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Date: Tue, 17 Nov 1998 10:30:04 +0900
To: aml@jca.ax.apc.org, keystone@jca.ax.apc.org
From: "M.Shimakawa" <mshmkw@tama.or.jp>
Subject: [keystone 814] 米国防総省『東アジア戦略報告(1995)』の論理構造(1)
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X-Sequence: keystone 814
Precedence: bulk
Reply-To: keystone@jca.ax.apc.org
 

 島川です。                                      [TO: aml, keystone]

 標題の文章を勤務先の刊行物に掲載する予定で書いて、印刷に回したところ
 です。最後のあたりを校正の際にもう少し手を入れて結語のようなことを書
 くつもりでいたり、その他印刷物では少々内容が異なるものになりますが、
 出来上がりが遅くなりそうですので、アメリカ政府が「第4次東アジア戦略
 報告」を11月の後半に発表するという報道もあり、クリントン来日も実現す
 るようですので、とりあえず、現段階で「インターネット版」という形で投
 稿いたします。一部でも、何かのご参考になれば幸いです。

 この原稿は、「日米安保再定義」の路線をひいた1995年の「第3次東アジア
 戦略報告」=通称「ナイ・レポート」を中心に、アメリカ政府の論理を確認
 しようと試みたものです。「第4次報告」が出ましたら、95年以降の動きと
 ともに、また考えてみたいと思っています。
 

 =============================================================

  アメリカ国防総省『東アジア戦略報告(1995)』の論理構造
    ---- 「地球規模」の軍事同盟における「アジア太平洋型」集団安保体制 ----

                         島 川 雅 史
 目次

  1.はじめに
  2.ポスト冷戦とアメリカ軍事戦略の再編成 
    1) ブッシュ政権のポスト冷戦軍事戦略
    2) クリントン政権のポスト冷戦軍事戦略
  3.経済と国益 --「東アジア戦略」の論理(1)
  4.「NATO型」集団安保と「アジア太平洋型」集団安保
          --「東アジア戦略」の論理(2)
  5.「前方展開戦力」の意味 
                 --「東アジア戦略」の論理(3)
  6.ポスト冷戦軍事戦略と日本の役割
  注記
 

  1.はじめに

  1996年のクリントン大統領訪日による「日米安保の再定義」に始まり、翌年の
「新ガイドライン」によって具体化される一連の出来事は、1952年の日米安保条約
制定・1960年の安保条約改定に匹敵する、あるいは60年の安保改定を上回る、日米
軍事同盟の画期としての意味を持っている。しかし、「第三次日米安保条約」と呼
ぶべきこの変革において、日本政府の国民に対する説明は、日本での軍事問題にお
いてはもはや特徴ともなった、議論のための議論、実態を無視した形式論理のため
の論理という旧態・旧弊をさらに重ねるものであった。(1)
  日本政府の『防衛白書』や『外交青書』の記述では日本の軍事政策の本質や意図
が理解できるものではないが、これに比して、軍事同盟の相手国であるアメリカ政
府の場合には、各種の報告書や議会での政策説明には政府の政策意図が端的に表明
されており、アメリカ国民は基礎的な資料を前提として自らの判断を形成すること
が可能である。日本国民も、自らの政府が選択している軍事同盟の意味を知るため
には、アメリカ政府の説明を紐といたほうが理解が早いというのが現実である。
  本稿は、「第三次日米安保」の意味を考える上での理論的背景として重要な意味
を持ち、また21世紀の日米関係の基本を定めたとされる、1995年2月の国防総省
の『東アジア戦略報告』を中心として、アメリカの冷戦後のアジア太平洋軍事戦略
と日本との関係について考察を試みたい。
 

  2.ポスト冷戦とアメリカ軍事戦略の再編成

 1) ブッシュ政権のポスト冷戦軍事戦略

  冷戦期の軍事体制を正当化していたソ連という「悪の帝国」(レーガン大統領)
が解体消滅したことにともなって、「ポスト冷戦」の軍事体制を正当化するための
戦略理論が必要とされることになった。世界第一位の軍事国家であるアメリカは、
冷戦期の軍拡政策を合理化してきた最大の「仮想敵」の消滅によって、巨大な軍事
力を保持することの意味を改めて問われることになった。一方では、財政赤字への
対策からも、また国内には「平和の配当」として歳出を国民生活の向上へ振り向け
よという当然の主張もあり、軍事費の縮減は避けられない政治課題となっていた。
 新しい世界情勢において、また財政面での可能な範囲として、納税者国民の納得
しうる軍事力の規模と理由を呈示することが必要であった。核戦略論などの冷戦期
の論理がもはや役立たないことは明らかであり、冷戦後にあって維持する兵力の質
量とそのための経費とを説得的に説明する新しい戦略理論が必要とされていた。こ
の「ポスト冷戦」の課題に対応するために、アメリカ政府は1990年代の前半に新軍
事戦略をめぐる報告書を連続的に発表している。(2)
  レーガン政権の末期からポスト冷戦体制への移行は構想されていたが、政府全体
の政策として体系化されるのはブッシュ政権の時期である。1990年3月に大統領から
議会に提出された『合州国国家安全保障戦略(National Security Strategy of
the United States)』は、ソ連の解体を目前にした情況の下で、アメリカの仮想
敵を「東側陣営」から「第三世界」へと転換しようとするものであった。ソ連に対
してはなお軍事超大国として戦略の対象であるとしながらも、冷戦的封じ込め・対
決路線を放棄してソ連を「建設的なパートナー」として「国際システム」の中へ統
合して行くことが謳われている。そして、「我が軍事力を行使する対象はソヴィエ
ト連邦を含むものではなくなり、第三世界を対象とすることになるであろう」とい
う見通しを述べている。(3)
 この報告で戦略の柱として述べられているのは、要旨次の4点である。

 @「阻止」:侵略に対しては「柔軟反応」によりこれを阻止する。
 A「強固な同盟」:集団安全保障体制の基礎は共通の価値と安保利益にある。
 B「前方防衛」:ヨーロッパ・アジア太平洋・洋上での前方プレゼンスを維持す
    る。
 C「戦力投入」:米本国内に部隊を準備し、前方展開戦力の強化やプレゼンスの
    ない地域への投入に用いる。

 つまり、アメリカの軍事戦略は全面核戦争型から地域通常戦争型へ重心を移し、
米軍は「より小規模」の軍事力となるが、軍事拠点への前方展開戦力は維持され、
同時に「より地球規模」での軍事力投入が可能な機動性を持つ編成となり、足らざ
るところは同盟国の負担の分担によって補われる、というものであった。「集団防
衛の責任分担」という項目では、軍事同盟構成国の特徴を生かした「防衛負担」の
分担を求めている。(4)
 このブッシュ政権の『国家安全保障戦略』は、以後のポスト冷戦型戦略構想の基
本線を定めるものであった。この文書の冒頭で、ブッシュ大統領は「第二次世界大
戦の結果として、合州国は尋常ではない負担--世界の自由国家を指導し防衛を助け
るという責任--を引き受けてきた」と冷戦期を総括し、その冷戦に勝利したことを
誇りながら、今後も「新しい性質のアメリカのリーダーシップ」が求められている
と述べている。具体的には、冷戦後も、アメリカの価値に基づく「強固な同盟」を
維持・強化するということである。
 ソ連=共産圏を軍事力行使の対象から外し、攻撃対象として第三世界の国家を想
定するということは、自国領土・領海・領空の防衛という「国防」本来の意味を放
棄しているということでもある。上記の新戦略の柱とされる四点には国連の主体的
活動なども入り込む余地はなく、すべての基準はアメリカの「価値と安保利益」に
求められており、これに同調する同盟国のみが安全を保障されるということになる。
つまり、東西二極世界の消滅後にはアメリカ一極支配の世界を想定するという宣言
であるのに他ならない。ブッシュ大統領は、冷戦の終結後もアメリカは世界の警察
官であり続けることを声明したのであった。

 この年の8月には湾岸危機が発生し、湾岸戦争はブッシュ政権が描いた通りの展開
を見せることになった。国連軍ではなく、アメリカのリーダーシップが十分に発揮
できる「強固な同盟」軍としての「多国籍軍」が編成され、米軍中東地域担当の中
央軍司令官が指揮を執った。イギリス・フランス軍などとの調整はあったものの、
実質的な指揮系統としては、大統領--国防長官--統合参謀本部議長--中央軍司令官、
というアメリカの意思決定機構が貫徹されている。実質戦力の中核となった米軍は
在独・在日の前方展開部隊や後詰めの本国部隊が空海輸送によって逐次に「投入」
され、開戦時には陸海空の大勢力を形成してイラク軍を圧倒した。ドイツと日本は、
兵力の投入はしなかったものの巨額の「軍資金」を提供して「軍事同盟構成国の特
徴を生かした分担」の責を果たしている。
 翌1991年の『合州国国家安全保障戦略 (National Security Strategy of the
United States, August 1991)』は、冒頭で「二世代にわたる、世界の分裂とい
う深刻な闘争は終わりを迎えた」と「冷戦の終結」を謳い、しかし、と湾岸戦争の
例を挙げて、世界の「不確実性」の存在と軍備充実の必要を述べている。特徴的な
ことは、「ドイツと日本の増大する役割」という項目が設けられたことである。前
年の『国家安全保障戦略』では「経済上の課題」の項でドイツと日本の貿易黒字に
ついての非難が述べられていたが、91年版では、経済分野ではなお苦情を述べてい
るものの、その直前に、両国は「経済的・政治的指導者」として世界に登場してお
りアメリカとの「政治的・軍事的・経済的絆」は地域の、そして「地球規模におい
てさえ」安定性に寄与している、という称揚の段落が付け加えられていた。(5)
 これは、アメリカにとって、ドイツ・日本との「政治的・軍事的・経済的絆」が
ポスト冷戦の世界では必須であることを意味している。仇敵ソ連の自滅によって世
界大での「パックス・アメリカーナ」という長年の夢が実現したその時に、すでに
アメリカは単独で世界をコントロールする力を失っており、経済力の不足を独・日
等の同盟国のリソースを傘下に包み込むことによって補わなければ湾岸戦争規模の
軍事力行使ができないという現実を示すものであった。

 2) クリントン政権のポスト冷戦軍事戦略

 湾岸戦争の直後には80%とも90%とも言われる高支持率を得たブッシュ大統領も、
国内経済の低迷によって、二期目をめざした大統領選挙に敗北を喫することとなっ
た。国内景気の建て直しを掲げて誕生したクリントン政権は、@兵力規模の縮小と
Aアメリカの主導権を保ちながら同盟国の責任分担(「バーデン・シェアリング」)
を拡張するという、ブッシュ政権の基本政策を引き継ぎつつ、この両面をより積極
的・具体的に推進することになる。
 クリントン政権は、その当初から現在に至るまで、軍事・軍備政策に関する文書
やコメントを矢継ぎ早に発表しているが、この政権が根幹とする戦略理論と軍備計
画は、政権誕生の年の9月に発表された『ボトム・アップ・レビュー』に示されてい
る。アスピン国防長官によって議会に報告されたこのペンタゴン文書は、冷戦末期
以来のポスト冷戦政策をめぐるさまざまな戦略=戦術的・軍政的論点を総括して体
系化した大部なものである。(6)
 『ボトム・アップ・レビュー』報告は、冒頭で「冷戦は我われの後景にある」と
言い、「45年間」にわたりアメリカの国防意思--戦略・戦術・原則・軍事力の量と
形態・兵器の構想・国防予算--を決定づけたソ連はもはや脅威ではないと述べ、冷
戦の勝利を誇っている。そして、この報告は米国が冷戦後に「いかなる軍事力を構
築するか」、また「時代にふさわしい国防の水準」はどの程度のものか、という点
についての回答であると言う。
 この報告は新旧の脅威について比較リストを掲載し、冷戦後に問題となる脅威に
ついて4点を挙げている。

 旧脅威:ソヴィエトの核・通常戦争用の大軍がもたらす地球規模の危険。
 新脅威:@核・生物・科学兵器の拡散。
     A地域の主要国家による侵略と民族・宗教紛争。
     B旧ソヴィエト連邦その他における民主主義的改革失敗の可能性。
     C強力で成長する合州国経済の建設に失敗する可能性。

 その直後に、同様な対照表で「新しい展望」として掲げられているのは5点であ
る。

 旧展望:危険を減少させるための僅かな希望。
 新展望:@安全保障のパートナーシップの伸張。
     A民主主義国家によるコミュニティの建設。
     B地域戦争抑止の進展。
     C劇的な核兵器削減の実施。
     Dより少ないリソースをもって合州国の安全を護る。

 「新脅威」のCに挙げられているように、安全保障の対象範囲に「合州国経済」
を含めているのがひとつの特徴であり、この点は何のために軍事力を保有=行使す
るのかという根本的な理由として、この政権で繰り返し表明されることになる。ソ
連の消滅によってアメリカ領土に対する「直接の危険」は去ったという認識を示す
一方で、「合州国経済」を脅かすことになる「地域の主要国家による侵略」=「地
域戦争」を防止・制圧しなければならない、という課題を呈示しているわけである。
                                    (7)
 通常戦力の保有と行使というポスト冷戦戦略に直結するのは「新脅威」のAと「
新展望」の@BDであるが、これはDに典型的に表現されているように、国防費の
削減という至上命題を前提とするとき、「パートナーシップ」つまり同盟国の責任
分担(「バーデン・シェアリング」)を同時に予定するというものであった。
 この政策は「関与と Prevention, and Partnership)」という項目にまとめられている。つまり、アメ
リカは「国際的に政治的、経済的、軍事的な関与」を続け、「我が諸利益に対する
脅威の興隆を防止」し、そのために「国際的なパートナーシップ」を結ぶ、という
ものである。ただし、そのパートナーシップとは、字義通りの対等な連携関係とい
う意味ではない。報告は、「このパートナーシップは、我が同盟諸国の貢献を求め、
また、彼らとの公正かつ公平な政治的・経済的・軍事的関係を確立するための我わ
れの能力に依存する」と述べている。さらに、「同盟の維持と改変」の項目では、
合州国はヨーロッパ・東アジア・近東・南西アジアの各地域で「指導的な安全保障
パートナー」として行動すると言い、「我われは、より低いコストでリーダーシッ
プを維持する方途を見いださなければならない」とも述べている。つまり、このパー
トナーシップとはアメリカの「指導」と同盟国の「貢献」を内容とするものであり、
ブッシュ政権のアメリカの価値に基づく「強固な同盟」をより低コストでめざそう
とするものであった。(8)

 並列された脅威と展望の諸項目の中で、唯一の具体的な軍事的課題とも言える「
地域戦争」への対処方法が『ボトム・アップ・レビュー』の眼目と言えるものであ
るが、この報告は所要軍事力の積算根拠として、「ふたつの大規模地域紛争」への
同時対応を挙げている。

 仮想敵の兵力規模の見積もりは下記の通りである。
   *兵員40〜75万人。戦車2,000〜4,000両。装甲車両3,000〜5,000両。大砲
      2,000〜3,000門。作戦機500〜1,000機。対艦ミサイル装備のパトロール艇
      を主とする100〜200隻の艦船。100-1,000発の、いくらかは核・化学・生
      物弾頭を持つスカッド級ミサイル。

 これに対抗するための米軍の所要兵力量は、
   *陸軍:4〜5個師団。海兵隊:4〜5個旅団。空軍:10個航空団。重爆撃機100
      機、海軍:4〜5個空母機動部隊。
 と見積もられている。

 二戦争対応であるから、米軍部隊は単純計算でこの二倍が戦闘所要兵力量という
ことになり、本国防衛用・修理中・訓練用などの兵備を加えると倍増以上というこ
とになる。レーガン軍拡が目指した海軍600隻体制などから比べれば縮小された目
標であり、また空母の保有量を15隻から12隻に削減するなどこの時点での現有兵力
を下回る計画ではあったが、なお強大な軍事力を維持することを宣言したものであっ
た。報告では、B-2重爆撃機などの高額兵備は単純倍数でなくとも時間差があるで
あろうふたつの戦争正面での転用も可能であると述べて、予想されるなお過大であ
るという批判への回答を準備しつつ、二カ所の大規模地域戦争への準備は同時に「
予想外の大規模な脅威」にも備えることになるので必要であるとしている。
 戦力の編成としては、軍種等従来型の構成要素の通りである。量的減少をカヴァー
する意味での機動的移動能力・輸送力の増強と事前集積の強化が力説されているが、
これも従来からの方針である。前方展開も規模の縮小はあるものの維持される。ま
た、兵備の質的な向上=ハイテク化の推進と技術防衛が強調されている。これもコ
コム政策以来の質的優位を確保しようという伝統的方針であるが、量的不足を兵器
性能の優位で補うという意味から重視されている。
 仮想敵の例としては、極めて具体的に、「再軍備を行ったイラクがクエートとサ
ウディアラビアを侵略する」場合と、「北朝鮮が大韓民国を侵略する」ケースが挙
げられている。「予想外の大規模な脅威」とは、名指しはしていないものの、アラ
ブ第一の軍事大国と言われたイラクを凌ぎ大規模地域紛争所要の二倍の軍事力を必
要とする仮想敵が、中国とロシアを意味しているのは明らかであろう。(9)

 この二正面作戦への準備という概念は『ボトム・アップ・レビュー』で初めて打
ち出されたという解説がなされることが多いが、実は「ボトム・アップ」による検
討(所要兵力を現場の必要から積み上げるという意)というネーミングも含めて、
すでにブッシュ政権の時期に確立されていたものであった。例えば、湾岸戦争の立
役者・パウエル統合参謀本部議長は、1992年4月にブリュッセルでアメリカとNA
TOの冷戦後戦略について講演し、「拡張主義者の超大国」によって引き起こされる
「地球規模戦争」や「水爆戦争」はもはやないと述べ、現在のアメリカの「新しい
戦略」は「個別の地域的危機」に対応することに集中されている、と言い切ってい
る。パウエル議長が挙げている脅威の例はイラクと、「スターリニストが残存する」
北朝鮮である。そして、「賢明な計画」は湾岸戦争型のふたつの危機に備えること
であると言う。また続けて、「我われの楽観的希望」が結実することなくユーラシ
アに再び敵性の超大国が出現するような事態を迎えたとしても、「より大きな軍事
力を再構築することが可能である」と述べている。このパウエル議長の論旨は、『
ボトム・アップ・レビュー』の骨子にほとんど等しい。ユーラシアでの敵性超大国
の復活の可能性についての言及は、講演の場所がヨーロッパであるというだけでは
なくブッシュ政権が旧ソ連に残存する「スターリニスト」についても未だ警戒心を
持っていた現れかもしれないが、しかしその潜在的脅威にしても平時に二正面作戦
規模の軍事力を擁していれば歯牙にかけるほどのことではない、という自信が表わ
れている。彼は、アメリカは新しい戦略を「根底から(bottom up)」作成してい
るところであると述べている。(10)
  また、先に述べたように、『ボトム・アップ・レビュー』は冷戦時代の戦略は役
立たなくなったと言い、全く新しい戦略に基づいて所要の軍備を組み上げた構想で
あると述べているが、通常戦争の場面に関しては、仮想敵と所要兵力量については
変更があったものの、量的縮小という結論の他は従来の路線にほとんど変わるとこ
ろがない。前方展開戦略の維持と、量的縮小をカバーする移動即応能力の向上が強
調されて、地球上の全地域に「関与」を続けることも再三確認されている。核戦力
においてさえ、縮小はするもののICBMやSLBMという基幹戦力は維持されることに
なっている。
 この点を簡潔に解説しているのは、1993年5月のジェレマイア統合参謀本部副議
長の説明である。この海軍の将官は、地域戦争対応が公式にアメリカの「地球規模
の戦略」となったのは「今から1年より少し前」のことであり、軍備縮小によって
カットされた大部分は「特にソヴィエト連邦と戦うために考案された軍事力や計画」
であって、「その他の戦力」は強力なままで維持しておりソ連の消長に関係しない
分野では「多くの重要な安全保障上の任務を完遂し続けることができる」と述べて
いる。(11)
 このジェレマイア副議長の説明こそが、アメリカのポスト冷戦戦略の実像を示す
ものであろう。パックス・アメリカーナの志向のもとで「世界の警察官」たろうと
する限り、世界の全域を制圧しうる可能最大限の軍事力を保持しようとするのがむ
しろ当然の論理である。軍拡競争に疲弊したソ連が解体し、アメリカも程度の差は
あれ同じ理由によって軍備の縮小を余儀なくされたものの、世界規模で軍事をコン
トロールしようというその根幹の部分において変更は行われていないわけである。
アメリカのポスト冷戦戦略とは、地域毎の脅威算定に基づく「ボトムアップ」の所
要兵力合計によって算出されたものというよりは、むしろ財政的制約という基本的
な枠組みのもとに「トップダウン」で二正面作戦対応の論理が生み出された、と言
うほうが事実に近いということであろう。二正面と言おうと五正面と言おうと、そ
れが兵備の構成や戦術の変更に関わるものではなく単に量的な規模の問題であると
すれば、「予想外の脅威」に対しても、各単位を機動輸送によって集結させればい
つでも巨大な軍事力を形成することが可能になるわけである。
 しかしまた、財政上の制約から現有兵力を維持できないのも事実であり、その不
足は同盟国の分担範囲の拡大に求められるということになる。『ボトム・アップ・
レビュー』の積算した兵備の量は、国家財政に耐えない過大なものとしてその後に
修正を余儀なくされているが、ブッシュ=クリントン両政権を通じて形成されてき
た「関与と防止とパートナーシップの戦略」という概念は、1994年以降は「関与と
拡大の国家安全保障戦略(National Security Strategy of Engagement and
Enlargement)」と言い替えられて、クリントン政権の軍事政策を表現する表看板
となっている。(12)

 ポスト冷戦戦略の中で、主敵を失ったヨーロッパは曖昧な立場となっているが、
冷戦時の戦略でもそしてポスト冷戦戦略においても、「二正面作戦」のひとつの正
面であり続けているのは東アジアである。ポスト冷戦の東アジア戦略構想について
は、アメリカ政府は1990年、1992年、1995年と、三次にわたる通称『東アジア戦略
報告』を作成しているが、その集大成と言える1995年の国防総省の『東アジア戦略
報告』を中心として、アメリカのポスト冷戦の論理を検討してみたい。(13)
 

  3.経済と国益 --「東アジア戦略」の論理(1)

 国防総省の通称第三次『東アジア戦略報告』は、ポスト冷戦戦略の「一正面」で
ある東アジア・太平洋地域について、情勢の把握とアメリカの対応について述べた
文書である。しかし、単に一地域の情勢を軍事的に分析したという報告書に留まる
ものではなく、ブッシュ政権以来のポスト冷戦戦略論を集成的に総括した上で、そ
の原理に立って地域の要点について演繹的に意味づけを行うという構成を取ってお
り、自ずからアメリカのポスト冷戦戦略の全体を説明するものになっている。
 文体は平易で軍事の専門用語や略号などもほとんど用いられておらず、概念も日
常の用語によって丁寧に説明されて、国防長官の議会への軍事報告というよりは、
一般の国民に向けた政策解説文書の趣を呈している。この報告が前提としている『
ボトム・アップ・レビュー』は、なぜ冷戦後に巨大な軍備を必要とするかという問
いに答えるものであるという、その冒頭の気負いとは異なって、各軍種の装備と運
用の羅列の観も呈する、国民に政府の冷戦後軍事政策を納得させるという論理にお
いては成功作とは言いがたい文書であった。これに比して、『東アジア戦略報告(
1995)』は、具体的な軍の編成や規模・配置・運用ということには詳しく立ち入る
ことをせず、軍事作戦の前提としての、なぜ軍事力を太平洋に向けることが必要で
あるのか、という一点を繰り返し説明したものになっている。
 この報告書は「ナイ・リポート」とも別称されるように、ジョゼフ・ナイ国際安
全保障担当国防次官補によってまとめられたものであるが、ナイは報告発表直後の
ブリーフィングで、「報告書の主目的は、地域の我が友好国と同盟国、議会、そし
てアメリカの公衆に対して、国防総省の地域戦略を説明しようとしたものである」
と述べている。賛否や是非は別として、アメリカ国民は政府の政策意図や行動原理
について『ボトム・アップ・レビュー』以上に理解ができたと思われる(後述する
ように、ナイは議会においてはまた異なる顔を見せている)。(14)

 ナイは、有名になった「安全保障とは酸素のようなものである」という比喩から
記述を始めている。酸素は普段はその存在を意識するものではなく失って初めてそ
の必要を痛感することになるが、安全保障はこれに似ていると言う。この比喩は、
安全保障=軍事関係に、その他すべての国家間活動の基底をなす、いわば前提条件
としての優先性を与えるひとつの価値意識を表している。以下、『報告』の論点を
中心としながら、この価値意識の内容を検証してみたい。(15)
 『報告』はまず、合州国にとってのアジア地域の経済的重要性ということを強調
する。

  今日のアジアはまた、新しい意義を持っている。その役割は、よりオープンな
 国際経済体制を形成しようとする時に死活的に重大なものとなる。1993年に、合
 州国とアジア・太平洋地域との貿易は3740億ドルを超えており、合州国の280万
   人の雇用を生み出している計算になる。日本の経済的・政治的重要性を考えるな
 らば、冷戦後の地域的かつ国際的な活力ある秩序を形成しようとすることにおい
 て、日本が我われの努力のパートナーであることは自明のことである。この地域
 は他の経済的な成功者--中国・台湾・香港・韓国・シンガポール・マレーシア・
 インドネシア・タイ--を生み出しており、それぞれの国は合衆国の大事な貿易相
 手となっており、地球規模の経済においてもますます重要な役割を演ずるように
 なっていくであろう。(16)

 ブッシュ政権はドイツ・日本を経済関係の競争的敵対者とみなし、その貿易不均
衡を安全保障上の障害として捉えていた。続くクリントン政権においても、日米の
経済摩擦は険悪と言える関係にあった。しかし『報告』は、「我われが日本と有し
ている二国間関係ほど重要なものはない」と言い、「貿易摩擦が我われの安全保障
同盟を掘り崩すことを認めるべきではない」と述べて、二国間関係評価の優先順位
を安保同盟に置いている。同時に、経済関係の課題は改善への努力が続けられるべ
きであるとも述べているが、日本を重要視する記述は頻出するのに対して、問題点
を指摘しているのはこの貿易摩擦に言及した一箇所のみであり、明らかに副次的な
問題として扱われている。ナイ自身、前述のブリーフィングにおいても、冷戦後の
世界を支配するのは経済摩擦であるという見方は誤りで、なおうつろいやすい状態
にある「酸素」としての安全保障こそが優先性を持つ、と述べている。また、この
年6月に行った議会証言においても、貿易分野での問題を対日関係全般に影響させ
るべきではないと述べている。(17)
 しかし、これはアメリカが経済的局面を軽視しているということを意味するもの
ではなく、経済面は『報告』が最も重視するところであった。『報告』はアメリカ
経済と東アジアについて次のように述べている。

    合州国の経済は、アジアのダイナミックな経済によって提供される貿易と投資
 の機会を通して強化されるであろう。アメリカ経済は貿易への依存を増やしてい
 る。総国内生産の内訳を見れば、商業輸出は最近の20年間に5.5%から11.6%へ
 と倍増した。この部門の成長の多くには、アジアが貢献している。今日、アメリ
 カのアジアとの双方向の貿易は、アメリカの世界貿易全体の36%以上を数えてい
 る。一人あたりの平均を取れば、アジア諸国の人びとは、ヨーロッパ諸国の人び
 とよりも多くアメリカ産の商品を輸入している。アジア・太平洋地域に対する合
 州国の輸出は、合州国の世界規模での商業輸出の三分の一に達しようとしている。
 アジアの国際金融上の役割も、自ずから高まっている。地球規模での銀行資金の
 40パーセントは、今や東アジアの主要7ヶ国が占めているが、1980年にはその
 割合はわずか17パーセントであった。日本、中華人民共和国、台湾、香港とシン
 ガポールの外貨準備は、総計2,700億ドルに達する。他の外国資本をも含めて、
 これらに対する我われの依存度は、今後とも合州国にとってアジアが重要性を増
 していくことになる。(18)

 『報告』は、この記述に前後して、東アジアの経済的シェアの大きさを示すさま
ざまな数字を列挙している。経済成長率が世界の他の地域を上回っていること、ア
メリカの最大の貿易パートナーであること、21世紀にはアジア太平洋地域が世界
の経済活動の三分の一を占めると予想されること、等々である。ナイはさまざまな
機会にこのアメリカ経済にとってのアジアの重要性を力説しているが、特に強調し
ているのがアメリカの輸出と雇用についての大きな影響力という点である。95年
10月の議会証言では、2000年までには太平洋貿易は大西洋貿易の二倍に拡大する
という予想を述べて、「我が経済は、アジアの安定と安全保障が合州国の安定と安
全保障に等しいと言える程度にまで、アジア経済に結びつけられている」と言って
いる。この認識を元にして、『報告』は、この地域の安全保障が「アメリカの将来
にとって決定的に重要なものになるであろう」と結論している。さらに、「アジア
太平洋地域の安定と繁栄は、すべてのアメリカ人の幸福に影響を及ぼす死活的な国
益に関する事柄である」と言い切っている。(19)
 『報告』には、「国益」という言葉が頻出している。@アジア経済はアメリカに
とって本国経済と同等の価値と重要性を持っている、Aそれゆえ、アジアはアメリ
カにとって死活的に重要な地域である、Bそれゆえ、この重要地域の安全保障を確
保することはアメリカ自体の国益そのものである、という論理の展開は非常にわか
りやすい。ナイによれば、「我われの国益が、当地域の全体について終始関与する
ことを要求している」のであった。(20)
  ブッシュ政権下の『第一次東アジア戦略報告』でも、また『第二次東アジア戦略
報告』でも、アジア地域の経済的重要性については触れられている。しかし、『第
一次報告』では日本は経済摩擦の当事者として未だ警戒的に語られている。『第二
次報告』では貿易額(3,100億ドル)と雇用創出効果(260万人)の数字が挙げら
れ、太平洋貿易が大西洋貿易を三分の一凌駕していると述べられているが、アジア
の繁栄は第二次大戦以来のアメリカの「経済上・安全保障上の関与」が「主要な要
素」であったと、家父長的に自らを誇る色彩が強い。第三次のクリントン政権ナイ
報告に至って、アジアはアメリカの安全そのものを左右する「死活的な国益」の存
する地域という、最大の評価を与えられることになった。(21)
 つまり、「国防」とは、国土の防衛という狭義の意味ではなくアメリカの「国益」
を保護・維持・進展させる手段であり政治経済的国家関係の根底をなすこと、その
対象範囲は全世界・全分野にわたるが、国益の基本である経済的分野において特に
アジア太平洋地域が今後は死活的に重要となり、将来にわたってアメリカは軍事的
「関与」を続ける、という明快な「東アジア戦略」の論理がここに完整されている
わけである。
 

  4.「NATO型」集団安保と「アジア太平洋型」集団安保
 
 『報告』は、「アジア太平洋地域の安全保障におけるアメリカの恒久的利益」と
いう項目で、アジア太平洋地域の軍事戦略について、次のように総括的に述べてい
る。このタイトルの「アメリカの恒久的利益(American Permanent Interest)」
とは、当然「国益 (National Interest)」を指している。

    第二次大戦以来、合州国はアジア太平洋地域において卓越した大国となってい
 る。冷戦の間、我が国家安全保障の目的は、ソビエト連邦を地球規模で封じ込め、
 可能な限りに前方でアメリカの領土を護り、そして友好国や同盟国を保護すると
 いうことであった。我が軍事戦略としては、太平洋の通航を含みその長距離性に
 大きな制約を受けるために、特に日本・朝鮮・南東アジアの恒久的基地群に駐留
 兵力を前進させておくことが必要であった。
    我われは、二国間の安全保障協定の範囲を発展させることを通して、我がプレ
 ゼンスを遂行してきた。この方式は、アジア太平洋地域の主要な国が脅威の認識
 を異にし、文化・歴史・政治制度・経済的な発展段階でも異なっているので、適
 切なものとして続行される。(22)

  前方展開戦略については後述するが、ここで注目しておきたいのは、アジア太平
洋方面のアメリカの軍事戦略が各国との「二国間の安全保障協定」を軸としている
ことの理由である。『報告』は、別の箇所でも、アジア諸国の統合の困難性につい
て述べている。

  アジアは、多様性--人種、宗教、文化、言語と地理--によって特徴づけられる。
 歴史的な怨念は強く残存しており、結合という観念が欠けている。最初の中日戦
 争から中ソ対立や、朝鮮、ベトナム、カンボジアでの紛争に至るまで、アジアの
 主要国間では頻発する対立と紛争が定番となっていた。アジアと太平洋では、覇
 権を狙うソヴィエトの脅威にもはや直面することはないにしても、我われはなお
 朝鮮半島での挑戦的な軍事的脅威やその他同様な再現する緊張の複雑な配列に向
 き合っている。(23)
 
 これに続く段落では、アジアには長期にわたって続いている敵対関係があると言
い、「ほぼすべての国が歴史的葛藤に由来する不信と疑念の記憶を抱いている」と
述べている。つまり、アジアにおいては「最初の中日戦争」である日清戦争以来の
対立・抗争の歴史があって国家間でNATOのような地域集団安保体制を作ることは不
可能であるため、「卓越した大国」であるアメリカがそれぞれに二国間の安全保障
協定を結んで「友好国や同盟国を保護」してきた、と戦後史を総括しているわけで
ある。
 東アジアのアメリカの軍事拠点としては、その一・二位を日本と韓国が占めてい
るわけである。日清戦争は朝鮮半島の支配権をめぐる日中間の戦争であった。日本
の近現代史は朝鮮侵略と植民地化の歴史でもあり、第二次大戦後も日韓の国交が成
立するのは戦後も20年を経てからのことである。1998年の金大中大統領の訪日の
時点で、ようやく「日本文化輸入の解禁」が話題となるような関係であった。また、
冷戦の時代に共産圏封じ込めの最前線のひとつであり、今日も米中間の軍事的緊張
の焦点となっている台湾も、日本の植民地であった近現代史を持っている。アメリ
カの太平洋戦略の正面であった北東アジア=極東においては、戦後の冷戦の開始期、
特に朝鮮戦争の時点では日本はまだ占領下にあり、以後も例えば米・日・韓・台共
同条約機構というようなものが容易に実現しうるような条件になかったことは確か
である。また、冷戦期に米ソ共通のシーレーンの観点からも戦略的要地となったア
セアン諸国にとっても、第二次大戦以来の日本への「怨念」・脅威の意識は同様で
ある。これに加えて、日本が地域西側軍事同盟の主要な構成要素となるためには、
占領期間中に制定された「平和憲法」の問題があった。
 『報告』は、アメリカはこれら「ナーバスな隣人たち、歴史的な敵対者、潜在的
な対抗者」の間で「誠実な仲介者」の役割を果たす信頼性と能力を持っている、と
述べている。かくして、アメリカがそれぞれに二国間の安全保障協定や軍事的関係
を結んで、全体としての「ネットワーク」を形づくるという、「アジア太平洋型」
の軍事同盟が構成されることになる。(24)

   1990年代の、多様な二国間関係から成る合州国のネットワークは、相互安全保
 障同盟、様々なアクセス協定、非公式で適宜な軍部同士の演習や交歓を含んでい
 る。これらの二国間関係は、地域の各国とおおむね特別な数多くの安全保障上の
 関心を提起するものであるが、しかし全体としては、彼らは平和と安全を促進す
 る強力な地域ネットワークを形成してきている。合衆国は、アジア太平洋地域に
 おいて六つの安全保障上の付託を受けており、それは日本(1951年9月8日)、
 韓国(1953年10月1日)、オーストラリア(1951年9月1日)、タイ(1954年
 9月8日)との安全保障条約、マーシャル諸島共和国、ミクロネシア連邦、パラオ
 共和国との「自由連合協定」(1986年11月4日調印)含んでいる。これらの二
 国間協定は侵された試しがなく、また冷戦の終結もその重要性を減ずるものでは
 ない。また、この地域において多国間の結合の積み重ねを推進する合衆国の利益
 も、中核となる二国間の結合の重要性を崩すものとはならない。(25)

 『報告』は、二国間の軍事同盟がアジア太平洋地域安保の中核であることを力説
している。集団安保体制については、クリントン大統領の訪韓時の発言を引用して、
「地域的な安全保障対話」は必要であるものの「我が同盟と前方軍事プレゼンスを
補完」するものであって、これに代替しうるものではないと説明している。ASEAN
地域フォーラム(ARF)などの多国間同盟への志向は、アメリカの太平洋戦略を「
補完」するものという位置づけしか与えられていない。ナイも各所で同趣旨のこと
を述べているが、例えばこの『報告』発表時のブリーフィングでは、記者の、北東
アジアでも二国間同盟より多国間同盟のほうが信頼性を増すのではないかという質
問に対して、「戦略の核心は、最初にまた最優先で、二国間安保同盟を維持するこ
とにある」と言い、多国間機構の構想は、「可能であるなら」これに「付加」すべ
き事柄であると答えている。(26)
 二国間同盟のネットワークという「アジア太平洋型」の軍事同盟については、歴
史的由来の説明はともかく、今後もNATO型の集団安保体制に転換することは追及せ
ず、可能性があったとしてもそれは付加・補完的な意味に留まる、というわけであ
る。可能性があってもそれを主要な選択肢としないということは、「アジア太平洋
型」軍事同盟には集団安保体制を構築する以上の有利さがあるということになる。
 『報告』は、地域集団的軍事機構のないことがアジア太平洋安保にとって困難に
はならないと言う。アメリカは、「地球規模の能力を持つ唯一のアジア=太平洋大
国」であり、必要があればいつでも、「湾岸戦争の時」に行ったように「多国間の
連合」を組織することができるからである。(27)
 つまり、アメリカはアジアでの軍事力行使に、湾岸戦争型の戦闘を考えているわ
けである。湾岸戦争は、国の単位で自由参加する第二次大戦型の「連合軍」という
編成で戦われ、戦場ではアメリカ人司令官が全軍の統一指揮をするとともに、政治
的な最終意思の決定権は事実上アメリカ大統領の手中にあった。この「連合軍」型
編成が、例えば「国連軍」型の、上部に安保理事会という共同意思の決定機構を持
ち、その下にさらに各国軍部の代表からなる軍事参謀委員会の指揮を必要とすると
いう体制に比べて、アメリカの意思を貫徹しやすいことにおいては論を待たない。
『ボトム・アップ・レビュー』は紛争の強度により三段階の規模で戦闘を想定して
いる。その予定最大規模の戦争の場合には、アジアの軍事ネットワークのみならず、
「地球規模」の同盟国を動員・結集して「湾岸戦争型」戦闘を主導権を確保しつつ
遂行できる、というわけである。「二国間同盟のネットワーク」とは、対米同盟の
締結国同士には制度的には相互の連絡はなく、実際上アメリカのみがすべてを「仲
介」できる。つまり家父長的に指導・領導できる最も効率的なシステムであるとい
うことになる。
 -----------(つづく)


  • 1998年
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