H03.05.10 第三小法廷・判決 昭和58(オ)379、昭和58(オ)381 損害賠償

◆ H03.05.10 第三小法廷・判決 昭和58(オ)379、昭和58(オ)381 損害賠償


判例 H03.05.10 第三小法廷・判決 昭和58(オ)379、昭和58(オ)381 損害賠償(第45巻5号919頁)

判示事項:
  無罪判決が確定した場合における公訴提起の違法性の有無の判断資料

要旨:
  一 刑訴法三九条三項の規定にいう「捜査のため必要があるとき」には、捜査機関が弁護人から被疑者との接見の申出を受けた時に、間近い時に被疑者を取り調べたり、実況見分、検証等に立ち会わせたりするなどの確実な予定があつて、弁護人の必要とする接見を認めたのでは右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合が含まれる。

二 捜査機関が弁護人と被疑者との接見の日時等を指定する方法は、その合理的裁量にゆだねられているが、それが著しく合理性を欠き、弁護人と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通が害される結果になるようなときは、違法なものとして許されない。

三 検察官が、弁護人から被疑者との接見等の申出を受けた警察官から電話によりその措置について指示を求められた際に、弁護人と協議する姿勢を示すことなく、一方的に往復約二時間を要するほど離れている勤務庁に接見指定書を取りに来させてほしい旨を伝言したのみで接見の日時等を指定しようとせず、かつ、被疑者に対する物の授受につき裁判所の接見禁止決定の解除決定を得ない限り認められないとした措置は、その指定の方法等において著しく合理性を欠き、違法である。

参照・法条:
  国家賠償法1条1項,刑訴法39条1項3項,憲法34条前段

内容:
 件名  損害賠償 (最高裁判所 昭和58(オ)379、昭和58(オ)381 第三小法廷・判決 棄却附帯上告却下)
 原審  S57.12.22 名古屋高等裁判所

主    文

     本件上告を棄却する。
     本件附帯上告を却下する。
     上告費用は上告人の、附帯上告費用は附帯上告人の各負担とする。
         
理    由

 上告代理人柳川俊一、同篠原一幸、同小野拓美、同石井宏治、同奥山時和、同安間雅夫、同木田正喜、同田村哲男、同中島正男の上告理由について
 一 弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)と被疑者との接見交通権が憲法上の保障に由来するものであることにかんがみれば、刑訴法三九条三項の規定による捜査機関のする接見又は書類若しくは物の授受の日時、場所及び時間の指定は、あくまで必要やむを得ない例外的措置であって、これにより被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することが許されないことはいうまでもない。したがって、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、これを認めると捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁
護人等と防御の準備をすることができるような措置を採るべきである(最高裁昭和四九年(オ)第一〇八八号同五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号八二〇頁)。
 そして、右にいう捜査の中断による支障が顕著な場合には、捜査機関が、弁護人等の接見等の申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせているというような場合だけでなく、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含むものと解すべきである。
 右のように、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは捜査機関の現在の取調べ等の進行に支障が生じたり又は間近い時に確実に予定している取調べ等の開始が妨げられるおそれがあることが判明した場合には、捜査機関は、直ちに接見等を認めることなく、弁護人等と協議の上、右取調べ等の終了予定後における接見等の日時等を指定することができるのであるが、その場合でも、弁護人等ができるだけ速やかに接見等を開始することができ、かつ、その目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保することができるように配慮すべきである。そのため、弁護人等から接見等の申出を受けた捜査機関は、直ちに、当該被疑者について申出時において現に実施している取調べ等の状況又はそれに間近い時における取調べ等の予定の有無を確認して具体的指定要
件の存否を判断し、右合理的な接見等の時間との関連で、弁護人等の申出の日時等を認めることができないときは、改めて接見等の日時等を指定してこれを弁護人等に告知する義務があるというべきである。そして、捜査機関が右日時等を指定する際いかなる方法を採るかは、その合理的裁量にゆだねられているものと解すべきであるから、電話などの口頭による指定をすることはもちろん、弁護人等に対する書面(いわゆる接見指定書)の交付による方法も許されるものというべきであるが、その方法が著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通が害される結果になるようなときには、それは違法なものとして許されないことはいうまでもない。
 二 これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係は次のとおりである。
 1 被上告人は名古屋市内に事務所を有する弁護士であるが、昭和四八年一〇月四日早朝魚津市に向かい、午後零時四〇分ころ魚津警察署に赴き、勾留中の被疑者との接見及び物(小六法、週刊誌各一冊)の授受の申出をしたところ、これを受けた担当警察官は、接見指定書の有無を尋ねて被上告人がそれを持参していないことを確認した後、富山地方検察庁の検察官Aに電話をしてその措置につき指示を求めた。
 2 右の電話を受けた同検察官は、同警察官に対し、「接見の指定は指定書を交付してすることになっているから、指定書を取りに来るように伝えてほしい。物の差入れについては、今受け取る必要がないが、弁護人が納得しない場合には、裁判所の接見禁止決定の取消決定が必要である。ともかく指定書を取りに来るように伝えてほしい。」旨を指示したため、同警察官は、被上告人に対し、同検察官の指示として、「富山地方検察庁のA検事から指定書の交付を受け、これを持参しない限り接見させるわけにはいかない。物の差入れについては、裁判所の接見禁止決定の解除決定を受けない限り受領できない。」旨を伝えた。
 3 これに対して、被上告人は、同警察官に対し、物の授受不許については法の誤解であって不当である旨、接見指定書の持参要求については、魚津警察署から富山地方検察庁までは往復二時間以上もかかるのであるから、現に取調べを行っていないのであれば指定書なしで会わせるべきである旨再度申し入れたが、同警察官は検察官の指示であるとして、これに応じなかった。その後、同警察官との間に押し問答があったが、結局、被上告人は、同日午後一時すぎころ、同警察署を退去した。
 4 被上告人が被疑者との接見等の申出をした際、同警察署においては、同日昼すぎころ(前後の事実関係等から、午後一時すぎであることは明らかである。)から当該被疑者の取調べが予定されていたが、現に取調中ではなかった。取調担当官は、被上告人がやがて指定書を持参して再び接見に来署することを予想して、取調べの中断は好ましくないとの判断の下に、被疑者の取調べを見合わせて待機し、結局、当日は終日取調べを行うことはなかった。
 右事実によると、被上告人が午後零時四〇分ころ接見等の申出をした際、既に午後一時すぎころから当該被疑者の取調べが予定されていたところ、結果的に当日は終日右取調べが行われなかったが、その主な理由は被上告人の接見に伴う取調べの中断を避けることにあったというのであるから、右接見等の申出時において、それから間近い時に取調べが確実に予定されていたものと評価することができ、したがって、被上告人の接見等を認めると右の取調べに影響し、捜査の中断による支障が顕著な場合に当たるといえないわけでなく、A検察官が接見等の日時等を指定する要件が存在するものとして被上告人に対し右の日時等を指定しようとした点はそれ自体違法と断定することができない。
 しかしながら、A検察官は、魚津警察署の警察官から電話による指示を求められた際、同警察官に被上告人側の希望する接見等の日時等を聴取させるなどして同人との時間調整の必要を判断し、また必要と判断したときでも弁護人等の迅速かつ円滑な接見交通を害しないような方法により接見等の日時等を指定する義務があるところ、こうした点で被上告人と協議する姿勢を示すことなく、ただ一方的に、当時往復に約二時間を要するほど離れている富山地方検察庁に接見指定書を取りに来させてほしい旨を伝言して右接見等の日時等を指定しようとせず、かつ、刑訴法三九条一項により弁護人等に認められている被疑者に対する物の授受について裁判所の接見禁止決定の解除決定を得ない限り認められないとしたものであるから、同検察官の措置は、そ
の指定の方法等において著しく合理性を欠く違法なものであり、これが捜査機関として遵守すべき注意義務に違反するものとして、同検察官に過失があることは明らかである。もっとも、原審の確定した事実によれば、被上告人は、本件接見等の申出前に担当検察官に連絡をとったわけではなく、同検察官の勤務場所から遠く離れた警察署に直接出向いて接見等を申し出たものであり、しかも同警察署において、警察電話による担当検察官との折衝の機会を与えられながらこれに応じなかった等の事情があるというのであるから、こうした諸事情をも考慮すると、被上告人にも弁護人としての対応にいささか欠けるところがあったのではないかと考えられるので、そのことが弁護人の接見等を求める権利の実現を遅れさせる一因であったことも否定し得ない
のであるが、これが被上告人の被侵害利益に対する慰謝料算定の際の一事情になり得るのは格別、右の検察官の過失責任を免ずる事由にはなり得ないというべきである。
 そうすると、A検察官の被上告人に対する被疑者との接見等申出拒否の処分はその職務を行うについてされた違法行為であるとして、上告人が国家賠償法一条一項により被上告人の被った損害を賠償すべき責任があるとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
 附帯上告について
 附帯上告が上告理由と独立した別個の理由に基づくものであるときは、当該上告についての上告理由書の提出期限内に原裁判所に附帯上告状を提出し、かつ、それまでに附帯上告理由書を提出することを要するものと解すべきところ(最高裁昭和三七年(オ)第九六三号同三八年七月三〇日第三小法廷判決・民集一七巻六号八一九頁)、本件附帯上告が本件上告理由と独立した別個の理由に基づくものであること及び本件附帯上告状が原裁判所に提出されたのは昭和五八年三月八日であり、上告指定代理人に本件上告受理通知書が送達されたのは同年一月一一日であること、したがって、本件附帯上告状が右上告受理通知書が送達された日から五〇日を超えた後に提出されたものであることは、記録上明らかであるから、本件附帯上告は不適法として却下を免
れない。
 よって、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、九五条、八九条に従い、裁判官坂上壽夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官坂上壽夫の補足意見は、次のとおりである。
 弁護人等と被疑者との接見交通権の重要性にかんがみ、法廷意見が「捜査の中断による支障が顕著な場合」について説示するところに関連して、一言所見を付け加えておきたい。
 捜査機関が、弁護人等の接見申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であつても、その日の取調べを終了するまで続けることなく一段落した時点で右接見を認めても、捜査の中断による支障が顕著なものにならない場合がないとはいえないと思われるし、また、間近い時に取調べをする確実な予定をしているときであっても、その予定開始時刻を若干遅らせることが常に捜査の中断による支障が顕著な場合に結びつくとは限らないものと考える。したがって、捜査機関は、接見等の日時等を指定する要件の存否を判断する際には、単に被疑者の取調状況から形式的に即断することなく、右のような措置が可能かどうかについて十分検討を加える必要があり、その指定権の行使は条理に通ったものでなければならない。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    貞   家   克   己
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    園   部   エ   夫
            裁判官    佐   藤   庄 市 郎
            裁判官    可   部   恒   雄
      代理人目録
仙 谷 由 人    山 田   敏    青 木 仁 子    佐 藤 典 子
野 村 侃 靱    辻     誠    柏 木   博    北 尻 得五郎
山 本 忠 義    尾 崎   陞    関 谷 信 夫    北 山 六 郎
大 塚 一 男    柳 沼 八 郎    佐古田 英 郎    野 宮 利 雄
伊 藤 和 夫    新 井 藤 作    野 本 俊 輔    大 川 隆 康
長谷川   昇    大 倉 忠 夫    小 高 丑 松    田 代 博 之
高野尾 三 男    武 田 芳 彦    田 中 幹 夫    杉 谷 義 文
武 村 二三夫    藤 原 精 吾    田 川 和 幸    寺 沢   弘
松 波 淳 一    島 方 時 夫    上 田 国 広    柴 田 国 義
田 平 藤 一    金 城   睦    清 藤 恭 雄    鈴 木 宏 一
脇 山 淑 子    菅 原 一 郎    沼 田 敏 明    藤 原 充 子
岩 田 広 一    内 田 雅 敏    木 川 惠 章    工 藤 祐 正
竹之内   明    八 塩 弘 二    杉 野 修 平    小 泉 征一郎
高 野 範 城    杉 山   彬    若 松 芳 也    小 出 良 煕
木 上 勝 征    本 多 俊 之    安 藤 和 平    上 野   勝
福 岡 宗 也    渡 辺 大 司    山 崎   惠    内 藤   隆
芳 永 克 彦    新 美   隆    渡 邉   務    佐久間 哲 雄
鈴 木 淳 二    高 橋   耕    庄 司   宏    河 合   怜
関   智 文    庭 山 正一郎    長 塚 安 幸    島 田 一 彦
海 渡 雄 一    三 上 孝 孜    久保田 康 史    寺 崎 昭 義
虎 頭 昭 夫    冨 永 敏 文    西 畠   正    糠 谷 秀 剛
前 田 裕 司    的 場   徹    大 高 満 範    齋 木 悦 男
富 永 赳 夫    井 上 庸 一    小 嶋 啓 達    秋 山 泰 雄
幣 原   廣    滝 本 太 郎    三 竹 厚 行    杉 浦   豊
渡 辺 和 義    波 部   明    出 口 治 男    坂 元 和 夫
尾 藤 廣 喜    矢 島 惣 平    柴 田 茲 行    平 岩 敬 一
川 上 三知男    八重樫 和 裕    多比羅   誠    高 谷   進
佐 藤 真 理    石 神   均    御 園 賢 治    伊 藤 誠 基
今 村 俊 一    向 井 一 正    大久保 和 明    鍬 田 万喜雄
高 橋 敬 幸    福 井 悦 子    杉 本 昌 純    伊 藤   公
伊 神 喜 弘    内 藤 義 三    久 野 忠 志    南     任
長 屋 容 子    安 井 信 久    村 上 文 男    伊 藤 保 信
服 部   優    二 宮 純 子    村 岡 啓 一    山 本 秀 師
稲 垣   清    小 島 隆 治    福 永   滋    成 田   清
花 井 増 實    兵 藤 俊 一    美奈川 成 章