お便り

□□□■ 2001年の夏合宿で、国賠ネットワークにおけるインターネットの活用策が話し合われました。これまでも、メーリングリストの作成、掲示板の可能性などと並んで、ホームページの強化が話題になってきました。いわば懸案の課題です。今回、WEB全体の構成を再整理するのに併せて、対話能力の強化を試みます。ホームページを通じて、事務局メンバーや国賠ネットの会員、さらにこのホームページを訪れた全ての方々とのメールベースでの対話を実現します。 投稿は、kokubai_net@yahoo.co.jp 国賠ネット運用事務局 へお送り下さい。(2001.9)




[17] 「噂の真相」もんじゅ判決の件 つづき、[投稿] 福富、[投稿日] 2003..7.23

もんじゅの件[15]。その後、噂の真相編集部は慌てて返信を寄越しましたが、その内容は別添のとおり唖然とさせられるものでした。やむなく、再度の書面を送ったので、併せて掲載方お願いします。あとは次号での対応を見守りたいと思います。
 

[16] 7月8日公判報告、[投稿] 橘川、[投稿日] 2003.7.13

  (注)「山形大学もみ消し逮捕国賠」をすこし長いですが、教育機関・山形大学による事件「泥棒はウソのはじまりだった」国賠(山大生4名超不当逮捕・山大学寮不当強制捜査事件)へ改称し、略して「泥棒はウソのはじまりだった」山形大学国賠、または「泥ウソ」国賠と言う場合もあります。一部、古い名称が残っている箇所があります。お許し下さい。

 こんにちは、山形大学『泥ウソ国賠』原告の橘川です。この『泥ウソ国賠』のもととなっている事件は、学寮廃寮化攻撃の中で起きた卑劣な学生弾圧事件に他なりません。山形大学は、廃寮に反対する私たちの動向を調査しようと「泥棒」を日常的にはたらき、その事実が暴かれてもなお学寮を何としても廃寮に追い込もうとして、違法行為をもみ消すために被害者でかつ無実の学生を逮捕させたのです。私たちは、学寮廃寮攻撃を絶対に許してはいけないという考えから、この国賠に取り組んでいます。また、学寮廃寮化が全国的に進められている学生自治潰しの一環として行われたものである以上、この『泥ウソ国賠』に取り組むことは「大学再編」に対する重要な反撃としてあります。
 それでは、7月8日に行われた公判の報告をします。まず何よりも報告しなければならないことは、次回公判9月9日に原告二人の証人尋問を行い、それを以って証人尋問を打ち切るということを裁判長が宣言したことです。これは不当以外のなにものでもありません。私たちを刑事告発した張本人である当時の学長や、清掃員に密偵行為を指示していた当時の厚生課長といった超重要人物を法廷に呼び出し尋問せずして、いったいこの事件をどう審理したと言うのだ!不公正極まりありません。原告二人の証人尋問を認めることによって、原告の不満を「ガス抜き」しようという腹なのでしょうが、私たちは到底納得がいきません。
 普段は大した警備の体制がないのに、7月8日は警備の裁判所職員が数多く配置されていました。畑中裁判長は、最初から「証人尋問打ち切り」を宣言するつもりでいたと考えられます。「打ち切り宣言」後にいくら私たちが反論しても、畑中裁判長は全く相手にしませんでした。私たちの話など全然聞く気がない、という感じでした。そして畑中裁判長は、私たちが話をしているにも関わらず勝手に法廷を後にしてしまいました。「打ち切り宣言」から5分も経っていないことのことです。あんた何様のつもりだよ!
 この「打ち切り宣言」によって、裁判状況はいよいよ厳しくなってしまいました。このままでは、国の違法行為が何もなかったことにされてしまいます。あのような学生自治潰しのための強暴な弾圧を実質的に問題化することができなければ、今後ますます全国的に学生自治への攻撃が熾烈さを極めるのは必至です。
 ですから、9月9日で証人尋問を打ち切らせないよう、対策を講じなくてはなりません。私たちも弁護士と協議を進め、この危機的状況を何としても打開していきたいと思います。皆さんにも、これから裁判闘争として何をやっていきうべきか、何が有効であるかを是非考えていって欲しいと思います。また、9月9日公判にはこれまで以上の最大結集が求められます。今から既に予定を空けておいて下さい。お願いします!共に裁判の勝利を目指していきましょう!

 尚、7月8日の公判には、約40名の人が傍聴に駆けつけてくれました。駒場の学生有志もはるばる駆けつけてくれました。東北大学の日就寮からは15名もの寮生が駆けつけてくれました。公判後の報告集会では、裁判所の不当な姿勢に対する抗議の声が相次ぎました。その中でも『この国賠は全国的な学生自治潰しへの反撃として打って出た裁判なのだから、不当な裁判姿勢を乗り越えてやっていかなくてはならない。』という支援者の発言が印象的でした。まさにその通りだと思います。この国賠は、寮からたたき出されてもなお、学生自治潰しは許せないという思いから私たちから打って出た裁判です。私たちが、廃寮とされてもなお裁判闘争を続けるのは、学寮廃寮化が単に一大学の問題ではなく、大学再編のもとで、全国的な自治潰し攻撃としてさらに加速している現状を問題化していく一環としてこの国賠を捉えているからです。私たち自身が裁判闘争を選択した以上、現状の裁判制度の問題や裁判所の不当な審理を敗訴の言い訳にすることなどできません。私たちは、常に勝ちを追求していくしかありえません。これからの一ヶ月がまさに正念場です。絶対に負けられないという思いを多くの人々と共有して、頑張っていきたいと思います。

 それではまた。またあらためて証人尋問報告・具体的な支援要請をさせてもらいます。



[15] 「噂の真相」の件 HPへの投稿、[投稿] 福富、[投稿日] 2003..7.13

先に書いた(国賠ネットワーク No.82)噂の真相の件ですが、驚くべきことに、その後も何も返答のないまま、7月10日発売の8月号では、編集部・筆者ともに、おわびも訂正もせず、姑息にも全面無視の態度をとってきました。そこで、今日、添付ファイルの抗議文を送ったので、最初のものと併せてHPに掲載してください。ぼちぼち反撃開始です。
 文中に紹介しましたが、この判決に至る過程で裁判所は、問題の所在、専門的知識の共有化をはかるため、法廷外の進行協議を並行して進めました。月1回のペースで、計17回当事者双方と裁判官が、提出された書類や資料について説明を求め、疑問をぶつけあったのです。そのプロセスを経て、無知に基づく誤解や曲解の余地をなくして行った。その結果、国が正当性・妥当性を強調する安全審査の非科学性が明確となり、行政の既成事実の追認というそれまでの住民訴訟の限界を突破する判決が導きだされたわけです。
 噂の真相は、この国で日々生み出される無数の判決のなかで、最も論旨に合わない例を持ち出し、おまけに原発行政の犯罪性を擁護したことになります。
 というわけで、この経過をHP上に記録していきたいと考えます。
 

[14] 滋賀県サングループ国賠の全面勝利、[投稿] 水戸事件のたたかいを支える会 事務局長  平島武文、[投稿日] 2003..3.25

さて、昨日、「西のアカス事件」とも言われる滋賀のサン・グループ事件裁判の判決が出ました。
 加害者・和田の責任は認められるだろうが、「国の責任」についていは厳しいだろうという見通しでしたが、ふたを開けると「ほぼ全面勝訴」といってよい判決でした。

 「障害者」の雇用に関わる裁判で、国の責任が認定された我が国初の判決であり、非常に画期的なものです。

 私も、数年間傍聴に通い続けていたのですが、裁判長の雰囲気や訴訟指揮ぶりは良くなく、悲観的な予測をたてていたのですが、嬉しい誤算となりました。

 「国倍ネット」関係の国倍訴訟とは趣を異にする国倍裁判ではありますが、「障害者」問題にとりくむ者にとっては非常に意義深い判決でした。判決に関する「毎日新聞」の報道と、弁護団の声明文を私どものホームページに掲載しましたので、関心のある方はご覧ください 

 http://www.iris.dti.ne.jp/~globe/


[14] 「山形大学もみ消し逮捕国賠」弁論報告、[投稿] 杉山、[投稿日] 2003..1.23

一昨日の21日(火)、「山形大学もみ消し逮捕国賠」の弁論傍聴に出かけてきました。当日午前6時28分発の山形新幹線に乗り遅れ、10時の開廷時刻に間に合わない! あ〜〜、どうしよう。ああ〜〜!と焦りながら山形入りし、地裁のろうかをきょろきょろうろうろしてました。その結果、めざす弁論は午後1時半の開廷だったことがわかり、ふ〜っと安堵のため息を大きくついていたのでした。あぁ、よかった〜!ホントに。
で、傍聴券の抽選会場でボクは1番の整理券をゲットし、本番の抽選でも、赤い竹ひごをを気合いで引き当てました。(ちなみに土屋さんは前夜の飲み会疲れからか「はずれ」だったようです。)
そうこうして始まった山形地裁本日のメインイベント「山形大学逮捕国賠弁論」です。今日は、スパイ行為をしていたと思しき清掃員に対する証人尋問です。

「情報を集めることは悪いことだと知ってたけれども、それでも業務の内容だと思っていましたか?」(原告代理人の舟木弁護士)「はい。思ってました」(元清掃員Y氏)

「それは誰かに命じられたのですか?」(女性裁判長が質問。なかなか気配りのきく好印象の裁判官、と見ました。傍聴人に対する配慮の姿勢を示すところなどはなかなか心憎い!)

学生寮で「窃盗」を働いていたY氏に対する証人尋問が、午後6時半ごろまで延長して行われました。その清掃員を問いただしたがために、なぜか逆に逮捕されることになってしまったかわいそうな学生クンたち。その彼らとなごりを惜しみ、一杯やる暇もなくボクは東京行き最終の山形新幹線に乗ったのでした。


[13] シンポジウム「司法の崩壊ー警察・検察・裁判の正義を問う!ご案内、[投稿] 木村、[投稿日] 2003..1.14

きたる1月25日、下記のシンポジウムを行うことになりましたので、よろしければhpに案内を載せていただけないでしょうか。
お手数をかけますが、よろしくお願いします。

シンポジウム「司法の崩壊ー警察・検察・裁判の正義を問う!!」
 名古屋刑務所での暴行事件、神奈川県警での被疑者取調べ中の「誤射」。今の警察・検察・裁判をどこまで信頼できますか? 「裁判は正義が実現されるところ」と単純に思えるほど、今の司法界は間違いを犯さないわけではありません。 たとえば、「桑田裁判」があります。山口組の最高幹部の一人・桑田兼吉さんが有罪判決を受けました。傘下組織の組員の拳銃所持を指示したという、「共謀共同正犯」の罪に問われたのです。
 しかし、事件を追い続けたジャーナリストは「えん罪だ」と断定。さらに「現在、最高裁で争われているが、これが判例となったら、誰でも逮捕されかねない、極めて重大な裁判」と指摘しています。にもかかわらず、ほとんど報道されていません。
 そこで、ニューヨーク市立大学の霍見芳浩教授を招いてシンポジウムを開催することにしました。教授に日本の司法の現状を改めて分析していただくほか、「桑田事件」をはじめとしたえん罪事件をテーマに、弁護士、ジャーナリストのパネルディスカッションを行います。
 また桑田さんの長男・健吉氏にも、「息子としての訴え」をしてもらいます。 「やくざの事件は私には関係ない」「犯罪者だから何をしてもいい」と思うのは間違いです。検察・司法・法務の人権無視・人権侵害には、市民全体で闘っていかなければなりません。
 司法は、正義が実現されるための、最後の砦なのですから。
日  時*1月25日(土曜日)  開場*12:30 開演*13:00 終演*16:00
場  所*銀座ガスホール(中央区銀座7-9-15)

基調講演*霍見芳浩氏(ニューヨーク市立大学教授)
報  告*桑田健吉氏(桑田組長の長男)
報  告*目森一喜氏(『司法の崩壊』著者)
パネルディスカッション*
霍見芳浩氏+下村忠利氏(弁護士)+斎藤三雄氏(内外タイムス記者、『司法の崩壊』著者) 
資料代*500円
主 催*シンポジウム「司法の崩壊」実行委員会
事務局*現代人文社


[12] 証拠開示ルール化を求める集会のご案内、[投稿] 安田 、[投稿日] 2002.11.27

02/12/6(金) 18:30〜 東京・星陵会館(地下鉄 永田町駅下車 6番出口)
「えん罪・誤判はどうしたらなくせるか――司法改革と証拠開示のルール化を考える」

部落解放同盟中央本部の狭山事件担当の安田です。添付しました案内(予定のなかの「はみだし情報」に載せました)のように証拠開示のルール化を考える集会が開かれます。日本政府は国際人権自由権規約の第5回報告を国連に提出、来年には自由権規約委員会で審査もおこなわれる予定です。冤罪を教訓にした証拠開示ルール化を司法改革に求めていこうという運動です。当日はいろいろな冤罪事件が集まります。阿部弁護士に松山事件と仙台筋弛緩剤事件の報告をしてもらうことにしています。
国賠ネットの皆さんにもぜひお知らせください。


[11] 取調室にて警官が容疑者を銃殺、 [投稿] 通行人乙、[投稿日] 2002.11.25

◆ HPの紹介
  戸部署容疑者銃殺疑惑 http://www.independence.co.jp/police/tobe/
  ザ・スクープ     http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/index.html

◆ 事件の概要
 神奈川県警戸部署に逮捕され取調中の97年11月に、証拠品の拳銃で自殺したと発表された男性の遺族が県に慰謝料など約900万円を求めた訴訟の判決が、02年11月22日、横浜地裁でありました。判決は、「警察官が引き金を引いた」と認定し、県に500万円の支払いを命じました。

◆ 県警の主張
 2人しかいなかった取調室で、男性が警察官の目を盗むことができたのは、警察官が床に落ちた封筒を拾い上げる5秒間しかなく、その間にポリ袋の中から弾を抜き取ることが可能であると主張していました。
 又、男性が拳銃に弾を装てんした際は、下を向いて供述調書を作成していたので気付かなかったと、更に偶然が重なった事故であると主張していました。
 県警は「男性が署員に気付かれないように弾を込め、自分で発射した。自殺を予測することも回避することも不可能」と主張していました。

◆ 証拠の隠滅工作
 県警の実況見分調書では、午後3時に実況見分が始まっていたことになっていますが、この時刻の10分後に救急隊員が男性の搬送を始めています。即ち、「救急隊員が在室していたはずで、実況見分に着手しようにもできるはずがない」のです。(注:男性は、搬送先の病院で死亡が確認されました。)
 しかも、その実況検分調書には、室内に拳銃を包んでいたビニール袋が残っておらず、床などに血痕がほとんどついていないことなど「事件直後にしては整然としている点が多い」のです。
 すると、「男性は左ききなのに右手で引き金を引いた」という県警の主張は不自然であり、「遺体の状況から銃口は体に密着していない」のですから、遺族のいう「取調室にいた署員が発射したと考えるのが自然」とするのが通常人の認識です。

◆ あまりにも稚拙
 本件は、県警が事件を隠滅するのに、あまりにも見え見えで稚拙な対応をしており、その主張が不自然であるのに、裁判官があきれかえったと判決文を読みとる事ができます。
 しかし、別途に告訴を受けた検察は、これを不起訴処分にしています。ほんの少し捜査すれば判明する事実から「ほおかむり」を決め込んでいるのです。
 市民から刑訴法として命令を受けた捜査機関が、その付託に応える日はいつ来るのでしょうか。   (通行人乙)
(注)同文を令状の会メーリングに投稿しました。


[10] クジラをめぐる報道に対するクレーム、[投稿] 福富 、[投稿日] 2002.5.28

 以下の小文は、国賠とは直接関係ありませんが、IWC総会とクジラ問題に関するテレビ朝日「ニュースステーション」の報道ぶりに呆れて異議を唱えたものです。当然のごとく、何の反応も返ってきていませんが、同番組のその後のIWC総会・クジラ関係の報道は、故意か偶然か、問題とした報道および特集との関連性を喪失した、きわめて短時間の内容的にも踏み込まないものに終わりました。
 言論統制法制が有事法制と併せて整備されようとしているなかで、メディア自体の不勉強、怠慢と傲慢、自主規制を意識するにも至らぬビビリ体質などなど、総じて著しい質の低下が進行していると考えるのですが、そのひとつのパターンがここに現れていると思います。言論統制へのもろもろの動きについては、最悪の展開をも予測しつつ、市民的な情報交流と自由で大胆な表現活動を市民自らが広範に保障していく態勢を準備していくことが必要でしょう。
 不当な言論統制が現実化する危険に対して、「訴訟を提起する道が開かれている」などという弁解が政府の見解として平然と披瀝されているだけに、国家を相手取った国賠訴訟が現実にどのような展開を示すものであるのか、国家の対応がいかなるものであるのかを執拗に暴露していくことはますます重要になってくるようです。 (2002年5月28日 福冨弘美)
 添付  「クジラをめぐる報道に対するクレーム」


[9] 「公安調査官が出廷」、[投稿] 野田 、[投稿日] 2002.4.15

 お世話になっております。元公安調査庁職員の野田敬生と申します。
 私が国・東京都を提訴している国賠裁判において、事件をでっち上げた張本人の一人である公安調査官が証人として出廷しますので、ご参考までに日時等をお知らせいたします。

 2002年4月23日 午前10時から12時
 東京地裁631号法廷
 証人尋問 井上勇

 現職の公安調査官が法廷で証言することなど、1952年の庁発足以来、極めて稀有なケース。
 今後滅多にない機会のように思いますので、ぜひ傍聴方お願い申し上げます。

■ 公安調査官井上勇(自称被害者の男)
 168-0062東京都杉並区方南2-14-6法務省方南職員宿舎管理人室 
 http://www1.neweb.ne.jp/wb/kouan/sdecchi.jpg (手前の男)
■ 参考資料
 http://www.intacc.ne.jp/magazine/kodansha/gendai/backno/back_2000_12.html
 http://www.uwashin.com/2001/edit/dai0009.html 
■ 事件の概要 ※写真あり
 http://www1.neweb.ne.jp/wb/kouan/s2.htm
■ ついに暴露された虚偽申告
 http://www1.neweb.ne.jp/wb/kouan/s3.htm
■ 組織ぐるみのでっち上げ工作
 http://www1.neweb.ne.jp/wb/kouan/s4.htm
■ 公安調査庁のトンデモ調査活動 ※写真あり
 http://www1.neweb.ne.jp/wb/kouan/s5.htm




[8] 「総監公舎事件」「松山事件」国賠上告棄却と「土田・日石」国賠控訴審実質敗訴判決について」、[投稿] 福富 、[投稿日] 2001.12.31

 2001年も押しつまってから、立てつづけに出された冤罪国賠訴訟に対する判決・決定には、この国の司法が直面している問題の一角がよく現れている。 12月20日に同じ最高裁第一小法廷(藤井正雄・井嶋一友・町田顕・深沢武久)が出した「総監公舎」「松山事件」の上告棄却は、検察官の起訴違法を認めるかどうか、再審事件の賠償責任を認めるかどうか、という2点について、拒否するうえでは最も手ごわい、難しいケースに対する安易な結論だった。そして、12月25日の東京高裁21民事部の「土田・日石・ピース缶事件」控訴審(石垣君雄・橋本昌純・蓮井俊治)の一部原告勝訴判決は、先行した「ピース缶事件」井上国賠、「総監公舎」国賠に歩調を合わせるものであった。
 再審事件国賠に対する最高裁の姿勢は、早くから定まっていたようにみえる。おそらくは、刑事再審の門を開いた段階で「再審は認めるが、国賠までは認めない」ことが前提におかれていたふしがある。先行したのは、再審の門がどうのこうのという以前の問題として真犯人が登場してしまった弘前事件(弘前大教授夫人殺し)だった。1949年発生のこの事件は、1953年の上告棄却で那須さんに懲役15年が確定、1963年に仮出獄し、時効成立後の1971年再審を請求し、1977年仙台高裁で真犯人の供述の信用性が認められて再審無罪が確定した。同年、国賠訴訟を提起し一審青森地裁弘前支部は、1981年、検察官の起訴・公判維持の違法を認めた。松川事件以後では、札幌地裁の芦別事件国賠一審判決に続く成果だった。そして、ここから巻き返しが始まる。芦別も弘前も国賠二審は全面敗訴となり、たちの悪い判例を残して確定した。
 とくに再審事件については、裁判官の責任が問われる。これを断じて認めないことが最高裁の考え方であり、そのために、弘前事件国賠では「裁判官がその権限の趣旨に明白に背いて裁判をしたと認められる特別な事情」という身勝手な基準を設けた。要するに、裁判官が異常行動を示し、あるいは特定の利害のために裁判官の地位を利用したという、それ自体が刑法に抵触するような行為が明らかであった場合のみ、裁判官の違法行為を認めようという。もちろん、この基準はこの国の司法にとっても、あまり自慢できる代物ではないし、現在、そのいんちきさを具体的に暴露しつつ、この壁を突破しようと奮闘中なのが遠藤国賠である。
 ところで、この基準を検察官にまで拡大することを法務省はめざしている。「自白が存在する限り起訴は違法でない」ということが、実質的には芦別以来の国賠請求排斥の理屈だが、それをストレートに言ったのでは、自白偏重・自白至上主義という前近代的思想が現代司法の根底にあることが露呈してしまう。そこで、裁判官の場合ほど露骨な基準の設定は避けるとともに、さまざまな屁理屈が展開される。しかし、現実の「総監公舎」国賠をみても、国側はまさに、この世に冤罪や虚偽自白など存在したことがないかのような前提のもとに、検察官の違法がどれほど例外的な異常行動を示した場合などに限定されるべきかについて、当方の侮蔑と悪罵にもめげず、平然となりふり構わず主張しつづけた。
 そして一方では、学歴のある者や反体制活動の経歴をもつ者の自白の重みを強調する。その主張を論理的に整理すれば、「自白がある限り、検察官の責任が問われることがあってはならない」ということにしかならない。つまりは、警察はなにがなんでも自白をとってこいということである。共犯事件なら、1人でも自白を獲得すれば、もう一つの魔法の理屈「共同共謀正犯理論」でしのいでいける(刑事裁判はともかく、国賠裁判では)。 裁判官と検察官を治外法権的安全地帯に置く。その責任を追及させないことが、国家という名のこの国の官僚支配システムを維持する基盤となる。裁判官の安全を確保するには検察官の安全を確保する必要がある。エラそうにしがちな裁判官に、その点の理解を深めさせるためにこそ、国の代理人として国賠を経験させる「判検交流」は推進されている。
 そんなわけで、起訴違法を認めないことが、いまの司法システムを維持していくうえで生命線になってしまっている。ついでにいえば、現在の司法改革なるものは、その延長線上からはみでるものではないし、運用レベルでは、それを強化する方向で固められていくことが十分想定される。もちろん、こんな考え方が賢いとは到底思えない。かつて、どこぞの国の権力者と軍隊のボスたちは「満蒙は日本が生きていくための生命線だ」「北支が生命線だ」と突っ張って、侵略と自滅への道を突き進んだ(満蒙とは旧満州=中国東北部、内蒙古=内モンゴル自治区、北支=華北地方を指す)。この手の論理には先行きの展望というものがない(ブッシュ軍需産業ファミリーとも共通して)。
 その起訴違法の貫徹がピンチだった。あらゆる屁理屈が駆使されては粉砕された。フレームアップ事件の現実を前に、捜査と起訴・公判維持を合理化する理屈は成り立たなかった。そこで、出てきたのが、理屈面では無理屈に徹することであり、他方で警察に責任の一端を負わせることでしのごうという、いかにも小役人の考えそうな手法であった。その点で、原告全面敗訴の「土田・日石・ピース缶」一審判決はやりすぎだった。最高裁に来る前に手直しが必要とされたのであろう。
 井上国賠では、民間人偽証者が被告の一員とされたことを利用して、これに2百万円の賠償責任を押しつけて済ませた。「総監公舎」国賠では、公舎事件自白のきっかけとなったことが明白な火取のペテン(死刑ないし懲役7年以上の爆発物取締罰則違反で逮捕・起訴する予定でありながら、強烈な取り調べの最後に、罰金刑ですむ火薬類取締法違反事件で扱う、すぐに保釈で出られるとだまして屈服させた)が、露呈していた。隠し通すつもりだった火取による自白調書が、「自白者」たちのがんばりによって刑事審で開示せざるを得なくなったためだ。そこで、この取調べ方法は違法とせざるを得なかったわけだが、5人の合計で3百万円(自白なしの2人に各80万、最初の火取自白者に60万円、もう1人に50万円、そして爆取逮捕したもののアリバイ成立で起訴できず、別件のみの起訴で終わった1人に30万円)を支払ってお茶を濁すという。
 こうして相場が形成され、土日では堀さん1人だけ認めて百万円という話になった。昨年初めの清原和博名誉棄損事件の東京地裁判決で、週刊現代に対し、名誉棄損では画期的な1千万円の支払い命令がでた。以後、政治家とタレントによる週刊誌を対象とする名誉棄損訴訟で従来にない「高額」勝訴が相次いだ。人権が安いこの国で、名誉棄損の代償が高くなるのは当然であり、まだまだ安いが、その陰では東京地裁の民事裁判官による政治家らに対する週刊誌スキャンダリズムに対する牽制としての「談合」説が伝えられたりしている。百万円前後の相場にも、公然または暗黙の「談合」があったと考えておかしくはない。私としては、先の対宮崎学『突破者』訴訟(公安調査庁のスパイだったことが露見したあの宮崎君)の和解交渉の場(相手方は同席していない)で、東京地裁の民事裁判官が「福冨さん、やっぱりこういうのには相場みたいなものがありましてねぇ」と話していたのが、生々しく思い出されてしまう。
 それにしても、他人の人生を破壊しておいて、加害者側に百万円だけ支払えとはどういうことか。この金額にこそ、裁判官たちの、国家が行った人権侵害に対する相場観が見事に示されている。それが一審・二審・三審の印紙代に及ばない額であることを、彼らは認識しているのか。あるいは、最低限の元手である印紙代だけ返してやればいいじゃないかと思っているのか。井上国賠のように、それを民間人に肩代わりさせられれば、それに越したことはない。民間人なら2百万ぐらいは払うべきだろう。というその思考過程は手に取るようにわかるとも、想像もつかないともいえる。「土田・日石」の判決文はまだ見ていないが、判決要旨をみても、この部分的違法を認める理由を述べるのに、裁判官らがいかにあちらこちらに気兼ねしつつ、遠慮一杯に(被害者に無遠慮に)ぐちゃぐちゃ言い訳する心境になっているかがわかる。
 そして注目すべきは、「土田・日石」では賠償責任を1人にしか認めていない点であろう。「総監公舎」では、前記のように、2人に対する違法取調べについて、爆取起訴をされていない者も含め、否認組(のほうが高額)に対する賠償責任を認めている。この点は支払いを命じられた東京都が、上告審でほかの3人になぜ賠償しなければならないのかが理解できない、と主張したところでもある。もちろん、そんな理屈はいかにいんちき裁判所でも通りようがない。その自白がなければ、爆取逮捕も起訴も30年も続く裁判もないのだ。「土田・日石」では、やはり開示を予定されていなかった、個々の被疑者に対する毎日の取調べ報告書が開示されており、そこに取調室の様子の一端が露呈している。当然、形を整えたものにすぎないが、上司に提出するためには、取調官としての努力のあと、自白強要にいかに努力し、そして最後にいかにして成果を上げたかは粉飾を交えて書かないわけにはいかない。「総監公舎」でもこんなものがあったなら、と思ってしまうけれど、なにぶん同じ警視庁公安部による「土田・日石」は「総監公舎」の経験を踏まえてのフレームアップだから、最初はこんなに詳細な取調べ報告書はつくられなかった。
 それはともかく、ここでは「総監公舎」における東京都の言い分(せめて関係した自白者に対する賠償だけにとどめてほしい)を通した形であって、否認者を排除したことと併せて上告審では徹底的に論理の不整合と現実無視を追及していくべきだろう。否認を通したやつに賠償の必要はない、なんて考えは立派な憲法違反にほかならない。
 判決を書いた上記四つの裁判の裁判官たちは、結局ほとんど準備書面も刑事訴訟記録も読まずに裁判を終わらせたことになるが、30年前からの膨大きわまる記録を確認しつつ、膨大な論点にわたる準備書面を執筆し、必要部数分のコピーを取り製本する作業が、どれほど時間を奪い取り、骨が折れ、コストのかかるものであるか、高給が毎月毎年保障されている身には見当もつかないに違いない。
 10余年の刑事裁判に加えて15年も16年も要した裁判闘争に対し、百万円とか、80万円とか30万円とかの賠償責任を認める裁判所は、人権に差別を設けることを認めているに等しい。小泉純一郎は、失業率急増についての記者の質問に対し「平和であるだけましなんじゃないの。アフガンに比べれば天国だろう」と差別思想丸出しに答えている。地球の最貧地域で、食い物の夢を見る気力さえなくして死線をさまよう人たちに、ほんとうに恥ずかしながら、私たちが連帯できる行為の一つは、この日本国から少しでも多くの賠償金をもぎとっていくことだろう。百万円には、差別主義者の人権思想がにじみ出ている。


[7] 総監公舎」国賠上告棄却について(2)、[投稿] 福富 、[投稿日] 2001.12.22

 松永さんからは、「がっくり来ていないか」とご心配いただきました。 まさにがっくりもがっくり、腰が抜けて一気に老け込み、再起不能と思われます。というのは大うそで、元気はっつらっつ、とはいかなくても、心身普通というか、とくに急変もなく、まだ当分はつかいものになる状態であろうかと思います。とにかく、最高裁の判事、調査官などを務める卑怯で傲慢な小役人どもの下手なペテンぐらいにがっくりなどしてはいられません。ただし、それにしてもこれほど愚かな対応しかできないことに対しては、にわかに信じがたい思いにとらわれてしまいます。なにをそんなに脅えまくっているものか、あるいは、それほどまでに楽をしたいのか、と。
 1月末まで仕事でべらぼうに忙しく、第2報がおそくなりました。 棄却ということなので、けちをつけられないために、どれほど短小な書き物を送ってくるかと思っていたところ、まさに短小もきわまるものでした。以下に全文を紹介します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・主文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 本件上告を棄却する。
 本件を上告審として受理しない。
 上告費用及び申立費用は上告人兼申立人らの負担とする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・理由・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 1.上告について
 民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、違憲及び理由の不備・食い違いをいうが、その実質は事実誤認または法令違反を主張するものであって、明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。
 2.上告受理申立てについて
 本件申立ての理由によれば、本件は、民訴法318条1項の事件に当たらない。よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
 平成13年12月20日
 最高裁第一小法廷 裁判長裁判官藤井正雄、裁判官井嶋一友、同町田顕、同深沢武久
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 以上のとおり、これ以上でも以下でもありません。狙いどおり、論理的批判不能の、いつもどおりの「無敵の理屈」としては、よく書かれているというべきでしょう。
 振り返れば、一審判決は、主に国の準備書面の記載に基づいて、原告主張と刑事裁判記録のなかみ、事件の成り立ちについて無知であることを武器に、臆面もなく原告主張を片端から排斥するものでした。
「捜査官らが不正な意図をもって、この目撃者に関する捜査を行った証拠がない」「自白供述の客観的事実との矛盾は、そのような供述がなされた理由が不明だから捜査官の誘導とはいえない」「被疑者が何らかの理由から、事実に反する供述をした可能性がないとはいえないから、取調官の誘導がっあったとはいえない」「供述の半年も前におこなった爆弾のセット方法や、構造、外形などについて、記憶違いがあっても不自然とはいえない」等々。
 控訴審で、この判決の没論理性と非科学性、虚構性を逐一指摘し、そもそもの原告主張を読んでいないために、幻の主張を排斥している事実を具体的に指摘しました。すると二審判決はその一審原告主張を読むどころか、一審判決の要旨だけを拾い読みして、ただただ、「一審判決の認定に誤りはない」と繰り返し、一審判決を1割の分量にまとめてしまいました。理屈の展開はなしです。
 そこで上告審。違憲主張は実質事実誤認の主張だと?! ゴム印を何種類か用意しておき、無罪国賠なら「1号ゴム印」を押せばすむだけの書面をつくるのに、4か月もかかったという(そういえば、こっちは3か月足らずとはいえ、心血注いで、だれであれけちのつけるには困難な力作を書いたものだった)。松山事件国賠アウト、総監公舎事件国賠アウト。不況下でも高いボーナスが出たことではあるし、これですっきりした気分で年を越せるというものでありましょう。
 それにひきかえ、こっちは、がっくりはこなくても、大変な事態です。まるまる30年ぶりに、裁判のない生活に戻る。もう書面を書かなくてもいい。ということにはなるわけがないのであって、この国で人民に対して行われている統治のシステムのありようについて、その実態の非人間性とお粗末さかげんについては、いくらでも書き続けてていかねばなりますまい。
 そしてそれ以前に、国から賠償金を取り立てられないとなると、30年間の戦いのために生じた数千万円の債務をどうするか。これからは、目一杯稼ぎのために働くことができる。目先の現金になることばかりでなく、まとまった仕事もできるかもしれない。とはいっても、この先、生きられる時間には限りがあるのが困りものです。もっぱら好意で用立ててくれた人たちを考えれば、胸は痛むばかり。負けることなど、考えたこともなかったけれど、この結末では詐欺を働いたのに等しいことになってしまう。もちろん、30%近い高利を取る高利貸しに対しては、全く胸痛まないものの、それと縁を切ることもむずかしくなる。
 愚痴はともかく、上告審批判=控訴審判決批判=無罪国賠裁判批判は、なによりも上告理由書であらかじめ済ませてあるので、かくなるうえは上告理由書をそのままweb上に開示しようかと思います。上告理由書本体32ページ、同補充書本体22ページ、上告受理申立て理由書本体7ぺージ、同補充書本体7ページというところで(資料編を除く、A4)、一審・二審の膨大な準備書面とちがって大した分量ではありません。現在、OASYSフォーマットのフロッピに入っているので、よろしければ以前のようにDOSテキストにコンバートして送ります。ただし、官憲以外の固有名詞は伏せなければならないので、その処理などに多少時間がかかります。


[6]  最高裁が総監公舎国賠の上告棄却、[投稿] 福富、[投稿日] 2001.12.21

本日12月21日の朝日、読売、産経にべた記事が出ていますが、最高裁第一小法廷は公舎国賠に対し、上告棄却、受理申し立て却下を決めたようです。ようだ、というのは正式な通知がきていないからです。昨日の夕方、代理人の事務所に前記決定が出た、書面は本日送付するとの連絡があっただけ。たぶん、今日中に判決文ガ届くのでしょう。夜になってから読売が、決定がでたことを伏せたまま、訴訟について聞いてきたので追及したところ、結論だけ連絡を受けたということで、午前0時20分にネットの読売ニュースに記事が入っていました。
最高裁は姑息にも、当方が会見を開いたり、記者が取材をかけにくいように精一杯配慮をつくしたのでしょう。どうせ棄却では大きな記事になどならないのに。ともあれ、怒り心頭も限界越えというところで、はて、どうしてくれようか。第一小法廷は今度女性が入って大出というやつと交代しますが、あと2人定年控えで、この3人、いずれも判事、検事、高級官僚あがりの度し難い連中、入れ替え前に松山事件ともども年末の滞貨処理を行ったわけです。
以上、判決、決定未読段階のリポートです。


[5] 裁判官を訴えた裁判の経緯について、[投稿] 田村 、[投稿日] 2001.12.4

1 捜査官の違法を訴える国賠事件
 ここに、不退去罪の現行犯として逮捕された直後の私から録取したとする弁解録取書があります。しかし、警官が読み聞かせたとする文書は法廷に存在しません。そして、実際に逮捕者である警官がどの様な犯罪事実があると認識していたのかは、国並びに県が「陳述不要」  「自分で考えろ」と主張するのですから、突然逮捕された私に分かりようがありません。
 そこで、私は、何にも分からない状態で逮捕留置勾留されたのは違法であるとして国賠法上の賠償を求めました。対して裁判所は、この様な状態にあっても国賠法上の違法はないと判決しました。しかし、その前提となる犯罪事実がどの様なものであったかを特定することなく、逮捕留置勾留した公務員の行為が適法と判決することがどうして可能なのでしょうか。
 
2 裁判官の違法を訴える国賠事件
 逮捕留置勾留が適法であるためには、犯罪事実が被疑者との関係において、明瞭で確定的でなければなりません。私は、これが憲法34条が規定する被疑者の権利であり、刑法逮捕監禁罪の違法性阻却事由であると考えます。すると、「裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情がある」との国賠法上の違法が成立します。
 私は、「特別の事情」とは、告知の法的義務を負っている国並びに県から犯罪事実の告知をした証拠と主張を裁判所は有さない事であるとして、新たな国賠を提訴しました。すると、被告(裁判所)は私の主張を全く争いませんでした。しかるに、その判決は、告知なき逮捕留置勾留・犯罪認識のない身柄拘束を適法と判断した裁判官の行為が「特別の事情」ではない理由を示さずに、私が「特別の事情」を主張していないと判決するのです。
 
3 許せないよこんな裁判
 ここまでが、第1審です。全く弁論が成立していません。ここまでの裁判所は国民が提訴した理由に対し判断していません。かかる裁判官による、被告の弁論拒否認容とと結審強行が、害意無くしてできるものでしょうか。第2審の判決は、平成14年1月23日に言い渡されます。
 
追伸
 私は、この様な自明の理又は法的無学者の主張を、無料で議論して貰える場所を国賠ネットに求めています。それは、これは自明の事ではない=高尚な法律論議は市民の義務ではない、と考えるからです。  (参照 通行人乙の国賠



[4] 遠藤国賠弁論終結、[投稿] 杉山 、[投稿日] 2001.12.4
 「判決をするに機は熟したものと認め弁論を終結します…」裁判長が宣言する。「遠藤国賠」の弁論が終結した。終わることのない弁論、そういつのころからか思いこんでいた弁論がうち切られた。
 「弁論を3回で終わる、とも、3回はやる、とも当裁判所は言ったことはありません。それぞれの場面で必要があればやるし、必要がなければ、やらない。そういうことです」前々回の弁論だったか、裁判長がそう言っていたことが思い出される。思えば、あの時すでに、今日でうち切ることにしていたのに違いないと思った。
 控訴人・遠藤さん側が申し立てていた筆跡鑑定や、裁判官の証人申請を不要だとして、ことごとく却下した。これで判決が書けるのだという。ろくな証拠調べをしないでなされる判決、それは一体どんなものなのだろうか。
 最後に、今回の弁論中行われた遠藤さんの本人尋問のことを一つ。「私に有罪判決を書いた裁判官が、何ら責任をとることなしに、今でも他の事件を裁いている。また同じ過ちをくり返すじゃありませんか。…」日頃感情を抑えて淡々としている遠藤さんが感極まった一瞬だった。思い起こせば、事件の発生当時、私は中学3年。高校受験を直前に控えた12月であった。それから14年、遠藤さんに逆転無罪の最高裁判決が出たとき、私は30歳になろうとしていた…。どれだけ長い時間だったか、改めて思った。
 判決は、2002年3月13日(水)午前9時50分東京高裁809号法廷にて予定されています。皆様、よろしくお願い申し上げます。  (参照 遠藤国賠



[3] NYからのレポート、[投稿] 福富 、[投稿日] 2001.10.09
奈良本さんから米英軍の軍事行動中止を求める声明がきているので送ります。手紙(1)のつづきでお願いできればと思います。 
-------------------以下奈良本さんからのメルマガ引用-------------- 
◆メルマガ 号外◆
日本パレスチナ医療協会は、本日開始されたアフガニスタンへの
武力攻撃に関して、以下のような緊急声明を発表しましたのでここにお送りします。

2001年10月8日   日本パレスチナ医療協会事務局
********************************************
日本パレスチナ医療協会(JPMA)
E-mail : jpma@mx6.ttcn.ne.jp
Home Page URL: http://www1.ttcn.ne.jp/~jpma
Tel/Fax: 03-5330-9679
********************************************



[2]  八海事件東京集会・賛同人募集、[投稿] 福富、[投稿日] 2001.9.29
 八海事件・東京集会の件で、賛同人募集の添付ファイルをメーリングリストかHPにのせていただきたいので(HPの場合は集会の要領は不要になりますが)、よろしくお願いいたします。

[1] NYからのレポート、[投稿] 福富 、[投稿日] 2001.9.16
 長年、パレスチナ難民の支援をやっている知人の奈良本英佑さん(法政大教授)が、たまたまNYにいて「事件」に遭遇し、声明やレポートを送ってきています。適宜、メール網に乗せますのでよろしく。

■□□ ニューヨーク日誌(奈良本英佑)

9月16日 快晴

少し暖かくなり、日なたを歩くと少々汗ばむ。
まず教会へ。事件後初の日曜、どんな説教があるのか。ユニオン・スクエアで下車。「近くに教会はありますか」と尋ねて、5番街12丁目のプレスビテリアン教会に飛び込む。黒ずんだ背の高い会堂。この宗派ではニューヨーク最古だという。
 運良く、ミサが始まる直前。600ほどの座席はほとんど満杯。讃美歌とお祈り、そして、牧師(と仮に呼ぶ)が、崩れたビルの下敷きで亡くなったとみられる消防隊員、救急隊員らへの感謝を述べ、また、行方不明の教会信徒の名を読み上げる。ところどころで、会衆のあいだからすすり上げる音。説教は、会堂の反響が良すぎてよく聞き取れず。"Christian Fascism is no answer""Terror has nothing to do with true Islam"の部分は分かった。イスラーム教徒への宗教的憎悪を諌めている。中東諸国の名も出てきたが、話の筋は十分つかめなかった。締めくくりの讃美歌が"America the Beautiful"。会衆は全身で歌う。いつものことなのか。感きわまって泣いている人々も。やはり、ナショナリズムの高揚か。
 ユニオン・スクエアのフェンスというフェンス、あらゆるモニュメントには、一昨日より多い尋ね人の張り紙。4歳くらいの可愛い女の子と手をつないだ、日本人銀行員の写真も。Tシャツ、模造紙、画用紙、白い布などに、それぞれの思いが絵や文字で書き込まれている。"Unite America"というナショナリスティックな張り紙もあるが、この公園のキイ・ワードは、"Love"と"Peace"。そのシンボルマークは至る所、歩道にもチョークで描かれている。夜には、路上に、ロウソクを並べた平和のシンボルマークが現れた。
 もちろん、消防士、救急隊員、ハイジャックされた乗務員を称えるものも。消防士だけでも300人が行方不明なのだ。
 ワシントン・スクエアや現場に近い公園では、ずっと小規模だが、よく似た光景。
キャナル・ストリートでは、一昨夜同様、以南がオフ・リミット。だがこの通り自体は、ほとんど全店開業のうえ露店が狭い歩道上に並び、ごったがえしている。山と積まれているのは、星条旗マークのTシャツ。"America Under Attack" "I Survived the Attack"などと書かれ、安いのは1枚1ドル。この他、国章バッジなど「ナショナリズム・グッヅ」が溢れている。チャイナタウンのど真ん中に入ると、殆どの顔は東洋人、中国語しか耳にはいらず。だが、なんと、道路両側の建物は、ドアというドアに国章が張られている。
 私のアパートがある、ずっと北のマンハッタン中心部でも、国旗や国章が普段より目立つが、この中国人街のようなことはない。ユニオン・スクエアより北は、ほぼ10日以前の顔を取り戻し、角に立つ警官も交通規制も減り、交通渋滞も解消した。
 チャイナ・タウンを出て、現場に近い住宅地の公園で、市住宅局に勤めるという、太った黒人女性と話す。落雷のような大音響が2度聞こえた。親戚の一人は瓦礫の下だろうと。
 現場近くや、追悼が行われている公園の中を歩く限り、"Revenge"(報復)をがなりたてる声がほとんど聞こえてこない。これは救いだ。ニューヨークの市民たちはずいぶん優しくなったように感じる。
 だが、オサマ・ビンラーディン・グループの名がクローズアップされるにつれ、アメリカ政府は着々と軍事行動の準備に入っているようだ。そうすれば、間違いなく、無実の民間人を含め、同じように多くの人々が殺されるだろう。日本政府がアメリカに何か言うとすれば、なによりも「自制」を求めるべきではないのか。

<今回の大規模無差別テロについて>
 9月11日朝、アメリカ合衆国上空で民間国内便4機がハイジャックされ、2機がニューヨーク市の世界貿易センタービルに突っ込んで同ビルを炎上、崩壊させました。後1機はペンタゴン、もう1機はピッツバーグ郊外に墜落。死者は合わせて数千人にのぼると見られます。史上例のない大規模無差別テロであり、いかなる理由があろうとも断じて許されるものではありません。
 世界中から非難の声があがったのは当然であり、中東、イスラーム世界からも、パレスチナ自治政府、アラブ各国政府などが「野蛮な犯罪行為」だと激しく非難、OIC(世界イスラーム諸国機構)は、全世界のイスラーム教徒の名においてアメリカ政府と国民に対する哀悼を声明しました。
 大規模な組織と周到な準備によると思われるテロにもかかわらず、なんの要求も主張もなく、テロ集団によるなんらの声明もありません。誰が何のためにやったのか、実態はなぞに包まれています。そのため、あらゆる憶測が可能ですが、早くもイスラーム教徒やアラブ人に対して疑いの眼が向けられ、アメリカではモスクに対する銃撃やムスリム・アメリカン、アラブ・アメリカンに対する脅迫電話・メールや嫌がらせが頻発しています。アラブ、イスラーム教徒、パレスチナ人がやったに違いないと勝手に決め付け、この人々全体をテロ集団だと思い込む人たちもなくはありません。
 いま、アメリカ政府は、今回のテロに対する徹底的な「報復」を準備しています。爆撃や米軍部隊の上陸を含むといいます。日本政府は、この報復を支持し軍事的にも協力するようなことを言っています。しかし、誰に対してどのような「報復」をするつもりでしょうか。アメリカが「テロリストの根拠地」「出撃地点」とみなした地域や建物を攻撃・占領・破壊し、「テロリストとその協力者」と認定した人達を殺すということなのでしょう。
 今回のテロが前例のない大規模な国際犯罪であることは言うまでもありません。犯罪の徹底した捜査、犯罪者が、国際法、関係諸国の国内法にもとづいて厳正に処罰されるべきことは当然です。しかし、いかに犯罪が重大であっても、国際法や国際慣行を無視して、アメリカ政府が勝手な軍事行動をとるべきではないし、日本の自衛隊がこのような作戦に協力するなど論外です。
 テロを軍事力によって封じ込めることは不可能です。このことは歴史が証明しています。テロ問題とは基本的に政治問題であることを忘れてはなりません。最大の軍事大国であるアメリカがなぜ頻繁にテロ攻撃の標的になるのか。力にまかせて、しばしば「超法規的」な武力行使を行ってきたことも、関係がありはしないでしょうか。軍服を着た正規軍による殺傷や破壊も、民間のテロリストによるものと同様、その残虐性に変わりありません。正規軍の軍事行動が容認されているのは、国際的な戦争法規にもとづいて行動する建前があるからです。正規の軍隊が超法規的に行動すれば、これは国家による大規模テロであり、戦争犯罪です。このような「国家テロ」で親・兄弟姉妹を殺された人々があらたなテロ予備軍になって行くことは、容易に想像できることです。
 テロに対して政治的に対処するとは、この世界から残酷な差別、抑圧、貧困、不正をなくすよう不断の努力をつづけることです。何億もの人々が、一切れのパンがなくて飢え死に、1錠の薬が手に入らず病死している一方で、大量の食べ残しがごみ箱に投げ込まれている世界。どう考えても異常だと思いませんか。このような世界で、飢え、病気に苦しみ、異議を唱えれば軍隊に殺され、牢獄で拷問に会う。そして怒りと悲しみがたくわえられ、いつか爆発点に達する。こうしたことがなくて、誰がよろこんで爆弾を抱えてひと雑みに飛び込んだりするでしょうか。
 このような現状を少しずつでも変えて行く以外、テロをなくすことは不可能です。法に基づいて犯罪に対処するのは当然ですが、これは対症療法に過ぎません。
 私たちは、このような立場にたって、これからもパレスチナ/イスラエルに正義に基づく平和が達成されるまで、ささやかながらもパレスチナ人の医療・保健に対する支援活動をつづけて行く決意です。

2001年9月14日

日本パレスチナ医療協会
代 表 芝生 瑞和
運営委員長 奈良本英佑 




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