 昨年7月25日、NHKのニュースで旧朝日石綿横浜工場周辺の住民のアスベスト被害のことが報道されたのを見て、「もしかして3年前に中皮腫で亡くなった夫もそうだったかもしれない。」と、遺族のTさんは電話相談をしてみたと言う。Tさんの夫は、1960年〜1969年の9年間鶴見区内に居住し、その間は鶴見区役所にも勤務していた。旧朝日石綿横浜工場が閉鎖されて、茨城に移転したのが1975年。中皮腫の発症まで潜伏期間30年〜40年を考えれば、石綿曝露した時期とピッタリ重なる。それに、住んでいた独身寮も区役所も、旧朝日石綿横浜工場から500メートルしか離れていない。尼崎のクボタ旧神崎工場周辺に多発した中皮腫の被害者が1.5km以内に居住していたことと照らし合わせても、旧朝日石綿横浜工場の石綿による曝露の可能性が十分に考えられる。
 Tさんは、ただちに「石綿による健康被害の救済に関する法律」に基づいて環境再生保全機構に特別遺族弔慰金等の救済給付の請求を行った。しかし、よく考えてみると、工場周辺の近隣曝露ということでは、距離的にはより近い鶴見区役所で勤務中に曝露したとも考えられる。
 鶴見区役所で勤務中に石綿曝露したのであれば、当然公務災害として認定されるべきだ。石綿救済新法の特別遺族弔慰金等は葬祭料を入れても、せいぜい300万円の一時金で公務災害認定による遺族年金と比べるとかなりの差がある。公務災害として認定されるに越したことはない。ところが、どこで石綿曝露したのかについては、鶴見区役所の建物に使用されていた石綿が原因であることも考えられた。そこで、Tさんは、鶴見区役所の旧庁舎の設計図面を取り寄せて調べた。その結果、あまり人が立ち入ることのない倉庫や機械室に吹き付けアスベストが使われているものの、庁舎内の天井や壁には使用されていないことがわかった。だとすれば、やはり距離的にも近い旧朝日石綿横浜工場の石綿が飛散してきたのか?尼崎のクボタ旧神崎工場周辺に多発した中皮腫の被害者の中には、環境曝露による市役所職員のアスベスト被害者もおられるということである。2006年12月22日には環境再生保全機構から認定の通知がきたが、旧朝日石綿横浜工場の石綿が原因とした公務災害の申請の手続きも準備している。

18年前に中皮腫で亡くなった母は、旧朝日石綿横浜工場近隣に住んでいた!

 昨年11月11日(土)に開催された講演・シンポ「クボタ問題から住民のアスベスト被害を考える」の会場アンケートの相談欄に「平成元年××××日母悪性中皮腫にて死亡」と書いてあったのが相談の直接のきっかけだった。この講演・シンポは、尼崎市のクボタ旧神崎工場周辺で多発した住民のアスベスト被害の疫学調査をされた奈良県立医科大学の車谷教授を講師に迎えて開かれたものだが、事前に鶴見地区に各戸配布された旧朝日石綿横浜工場周辺の鶴見区住民が多数参加していた。その参加者の一人からの相談であった。
 講演・シンポの後でセンターの事務所で相談を受けると、相談者は18年前に中皮腫で亡くなった母親のことを語りはじめた。持って来られた診断書には、「左肺は完全に虚脱し、CTでは著名な胸膜肥厚と胸水貯留を認めた。胸水を排除、胸膜生検の結果、悪性胸膜中皮腫と診断した。」と書かれていた。亡くなられたのは、1989年1月で、当時は悪性胸膜中皮腫という病気がとてもめずらしいということで県立がんセンターの主治医から「解剖させてください」と頼まれたと言う。だが、当時は解剖もまったく研究が主目的でその原因がアスベストであり、補償の対象にもなるということはまったく問題にならなかった。あれから、20年近く相談者である息子さんも定年を過ぎ、高齢である。そこに降って湧いたのがクボタのアスベスト問題であり、旧朝日石綿の横浜工場周辺に広がる住民被害の問題だった。相談者のHさんは、母の死はとうに昔のことで忘れかけていたが、もしや近くにあった旧朝日石綿工場と関係があるのでは、と思って相談に来たという。

Hさんの母親の故S子さんの居住歴を簡単に示すと以下の通り。

1916年 横浜市港区T町に生まれる
1937年 Hさんの父と結婚し、横浜市鶴見区A崎に住む
1945年 横浜市鶴見区豊岡町に転居       
1975年 旧朝日石綿横浜工場閉鎖

 これから、Hさんの母親は戦前から鶴見区に移り住み、戦後は線路を隔てて約100m程しか離れていない旧朝日石綿横浜工場のすぐ近くにずっと住んでいたことがわかる。主婦であったため家族曝露が原因の中皮腫の可能性も考えられたが、夫であるHさんの父の職業は事務職であり、これは否定された。環境曝露が原因の中皮腫に間違いないのではないかと。Hさんはすぐに石綿救済新法に基づく請求を決意した。
 そして昨年の11月22日に環境再生保全機構に申請。死亡診断書等の書類が揃っていたために、審査手続きは思っていたより早く、今年1月30日に同機構から認定の通知が来たのである。尼崎のクボタの工場周辺であれだけ問題になったアスベストの住民被害。だが、この横浜では、まだまだ関心が薄くマスコミにもあまり取り上げてもらえないのが現状だ。

これらの2つの事例は、いずれも私たちセンターが問題の工場周辺でチラシを各戸配布したり、講演やシンポジュウムを開催するなどの取り組みを通して掘り起こされてきたものである。その中で痛感したことは、アスベスト被害の発生源となる石綿工場がどこのあるか、住民には十分には知らされていないということである。その工場がすでに閉鎖されていればなおさらのことである。その意味でも企業や行政の情報公開が不可欠と考える。(西田)


2007213日追加)

旧国鉄アスベスト裁判提訴!

 1月29日(月)午後1時半、旧国鉄大船工場で24年間電車等の修理・改造作業に従事し、悪性胸膜中皮腫で亡くなられた加藤進さんの損害賠償裁判が横浜地方裁判所に提訴されました(第7民事部 平成19年(ワ)第276号)。JR・旧国鉄、民間の鉄道会社を通じてはじめてのアスベスト裁判です。旧国鉄の地位を継承した独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(国鉄清算事業本部)に対して死亡慰謝料など3245万円を損害賠償請求するもので、原告は故加藤進さんの遺族であり、娘である大前麻衣さんです。

 訴状では、旧国鉄の安全配慮義務違反として、ア.アスベストの代替品を使用することなく漫然とアスベストを使用していた、イ.アスベスト粉じん対策を怠っていた、ウ.防じんマスクや防護服などに着用を義務けることをしなかった、エ.湿化などアスベスト粉じんの飛散防止を怠った、オ.局所排気装置による対策をとらなかった、カ.安全教育する義務を怠った、などの点を挙げて、被告である旧国鉄の債務不履行による損害賠償の責任を問うています。また、旧国鉄が注意義務を怠った過失があり、民法709条の不法行為による損害賠償も負うとしています。

 故加藤進さんも生前に「抵抗器の吹くとき、ホコリがひどく」「石綿の断熱材を巻いたパイプを梃子で抜いて破砕して落とすと、白い粉(アスベスト)が周辺に飛び散った。マスクもないので、ホコリや白い粉をたくさん吸い込んだ。」と語っていたことから、旧国鉄が安全配慮義務を怠っていたことは明らかです。

 提訴後、午後2時より横浜弁護士会5階の大会議室で記者会見。提訴にあわせてJR関内駅南口でビラ撒きをした支援団体のメンバーが入ると広い会議室も一杯に。記者会見では、弁護団の代表格である古川武志弁護士が本件訴訟の主旨を説明。「個別救済(遺族に対する十分な補償)にとどまらず、多くの企業がアスベスト被害者の労災上積みを補償するようになった流れの中で、被告である支援機構(国鉄清算事業本部)は、これを頑として認めようとしない。そのために本件訴訟で勝利して、上積み補償の制度をつくらせたいこと。また、アスベスト問題についての関心が低くなっている中で、被害の広がりと深さを、この訴訟を通じて、社会に示したい。合わせて旧国鉄・JRでまだ眠っているアスベスト被害を掘り起こしたい。」などのことを訴訟の目的としていることを強調しました。

 原告の大前麻衣さんは、「父は自分がなぜ中皮腫になったかもわからないまま亡くなった。裁判を通じて、父と同じ病気になる可能性のあるたくさんの同僚の方々にアスベストの危険や被害のことをもっと知ってほしい。」と訴えました。

 夜のNHKのニュースウォッチ9では、麻衣さんがアスベストの危険を知らされずして中皮腫でなくなった父への思いを涙ぐんで語る場面もあり、「全国の元同僚10万人に危険性を知ってもらいたい」という麻衣さんの記者会見での切なる訴えは十分に伝わったと思います。これに対して、支援機構(国鉄清算事業本部)は、当初25日(木)のNHKニュースでは「当時から安全管理に力を入れていた」とコメントしていたにもかかわらず、提訴当日になって「訴状を見ていないのでコメントできない」とコメントしなおすなど対応に混乱が見られました。また、読売新聞の記事(1月30日付け)では、旧国鉄に上積補償がなく、JRなどと格差があることについて、「公金は使えない」とコメントするなど、アスベスト被害の上積補償を認めていく社会の流れに逆行する考え方を示しています。その支援機構 (国鉄清算事業本部)は、裁判提訴直後に、それまで各所属職場ごとの業務災害の認定件数しかホームページで公開していなかったものを全面的に改訂しました。(http://www.jnrsh.jrtt.go.jp/)それによると、請求件数167件でうち認定は67件、不認定が45件、審査中が55件となっており、まだまだ請求件数も少なく、認定率も60%程度と低いままにとどまっているようです。

 この結果を見ても、旧国鉄の10万人に上ると言われる石綿曝暴露作業従事者に対する周知がまったく不十分なことは明らかです。旧国鉄アスベスト裁判に大きな支援をお願いするとともに全国の旧国鉄・JRのアスベスト被害者の掘り起こしをさらに押し進められるようご協力をお願いしたいと思います。なお、第1回口頭弁論期日は3月27日(火)午後1時半横浜地裁1回101号法廷となりました。是非傍聴を! 

(2007112日追加)

発症から6年、相談から3年、通院から2年「うつ病」業務上認定までの道のり

 川崎市に住むFさんの「うつ病」が労災認定された。IT職場で働き、過労で倒れてから6年余り、相談に来られてから3年、通院するようになってから2年が経過している。2006114日の毎日新聞夕刊にも大きく掲載されたが、さらに詳しく紹介したい。

IT産業の最前線で
 20006月、Fさんは『レベルスリーコミュニケーションズ株式会社』(現在は他社に吸収合併されている)に入社した。同社は米国に本部をもつ、IP(電話、メール、動画などを距離と関係なく低価格で通信を行なう技術)の先駆け的な会社である。日本法人は2000年にできたばかりで、会社としては日本の市場を調査・開拓しながら事業展開する過程にあった。
 担当は、マーケティングで、アジアの拠点の香港法人と連絡、了承をとりながら仕事を進める。同時期に20人ぐらい入社したが、当時は全体で40人ぐらいしか社員はいなかった。Fさんの部署に上司は一人、同僚は二人いたが、各々ほとんど一人作業であった。朝から晩まで、基本的にずっとコンピューターに向かって仕事をしていた。
 なお、Fさんは同年3月までは経営コンサルティングの会社で、約3年間、やはりマーケティングを担当していた。入社時に健康診断はなかったが、健康上の問題は全くなかった。

過労で倒れるまで
 やるべき仕事は限りなくあった。朝は845分頃には出社し、夜は12時よりも早く帰ることは、めったにない。多くの相談者は労働時間の記録がないのだが、Fさんは几帳面な性格から、たまたま自分のコンピューターのオンとオフの記録を手帳に書いていた。ちなみに万歩計の数字も記してある。午前零時四五分の終電に間に合わなくなると、そのまま会社に泊まることもあった。日曜日は休んだが、土曜日は出勤することが多かった。
 814日、いつものように未明(午前二時ごろ?)に自宅に帰宅した時に、ついに過労で倒れてしまう。タクシーを降りたところまでは覚えているが、誰かが家の前までかついできてくれたように思うとのこと。直後の2日ほどは記憶がなく、家族が会社に連絡してくれたようだった。ほとんど起きることができないような状態で、休業を余儀なくされた。

医療機関でも原因がわからず?
 Fさんは、過労が原因であり、どこかが苦しいとか激しい痛みがあるわけではないので、とにかくしばらく休めば治ると安易に考えていた。ところが頭痛やめまい、倦怠感などがどうしてもとれない。925日に、近くのS診療所に行き、「高脂血症、痛風」と診断される。しかし、それだけでは説明がつかないし、とくに、その治療のための投薬もなかった。眠れないので、睡眠薬をもらう程度だった。少なくとも医師からはそれ以上説明はなかった。
 200012月に、社長と人事部のマネージャーと面談したところ、ポジションがないので、とりあえず体調がよくなるまで休んでいてもらいたいと言われたので、休業を継続した。

突然の解雇と症状のさらなる悪化
 ところが20015月末、突然解雇通知が配達証明郵便で届いた。新しい会社のためか、きちんとした就業規則もないようで、理由の明示もなく、到底納得できない。電話で連絡をしても、人事部は通知と同じことを言うだけだった。その後も会社には20回も30回も電話をしたが、「担当はいない」ということで、全く対応してもらえなかった。
 Fさんは、とにかく過労、仕事が原因で具合が悪くなったと考えていたので、7月には三田労働基準監督署に相談に行った。が、労災にはならないと言われ、解雇についても労働基準法違反もないということで、何ら対応してもらえなかった。 
 それから体調はさらに悪化し、食欲がなくなり、眠れず、倦怠感も増した。ほとんど一日中寝たきりのような状態になってしまった。20021月、S診療所では最後の診察となる。このときに、医療費の支払いをめぐって、事務の方から心ないことを言われて、トラブルになる。もうこの病院には絶対に行きたくないと感じ、実際行けなくなってしまった。

「うつ病」と言われるが通院できず
 しばらくは、ほとんど家から出られないような状態が続いた。2002年の秋、出身大学の保健センターで、「特別」にカウンセリングを受けることができた。そこの医師から、初めて「うつ病」だと言われる。どこかの医療機関に行こうと考えたが、病院での嫌な事が思い出されて、どうしても行けなかった。
 20033月、川崎駅で県などが主催する街頭労働相談が行われていた。そこで川崎労働センターを紹介されて、さらに労災職業病センターを紹介される。6月に初めて当センター相談に来られた。労災認定の仕組なども詳しく説明したが、やはりよくなるためにも、生活のための労災請求、生活保護申請、障害年金申請など、何をするにしても、まずはきちんと医療機関にかかるしかないことを理解してもらう。とりあえず横浜労災病院などを紹介し、連絡もされたようだが、結局通院するには至らなかった。

福祉事務所の紹介でようやく通院に至る
 20044月、区役所で加入していなかった国民健康保険に加入する手続きをすることができた。そして7月には、障害者手帳を取得することになり、そうした手続きを厭わないK病院を紹介され、9月から通院し始める。抗うつ剤、抗不安剤、睡眠薬による治療を開始。年度をはさんで信頼していた主治医が変わったりしたが、問題はなく、少しずつ回復してきた。

労災の手続きへ
 だいぶ落ち着いてきたので、いよいよ労災請求手続きをすることにした。通常であれば、休業補償の請求書を用意して、会社に連絡して証明をもらい(あるいは断られ)、病院で記入してもらえばよいだけである。ところが、やはり時間はかかるものだ。前述の通り主治医の交代もあった。やはり長い経過は、主治医にも理解してもらった方がよいので、一緒に経過書をまとめていった。時には会社の証明がなければ、絶対に証明してくれないような医療機関もあるのだ。幸いK病院の労災事務手続きは行政が推薦するだけあって、スムーズに進んだ。20058月、ついに労災請求書を三田労働基準監督署に提出した。

本人聴取なし、手帳が決め手になり業務上に
 きちんとした経過書を同時に提出しているので、あとは当時の同僚の聴取や医学的意見をまとめてもらう必要がある。通常は本人の聴取も行うのであるが、前述のような経過があるので、Fさんは労働基準監督署の職員とは話したくない。そこで、私が間に立って、電話の伝言や、文書を送るときも、事前に連絡をもらって、監督署の代わりの説明をするようにした。極めて異例だと思われるが、本人聴取もなしで、労働基準監督署が聴きたいことなど、必要なことは全て伝言ゲームで処理していった。
 因果関係を調べる上で、困難だったのは、発症したと思われる時期から、ずいぶん年月が経っていることと、当時のきちんとした医学的所見がないことだ。結局決め手となったのは、なにげなく記録していた前述の手帳の時刻と、説明はなかったとはいえ、S診療所のカルテに、うつ病を思わせる症状の記録があったことのようだ。同僚などの聴取をどの程度行ったのかはわからないが、Fさんは、「生理的に必要な最小限度の睡眠時間を確保できない程の長時間労働」による発症ということで、業務上認定された。

認定の意義と課題
 Fさんは「地獄からの生還ですよ」と語る。こうして経過を改めて振り返れば、決して誇張表現ではないことがわかる。センターに来られた当初ですら、かなり疲れた様子だった。「ずいぶん良くなったので、こうして外出できますが、本当にそこの窓から飛び降りようかというような状態だったんですよ」と淡々と話されるのだが、本当に無事に自宅まで帰れるのだろうかと心配してしまう程だった。信頼できる医師に出会い、ゆっくりではあるがいろいろな手続きが進むにつれて、もちろん一進一退ではあるが、徐々に良くなっていく様子がわかった。その過程のお手伝いができたことは本当にうれしい。

 

2006125日追加)

第2次住友石綿じん肺裁判全面勝利判決!会社は控訴断念

全面勝訴判決勝ち取る

 10月30日午前10時、横浜地裁横須賀裁判所前で待機する大勢の支援者らの前に「勝訴!」「住友の責任断罪!」の白紙が差し出される。しばらくして、原告らが晴れ晴れとした顔で裁判所から出てくる。ぱちぱちぱちぱちぱち、しばし、鳴り止むことのない拍手が続く。間もなく傍聴団も出てきて報告集会が開かれる。
 弁護団事務局長の野村弁護士は「裁判所は会社の責任を全面的に認めた。認容額も和解案の金額に弁護士費用を上乗せした高水準のものだ。今後の住友の動きを見ていきたい。控訴という手段もある。」と裁判全面勝訴報告。原告団団長の菅原さんは、「提訴後、3年3ヶ月。ここに結集した成果が出た。ご支援に感謝したい。」とお礼の挨拶。集まった支援団体からは遠く長崎から駆け付けてきた根絶・長崎三菱の会の西倉さんが「今日の判決は長崎三菱の裁判にも大きな影響を与えると思う。」と挨拶したことをはじめ次々の全面勝利判決を祝う挨拶が続いた。

会社への抗議申し入れ

 午後3時。この日ストライキを打って参加してきた全造船追浜・浦賀分会が中心になって住友本社前で社前集会。4名の原告を中心に「控訴するな!」という要請団が組まれ、本社に乗り込む。「社長を出せ!」と同分会の丸山委員長が先頭を切って進む。社長に合わせまいとする住友社員とエレベーターの前でしばらく押し問答に。「皆さんの言葉は社長にも伝える。」と住友社員も必死。結局、本社1階の控え室で同社森田課長とやりとりすることに。「生産第一でしゃにむにやってきたのに。裁判で診断書に不信を示すなど会社は従業員を疑いの目でもって見ている。もう少し深刻に考えてほしい。」「38年間、ゴミと埃にまみれて溶接の仕事してきた。りっぱな判決をいただいたのだから、もう早期に解決してほしい。」「37年間、会社のために働いてきた。お互いが言い尽くした上での判決。だから、判決にしたがってほしい。」「当時は安全管理がされてなかった。マスクもなく手ぬぐいくらいしかなかったのでじん肺になってしまった。高齢で原告が2人も亡くなっているのだから、早く解決してほしい。」と4人の原告が次々と訴えた。
 森田課長は「トップも含めて意思決定する。」と言ったものの控訴するかどうかについては、「判決が出たばかりだから」とお茶を濁す。要請団に参加した原告弁護団の鈴木弁護士が「控訴するかどうかの意思決定をする前に原告と会って話を聞く」ように強く迫ると、森田課長はやっと渋々うなずいたのであった。

会社の責任を全面的に認める判決について

 午後6時半。横須賀で判決報告集会が開かれる。集会ではすでに判決要旨は増刷りされて配られていた。判決について、マスコミは「横浜地裁横須賀支部(高柳輝雄裁判長)は住友重機械工業の元従業員と遺族16人に計2億1340万円を支払うよう命じた。」とあるが、詳しくは以下の認容額であった。      

じん肺管理区分管理2で合併症のある者     1400万円
じん肺管理区分管理3イで合併症のある者    1800万円
じん肺を直接の原因として死亡した者      2500万円

 これは、2002年10月7日の米海軍横須賀基地石綿じん肺訴訟の全面勝利判決と同水準のものである。判決はこの基準に合わせてじん肺で療養中の原告9名とじん肺等で死亡した原告3名の遺族らに配当しているが、死亡原告3名のうち悪性胸膜中皮腫で死亡した原告1名と、他のじん肺で死亡した原告の認容額を単純に同額としているところは若干の検討の余地があったかもしれない。しかし、造船の集団訴訟で初の判決でこれだけの高水準の認容額をかちとったことは評価してよいであろう。全体の判決文は、180ページに及ぶものだが、注目される点は争点となった住友側の安全配慮義務違反のところで裁判所が住友側の主張をことごとく退けていること。
 報告集会では野村弁護士が、この点について具体的に触れた。例えば、粉じんの発散の防止及び抑制義務について、会社側が提出した教育資料中に「タオルで鼻と口を覆ったり、ガーゼマスクでもうもうと粉じんのたっている中で働いている者を見受けるが、・・・」なる記載があるが、「昭和44年当時の作業場の実態を示すー資料を認められる。」と判決文で指摘している。また、混在作業を抑止する義務について、これも住友側が発行した「浦賀技報」の論文に「同一作業場でいろいろな職種の人間が同時に仕事をする場合が増大している旨の記載がある。」と判決で指摘している。さらに、保護具については、「防じんマスクの使用をお題目として唱え、又はそれに毛のはえた程度の注意、指導で済ませるのではなく、完全な形で励行されるような措置を採ることである。例えば、粉じん作業に従事する労働者については、防じんマスクの着用を義務づけ、これに従わない場合には作業に従事させない位の規制を採るべきなのである。」と指摘しているのである。この部分について、弁護士は「マスクは与えればいいんじゃない。ちゃんと着けているかどうかなんだ。」という裁判官の肉声が表れているところだと紹介。住友側の弁護団がこんなボロを出していたことを裁判所が見逃さなかったということだが、裁判所にしてみれば、提示した和解案をあっさり蹴られた住友側に対して忸怩たる思いがあったのだろうと思う。
 当日の報告集会には、全面勝利判決の報を聞いて集まってきた地元横須賀の支援団体も加えて90名の会場いっぱいに。会場は、続々と登場する三浦半島地区労傘下の各労組の全面勝利判決を祝う挨拶で祝福ムードに溢れていたが、原告をはじめとする裁判関係者にとって、最大の関心事は住友の今後の出方についてであり、したがって、話題の焦点も次第にいつ住友が控訴してくるかということに移っていった。原告団団長として挨拶に立った菅原さんも「勝利の美酒に酔いたいところ」と言いながら、午後の住友本社行動での住友の対応に怒りを隠さず「控訴する前に原告に合わせろと約束させてきた。」と自分に言い聞かせるように念を押したのである。祝賀ムードは一転して引き締められることになった。最後に丸山委員長は「昇格差別も問題で、本日ストライキを打った。その後の本社行動では、森田課長がニタニタ笑って対応しているのにカチンときた。何で笑っているんだ!そんな状況じゃないだろ。早く社長に合わせろ!本当だったら、社長が直々に謝罪すべきじゃないか。患者、遺族の声を聞くように社長に伝えろ!」というように生々しく本社行動について報告し、「早期解決に向けて頑張る」と決意を示した。 

住友控訴断念

10月31日から3日間にわたって「造船・下請・アスベスト(石綿)ホットライン」がはじまった。前日の住友の裁判の全面勝利判決の後を受けてのことで、電話相談が朝から鳴りやまずの状態が続く。2日目の11月1日の午後、ホットラインの電話相談の現場である「じん肺・アスベスト被災者救済基金」の事務所に「住友、控訴断念!」の一報が入った。住友が「本件訴訟に関して当社は、法令を遵守し、一民間企業をして対応し得る安全配慮を十分に尽くしていたと考えており、判決内容に不服ではありますが、元従業員やそのご家族である原告の方々のために、本問題を長期化させないよう、控訴を断念しました。」という短いコメントを公表したのだ。おそらく、本社サイドで判決内容を検討し、控訴しても勝ち目なしと判断し、白旗を挙げたのであろう。
 高齢である原告にとっては、望んでいた早期解決が実現したのだ。原告団長の菅原さんは「とにかく嬉しい。最初から早期解決を求めてきた。その思いが通じたものと思う。皆さんの暖かいご支援に感謝します。」というコメントを出した。しかし、原告団、弁護団声明にもあるように、住友が「安全配慮を十分に尽くしていたと考えており」とコメントしているところは断じて許すことはできない。果たして住友は判決をよく読んだうえでこんなコメントをしているのだろうか。前記の野村弁護士も指摘しているように、住友は自ら提出した資料で安全配慮義務を履行していなかったことを証明してしまっているのである。声明にあるように住友は「一審判決を真摯に受けとめ、それを踏まえて誠実に患者、遺族に謝罪するべきである。」そして、「住友は、元従業員らのアスベスト被害を早期かつ適切な補償額で救済するために、補償協定の改善を図るべく、誠実に労働組合との協議に応じるべきである。」(西田)




(2006
1113日追加)

港湾労働者の肺がんを労災認定

 横浜南労基署は1017日、鈴木富男さん(死亡時69歳)の肺がんを石綿によるものとして業務上認定し、遺族補償の支給決定をした。鈴木さんは腰痛で治療していた港町診療所の紹介で、県立循環器呼吸器病センターで検査をうけながら療養してきたが、3月12日、入院先の川崎市立井田病院で死亡した。1966年頃より96年まで約30年間、港湾荷役作業に就いてきたが、退職後、職業性腰痛(変形性腰椎症)で労災認定をうけ港町診療所で治療中だった。新潟に住む妹さんが請求代表者として遺族補償請求していた。

 約30年に及ぶ港湾労働歴

 鈴木さんは登録日雇労働者として川崎や横浜の各荷役会社の船内、沿岸、倉庫、工場構内バースで働いてきた。1954年、郷里の埼玉県から上京し、割烹、レストランの調理係をへて、66年頃より、港湾作業に従事するようになった。最初は手配師を通じて倉庫内で働いた。

 67年4月、港湾労働法により、横浜港労働公共職業安定所・川崎出張所に船内職種の登録日雇港湾労働者として登録。いわゆる川崎港の青手帳労働者となる。

 74年4月、川崎の求人数が減ったため、横浜港労働職安の本所に移籍(船内職種)。

 89年1月、港労法改正により、港湾労働者雇用安定センター・横浜支部に移行、沿岸職種で働く。

 96年7月末、雇用安定センターの合理化により退職。

石綿にまみれながらの作業

 港湾荷役作業はさまざまな粉塵が舞う中で行われるが、とくに石綿は高度成長期に多く輸入され、ほとんどの荷役会社で扱っていた。主に麻袋に入ってきたものを取り扱い、重さは40Kg50Kgのものが多かった。船内での荷揚げでは手カギを使ってモッコに入れる作業が行われた。コーヒー豆のような高価なものは丈夫で二重にした麻袋に入ってきたが、石綿は目の粗い麻袋に入ってきた。袋は薄く中が透けて見える有様だった。作業中、よく破れたり、こぼれたり、ほこりがひどかった。目に入ったり、鼻や耳にたまったり、顔について真っ白になった。ガーゼマスクをしたら暑くて苦しくて仕事にならないので、みんなマスクはしなかった。手袋をしても手に刺さったり、衣類に刺さってチクチクした。破れた袋からこぼれる石綿に塗れながらの作業だったという。また沿岸作業では、同様に石綿を手カギを使ってコンテナから出してパレットに積んだ。

 石綿肺所見有りの鑑定

鈴木さんは過去にじん肺管理区分決定はうけていなかったが、原発性肺がんであり、労働局専門医の鑑定によりじん肺法に定める胸部X線写真の像が第1型以上の石綿肺所見であると判断され、業務上の肺がんと認定された。港湾労働者の石綿による肺がんの業務上認定はセンターがとりくんだものとしては2人目だが、鈴木さんの認定は同じような作業をした港湾労働者につながるものとして高く評価される。


(2006
1016日追加)

「職場のいじめ相談と労組の課題」 東京管理職ユニオン千葉さんのお話から

 センターの学習会で、東京管理職ユニオンの千葉茂さんのお話を伺った。千葉さんは、数多くのいじめやメンタルヘルスの相談を受けながら、非常に詳しく勉強されている。大変貴重なお話であり、編集部の責任でまとめて報告する。(川本)

人間は他者にやさしい

 前置きになるが、2つの本を紹介したい。
 1つは「戦争における『人殺し』の心理学」(デーヴ・グロスマン著)。同書によると米陸軍の調査で、第二次世界大戦中の敵との遭遇戦で、兵士100人のうち、平均してわずか15人から20人しか自分の武器を使っていなかった。そこで米軍はさまざまな訓練法を開発し、朝鮮戦争では発砲率は55%、ベトナム戦争では9095%に上昇した。イスラエルの軍事心理学者による戦闘を経験した直後の兵士への調査でも、一番恐ろしかったのは死ぬことではなくて、「他の人間を死なせること」と答える比率が最も高かった。つまり人間は他人に対してやさしい。好かれたい、愛されたい、自信を持って生きていきたいと切望している。意図的で明白な他者の敵意や攻撃は、自信を損ない、世界は意味のある理解できる場所だと言う安心感をぐらつかせ、精神的・身体的な健康さえ損なうのだ。
 もう1つの本は「ドイツ精神病理学の戦後史」(小俣和一郎著)。第一次世界大戦が生み出した膨大な数の『戦争神経症』患者は、精神療法へのニーズを一挙に高めた。しかし被害者を救済する経済的資源がないために、患者は切り捨てられてしまう。一方で第二次世界大戦後、ナチスの強制収容所から解放された被害者のさまざまな精神症状への研究が始まった。そのきっかけは、1953年に西ドイツで制定された被害者に対する補償措置『連邦補償法』であった。やがて精神医学会の研究は、収容所という特殊状況を離れて、日常一般の負荷状況(仕事の責任増大、引越し、定年退職など)へと一挙に拡大され、『昇進うつ病』などの診断用語を増殖させるに至る。つまり、日本の戦後補償の取り組みの遅さは、メンタルヘルス対策の取り組みの遅さと同じ問題とも言える。

いじめと闘う

 いじめは、「意図的で明白な他者への敵意の攻撃」であるが、「威嚇」の変形が多い。例えば職場におけるいじめは、自分の上司に対しては「降伏」しながら、部下に対して「威嚇」する中、周囲は「逃避」することが多い。そこで、いじめをなくすためには、「威嚇」を制覇する「闘争」が必要であり、周囲も「逃避」から「闘争」に転換することが必要になる。
 本人が病気なのだから、現実には、なかなか難しい。なんとか裁判で「闘争」をつなぎながら、本人の回復を待つようなこともあった。不当な配転などでいじめられたが、仲間が援助し、結果的に労働組合を組織し、団体交渉で解決したケースもある。

その場しのぎでなんとかやってきた

 一九九九年にブリジストン本社でリストラに抗議して割腹自殺されるという痛ましい事件があった。当時同社からは20人もの管理職らが相談に来ていた。この頃から形が見えないいじめが多くなってきたように思う。それは交渉の要求事項になじまないこともあるが、退職勧奨や残業代未払いのような典型的な労働問題にくっつけて、「その他」という項目で交渉を進めてきた。
 電通の過労自殺裁判が確定して、厚生労働省が精神疾患の労災認定基準、判断指針を作成した。そこに挙げられた心理的負荷となる「具体的出来事」を安全配慮義務項目だとして主張するようになった。
 それでも、なんともしがたいケースがある。法的にも運動的にも難しいことがわかっていても、「とにかく交渉を申し入れて、理屈は後から考えればいいよ」と進めた。新しい問題なので会社と一緒に勉強しましょうなどと提案したこともある。当事者は結果は十分でなくても、会社ときちんと交渉できたことに満足することもある。
 相談を受ける側の心がまえをいくつかあげる。まず、言葉の暴力で人間は苦しむものだということを理解しなければならない。1人でも理解者がいることを感じさせることが大切である。本人が一言目に言ったことは大事なことで、やはり当事者の訴えから出発するしかない。

最近の相談から

 このところ、統合失調症の労働者の相談が増えている。アドバイスとしては、メモをとったり録音するなど記録を残すという防衛手段を伝授する。やはり信頼できるものを探しているので、話をよく聞くことが大切。さらに会社で一番信頼できる人にていねいに相談してみることを勧める。病気の自覚のない人も少なくないので、さりげなく病院のことを話したりする。無理強いはもちろんよくない。会社や加害者への強い憎しみはその人も自分を失うことになる。これを解消することは難しいが、実は一番の不安は生活不安であったり、少なくとも混在していることが多い。生活保障を考える中で、憎しみを解消の方向に向ける。

結論のない結論

 かつてじん肺撲滅に立ち上がった足尾鉱山の労働者は、「よろけ撲滅は労働者がやるのではなく社長がやらねばならぬ仕事ではないか」と訴えた。メンタルヘルスも、同じではないか。「社員の病は会社の病」であり「会社の病は社会の病」だ。そして「1人を救う医者よりも、予防する100人の職場を」。


(2006
95日追加)
(株)エーアンドエーマテリアル(旧朝日石綿横浜工場)で
石綿健康被害の上積み補償を勝ち取る

―石綿被災労働者・遺族が団結した結果、胸膜肥厚斑だけの労働者も含めて初の補償へ
―健康被害者はもっと声をあげよう―会社は全面的な情報開示を

 既にテレビなどで報道された通り、二〇〇六年八月二三日、旧朝日石綿横浜工場で働き石綿健康被害を受けた労働者の上積み補償について、一人でも入れる労働組合よこはまシティユニオンが、エーアンドエーマテリアルと、合意に達した。センターも当初から支援に取り組んできたものであり、大変画期的な内容を含むので報告する。(川本)

石綿健康被害の経過

 被災者のAさんは、一九六八年から旧朝日石綿横浜工場の施工従業員として、スレートなどの石綿製品を使って、さまざまな建設現場で二〇〇四年まで作業に従事してきた。在職中から健康を害していたが、会社はきちんとした健康診断及びじん肺管理区分申請手続きなどを怠ってきた。二〇〇四年にじん肺管理区分2および合併症の続発性気管支炎として労災認定され、現在も治療を受けている。

 被災者遺族Bさんの夫は、一九六三年から五年間、旧朝日石綿横浜工場で就労。その後は他社で営業の仕事を続けてきたが、退職後の二〇〇三年九月に中皮腫を発症、〇四年一〇月に労災認定されたが、二〇〇五年一一月に亡くなられた。

 被災者のCさんは高校卒業後、一九六一年から三年間旧朝日石綿横浜工場で就労。その後は郵便局に勤めて定年退職。保健所の健康診断で初めて肺の異常所見を指摘される。胸膜肥厚斑があるということで、二〇〇六年一月に神奈川労働局から健康管理手帳を交付される。

組合加入と交渉の経過

 一人でも入れる労働組合よこはまシティユニオンは、かねてより、労災職業病問題に、積極的に取り組んできた。とりわけアスベスト被害については、全造船住友追浜浦賀分会の先進的な取り組みに学び、当センターなどとも連携した労災認定認定の取り組みに加えて、企業に対する上積み補償交渉を行なっている。

 まずAさんが労働組合に加入し、200512月から要求書を提出して、交渉を開始した。その後、Bさん、Cさんが加入し、早急かつ総合的な解決を求めてきた。約八ヶ月の交渉の結果、じん肺合併症患者に1400万円、中皮腫遺族に2500万円、その他に胸膜肥厚斑のある被害者への補償も含めて200万円、計4100万円を支払うこととなった(別紙「協定書」参照)。

本協定の意義

一、被災者が団結した結果、アスベスト被害について初めて補償を獲得したこと。

 三人は、右記の通り、経過も症状も異なる。しかし労働組合に加入して、団結して交渉した結果、早期解決を実現した。なお、会社は「社内内規」なるものがあるかように述べるが、当初はそうしたものはないと述べていた。少なくともエーアンドエーマテリアルとしては、アスベスト被害で、初めての上積み補償であることがわかった。また、胸膜肥厚斑のみの被災者に対する補償を求めた結果、一定の「解決金」を獲得した意義はきわめて大きい。

二、会社に一定の情報開示をさせたこと

 資料1の通り、昨年の発表以降の、会社における石綿被害の状況を一定明らかさせることができた。さらに交渉当初は存在しないとしていた「社内内規」が提示された。なお、今回の交渉の過程で、エーアンドエーマテリアルは、退職者に対する健康診断を呼びかける新聞広告を出した。もちろん四月末のクボタの被害者救済発表なども影響したものだと思われるが、わざわざ新聞掲載前にユニオンに連絡してきたことからも、交渉が一つの契機となったことは間違いない。

今後の課題

一、被災者の団結で企業内補償の常識化を

 率直に言って、補償水準はそれほど高いものではない。しかし早期解決、とりわけ苦しい闘病生活を送るAさんの状況を鑑みて、妥結に至ったようだ。横浜工場はもちろんのこと、全国の多くの被災者に団結を呼びかけてゆきたい。NHKテレビでは残念ながら労組の名前などは紹介されることはなかったが、他社も含めて一定の反響を呼ぶことは間違いない。

二、さらなる情報の開示

 エーアンドエーは、全国にいくつかの石綿製造工場があったのだが(資料2参照)、各工場ごとの労災認定状況やじん肺管理区分決定、健康管理手帳交付件数などは明らかにしていない。全面的に被害状況を明らかにすることが社会的責務である。

三、住民被害者への補償

 実は労働者のみならず、横浜工場周辺の住民に胸膜肥厚斑のある人や、中皮腫や肺がんの患者さんがいる。他工場の近隣住民からの相談も寄せられている。当然こうした方々への補償にエーアンドエーは踏み出すべきである。労組など地域の団体とも協力して取り組んでいきたい。



200682日追加)

全労働基準監督署交渉敢行
 
 恒例となった神奈川県内全一二の労働基準監督署交渉が七月一〇日〜二一日、労働局交渉が七月二六日に行われた。今年で一一年目となり、署の対応は年々よくなっていると感じる。ほとんど全ての署で、資料提供や説明もていねいでわかりやすかった。交渉をきちんと継続してきたことはもちろんであるが、昨年来の石綿問題をめぐる経過、つまり私たちが二〇年以上前から取り組んできたことが、第一線の職員の「気持ち」に影響しているのかもしれない。

 一方で、今年の局の対応は今ひとつ。確かに窓口が従来の監督課から総務部企画室に変わり、担当者も慣れていないのかもしれないが、それ以上に、現場で奮闘する署の努力を感じれば感じるほど、それを受け止めて調整や本省への働きかけをしていない局の姿勢が目立たざるを得ない。そうした事情もあり、統計資料以外の局交渉の経過については秋に行なう予定の二回目の交渉を終えてからまとめて行なう。

課題別にみる署交渉の回答と議論

アスベスト除去工事などの対策は情報公開が一番

 一定規模の石綿除去工事は、自治体と労働基準監督署への届が義務付けられている。神奈川県内では、いくつかのずさんな工事が明らかになり、県は工事を中止させ、新聞発表やホームページへの情報公開にも踏み切っている。ところが、署はほとんどの現場に立ち入り調査をしているわりには、あまりその活動が知られていない。センターとしては、署が法違反などを是正/指導した業者などの公開も要求したが、実現していない。理由は守秘義務、プライバシー云々だが、石綿対策については、労働者や住民のリスクをより重視するべきだ。
 特に今年の夏は、学校などでの除去工事が多く予定されている。昨年と比べて、除去業者数は、二〇〇〇から二万に増えたといわれる。いわゆる「にわか業者」全てではないだろうが、経験の少ないダンピング業者の存在も明らかになっている。県や自治体との連携も労働局を通じて行われているが、実際に現場に赴く署と自治体が直接連携をとって、そうした業者の取り締まりを強化してもらいたい。
 要求:「石綿障害予防規則」を周知徹底し、届出された除去工事については立入調査して石綿曝露防止の管理、指導をすること。とりわけ県が工事を中止させた現場の施工業者の指導を徹底すること。

いじめ・いやがらせは労働安全衛生問題だ
 メンタルヘルス、いじめ対策は専門家の仕事ではない

 ある監督署では、そもそも労働相談の内訳を署では分析・検討していなかった。実は監督署のメンタルヘルス対策と言うのは、事業主向けのもの。その他の署でも、具体例を示すところは皆無で、労働者からの相談は、労災補償関連以外では全然ないようだ。そもそも、メンタルヘルスと言う相談集計項目がないため、あるとしても「いじめやいやがらせ」の中に含まれているのだろう。あるいは、長時間労働対策などの視点と絡めるなど、他の法違反と併せた指導が可能かどうか検討する程度になる。結局、局の個別労働紛争窓口などを紹介することになる。
 一方で、実はその「いじめやいやがらせ」の相談が激増している。神奈川ではなんと全体の一割程度を占める。これに対してどのように取り組むべきなのかという視点は全くない。二言目には、専門家がいないのでといったことになる。必要なのは専門家ではなく、いじめやいやがらせを職場の労働安全衛生問題として位置付けて、本気で取り組むかどうかである。同時期に行なわれた厚生労働省本省との交渉では、いじめ対策指針を作ることを要求したところ、「無視」された。答える部署がはっきりせず、回答なし。つまりその程度の位置付けでしかないわけだ。
要求1:メンタルヘルス対策の具体的な相談・指導例を明らかにすること
その2:労働相談のうち8.9%(全国)も占めるとされる「いじめやいやがらせ」相談の比率、対応の具体例を明らかにすること。

郵便局の驚くべき労災隠しとそれを放置してきた労働基準監督署

 なんと、なんと神奈川全体で二六二件もの休業四日以上の労災事故が届けられていなかった。昨年はわずかにこの問題は、二〇〇〇年に私たちが自治体職場と共に労災事故件数を要求したことに始まる。見事にゼロ!だった。その時に、ある署で数年前に労働基準局(当時)が関東郵政局に要請を出したはずなのですが・・・という話も聞いた。それから毎年のように、ゼロの監督署が多すぎる。おかしいと署にも局にも問題提起してきたが、何もなされず、いくつかの署で数件を数えるのみだった。
 昨年、藤沢労働基準監督署が、主な郵便局に出すことを要請したところ、一挙に件数が増えた。ほとんどの署が検討を約束する中で、平塚署は調べる必要もないとまで言ったが、さすがの労働局も各署に指導を指示すると回答。その結果が、二六二件。一事業体でこれほどまでの労災が隠されていたケースはないだろうし、おそらく他の都道府県では今もゼロの可能性も高い。
 ところが署としてはあまりピンとこない反応。届が定着するように今後も指導したいというだけで、何らかの処分や他地域のことは、「局の判断」だそうだ。要求:局から指導を指示されたと聞く郵便局の死傷病報告提出の改善状況を明らかにすること。

長期療養じん肺患者の傷病補償年金への移行を

 傷病補償年金制度は、一年半経過して以降、治療が必要であるが、三級以上の障害を持つ被災者のための制度である。脊髄損傷やじん肺の患者さんらが労働基準監督署長の判断で移行することになる。じん肺患者は、長期療養を余儀なくされ、よくなることがないから、ほとんど全ての人が、移行してもおかしくないのであるが、実態はそうではない。数年前までは、じん肺管理四(レントゲン写真で大陰影があるか、肺機能がかなり低下している人)の人しか移行しないとしていたが、私たちの交渉の過程で、それが誤りであることが確認された。しかし実態はほとんど変わっていない。
 要求その1の狙いは、もしも合理的に年金移行が判断されていれば、どこの労働基準監督署においても、年金移行の人とそうでない人の比率が一定になるはずだということ。ところが案の定、極端に年金移行していない監督署がある。横須賀署だ。他署では、両者の比率があまり変わらない所も少なくないし、せいぜい二、三倍、横浜北が四倍程度で少し目立つ程度。ところが、横須賀はなんと六名しか年金移行しておらず、六八名もの人が休業補償給付をされている。長い人は一〇年を超える。 これには理由がある。横須賀は石綿じん肺の患者さんが多い。石綿肺がレントゲン写真のみで管理四になることはないため、数年前までの局の考え方では、合併症の人は絶対に年金移行しないことになる。なぜなら、合併症があると、正確な肺機能検査はできないので、再申請して管理四になることはあり得ないからだ。
 横須賀署では、確かにこの数字はバランスを欠くと認識している、きちんと病状を把握して対処したいと回答。しかし問題はやはり労働局ではないか。署長の権限とはいえ、年金移行の際には、労働局の専門医の判断に回されることになっている。
要求その1:20064月現在のじん肺による傷病補償年金受給者数といわゆる短期給付の療養者数
その2:じん肺患者が療養開始16ヶ月過ぎて症状が変わらない場合(多くは悪化している)は、傷病等級3級(常に労務に服することができないもの)に該当するので、すみやかに傷病補償年金に移行すること。 


2007710日追加)

地域に広がるアスベスト被害神奈川でも
旧朝日石綿横浜工場周辺に

クボタのアスベスト被害は人家の密集した地域に起きた人災だった!

 昨年6月、尼崎のクボタ旧神崎工場周辺で発生していた深刻なアスベスト被害は私たちに大きな衝撃を与えた。被害が石綿の製造工場で働く従業員ばかりではなく、多数の周辺住民にまで及んだのはなぜか?何十年も経ってから中皮腫や肺がんという深刻な被害をもたらしたのはなぜなのか?驚きとともにそのような疑問をもたれた方も多いと思う。当時、工場3階の空気の排出口から解繊された石綿が周辺に飛び散っていたという証言や、いまでも工場近くの狭い路地に壊れた石綿水道管を拾い集めて敷き詰められてあるということから、いかにアスベストの管理がずさんにされていたかが、窺い知れる。また、専門家の調査でも、100名を越える被害を受けた周辺住民が、工場から半径1500メール以内に集中して居住していることから因果関係は明らかにされつつある。(「尼崎市クボタ旧神崎工場周辺に発生した中皮腫の疫学評価」2006年3月31日 車谷典男・奈良県立医科大学地域健康医学教室 熊谷信二・大阪府立公衆衛生研究所生活衛生課)。旧神崎工場の近隣曝露によるアスベスト被害は、まさに人家の密集した地域に起きたアスベスト公害という人災であったのだ。

1975年に閉鎖された旧朝日石綿横浜工場

 このような工場周辺の近隣曝露によるアスベスト被害は、クボタだけにとどまらない。石綿製品製造企業としては老舗の奈良のニチアス王寺工場や、佐賀の旧エタニットパイプ鳥栖工場でも近隣曝露による住民のアスベスト被害が発生している。

神奈川県内においても、このような石綿製品製造工場が多数あり、ニチアス鶴見工場やクボタ小田原工場で職業曝露による従業員のアスベストが発生している。人家の密集した地域にあった石綿製品製造工場と言えば、旧朝日石綿横浜工場があげられる。旧朝日石綿横浜工場は、戦前から1975年までJR鶴見駅近くの国道(旧東海道)沿いにあった。社史によると国道(旧東海道)を挟んで西側が第一工場。東側が第二工場と呼ばれ、第一工場は波形スレート、大平板、紡織品などを製造し、戦後拡張された第二工場ではシリカ保温材、マリライト、フレキシブルボードなどが製造されていたとされている。狭隘化、老朽化から1975年に工場閉鎖され、茨城県の石岡工場に移転。旧朝日石綿そのものは、1987年に(株)アスクと社名を変更、そして2000年10月に浅野スレートと合併し、(株)エーアンドエーマテリアルとなり、本社は鶴見区中央2丁目5番5号にある。

6月24日には旧工場周辺にビラ入れ

 その旧朝日石綿横浜工場で、クボタと同様の深刻なアスベスト被害が発生していたのだ。私たちのセンターに相談に来られたケースだけでも、中皮腫で昨年亡くなられた元従業員のSさん、現在胸膜肥厚班で健康診断を受診されている元従業員のTさん、また工場近隣の居住して同じく胸膜肥厚斑と診断され、健診を受けておられるIさんの3人の方々がおられる。エーアンドエーマテリアルが公表している被害情報でも全国の工場の元従業員や施工作業員の中からアスベスト被害ですでに64名にもぼる。旧朝日石綿横浜工場周辺のアスベスト被害の規模は予測できないが、近隣に住んでいたIさんは当時、洗濯物を干すと石綿で真っ白になるほどだった証言されている。住民被害が多数発生したクボタ旧神崎工場と共通していることは、周辺に人家が密集していることだ。 

 こうした状況の中で、私たちセンターは、よこはまシティユニオンやいのくら(県民のいのちとくらしを守る共同行動委員会)と協力して、アスベスト相談の地域へのビラ入れや講演・学習会を企画した。

 6月24日に実施された旧朝日石綿横浜工場周辺アスベスト相談ビラ撒きには、15団体、51名の人達が参加し、行動をともにした。朝10時に旧朝日石綿横浜工場の跡地である鯉ヶ渕公園に集まり、それぞれが手に手にビラを取り、鶴見中央、豊岡町、寺谷、下末吉の界わいを各戸配布した。地域の反響もとてもよかった。また、当日はNHKの取材もあり、正午のニュースにもこのことが報道され、テレビの見ての相談の何件か寄せられた。ビラ入れとは別に6月19日には新聞の折り込み広告として18、350枚のチラシも配付。既にいくつかの相談が寄せられている。地域の反響については、改めて報告したい。

 

(200665日追加)

中皮腫の不支給決定を撤回させる!

ニチアスのアスベスト切断作業で中皮腫に

「中皮腫で労災申請していた父の労災が不支給になってしまった。どうしたらいいのでしょうか?」という相談が舞い込んできたのは年度末の3月28日のことだった。「ええー!中皮腫で不支給決定になったんですか!それはちょっとおかしい。2月に認定基準が改正されて緩和されたばかりなのに・・・。」ととりあえず電話で対応してみたものの、相談者に詳しく事情を聞いてみると不支給の理由は以下のようであった。

ばく露期間が足りない?ずさんな不支給決定

 不支給決定を下したのは静岡県の磐田労基署で労災申請していたのは、同県の輸送用機、機器具製造のI社で働いていたGさんだった。 Gさんは、1974年〜1977年の間、奈良県にあるニチアスの王寺工場から仕入れたアスべスト(青石綿)を、同県のニチアス袋井工場の敷地内のシャーリング作業所にて、シャーリング(切断機)で切断する作業や切断されたアスベストを収集して箱詰めする作業に従事していた。作業は1人でマスクや軍手なしで行われ、頻度は2ヶ月に1回で約3時間、1枚のアスベスト板を約81枚に切断、1箱(50枚入り)から約400枚製作する。この作業でアスベストを吸引したため、2004年4月に悪性胸膜中皮腫と診断された。

 磐田労基署の不支給決定の理由は、アスベストの切断作業等が主たる業務ではなく、曝露期間が1年に満たないからというものであった。しかし、これは明らかにおかしい。2ヶ月に1回約3時間程度であれ、アスベスト作業に従事した事実があり、しかもマスクも着けずのアスベストの切断作業は明らかに高濃度の曝露と考えて間違いないことだ。2月9日に改正された認定基準で中皮腫は「石綿ばく露作業への従事期間が1年以上あること。」(「石綿による疾病の認定基準について」を要件としているが、これに該当しない中皮腫の事案については、「本省に協議すること。」となっている。

 この辺りのことを磐田労基署はどう判断したのか?センターから同労基署に電話で問い合わせると自ら下した不支給決定に自信が持てなかったのか労災課長は「確かに曝露した事実は認めざるを得ない。」と回答。それでは「不支給決定は取り消してもらえますね。」と詰めると「それは局(静岡労働局)の指示だからできない。」という対応。それで、今度は静岡労働局に問い合わせると「認定基準にあるように曝露期間が1年に満たないから」と磐田労基署と同様の対応。では、認定基準どおり「本省と協議した上での不支給決定ですね。」と言うと、それがどうも電話で聞いただけだと言うのにはあきれてしまった。        そこで、こういう認定基準の杜撰な運用をしているのであれば、不支給決定を取り消せるかもしれないと思い、直接本省に対してGさんの不支給決定の撤回を要求したのだ。ちょうど中皮腫・じん肺・アスベストセンターと中皮腫アスベスト疾患患者と家族の会による第3回省庁交渉が4月13日に予定されていたこともあったのでその要望書にこのGさんの事例を載せて要請することになった。そして、この省庁交渉でなんとか不支給決定を撤回させたいと思って、Gさんのご子息にも交渉の場の参加してもらうよう要請した。もちろん、一旦不支給決定した事案を労基署が撤回することはまれなことなので、静岡労働局の労災保険審査官にも不服審査請求はしておいた。

本省交渉直前に撤回される

 ところが、結果は意外に早く決着するところとなった。要望書が厚生労働省の届けられた直後にGさんの息子さんのところに磐田労基署から「不支給決定は取り消す」との連絡が入ったのである。本省でGさんの事例を検討したのか、何がどのようになったのか定かではない。結果として、どう考えても取り消さざるを得ないような決定であることが判明したために、本省が静岡労働局を通じて磐田労基署に指示をしたと見て、まず間違いがないところだろう。

 昨年はアスベストによる中皮腫の申請件数が1084件、認定件数503件(肺がん申請件数が712件、認定件数が219件)と過去最多だった。中皮腫については、時効などを理由に40件、中皮腫ではないとして14件が認定されなかったとされているが、Gさんの事例のように署や局の杜撰な調査や認定基準の運用などで不支給にされているものがないかどうか厚生労働省本省はきちんと見直す必要があると思う。


200651日追加)
大和市に違法届けを是正させる!
住民への説明は不十分!
コミュニティーセンター南林間会館吹付アスベスト除去工事

 私たちセンターの大和支所がある十条通り医院の近くの、コミュニティーセンター南林間会館一階のホールと事務室に吹き付けアスベストが使われていることが公表された。大和市のホームページによると、同市が昨年八月から市の公共施設一五〇施設を調査したところ、アスベストが含有されているロックウールなどの吹き付けが以下の七施設にあることがわかった。

1 市役所(地下機械室6%、車庫棟天井裏26%)
2 コミュニティーセンター南林間会館(事務室、ホール天井7.3%)
3 つきみ野ポンプ場(発電機室19.5%)
4 中部浄化センター(管理本館等の機械室1.3%)
5 南林間中学校(体育館倉庫天井0.8%)
6 南部学校給食共同調理場(排水処理機械室3%)
7 中部学校給食共同調理場(地下ポンプ室、ボイラー室0.6%)
 ( )内はアスベスト含有ロックウール等の吹き付け個所及びアスベストの含有率

 そして、同ホームページには、「いずれの施設も吹き付け個所は安定していて飛散の恐れはありません」と書いてあった。

しかし、この件について二月一〇日にセンター西田が、担当である大和市「安全な町づくり課」に「どういう根拠でそう言えるのか?飛散調査でもしたのですか?」と問い合わせたところ、「すでに飛散調査を実施しており、コミュニティーセンター南林間会館のホールが二・六本/リットル、事務室が一・四本/リットルで、敷地境界濃度一〇本/リットルより低い濃度である。」と答えた。西田が「それは一般環境より一桁高い濃度ですね。」と言うと「敷地境界濃度一〇本/リットルより低い濃度であるであるから問題はない。」と答えた。西田が「それは、あくまで石綿製品製品工場の敷地境界の排出基準で、人体に安全な曝露基準を言ったものではない。」と反論。電話でのやりとりも平行線となったので、以下の三点を検討することを要請した。
1、コミュニティーセンター南林間会館のホールが二・六本/リットル、事務室が一・四本/リットルであったことを大和市のホームページで公開すること。
2、二・六本/リットル、一・四本/リットルという濃度の評価について安全といえるかどうかについて大和市として検討すること。
3、住民への説明会を開催すること。

 三月二日に住民説明会が開催された。大和市が会館の管理運営委の主だったメンバーにしか知らせてなかったことや、急な開催であったことで参加者の数が少ないことが予想されたが、それでも三〇名くらの住民が集まった。センターからは十条通り医院の院長であり当センターの理事長の斎藤と事務局の西田、川本が参加した。説明会では、市側の出席者として大和市の健康な町づくり課と同建築部営繕課の担当者、業者である桜内工務店の責任者などが紹介され、これまでの経緯や工事工期、工事内容について説明した。しかし、参加者に提供された資料には工事仕様書などの基本的な資料が含まれておらず、説明も、パワーポイントによる極めて一般的な除去工事の解説に終始したもので、肝心のアスベストの周辺飛散防止のため養生の仕方や、作業環境測定による安全基準の設定などの点において全く不十分なものだった。

致命的だったのは、工事が法規で定められた一四日前に届けられていなかったことが、当日センターの要請で急きょ参加してもらった中皮腫・じん肺・アスベストセンターの永倉事務長の指摘で発覚したこと。建築部営繕課の担当者は、年度末に工事を完了させるために十分な工期をとれなかったこと、そうした事情は県にも説明して了解を得ていると言い訳した。しかし、永倉事務長は、「事情があっても違法届は違法届だ。除去業者を指導するべき立場にある行政が法律違反していたのではどうにもならない。」と厳しく追及した。斎藤理事長も「なぜそんなに急ぐ必要があるのか。当然工事は延期してでも、安全性に十二分の時間をかけて評価すべきだ。」と主張した。会場の参加者からも「いままでなぜ危険な吹き付けアスベストがあることを調査して知らせてくれなかったのか」と行政批判の声も上がった。とりわけ施設関係者から、この南林間会館が「子供たちも頻繁に利用しており、行政はもっと将来の子供らの健康に配慮してほしい」という意見は説得力があったようだ。説明会は、市側がこうした参加者の質問や意見にまったく答えきれずに時間切れとなってしまった。したがって、当日の参加者が要望した1.違法届けの是正、2.濃度のリスク評価、3.2回目の説明会の開催、などの主だって意見について、市側に検討の余地があることを理解させたものの、最後まで確約させることはできなかった。

 その後、センターが大和市の健康な町づくり課の担当者に確認したところ、コミュニティーセンター南林間会館の吹き付けアスベスト除去工事は、当初の予定を延期して、届け出た二月二八日から一四日経った三月一五日に開始され、同月二一日に終了した。作業環境測定結果は作業前が〇・三本/リットル以下、作業中が排出口が〇・五本/リットルで他は〇・三本/リットル以下ということだった。したがって、私たちの要望を踏まえて、一四日以前に届け出るという法規はかろうじて守られたと言える。しかし、3の説明会の再度の開催については、必要がないとして認めなかった。理由は同会館の管理運営委のメンバーら関係者に聞いたところ、「ああいう専門的な方々ばかりが発言する説明会なら必要ない。」という意見だったからだとか。しかし、会館を管理する立場にある一部の関係者のみ意見を聞いて開催する必要がないと結論するのは、かなり一方的だと思う。やはり行政は会館を利用する地域住民に開かれた参加型の意思決定に説明責任を負うべきではないだろうか。

さらに、2のリスク評価については、会館利用者の将来の健康に関わる問題として残された課題と言える。青石綿であるが、平均三本/リットルの濃度で悪性中皮腫になった事例もある(注)。大和市では、同会館のホールが二・六本/リットル、事務室が一・四本/リットルの測定結果を出したときのアスベスト粉じん吸入フィルターを保存しているという。工事が終わったとは言え、大和市は今後、再測定も含めた利用者の将来の健康リスクについての評価を行っていくべきであろう。

(注)近鉄高架下の文具店に勤務していた男性が、壁に青石綿(二五%)が吹き付けられている二階の倉庫に約五〇回、少ない日でも約二〇〜三〇回に出入りしていたことが原因で悪性中皮腫になった。

(200643日追加)
2006
320-22
石綿健康被害ホットラインまとめ

 全国労働安全衛生センター連絡会議では、石綿健康被害救済法の手続き受付にあわせて、全国17ヶ所で石綿健康被害電話相談を実施しました。下記の通り多くの相談が寄せられました。

1.統計的視点から

全国で3日間だけで805件もの相談が寄せられました。それ以降も各地に相談は入っています。

そのうち、建材の質問などの事例は、わずか20件程度ですから、ほとんど全てが実際に発症した健康被害、もしくは石綿にばく露した自覚を持っている人の健康相談事例です。具体的に病名が明らかなものうち、中皮腫が182件、肺がん169件、その他じん肺や石綿関連が疑われる疾患(肺気腫、間質性肺炎、胸膜のがん、ぜん息など)が93件に上ります。こうした病名の付いている事例の中では、どうしても仕事との関連がわからない事例、環境ばく露の事例はそれほど多くありません。ちなみに5年以上前の肺がんや中皮腫による死亡事例も、確認できたものだけで83件に上ります。

おそらく医学的なデータがないものも少なくないため、これらのうちどのくらいが新法で救済されるのかが注目されます。なお、新法を機に相談をしたようですが、時効でもない、仕事との因果関係もかなりはっきりしているような、通常の労災請求に該当するものも数多くありました。石綿にばく露したことが明らかなため、自覚症状のない人はもとより、療養中や健診を受けた人でも、専門的な判断を望む相談も多数ありました。

2.注目すべき事例から

戦前・戦時中のばく露がいくつかあります。職種としては、従来からの造船や建築・建設がやはり多いですが、はつり、船員、電車・バスの運転手、駅員、教員、消防署、自動車修理工、化学メーカー、専売公社、電力会社社員からも寄せられています。

3.まとめ

 まず、全く不十分とは言え、国もそれなりに受付体勢を取っているにも関わらず、これだけの件数が寄せられたことは、まだまだ埋もれている被害が多数あることを物語ります。保全機構にかけたが、全然かからない、労働基準監督署に申請しているが何の連絡もないという声もいくつかありました。

 中皮腫や肺がんの時効の事例が多数寄せられました。石綿所見を医師から言われたケースもありますし、職歴などで思い当たるので申請したいという方もいました。もちろん医学的所見や職歴も明らかではないものも多いので、監督署が果たしてどこまできちんと調査するのか、あるいは調査せずに認定するのかが問題です。

 自営の方もかなりの数に上るようです。大工建築の他に、電気工事や保温関係など、労働者性があれば労災になりそうです。中小企業も少なくありませんし、倉庫や隣接する自宅もあり、家族の方で、労災病院で石綿所見を言われたという方もいました。周囲への公害も気にしておられました。

 一方健康診断で、あいまいな情報を得て不安を訴える方もけっこうおられます。環境ばく露の疑いで胸膜プラークを言われて、健康診断を受けたいが、その費用は出ないのかという不満を訴える人もいます。石綿を使用していた企業では、退職者健診をしているところが増えているようです。新法には予防対策の視点がないことの矛盾の表れです。

 実は明らかに労災なのに、新法制定を機に救済されるかと相談する人が多いようです。時効ではないものも少なくありませんでした。


2006314日追加)
速報       
第2次住友石綿(アスベスト)じん肺裁判、最終弁論へ 
裁判所が住友の鑑定申請などを却下! 

  3月6日、横浜地方裁判所横須賀支部で第2次住友石綿じん肺裁判の再開2回目の口頭弁論が開廷され、裁判所が正式に、被告住友側が申請していた原告らの鑑定等の請求を却下した。
 前回の再開口頭弁論で住友側が請求していたのは、1、志田医師による「立証に関する意見書」、2、原告らのX線写真やCTなどの文書送付嘱託、3、原告らの鑑定などであった。しかし、高柳裁判長は、原告側、被告側双方の証人尋問が終えた後、これで証拠調べはすべて終了したので、住友のいずれの請求も採用しないことを正式の明言した。この瞬間、法廷内の原告側席から「オーッ!」というどよめきが上がった。志田医師というのは、労働省のじん肺診査医などを務めたことを誇示しながら、企業側に付いている。そもそもこういう人たちが、きちんとアスベスト被害を掘り起こしてこなかったことこそが問題なのに、裁判になると企業側に立つのは本当にけしからん話だ。
 裁判所前の報告会では、この日原告側証人席に立った臼井政雄さんと小川富士雄さんが満面に笑顔を見せた。小川さんは、こんな結果だったら「何度証人席に立ってもいい」と喜びをかくさなかった。森田弁護士は「これで住友側が抵抗を見せていた志田証人尋問が退けられた。証拠調べが1日で終わったので、次は判決だ。」と裁判の全体の流れを説明。野村弁護士は「裁判所は我々が期待していた判断を示してくれた。次は判決をもらったらどうなるかだ。」と早くも判決後の住友との協定再交渉への運動の展開を示唆した。
 次回口頭弁論の期日は6月12日(月)午後3時〜5時半となった。この日が最終弁論で結審となる。


(2006
23日追加)
新法(石綿被害者救済法)で終わらせない!
アスベスト対策のさらなる強化を!

なくせアスベスト被害国会緊急集会に250名、
決起集会に2500名、請願署名は181万筆!

 いわゆるアスベスト新法、「石綿被害者救済法」が制定され、大気汚染防止法など関連四法が改正がされた。クボタのアスベスト被害の顕在化から、半年余りで一定の救済法を勝ち取ったことは、これまでの運動の蓄積の成果である。しかしその内容は、全く不十分なものである。ただちに改正運動を継続する意味でも、この法律をめぐる運動の状況と今後の課題を確認したい。

署名の重みを受けとめよう

 すでに八月終わり頃には、今回の救済法の概要は報道されていた。遺族に二百数十万円、葬祭料とあわせても三〇〇万程度、患者には医療費自己負担分と月一〇万円。あくまでも政府には責任はないという。このまま問題の沈静化を図らせてはならない。当センターも参加する石綿対策全国連絡会議は、秋からの署名運動を呼びかけた。昨年一〇月二二日から始まった署名運動は、大きな広がりを見せ、一〇〇万人の目標を大幅に上回り、わずか三ヶ月で最終的には181万筆に達した。最も被害が予想される建設労働者の労働組合、全建総連の組織的取り組みの強化が、もちろん大きな力となった。しかし、それと相まって、まさに草の根レベルでの活動の広がりが、この署名数のもう一つの原動力であった。「石綿疾患で家族を亡くされた方から署名が届き、『残念ながら夫は亡くなってしまいましたが、お通夜、葬儀でもみなさんに署名をしてもらいました』とのお手紙が同封されていました。」(全国安全センター古谷氏の国会緊急集会での報告)

集会の熱気を継続しよう

 一月二三日の緊急集会には、衆議院議員会館に二五〇名が、三〇日の決起集会には、日比谷公会堂には二五〇〇名が集まった。ちなみに議員会館会議室の定員は一〇〇名程度。日比谷公会堂も二〇〇〇人であるが、いわゆる主催者発表ではない。用意したそれだけの数の資料が、本当になくなってしまったのだ。公会堂では立ち見はもちろんのこと、会場に入れきれず、外の公園で待機する人も少なくなかった。ここでももちろん全建総連の動員もあったが、それと相まって全国各地から被災者や、この間石綿問題に取り組んできた関係者が集まり、連帯を深めた。

三つの大きな課題

 こうした署名の重みや集会の熱気を与党は十分受けとめることなく、小池環境大臣に至っては自らの非力を率直に認めず、尼崎の患者さん達に嘘をついてまで、原案通りの法案を通過させた。しかしながら具体的な給付内容は政省令で定めるとされているし、救済対象者や財源の問題もはっきりしていない。我々こそが署名の重みを受けとめ、一歩でも二歩でも前進した内容を勝ち取り、抜本的な改正に向けた取り組みを強化しよう。細かいことはいろいろあるが、三つに絞って課題を確認したい。
 一つは、救済法の労災補償とのあまりにも大きい格差をなくすこと。救済法では、遺族には計三〇〇万円の一時金、患者には月々一〇万円と医療費自己負担分になりそうだ。政府は補償ではなく、あくまでも救済であると強調する。自らの責任を充分検証することなく、救済で事足れりとする姿勢は許されるものではない。国の責任を認めさせる法廷闘争も準備されているようだ。一方で、百歩譲って救済であるとしても、なおさら患者の状況に即した給付が必要ではないか。例えば生活保護でも、扶養家族の数や年齢に応じて内容が異なる。労災の就学援護費や特例が認められた通院費すら給付しないような救済法では、あまりにもずさんだ。一刻も早く、一人一人の実情に即した給付を勝ち取りたい。
 二つ目は健康管理制度の充実。衆議院の環境委員会では、住民の健康管理対策を取るように求める付帯決議が全会一致で採択されたが、実は付帯決議は具体的成果に結びつかないことが多い。労災の健康管理手帳すら、職歴や医学的所見によって、なかなか交付件数が伸びていない現状にある。地域的ばらつきも大きい。大手石綿関連メーカーは、周辺住民に対して健康診断の費用を負担しているようだが、やはりきちんとした制度化が必要である。さらに単に希望者に健康診断をやればいいのではなく、被害者の追跡調査に基づく、リスク集団・個人の把握が重要である。残念ながら、患者を把握している公立病院ですら、治療以上の取り組みについては、非常に消極的である。地域・自治体レベル、企業ごとの対策強化を積み重ねていきたい。
 三つ目は、一元的総合的対策の強化。何をするにしても、縦割り行政の弊害は大きい。国と自治体の連携も怪しい。例えばこの間の既存の石綿調査についてみても、各省庁の通達に整合性がなく、現場は混乱している。あるいは救済法の財源を地方自治体が負担するとなると、一生懸命被害者救済に取り組めば取り組むほど、財政負担を強いられるということになりかねない。こうした問題を解決するには、アスベスト対策基本法しかない、というのが署名運動の大きな要求項目であった。もちろん基本法が実現しなくても、縦割り行政を打破する具体的な取り組みは極めて重要である。一つ一つの現実を踏まえた現場の声を大きく上げるしかない。

20051226日追加)

全国一斉
12/9−10石綿健康被害電話相談の結果報告

 神奈川も参加している全国安全センターの石綿健康被害電話相談の全体結果です。当センターが全体の調整も行なっているので、さらに詳しいことは当センターまで。答えられる範囲でお答えします。

全体総括

 相談件数は、一斉ホットラインの期間中だけで、全国で494件に達した。さらに12/11以降も、継続してフリーダイヤルによる相談が寄せられているので、すでに500件に達している。あまり大きくないとは言え全国紙や、テレビやラジオで報道されたこともあり、今後も多数の相談が寄せられるであろう。しかも具体的な労災相談、健康被害・不安を訴えるものがほとんどを占めている。毎日のように報道され、行政がそれなりに対応窓口を設けてから半年近く経っているのに、これだけの相談が寄せられるのは、事の大きさと、行政対応の不十分性を物語る。造船、船員、電気工事、建築関係など、以前から認定が報道されてきたもの以外に、運輸関係、自動車修理、教員など多種多様な職種から相談がますます増加している。中皮腫もまだまだ救済されていないが、石綿にばく露した肺がん患者や家族からの相談も増加している。さらにおそらくきちんと職歴を聞いて、専門医が診れば、じん肺と診断されるであろう呼吸器疾患を訴える相談も多い。今後も継続した医学、補償両面にわたる、きちんとしたフォローが課題である。

地域ごとの相談概要

【東京】東京センターでは、千葉と東北各県などの相談を対応し、25件。そのうち20件が健康被害・不安に関するもの。今回は青森の地元紙がきちんととりあげたこともあり、少なくとも青森から6件、福島からも6件受け付けた。青森からは、やはり出稼ぎで、東京や神奈川での仕事が原因とされるものがいたことが特徴的である。中皮腫も9件を数え、みなさん確定診断を受けてから亡くなられるまでの時間が非常に短い。知人に尋ねられても、何も説明できなかったと振り返る方が何人もいた。今さらながら、東北各県への取り組みの重要性を痛感。37歳の建築関係者の中皮腫死亡例もあった。

【新潟】 新潟以外に北陸各県などを対応し、13件。新潟はあまり報道してもらえず?5件だが、山形から2件、富山、石川から各3件など。そのうち労災関係は5件で、造船や築炉作業の肺がん、その他健康障害を訴える人が相次ぐ。

【群馬】 国労高崎地本が学習会も経て、東京センターの支援も得て対応し、5件。そのうち3件は国鉄退職者からのもの。すでに国鉄清算事業本部が、退職者に健康診断の案内を送付しているが、それが医療機関の紹介がないために、混乱を招いている(せめて労災病院ぐらい書けばいいはず)。東京のひまわり診療所などを紹介した。やはり東京や横浜で働いた(石川島播磨の)造船退職者からの相談もあった。

【埼玉】埼京ユニオンが学習会も経て、東京センターの支援も得て対応。相談は27件で、面談が必要なものが7件にのぼった。相談内容ごとの集計では(重複あり)、建材の相談が5件、健康相談が8件、労災が7件。その他新法への不満や質問も3件あった。埼玉では初めての取り組みであり、さらなる取り組みが重要。

【東京・三多摩】 東京を対応し、16件。スレート会社の中皮腫の相談や、大工、ふすま職人、造船の肺がん相談が寄せられた。石綿健康管理手帳を持って受診したが、あまりきちんと説明がなかったので相談したいというものも。東京在住のご子息から、他地域の親などの労働者の相談もあった。

【神奈川】 山梨3件、静岡1件、北海道1件など、計14件。肺がんや中皮腫の他に、間違いなく石綿にばく露した職歴があり、呼吸器疾患や具合の悪いことを訴える相談も多かった。労災申請中の人から補償内容を確認するものや、健康管理手帳所持者から、患者会に参加したいというものも。

【愛知】 岐阜と静岡西部も受けて、計49件。近所の吹き付け建物に関する相談もあるが、やはり健康被害を訴えるものが多い。建築関係、自動車、保温材関係など多岐に渡るが、教師の中皮腫例や胸膜肥厚などの相談など、詳しいフォローが必要なものも。石綿を扱った職歴を持つ人の肺がんも目立つ。

【三重】 11件の相談。設計の仕事をしていた夫が肺がんで急死し、解剖の結果胸膜に石綿曝露の痕跡があると言われたケースは、職歴からはなかなか曝露状況がわからない例の典型と言える。夫が石綿を使っていた主婦が、健診で所見を指摘され石綿を使っていないかときかれたので心配という家族ばく露の例もあった。国鉄退職者の肺がんや、鉄工所、船のボイラー、電気工事などで石綿粉じん曝露による病気を心配する相談も。

【大阪】奈良、沖縄、和歌山も対応し、8日も入れて、57件の相談が寄せられた。ほとんどが具体的な健康障害、不安を訴えるもの。中皮腫だけで18件、肺がんも11件にのぼる。運輸・設備関係などで、石綿関連企業に出入りしていた業者の労働者や、尼崎、泉州の周辺住民からの相談も目立つ。建築関係者、造船も相変わらず多い。

【京都】5件のうち石綿関連は4件だが、建築労働者の肺がんなど、深刻な事例も。

【兵庫】岡山からも受けて、計42件。建物関係は数件で、ほとんどが労災や職業ばく露による健康不安。やはりクボタなどの石綿関連企業の下請けや出入り業者、はしけ、船員、造船所などの労働者からの相談が多い。三菱重工の労働者は肺がんで石綿関連を市立病院で指摘されたが、三菱の病院で否定されたという人も。中皮腫は3件、肺がんが6件の一方で、じん肺が疑われる肺気腫など呼吸器疾患が12件である。

【兵庫・尼崎】相談が13件。ほとんどが石綿による健康被害関連で、肺がんは3件、石綿を取り扱った大工、運輸、設備関係労働者の肺の異常所見や息切れなどを訴えるものが6件にのぼった。

【広島】 労災関係が22件、環境・住宅が19件で、計41件。造船や船員などの中皮腫が4件。営業職でどこの職場なのか心当たりがないという人も。さまざまな職種の肺がんの相談も7件にのぼった。

【愛媛】 20件で、そのうち12件が香川県からのもの。石綿製造メーカーの中皮腫や肺がんの時効例が複数あり、組織的な取り組みが必要である。自動車修理工や建設解体労働者の中皮腫も。

【愛媛・松山】 9件の相談があり、石綿関係7件のうち3件が中皮腫。大工と、あとの2例は食品加工業や家の仕事?という職場のばく露がよくわからない例なので、さらなる追求が必要。

【徳島】 12件。住宅やスーパーなどの建物の相談も多かったが、中皮腫相談も3件。10年前に労災請求しようとしたが、労働基準監督署や基準局がきちんとした対応をせず請求できず、結局亡くなられてしまったというような、改めて国の責任が問われるケースも。

【高知】 12/9の相談が3件。自動車修理工の肺がんについて、因果関係はあるかというものがあった。もっと顕在化してもおかしくない職種である。

【大分】 地元紙、テレビ局の報道があり、59件。住宅・建材関係の相談が多かったが、労働関係も13件。大工、船舶などの労働者で、息切れなどがあり、健康診断を希望する人が5件。夫が中皮腫で労災認定された妻が不安を訴える例も。

【宮崎】1件の相談。

【鹿児島】福岡、佐賀、熊本、長崎も受けて、計37件。健康被害関係では、中皮腫が6件、肺ガンも5件、石綿肺が1件。中皮腫は、建設、アスベスト関連会社の労働者などから。基本的にはデスクワークだったと言う人も。肺がんでは、介護施設で石綿吹き付けのある機械室で長時間待機したという労働者の例が寄せられた。住宅や事業所での石綿使用と健康不安に関する相談も16件、土木・建設・電機関連職場での石綿使用も6件寄せられる。

【沖縄】37件の相談のうち、職場の健康被害関係は28件にのぼり、このうち中皮腫は疑いも入れると7件で、職場は基地関係が4件。肺線維症、ひどい咳など、じん肺と思われる症状を訴える例も10件。その他症状はないものの、かつて米軍関係施設の解体作業や基地で石綿にばく露した、解体、吹き付けや、ホテルのボイラー室で勤務したので不安だというようなものも多い。ちなみに本土での就労、出稼ぎなどによる石綿曝露も7件あり、広域的対応が必要になるだろう。



(2005
1128日追加)

日本板硝子共闘労組が

上積み補償、対策などの画期的な労使協定を締結

7月に厚生労働省で記者発表したとおり、日本板硝子共闘労働組合が、石綿に関する協定書を会社と締結した(全文下記の通り)。その意義などを改めて確認したい。(川本)

協定締結までの経過

 何度か報告してきたとおり、共闘労組が石綿被害の課題に取り組んだのは、二〇〇一年の夏、川崎支部元副支部長であった高橋さんからの手紙が発端である。「同僚や後輩たちにこのような苦しみを味合わせたくない」として、ホスピスでの安らかな死にあこがれつつも、自己意見書作成に着手し、死の前日には工場長の謝罪と労災申請への協力をとりつけた。その闘いを受け継いで、共闘労組は四年間、石綿被害の掘り起こし、既存施設の調査、企業内補償制度の確立に取り組んできた。
 二〇〇四年一月の春闘交渉の中で、健康診断と上積み補償の制度化を本格的に要求。会社は、やはり強い抵抗を示した。例えば、健診対象者を明らかに石綿関連作業に従事したと会社が考える者に限定。上積み補償についても、労災認定から一年半経過してさらに会社の指定医療機関の診断を必要とする。合併症のないじん肺は補償対象としないといった内容が、当初の回答であった。相談を受けたセンターも、いろいろな判例や他社の事例などを共闘労組に提供、労組は粘り強く一年半にわたって交渉を重ねた。会社からの四次回答に基づき、最終的に協定に至った。

協定書のすばらしい点

一、公開したこと

 実は石綿問題は大きな社会的な注目を集めているにも関わらず、企業の労災上積み補償協定は、公開されていない。あのクボタでさえ、当事者に提供はするものの、公開は拒否している。共闘労組は記者発表することを会社に通知し、会社の方も、その期日にあわせて、ホームページで「アスベストの使用状況と健康被害の発生状況を経済産業省に報告した」という内容で発表(http://www.nsg.co.jp/press/2005/0719.html)。労使協定もほぼそのまま紹介した。他社も見習ってほしいものである。

二、補償の水準

 数字を見ていただければわかるとおり、かなりの水準の補償を勝ち取った。もちろん当初の水準は全く異なるものだった。裁判を経ずにこれだけの補償を勝ち取ったのは、もちろん共闘労組の力である。背景には、浦賀や米海軍横須賀基地のような裁判になるのは困るという会社の考えもあったのであろう。

三、健診や既存アスベスト対策もセットで

 補償のみの協定ではないことも重要である。健康診断の対象者、医療機関選択の自由はかなり大きな問題になった。設備には、まだ石綿が使用されているところもあり、その把握や対策は重要である。ちなみに先日、日本板硝子は八億円をアスベスト対策で特別損失にしたと報道されたが、そのかなりの部分が、既存石綿の除去工事費用だそうだ。

これからも取り組みは続く

 共闘労組には、現在も石綿関連疾患になった退職者、そのご遺族からの相談が相次いでいる。そうした中、協定の結果得られた補償金の一部を「今後の闘いの基金として活用してもらいたい」という申し出が多くの被災者からあった。それを受けて、共闘労組は、「日本板硝子じん肺・アスベスト健康被害救済基金」の設立を、10月の定期大会で確認した。当センターも多額のカンパを頂いたことをご報告し、この場を借りて御礼申し上げたい。今後も共闘労組と共に、皆さんの健康管理、被災者の救済活動などに取り組んでいきたい。


協定書

日本板硝子株式会社(以下「会社」という)は、過去のアスベストに対する対応が十分でなかったという事実とその結果として労災該当の方を発生させてしまったという事実について率直に反省し、今後は労働安全衛生の問題に対して最大限の努力をしていくことを宣言した上で、健康診断とじん肺及びアスベスト関連疾患(以下「じん肺等」という)に関する社内補償ルールについて、日本板硝子共闘労働組合(以下組合という)と以下の通り協定し、本協定の成立を証するため会社と組合は本協定書2通を作成し、各自記名・押印の上、各1通を所持する。

1.本協定の対象者

会社に雇用されている社員及び退職した社員。

ただし、健康診断については、社員以外の直接雇用のパート及び嘱託・臨時従業員も含む。


2.健康診断
1)目的

じん肺等を早期に発見することを目的とする。

(2)対象者

  明らかにアスベスト曝露を受けていない者または各事業所でアスベストの使用をやめた時期以降に入社した者を除いた上で、次に掲げる者を対象とする。

@健康診断を希望する社員、または5年以上在籍している直接雇用のパート及び嘱託・臨時従業員。

A上記@の退職者(5年以上在籍した者に限る)

(3)回数

  在職中の者は年2回、退職者については年1回とする。

(4)内容

  胸部X線直接撮影でのフィルム読影により、じん肺等の健康診断を実施する。

(5)医療機関(医師)の選定

@     健康診断は原則として会社が選定した医療機関が各事業所内で実施する。ただし、対象者本人が他の医療機関で受診を希望する場合、会社はそれを認める。

A   在職中の対象者に対して、会社は健康診断に必要な時間供与および費用を合理的範囲で負担する。

B退職した対象者については、時間供与及び交通費は負担しない。ただし、健康診断結果が有所見の場合の二次健診や精密検査についての費用及び交通費は会社が負担する。

C 会社が選定した医療機関以外の医療機関で受診した場合は、その医療機関が発行する健康診断結果票を速やかに会社に提出するものとする。

(6)健康診断結果の報告

  会社は健康診断結果について、受診者本人に個別に連絡するとともに、全体の結果を各事業所安全衛生委員会で報告する。

3.じん肺管理区分申請、健康管理手帳交付申請、労災申請

(1)有所見者への対応

  健康診断の結果、じん肺管理区分申請、健康管理手帳交付申請または労災申請が必要であるという所見が認められた場合、会社は本人の作業歴及び粉じん曝露の経過について速やかに事実関係を調査し確認したことを証明するとともに、各事業所を所管する官庁に申請または申請のための協力をする。

(2)認定を受けた者への対応

  所管する官庁からじん肺管理区分または労災保険支給などの決定を受けた者に対して、会社は誠意を持って、適切に対応する。

4.じん肺等に関する社内補償ルール

(1)適用対象者

  会社に雇用されている社員及び退職した社員で、各事業所を所轄する官庁(労働局・労働基準監督署)から、粉じん作業または石綿関連作業に従事したことを原因として、じん肺と決定された者または業務上疾病の決定を受けた者に対して、会社は次に掲げる保証金ABを適用する。

(2)補償金A

  管理2、3、4の決定を受けた場合、または中皮腫・肺がんに罹患して労災認定を受けた場合には次の通り補償金Aを支払う。

じん肺管理区分等            合併症なし   合併症あり

管理2                  500万円    1400万円

管理3イ                 900万円    1800万円

管理3ロ                1200万円    2000万円

管理4の決定を受けた場合、または中皮腫・  ―――    2200万円

肺がんに罹患して労災認定された場合

(3)補償金B

 死亡した場合には、次の通り遺族へ補償金Bを支払う。

死亡時点                             補償金

在職中                             3300万円

定年退職後(定年扱い退職を含む)で死亡時点の年齢が満67歳未満  3300万円

定年退職後(定年扱い退職を含む)で死亡時点の年齢が満67歳以上  2800万円

(4)差額支給

  監督官庁の決定を受けた管理区分または労災認定により相当する補償金Aを受け取った後に、管理区分が進行し新たに管理区分の決定を受けた場合、または粉じん作業もしくはアスベスト関連作業に従事したことを原因として死亡したことが監督官庁から認められた場合には、会社は当該補償金AまたはBから既に支払った補償金Aを差し引いた金額を支払う。

5.残存アスベストへの対応

会社は現在残っている設備の中や建屋などで使われているアスベストが、飛散し、またはそれにより従業員が曝露することのないように、今後、計画的な撤去等の対応に努め、組合はそれに積極的に協力する。

6.本協定の遵守義務

  会社と組合は、双方誠実に本協定を履行する。

以 上

2005714

日本板硝子株式会社

代表取締役

社長執行役員 藤本勝司

 

日本板硝子共闘労働組合

中央執行委員長 末吉幸雄



(2005
1024日追加)

港湾労働者の障害等級変更勝ち取る

 9月27日、港湾労働者2名の障害補償給付の審査請求について、神奈川労働者災害補償保険審査官は原処分取り消しの決定を下した。

 Oさん(71歳)は約26年間港湾荷役作業に従事したため変形性腰痛症を発症、治療の結果、今年3月31日症状固定。横浜南労働基準監督署に障害補償給付を申請、5月12日障害等級第14級の9と決定を受けた。この決定を不服として労災保険審査官に審査請求をしていた。

 Tさん(78歳)は約40年余港湾荷役作業に従事したため変形性腰痛症を発症、治療の結果、今年3月31日症状固定。横浜北労働基準監督署に障害補償給付を申請、5月19日障害等級第14級の9と決定を受けた。この決定を不服として労災保険審査官に審査請求をしていた。

 2人とも港湾労働による変形性の腰痛のため長年療養してきたが、現在もがん固な痛み、シビレがあり、日常生活にも支障をきたしており、最低でも障害等級第12級の12に該当する、と申し立てた。

 障害等級表(認定基準)では、第14級の9が「局部に神経症状を残すもの」、第12級の12が「局部にがん固な神経症状を残すもの」となっており、疼痛の場合、「通常の労務に服することはできるが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの」(14級の9)、「通常の労務に服することはできるが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支えがあるもの」(12級の12)とされている。

 港湾労働者の腰痛の障害等級については20数年来のとりくみによって12級以上の決定を受けてきた。港湾労働者は労災認定を受けるときに骨の変形などの他覚的所見を認められており、障害についてもそれを起因とするがん固な神経症状として認められてきた。港湾に限らず、14級は骨の変形など他覚的所見のない神経症状の人、わかりやすくいえばX線などの検査結果には現れないが本人が痛みやしびれを訴えている人の等級として運用されている。 全港湾、労職会、センターは労基署に交渉を申し入れ、決定理由の説明を求めた。署はあくまでも「総合的に判断」「過去の経過は知らない」というのみで、なんら具体的な回答はできなかった。これまでの信頼関係すら反故にする対応に、7月の県下一斉労基署交渉の場でも問題提起。とくに横浜南署では多数の港湾被災者が集まり、署の姿勢を厳しく追及した。神奈川労働局や審査官に対する申し入れも行った。今回の審査決定は、当該被災者と全港湾、労職会、センタ−一丸となったとりくみの成果である。

 最後に決定書の結論部分を紹介しておく。

(Oさんについて)

 腰部等の局所の神経症状について、石橋医師(注・障害認定医)は、腰部に自発痛、運動痛を認め「局部に神経症状を残すもの」に相当すると所見しているが、天明医師(注・主治医)は、腰部に深部痛あり圧痛(+)、腰椎4、5膀筋群の疼痛と所見しており、「局部にがん固な神経症状を残すもの」と認められる。

 また、鑑定を依頼した山田医師の鑑定書においても、腰部に圧痛(+)と所見しており「局部にがん固な神経症状を残すもの」と認められるものである。以上、3名の医師中2名が「局部にがん固な神経症状を残すもの」と所見していることから、障害等級第12級の12に該当するものと判断する。

(Tさんについて)

 腰部等の神経症状の程度について、町田医師(注・障害認定医)は、明らかな神経学的所見はないが、腰痛の残存が認められるため、「局部に神経症状を残すもの」に相当すると所見しているが、天明医師は、腰部から左臀部にかけて圧痛と放射痛と所見しており、「局部にがん固な神経症状を残すもの」と認められる。

 また、鑑定を依頼した山田医師の鑑定書においても、腰部に圧痛(+)と所見しており「局部にがん固な神経症状を残すもの」と認められるものである。以上、3名の医師中2名が「局部にがん固な神経症状を残すもの」と所見していることから、障害等級第12級の12に該当するものと判断する。



(2005
912日追加)

 新聞でも報道されている通り、旧国鉄やJRの車両工場で働いていた人の、アスベスト健康被害が明るみになっている。当センターは被災者、遺族と連携して、鉄道建設・運輸施設整備支援機構国鉄清算事業本部に要請を行ってきた。しかしながら、同本部は、被災者や遺族の切実な訴えにも関わらず、他の民間企業のように積極的に被害状況を明らかにして、他の退職者らに健康管理を呼びかけるような姿勢ではない。分割民営化以降、尼崎の事故に象徴されるように、営利優先の姿勢がJR各社にあり、さらに旧国鉄の悪しき事なかれ主義は、決して労働者ではなく、むしろ同本部の官僚にこそ残存している。詳しくはさらに報告するが、緊急の取り組みとして以下の通り要請する。

2005年9月11日

各位

中皮腫で夫や父を亡くした旧国鉄・JR職員の遺族ら
NPO法人東京労働安全センター代表  平野 敏夫
関西労働者安全センター議長      浦 功
(社)神奈川労災職業病センター理事長  斎藤 竜太


国鉄清算事業本部に対する抗議ファックス等の緊急要請

 私たちは、中皮腫で夫や父を亡くした旧国鉄・JR職員の遺族並びにその代理人として、鉄道建設・運輸施設整備支援機構国鉄清算事業本部に対して、記者会見によるアスベスト問題についての基本認識の表明、補償や対策の周知徹底を求めて、2回に亘る要請を行ってきました。遺族らの夫や父の同僚らにも遍く知らせなくてはいけないという切実な思いからでした。
 しかるに、同国鉄清算事業本部は9月8日付けで、最終的にその必要はないと回答し、自らその社会的責任を放棄したのです。この不当な回答は、遺族らの切々たる願いを踏みにじるばかりでなく、10万人以上にも及ぶ国鉄時代にアスベスト作業に従事した元国鉄職員を見殺しにすることにつながるものです。
 私たちは、同本部のこの心無い仕打ちに対して、座して黙することなく、立ち上がって抗議の声を上げ、行動して訴えていく決意をしました。このようなことを許しているかぎり、この国のアスベスト被害の補償と対策はいつまで経っても被害者とその家族の声を反映したものにはならないと考えたからです。
 国鉄清算事業本部と国土交通省がホームページで公表している中皮腫5名の被害事例は、ほんの氷山の一角にすぎません。数多くの被害があったにもかかわらず、調査もされずに埋もれたままになっていたり、すでに相談や申請されたものでも十分に対応できずにそのままにされているのです。国がアスベストの補償と対策に本腰を入れて取り組むというなら、まずお膝元の国鉄時代のアスベスト禍を検証し、救済措置を講ずるべきではないでしょうか。
 国鉄清算事業本部と国土交通省にアスベスト被害者とその家族の立場に立った本当のアスベスト被害の補償と対策を実現させるために、私たちと共に別紙の抗議文と要請文でできるだけ多くの方々が抗議の意志を表明してくださるように、切にお願いする次第です。それぞれのファックス番号は以下の通りです。

国鉄清算事業本部ファックス番号 03−3506−2330
国土交通省JR・国鉄清算業務管理室ファックス 03−5253−1633

2005年 月  日

国鉄清算事業本部代表理事 波多野 肇殿

抗議文

私は、9月8日付けで貴本部が旧国鉄時代に取り扱ったアスベストが原因となって中皮腫で夫や父を亡くした遺族らの2回に亘る以下の要請を最終的に拒否したことに強く抗議するものです。
 民間企業が次々とアスベスト被害情報を開示しているときに、旧国鉄時代の国の災害補償業務を引き継ぐ貴本部が過去のアスベスト被害情報をいまだに公開しないでいることは、社会的にも許されるべきことではありません。その被害の大きさからも公開は記者会見をもってするのが当然と考えます。
 中皮腫で夫や父を失った遺族らが要請する以下の2点について、再検討し、速やかに実現に向けた取り組みを開始するよう強く要望するものです。

1.  国鉄清算事業本部として、正式に記者会見し、10万人以上に及ぶアスベストを取り扱った旧国鉄職員に遍く知れ渡るように、退職後の公務災害申請、健康管理手帳、健康相談、健康診断についての周知を徹底してください。

2.旧国鉄時代のアスベストの使用状況、アスベストの被害実態について調査し、時効にかかるような事例についても救済措置を講じてください。 

国鉄清算事業本部へ一言

なまえ


2005年 月  日

国土交通省大臣 北側 一雄殿

要請文

私は、9月8日付けで鉄道建設・運輸施設整備支援機構国鉄清算事業本部が旧国鉄時代に取り扱ったアスベストが原因となって中皮腫で夫や父を亡くした遺族らの2回に亘る以下の要請を最終的に拒否したことに強く抗議するものです。
  民間企業が次々とアスベスト被害情報を開示し、国が立法措置も含めてアスベスト公害に対応しているときに、旧国鉄時代の国の災害補償業務を引き継ぐ同本部が過去のアスベスト被害情報をいまだに公開しないでいることは、社会的にも許されるべきことではありません。その被害の大きさからも公開は記者会見をもってするのが当然と考えます。
 私は、監督官庁である貴省が中皮腫で夫や父を失った遺族らが要請する以下の2点について、同本部が再検討し、速やかに実現に向けた取り組みを開始するよう指導・監督することを強く要望するものです。
1.国鉄清算事業本部として、正式に記者会見し、10万人以上に及ぶアスベストを取り扱った旧国鉄職員に遍く知れ渡るように、退職後の公務災害申請、健康管理手帳、健康相談、健康診断についての周知を徹底してください。
2.旧国鉄時代のアスベストの使用状況、アスベストの被害実態について調査し、時効にかかるような事例についても救済措置を講じてください。 

国土交通省へ一言


なまえ





(2005
815日追加)
 恒例の労働基準監督署および労働局との交渉が、7月に行なわれた。それらの報告をする。

労働局交渉の主な回答と議論

 今年の交渉では、労災隠しやアスベスト問題を中心に、建設ユニオン、神奈川シティユニオン、横須賀のじん肺被災者の会など、いろいろな団体から積極的な意見、提案が出された。局の方も、とりまとめをする監督課の努力は伺われ、資料にも通し番号が打たれて説明がスムーズになった。当たり前と言えば当たり前かも知れないが、以前はそうではなかったわけで、率直に評価したい。

労災隠しについて

要求:労災隠しを防止するための具体的な対策を明らかにすること。

局は、集団指導など機会があるごとに周知徹底、悪質なケースは書類送検といういつも通りの回答。これに対して団体からは強い批判が出た。無事故の表彰をするよりも、事故隠しを告発した労働者などを表彰してはどうか、処罰を徹底することなどが建設ユニオンから提案された。郵便局が労災事故を隠している可能性が高いことがはっきりしたので、取り締まりを強化することを要望。局も検討するとのこと。職業性疾病については、労災認定数(補償課の統計)と死傷病報告数(衛生課の統計)があまりにも違うことがハッキリした。改善を求めた。

アスベスト問題について

交渉時点では労災認定事業所を公開する前だったので、なぜ公開しないのか、五年分などと言う中途半端なことはするなと、強く要望した。さらに在庫量や会社などもきちんと把握して資料提供せよ、時効事案への丁寧な対応、病院への労災手続きの周知、除去工事立ち入り基準のあいまいさ、アスベスト対策特別チームを作れ、労災認定されても石綿との因果関係はわからないと主張する住友重機を指導せよ、などの意見が出された。局は局長をはじめとして、連日対応に追われている、きちんと相談には対応したい、などと説明。時効についても、無理だというのではなく、資料の保管を依頼し、連絡先を確認しているとのこと。

局医名簿情報公開について

要求:労働衛生課はじん肺診査医名等を情報提供するにも関わらず、補償課が、情報公開請求には必ず全面開示される地方労災医員の名簿を情報提供しない理由を明らかにすること。補償課は質問にまともに答えようとせず、とにかく開示請求してもらいたいと言う。ごまかすな、いい加減にしろと批判したところ、労災医員自身が危害を加えられたことがあり、聞かれてすぐに教えることに抵抗感が強いということのようだ。それにしても開示請求すれば出るのだから同じではないか。そうして隠す態度こそが不信感を生み、トラブルを生じる最大の理由になることがおわかりにならないようだ。

統計資料から気付いたことなど

<増加する精神疾患、石綿関連疾患の業務上認定>

 昨年度は一七件が業務上認定された。ただし、このうちの四件は、同一事業場でのPTSDなので、昨年の一三件とあまり変わらないと言うべきだろう。また、三〇件が不支給であるので、判断指針の限界を示している。それにしても数年前はゼロだったことを考えれば、労災になるべき人がようやく認められ出したことは間違いない。

 石綿関連疾患も相変わらず多い。一〇年前の数倍に達している。今後さらに増える可能性が高い。

<業務上がほとんどの上肢障害(頸肩腕障害など)>

 上肢障害はほとんどが業務上になっている。ちなみに二件のうち一件は他署の管轄と言うことで不支給になった特殊なケース。あとの一件がセンターが関与しているもので、大変悔しい。

署交渉の主な回答と議論

労災隠しについて
要求:労災隠し企業を全数書類送検できないというのであれば、口頭注意や始末書でよしとせず、せめて事業所全体の法違反がないかどうかの監督を徹底して行なうこと。 
 いずれの署でも、監督というのは総合監督なので、労災隠しのことだけで監督することはないと言う。実際にどの程度監督が行われているのか、改善されたのかをチェックすることが重要であろう。

石綿除去工事について
要求:「石綿障害予防規則」を周知徹底し、届出された除去工事については立入調査して石綿曝露防止の管理、指導をすること。
 七月に施行されるということで、集団指導などを実施してきたとのこと。全数立ち入りを決意している署もあったが、なかなか全部は難しいという署も。しかし、交渉の時点の七月上旬では、それほど多数の相談が寄せられるということはなかったようだ。みなさん方のほうが有名でしょうなどと言う署も。局交渉をした七月下旬、そして本省で相談窓口を設けた八月以降は、それなりに相談が寄せられているようだ。

じん肺の傷病補償年金移行について
要求:じん肺患者が療養開始16ヶ月過ぎて症状が変わらない場合(多くは悪化している)は、傷病等級3級(常に労務に服することができないもの)に該当するので、すみやかに傷病補償年金に移行すること。
 どこの署も、該当すれば移行すると言う。しかし、一〇年以上もじん肺の合併症で療養している、だんだん悪化している実態や、移行する人があまりにも少ない問題、判断基準のあいまいさなどが議論になった。他の労災補償給付と異なり、署長が職権で移行させることができるという形なので、権利として請求したり、裁判などで係争することができない。打開策を検討する必要がある。

情報公開について
要求:労災給付に関する通達に付随するような事務連絡などは、全て開示、情報提供すること。
 どこの署も開示請求してもらいたいという回答であった。行政サービスの一環として、例えば安全衛生関係の指針などの通達は、積極的に宣伝されている。それと同じ理屈で、補償関係の事務連絡も被災者、家族や医療機関があらかじめ知っていた方が便利なものが少なくない。どうしてわざわざ労働局にまで出かけて、印紙代300円を払わなければならないのか。

石綿関連事業所への対応
要求:石綿関連疾患で業務上決定した場合には、当該事業所の他の退職者を含む労働者に対して、健康管理手帳制度などの周知をはかるように事業所を指導すること。
 これはどこの署もやると答えた。その後本省もいろいろ議論はあったようだが、五年に限ったとはいえ、事業所名を公表。しかし中途半端の感は否めない。

郵便局の労災隠し
要求:労働局が関東郵政局に要請してもほとんど効果が見られない、各郵便局の死傷病報告未提出は目に余るものがあるので、署が書類送検も含めた対応を行なうこと。
 藤沢署では、主な郵便局に報告するように要請したところ、一気に件数が増えた。平塚署だけは、なぜか郵便局から提出があるかどうかを調べようとすらしない。藤沢の郵便局だけ事故が多いはずがない。平塚署以外は、検討してみると言う所が多かった。局としても検討するようだ。

医療機関の協力について
要求:労災請求手続きにおいて、事業主証明がないことだけを理由に医療機関でも証明をしてくれないケースがしばしばあるので、医療機関や事業主に証明をするように指導もしくは受理して調査を開始すること。
 全ての監督署が、そういう事実があれば、監督署で医療機関に説明する、相談してもらいたいとした。実際にそうなっていない相談があるので要求にしたのであるが、署としてはきちんと対応するとのこと。

職員の対応について
要求:対応する職員は面談の時はもちろんのこと、電話でも、他の官庁などで行なっているように、部署名及び名前をきちんと名乗ること。
 署によっては次長さんが徹底していますと言うところもあれば、マクドナルドのようなマニュアル的な対応もいかがなものでしょうかと、率直に言われるところもあった。名乗ることで事業主などに危害を加えられることを危惧する署も。いずれにせよ、名乗る方が信頼関係、責任感が大きくなることは間違いないと思うのだが。

港湾労働者の不当な決定について
 要求ではいつも、はじめの業務上外の決定と症状固定の決定時期において、主治医の意見を尊重することなどを要求している。ところが、五月に、症状固定となった港湾労働者が一四級決定を受けた。十四級は、骨の変形など他覚的所見のない神経症状の人、誤解を恐れずにわかりやすく言えば、所見はなくても本人が痛いと言っている人の等級だ。港湾労働者は認定されるときに骨の変形などの他覚所見を認められており、これまで二〇年あまりにわたって、みんな一二級以上の障害決定を受けてきたのだ。
 これについて、決定をした横浜北、横浜南だけではなく、鶴見や川崎南でも問題提起。とくに横浜南では、数多くの港湾患者が集まり、署の理不尽な決定を批判した。署はまともに回答できない。

外国人技能実習生の問題
要求:しばしば賃金未払いや労災隠しが見受けられる外国人技能実習生の労働条件について、どのように把握、指導しているのか明らかにすること。 
 実は各署に、どこに外国人技能実習生が働いているかのリストが回ってくるそうだ。しかしそれに基づいて、全部行くわけにはいかないらしい。もちろん相談があれば適切に対応するとのこと。ただし、問題の多い職場であるという認識はあるようで、それは優先順位で意識して監督に入るようにしているらしい。当事者である技能実習生が自ら相談に来ることはまずあり得ないので、ぜひ行政として積極的な監督指導をしてもらいたいと要請した。

 

2005714日追加)

ケイワン患者の職場復帰

横浜市リハビリテーション事業団が運営する横浜ラポール聴覚障害者相談員の古川さんが、いよいよ正規職員として職場復帰することが決まった。全国的にも大変画期的なことであり、この間の経過をまとめて報告する。(川本)

手話とケイワン

古川さんは、増加する業務量の中で「頸肩腕症候群」を発症、九六年八月に休業を余儀なくされた。労災認定されたものの、長い長い治療生活が始まった。相談員は、聴覚障害者のありとあらゆる相談に応じなければならない。当然手話も使う。古川さん以外にも、全国各地でケイワンを発症する手話通訳者が後を絶たない。実際のところ、重症になると手話から離れることで「解決」する人も少なくないし、なかなかケイワンを治療してくれる医療機関が見つからず苦労する人も多いようだ。古川さんが通院する東京の医療機関には、群馬県や沖縄県から通う人がいるくらいだ。また、他の業種に比べて、重症の方が多いのも特徴である。古川さんも、当初一年間は入院生活を送った。

保険証を返せ?支える会が結成される

二〇〇〇年六月、古川さんにリハ事業団から手紙が届く。それは、休職期間が切れたので、健康保険証を返すようにというものだった。実際に喪失届を出されてしまい保険証が使えなくなった。雇用されている以上健康保険は使えるはずだ。健康保険を返せというのは、要するに退職せよということ?解雇されるのではないだろうか。驚いたのは古川さんだけではない。古川さんは弁護士さんに相談し、当たり前ではあるが、健康保険証は復活した。しかし、このままではまずいと考えた、聴覚障害者団体、手話通訳者団体などが共同で、「労災休業中の古川相談員の復職を実現する会」(古川さんを支える会)を結成することになる。

リハビリ就労を求める

〇一年秋、だいぶよくなった古川さんに、主治医はリハビリ就労を勧めた。ケイワンの場合は、家でじっとしていて治るものではない。やはり少しでも外に出て、そして職場にでかけて、少しずつ復帰していくしかない。ところが、リハ事業団は、元気になったら戻ればよいという考え方。支える会で議論された結果、労働組合に加入して、職場復帰などについて強く要求していくことになった。〇二年三月、古川さんはよこはまシティユニオンに加入する。

リハビリ就労を実現する

 ユニオンが交渉を重ねたが、横浜市から出向で来ている法人事務局の職員は、あくまでも通常業務ができないと職場に戻さない姿勢を崩さない。やむなく、地域の労働組合と共同で、横浜市に対する抗議要請行動に取り組む。そもそも聴覚障害者相談事業というのは、横浜市が行なってきたものである。古川さん自身も、以前は横浜市の臨時職員として働いていた。ケイワン発症の責任は、リハ事業団、そして横浜市にもあるのではないか。

こうした取り組みの結果、〇四年一月、週に一日が午前、もう一日が午後のみという一部就労、リハビリ就労が実現した。ただし、正規職員でありながら、あくまでも「非常勤職員という形態」でという条件付である。業務内容も事務の補助というもので、賃金も非常勤職員のものを適用された。

正規職員としての復帰を求める

 その後三ヶ月ごとに半日ずつ就労日数を増やしていくことができた。業務内容も、相談業務の事務補助から、相談業務の補助、そして相談業務(試行)を認めさせた。これらの前進は、あくまでも古川さんの強い要望で実現できたことである。相談員の職場では、年齢も経験も古川さんが一番長い。正規職員とほとんど変わらない仕事をしているのに、いつになったら正規職員になるのだろうか。やはり古川さんは一日も早く、正規職員としての復帰を実現したいと考えた。

〇五年秋、ユニオンは、リハ事業団に対して、一体いつまで「非常勤職員という形態」を続けるのか、正規職員としての復帰を認めよという要求した。しかし、やはりリハ事業団は、規則で決まっている以上のことは難しい、再発したら困るという態度であった。

発症責任を認めさせ、正規職員としての復帰を実現

 ユニオンはもちろん交渉や事務折衝を重ねたが、何よりも古川さんが、毎日就労している実態こそが、リハ事業団に判断を迫った。ついに〇五年七月から、正規職員としての職場復帰が実現した。一、主治医の診断に基づいた制限勤務を認め、通院・治療については職免(有給)とすること、二、休職期間中は働いていたものとみなして、昇給是正、退職金の勤続年数に算入すること、三、ケイワンの発症責任を認め、今後は働きやすい職場作りに努めることなどが確認書に盛り込まれた。

今後の課題

 古川さんが正規職員として復帰するとはいえ、まだ主治医は週ニ回の一日勤務、週三回の半日勤務を指示している。週に二回の治療や二週間に一回の診察は必要な状態だ。職場も決して「楽」ではない。再発しないように、よりよい職場環境作りを目指して、確認書を言葉だけにしないように、今後の取り組みも重要である。

 

(2005623日追加)かなり画期的と思うのですがやはりマスコミには無視されてます・・・
タイ人労働者の寄宿舎火災、審査官が業務上の決定。

 仲間と一緒に工場内の建物に住んでいて火災に遭ったティワコン・ワンナルさんのやけどについて、神奈川労働局労働者災害補償保険審査官は、厚木労働基準監督署の不支給決定を取り消し、業務上の決定をした。通達にも拘束される審査官の段階で、よほど新たな事実が出てこない限り、逆転業務上となることはきわめてまれであり、非常に画期的なもの。この間の経過を報告したい。

厚木労働基準監督署の不支給決定理由
 労働基準監督署が不支給とした理由は、ティワコンさんらが住んでいた建物は、労働基準法上の寄宿舎ではないということである。つまり、寄宿舎とは事業の必要上設けられるものであり、事業場の管理下にあるのだから、それなりの共同性や規律もある。それらが全くないと言う。署から説明を受けた時も、次長は何度も「全くない」を繰り返した。ちなみに会社の社長は、「物置」、「倉庫」と呼んでいたそうで、「とても住めるような状態ではない」と語っていたそうだ。

法律よりも現実を見よ
 代理人となったセンターは、まず「寄宿舎火災でなければ労災ではない」とする厚木署の考え方を批判した。署の言う「寄宿舎」とはあくまでも、法律で決められた抽象的な姿に過ぎない。現実として労働者が働くために、やむなく「不完全な寄宿舎」に住むことはありうる事だ。実際に川崎であった弁当屋の火災の業務上事例なども紹介した。さらに、センターの内部で議論した時に、天明所長が指摘した。

「『人が住めるような状態ではない』という言葉を全く反対の立場から語った人がいるよ」

その言葉は、196412月の故栗林三郎衆議院議員(当時、後の全国出稼者労働組合連合会会長)が、秋田県横手市出稼者労働組合会長高橋隆氏に宛てた手紙に見られる。「今、秋田県をはじめとして、多くの農民が出稼ぎに東京などに来ているが、その労働条件や生活状況は悪く、特に悪いのは宿舎設備で、人間の住むような状態ではない。これをなんとかしなくては、日本の農業はもちろん、人間破壊につながる」(「出稼運動の30年」、同書刊行委員会、19953月、76ページ)。出稼ぎ飯場の実状については、662月の中央労働基準審議会で、秋田の出稼ぎ者高橋典三さんが証言し、建設業附属寄宿舎規程の制定を訴えた。出稼ぎ者運動の高まりもあって、旧労働省は異例とも言える早さで、676月に建設業附属寄宿舎規程を交付した(684月施行)。そして、天明所長は、682月に上述の高橋さんグループの飯場を健康診断のために訪れて、「人の住めるような状態ではない」居住条件に驚愕した。室内には隙間風よけに板壁に古い畳を立てかけ、トイレは今にも壊れそうなコの字形の板囲いの中に、掘られた穴の上に二枚の木片を渡してあるだけだった。

このときに天明所長が撮った写真も審査官に提出した。当時の労働省が現実を直視して法律を改定した姿勢を評価しながら、厚木労働基準監督署の相反する姿勢を批判した。ティワコンさんらがなぜそんな所に住まなければならなかったのか。出稼ぎ労働者の現実は40年前も今も変わらない。さらに外国人(とくにアジア出身)は、ビザがあろうがなかろうが住居を借りることが非常に難しい、ひどい差別だ。外国人と結婚したある女性医師が言っていた。不動産屋に行くと、名前だけであからさまに嫌な顔をされる。ところが勤め先などを聞かれて、自分が医師であることを言ったとたんに、お茶が出てくると。

業務上の理由
 審査官は審査中に見込みを語ることはない。ただ、「むつかしいですね。」と言うばかりだった。しかし改めて同僚の聴取をするなど、丁寧に審査していることは伺われた。決定書によると、他に残業の状況、会社周辺の地理、バスの時刻表の確認などを調べている。その結果、ワンナルさんらの住んでいた建物は、「寄宿舎的意味合いが強」い。公共交通機関がなくなるぐらい遅くまで残業をすることも多く、出火前日も午後11時ぐらいまで残業があるなど、勤務実態に照らしても「当該施設の存在が事業運営上の必要があったものと推認でき」る。ワンナルさんらは「終業時間外においても事業主の管理下にあったものと認められ」、火災の原因も残業後の夜食をストーブで温めた後の異常燃焼(推測)であり、ワンナルさんの「恣意的行為も認められない」として、業務上災害とした。
 前日だけではない。決定書によれば、(日数の少ない)2月に、ワンナルさんは80時間、Sさんも60時間を超える残業に従事している。聞いてはいたものの、改めて火災当時の模様が記されている決定書を読んで、思わず涙をこらえることができなくなってしまった。実は火災の前日ワンナルさんは10時頃まで、Sさんは11時過ぎまで残業していた。そして眠っていた午前2時ごろ、火事に気がついたが、Sさんは疲れていたのか、起こそうとしたが起きない、やむなくティワコンさんともう一人の同僚は窓から飛び降りて逃げたのだ。

行政の姿勢を考える

 なぜ厚木労働基準監督署が業務外としたのか。調査姿勢そのものが間違っていたので、その内容も不充分だったわけだが、非常に理解に苦しむ。請求前から「労災にならない」とまで言っていたのだ。さらに会社も非協力的だった。会社も協力しない、労働基準監督署はダメと言えば、普通であれば「泣き寝入り」で済んでしまうところ。そんな中で、労働者の現実に、異国の地で帰国間際(だったらしい)に無念の死を余儀なくされた労働者に思いを馳せたタイ王国大使館労働担当官事務所の、労を厭わない、現実に即した対応に敬意を表したい。すでにタイに帰国されたティワコンさんの後続請求(医療費など)、そしてSさんの遺族補償請求も、同事務所の協力で行なうことになっている。行政がどちらを向いて仕事をすべきなのか、改めて考えさせられる事例であった。(川本)


(05
425日追加)
神奈川労働局交渉

 3月17日、県内の41の労働組合や被災者団体の春闘共同行動の一環として神奈川労働局交渉が行われた。約70名が参加し、みなととみらいのランドマークタワー21階の職安局の会議室は入りきれないほどだった。以下は各要求項目と各々のやりとりである。

1、製造業の「請負」・「派遣」業者の未加入労働災害、労災隠しが大変多い。事業場ごとの実態を把握するなどの工夫で加入を進めると共に、受け入れ企業に対しても厳しく指導すること。

[回答]昨年の労働者派遣法の改正で製造業にも派遣労働者が導入されるようになったので製造業を対象に指導を徹底している。未加入事業者への適用促進をはかり、また、あらゆる機械に未手続き事業の保険料の回収を行っている。

[コメント]昨年、県内の建設業関係者の死亡災害が増えていることが報道されている。04年は36人(2月25日現在の速報値)で全体に占める割合も54%と過去最高となっている。労働局は「元請け業者のリストラに伴う人員不足で、現場の安全管理体制が甘くなった。」と原因を指摘している。製造業でも事情は変わらないだろう。人員不足を派遣労働者で補うとしたら事態はなおさらのことだ。昨年は、県内で早くも派遣労働者の死亡災害が1件発生している。派遣労働者の災害防止が早急に望まれる。                     2、介護福祉職場において、労働法を全く守ろうとしないような経営姿勢が大変目立つ。自治体と連携するなどの方法で業者を把握して、集団指導を行うこと。[回答]厚生労働省作成のパンフ「訪問介護労働者の法定労働条件の確保のために」を1500の事業所に配付するなど介護労働者の法定の労働条件を確保するよう周知している。

3、いわゆる育児介護休業法の内容改正について、とりわけ保育園の待機者数が非常に多い自治体、病院関係者や当該労働者に直接周知徹底を行うこと。

[回答]今年の4月1日からの施行となるので説明会を開催して、周知徹底をはかっている。

4、厚生労働省が作成した「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」や「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰の手引き」などを周知徹底する中で、メンタルヘルス関連の労使問題に対応できるような相談体制を労働基準監督署に作ること。                         [回答]神奈川労働局・神奈川産業保健センターよりメンタルヘルスの相談窓口を案内したチラシを各事業所に配付している。2004年4月〜2005年3月に会社より200件、労働者から80件の相談があった。

[コメント]時間がなくて突っ込んだ議論ができなかった。会社の相談件数が多いことにも表れているように、この問題に対する会社の関心は高い。しかし、厚生労働省の指針や手引きがどれだけ事業主に周知されているか疑問だ。センターに相談があり、うつ病で労災認定を勝ち取ったSさん場合、いざこれから職場復帰を!と交渉に及んだが、会社はまったく職場復帰の手引きのあることなど知らなかったのである。せっかくよい手引きをつくってもこれでは絵に書いた餅だ。せめてメンタルヘルスで労災になった全ケースについて、職場復帰の手引きを周知し、指導にあたるべきではないか。

5、労災保険審査官が別の業務を行うことは不適切だとする、昨年の我々の指摘に対して、局はとくに問題がないと開き直った。ところが電話で本省に抗議しただけで、すぐに指導を受けて改めることとなった。このような単純な問題について交渉で解決、理解できなかったこと自体が問題である。改めてこの間の経過を説明して謝罪すること。

[回答]局としては、審査官の業務の低下があったはならないと本省に局の意向を説明したが、本省は要請と同様の見解を示した。謝罪するとともに誠意ある対応をしてまいりたい。

[コメント]本省に問い合わせて、「それは団体の言っていることが正しい」と言われて謝るなどいうみっともないことをする前に局独自の判断でなぜ謝罪できなかったのか。他のことでも本省に指摘されないと態度を改められないという局の体質は少しも変わっていない。再度猛省を促したい。

6、石綿の原則全面禁止を受けて、過去に石綿を取り扱った事業所に対して、退職者も含めた健康管理手帳の交付手続きなどの情報提供するように指導すること。[回答]過去に石綿を取り扱った事業所に対して、退職者も含めた健康管理手帳の交付手続きを指導していきたい。

[議論]団体ー昨年の局交渉では、石綿の原則使用禁止を受けて、県内で調査したところ、なお石綿製造していた事業所は96事業所のうち2事業場しかない。それも9月末で製造禁止になるということでしたね。その他、石綿布製造事業場2事業場、解体工事場が1事業場を除いては石綿は使われていないはずですね。局ーはい。

団体ーでも、この写真に映っているO工場の写真を見てください。石綿の断熱材が使われていますよ。

局ー?

団体ー石綿の断熱材は、今回の法律では使用禁止の対象にはなっていませんが、代替品に変えるなどの指導はすべきではないですか。こう工場では2人の方々が中皮腫で亡くなられているんですよ。

 といった具合で、局の石綿を取り扱った事業所の把握が十分なものではないことが明らかになったが、今回の要請の主旨は、すでに閉鎖された事業所も含めて過去に石綿を取り扱ったことのある事業所に対して、健康管理手帳の交付手続きなど周知徹底するように指導しろということなのだ。局は、それを昨年9月時点で石綿を取り扱っている事業所と取り違えている。それができなければ少なくとも過去に石綿が原因で労災認定になった事業所すべてに対して周知するべきだろ7、広島に続いて兵庫労働局でも裏金づくりが発覚、刑事処分までされている。職安部門における信頼感は地に落ちたと言っても過言ではない。貴局ならびに会計検査院などによる会計部門の調査結果を明らかにして、問題点、改善点があれば公表すること。

[回答]改めてお詫びしたい。当局においても内部監査したところ、特段指摘するような落ち度はなかった。不正はなかったが、今後ともこのような問題が起こらないよう特に注意し、未然の対策を講じていきたい。

[コメント]お詫びするのはいいが、問題は再発防止をどうするかだ。本省からの調査の結果と再発防止策を待つのではなく局なりの具体的なこの問題に対する取り組みが聞きたかった。

8、業種別最低賃金制度廃止に反対すると共に、全国一律に金額を引き上げること。

[回答]業種別最低賃金制度については研究会が開催され現在検討されている。この研究会に監察官は出ていないが、生保を下回るような最賃のあり方についてご要望の主旨は伝えていきたい。

9,地方自治体の英語補助教員の業務委託・委任化を止めさせること。

[回答]当該の事業所に対して、文部科学省初等中等教育局国際教育課長より各都道府県・指定都市教育委員会外国語教育担当課長宛に通知した「外国語指導助手の契約形態について」を配付し、英語補助教員の契約について派遣法に基づいて適切なな対応をとり、あわせて、優れたALT(外国語指導助手)については正規職員としての採用を図るなどの外国語の指導体制の充実に努めるとう指導している。

10、個別労使紛争のあっせん作業が形式的になり過ぎているので、使用者への説得や打ち切り後のフォローなどもきちんと行うこと。

[回答]現在、別紙のような個別労働紛争解決手段一覧を案として作成中である。これには、問い合わせ先として、従来の各労働センターや弁護士会、各弁護士事務所ばかりでなく各労働組合も任意団体として掲載し、労働組合による交渉も解決手段として示してある。

[議論]団体側からは、個別労働紛争解決手段一覧をつくることは評価するとしたうえで、裏に組合の一覧も掲載してもいいのではという意見が出された。しかし、これについては、個別の団体名は掲載できない。ここらが局としてのぎりぎりの限界だと回答。


0542日追加)
シックハウス症候群で画期的な労災認定
(共同通信が配信したのに、なぜかマスコミはほとんど無視)

 ()地球環境戦略研究機関(IGES)で働いたKさんのシックハウス症候群(「かながわ労災職業病」〇四年八月号参照)について、横須賀労働基準監督署は、三月八日付けで支給決定、職業病と認めた。Kさん以外にも多数の被害者がいること、新研究施設に引越ししてから二ヵ月後ですら厚生労働省の指針値とほぼ同じ濃度のホルムアルデヒドが検出されていたことを考えれば、当然と言えば当然ではあるが、非常に画期的な労災認定である。おそらく新築の建物のシックハウス症候群としては、初めてであろう。

 今後は、IGESや実際に建築した県の責任なども追及することになる。IGESなどは、有害物質の濃度は指針値以下であり、原因は不明、できるだけのことはしてきたと主張している。しかし原因ははっきりした。被災者の多くは退職してしまっており、実態把握は行なわれていない。事業主、あるいは建築主の責任として、被災者に対して、労災認定の事実を情報提供すると共に、健康実態を把握して補償をするべきである。また、そもそも工事が遅れて、完成したとはいえ、職員は悪臭に苦しんでいるにもかかわらず、理事会で来日する海外の理事らに披露するために?、引越しを強行した責任も免れないだろう。ちなみにIGESは、残業代未払いの労働基準法違反問題もあって、是正勧告を受けているのだが、それに素直に是正していない。地球環境戦略以前の、職場環境戦略に大いに問題があるようだ。Kさんが所属するよこはまシティユニオンが、団体交渉で要求していく予定である。(川本)


04年1月の活動から

旧国鉄大船工場で電車の改造作業に従事し、
胸膜中皮腫で亡くなられた加藤進さんに公務災害の認定!


旧国鉄、JR職員の石綿被害の掘り起こしは急務の課題

 旧国鉄大船工場で電車等の改造作業に従事し、石綿に曝露したことが原因で胸膜中皮腫を発症し、亡くなられた故加藤進さんに1月20日、公務災害の認定が下りた。中皮腫と確定診断されたのは、昨年9月3日だったが、その時はまだ元気で仕事をされていたのである。しかし、そのわずか3か月後の12月5日に病状が急速に悪化し、亡くなられてしまったのである。
 
加藤さんは、国鉄が分割民営化された1988年3月に同大船工場を退職し、その後プラスチック成型の会社に再就職し、亡くなられたときはまだ61歳という若さだった。11月6日の娘の結婚式には、入院中にもかかわらず花嫁の父として式場に参席する気力も見せた。しかし、その花嫁の父には余命いくばくも残されてはいなかったのだ。                         加藤さんは、1963年4月に国鉄の大船工場に入所した。当時、大船工場には800人近くが働いており、それぞれ電車等の解体、修理、改造の作業があったが、加藤さんは修理と改造の作業に従事した。修理の作業では、床下の制御器、抵抗器等の機器を下ろすときにエアーで吹いて掃除をする。その「抵抗器を吹くときはホコリがひどく、マスクもしていなかったため、粉じんをたくさん吸い込んでしまいました。」と生前の聞き取りで加藤さんは語っている。

また、床下機器の電気の配線工事では、電線の入った塩化ビニールのパイプに石綿でできた板状の断熱材を巻き付けていく作業もあった。「石綿をバケツに入れた水に溶すと、軟らかくなってパイプに巻いただけでよくくっつくようになります。この断熱材を巻いたパイプを梃子で抜いて、石綿の断熱材を破砕して落とすと、白い粉がパラパラと周辺の飛散します。マスクもしていないので、白い粉をたくさん吸ってしまった。」とも語っている。いずれの作業でも断熱材として使われていた石綿に曝露したことは明らかだった。

 公務災害として認定したのは国鉄精算事業本部東日本支社。旧国鉄職員の災害補償は、労災保険法ではなく、国家公務員災害補償法に基づいて旧国鉄が直接行っていたが、国鉄改革時には、旧国鉄精算事業団に移行し、同事業団の解散以降は、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備機構国鉄精算事業本部に引き継がれてきている。旧国鉄職員で中皮腫を発症して公務災害として認められたのは、京都府内の運転所に勤務していた立谷勇さん(「毎日新聞」2004年6月11日付け)、東京都品川電車区に勤務していた久富義孝さん(「毎日新聞」2004年7月2日付け)に続いて3人目と見られるが、石綿に関連した肺がんやじん肺でもいくつか認定された事例があると考えられる。すでに、亡くなられた加藤さんの葬儀のときに伝えられた中皮腫という病名のことで、同大船工場で働いて同名の病気で亡くなられた方の遺族からの相談が1件センターに寄せられている。加藤さんが働いていたJR大船工場は、鉄道マニアに惜しまれながら近々に閉鎖の予定ということだが、車両の修理、解体を行うJRの工場は、大船工場以外に全国で数多くあると言われている。これらの工場で働き、石綿に曝露された人々の被害が多数出ていることが予想される。旧国鉄、JRを問わず石綿被害の掘り起こしは急務の課題だ。


04年12月の活動から

横須賀市、市内小学校4校の吹き付けアスベスト除去すると回答

  12/15市有施設のアスベスト調査に関する緊急の要請 

横須賀市の市有施設の吹き付けアスベスト問題については、これまで関係5団体とともに副市長要請も含め4回にわたる交渉を行ってきたが、市側の回答は「調査に2年かかる」という煮え切らないものであった。しかし、その間にも市設のハイランド保育園の階段(天井)や粟田小学校の給食調理室のボイラー室(天井)に吹き付けアスベストが使われており、現場での緊急対応が必要な状態にあった。情報開示資料でも、浦郷小学校の階段(天井)、1階階段下倉庫で吹き付けアスベストが使用されていたことがわかっていた。           しかも、粟田小については8月に給食室の天井改修工事をしたにもかかわらず、アスベストの事前調査をした形跡がないこと。また、ボイラー室のアスベスト含有ロックウール吹き付けについては、相方の分析結果の違いについて判断をするためにクロス測定をしようとしないこと。浦郷小については、3月の調査で吹き付けアスベストがあるとわかっていながら、放置されたままになっており、対策が遅れたこと。ハイランド保育園については、結果的にはアスベスト処理工事に実績のある(株)浦賀興業が下請けとなって除去工事をしたものの入札による公正な業者選択という点では問題を残したことなど。「調査中」ではあれ、横須賀市側の対応に問題があることを明らかだった。そこで、以下の4点について、12月15日に緊急要請を行うことになった。

1.粟田小学校のボイラー室の吹き付けロックウールについてクロス測定をする こと。その際要請団体側のサンプリングを認めること。    

2.浦郷小の階段天井、階段下倉庫のアスベスト管理の状況と今後の除去等の対 策について明らかにすること。また、アスベストを発見した経過等とともに、 この間、現場職員や生徒・保護者にアスベストの存在を知らせない理由を明ら かにすること。

3.ハイランド保育園の吹き付けアスベスト除去工事について、説明し、工事報 告書等を資料提供すること。

4.市有施設全体の図面調査の進捗状況を報告すること。

 12月15日当日は、横須賀市側から鈴木健康づくり課々長、赤尾学校管理課々長、長谷川同課々長補佐らが出席した。

 当日のやりとりは要請項目に沿って行われたが、今回は学校管理課の担当者が出席して回答したこともあって学校の吹き付けアスベスト対策の進捗状況を詳しく聞くことができた。

先ず、1については分析結果が学校側でアスベスト含有無し、こちら側でアスベスト含有有りと異なっためにこのような要請となったものだが、サンプリングについては、団体側の負担において、やるなら認める方向で検討したいとし、クロス測定については、その結果に基づいて判断したいと回答した。

 2については、アスベストを含有していることを確認したので、飛散調査をしたところ、結果は0本に近かったので通常の使用状況では危険がないと考えている。なお、学校長からその箇所をひっかいたりしないよう指導していること。また、冬休み中にも撤去工事をすると回答した。

 3については、老朽化していたので予算化し、アスベスト処理工事の届出をして現在工事中である。工期は10月27日より12月20日まで。

4については、図面調査が11月に終了しているが、さらに現地調査を年度内に終わらせる予定とのこと。こちら側の要求項目の回答については以上の通りだったが、学校管理課は、さらに学校施設のアスベストの分析結果についても公表。それによると240検体中92検体の分析結果が出ており、うち5検体でアスベストの含有が認められたとした。校名、使用箇所、吹き付けの種類は以下の通り。

校 名     使用箇所      種類    含有率

浦郷小学校  階段、階段下倉庫  ゾノライト  2、9%

田浦小学校  倉庫        不明    41、7%

大津小学校  図書室梁      不明

北下浦小学校 階段室       蛭石 

 これらの吹き付けアスベスト含有施設については、この冬休みから撤去工事を行う予定ということだ。前回の10月19日の要請の時にハイランド保育園と粟田小に吹き付けアスベストがあることが明らかにされ、新聞にも取り上げられたため、迅速な対応を迫られたのであろう。とにかく、飛散の有る無しにかかわらず除去工事を実施することとしたことは評価したい。問題となったのは、生徒、保護者に情報提供するかどうかであった。私たちは、リスクコミュニケーションの観点から、アスベストの有無がわかり次第情報提供していくことを主張したのに対して、市側は即危険と感じる人、大丈夫だと思う人といろんな受け取り方があるので難しい問題だと情報提供については否定的な意見だった。この問題については、明確な回答を得られなかったが、少なくとも事前の説明会の開催など学校側の責任で情報提供していくことを再度要請した。いずれにしても、横須賀市の吹き付けアスベスト対策として、残りの148検体の分析結果を待つまでもなく、少なくとも学校管理課が管轄する学校等のアスベスト含有市有施設については、迅速に除去工事を実施していくことがはっきりしたと言えるだろう。今後は、全市有施設の吹き付けアスベストの調査結果が判明する来春に向けて、横須賀市に対して本格的なアスベスト対策の確立を求めていかなければならない。

 

04年11月の活動から


Y
さんの自殺労災認定される

 二〇〇一年の秋、会社から帰宅途中に行方不明になり、自殺されたYさんのご遺族が、先日労災認定されたことを報告に来られた。Yさんはある大手メーカーの研究技術者だったが、日常的にハードな業務の上に、昇進して勤務場所も変わった後にうつ病を発症。今回の認定は、そうした業務と病気との因果関係を認めたものである。

友人らが相談に

 二〇〇二年の春に、相談に来られたのは、Yさんの大学時代の友人だった。Yさんが亡くなる前の事をいろいろ克明に調査、記録されていた。その後Yさんの実兄も一緒に相談に来られ、会社の責任も問うとすれば、弁護士に相談しなければならないのだろうかなどという話もあった。

 労災や損害賠償請求の概略なども説明したが、Yさんには妻のS子さんと小さいお子さんがいるということなので、まずは彼女が労災の請求なり、会社と話し合いをするしかないことを説明。確かに記憶はあいまいになるので、記録を残しておくことは大切だとアドバイスした。また、S子さんが落ち着いて労災請求をする気持ちになるまでは、それなりに時間がかかるのが当たり前だというようなことを話した。

妻が相談に来られる

 その後一年以上経ってから、S子さんからも連絡があり、相談に来られた。労災制度のあらましを説明したところ、会社の責任を云々するつもりはないようだった。何よりも夫を突然失ったことの精神的なダメージの大きさが伺われ、遺族補償の時効は5年なのであわてる必要のないことなども説明した。その後、〇三年一二月頃、労働基準監督署に労災請求しようと考えて連絡したが、ちょっと要領を得ないのでということで電話があった。労働基準監督署もそんなに件数の多くない自殺の労災請求は、不慣れな点もあることなどを説明した。

約半年でスピード認定

 S子さんは〇三年一二月に労災請求した。上記の友人の記録を自分なりにまとめ直して、労働基準監督署に提出。労働基準監督署も丁寧かつ迅速に調査し、会社も協力的だったようだ。確かに研究技術職の日常業務に加えて、昇進や職場の変化など、認定基準から考えても当然業務上になる事例だ。しかし、やはりS子さんによると、「請求するまでは時間がかかったけれど、決めた後は、絶対に労災だと言う強い意志がないといろいろな事務作業をやり通せなかった」とのこと。〇四年七月に業務上決定が通知された。センターもほんの少しはお役に立てたかと思う。それにしても、遺族補償の労災認定は、うれしくもあるが、やはり悔しいものだ。改めて予防対策の重要性と共に難しさを痛感する。(川本)


04年10月の活動から

長尾さん東京電力を相手取って損害賠償裁判を提訴!

 今年の一月に「多発性骨髄腫」が労災認定された長尾光明さん(七九歳)が、一〇月七日に東京電力を相手取って、約四四三五万円の損害賠償を求める裁判を東京地裁に提訴した。

 労災認定以来、長尾さんが所属するよこはまシティユニオンは、直接雇用主であった石川島プラント建設や工事元請の東芝、そして被ばく労働をした福島第一原発を運転・管理する東京電力に対して、団体交渉を求めてきた。しかしながら三社とも話し合いのテーブルにすら付こうとしない。やむなく、「原子力損害の賠償に関する法律」に基づいた損害賠償請求訴訟を起こしたのである。
 この裁判の意義は、長尾さんの権利救済にあることは言うまでもない。そして、あまりにも表面化していない被ばく労働による被害を少しでも明るみにする闘いでもある。すでに提訴を予定する報道に対して東京電力は、労災認定はあくまでも労働者保護の観点からなされたものであり、因果関係が認められたと考えていないというようなコメントをしている。争うとすれば、確かに通常の民事損害賠償裁判と異なり、因果関係のないことを証明するしかない。しかし、長尾さんの労災認定は、厚生労働省が、「多発性骨髄腫」としては初めての請求と言うことで、わざわざ専門家を集めて検討した結果、業務上となったものである。中小企業の社長ならいざ知らず、過労死をはじめとする職業病についての厚生労働省の認定がいかに厳しいものであるかぐらい、東電は百も承知のはず。やはり他への影響を恐れているのであろうか。いずれにせよ、長尾さんの年齢や病状を考えれば、許しがたい対応である。一日も早い解決に向けて、法廷内外での運動の強化が必要だ。注目、ご支援を!
 なお、原子力資料情報室や原水爆禁止日本国民会議などと共に、一〇月四日には支援決起集会を開催し、「東京電力を告発する長尾原発裁判を支援する会」を結成した。当誌でももちろん報告するが、会員にはさらに詳しい情報を随時発信する予定なので、ぜひ入会をお願いしたい。メール、お電話でご連絡ください。


04年8月の活動から

Mさん公務災害認定勝ち取る!

地方公務員災害補償基金横浜支部のずさんな調査・決定を改善しよう!

事故から2年後の公務外決定

 横浜市環境事業局鶴見事務所の職員のMさんは、二〇〇一年九月三一日、ゴミの収集作業中に「ぎ