Date: Fri,  8 Sep 2000 10:40:20 +0900
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Subject: [keystone 3052] 「ビッグレスキュー」―知事と三宅島住民
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「ビッグレスキュー」関連情報 ―石原都知事と三宅島住民―
 
    発信者=井上澄夫
     (「やめて!東京都による〈防災〉に名を借りた自衛隊演習」
           実行委員会)
    発信時=2000年9月8日
 
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全国のみなさん

  私たち「やめて!東京都による〈防災〉に名を借りた自衛隊演習」実行委員会
は、9月1日から3日までの連続行動を、大成功のうちにやり抜きました。

 私たちは、今年3月から準備をはじめ、その後、学習会・討論会を積み重ねな
がら、7月8日に実行委員会の結成集会を成功させました。そこで醸成された、
いくつもの反戦・反基地市民団体の間の信頼関係をベースに、9月3日の「ビッ
グレスキュー」をにらみながら、着実に共闘関係の枠組みを広げ、石原都知事に
よる《都政の軍事化》をはばむ力を創ってきたのです。

 3日間の連続行動について、あるメンバーが「達成感があります」と語りまし
た。それは実行委員会の全員の気持ちを代弁するものであると思います。詳細な
報告は、近く行なわれる総括会議を経た上で、公表する予定です。

 マスメディアの報道にほとんど登場しなかった、すばらしい行動報告もあるの
ですが、それは少しあとのお楽しみにしていただくことにして、ここでは「ビッ
グレスキュー」にかかわる重要な情報をお伝えします。

 
石原都知事と三宅島住民
 
  石原都知事による「全島避難」の決断が、あまりに遅かったことについては、
山崎久隆さんがすでに詳細に報告されていますから、繰り返しません。屋根に降
り積もった火山灰を除去する作業をしていた住民が、心筋梗塞で亡くなるといっ
た厳しい状況であったにもかかわらず、都知事は「自主避難」にこだわりつづ
け、「全島避難」を求める声を無視しつづけました。

  三宅島の人びとの困難が日々募っていく状況にありながら、石原都知事は、一
般の都職員には想像もできないほど長期の休暇をとり、訪問したマレーシアで
は、ホテルのプールで泳いでいても「三宅島のことを考えている」と強弁したの
ですが、石原都知事が心配していたのは、三宅島住民のことではありませんでし
た。彼の頭を占めていたのは、「都政史上、日本史上最大の防災訓練」である
「ビッグレスキュー」でした。〈都が三宅島の「全島避難」を引き受けると、自
衛隊を大動員する「ビッグレスキュー」の実施が危うくなる〉、彼の神経はその
一点に集中していたのです。

  8月18日と29日の二度の大噴火が島の人びとをどれほど苦しめているか、
という人間的な想像力は、彼の脳裏に働きませんでした。それどころか、住民の
苦難はむしろ「ビッグレスキュー」実施の踏み台になると彼は考えたのです。9
月1日の「全島避難」の方針を発表した記者会見に、それが鮮明に露呈しまし
た。

〈三宅島の犠牲は、都民に災害に対する危機感を醸成してくれた。東京にとって
僥倖(ぎょうこう)だった。〉

  「僥倖」とは「まったく思いがけない幸せ」ということです。「三宅島の犠牲
が」もたらした「僥倖」に恵まれて「ビッグレスキュー」をやるというのです。
「自主避難」してもその後の生活のメドが立たない、しかし危険は迫っている、
どうしようかと悩んでいた住民たちは、このような知事の発言をどう受け止めた
でしょうか。

  この記者会見で、石原都知事は、「全島避難」の決定が遅れたことについて、
「要するにお金がかかる」「都民の税金も使うわけだし、国の税金も使うわけだ
し」と強調しました。三宅島の住民は都民です。都民の生命の安全と生活を保障
するのが都知事の仕事です。にもかかわらず、「金がかかる」から「全島避難」
の判断を遅らせたというのです。

 判断を遅らせたことによる経済効果は、じっさい大いにありました。「自主避
難」した住民の交通費(船賃)は全額、避難住民自身の負担だったからです。

  それだけではありません。「全島避難」が発表された日、三宅村議会は、村の
助役人事をめぐり、都が斡旋(あっせん)した元都職員の受け入れを否決しまし
た。それについて石原都知事は、こうのべたのです。

〈怒った。もう怒った。おまえらバカかって。三宅島っていうのは本当にまとま
りない島だ〉(9月3日付『朝日』朝刊)

 どのようないきさつで、村議会が都が推薦する助役候補を拒否したのか、その
詳細を私は知りません。しかしそれがどうであれ、「バカ」とか「まとまりな
い」という非難の言葉を、生命の危機にさらされている人たち(村議会議員も例
外ではありません)に叩きつけるとは、いったいどういうことでしょうか。しか
もそういう危機の切迫を住民に強要してきたのは、石原都知事自身なのです。

 
  石原都知事の三宅島住民観の根底には、三宅島の住民たちがかつて、米空母艦
載機のNLP(夜間離発着訓練)基地建設計画に反対し、それを挫折させたこと
がわだかまっているのかもしれません。それは、石原氏の都知事就任以前のこと
ですが、反対運動が三宅島の人びとの国に対する抵抗力を強めたことはまちがい
ないことでしょう。

 「なにかと意のままにならない住民のいる島」というイメージが、彼の脳裏に
張りついているから、住民が都(知事)の言うことをきかない場面に実際に出く
わすと、「バカ」などと言ってしまうのではないでしょうか。

  しかしそういう三宅島住民観が、都による今後の生活支援に少しでも反映する
なら、これも断じて許しがたいことです。

 
  これは「全島避難」の方針が出される以前のことですが、私は石原都知事の
「次の一手」として、災害対策基本法第60条に基づく「避難指示」(発令の権
限者は村長)が、同法第63条を根拠とする「警戒区域の設定」に格上げされ、
全島が事実上の《戒厳令下》に置かれる危険に注意を喚起しました。今回なされ
た「全島避難」の方針は「全島の避難指示」ですから、そのような最悪のシナリ
オは回避されました。9月2日付『朝日』朝刊は、「三宅村長、全島避難を命
令」と題する記事のなかで、「避難の命令は、警戒区域を設けた場合のような罰
則は伴わない」としています。

 しかし有珠山噴火の際起きたのと同様の「法によらない強制」が、三宅島でも
すでに行なわれました。「猫を飼っているので家を離れられない。不慣れな東京
には行きたくない」と自宅に残っていた男性を、消防団員が見つけて、島の港に
停泊中の客船内に「保護」したというのです(9月7日付『朝日』朝刊)。同日
付の『産経』朝刊には「阿古地区で自宅に隠れていた無職の男性住民を発見、保
護した」とあります。9月1日付『朝日』夕刊には、「石原知事は、災害対策要
員を除く全島民に、強制的に避難を指示する考えを表明した」とありますが、村
長の発する「避難指示」は、いっさい強制力を持たないし、持ってはならないの
です。まして村長の「避難指示」(呼びかけに過ぎません)が、都知事の強制力
を合法化することもありませんし、それもあってはならないのです。

 住民の自主的残留が、法によることなく「不法行為」とされ、強制的な「保
護」の対象とされる現実は、有事体制下のこの国のありようを先取りしているの
ではないでしょうか。しかもすでにのべたように、石原都知事の三宅島住民に対
する根深い不信は、都による避難住民への支援に暗い影を落としています。この
点を、特に強調したいと思います。全国のみなさんが、避難住民に対する都の生
活支援の実態に注目して下さることを呼びかけたいと思います。



 
  • 1998年     3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
  • 1999年     1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
  • 2000年     1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月

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