Date: Fri,  1 Jun 2001 19:14:05 +0900
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Subject: [keystone 3951] ゆったり反戦通信その1
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〈練馬の里から〉ゆったり反戦通信 その1

      発信者=井上澄夫
                 (戦争に協力しない!させない!練馬アクション)
          発信時=2001年6月1日
 
全国のみなさんへのご挨拶
  火薬庫の上にダイナマイトが座っているような小泉政権の登場以来、誰もが
気ぜわしい日々を送っていると思います。私もムチャクチャ多忙なのですが、
これから時々、「〈練馬の里から〉ゆったり反戦通信」を書くことにします。
  私が住んでいる東京都練馬区は、もともと、緩やかに低い丘が連なる武蔵野
台地の一角で、川や湧水池があって、のどかに田畑が広がる村だったのです
が、そこに目をつけられて、首都防衛のための軍事施設が押しつけられてきま
した。
 たとえば、現在の光が丘団地は、旧陸軍成増(なります)飛行場を米軍が接
収して作った広大な住宅施設(基地)、グラントハイツの跡地です。それ以外
にいくつも軍事施設があったし、今もあるのですが、そういう話も、少しずつ
書くことにします。
  この通信では、私が参加している「戦争に協力しない!させない!練馬アク
ション」からのお知らせや呼びかけとは別に、あまり長くないエッセイを書こ
うと思います。しかし、週一回とか、隔週とかの限定をせず、あくまで「ゆっ
たり」ペースでいきます。いくらか暇があるときや、なにかふと思いついたと
きに書くことにしますから、忘れられた頃に、ポツンと出てくることもあるで
しょう。
 しかし、みんなが余りに多忙な時代には、そういうものがあってもいいので
はないでしょうか。政治情勢に機敏に対応することは、とても大事なことです
が、
ジョージ・W・ブッシュ氏、小泉純一郎氏、石原慎太郎氏などと違う時間を生
きながら、闇を見透かし、彼らの思いもつかぬ方向から反撃することも必要で
はないかと思うのです。
 では、第一回、「その1」。
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     わかりやすい比喩に気をつけよう

  新潟県刈羽村のプルサーマル導入をめぐる住民投票の結果について、改めて
触れる必要はないだろう。政府・電力業界の総力をあげたテコ入れも、ムダで
あった。
 石原慎太郎氏も、危険を新潟県民に押しつけて電力をふんだくり続けてい
る、エネルギー超浪費都市・東京の知事としての焦りをむき出しにして、刈羽
村民を恫喝したが、それはかえってアダになったようだ。
 もともと石原都知事には、刈羽村に出かけて頭を下げるほどの「器量」はな
い。首相になれないことに屈辱感と劣等感を感じながら、「ニッポンの首都」
の知事は一国の大統領に等しいという、お手盛りのうぬぼれで自らを慰めつ
つ、虚勢を張ってふんぞり返っているのだから、アタリマエといえばアタリマ
エだが、危険を強要されている側の苦しみが、彼には本当にわからないよう
だ。「足を踏んでいる者は、踏まれている者の痛みがわからない」のである。
  ところで、今回の住民投票についての情報で驚いたのは、社会民主党の福島
瑞穂参院議員が発行しているFAXニュース『From  Mizuho』第37号(20
01・5・28発行)で伝えられた次の事実だ。
 5月22日に開かれたプルサーマル導入賛成派と反対派の討論集会に参加し
た原子力安全・保安院(省庁再編に伴い、経済産業省の中に新設された原発の
「規制機関」)のスタッフは、「保安院は規制の立場です」と言いつつ、「危
険なものといっても、包丁をコントロールできるように、原子力発電所なども
コントロールできる」と言い放ったというのだ。
  これほど住民をコケにした発言を聞かされれば、憤慨しないほうが、どうか
している。導入賛成派の人びとも、困惑したり、反発したりしたのではあるま
いか。愚民政策とは、まさにこの発言のためにある言葉であろう。
 
  もっとも、この種のレトリックは、珍しいものではない。語る本人は、説得
力があるウマイ比喩だと思って、得意になって開陳するのである。思い出した
一例をあげる。『通販生活』の昨年春の特大号は、憲法問題を取り上げ、改憲
にかかわるあれこれの言説を紹介したのだが、そこで、改憲派のジャーナリス
ト・大宅映子氏は、「日本国憲法の前文に問題がある」とのべて、こう言う。

  〈前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し……」というくだ
りがあります。でも、本当に「諸国民」を信じられますか?  他の国の人たち
は、みんな平和を愛して、みんな公正で、みんな正義があるんだ、という。そ
れを信じて、「われらの安全と生存を保持しようと決意した」とある。あたか
も悪いことが起こらないかのような話じゃないですか。
  この前文があるから、危機が起きたらどうなるかを想定することすらできな
いんです。原子力は安全だ、と言って対策をとらないのと同じです。人間は神
様じゃないのよ。洗い物をしていて、コップを割ったことがない人なんていな
いでしょ。危機があることを前提に危機管理をするのが大人がやるべきことで
しょう。〉

  原子力発電所は、〈包丁のように〉コントロールできるという、原子力安
全・保安院のかのスタッフが聞いたら、さぞかし、あわてふためくに違いない
発言だが、これも、ためにする比喩の失敗作であろう。
 コップは割れないよう、それぞれが注意すればいい。割れたらカケラを処理
すればいいし、ケガをしても対応できる。だが戦争の勃発は、個人の注意では
阻止できない。戦争の発動自体が、個人の意思を踏みつぶしてなされるのだ。
それに、そんなことは、別に大人でなくてもわかる。
  こういう犯罪的な比喩をもてあそんで、「危機管理ができない日本人」を批
判する大宅氏が言いたいことの核心を、正確に引用しておく。

  〈(自衛隊を憲法違反とする)その憲法を絶対に守るということは、敵国か
らミサイルが飛んできても「万歳!」と手をあげて無抵抗のまま死ぬのも厭わ
ないということです。それとも侵略に対して毅然として立ち向かうのか、
「どっちかに覚悟せい!」と言いたいですね。〉

  大宅氏は、日本人総体に向かって「覚悟せい!」と号令を発する。では、さ
ぞ強固に覚悟しているであろう大宅氏自身は、侵略に対して、どのように「毅
然として立ち向かう」のであろうか。また肩にタスキをかけて「日の丸」の小
旗をうち振りながら、「出征」自衛官たちを送り出すのか、はたまた自衛隊に
駆け込んで、銃の操作を教えてもらうのか。「覚悟せい!」とのたまうからに
は、国防完遂に燃える憂国の士たる大宅氏は、まず自らの覚悟の中身を明らか
にすべきであろう。
 
  一見、わかりやすい比喩に気をつけたい。先の原子力安全・保安院のスタッ
フも、大宅氏も、デマゴーグに特有のレトリックを用いているにすぎない。マ
スメディアのあおりも手伝って、「人気」が政局を動かす情勢が作られている
が、私たちは、あわてず、騒がず、小泉首相や石原都知事らが展開する「論
理」を点検しよう。かっこよく、わかりやすい語りの底に潜んでいるものを見
抜く力を鍛えたい。
 何か変だなと感じたら、そこにこだわって考え続けることが大切だ。練馬に
は、「何か変だよ石原さん!実行委員会」という、ヘンな名前の運動がある。
石原都知事のいうこと、することが、「何か変だな」と感じ続ける人びとが、
ゆるやかにつどうネットワークである。ポピュリスト(大衆迎合の投機的な政
治家)の扇動にまどわされない、こういう底流が、もっともっと生まれていい
のではないか。
 海面がいかに荒れていても、ゆったりした重い底流が、海流の方向を定めて
いくのだ。焦らず、しかし、うまずたゆまず足元を固め、デマゴーグの政治、
ポピュリストの政治を打ち崩したいものだ。



 
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