11/1 国賠ネット秋期講演会

冤罪と証拠開示 講師 秋山賢三弁護士

1.呼びかけ

  ― 秋山賢三弁護士を囲んでの講演と、冤罪と証拠隠しについての学習会 ―
 
 昨秋の証拠開示問題についてのシンポジウム、今年3月の交流集会での指宿信さんの講演(「証拠開示のルール化をもとめて」)に引き続いて、今年も秋期のイベントとして講演会を開くことになりました。
 いま、次々と「司法改革」の名の下に、審理の迅速化、争点整理をする機関の設置、ロースクールの開校、裁判員制度の導入など、国会審議あるいは法案上程がなされようとしています。本来、司法の改革とは、閉鎖的・閉塞情況にある司法に風を通し、民衆に開かれたものにすることです。ところが「改革」は、どうも危険な方向に流れていく気配。その司法改革の中でも、最大の天王山であり分岐点は、証拠の開示でしょう。裁判員制度、争点整理の明確化にからんで、事前の証拠開示は必須なものとなりますが、その時期、開示証拠の質と量の問題によっては、司法をより暗黒化し、冤罪・誤判の多発を招く結果ともなるのです。
 今回「冤罪と証拠開示」の講演をいただくのは秋山賢三弁護士。秋山さんは現在、袴田事件の再審請求に精力的に取り組んでおられ、また、痴漢冤罪ネットワークの弁護士としても活躍しています。
 秋山さんは91年に辞めるまで裁判官。「徳島ラジオ商事件」の再審開始の決定をしたことでも知られています。氏の長い法曹界での経験から、検察官の証拠開示について事例をお話しいただく予定です。「冤罪で囚われている人を解放するが使命」と、手弁当での闘いをモットーとする秋山さんの、諦めない、希望を捨てない熱い語り口を聞くことが出来るでしょう。

○ 11月1日(土) PM 14:00〜17:00
  秋山賢三弁護士の講演 (60分)
   「冤罪と証拠開示」
  会場からの質疑・応答 (60分)
  国賠原告たちの報告
  参加費:500円
  *二次会での交流もあります

○ 神宮前区民会館
  渋谷区神宮前6-10-14 電話:03-3409-4565
  営団千代田線 「明治神宮前」駅 3分、JR 山手線「原宿」駅 8分、

2.レジュメ

 「証拠開示は、何故、必要なのか」   講師:秋山賢三弁護士

第1 はじめに

第2 横浜地裁・全自交威力業務妨害被告事件

第3 徳島ラジオ商殺し事件
 1.「無実の罪」により懲役13年
 2.第5次再審請求
 3.不提出記録22冊の開示
 4.敷布団シーツ上に印象されたラバーシューズの「靴跡」の存在

第4 松川事件における「諏訪メモ」

 1.諏訪メモは何故、問題となったか
 2.諏訪メモはどのような経過で裁判所に提出されたか
 3.隠匿された証拠は何を物語るか

第5 再審における証拠開示の展開
 昭和59年の最高検次長検事指示

第6 証拠開示の現状と問題点
 1.最高裁の昭和44年決定の意義と経過
 2.司法制度審議会報告書の立場
   検察官・法務省側…被告の有罪立証のために提出予定の証拠の開示
   弁護人側…全ての証拠の開示(有罪証拠も無罪証拠も)
 3.裁判員制度、迅速裁判…適正裁判のためには、全面開示が前提となる
   税金により集めた証拠…過去の再審事案でも証拠開示さえ早期になされていればそもそも有罪になっていない事件である
   証拠隠滅、名誉は口実である…有罪判決獲得のためにならいくらでも用いている
 4.諸外国における証拠開示法制

第7 事前全面開示への道

3.講演要旨

 「証拠開示は、何故、必要なのか」   講師:秋山賢三弁護士

2003年11月1日 神宮前区民会館

■はじめに
私は、裁判官を20数年、弁護士を12年しています。証拠開示のことは、判事補任官後1年目から直面しました。現在も弁護士として冤罪をテーマとし、「証拠開示のルール化」を求める会の世話人でもあります。今日はこれまでの経験を踏まえ証拠開示について話します。
証拠開示はなぜ必要なのか。起訴された人の権利を守るため、裁判の公正、つまり、裁判官、検察官が本来的に負っている彼らの職責を全うするためにこそ必要、ということが最初に述べておきたい結論です。

■全自交威力業務妨害被告事件
昭和42年に横浜地裁の第一刑事部に配属され、そこの難件の一つに全自交威力業務妨害被告事件がありました。春闘争議のなかで第二組合によるスト切り崩しに対し、ピケをはった委員長はじめ7名が起訴され、威力業務妨害の成立が問われた事件です。警察、検察は労働者内部のいろんな中傷を調書にしましたが、その調書を見せないでいきなり証人調べを求めました。検察の冒陳の内容をめぐり、法廷は一年半空転し、裁判官が3人とも新しくなる時から担当しました。対話路線を基本にリベラルな裁判長は普通の事件なら見せる調書を何故見せないのかと、証拠開示を命じました。同じ時期に大阪地裁でも証拠開示命令があり、検察はそれらに対して即時抗告し、最高裁の昭和44年4月25日決定の引き金になったわけです。
この決定は証拠開示を裁判所の訴訟指揮権に委ねましたが、弁護人に申立権はなく、検察側は全面的に開示する義務がなく命じられたものを個別的に対応すればよいというものです。いわば裁判所にゲタを預けたものと言えます。

■徳島ラジオ商殺し事件 
 もう一つ証拠開示に関わった事件としては徳島ラジオ商殺し事件です。内縁の妻が朝方逆上して夫を殺したとする冤罪事件です。17才と16才の2人の店員からウソの調書がとられ、起訴された事件です。この調書を弁護人に見せず、有効な反対尋問がないままに一審有罪。二審で調書は提出されましたが、矛盾、撞着の多い調書について証人は沈黙するしかありませんでした。しかし、有罪、懲役13年。どうして二審裁判官が有罪にしたのか疑問が残ります。もっと早い段階で開示されていれば被告の無実の訴えが裁判官に届いたのではとも思います。
 昭和53年の第5次再審請求の時、徳島地裁刑事部の右陪席として担当し再審を決定しました。当時、75年の白鳥決定、76年の財田川決定のあとで再審に対する最高裁の理論的立場が変わった背景もありました。
 徳島の事件では22冊の未提出記録の中に家族で寝ている布団の上に泥靴の跡が写った写真が何枚かあります。靴跡の写真を隠したまま茂子さんを犯人にしていましたが、泥靴で家族の寝ている布団にあがるはずがありません。
 検察は税金を使って犯行直後に強制力を用いてガサッと証拠を集めます。犯人に違いない証拠も、犯人になり得ない証拠も入っているかも知れません。それらを科学的に判断する必要があり、予断をもたずに判断するのが市民社会のルールのはず。犯人であることを妨げる証拠を隠して起訴する事は許されるのかが問われているわけです。

■松川事件における「諏訪メモ」
 証拠開示について論ずる際にさけて通れないのが松川事件です。松川事件は一審で死刑5名、計20名が有罪とされた大きな事件です。昭和24年8月15日の12時頃から福島市で共同謀議があったとされました。諏訪メモはその日の東芝松川工場の団交を記録した諏訪東芝事務課長のメモです。東芝労組の中執だった佐藤さんが午前中最後の発言者だったと記録されていました。そうすると共同謀議は成り立たなくなります。無罪証拠が隠され、有罪らしい証拠を集めるだけで有罪とする。たいへん恐ろしい状況であり、本質的にはこれが今も変わっていません。40年も前と変わらないのは情けない感じです。

■再審における証拠開示の展開
 75年の白鳥決定以後、一時、再審が活性化し、「死刑台からの生還」が4名ありました。75年から83年頃まで、再審での証拠開示が機能した時期でした。例えば、松山事件では同房者による誘導、掛け布団に人血がないとの鑑定書が決定的な証拠となり無罪になりました。
財田川事件では一旦は紛失したと検察官が言った証拠が裁判所の求めに応じて提出され、秘密の暴露とされてきた「二度突き」の自白は実は既に捜査官が知っていて、それらしく構成したに過ぎない事が判明します。免田事件や徳島の22冊の記録開示でも同じような事がおこりました。
 ところが昭和59年の最高検次長検事指示によりブレーキがかかります。開示に疑義がある場合は上級に報告、相談してしかるべく対処するように指示されました。開示には慎重に対処するようにと、要するに弁護人が言っても簡単に応じるなと言うわけです。これは秘密文書ですが「法律時報」に載りました。こうした事実が隠されている事は、国民にとって危険なことだと思います。以後、ピタリと開示されなくなり、再審は狭山、名張、袴田とみな棄却になっています。

■証拠開示の現状と問題点
 再審や冤罪に対して検察の厳しい態度があり、それに影響を受けがちな裁判所でありました。そういう中で今後どのように立ち向かうのか、現状と今後の問題を考えたいと思います。最高裁の昭和44年決定は英邁な裁判所の訴訟指揮に委ねるという一見、良いようですが、問題もあります。開示の申立権がなく、検察には開示する義務がありません。裁判所の命令に応ぜず開示しなくても公訴棄却にはなるルールもありません。こんな体制は許されません、いずれ変わらざるを得ない事です。

■司法制度審議会報告書の立場
 証拠開示についての司法制度審議会の立場は現状の固定化だと思います。冤罪を生まない方向への改革でなく、端的に言って、証拠を開示せず隠匿しても非難されない体制を作ろうとしています。
 争点整理の拡充と関連して論じる場合、検察が有罪として起訴し、それに沿って開示するので、無罪証拠は出てこないことになります。諏訪メモのように国会の法務委で問題になるような場合は別ですが、普通の場合はそこまでいけず、訴追側が無罪証拠を隠し続ける事が可能になります。司法審の考えでは、証人脅迫、罪証隠滅、プライバシー侵害などへの配慮が言われています。法務省や検察の幹部が国連の規約人権委員会や国会で全く同じように答弁しています。しかし、有罪にする場合には名誉やプライバシーに関係なく堂々と使っています。問題は無実の人の救援で、隠している証拠が有るだろうと言う時にそれが持ち出されていることです。再審の場合30数年も前のことで亡くなった人も多く、およそ理由にならない理由で開示を拒んでいます。今でも国会や国連で同じように言っています。既に破綻した論理で、そんなに長くは続かないでしょう。
これに対して、弁護人側は全ての証拠の開示(有罪証拠も無罪証拠も)を求めています。
検察、警察に残っているものも含めて全てです。これらは税金を使って集めた証拠ですから、警察や検察が本来占有すべきではありません。過去の再審事案でも、証拠開示さえ早期になされていれば、そもそも有罪になっていない事件が多いのです。

■事前全面開示への道
 日本の現状は国際的に見たら孤立しています。江戸時代以来の官僚支配の問題です。個々的な運動と同時に日本の近代化の1つの課題としてどうにかしたいものです。粘り強い運動の中で展望していかなくてはと思います。