Date: Sat, 17 Mar 2001 21:58:47 +0900
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Subject: [keystone 3701] 非武装・非暴力の可能性
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   あらためて、非武装・非暴力の可能性について

           井上 澄夫(戦争に協力しない!させない!練馬アクション)

 私はいま、自分が住む地域の運動では、「戦争に協力しない!させない!練馬
アクション」(練馬アクション)というグループに属している。去年の2月に発
足したネットワークで、その前身は「つくろう平和!練馬ネットワーク」(平和
ネット)という運動体だった。
 陸上自衛隊の駐屯地を二つも抱える東京都練馬区で、「平和ネット」は9年に
わたり、粘り強く反戦・反軍(反自衛隊)の運動を持続してきた。しかし199
9年5月、周辺事態法など新ガイドライン関連法が成立させられたことにより、
〈戦争と平和〉をめぐる政治情勢は根本的に変わったと私たちは総括し、新たな
厳しい情勢に、もっと機敏に対応できる、よりしなやかで、よりしたたかな、新
しいネットワークを区内で広げる必要があると判断した。そこで「練馬アクショ
ン」が、新たに結成されたのである。

  去る2月、「練馬アクション」の結成1周年集会があった。集会の前半は、過
去1年間の活動の総括と本年の運動方針を討論する総会であり、後半は結成1周
年記念講演だった。講師は「関西共同行動」代表の中北龍太郎さんで、彼は最近
の改憲派の動向を鋭く分析しつつ、それにどう反撃すべきか、実に分かりやすい
講演をしてくれた。私は、これまでの憲法をめぐる状況について「おさらい」を
している気分で、話に聴き入った。聴衆の誰にも納得のいく説得力のある話だっ
た。

 さて、その後の質疑応答でのことだ。
  最近「練馬アクション」に参加した60代の男性Tさんが、こういう問題提起
した。「テレビの討論で、田原総一郎が盛んに〈日本が攻撃されたらどうする
か〉と野党のリーダーを詰問しているが、共産党もまともに答えない。これはい
けない。みなさんならどう答えるか」。中北さんは、さすが弁護士である。「質
問は分かりましたが、あなた自身はどう答えるのですか」と問い返した。すると
Tさんは初め「私は質問しているのだ」とブツブツ言っていたが、ついにこう答
えた。「ベトナム戦争の例や、山下奉文(彼は、『ほうぶん』と言ったが、正確
には『ともゆき』)が、戻ってきたマッカーサーに攻められたとき、マニラから
後退して山岳地帯に立てこもった例などから考えて、やはりゲリラ戦で抵抗する
しかないというのが、私の考えだ」。

 彼の返答に続いてIさんと中北さんが発言したが、私の受け止めでは、議論は
うまく噛み合っていなかった。Iさんは、「どこが攻撃してくるのかという議論
なしに、そういう問題設定に答えよというのはおかしい」とのべた。中北さん
は、それに近い意見で「現実の政治情勢を踏まえず、宇野(弘蔵)の三段階論で
言えば、いきなり原理論に踏み込む形で、そういう議論にもっていくこと自体が
おかしいのではないか」と答えた。(これは私の解釈による要約であるから、不
正確であればむろん訂正する。)

 続いて私が意見をのべた。
〈私は最近、講演などでこう繰り返している。「軍隊にとって最大の敵は、敵の
不在である。軍隊が抑止するのは戦争ではなく、平和である」。それは私の反
戦・反軍の原理だ。Tさんの問いかけには、いささか挑発というか、からかいの
気味がある。それはどうかと思う。
 私は出された問題について、ずっと前に答えを出しているから、意見を言う。
私は国家非武装を主張し、それゆえ日本国憲法の第9条を支持する。それととも
に、私は世界を変革する手段についても非暴力主義者であることを前提とした
い。
 私は攻撃されても、武装反撃をしない。しかしそれは抵抗しないということで
はない。私は攻撃し占領する者に対して、積極的、主体的な市民的不服従を実践
する。「ハンガリー事件」と呼ばれた、ソ連軍(当時)による軍事介入がハンガ
リーになされた時(1956年)のことと記憶する。ソ連軍の兵士が空腹の余
り、ハンガリーの民家を訪れてパンを乞うた。しかしパンを差し出す人はいな
かった。兵士は空腹に耐えきれず、ついに発狂したという。
  私がイメージする抵抗は、そういうものだ。圧倒的な軍事力を前に、非武装の
私たちは、武力をもっては抵抗できない。しかし非暴力による抵抗の手段があ
る。それは、攻撃者、占領者にどこまでもまつろわない、従わないということ
だ。その姿勢を集団的に貫くなら、攻撃者、占領者はいずれ撤退せざるを得な
い。Tさんがゲリラとして戦うことを、私は止めない。しかし私はTさんに協力
しない。私はあくまで非暴力の不服従をもって抵抗する。〉

  集会が終わったあと、Tさんは私のところに挨拶にきた。10歳ほど年下の私
に頭を下げ、「ちゃんとお考えを聞かせていただき、ありがとうございました」
とのべた。集会の討論では、初お目見えの気負いもあってか、少々高調子の問題
提起をしたのだが、地域で長期にわたって反戦の活動をコツコツ持続してきた人
だけに、やはりたいした人物だった。私たちはまた一人、得がたい仲間を得た。
 集会後の交流会で、中北さんは私に、「私は井上さんのように、あんなにスッ
キリと言えない」と語ったが、彼ともいずれゆっくり議論をしたいと思ってい
る。
 
  ところでその交流会では「練馬アクション」の40代の仲間が、「自分はかつ
て、『馬関戦争からあと、日本が攻められたことはない』と答えたことがある」
と語った。それは一理ある。だが問題が残る。なぜなら、それだけでは、外国か
らの攻撃や侵略の「今後の可能性」を想定した問題提起に、正面から答えること
にならないからだ。
  田原の詰問は、議論のための議論、正確に言えば、彼のメシの種であろう。し
かし彼は、多くの人びとが漠然と感じている不安を代弁しているのだから、私た
ちは正面から答えるべきである。さもないと、議論をはぐらかすととられて、信
用を失う可能性がある。
 
  国家非武装は支持するが、民衆は武装を解除してはいけない、攻撃・侵略に対
しては、隠しておいた武器で反撃するとか、戦争を仕掛けられたら、そのときこ
そ革命成就の好機だから、内乱を起こすとか、そのとき武器がないなら、自衛官
に反戦を呼びかけ、彼らの武器を使う、あるいは反戦に転じた彼らを主力に革命
を起こすというような意見の人は、正直にそう言えばいい。
 
  憲法9条は国家非武装を規定している。だから9条が実現したら、常備軍によ
る武装抵抗などありえない。それは当然のことではないか。さまざまな主張が
あっていいが、私自身は、非暴力による世界の変革を主義とするから、市民的不
服従を、「攻撃してくる敵」に対しても、日本政府に対しても貫く。どちらに対
する抵抗も、私にとっては同じことである。田原の番組に出られるとは思えない
が、出られるなら、私はそう言う。
 
  私は、自分の生き方そのものとして実践されない思想は、空念仏だと思う。そ
れゆえ、戦争に自ら近づいていくかに見える昨今の政治情勢は、私の体を震わせ
る。いかに微力でも、平和の創造・定着に向けて歴史を変革する主人公の一人た
ることを渇望する。 
            (2001年3月14日)

「歴史は消せない!」みんなの会(香川県・高松市)の機関紙『きざむ』2001年
3月号への寄稿



 
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