S57.04.01 第一小法廷・判決 昭和51(オ)1249 損害賠償

◆ S57.04.01 第一小法廷・判決 昭和51(オ)1249 損害賠償


判例 S57.04.01 第一小法廷・判決 昭和51(オ)1249 損害賠償(第36巻4号519頁)

判示事項:
  一 公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめたが具体的な加害行為を特定することができない場合と国又は公共団体の損害賠償責任

  二 保健所に対する国の嘱託に基づいて国家公務員の定期健康診断の一環としての検診を行つた保健所勤務の医師の行為に過誤があつた場合と受診者に対する国の損害賠償責任の有無

要旨:
  一 国又は公共団体に属する一人又は数人の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに故意又は過失による違濫行為があつたのでなければ右の被害が生ずることはなかつたであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよ、これによる被害につき専ら国又は当該公共団体が国家賠償法上又は民法上賠償責任を負うべき関係が存在するときは、国又は当該公共団体は、加害行為の不特定の故をもつて右損害賠償責任を免れることはできない。

  二 保健所に対する国の嘱託に基づいて地方公共団体の職員である保健所勤務の医師が国家公務員の定期健康診断の一環としての検診を行つた場合において、右医師の行つた検診又はその結果の報告に過誤があつたため受診者が損害を受けても、国は、国家賠償法一条一項又は民法七一五条一項の規定による損害賠償責任を負わない。

参照・法条:
  民法715条1項,国家賠償法1条1項

内容:
 件名  損害賠償 (最高裁判所 昭和51(オ)1249 第一小法廷・判決 破棄差戻)
 原審  S51.09.13 広島高等裁判所

主    文

     原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
     右部分につき本件を広島高等裁判所岡山支部に差し戻す。
         
理    由

 上告指定代理人貞家克己、同田代暉、同筧康生、同小島正義、同加藤堅、同福永安二、同三浦昭二、同西本弘司の上告理由第一点ないし第三点について
 一 原審が確定した事実関係は、おおよそ次のとおりである。
 (一) 被上告人は、昭和二七年当時大蔵事務官として林野税務署に勤務し、同年六月二五日同税務署長が国家公務員法七三条一項二号、旧人事院規則一〇―一、同細則一〇―一―一及び税務職員健康管理規程(昭和二七年国税庁訓令特第一三号)に基づいて実施した定期健康診断(以下「本件健康診断」という。)の一環としての胸部エツクス線間接撮影による検診を受けた。
 (二) 林野税務署長は、前記国税庁訓令により、右健康診断の結果職員に罹患の疑いがある旨の報告を受けたときには当該職員に対し精密検査を受けるよう指示し、更に精密検査の結果罹患の事実が明らかになれば当該職員の職務に関し健康保持上必要な措置をとるべき職責を有していたものであるところ、前記エツクス線撮影にかかるフイルムには被上告人が初期の肺結核に罹患していることを示す陰影があつたにもかかわらず、同税務署長は当時被上告人に対しなんら右のような指示も事後措置も行わなかつた。
 (三) このため、被上告人は従前に引き続き内勤に比して労働の激しい外勤の職務に従事した結果、翌二八年六月二八日実施された定期健康診断により結核罹患の事実が判明するまでの間にその病状が悪化し、長期療養を要するまでに至つた。
 以上のような事実関係に基づいて、原審は、前記フイルムの読影を担当した医師を含め、本件健康診断及びその結果に基づく措置に関する事務を担当したいずれの者の過失によつて林野税務署長が前記指示及び事後措置を行わなかつたのかを確定するまでもなく、また、前記フイルムの読影をしたのが広島国税局長直属の医官であつたか林野税務署長より嘱託を受けた外部の医療機関所属の医師であつたかを問うまでもなく、前記事後措置がとられなかつたことによる病状の悪化によつて被上告人が被つた損害につき上告人は国家賠償法一条一項による賠償義務を負うものと判断し、被上告人の上告人に対する損害賠償請求の一部を認容した。
 二 国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があつたのでなければ右の被害が生ずることはなかつたであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、国又は公共団体は、加害行為不特定の故をもつて国家賠償法又は民法上の損害賠償責任を免れることができないと解するのが相当であり、原審の見解は、右と趣旨を同じくする限りにおいて不当とはいえない。しかしながら、この法理が肯定されるのは、それらの一連の行為を組成する各行為のいずれもが国又は同一の公共団体の公務員の職務上の行為にあたる場合に限られ、一部にこれに該当しない行為が含まれている場合には、もとより右の法理は妥当しないのである。
 本件についてこれをみるのに、本件被害は、前記のように、被上告人が勤務する林野税務署において同税務署長が実施した職員の定期健康診断にあたり、当時被上告人が初期の肺結核に罹患しており、右診断の一環として行われた胸部エツクス線撮影にかかるフイルム中にこの事実を示す陰影が存したにもかかわらず、これが判明しておれば被上告人の職務に関し当然とられたであろう健康保持上の必要措置がとられないまま被上告人において従前どおりの職務に従事した結果病状が悪化し、長期休養を余儀なくされたというにあるところ、原審は、右の事情のもとでは、レントゲン写真の読影にあたつた医師においてその過失により右陰影を看過したか、又は右陰影の存在した事実を報告することを懈怠した違法があつたか、右林野税務署において職員の健康管理の職責を有する職員において右の点についての報告を受けたにもかかわらずその故意又は過失によつて更に執るべき措置を執らなかつた違法があつたか、あるいは両者の中間にある職員においてその故意又は過失により報告の伝達を怠つた違法があつたかのいずれかの原因によつて右のような結果を生じたものと認めるべきものであるとし、更に、以上の本件健康診断に関する一連の行為は、いずれも上告人国の公権力の行使たる性質を有する職員の健康診断を組成する行為であり、かつ、行為者はいずれも国の公務員であつて、仮にレントゲン写真による検診とその結果の報告に関する限りは前記林野税務署長の嘱託を受けた保健所の職員である医師が行つたものであるとしても、同人の右行為が右嘱託に基づくものである以上、なお同人はその行為に関する限りにおいては上告人の公権力の行使にあたる公務員というべきであるとの見解のもとに、上告人は結局被上告人の上記被害につき国家賠償法一条一項の規定による賠償責任を免れることができないとしている。
 ところで、以上の各行為のうち、レントゲン写真による検診及びその結果の報告を除くその余の行為が林野税務署の職員の健康管理の職責を有する同税務署長その他の職員の行為であり、それらがいずれも上告人国の公権力の行使にあたる公務員の職務上の行為であることについては特段の問題はなく、上告人が専ら争つているのは、前記レントゲン写真による検診等の行為の性質についての原審の上記判断の当否である。思うに、右のレントゲン写真による検診及びその結果の報告は、医師が専らその専門的技術及び知識経験を用いて行う行為であつて、医師の一般的診断行為と異なるところはないから、特段の事由のない限り、それ自体としては公権力の行使たる性質を有するものではないというべきところ、本件における右検診等の行為は、本件健康診断の過程においてされたものとはいえ、右健康診断におけるその余の行為と切り離してその性質を考察、決定することができるものであるから、前記特段の事由のある場合にあたるものということはできず、したがつて、右検診等の行為を公権力の行使にあたる公務員の職務上の行為と解することは相当でないというべきである。もつとも、そうであるとしても、本件における右検診等の行為が上告人の職員である医師によつて行われたものであれば、同人の違法な検診行為につき上告人に対して民法七一五条の損害賠償責任を問疑すべき余地があり(もつとも、多数者に対して集団的に行われるレントゲン検診における若干の過誤をもつて直ちに対象者に対する担当医師の不法行為の成立を認めるべきかどうかには問題があるが、この点は暫く措く。)、ひいてはさきに述べた一般的法理に基づいて上告人の賠償責任を肯定しうる可能性もないではないが、仮に上告人の主張するように、右検診等の行為が林野税務署長の保健所への嘱託に基づき訴外岡山県の職員である同保健所勤務の医師によつて行われたものであるとすれば、右医師の検診等の行為は右保健所の業務としてされたものというべきであつて、たとえそれが林野税務署長の嘱託に基づいてされたものであるとしても、そのために右検診等の行為が上告人国の事務の処理となり、右医師があたかも上告人国の機関ないしその補助者として検診等の行為をしたものと解さなければならない理由はないから、右医師の検診等の行為に不法行為を成立せしめるような違法があつても、そのために上告人が民法の前記法条による損害賠償責任を負わなければならない理由はないのである。そうすると、原審が、これと異なる前記のような見解に立ち、本件健康診断における一連の行為のいずれに違法があつたかを具体的に特定するまでもなく結局上告人は損害賠償責任を免れないと判断したのは、法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽による理由不備の違法を犯したものといわざるをえない。
 三 右の次第で、論旨は理由があり、原判決中被上告人の請求を認容した部分はその余の上告理由について判断するまでもなく破棄を免れず、本件健康診断に基づく被上告人に対する事後措置がとられなかつたのがこれに関する業務のいかなる過程における過誤に基づくものか、仮にこれが検診を担当した医師の過誤に基づくものであるとすれば、その医師は上告人の被用者であるか、また、その過誤は被上告人に対する関係において不法行為の要件としての違法性を帯有するものかどうか等について更に審理を尽くさせるため、右破棄にかかる部分につき本件を原審に差し戻すのを相当とする。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    本   山       亨
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    谷   口   正   孝