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Subject: [keystone 2813] 準備書面1
Date: Wed, 28 Jun 2000 22:35:09 +0900
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仲田です。
行政処分取消訴訟(内閣総理大臣による強制使用認定、県収用委員会によ
る強制使用裁決の併合)が今日開かれました。その準備書面です。

長いので4回に分けます。レイアウトは行頭のみを合わせてあります。
 
 

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平成 7  年(行ウ)第9号(第1事件)
平成 10 年(行ウ)第9号(第2事件)

                      第1事件 原 告   阿波根 喜代 、外30名
                      第1事件 被 告   内閣総理大臣     

                      第2事件 原 告   阿波根 喜代 、外27名
                      第2事件 被 告   沖縄県収用委員会   
 

準  備  書  面

   2000年6月21日
                  右第1・第2事件原告ら訴訟代理人
                  弁 護 士     伊志嶺 善 三

那覇地方裁判所   御中
 

第一 伊江島補助飛行場

一 基地の概要(甲A一号証)
 1 所在地等
  伊江村(字西江上、字西江前、字東江上、字東江前、字川平)に位置する面積約800平方メー
 トルの広大な基地である。
 2 駐留部隊
  (一) 管理部隊名  在沖米海兵隊基地司令部
  (二) 使用部隊名  第3海兵遠征軍、その他
 3 使用主目的
   空対地射爆撃訓練場及び短距離離着陸訓練場用地
 4 施設の現状
  同補助飛行場は、本部半島の北西9キロメートルに所在する伊江島の北西部にあり、施設の北
 西部にハリアーパッド、西側に射爆場、中央に飛行場、東側に通信施設、兵舎、事務所等が存す
 る。村の約35パーセントを占めるこの施設は、真謝部落で約30戸、西崎部落で約60戸の住宅が施設の中で
生活を営む特異な形態となっている。
 5 使用認定及び裁決対象土地の位置
  乙第44号証7の添付書類「位置図」に黒丸で示された部分が、契約を拒否し、使用認定の対
 象とされた96筆の土地である。更にこの内の8筆が使用認定取消の対象土地であり、右8筆に
 1筆を加えた合計9筆が裁決取消の対象土地である。乙第44号証7添付の(3)「概略図」に記
 載された土地の番号で示すと1、2、8、30、32、36、38、75、86が本件訴訟の対象土地であ
 る(なお、30は裁決取消のみの対象土地となっている)。
二 「必要性」の要件の不存在
  本件各土地の使用認定は、「必要性」の要件が存しないのにこれがなされた点で違法である。
  伊江島補助飛行場は、前記のように在沖米海兵隊基地司令部の管理の下に第3海兵遠征軍がこ
 れを使用する。海兵隊は、総論部分で述べたとおり、いわゆる殴り込み部隊として戦闘地域に投
 入される攻撃的部隊であり、日本の防衛とは無関係である。のみならず、今や「極東条項」の範
 囲を大幅に越えて世界の紛争地域に投入されるものとして日米安保条約をも逸脱することが明白
 となっている。
  従って、本件各土地の使用は、「駐留軍」の使用とは言えず、「駐留目的」の範囲内とも言えな
 い点で、「必要性」の要件を欠くものである。
三 「適正且つ合理的」の要件の不存在
  本件各土地の使用認定は、「適正且つ合理的」の要件が存しないにもかかわらず、これがなされ
 た点で違法である。
 1 本件各土地の提供の客観的必要性について
   防衛施設局長の申請理由によれば、本件各土地の使用目的は、空対地射爆訓練場及び短距離
  離着陸訓練場用地である。
(一) 使用認定取消事件訴状添付物件目録6すなわち乙第44号証7の(3)概略図4記載
  の土地2(以下、「物件番号6」という)及び使用認定取消事件訴状添付物件目録1すな
  わち乙第44号証7の(3)概略図4記載の土地1(以下、「物件番号1」という)につて
  は、そもそも基地として使用されていない点で当該土地を提供する客観的必要性が存しな
  いと言わざるを得ない。
     かつては射爆場地域と言われていた伊江島西部(乙第44号証7の添付書類(1)「位置
    図」)の東側から南西にはフェンスが設置されている。このフェンスの外側(南側)も内側
    (北側)同様、基地施設となっている(乙第44号証7の添付書類)
   (1)「位置図」及び(3)概略図)。
     しかしながら、フェンスの外側は、現実には基地施設としては一切使用されておらず、
    いわゆる黙認耕作地として、伊江島住民が自由に立ち入り、たばこや砂糖きびを耕作して
    いる(甲A2、3、4号証)。
     のみならず、基地施設用地として契約されている土地であるにもかかわらず、その上で
    の居住用建物の所有が認められて、いわば黙認住宅地となっている土地さえある。返還さ
    れた反戦地主石川清敬所有の土地のすぐ隣の土地がそれであり(甲A5号証)、もちろん基
    地施設としては使用されていない。
     前述の石川清敬所有の土地が返還されたのは、石川所有の土地が基地利用上必要がない
    からである。それ故、石川清敬所有の土地のすぐ隣にある土地(甲A5号証)もまた基地
    利用上必要がなく、基地施設用地として契約されているにもかかわらず、前述のような黙
    認住宅地となっているのである。
     もと射爆場地域の南西中央部分に張られたフェンスの一部が「く」の字型に曲がってい
    るのも、反戦地主平安山良友所有の土地だけが返還された結果である(甲A6号証)。平安
    山所有の土地が返還されたのは基地として必要性がないからに他ならないが、そうである
    なら、その隣地もまた同様に必要性がないと言うべきである。
     以上に照らせば、物件番号6(乙第44号証7の(3)概略図4記載の土地2)は、基
    地利用上必要性がないというほかない。なぜなら、同土地内にはフェンスが存在し、フェ
    ンスの直ぐ外側(南側)は、基地施設用地として契約されているにもかかわらず、基地施
    設としては使用されず、黙認耕作地として使用されているからである。物件番号6の土地
    上にあるフェンスを同土地がフェンスの外側(南西側)になるように移動させても基地施
    設としての機能は何ら害されることはない。
     物件番号1(乙第44号証7の(3)概略図4記載の土地1)もフェンスと極めて近接
    した所に位置するのであるから、同様に基地利用上必要性がないと言うべきである。フェ
    ンスを同土地の北側に移動させても、基地施設としての機能は何ら害されることはない。
     これらの土地については現に基地として使用されていないのであるから、提供方法や提
    供土地の非代替性を論ずるまでもなく、客観的必要性が否定される。
(一) また、使用認定取消事件訴状添付物件目録2〜5、7及び8、裁決取消事件訴状添物
  件目録9の各土地(以下、「物件番号2〜5、7〜9」という)についてもその現実の用
  途と申請された使用目的とに齟齬がある点で、客観的必要性に欠けると言うべきである。
     総論において繰り返し述べたように、強制使用が国民の財産権を侵害するものである以
    上、その要件は厳格でなければならない。当該土地の使用が国民の財産権を侵してまで必
    要か否かは、その使用目的との関係を抜きにしては判断できないのは当然である。
     伊江島の基地訓練は、ハリアー訓練、大型ジェット機による物資投下、兵士投下訓練、
    C130ハーキュリー輸送機による物資及び兵士の低高度、中高度、高高度降下訓練(甲
    A7号証)、タッチアンドゴー、無灯火での離着陸訓練、飛行場の整備訓練等々であり、射
    爆訓練場としては利用されていない(甲A8号証33〜37頁)。
     従って、現実の用途が申請された使用目的以外のものとなっている以上、物件番号2〜
    5、7〜9の提供に客観的必要性がないというほかない。
 2 本件各土地の提供により得られる利益がこれにより失われる利益に優っているとは言えない。
   既に述べたとおり、本件各土地の使用は「駐留軍」の使用ではなく、「駐留目的」の範囲内の
  使用でもない。それ故、本件各土地を提供することによって、得られる公共の利益は存しない。
   他方、本件各土地を提供することによる失われる利益は以下のとおり極めて多大である。
  (一)思想・良心の自由の侵害
    物件番号6の土地所有者である平安山良友は、甥の平安山良福らが米軍の演習によって死
   亡したこと等の体験から、戦争に対しての土地は一坪も貸さないという思想・信条を持つに
   至った(甲A8号証10・11頁)右の思想・信条は、本件各土地の所有者が共通して有する。
   すなわち、本件各土地の所有者は、例外なく自己の体験した、あるいは先祖から聞き及んだ
   戦争の悲劇を繰り返さないために、皆、戦争に対しての土地は一坪たりとも貸さないとの思
   想・信条を有するに至ったのである(甲A8号証)。
    従って、本件各土地の強制使用は、土地所有者の右の思想・良心の自由を侵害するもので
   ある。
  (二)騒音・軍事基地があるが故の基地被害
    伊江島の基地は、パラシュート訓練場としては狭く、北風が強い冬場でも訓練が行われる
   ため、フェンスの外への物資投下ミスや兵士の降下ミスが多発している。ハリアー訓練場が
   建設されて以来、この7年間だけでも、物資投下ミスが4件、兵士の降下ミスが5件起きて
   おり、そのうち1件は民家の上に、2件は夜中の8時から10時にかけての物資投下ミスと
   兵士の降下ミスであった(甲A8号証36頁)。
    かかる基地被害は、土地が使用される限り継続するものである。
  (三)本件強制使用以前の違法状態
    1951年対日平和条約が締結され、翌52年に右条約は発効された。右条約の発効は、事実
   上も法律上も戦争状態が完全に終了したことを意味する。伊江島の土地取り上げの時点でい
   うなら、沖縄を占領していた米軍は、対日平和条約3条に基づいて沖縄における施政権を獲
   得し沖縄の統治が始まったので、対日平和条約後の沖縄の人々の土地を取り上げるには、法
   的な根拠が必要であった。
    そこで、伊江島の土地を取り上げるために、これに先立って1953年4月3日に、米国民
   政府布令109号(土地収用令)が発効された。
    ところが、米軍政府は、自ら土地強制収用のための土地収用令をつくっておきながら、伊
   江島では土地収用令の手続きを踏まないで、剥き出しの実力に基づく土地の強奪を行ったの
   である。このことは、阿波根昌鴻が、「われわれ農民、伊江島の手を合わせて、『大事な土地
   は取ってくれるな』とお願いしたのに対し、完全武装のアメリカ、ガイデアー隊長、300名
   余りを伊江島に上陸してきて、『この島はアメリカ軍の血を流して日本軍よりぶんどった島
   である。君達はイエスでもノーでも立ち退かなければならない。君達には何の権利もない。』
   お願いする62歳のシベリア帰りの並里清二さんは土地がないとママもベビーも死んでしま
   うと言って死に真似をして、お願いしたのに対し、5、6名の暴力ガイデアーたかってきて暴
   力。」と陳述していること(甲A8号証39頁)、浦崎直良が「アメリカの300名の軍隊。完
   全武装した兵隊がやってきて、真謝区に飛び込んできて、私達は阿波根さんを先頭に、この
   土地取り上げを何とか阻止しようということで団体交渉をして、武器を持たずに手も上げず
   に、優しい声でという統一したものを作って、いろいろ訴えてきましたけれども、とうとう
   強制収用。軍事力によってやられました。」と陳述していること(甲A8号証6頁)から明ら
   かである(なお、甲A8号証22・23頁、10頁、12頁)。
    1953年12月5日、米軍政府は、布告26号を発効して、黙示の契約を擬制して実力で取
   り上げての土地使用に法的根拠を与えようとした。
    しかし、このような目論見は、「鉄条網は張ってあってもそれを飛び越えても自分の土地で
   農耕をして食べようというので、やはり、伊江島の農民達は白い旗を立てて、やはり暮らし
   のために農耕をするというので集団で農耕に入ったんですね。そうしましたら、これが80
   名の農民が捕まえられて、その中から32名、やはり強そうな男性だけを逮捕して、軍事裁

   判で3ヵ月の懲役、そして1年の執行猶予、こういう判決を下したんですね。そういうよう
   な中で、以来もう食べられないということでこのように農民達は畑に入る」、「伊江島の人々
   は、ならば農耕をしても逮捕される、弾圧されるということで、とうとうあの乞食行進に打
   って出たわけでございます」(甲A8号証23・24頁、4頁)という島民達の土地返還のため
   の闘いで、失敗に終わった。
    そして、伊江島の土地の取り上げの違法は何ら解消されないまま、沖縄は、日本に復帰す
   る。日本政府は、公用地法を制定し、暫定的な使用期間五年間を定めた。この間に地主と交
   渉して、適法な使用権を手に入れようとしたのである。かかる手段を講じたのは、日本政府
   自身が、復帰前の土地取り上げがいかに法的瑕疵を帯びていたかを十分に知っていたからに
   他ならない。
    ところが、右の五年間のうちに、日本政府は全ての地主の合意を得られなかった。そこで、
   日本政府は、さらに説得の時間的猶予を得るため、地籍明確化法の付則の形で、公用地法の
   期間をさらに5年延長したが、やはり、全ての地主を説得することはできず、土地使用の違
   法を完全に解消することは出来なかった(以上、甲A9号証14頁〜18頁)。
    近代民主主義社会においては、違法に取り上げられた土地については、その違法状態を一
   旦解消しなければ、適正な土地利用はあり得ないこと既に述べたとおりである。本件各土地
   使用の違法性は解消されていないのであるから、本件各土地の適正な利用はあり得ない。
 3 本件各土地の使用認定は、クリーンハンドの原則に反する。
   伊江島の土地は、銃剣とブルドーザーで強奪されたものであり、その違法性は、現在に至る
  まで解消されてはいない。法を尊重するものだけが、法による保護を受けられるのであって、
  防衛施設局が、土地強奪の違法性が解消されないまま、駐留軍特措法による申請をすることは、
  右のクリーンハンドの原則に照らして許されない。

第  二      嘉  手  納  弾  薬  庫

一  基地の概要
  1  所在地等
      嘉手納弾薬庫は、恩納村、石川市、具志川市、読谷村、嘉手納町、沖縄市の六市町    村に
  またがって存在し、その面積は2000年3月の時点で2731万1千平方メートルである(甲B
  1号証・沖縄県基地対策室「沖縄の米軍及び自衛隊基地」)。
  2  駐留部隊等
      本基地は、第18航空団第18兵站群第18八弾薬整備中隊が管理し、第18八航空団、海兵隊、
  陸軍第八三武器大隊、その他の部隊が使用している。
      同基地には、在沖米軍のためのみならず、太平洋戦域の米空軍全体のための戦時武器弾薬が
  貯蔵されている。
      第18弾薬整備中隊は、戦時には戦闘部隊を支援して、通常弾薬を受領し、貯蔵し、輸送し、
  平時には第18航空団をはじめ嘉手納基地に駐留する海兵隊、その他すべての部隊の訓練と緊
  急の必要性にこたえる弾薬類を供給する任務をもっている。
      同中隊は、基準に合格するような弾薬整備、定期及び臨時の検査、安全な貯蔵、弾薬運搬の
  手配、滑走路区域における弾薬、ミサイルに関するサービス等、広範囲の業務を行っている。
      なお、同部隊に通常弾薬整備部門として「WRMミサイル」という係が配置されてるが、右
  に言うWRMとは「戦時用備蓄物資」のことである。
      同弾薬庫は、米太平洋軍全体の使用する空対地ミサイルをWRM部門で維持管理し、戦争が
  勃発したときにWRMを直ちに使用できる状態で保管する重要な任務を負っている。
      1991年の湾岸戦争の前後から、同弾薬庫はWRMのミサイル貯蔵弾薬庫としてその役割を
  をフルに果たしたことは公知の事実である(以上、甲B二号証・梅林宏道「情報公開法でとら
  えた沖縄の米軍」、甲B3号証・沖縄県基地対策室「沖縄の米軍基地」参照)。
  3  施設の概要
      嘉手納弾薬庫は、嘉手納飛行場に隣接して位置し、その施設には弾薬庫と支援施設がある。
  同基地においては、最近、煙と音響を使用する防災訓練(グランド・バースト・シュミレーシ
  ョン)が盛んに実施され、その爆発音によって付近住民の平穏が害されている。
      同基地は、弾薬庫地域と保安地域に分けられる。弾薬庫地域は、立ち入りも厳重にチェック
  され、特定の場所以外は禁煙とされている。覆土式、野積式、上屋式の各弾薬庫がいたるとこ
  ろに存在するほか、整備工場、実験室、事務所がある。
      弾薬庫のフェンス外の保安地域の多くは、いわゆる黙認耕作地として地権者らが使用してい
  る。
      同基地の存する地域は、琉球松、イタジイが群生し、リュウキュウケナガコガネズミやセマ
  ルハコガメ等の重要な動植物が棲息しているほか、水源も豊富で、長田川、平安山川、与那原
  川、比謝川があり、重要な水資源涵養地域となっている。
      1986年に同基地の南東部分に牧港住宅地区の代替施設として運動場つきの住宅地区が建設
  されている。
二  駐留部隊からみた違法性
   -必要性の要件である「駐留軍の使用」とは言えず、「駐留目的の範囲内」とも言えない。
  1  嘉手納弾薬庫は、嘉手納飛行場と同じく米空軍の管理する基地であるが、二つの基地は互い
  に隣接し、複合基地を形成している。嘉手納弾薬庫は嘉手納飛行場から飛び立つ戦闘機へ装備
  する戦時用備蓄物資(WRM)を保管し、戦争が勃発したらその端緒で必要とされる量のWR
  Mを直ちに供給する役割を果たしている。
      嘉手納飛行場に駐留する米空軍部隊は、「湾岸戦争」においては第18作戦群の第909空中給
  油中隊、第603空輸支援群が参戦した。その際、嘉手納弾薬庫の第18弾薬整備中隊が、弾薬
  や弾薬部品を嘉手納からペルシャ湾岸に運び、作戦を支援した。
      嘉手納弾薬庫に駐留する第18弾薬整備中隊は、右のようにはるかペルシャ湾地域の戦闘地
  域に投入される攻撃部隊であり、嘉手納弾薬庫に貯蔵されているWRMは、「極東」の範囲を大
  幅に越えて、中東その他世界いたるところの紛争地域に運搬されるものであり、右弾薬庫及び
  右部隊の役割や任務は日本防衛とは無関係で、日米安保 条約の駐留目的にも逸脱することが明
  白である。
      このような部隊のために、所有者の土地を強制的に使用することは、米軍特措法第1条、第
  3条の規定する提供目的に著しく違反し、重大な違法である。
  2  第18弾薬整備中隊の前身は第400弾薬整備中隊であるが、復帰前、同部隊は、米空軍の4
  種類の戦術核爆弾及び毒ガス兵器を貯蔵管理していた。毒ガスは、1969年に毒ガス漏れ事故が起
  き、1971年9月までに撤去されたと言われている。しかし、現在、同施設に毒ガスが保存さ
  れていないとの確証はない。
      核兵器についても、日米の合意により復帰までの間に同施設から撤去されたことになってい
  るが、その確証はない。
      アメリカの核政策は、「肯定も否定もしない」ことを基本としているが、1981年5月、当時
  の第400弾薬整備中隊の「週間整備計画」が明らかにされ、その中で、復帰後の1975年2月
  3日から7月にかけて、B61核爆弾が嘉手納飛行場格納庫から嘉手納弾薬庫の整備作業場3
  X06に運び込まれ、補修作業が実施されたことが明記されていることや、核兵器の重大事故を
  想定した「折れた矢(ブロークン・アロー)訓練」や、核兵器起爆を可能にする「PAL訓練」、
  核搭載機のハイジャック防止訓練等が行われていることから、沖縄米軍基地内に核兵器が保管
  されている疑惑が強く浮かび上がっている。
      嘉手納弾薬庫内には、米国防総省の「核兵器の保安基準」に基づいて構築されたイルグー(覆
  土)式弾薬庫が数多く並んでおり、核生物・化学兵器がこのタイプの弾薬庫に貯蔵されている
  例が多いことからみても、この施設に核兵器が存する疑いは濃厚となっている。
      ところで、嘉手納弾薬庫には、既に在日米軍基地からはすべて撤去されたはずの劣化ウラン
  弾が、依然として保管されていることが明らかになった。
      嘉手納基地の米空軍第18航空団司令官ジェームス・スミス准将は、本年5月24日のメディ
  アデーでの記者会見で、劣化ウラン弾が同施設に貯蔵されていることを明らかにした。報道に
  よると、同司令官は、右記者会見の質疑応答の中で当初その存在を否定していたが、同席した
  第18弾薬整備中隊のサミックス少佐が「劣化ウラン弾は弾薬庫で保管されている。(嘉手納弾
  薬庫の)580施設のうちの一施設にある」と言明したため、右司令官もこれを認め、「現時点で
  在庫の劣化ウラン弾を移動する計画はない」と述べたとのことである(甲B四〜五号証)。
      劣化ウランは、ウラン235の割合が天然ウランより低いウランの総称で、砲弾の先端に劣化
  ウランを填装した劣化ウラン弾は貫通能力が高く、鋼板等に衝突すると少破片が自然発火し、
  わずかではあるが核分裂物資を含んでおり、毒性があると言われて、米国内でもその使用には
  強い批判があり、米海軍は既に使用を止めている。
      1997年2月の米紙報道がきっかけで、1995年に沖縄本島東方にある鳥島射爆場で誤って劣
  化ウラン弾1520発が発射されたことが明らかになり、県民に不安を与えた。県民の抗議の中
  で、当時、在日米軍は、海兵隊基地からすべての劣化ウラン弾を撤去したと発表していた。
      嘉手納弾薬庫は米空軍の管理下にある施設とはいえ、米空軍のみならず海兵隊を含む太平洋
  戦域のすべての米軍の必要を満たす弾薬類を保管・供給する役割をもっている。
      従って、同施設に劣化ウラン弾を貯蔵していることは、緊急の場合、直ちにこれを海兵隊に
  も供給できる状態にあるということであり、1997年の在日米軍の撤去声明が、如何に欺瞞に満
  ちたものであったかが明らかになった。
      核兵器の製造・保持・持ち込みを禁じた非核三原則は日本の国是であり、「安保条約」の運用
  もこの三原則に沿うものでなければならない。第18弾薬整備中隊は核兵器をも貯蔵・供給す
  ることを任務とする部隊であり、かかる部隊が嘉手納弾薬庫に配備されていることは、右非核
  三原則にもとり、ひいては安保条約を逸脱するものである。このような部隊の駐留目的のため
  に、原告らの土地を強制的に使用することは、米軍特措法第1条、第3条に規定する提供目的
  に著しく違反し、重大な違法がある。
三  基地形成の歴史からみた違法性
  −適正且つ合理的の要件の内の強制使用以前の違法状態と、それを解決しないままの強制使用で
 あること。
    本基地は、1945年4月1日の米軍の上陸進攻以来、米軍に占領された地域がそのまま基地と
 して使用されたもので、対象土地は、現在まで一度も地主に返還されたことがない。
    同弾薬庫の大部分を占める読谷村地域について言えば、1845年1月、沖縄戦が近づく中で、
 読谷村民は国頭村を中心として沖縄の北部地域に次々と避難させられ、国頭村奥間部落に、各部
 落単位で集団避難生活を余儀なくされた。
    同年3月23日から、米軍による空襲が沖縄全域に展開され、同村内にある北飛行場も壊滅状
 態となった。
    同年4月1日、米軍が上陸進攻し、同村の全てが米軍によって占領された。
    同年8月、日本は降伏し、避難生活をしていた村民の一部が帰村を始めようとしたが、村内の
 土地は飛行場用地や弾薬庫等の施設として使用占領され、村民の復帰は果たせなかった。
    1946年8月、字波平と字高志保の一部が解放され、その後、次第に他の地区も解放され、同
 年11月頃から多くの村民が帰村した。しかし、読谷補助飛行場や嘉手納弾薬庫地区の主要な
 施設は解放されず、そのまま米軍用地として使用されるようになった。
    嘉手納弾薬庫地区に存する本件強制使用対象土地のうち、読谷村地域に存する土地についての
 土地取り上げの経緯は右に見てきたとおりであるが、嘉手納町や沖縄市地域に存する土地につい
 ても、土地取り上げの経緯は読谷村地域の対象土地と同様であった。
    米軍は、戦争行為及び占領によって使用を開始した本件施設内の各土地を、戦争終了後もヘー
 グ陸戦法規を根拠として使用し続けていたが、講和条約発効と同時に右陸戦法規を根拠とするこ
 とができず、講和条約の発効後は数々の布令・布告を発布し、土地使用の根拠とした。しかし、
 右陸戦法規や布令・布告は、単に合法性を装ったものであって、これにより土地使用の正当な根
 拠が生じたものではないことは、総論部分(原告の1999年9月23日付準備書面・30頁以下)
 で既に述べたとおりである。
    その後、本件施設内の各土地が、沖縄の復帰に際し、憲法違反の公用地法でもって強制使用さ
 れたことについては、他の施設と同様である。
    このような違法な軍事占領と強制接収によって作られた基地内の土地についての強制使用手続
 は、右違法状態が長年放置されたこと及びこの違法状態を解消しないまま次々と強制使用の手続
 がなされた違法(クリーンハンドの原則違反)を帯びたものであるから、本件使用認定と使用裁
 決は「適正且つ合理的」の要件を著しく欠く。
四  土地を使用する客観的必要性の不存在
  1  乙第3号証(嘉手納弾薬庫地域の使用認定申請書)の添付図面である位置図の緑色丸印の部
  分が、契約を拒否し、使用認定の対象とされている九筆の土地である。この九筆の土地のうち、
  同図の1、7、9番の土地が本件使用認定取消請求事件、裁決取消請求事件の対象土地である。
      以下、右認定取消請求事件及び裁決取消請求事件の訴状添付の嘉手納弾薬庫の物件目録の物
  件番号1を単に「物件1」と、同各目録の物件番号2を「物件2」と略し、嘉手納弾薬庫にか
  かる右認定取消請求事件の訴状添付の物件目録の物件番号4及び同施設にかかる右裁決取消請
  求事件の訴状添付の物件目録の物件番号3を「物件3」と略する。
      なお、被告の今回の使用認定対象土地を個別に検討していくと、訴訟対象外の物件(非原告
  の物件)においても、極めて問題のある認定がある。
      そこで、被告の訴訟対象物件の使用認定の杜撰さを示す重要な間接事実として訴訟対象外の
  土地(以下、「訴外物件」という)についても指摘する。なお、嘉手納弾薬庫地区にかかる訴外
  物件は後記の訴外物件一覧表記載のとおりである。同目録の物件番号4を単に「訴外物件4」
  というように略する。
  2  本件裁決申請書には、対象土地の使用の方法として、「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊
  の弾薬庫保安用地として使用する」と記載されており、使用認定申請書には、対象土地の現在
  の用途として「弾薬庫保安用地」と記載されている。
      しかし、物件2、3及び訴外物件8の土地はフェンスの外にあって、現実には弾薬庫内の保
  安用地として使用する客観的必要性は存しない。
  3  例えば、物件2の土地は、国道五八号線から数十メートルしか離れておらず、弾薬庫の主要
  部分からは、はるかに離れたところに位置している(甲B6号証の写真8,9)。
      物件3の土地も、県道七四号線に隣接していて、弾薬庫の主要部分から離れて位置している
  (甲B6号証の写真10、11、12)。
      これら二筆の土地と施設の中心部との間には、既に地主に返還された土地も多数存しており、
  この二筆の土地と施設内の他の提供土地とが「有機的一体性」を有していないことは明白であ
  り、強制使用する客観的必要性はない。
      訴外物件8の土地は、本件訴訟の対象となっている土地ではないが、これについても、弾薬
  庫の中心部から離れていることから、客観的必要性は存しない(甲B六号証の写真4、5)。
五  適正且つ合理的要件の不存在
  1  使用認定があった本基地内の九筆の土地のうち、読谷村に存する七筆の土地は、同村が策定
  した土地利用基本計画において、国道58号線沿いの地域は市街地開発の計画があり、長田川
  沿いの地域は集団優良農用地としての開発が展望されている。
      しかし、本件各土地を含む多くの農用地が、弾薬庫の保安用地として使用されているため、
  土地改良事業等の基盤整備事業が導入できず、土地の有効利用ができないままになっている(甲
  B7号証。読谷村土地利用基本計画)。
      また、フェンス内の土地のほとんどは、森林保全区域に組み込まれていて、自然環境保全管
  理区域、もしくは自然災害発生防止、水質保全、自然環境の回復等を目的として区域指定され
  たものであるが、フェンス内にあってそこへの立ち入りが禁止されているため、森林資源の保
  全が十分になされていないばかりか、放置されており、米軍による樹木の伐採、松食い虫の多
  量発生による松の立ち枯れの被害が発生している。
    この区域も、基地ゆえにその保全管理ができず、土地利用計画の実施に困難をきたしている。
     使用の認定の対象となった右九筆の土地は、いずれも基地として長年使用され続けられたた
  め、周辺一帯の土地と一緒にしての土地利用開発が不可能な状態になっているが、いずれの土
  地も、本来住宅地または農用地あるいは森林保全地として利用されることが最有効利用方法で
  あり、弾薬庫保安用地として使用すべき必要性、合理性はない。
  2  物件番号3の土地は弾薬庫の保安用地として使用する客観的必要性がないことは、既に述べ
  たとおりである。
      同土地の接している県道七四号線は、嘉手納飛行場と嘉手納弾薬庫の両基地の間を走ってい
  る道路であるが、同県道は沖縄市と嘉手納町、読谷村を結ぶ重要な幹線である。沿線には住宅
  用及び商業用の建物が多数建てられており、宅地としての需要は高い。
      したがって、同土地は、宅地としてこれを利用することが最有効利用であり、これを弾薬庫
  保安用地として使用する必要性はほとんどなく、仮にあったとしても、その程度は低い。
      よって、これを弾薬庫保安用地として使用するのに必要な適正且つ合理性の要件が存しないこ
  とは明らかである。
                    訴  外  物  件  一  覧  表
 物件番号 所 有 者  所在地番・地目・面積              使用目的    
  4   平安カメ  読谷村字伊良皆東原1498番 原野 358m2 弾薬庫保安用地  
  5   〃     同村 同字 同原 1499番 原野 301m2    〃
  6   〃     同村 同字 同原 1500番 原野 742m2    〃
  7   〃     同村  同字  同原 1610番 原野  93m2    〃
  8   松田正太郎 同村 同字仲袋原 1101番 原野 581m2    〃
  9   伊波唯眞  嘉手納町字久得新川原 86番 田  621m2    〃
 
 
 

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仲田博康
nakada_h@jca.apc.org



 
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