H12.06.13 第三小法廷・判決 平成7(オ)105 損害賠償請求事件
◆ H12.06.13 第三小法廷・判決 平成7(オ)105 損害賠償請求事件

判例 H12.06.13 第三小法廷・判決 平成7(オ)105 損害賠償請求事件(第54巻5号1635頁)

判示事項:
  一 弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者から被疑者の逮捕直後に初回の接見の申出を受けた捜査機関が接見の日時等の指定に当たって採るべき措置
二 被疑者の依頼により弁護人となろうとする者から被疑者の逮捕直後に初回の接見の申出を受けた捜査機関が接見の日時を翌日に指定した措置が国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たるとされた事例

要旨:
  一 弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者から被疑者の逮捕直後に初回の接見の申出を受けた捜査機関は、即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能なときは、留置施設の管理運営上支障があるなど特段の事情のない限り、被疑者の引致後直ちに行うべきものとされている手続及びそれに引き続く指紋採取、写真撮影等所要の手続を終えた後、たとい比較的短時間であっても、時間を指定した上で即時又は近接した時点での接見を認める措置を採るべきである。二 接見の日時等の指定をする権限を有する司法警察職員が、逮捕された被疑者の依頼により弁護人となろうとする者として逮捕直後に警察署に赴いた弁護士から初回の接見の申出を受けたのに対し、接見申出があってから約一時間一〇分が経過した時点に至って、警察署前に待機していた弁護士に対して接見の日時を翌日に指定した措置は、即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能であるにもかかわらず、犯罪事実の要旨の告知等引致後直ちに行うべきものとされている手続及びそれに引き続く写真撮影等所要の手続が終了した後も弁護士と協議することなく取調べを継続し、その後被疑者の夕食のために取調べが中断されたのに、夕食前の取調べの終了を早めたり、夕食後の取調べの開始を遅らせたりして接見させることをしなかったなど判示の事情の下においては、国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たる。
参照・法条:
  国家賠償法1条1項,刑訴法39条1項,刑訴法39条3項,憲法34条前段

内容:
 件名  損害賠償請求事件 (最高裁判所 平成7(オ)105 第三小法廷・判決 一部破棄自判、一部棄却)
 原審  H06.10.26 東京高等裁判所 (平成5(ネ)4356、4371)

主    文

     原判決中、主文第一、二項を破棄する。
     被上告人の控訴を棄却する。
     上告人らのその余の上告を棄却する。
 訴訟の総費用は、これを一〇分し、その一を被上告人の、その余を上告人らの負担とする。
         
理    由

 上告代理人杉野修平の上告理由第一点について
 刑訴法三九条三項が憲法三四条に違反するものでないことは、当裁判所の判例とするところであり(平成五年(オ)第一一八九号同一一年三月二四日大法廷判決・民集五三巻三号五一四頁)、論旨は理由がない。
 同第二点について
 刑訴法三九条三項の規定は市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号)一四条三項(b)及び(d)に違反するものではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
 同第三点について
 一 本件は、東京都公安条例違反容疑で現行犯逮捕され警察署に引致された被疑者の弁護人となろうとする弁護士が同被疑者との即時の接見を申し出たところ、司法警察職員がこれを拒否して接見の日時を翌日に指定したことについて、右の弁護士及び被疑者がそれぞれ東京都に対して国家賠償法一条一項に基づいて損害賠償を求める事件である。原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 上告人Aは、平成二年一〇月一〇日午後三時五三分ころ、東京都公安条例違反(デモ行進の許可条件違反)の容疑で現行犯逮捕され、午後四時一〇分ころ、警視庁築地警察署に引致された。築地署の司法警察職員が、午後四時一五分ころ上告人Aに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げ、弁解の機会を与えたところ、同上告人は、救援連絡センターに登録された弁護士を弁護人に選任する旨述べた。
 2 上告人Bは、救援連絡センターの弁護士であり、午後四時二五分ころ、築地署に赴き、玄関で警備に当たる警察官らに対し上告人Aの弁護人となろうとする者として接見に来た旨を告げ、上告人Bが署内に入ることを拒否する右警察官らと押し問答となった。上告人Bは、午後四時三五分ころに築地署の玄関口に出て来た捜査主任官のC警備課長に対して、上告人Aとの即時の接見を申し出たところ(以下「本件申出」という。)、同課長は、上告人Bに対し、上告人Aは取調べ中なのでしばらく接見を待ってほしい旨の発言を繰り返し、午後四時四〇分ころ、いったん署内に引き揚げた。
 3 午後四時四〇分ころ、救援連絡センターから築地署に対し、上告人Aの引致の有無、同センターに登録された弁護士の弁護人選任の有無を確認する趣旨の電話があった。
 4 築地署警備課D巡査部長は、午後四時四五分ころ、上告人Aの写真撮影に引き続いて、同上告人の取調べを開始した。署内に戻ったC課長は、上告人Aの取調べ状況を確認し、その際、同上告人が救援連絡センターの弁護士を弁護人に選任する意向であることを知った。C課長は、そのころ、留置主任官であるE警務課長と接見等につき協議し、接見させる場合は留置手続後接見室で行うこと、食事時間の前後は戒護体制が手薄になるから接見させないこと、上告人Aを留置した段階で夕食を取らせることを確認した。
 5 午後五時ころ、救援連絡センターから築地署に対し、上告人Aについて弁護人の選任の有無を確認し、上告人Bが同署に接見に赴いていることを連絡する趣旨の電話があった。
 6 C課長は、午後五時一〇分ころ、築地署の玄関口において、上告人Bに対し、上告人Aは救援連絡センターの弁護士を弁護人に選任すると言っているから、同センターに電話して上告人Bが同センターの弁護士かどうかを確認する、現在上告人Aは取調べ中であるから接見をしばらく待ってほしい旨述べた。
 7 午後五時二〇分ころ、救援連絡センターから築地署に対し、5と同趣旨の電話があった。また、築地署の係官は、午後五時二五分ころ、救援連絡センターに対し、上告人Aが同センターの弁護士を弁護人に選任したいと申し出ている旨電話で伝えたが、その際、上告人Bが同センターの弁護士であることを知った。
 8 C課長は、午後五時二八分ころ、D巡査部長に対し、上告人Aの取調べを一時中断して留置場において食事をさせた後、再び取調べをするよう指示した。D巡査部長は、上告人Aを留置係の警察官に引き渡し、同上告人は留置場に留置された。その際、D巡査部長は、留置係の警察官に対し、夕食後再度取調べを行う予定であるので夕食が終わったら連絡をしてほしい旨伝えた。
 9 午後五時四五分ころ三度玄関口に出て来たC課長は、上告人Bが救援連絡センターの弁護士であることは確認できたが、上告人Aは取調べ中なので接見させることができない、接見の日時を翌日午前一〇時以降に指定する旨を告げて、署内に引き揚げた。上告人Bは、午後六時ころ、築地署の玄関前から引き揚げた。
 10 D巡査部長は、午後六時一〇分ころ、上告人Aの逮捕現場で実況見分を行っていた捜査員から応援依頼を受け、その補助に赴いた。そのため、上告人Aの夕食が午後六時一五分ころ終了したにもかかわらず、同上告人の取調べは行われなかった。D巡査部長は、午後八時ころ実況見分から戻ったが、C課長は、この時点から取調べを開始すれば深夜に及ぶおそれがあると考え、その日の上告人Aの取調べを中止させた。
 二 原審は、右事実関係の下において、要旨、次のとおり判断して、上告人らの請求を棄却すべきものとした。
 1 上告人BがC課長に本件申出をした午後四時三五分ころから同課長が接見の日時等を指定した午後五時四五分ころまでの間は、現に上告人Aを取調べ中であるか、又は間近い時に取調べをする確実な予定があって、本件申出に沿った接見を認めたのでは、右取調べが予定どおり開始できなくなるおそれがあり、捜査の中断等により顕著な支障が生じたといえる。したがって、C課長が接見指定をする要件があった。
 2 C課長らは、上告人Aにとって必要不可欠ともいうべき夕食を取らせるために必要最小限度の時間に限り取調べを中断したにすぎず、夕食には警察官が立ち会う必要があり、夕食時間帯に同上告人を上告人Bと接見させれば他の留置人に対する戒護が手薄になるという問題もあったから、夕食時間帯に接見させなかったことが違法とはいえない。
 3 本件申出は、上告人Aの引致後約二五分経過した時点でされていること、本件申出から接見の指定までの間は、同上告人について弁解録取、写真撮影、取調べなどがされていたことからすると、C課長が速やかに接見指定をすべき義務に違反したとはいえない。
 4 C課長が接見の指定をした午後五時四五分の時点では、夕食後上告人Aを相当時間取り調べる予定があり、同上告人の態度によっては同上告人に実況見分への立会いを求めることも考えられ、場合によっては取調べが留置人の就寝時間に食い込むことも予想されたこと、同課長が接見指定をした時点では、取調べの必要性についての正確な判断が困難であったこと、接見指定がされた当時既に夜間に入っていたことからすると、同課長が接見の日時を夕食の前後に指定せず翌日午前一〇時に指定したことに違法があるとはいえない。
 三 しかしながら、原審の右の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 1 検察官、検察事務官又は司法警察職員(以下「捜査機関」という。)は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)から被疑者との接見又は書類若しくは物の授受(以下「接見等」という。)の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、刑訴法三九条三項本文にいう「捜査のため必要があるとき」とは、右接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られる。そして、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分、検証等に立ち会わせている場合、また、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に当たると解すべきである(前掲平成一一年三月二四日大法廷判決参照)。
 右のように、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは捜査に顕著な支障が生じるときは、捜査機関は、弁護人等と協議の上、接見指定をすることができるのであるが、その場合でも、その指定は、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならないのであって(刑訴法三九条三項ただし書)、捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解すべきである。
 とりわけ、弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者と被疑者との逮捕直後の初回の接見は、身体を拘束された被疑者にとっては、弁護人の選任を目的とし、かつ、今後捜査機関の取調べを受けるに当たっての助言を得るための最初の機会であって、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されないとする憲法上の保障の出発点を成すものであるから、これを速やかに行うことが被疑者の防御の準備のために特に重要である。したがって、【要旨1】右のような接見の申出を受けた捜査機関としては、前記の接見指定の要件が具備された場合でも、その指定に当たっては、弁護人となろうとする者と協議して、即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能かどうかを検討し、これが可能なときは、留置施設の管理運営上支障があるなど特段の事情のない限り、犯罪事実の要旨の告知等被疑者の引致後直ちに行うべきものとされている手続及びそれに引き続く指紋採取、写真撮影等所要の手続を終えた後において、たとい比較的短時間であっても、時間を指定した上で即時又は近接した時点での接見を認めるようにすべきであり、このような場合に、被疑者の取調べを理由として右時点での接見を拒否するような指定をし、被疑者と弁護人となろうとする者との初回の接見の機会を遅らせることは、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するものといわなければならない。
 2 これを本件についてみると、原審の確定した前記事実関係によれば、本件申出は、午後四時三五分ころから午後五時四五分ころまで継続していたものというべきところ、上告人Aについて、午後五時二八分ころの夕食開始まで取調べがされ、夕食後も取調べが予定されていたというのであるから、本件申出時において、現に取調べ中か又は間近い時に取調べが確実に予定されていたものと評価することができ、したがって、上告人Bと上告人Aとの自由な接見を認めると、右の取調べに影響し、捜査の中断等による支障が顕著な場合に当たるといえないわけではなく、C課長が接見指定をしようとしたこと自体は、直ちに違法と断定することはできない。
 しかしながら、前記事実関係によれば、本件申出は、上告人Aの逮捕直後に同上告人の依頼により弁護人となろうとする上告人Bからされた初めての接見の申出であり、それが弁護人の選任を目的とするものであったことは明らかであって、上告人Aが即時又は近接した時点において短時間でも上告人Bと接見する必要性が大きかったというべきである。しかも、上告人Aは、救援連絡センターの弁護士を選任する意思を明らかにし、同センターの弁護士である上告人Bが現に築地署に赴いて接見の申出をしていたのであるから、比較的短時間取調べを中断し、又は夕食前の取調べの終了を少し早め、若しくは夕食後の取調べの開始を少し遅らせることによって、右目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保することができたものと考えられる。
 他方、上告人Aの取調べを担当していたD巡査部長は、同上告人の夕食終了前、逮捕現場での実況見分の応援の依頼を受けて、夕食後の取調べについて他の捜査員の応援を求める等必要な手当てを何らしないまま、にわかに右実況見分の応援に赴き、そのため、夕食終了後も同上告人の取調べは行われず、同巡査部長が築地署に戻った後も、同上告人の取調べは全く行われないまま中止されたというのであって、このような同上告人に対する取調べの経過に照らすと、取調べを短時間中断し、夕食前の取調べの終了を少し早め、又は夕食後の取調べの開始を少し遅らせて、接見時間をやり繰りすることにより、捜査への支障が顕著なものになったとはいえないというべきである。原判決は、上告人Aの態度いかんによっては夕食後同上告人に実況見分への立会いを求める可能性があり、場合によっては同上告人の取調べが留置人の就寝時間に食い込む可能性があったことなどを指摘するが、そのような可能性があったというだけでは、現に築地署に赴いて接見を申し出ている上告人Bと上告人Aとの当日の接見を全面的に拒否しなければならないような顕著な捜査上の支障があったとはいえない。
 そして、前記事実関係によれば、午後四時四五分ころには上告人Aの写真撮影等の手続が終了して取調べが開始され、C課長は、午後五時ころまでには、上告人Aが救援連絡センターの弁護士を弁護人に選任する意向であることを知っており、同センターからの連絡によって上告人Bが同センターの弁護士であることを容易に確認し得たものということができる。また、C課長は、そのころには、E課長との協議により、上告人Aの取調べを一時中断して夕食を取らせることを予定していたものである。
 【要旨2】そうすると、C課長は、上告人Bが午後四時三五分ころから午後五時四五分ころまでの間継続して接見の申出をしていたのであるから、午後五時ころ以降、同上告人と協議して希望する接見の時間を聴取するなどし、必要に応じて時間を指定した上、即時に上告人Bを上告人Aに接見させるか、又は、取調べが事実上中断する夕食時間の開始と終了の時刻を見計らい(午後五時四五分ころまでには、上告人Aの夕食時間が始まって相当時間が経過していたのであるから、その終了時刻を予測することは可能であったと考えられる。)、夕食前若しくは遅くとも夕食後に接見させるべき義務があったというのが相当である。
 ところが、C課長は、上告人Bと協議する姿勢を示すことなく、午後五時ころ以降も接見指定をしないまま同上告人を待機させた上、午後五時四五分ころに至って一方的に接見の日時を翌日に指定したものであり、他に特段の事情のうかがわれない本件においては、右の措置は、上告人Aが防御の準備をする権利を不当に制限したものであって、刑訴法三九条三項に違反するものというべきである。そして、右の措置は、上告人Aの速やかに弁護人による援助を受ける権利を侵害し、同時に、上告人Bの弁護人としての円滑な職務の遂行を妨害したものとして、刑訴法上違法であるのみならず、国家賠償法一条一項にいう違法な行為にも当たるといわざるを得ず、これが捜査機関として遵守すべき注意義務に違反するものとして、同課長に過失があることは明らかである。
 四 以上によれば、右と異なる見解の下に上告人らの本訴請求を全部棄却すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この趣旨をいう論旨は理由がある。そして、前記事実関係に照らせば、被上告人に対して国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を求める上告人らの請求は、第一審判決が認容した限度で理由があるというべきであるから、原判決中、被上告人の控訴に基づいて第一審判決を取り消し上告人らの請求を棄却した部分を破棄した上、被上告人の控訴を棄却することとし、その余の上告を棄却することとする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金谷利廣 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 奥田昌道)