ブエノスアイレスCOP4(第4回締約国会議)では京都会議後の交渉の進め方が議論され、京都議定書の制度の詳細(運用ルール)を決める最終期限を2年後のCOP6会合とした。また、次のボンCOP5会合では、地球サミット10年後の記念となる2002年(リオプラス10会議)に京都議定書の発効を目指す意思を米国を除く国々が表明した。
しかしハーグCOP6会合は、米国・日本などが非妥協的な態度で抜け穴拡大を求めたために決裂したこと(当時の『Kiko』参照)を受け、議長国オランダのプロンク議長の決定で、ハーグ会合は終了せず半年間の冷却期間を置いてCOP6を再開することにした。
それがCOP6bis.、COP6パート2、 COP6.5とも呼ばれたCOP6再開会合である。
つまり今回、7月のCOP6再開会合でも合意が出来ない場合は、各国はCOP4での公約を守れなかったことになり交渉の行き詰まりが明らかとなる上、新たな期限を決めるという大問題が持ち上がり、議定書交渉のプロセスは沈み続けるところであった。
小泉首相は「まだ期限ではない」と米国抜き批准の意思決定を先送りしたが、多国間交渉プロセスでは交渉期限が重要なこと、大国が勝手に期限を決められる話ではないことが分かっていなかったことは問題。