判決理由の要旨

       お知らせの判決要旨と同じものです。

第一 殺人被告事件に関して


一 控訴審判決の拘束力について
 当裁判所は、。新たな各種証拠調べを行ったのであり、本件控訴審判決の事実誤認に関する事実判断にはもはや拘束されない。

二 証拠判断の方法について。
 検察官の立証方針による証拠関係は多岐にわたるものの、検察官が本件犯行の動機及び犯行状況の概要を釈明し、その釈明された犯行動機及び犯行状況をめぐって当事者間で立証が尽くされたという本件の審理経過に照らすと、右犯行状況を立証するための核心的証拠である「園児供述」及び右犯行の動機と犯行状況の概要を供述している「山田被告の自白」の各信用性に関する判断が、本件犯罪の成否を決するものである。

三 園児供述について
 1 被告人山田が「さくら」の部屋にいたH.S.を呼び出して青葉寮女子棟非常口から連れ出す状況を目撃したことなどを供述する園児5名は精神遅滞児であるが、精神年齢の低さは考慮せざるを得ないものの、精神遅滞児であることにより健常者と異なった能力や特性があるとの考えをとることはできない。

 2 園児供述には、H.S.の行方不明に気付き捜索している当直職員に対し園児の誰一人としてその後の目撃供述に関連した事実を述べていないこと、検察官が主張する園児に対する口止め事実自体罪証隠滅工作のものとして、評価できないこと、園児らが最初に目撃した事実を供述したのはいずれも捜査官に対してであること、園児供述には、お互いの関りに関するものや当直職員の供述による裏付けがほとんどないことなどの疑問が存在する。

 3 園児Aの供述は、山田被告による青葉寮非常口からのH.S.の連れ出し状況の重要な部分を裏付けるものであるが、園児Aが、目撃事実を最初に供述したのは、事件後約3年をへた第二次捜査の段階になってからであるうえ、その内容も変遷を重ねたものである。園児A証言には、客観的事実に反するもの、不自然、不可解なもの、矛盾したものが多くみられ、その信用性には大きな疑問があるうえ、証言を含めた園児Aの供述については、検察官が信用できるとしてあげる諸点はいずれも疑問点が指摘できるとか理由がないものであり、ことに、青葉寮指導員N.S.及び父親による口止めに関する園児Aの供述は信用できず、また、目撃事実を事件後三年以上たって供述するに至った経緯、供述状況には多くの疑問点があって不自然である。そして、園児Aの目撃供述については、事件直後からの知識、情報によってその基本的骨子が園児Aの認識の中で固定化した可能性があり、さらに、事情聴取にあたった捜査官の影響も否定できない。結局、園児Aの供述は信用できない。


 4 園児Bの供述は、山田被告による「さくら」の部屋からのH.S.の連れ出し状況を裏付けるものであるが、園児B証言の主尋問においてその目撃事実のすべてが出たわけではなく、その供述の出方、反対尋問における供述状況に照らすと、園児B証言にはその信用性を疑わしめる状況があり、また、検察官の事前テストの影響もみられる。園児Bの場合は、事件から八日後に、右連れ出し状況をうかがわせる供述をしたととれる捜査復命書が作成されているが、その記載内容のほとんどがその後の園児Bの供述内容と食い違っているのであり、ほかの日の出来事を十九日の出来事として供述している疑いがある。そして、園児Bが具体的な目撃状況を供述するに至った際の取り調べ状況には、捜査官の誘導等の影響がみられ、供述内容はその後重要な点において不自然に変遷し、かつ、疑問点が指摘できる。結局、園児Bの供述は信用できない。

 5 園児Cの供述は、園児A供述及び園児B供述を裏付けるものであるが園児C証言では、主尋問においてもそのすべてが出たわけではなく、反対尋問における供述状況からすると、園児Cが証言時の記憶に基づいて供述しているのか、特定の日を記憶していてその日の出来事として供述しているのか疑問であり、園児Cの被暗示性、被誘導性の強さをうかがわせる供述がみられることにも照らすと、極めて信用性に乏しい。また、捜査段階においても、最初からそのすべてが出ていたわけではなく、事件から約三年以上たった第二次捜査段階に至って新たに供述されたものもある。第一次捜査段階での供述内容は、捜査官が知り得た事実と日常的な事実とで構成されており、しかも、そこには変遷、矛盾、不自然さがみられ、、ほかの証拠の影響もうががわれるのであっで、特定の日の出来事として供述しているのか疑問である。第二次捜査段階での新たな供述については、その数日前には一切供述していなかったのであり、同じころ事情聴取を受けた園児Aの影響をうけて供述した疑いがある。結局、園児Cの供述は信用できない。

 6 園児Dの供述は、山田被告が青葉寮からH.S.を連れ出す前の状況を目撃したというものと、園児A供述を裏付けるというものであるが、園児D証言では。主尋問では出たものの、反対尋問では記憶にないとかあいまいになったりしており、園児Dが証言時に記憶に従って供述しているのか疑問がある。また、主尋問での供述内容が捜査段階で供述されるに至ったのは、、第二次捜査段階のしかも事件後約4年たってからである。第一次捜査段階における園児Dの供述は比較的安定していて信用性が高いが、第二次捜査で新たに出た供述は大きく変遷し、そこには合理的理由がなく不自然であって、その時期に果たして園児Dにその記憶があったのか、園児Dが捜査官から聞かされた情報の影響をうけたのではないかとの疑問があり、信用性に乏しい。それまで供述しなかった理由としての検察官の口止めに関する主張は、園児D自身の供述があいまいで具体性がないことや、新たに供述をするようになったことの合理的説明ができないことなどから、理由がない。結局、園児Dの供述は信用できない。


 7 園児Eの供述は、H.S.を連れ出す前の山田被告を目撃したというものと園児A供述を裏付けるというものであるが、園児E証言では主尋問において目撃事実を否定しており、この点を山田被告に対する極度のはばかりで説明することはできないのであるから、園児E証言は検察官主張の事実を根拠付けるものではない。捜査段階において園児Eが目撃事実等を供述したのは、事件から約4年後でしかも本件起訴後であるが、検察官の口止めに関する主張は、その根拠が薄弱であり、園児Eが供述する内容からは口止めで説明することはできない。園児Eの供述は、全体として園児Eが真に記憶を喚起して供述しているのか疑問であるうえ、山田被告を二回見たとの供述は、具体性、迫真性に欠け、青葉寮に男児を捜しに来た山田被告を見たことを供述した可能性があり、また、園児Aを見たとの供述は不自然である。結局、園児Eの捜査段階の供述は信用できない。


四 山田被告の自白について

1 山田被告が最初の自白をしたのは逮捕後十日たってからであり、しかもその自白は一貫しておらず、短時日のうちに自白と否認を繰り返し、最初の自白をしてから 6日目には否認に転じ、以後は一貫して否認している。しかも、第一次捜査段階において26通の供述調書が作成されているが、自白調書は 5通しかなく、その自白内容は、概括的、断片的で、あいまいな表現が多く、さらに、自白をするに至った理由、犯行の動機や迫真性のある具体的事実に関する供述等がないのであり、自白調書と、いっても極めて信用性の乏しいものである。

2 検察官は自白状況からみて信用性がある旨主張するが、弁護人の接見は必ずしも十分に行われたものとはいえず、また、山田被告の弁護人に対する認識は、弁護人を信頼しその指示、助言に素直に従うようなものではなかったことが、うかがわれるのに対し、捜査官との関係をみると、取り調べをする者と取り調べを受ける者との間に通常生ずるであろう対立関係や、取り調べを受けるという緊張感、警戒心が山田被告にはうかがわれず、極めて特異な関係にあったといえ
る。したがって、弁護人の接見が山田被告に種々の影響を与えたことは間違いないものの、具体的にみると、そのことが山田被告の自白の信用性を高めるほどのものであるとはいえない。検察官は、自白内容からみて信用性がある旨主張するが、そこで指摘する犯行の動機に関しては、M.M.の行方不明との関連については説明できているものの、その動機自体は不自然、不合理、不可解というべきであり、また、同じく検察官の指摘する秘密の暴露に近いものとしての女児の浄化槽転落事実、青葉寮への侵入口、浄化槽への投げ込み状況に関しては、そのいずれも、捜査官において、予想していなかった事実とはいえず、その裏付けがなかったり、その余の証拠と矛盾したりしており、秘密の暴露に準した価値を持たせることはできない。


3 さらに、自白するに至った経緯等に関する山田被告の弁解については、弁解するような捜査官とのやりとり等をそのまま認めることはできないものの、その全部ではないにしてもそれを裏付けるあるいはうかがわせるものがあり、しかも、検察官が主張するような、捜査官の説得と悔悟の念から自白をしたり、弁護人の指示や職員ら支援者の激励によって否認したりするような、心の葛藤では説明できない点がみられ、加えて、捜査官の証言には信用できない点もみられることなどを総合すると、山田被告の弁解の中には一概に排斥できないものもあり、この点からも、山田被告の自白の信用性については疑問がある。

4 以上を総合すると、山田被告の自白には信用性を認めることはできない。


五 検察官のその余の主張について 

1 検察官は、山田被告が犯人であることを立証する主要な証拠として構成繊維の相互付着事実をあげるが、この証拠は状況証拠の一つである。繊維の相互付着事実とはいうものの、そもそも、着衣にほかの着衣の繊維がどのような場合にどのような形で付着するのかについては、証拠上何ら明確になっていないのであり、繊維が付着している事実から直接接触した可能性を推測するというにすぎず、しかも、付着していたという繊維は、H.S.のセーターに付着していた一本、H.S.のズボンに付着していた一本、山田被告のダッフルコートに付着していた二本といらわずかな繊維片であり、鑑定内容も、鑑定資料を破壊しないという制約から、分光学的分析あるいは顕微鏡検査により色相ないし繊維質の点で「非常に酷似する」ないし「類似する」というものであり、状況証拠としてもその証明力には限界があり、結局、繊維の相互付着事実の状況証拠として持つ意味は小さいというべきである。

2 H.S.の胃の中にあったみかん片に関する検察官の主張は、H.S.の胃の中にあったみかん片と山田被告が購入したみかんとが同一のものであることを直接いうものではなく、それが矛盾しないということをいっているにすぎないものであり、山田被告の自白の信用性が裏付けられるとか山田被告が犯人であることを推認させるとの検察官の主張自体に限界があり、その持つ意味は小さい。しかも、検察官はみかんを食べさせた態様を何ら明らかにしていないこと、溝井証言及び溝井鑑定書が、死の直前に食したとしても不自然ではないとの主張の根拠になるのか疑問があること、H.S.の胃の中にあったみかん片からそのみかんがLサイズの可能性が高い旨主張するが、果たして胃の中にあったみかん片からみかんのサイズが推定できるのか疑問であることなど、根本的ともいってもよい問題点があり、検察官の主張はとることができない。

3 検察官は、間接的、状況的証拠として、「M.M.の行方不明からH.S.の行方不明及び死体の発見に至るまでの学園内の状況等から犯人が山田被告でしかあり得ないことに関する証拠」「山田被告の主張するアリバイが虚偽であり、山田被告にはアリバイが成立しないことを明らかにする電話関係等に関する証拠」「N.らによる山田被告のアリバイ工作に関する証拠」をあげるが、そもそも山田被告においてアリバイを証明する必要はなく、たとえ検察官の主張事実が認められたとしても、そのことから山田被告が犯人であることが明らかになるようなものではなく、加えて、園児供述及び山田被告の自白の信用性が認められない場合にそれを覆して信用性を与えるほどのものではない。
 しかも、山田被告のアリバイと表裏の関係にある検察官が主張する本件犯行前後の山田被告の行動及びその時刻を検討すると、犯行を行うこと自体は時間的に可能であるが、ごくわずかの時間内に、しかも当直職員に目撃されないで行われた点で、弁護人が主張するように「偶然性が大きく作用したいわば奇跡的な犯行」といえるものであるうえ、犯行時刻とされる山田被告の行動からみても現実性に乏しく不自然である。また、山田被告の行動及びその時刻に関する検察官主張の主たる証拠は、いずれも供述証拠であり、しかも、その証拠には重要な部分においてぬぐいがたい疑問があり、検察官が主張するような山田被告の行動や時刻を認定することには疑問があり、山田被告が犯人であることを立証しようとする右アリバイ等に関する検察官の主張自体に大きな問題がある。


六 結論

山田被告の犯行を裏付ける主要な証拠である各園児の供述及び山田被告の自白についは、いずれも信用できず、また、その余の検察官主張の証拠については、いずれも山田被告が犯人であることを認めるに足りるものではなく、結局、本件については山田被告が犯人であることを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、山田被告に対する本件公訴事実については、その証明が不十分であって、犯罪の証明がないので無罪の言い渡しをする。


第二 偽証被告事件に関して

一 控訴審判決の拘束力について
 当裁判所は、新たな各種証拠調べを行ったのであり、本件控訴審判決事実誤認に関する事実判断にはもはや拘束されない。

二 証拠判断の方法について
 検察官は、まず、証言事項に対応する事実関係に関して本件で取り調べられた証拠によって真実と思われる客観的な事実を明らかにしたうえ、その客観的事実と国賠訴訟での証言との食い違いを指摘し、次に、その食い違いの程度、内容、証言に至るまでの被告人荒木の言動等間接事実を総合して被告人荒木の主観的事情〔証言と記憶内容との齟齬、偽証の犯意等〕を導き出して推認するという手法をとっているので、右証拠判断の手法に従って判断する。


三 検察官が主張する客観的事実について

1 電話の順序に関して、検察官が客観的事実であるとして主張する事実は、「Ha.電話までの、管理棟事務室内における電話の順序は、A.電話、S.電話、Hu.電話、Z.電話であること」であるが、これが関連した事実として証拠上認定できるのは、「N.及び被告人山田が帰園したのは、午後 7時30分ころであること」、「Hu.電話は午後 7時40分ころから数分間の電話であること」だけであり、かえって、A.電話は午後 8時ころであった可能性がいずれも否定できず、結局、検察官が右電話の順序に関して、客観的事実であると主張する「A.電話、S.電話、Hu.電話、Z.電話の順である」と認めることはできない。

2 Ha.電話通話中の時刻に関して、検察官が、客観的事実であるとして主張する事実は、「Ha.電話の終了時刻は遅くとも午後 7時50分であること」であるが、その主要な証拠であるHa.証言は、その信用性に疑いを抱かざるを得ない点があって直ちに信用できないのであるから、右事実を証拠上認めることができない。

四 偽証の犯意について

1 検察官は、被告人荒木に偽証の犯意が存していたことを示す事実として、被告人荒木の国賠証言内容が客観的事実に反することをあげているが、右のとおり、検察官が主張する客観的事実を認めることができない。このことは、被告人荒木の偽証の犯意を否定する方向に働くものである。

2 同じく、検察官は、国賠証言に至るまでの間の N.らとともに行っていた被告人山田に対する支援活動状況及び国賠証言に至るるまでの供述変遷状況をあげるが、その前提となる N.の行った被告人山田に対する支援活動については、それが極めて熱心なものであったことはうかがわれるが、それをもって、アリバイ作出を目的としたものとみることはできず、また、被告人荒木の供述の変遷や被告人荒木の行った支援活動をもつて、検察官が主張するような N.の行ったアリバイ工作としての被告人山田の支援活動と結びつけていうことはできない。また、被告人荒木が供述する記憶喚起過程は自然で合理的である。
3 検察官は、被告人荒木の捜査時の自白は信用できる旨主張するが、被告人荒木の自白については、それを真の自白といってよいのか疑問があり、しかもその内容においてそれを信用するには疑問がある。


五 結論
被告人荒木が証言時の記憶に反して虚偽の証言に及んだとする本件公訴事実については、これを認めるに足りる証拠がなく、犯罪の証明がない。したがって、被告人荒木潔に対する本件公訴事実については、その証明が不十分であって、犯罪の証明がないので、無罪の言い渡しをする。


 以下は分離裁判になっていた多田さんの判決文の要旨メモです。基本的に荒木さんの判決と同じでした。

 <判決文要旨メモ>

☆検察主張の電話の順序は客観的事実とは認め得ず、これを多田の当夜の行動の裏付けとすることはできない。

☆「多田は若葉寮に来たあとずっと自分といっしょだった。」とのN.供述は、看過できない変遷があり信用性に乏しい。

☆「若葉寮へ行ったのはノリを取りに行った1回だけである。」との員面調書記載の供述から、「1度目の用事は忘れたが、2度行った。」との国賠証言への多田供述の変遷について、「2度行ったことは当初から覚えていたが、1度目の用事は何かと取り調べ官に追及され、きちっと答えられなかっただけ。」という弁解は合理的であり、信用できる。

☆N.によるアリバイ工作に荷担したとの検察主張について、そもそもN.によるアリバイ工作があったかが疑問であり、その点からまず、多田がアリバイ工作に加わったとの事実はみとめられない。また、多田の供述はN.によるアリバイ主張に合致するか否かにかかわらず、独自に供述しているものであって、N.アリバイ主張に迎合したものでないと言うほかない。

☆支援活動状況について ――
・N.による支援活動はきわめて熱心なものであったが、それは山田の無実を確信した故であると思われ、N.がアリバイを作出しようとした形跡、事実は認められない。
・「しゃべるな」との紙片を拘留中の山田に差し入れし、そこに名を連ねたことは支援活動として行きすぎであるが、山田逮捕という事態に学園が特異な空気につつまれ、そうした中で行われた行為であり、アリバイ工作の疑いを入れるべき性質のものではない。また、名を連ねたのは他にM.、O(旧姓T.)などおり、一人多田のみがその行為を問われなければならない筋合いのものでもない。
・国賠証言の前に、打ち合わせなどをしたのはアリバイ工作、某義であるとの検察主張について、証言のまえに弁護士と打ち合わせをしたり、話し合うことは何ら問題ではない。




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